Tuesday, February 3, 2026

シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of SpiritualWisdom
Teachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)



23章 さまざまな質問に答える

〔この章でシルバーバーチは、自殺、安楽死、産児制限、動物虐待などに関する見解を述べている。〕

自殺の問題

〔自殺についてのシルバーバーチの考えは、はっきりしている。地上人生を自ら終わらせることは、完全に摂理に反することである。自殺に対するシルバーバーチの説明によって、次のような質問をした女性は自殺を思いとどまることができた。〕


――愛する人に先立たれた者が、自ら命を絶つことは許されるでしょうか。


いいえ、許されません。摂理の働きは完璧ですから、あなたはそれに忠実に従って生きなければなりません。摂理は大霊によって、すなわち完全なる愛によって統制されています。大霊はすべてのものに存在すると同時に、すべてのものを通して顕現しています。大霊によって統制されている摂理の働きを妨げる権利を有する者はいません。もしあなたが、摂理に反して自ら命を絶つとするなら、その行為に対する代償を払わなければなりません。

例えば、熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、あなたの霊に準備ができていないうちに霊界へ行ったなら、長い調整期間の中でその代償を払わなければなりません。愛する人々とも会えなくなります。自殺によって、あなたと周囲の人々との間に隔たりができてしまうからです。


〔この質疑応答は翌週の《サイキック・ニューズ》紙に掲載され、それを読んだ当の女性から次のような礼状が届いた。〕

「司会をされた方がシルバーバーチ霊にお礼を言ってくださったかどうか存じませんが、早々にこのような明解な答えをいただいたことに対して、どうか“あとに遺された者”からの感謝の気持ちをお伝え願えませんでしょうか。正直に言って、回答を読んだときは暗たんたる気持ちになりましたが、今ではお言葉に従って、霊界からお呼びがかかるまで力の限り生き抜く覚悟を決めております。」


訳注――カール・ウィックランドの『迷える霊との対話』(ハート出版)の中に、十年前に自殺をした女性が出現して語っている例が紹介されている。その中で、本当は十年後のその日に死すべき運命にあったものを、摂理に反した死に方をしたために、その日まで苦しみ続けたと述べている。
安楽死は許されるか


〔安楽死についてはスピリチュアリズムの内部でも賛否両論がある。回復の見込みがないと診断された患者を苦痛から解放するために、医者がその命を断つことは許されるはずだという意見と、スピリチュアル・ヒーリング(霊的治療)によって奇跡的に回復する例がある以上、安楽死は認めるべきではないという意見がある。常に「生命は神聖なものである」と主張するシルバーバーチに、安楽死の是非を尋ねてみた。〕


――回復の見込みがない患者を安楽死させる権利を医者に与えるべきだ、という意見がありますが、どう思われますか。


まず申し上げておきたいのは、すべての生命は大霊のものだということです。肉体が衰えて霊がその肉体から解放される時がくれば、人間は自然の摂理に従って死を迎えます。


――医学的処置によって延命することは正しいと思われますか。


間違ってはいません。


――たとえそれによって苦しみを長引かせることになってもでしょうか。


そうです。ただし、忘れてはならないことが一つあります。それは魂が解放される時がくれば、人は必ず死を迎えるということです。地上のいかなる手段をもってしても、摂理を変えることはできません。


――不治の病に苦しんでいる人を安楽死させることは、その患者に霊界または来世(次の地上生活)で、さらなる苦痛をもたらすことになるのでしょうか。


いいえ、そういうことはありません。しかし安楽死は、準備のできていない霊にショックを与え、影響を及ぼすことになります。それによって不要だったはずの調整を、いろいろとしなければならなくなります。


