新年おめでとうございます。
良いニュースを、沢山聞くことが出来る2015年でありますように。
平和の輪を広げてまいりましょう。
私の年末年始は ウイーン フィルハーモニー のコンサートと共にあります。
恒例の、ニューイヤ コンサートは最も知られたものですね。
クリスマスの夜、聖歌を探していたら Three Tenors Christmas Concert Vienna 1999 に出っくわしました。
3大テノール とは言わずと知れた、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスですね。
このコンサートの映像は圧巻でした。
今はドミンゴひとりとなってしまいましたけれど、 ポスト3大テノールは誰かと議論があるけれど、私にとっては今だ代わることなくこの3人様です。
Merry Christmas
イエス キリストの誕生日を祝って、キリスト教会では平和のための祈りが世界を包むことでしょう。
今年もまた物騒な、危機を抱えて送り迎える時となりました。
此処かしこの小さな祈りが、大きな実りをもたらすことを期待します。
祈
12月7日は真珠湾攻撃の日でしたね。
第二次大戦時、兵士であった若者達で今現在この世にある人の数はどれ程なのでしょうか?
私の父はニューギニアで戦死し。 我が家には夫の父がヴェテランとして多少健在です。
齢92歳。大戦時はオクラハマのボーイング社で、B29の技師として参戦して居ましたそうです。
今年もどこからとも無く、明日がパールハーバーの日だとメッセージが入りました。
息子が 「お父さん未だ怒っている?」と冗談を飛ばしたのですけれど、92歳は何の話かキャッチできなかったようでした。
そのことと関連していたわけではありませんけれど、”フューリー” という映画を昨日家族でみました。
”第2次世界大戦下、たった一台の戦車で300人のドイツ軍部隊と渡り合った5人の兵士たちの姿を描いた戦争アクションドラマ。”というのですけれど、”ああよかった” というハッピー エンドではなかったので、滅入ってしまいました。その後沸々と沸き起こってきた感情は、”戦争と平和” 私達が今おかれている現状についての思いでした。第二次大戦以降、人々の戦争の回避の努力はかなりの実りを得てきたと思いますが、それも実際には、克っての枢軸国の間では、だけの話であって、実は私達は戦争と戦争の噂に取り巻かれている実情ですね。
それで私が何が出来、何をすべきなのか?
Happy Thanksgiving Day!
今年もまた、ピルグリム ファーザーズの苦労の日を、偲びながら過ごす一日といたします。
”中間選挙” と言えば、その昔から日本は大騒ぎしたものでした。
秋たけなわの頃のこの選挙。
小学校時代からこの言葉を記憶していますよ。
私の小学校時代は ”パン アメリカ” でしたから。
少なくとも、私の身の回りにおいては。
我が家では息子が、大騒ぎをし92歳のお爺さんと論争しています。
その昔、お爺さんの時代は、共和党も民主党も基本路線にそれほどの違いがありませんでしたから。夫々のお家の伝統で、民主党とか共和党とかと決めていたようでした。
今に至っては、その昔の如く単純ではなくなり、二つの政党の違いも色濃くなってきたけれど、お爺さんは今も昔も変わりない身贔屓を譲らず、孫を怒らせております。
雨が降ります。
雨が降る。
我が家には、浦島亀と太郎亀が居りました。
ミシシッピ赤耳亀(ミドリガメ)という種類で、目の後ろに赤い斑点があるのでそう呼ぶのだそうです。
3年ほど前の息子の誕生日に、娘がどこかのペットショップでこの亀を見つけて買ってきました。
2cmほどのごく小さい亀でした。
亀はサルモネア菌の保持者と言われ、ペットとしては不適当と聞いていたのですけれど、「ペットショップで売っているし、まあいいや」と触った後では必ず手を洗うことにしました。
一人では寂しいだろうというので、もう一つ買い込んで3年間共に暮らしました。
