十四 節
目に見えざる師を信じることの困難さ──知的難問との葛藤──著者が辿り着いた結論──スピリチュアリズムに関する著者の見解──回答──〝スピリチュアリズムは神の声〟──交霊は科学を超えた法則が支配──霊媒の管理の不徹底
前に述べたこととの食い違いを指摘するのも結構であるが、同時にわれらの言葉と態度、われらの説く教説の道徳的印象によって判断して貰いたい。細かき分析によって論理的あら捜しをするのもよいが、それと同時にわれらから受ける霊的雰囲気によって判断して貰いたく思う。
差し当たっては、われらが神の使者であることを厳粛なる気持ちで繰り返し主張するに留めておこう。われらが述べる言葉は神の言葉なのである。それは汝にも判っているであろう。その弁明に改めて言葉を費やすこともあるまい。
汝は決して病める脳の幻想によって誑(たぶら)かされているのではない。悪魔に玩(もてあそ)ばれているのでもない。悪魔ならば神についてわれらの如き説き方はせぬ。また、人間の脳からはわれらの述べたような教説は出てこぬし、われらの与えたような証言も出てこぬ。精神が今少し穏やかになれば汝にもその事実が読み取れるであろう。
汝の精神が今の如き状態でさえなければ、神聖なるものに悪魔的要素を見出さんとしつこく探りを入れることの罪悪性について述べたいところである。
それはちょうどイエスが地上の腐敗と災禍の中に在りし時、彼によって追い払われたる悪魔がユダヤ教の狂信家たちの口をつきてイエスは魔王の手先であると非難したのと同一である。われらはそのような他愛なき非難には係わらぬ。
非難そのものの中に立派な反証が見え透いているからである。じっくりと時をかけて熟考すれば、自ずと汝の疑念に対する回答が出てくるであろう。今の汝には瞑想と祈りが何より大切である。友よ、祈るのである。真実への道を求めて一心に、そして真摯に祈るのである。
祈ることだけは汝も拒絶できまい。たとえそれが理屈抜きの激情から発したものでもよい。とにかく、われらと共に、啓発と耐える力を求めて祈ることである。真理を理解する力、そしてその真理に素直に従える気骨を求めて祈るがよい。
光を切望する汝の魂を縛りつけるドグマの足枷から解き放たれるのちも堕落することなく、ひたすらに向上の道に導かれるように祈れ。汝自身の求めるところと他人の影響とを截然と区別せよ。汝にとって正しきものを選り出し、他人は他人なりに適切なるものを選ぶに任せる大らかな心を求めて祈れ。
選択と拒絶の責任を明確に認識し、一方において頑固なる偏見を避け、他方において安易なる軽信に流れることなきよう祈れ。就中(なかんずく)、正直さと、誠実さと、謙虚さを求め、かりそめにも高慢と頑迷と下劣さによって神の計画を損なうことのなきよう祈るがよい。
かくしてわれらの祈りは、神の真理の普及を心待ちにしつつ援助の手を差し延べんとして待機する高き世界の神の使者の愛と慰めを引き寄せることになろう。スピリチュアリズム普及活動の一般的趣旨に関する汝の批判については、すでにその大半に答えたつもりである。表面的活動の底流には汝の目に映じぬ或るものが存在することを述べたい。
いつの時代であれ、神の知識の発達過程においては、人目につかぬところで密かに新しき啓示を貪り求め、さらにより高き真理を求めて着実に成長しつつある者が必ずいるものである。今の時代とて同じことである。汝と同じく、酔狂に心霊現象を弄(もてあそ)ぶ者たちを憂ええつつも、それによって些かも信念を揺るがされることなく、真摯にわれらの霊訓を心の支えとしている者がいる───実に大勢いるのである。
さらに汝に指摘しておきたいことは、われら霊界の者と地上との霊交は地上の科学の尺度で計れぬ法則によって支配されていることである。われらの働きかけの妨げとなる原因には、汝はもとよりのこと、われらにすらよく判らぬものが多くある。
汝の保護のために勝手に法則を規定するわけには参らぬ。われら自身の保護すらもままならぬのである。汝の係われるこの仕事の遠大なる重要性については、この仕事に興味を示す者にすら本当のところは殆ど理解されておらぬ。多くの場合、単なる好奇心の程度を出ておらぬ。それより更に下劣なる動機に動かされる者もいる。
霊媒の管理が適切を欠いている。ために霊界との連絡のうまく取れていない者、調和を欠いている者、あるいは過労気味の者もいる。交霊会を取り巻く条件はそのつど異なる。われらとしてもその条件の変化に必ずしも対処できるとはかぎらぬ。
出席者の構成が適切を欠いていることもある。そうした諸条件の重なり合いが交霊現象を常に同質のものに保ち、規則正しきものとすることを不可能にしているのである。
現象が時として気まぐれとなるのも、大方はこうした点に原因があるのであり、また目立ちたがり屋の出しゃばりによって霊界の同類の霊を呼び寄せることになり、せっかくの交霊会を低劣なものにする要因もそこにある。この問題については言うべきことがまだ多くあるが、今はそれ以上に大切なものが迫っている。
今述べたところによって、他の交霊会に見られる愚劣きわまる出来事や、通信を寛恕の目をもって評価せねばならぬ理由の一端が判ってもらえるであろう。偽りの現象の侵入する交霊会に至っては今は述べる言葉を持たぬ。よほど低級なる霊の仕業であり、全て信ずるに足らず、不愉快きわまる。
その点に関して汝にはわれらの手助けが出来る筈である。愚かなる好奇心と欺瞞とを打ち砕いてくれることくらいは汝にできる筈である。というのは、汝はわれらのサークルにおいてわれらの指図通りに行い、現象が徐々に発展してきた経緯を知悉(ちしつ)しているからである。
他のサークルの者たちにも同じ指図を与えるがよい。やがて暗雲も晴れることであろう。もっとも交霊会にまつわる問題の原因はわれらの側と同様に汝らの側にもあることだけは確かである。
♰イムペレーター
〔註〕
(1)Deism 超自然的啓示を排し、理性と自然のみを頼りとする有神論。
(2)Pantheism 自然の全てが神であるとする説。
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