――人間には寿命を引き延ばす力が備わっているのでしょうか。


延命のために努力することは間違ってはいません。しかし、霊が地上を去る時がくれば、あなた方はそれ以上何もできません。


――それでは、延命のための努力は無駄に終わるということでしょうか。


はい、そうです。あなたがおっしゃる医学的処置によって寿命を少しばかり引き延ばすことができたとしても、結局みんな死んでいくではありませんか。


――でも、患者は少しの間であっても生き続けることができます。


患者が反応すればのことです。酸素を与えるという方法もありますが、それにも限界があります。魂が霊界へ行く準備が整えば、あなた方になす術(すべ)はありません。


――死期が決まっていて、魂に準備が整った時に霊界へ行くことになっているのなら、人間の寿命はなぜ、時代とともに少しずつ延びているのでしょうか。


地上人類は進化しているからです。物的なことは霊的なことによって決まるのであって、物的なことが霊的なことを決めるのではありません。
産児制限(避妊)は是か非か


〔シルバーバーチは、人工妊娠中絶に対して断固として反対の立場を主張している。ところで妊娠自体を避けようとするのは、正しいことだろうか。シルバーバーチの産児制限に関する意見を聞いてみよう。〕


――産児制限について、霊界ではどのように考えているのでしょうか。


人間には自由意志と、善と悪を区別する判断力(良心)が与えられています。この問題も最後は“動機は何か”に帰着します。なぜ産児制限をするのか、じっくり考えてみることです。大切なのは動機です。それ以外にはありません。


――生命の誕生を制限するのは摂理に反することなのでしょうか。


霊が地上に誕生することが予定されている場合には、避妊をしない夫婦を通して生まれてきます。摂理は絶対です。夫婦の進化にとって子供を持つことが不可欠な体験であるなら、おのずと新しい生命の誕生を望むようになり、それが妨げられることはありません。


――そうすると、私のもとに子供が生まれてくることが予定されているときには、「子供が欲しい」と思うようになるということでしょうか。


そうです。あなたは、新しい生命の誕生がもたらす影響を必要とする進化の段階に達したということです。


――それは、高い次元での進化ということでしょうか。


いいえ、進化の次元の高い低いの問題ではありません。性的快楽だけを求めて避妊をする人と、そうでない人を明確に区別しなければなりません。私が賛成しないのは、利己的な動機からの避妊です。


――生まれてくる子供にとって好ましくないという考えからの避妊については、どうでしょうか。


それが動機ということではないでしょうか。すべてのことに動機が問われます。摂理をごまかすことはできません。行為の一つひとつ、思念の一つひとつ、願望の一つひとつが、あなたの魂のオーラに刻み込まれます。霊界の人々には、あなたのすべてがはっきりと分かるのです。あなたの魂は、彼らの前では丸裸です。あなたが地上で抱いた動機のすべてが、霊界人には知られているのです。


――女性が妊娠したあと、霊はどの時点で胎児に宿るのでしょうか。


納得できない方も多いと思いますが、精子と卵子とが結合してミニチュアの形で個体(媒体)ができ上がったときから、その霊にとっての地上生活が始まります。


――精神障害者の場合には、地上生活が無駄になってしまいます。その障害によって何も学ぶことができないからです。障害が遺伝的なものである場合には断種(不妊手術)ということも考えられますが、霊界側ではそれをどう見ているのでしょうか。


私はもとより、宇宙のいかなる存在も、生命の摂理を変えることはできません。一個の魂に物質界へ誕生する準備が整えば、かならず誕生します。あなた方は「なぜ?」と尋ねるでしょう。そこで私は「再生」を説くのです。そこに理由があるからです。
動物ヘの虐待行為


〔摂理を犯しておいて“知らなかった”では済まされない。人間や動物に無用な苦痛を与えることは摂理に反しており、どのような言い訳をしても、その代償はいずれ払うことになる。以下は動物虐待についての質疑応答である。〕


――無力の動物に対してひどい苦痛を与えるような実験がますます増えていますが、どう思われますか。これを中止させようと運動している人々もいますが、彼らは霊界から援助を受けているのでしょうか。