夏は屋外の水槽に入れておくとよく育ち、20cmほどになりました。
餌係の息子が近付くのを察することが出来、ワラワラと泳いでくるのが愛らしかったのです。
数日前の夜、ゴソゴソ物音がするのをお爺さんがトイレに行く物音だと思っていたのですけれど、余りに長引くので、おかしく思い親父さんが彼方此方巡って、外にも出てみたら亀の水槽付近から飛び降りて逃げた動物を見つけ、「狸にしては小さくて、猫のようだ」といってそのまま寝てしまいました。
翌朝教会に行く前に水槽を除いてみると、彼も首をもたげて目が合いました。もう一つを見ることがなかったのですけれど、先を急いでいたので確認もせずそのまま教会に行きました。
帰ってみると「悪い知らせだ。亀がいない」息子がボンヤリしていました。憎い狸メ! 我々が出かけた後又来たのでした。
その後私達は、亀が甲羅に隠れても狸は悪さを出来るか?色々話ながら、きっとどこかで生き延びていると今も思っています。
レーバー デーも終わり、アメリカの夏が終わりました。
今年の夏は、フランスから娘夫妻がやって来て3ヶ月共に過ごし、賑やかな夏の生活となりました。
寂しかったことは、愛犬ポメラニアンのバスター君が逝きました。
犬の癒しの力はとても大きいといわれますけれど、この天然ボケしたバスター君は家族の一員として、さまざまな話題を提供してくれました。
犬年で90歳近いバスター君は、自分と同年輩のお爺さんの座る安楽椅子の前でパターンと横に倒れたまま永眠していたのを、朝発見されました。
その前の晩は、シーホークスの試合があって、ワーワー騒ぐ家人といつものようにニコニコしながら過ごしていましたけれど、誰の目にも多少しんどそうに見えました。
沢山の癒しをありがとう、バスター君。
シアトルの夏の真っ盛り、シー フェアー ウィーク エンドです。
"海の祭典”
昨年は大統領が、公的資金の削減とか節約とか何とか言ったので、そのトバッチリでブルー エンジェルスのアクロバット飛行を見ることができませんでした。
寂しい夏の祭典でした。
音嫌いな人たちは喜んでいました。
「今年はブルーエンジェルスが帰ってくるぞー。同僚が言ってた。われ等も見物に行くよ。」
息子が教えてくれました。
単純素朴な普通の人たちは、このようにして喜ぶのです。
政治的な駆け引きに、庶民が巻き込まれるのは嫌ですね。
”シアトルは雨が多すぎる” のが理由で、向かいのお宅がフロリダに引っ越すとことになり、その家の鯉たちを私たちがアダプションすることになりました。
それも一匹や2匹のお話ではなく、総勢200匹近いそうですよ。
「できる限り養子先を見つけておいてくれよ」我が家の親父が頼んでいました。
数週間前にやってきた白地に赤い点々の20cm程の鯉は、我々の不手際で敢え無く一晩で他界。
’彼らは我々には鯉をもう託さないね。”
ところが ”何の何のそんなこともあるさ” 向かいの人たちは気にもせず、昨日は全身赤塗りの鯉がやってきました。
”こんどヤッチマッタラ言い訳がたたん” 娘と息子は慎重に取り組んでいました。
いきなり他家の水に放り込むのではなく、一先ずバケツの中で水に慣れさせながら、とかなり大きなバケツに放しておきました。
”ヤッ! どうしたの?” 娘の叫び声を小耳にしながら夕飯の支度を忙しくしていました。
やがて息子がやってきて、「鯉がバケツから飛び出てしまった」
「なるほど日本で、"鯉の滝登り”って諺があるよ。彼らのジャンプ力は格別なのよ。」
鯉国の面目を掛けて、家人達に教えてあげました。
鯉が滝をのぼること。また、勢いのよいことのたとえ。
《黄河の上流にある滝、竜門を登ることのできた鯉は竜になるという故事から》立身出世することのたとえ。
小さな頃から、息子は自然を愛で、動物をよく愛する子供でした。
この上ない腕白が「綺麗な花」と野草を愛で、「綺麗なお月様 。早くどいてくれないと、僕はベットに行けないよ」なんて風流なことを言うので「この腕白が?」と誰もが驚きました。
