守護霊ザブディエル
一九一三年十一月三日 月曜日
守護霊のザブディエルと申す者です。語りたいことがあって参りました。
──御厚意ありがたく思います。
ご母堂とその霊団によって綴られてきた通信(第一巻)にようやく私が参加する段取りとなりました。これまでに授けられた教訓を更に発展させるべき時期が到来したということです。貴殿にその意志があれば、ぜひともそのための協力を得たいと思います。
──恐縮に存じます。私にいかなる協力をお望みでしょうか。
ここ数週間にわたってご母堂とその霊団のために行ってこられた如くに、私のメッセージを今この時点より綴ってほしく思います。
──ということは、母の通信が終わり、あなたがそれを引き継ぐということでしょうか。
その通りです。ご母堂もそうお望みである。もっとも、時にはその後の消息をお伝えすることもあろうし、直接メッセージを届けさせようとは思っています。
──で、あなたが意図されている教訓はいかなる内容のものとなりましょうか。
善と悪の問題、ならびにキリスト教界および人類全体の現在並びに将来に係わる神のご計画について述べたいと思う。もっとも、それを貴殿が引き受けるか、これにて終わりとするかは、貴殿の望むとおりにすればよい。
と申すのも、もとより私は、急激な啓示によっていたずらに動揺を来すことは避け徐々に啓発していくようにとの基本方針に沿うつもりではあるが、その内容の多くは、貴殿がそれを理解し、私の説かんとする教訓の論理的帰結を得心するに至れば、貴殿にとってはいささか不愉快な内容のものとなることが予想されるからです。
──私の母とその霊団からの通信はどうなるのでしょうか。あのままで終わりとなるのでしょうか。あれでは不完全です。つまり結末らしい結末がありません。
さよう、終わりである。あれはあれなりに結構である。もともと一つのまとまった物語、あるいは小説のごときものを意図したものでなかったことを承知されたい。断片的かも知れないが、正しい眼識を持って読む者には決して無益ではあるまいと思う。
──正直言って私はあの終わり方に失望しております。あまりに呆気(あっけ)なさすぎます。また最近になってあの通信を(新聞に)公表する話が述べられておりますが、そちらのご希望はありのままを公表するということでしょうか。
それは貴殿の判断にお任せしよう。個人的に言わせてもらえば、そのまま公表して何ら不都合は無いと思うが・・・ただ一言申し添えるが、これまで貴殿が受け取ってきた通信と同様に、今回新たに開始された通信も、これより届けられる一段と高度な通信のための下準備である。それをこの私が行いたく思います。
──いつからお始めになられますか。
今、ただちにである。これまでどおり、その日その日、可能なかぎり進めればよい。貴殿には貴殿の仕事があり職務があることは承知している。私を相手とする仕事はそれに順じて行うことにしよう。
──承知しました。出来るかぎりやってみます。しかし正直に申し上げて私はこの仕事に怖れを感じております。その意味は、それに耐えて行くだけの力量が私には不足しているのではないかということです。
と言いますのも、今のあなたの言い分から推察するに、これから授かるメッセージにはかなり厳しい精神的試練を要求されそうに思えるからです。
これまで同様に吾らが主イエス・キリストのご加護を得て、私が貴殿の足らざるところを補うであろう。
──では、どうぞ、まずあなたご自身の紹介から始めていただけますか。
私自身のことに貴殿の意を向けさせることは本意ではない。それよりも、私を通じて貴殿へ、そして貴殿を通じて今なお論争と疑念の渦中にあり、或いは誤れる熱意を持ってあたら無益な奮闘を続けているキリスト教徒へ向けた啓示に着目してもらいたい。
彼らに、そして貴殿に正しい真理を授けたい。それを更に他の者へと授けてもらいたいと思う。その仕事を引き受けるか否か、貴殿にはまだ選択の余地が残されております。
──私はすでにお受けしています。そう申し上げたはずです。私ごとき人間を使っていただくのは誠に忝(かたじけな)いことで、これは私の方の選択よりそちらの選択の問題です。私は最善を尽くします。誓って言えるのは、それだけです。では、あなたご自身について何か・・・
重要なのは私の使命であり、私自身のことではない。それはこれより伝えていく思想の中に正直に表れることであろう。世間と言うものは自分に理解できないことを口にする者を疑いの目を持って見るものである。
かりに私が「大天使ガブリエルの顕現せる者なり」と言えばみな信ずるであろう。聖書にそう述べられているからである。が、もし「〝天界〟にて〝光と愛の聖霊〟と呼ばれる高き神霊からのメッセージを携えて参ったザブディエルと申す者なり」と申せば、彼らは果たして何と言うであろうか。
故に、ともかく私にそのメッセージを述べさせてもらいたい。私および私の率いる霊団についてはそのメッセージの中身、つまりは真実か否か、高尚か否かによって判断してもらいたい。貴殿にとっても私にとってもそれで十分であろう。
そのうち貴殿も私の有るがままの姿を見る日が来よう。その時は私についてより多くを知り、そしてきっと喜んでくれるものと信じる。
──結構です。お任せいたします。私の限界はあなたもご存知と思います。霊視力も無ければ霊聴力もなく、いかなる種類の霊能も持ち合わせていないと自分では思っております。しかし、少なくともこれまで綴られたものについては、それが私自身とは別個のものであることは認めます。
そこまでは確信しております。ですから、あなたにその意志がおありであれば私は従います。それ以上は何も言えません。私の方から提供するものは何も無いように思います。
それでよい。貴殿の足らざるところはこちらで補うべく努力するであろう。
今回はこれ以上は述べないことにしよう。そろそろ行かねばなるまい。用事があるであろう。
主イエス・キリストのご加護のあらんことを。アーメン ♰
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