人のためになる仕事をしようと努力するときには、必ず霊界からの働きかけがあります。彼らを鼓舞し、霊力を与え、その仕事を援助します。動機は何であれ、大霊によって生み出された動物に苦痛を与えることは間違っています。とは言え、動物実験に携わっている人の中には、摂理に対する無知からそれをしている人がたくさんいることを忘れてはなりません。「人類のため」という動機からの行為なのですが、摂理に反していることには変わりありません。


――でも、あなたは動機がいちばん大切であると何度もおっしゃっています。人類のためと思ってしていることでも、摂理に反した罰を受けるのでしょうか。


たしかに動機は間違ってはいないかもしれませんが、摂理は変えられません。動物に苦痛を与えていることを知りながら実験を続けるのは、責任を自覚しているということです。「人類のため」という動機はよいのですが、動物に苦痛を与えているのは事実です。そうした点を総合的に考慮したうえで判断が下されます。いずれにせよ、私としては苦痛を与えるということには賛成できません。


――動物は人類を助けるために地上に生まれてくるのでしょうか。


はい、その通りです。同時に人類も動物を助けるために存在しているのです。


――人類のためというのが、動物を創造した唯一の目的ではないと思うのですが……。


そうです。動物を創造した目的の中に「人類のため」ということも含まれているという意味です。


――動物の生体解剖は動機が正しければ許されると思いますか。


いいえ、許されません。残酷な行為がどうして正当化できるでしょうか。苦痛を与え、悶(もだ)え苦しませておいて、どうして正義と言えるでしょうか。それは、私たちの教えとはまったく相容れません。無抵抗の動物を実験台にすることは間違いです。


――動物を実験材料とした研究からはガンの治療法は発見できないという考えに、同意されますか。


地上では、摂理に反した生活によって引き起こされた病気に対する治療法を考え出すことはできません。すべての病気に対する治療法は、いずれ発見されるでしょうが、それは動物実験からは見つけ出すことはできません。


〔シルバーバーチは、いかなる生命も神聖なものであることを繰り返し説いている。ある日の交霊会で狩猟が話題となり、メンバーの一人が質問した。〕


――キツネ狩りは間違っているのでしょうか。


すべての生命は大霊のものです。いかなる形にせよ生命を奪うことは許されません。


――でも、ウチのニワトリを二十羽も食い殺したのですが……。


もし私が、そのキツネに銃を与えて、二十羽もニワトリを食べたあなたを撃ち殺せと命令したらどうなりますか。大霊は地上のすべての子供たちに、十分な食べ物を用意してくださっています。人間が飢えに苦しむのはキツネが悪いのではなくて、人間自身の考えが間違っているからです。

地上人類がもっと進化すれば、すべての野蛮な欲望は消滅することでしょう。あなたがキツネやニワトリをつくることができるなら、それらの生命を奪い去ることも許されるでしょう。あなたがキツネやニワトリを殺すことが正しいと言うなら、同胞を殺してもいいということになります。しかし、生命は人間のものではありません。大霊のものです。生命を奪う者は、いつかはその責任を取らなければなりません。


――オーストラリアではウサギの異常繁殖が脅威となっていますが、これについてはどうでしょうか。


人間は本来そこにあるべきではないものを勝手に持ってきて、それがもたらす悪い結果に文句を言います。それは私の(地上時代の)国にやって来た白人ついても言えます。白人は、自分たちにとっては良いものであっても、インディアンにとっては良くないものを持ち込みました。

戦争も白人がもたらしました。また火酒(かしゅ)(ウィスキー・ジンなどアルコール分の強い酒――訳注)やその他、インディアンに不幸をもたらす多くのものを持ち込みました。白人がやってきて、人を撃ち殺すことは正義であるかのように吹聴するまで、インディアンは銃で人を撃ち殺すことなど知らなかったのです。