その息子も二十歳を過ぎ、世の中のさまざまな物を見聞きし体験し、随分と現実的になってきましたけれど、それでもそこはかとなく自然と調和しています。
数年前の誕生日に、娘から亀2匹を祝いに貰って、とてもよく面倒を見ています。
今年の夏は、亀のために綺麗な池を作るべく、池の周りに施す苔を大事に育てております。
その予定地の近くにはスモモの木があり、数個のバード ハウスがぶら下がり、そのひとつであるバード ハウスが小さくて、箱の後ろの非常用出口が(?}少し開いてしまっています。
何となく迂闊な鳥の住処のように見えたので、息子を呼んで 「チョットこの鳥、間抜けじゃない?」 と同意を得たら、「ヤッ、彼らは自分の大事な苔を盗んでいる!見てごらん!この出口から見えるのは我が苔である!」 アラー、息子の大事な苔がハゲチョビレになっています。いつの間にか盗まれていたのでした。
自然の事柄は天下泰平
6月21日は夏至なのですね。
北欧やロシアでは、楽しそうな伝統的な祝いがあるそうです。
寒い厳しい冬を過ごさなければならない国々ですから、一年間の太陽の恩恵をこの日一日で全部受けたい。切なる思いを感じます。
兎に角、この日から夏が始まると、言うまでもなく古来よりの伝統なのですけれど、この日を境に日が少しずつ短くなる事実は、私にとっては何となく、秋の始まりみたいな気がします。
それというのも、 秋の夜長や冬篭りをあまり得意としない、私の思いなのですけれど、、、、、、
学校も長い休みが始まるし、夏たけなわとなってきますね。
この爽やかな初夏の日。
「中国から風に乗ってPM2.5がやって来ているのだ」
親父さんが言いました。
ついに此処シアトルまでも。
アメリカは未だ十分とは言えないながらも、多くの人々が環境問題に関心を持ち、それなりの行動をしています。
毎日の生活で、良い空気を吸い、綺麗な水を美味しく飲むことができる環境作りを、身の回りから社会に展開していたとしても、環境を省みないよその国から公害がやってくるのに、どのように対処したらよいでしょうか。
日本の或るサイトでPM2.5の注意事項に関して ”中国からの大気汚染物質については、かの国が本気で取り組まなければならない問題なので長期化する。我々は毎日の気象情報に注意しよう。”
その様な文章を目にしました。
困ったことです。
今年の春は、珍客が訪ねてくれる我が家のプールサイドです。
本日は何と、カナディアン鶴が訪れてくれました。
サイトで調べて、今にしてカナディアン鶴と知ったのですけれど、昼下がり、我がバスター犬の落し物を、迂闊な家人達がふんずけないように処理すべく裏庭に出たら、見たことも無い一メートル近い灰色の大きな鳥がプールサイドから飛び立ちました。
ヤッ! いつもの珍客を家人達に紹介する時間も無く、大きな鳥の割には実に素早く飛び去っていきました。
その姿はアフリカのウガンダで見た、ウガンダの国鳥である鶴の姿に似ていました。
「まさか? 我が家のプールに鶴が舞い降りるかしら?」 半信半疑で兎に角親父さんに報告すると、彼も「へー」とそれでも嬉しそうにしていました。
そこで思い当たるのは! 我が家の鯉のように大きく美しく成長した自慢の金魚が、最近3匹ほど行くへ不明になっているのです。
共存しているマガモさん達とはうまくいっているのに、「きっと3匹の金魚が病気になってプカプカ浮いているのを、マガモさん達が食べてしまったにちがいない。」 そのように私たちは結論付けていました。
「どうもそうではなさそうだ。」
このプールには程なく100匹近い、鯉フィッシュがやってくるのですよ。
鯉が大好きな向かいのカップルがフロリダに移住するので、私たちが引き受けることになったからです。
思わぬ伏兵の出現となりました。
今年の春の珍客はマガモの家族でした。
毎年毎年カップルはやって来るのですけれど、子ずれは初めてでした。