そのうちあなた方は、宇宙のあらゆる生命体――動物も小鳥も魚も花も――が大霊の計画の一部を担っていることを理解するようになるでしょう。大霊の創造物として存在していることを認識するようになるでしょう。


〔シルバーバーチは、スピリチュアリズムには三つの重要な内容があることを述べている。その一つは心霊能力、一つはサービス(奉仕・利他愛の実践)、そしてもう一つは霊による導きである。〕
霊媒能力・心霊能力について


〔霊媒能力には二つの側面がある。霊的世界に対する感受性と、それを他人のために役立てるという責任である。シルバーバーチは、霊媒能力を持った交霊会の参加者に、次のように語った。〕


あなたはこのサークルに参加することによって、大霊のサービス(愛)を受け入れることになりました。あなたは霊媒能力を持っています。どうかそれを人のために活用してください。大霊が子供たちに与えた霊力は、他のすべての人々のために活用されなければなりません。もし、あなたがその霊力を間違って用いるなら、大霊に背くことになります。それは大霊に至る道を閉ざし、あなたの人生を狂わせることになります。霊力を小さなビンの中に閉じ込めておくことはできません。霊力を閉じ込めようとするなら、ビンは破裂してしまいます。

あなたは、自分の持っている霊力を摂理にそって正しく用いなければなりません。摂理は大霊によって造られたもので、それを私がつくり変えることはできません。大霊の摂理は、すべての子供たちが幸せになるためにもうけられたものです。ところが人間は、自分たちは親(大霊)よりも優れていると自惚(うぬぼ)れて摂理に背くようになったために、地上にはさまざまな問題が発生するようになったのです。


〔世間の人々から非難され、落胆している女性霊媒に対して、シルバーバーチは次のように語った。〕


あなたは、非常に強力で優れた指導霊の導きを受けています。もし、あなたが指導霊に対して完璧な信頼と信念を持つなら、すべてがうまくいくようになります。あなたは大霊の道具ですが、自由意志も持っています。人間は皆、大霊から自由意志を与えられているのです。どうか、あなたが手助けできる多くの人々がいることを忘れないでください。あなたを通して素晴らしい霊力が活用されることになるのです。その霊力の働きを信じてください。霊力は、あなたの前途に立ちはだかるあらゆる障害物を取り除いてくれます。

あなたはとても感受性が豊かな方です。あなたは霊媒としてさまざまな悩みを抱えていますが、それはすべて大霊の摂理にそって発生しているのです。私は、今あなたが味わっている苦痛を、あなたに代わって背負ってあげたいと思っています。そうした私の思いを察してください。

大霊の子供たちが食べる物に不自由し、飢えに苦しむ姿を見て、私たちが平気でいられると思いますか。人々が病気で苦しむ姿を見て、安穏としていられると思いますか。戦争によって肉体から無理やり魂が引き裂かれていく様子を見て、じっとしていられると思いますか。地上世界の悲劇に目をつぶっていることはできません。私たちは、地上世界を立て直すためには唯一、この方法(サービス・利他愛の実践)しかないことを知っています。

私たち霊界の者が、地上世界の問題を取り除くことはできません。地上人自身の努力によって、新しい世界を誕生させなければなりません。霊的世界に対する感受性の鋭い人間(霊媒・霊能者)は、地上世界の悲しみをより強く感じ、心を痛めるという犠牲を払うことになります。

どうか、物質的なものではなく、霊的なものに目を向けてください。そうすれば、あなたは大霊の光に包まれ、いずれ朽ちていく肉体の奥にある不滅の霊を傷つけるものは何もないことを悟るようになるでしょう。あなたを取り巻く環境は、あなたの身体に何らかの影響を及ぼすかもしれませんが、それが大霊の賜物(たまもの)である霊を傷つけるようなことにはなりません。

もしあなたが、物質的なものに過度の関心を持たないようにするなら、物質よりはるかに繊細な霊に対する感受性を高めることができるようになります。目に見える物質的なものではなく、目に見えない霊的なもの、大霊と永遠なるものに信頼をおいてください。

私は、これまで自分の霊媒(バーバネル)が苦しむ姿を見てきました。以前にも彼の苦しみについてお話ししたことがありましたが、それを見て私が涙を流してきたことをあなたはご存じでしょうか。私は、彼の重荷のすべてを代わって背負ってあげたいと思いました。しかし私は、人間は苦しみを通して魂が浄化されることになるという大霊の摂理を知っています。

あなたはとても感受性が豊かな方ですから、それに見合った苦悩を味わうことになります。最強の霊力と大霊の完璧な愛が常にあなたとともにあり、それがあなたを通して他の人々に流れていくようになるということを、忘れないでください。霊界の者たちは、あなたに最高の叡智による助言を与え、進むべき道を示し、その霊力によって支えます。私たちは常に、地上世界の嵐と困難からあなたを守り、安らぎの場へと導きます。

あなたは、今の立場に留まっているべきです。霊力は活用されなければなりません。霊力を閉じ込めてしまってはいけません。

あなたは光と影が存在する物質界に生きています。あなたの住んでいる世界は、私たちの世界とは違います。あなたは影の中にいるときは光を忘れ、光の中にいるときは影を忘れてしまいます。雪が降ると寒すぎると言い、太陽が照ると暑すぎると言います。

下を向くのではなく、どうか常に太陽を見上げてください。地上人生において悲しみや喜びの体験を積むまでは、あなたは真の霊媒(高級霊の道具としての霊媒)になることはできません。自分が暗闇の中にいると感じたときには、それは影にすぎず、いずれ消え去るものであることを思い出してください。太陽の光は、あなたの内部に存在する霊の宝を再び輝かせることになるでしょう。
サービス(奉仕・利他愛の実践)の摂理について


〔高級霊たちは常に、サービス(奉仕)の重要性を強調する。サービスによって個人の霊的進化が促され、同時に新しい世界の夜明けがもたらされると言う。高級霊たちはサービスの必要性を説くだけでなく、自ら率先してサービスを実践している。ここでは、シルバーバーチがサービスについて述べた箇所を抜粋して紹介する。繰り返しサービスの重要性を訴えるシルバーバーチの言葉は、それを実践しようとする者にとって大きな励ましとなるであろう。〕


■私たちは、あなた方にサービス(奉仕)をするためにここへやって来ました。もし私たちが一人の人間の魂を引き上げることができたら、もし傷ついた身体を癒し、落ち込んだ魂に勇気を与えることができたら、もし新しい希望と信頼をもたらし、悲しみの涙が流れているところに微笑みをもたらすことができたら、そのとき私たちは大霊に奉仕したことになります。そして地上の道具(同志)を与えられ、彼らを通して傷ついた大霊の子供たちに奉仕できることに感謝を捧げます。


■皆さんは時に、奉仕することにうんざりしてしまうことがあるかもしれません。奉仕の喜びが感じられず、疲れきってしまうことがあるかもしれません。私たち霊界の者は、自分たちへの賞賛は一切求めません。私たちは、摂理の働きを通して大霊に奉仕しようと努めています。そして皆さんに、摂理を活用すれば地上に調和と健康と幸福がもたらされるようになることをお教えしようとしているのです。


■私は、できるかぎりあなた方に奉仕したいと思っています。わずかではあっても光をもたらし、皆さんが人生についての真の教訓を学ぶことができるように手助けしようと努めています。霊的知識によってあなた方の魂は強化され、大霊から託された使命を達成することができるようになります。


■私たちは、ひたすら奉仕に励んでいます。どのような呼びかけにも、どのような要請にも、お応えします。私たちは、あなた方の役に立つことだけを願ってここにいるのです。口先だけでそう言っているのではありません。私たちが奉仕に努めているのは、それを通してのみ大霊を顕現させることができるからです。