それもなんと12羽のひよこがやってきたので我が家総出で、何とか長期滞在をしてほしいと至れり尽くせり、上げ膳据え膳できることは何でもしたのですけれど、更に息子は家の周りの出口と思しき隙間を全部ふさいで、「これでよし」 としたのですけれど、一泊して朝食をたらふく食べていつの間にか何処かの隙間から去っていきました。
その日は朝からストームで横殴りの雨が降っていたので、私たちはとても心配しました。
親たちが確りと12羽を守ってほしいですね。
何年か前には、マンホールに子供たちを全部落としてしまった、間抜けなお母さんもいたのですよ。
狸もいるし、空にはボールド ヘッドの鷹も悠々と舞っていたりするのですから。
自然は美しいけれど、時には厳しいですね。
Happy Easter
自然界は美しく装って
主の復活の日を祝っています。
人の世も同じようでありたいですね。
”リケジョ” とか、これほど世間を騒がせている事件の本人が ”単純なミスと 悪げが無かった” と言うのですか。
人間社会の人間模様ですね。
世の中に詐欺師と呼ばれる迷惑な人がその昔から徘徊して絶えることが無いけれど、この詐欺師と肩書きをつけられた人の中には、自覚的に人を騙そうと企む詐欺師と、自己の信ずるアイディアに見果てぬ夢に、回り近所を巻き込んで、うまくいかなければ詐欺師と言われる人になる。と昔出会った或る人を思い出しました。
私がニューヨークにやってきたその昔、”何とかルミ” さんという日本女性の画家と知り合いになりました。この人は、パーク アヴェニュー38丁目当たりの洒落たビルの中に日本美術館を持っていました。
ホーミーな小さな美術館で、日本各地の凧を展示していました。
このルミさんはとてもフレンドリーな良い人でした。彼女が一人でこの美術館を取引っているようなので、私はボランティアで雑用を手伝ったりして仲良くしていました。
或るときルミさんはボードミーティングを開くのだと言い出し、その目的は何か有名な美術品を日本から持ってきて展示会をするということで、その打ち合わせだと言いました。
そのときのボードミーティングの4,5、人の面々は、アメリカでも名の知れた大会社の社長たちでした。
そのミーティングの昼食の為にルミさんが一人で、幕の内弁当を作ると言うので、私ともう一人のやはりボランティアをしている日本婦人と手伝うことにしました。
そのミーティングの世話を私たちがしていたので、その会議の内容は秘密でもなかったし私たちも聞いていたのですけれど、ルミさんはその展示会に ”何とかの宮様を招待する” と言っていました。
ミーティングの面々はすっかり満足して、「ルミ本当に宮様は来るのだな」と念を押していました。
私ともう一人の日本夫人はうなずき会って、「やはりルミさんは尋常でない」事を確かめあいました。
私たちは彼女としばらく付き合っているうちに、彼女が自らの果てしない夢を現実に起きるものと信じて言動し、必ずそのようになると人を熱心に説得してお金を借りては自分のアイディアに投入し、自分は食うや食わずでいるらしい様子を気の毒に思うようになってきていました。
彼女のアパートに間借りしている男の子も、「彼女って! 自分のアイディアに絶対的自信を持って、大会社の社長に電話しまくり、これだけのメンバーを集めた。すごい力を持っているのですよー。中小企業の親父ではない、大会社の社長たちですよー」 と感嘆していました。
彼女は決して男性を魅了させる類の人ではないので、その事ゆえに社長たちが協力しようとしている訳ではないのです。
その後私も忙しくなり、彼女とは疎遠になってしまいましたけれど、彼女のアイディアが実現したようでもありませんでした。
なるほど詐欺師と言われる人の中には、こうした人もいるのだな、と彼女に接して認識したものでした。自分のアイディアに心酔して事を起こしたのですから、彼女の側には正に ”悪げ” はないのです。私は何も悪いことをしているわけではないのに、としか本人は思わないことでしょう。こうした個性とは、平行線をひたすら辿るのみと思います。
そういえば、うちの親父もその気があるようですよ。