■神学者たちは、不可解な神学理論や教義をつくり出してきました。そしてそれが、人類に懐疑と当惑と混乱をもたらすことになりました。宗教のエッセンス(本質)は“サービス(利他愛の実践)”という一つの言葉で表現されます。


■自己を忘れてひたすらサービス(利他愛の実践)に励む人は、大霊を顕現させています。“サービス”――それは現在の地上世界が、最も必要としているものです。それゆえ私たち霊界の者は、地上人にサービスの重要性を訴え、自らサービスの実践に励んできたのです。あらゆる霧と暗闇、懐疑と恐れ、悲しみと争い、苦しみと痛みの背後には、サービスを通しての霊的成長という永遠の目的があることを忘れてはなりません。


■皆さんは、大霊の意思を地上で実現するための“大霊の僕(しもべ)”です。その務めを果たす中で、多くの人々の人生に新しい希望をもたらし、同時に皆さん自身もさらなる幸福を手にすることになるのです。あなた方は、強大な霊力が地上に降りる手助けをしています。大霊の摂理が働くための援助をしています。地上世界の悲しみと不幸を一掃するための奉仕に携わっているのです。


■あなた方の背後にあるのは、全生命の始原である大霊の力であり、それは宇宙で最強の力です。あなた方は、その大霊の力が地上界に顕現するための手助けをすることができるのです。他人の魂を引き上げてあげること、励ましの言葉をかけてあげること、霊的であれ物質的であれ奉仕をすることが大切なのです。心から喜んで奉仕に専念することで、あなた方は真の大霊の道具となれるのです。


■大霊の子供たちに奉仕しないで、どうして大霊に奉仕することができるでしょうか。地上世界は表面的な言葉や肩書きやラベルにとらわれ過ぎています。私が重要視するのはサービス(奉仕・利他愛の実践)だけですが、地上では政治や経済や社会を論じる学問が大切にされています。しかし、それらは単なる知識にすぎません。あなた方が人々のための奉仕に励むなら、それが「真の宗教」なのです。


■地上世界での身分の高い低いは重要なことではありません。もしあなた方が、たった一個の魂であっても引き上げることができるなら、暗闇の中にいる人に光を届けることができるなら、無知の牢獄の中にいる人を解放することができるなら、あなた方は大霊に奉仕していることになります。飢えている人に食べ物を与え、のどが渇いている人に水を与え、そして戦争ではなく平和をもたらすことができるなら、あなた方はまさしく大霊に仕えていることになるのです。
霊界からの指導の実際


〔地上へメッセージ(霊的真理)を伝えることが何より重要であるとするシルバーバーチは、自分自身のことについてはほとんど語っていない。しかし地上人類のために大きな犠牲を払って働いている他の指導霊たちについては、時おり述べている。その中からいくつか拾ってみた。〕


――指導霊は、すべての国で、さまざまな分野に働きかけているのでしょうか。


はい、そうです。しかし、試行錯誤の中で何とか継続しているというのが実情です。その原因は、せっかく目星をつけた道具(霊能者)がどこまでこちらの期待に応えてくれるかは、前もって判断できないからです。最後の段階で堕落して使いものにならず、何十年にもわたる努力が水の泡となることがあります。今この時も、物質界の至るところで、こちらからの反応に応えてくれる人間を見いだし、霊界からの影響力を及ぼそうと働きかけている霊が大勢いるのです。


――指導霊たちは、人類の進歩に関わる運動(スピリチュアリズム)に働きかけているのでしょうか。


物質界の進歩のために役立つ仕事をしている人々には、それに拍車をかけて発展させようとする霊団が援助します。善を志向する努力が、無駄になることは決してありません。人類を向上させたいと願っている人、人類への奉仕を切望する人、大霊の子供たちの苦しみを取り除くために戦っている人の背後には常に多くの霊が待機しているのです。


――政治体制の異なる国々、例えば民主主義国家と、独裁主義国家の背後で働いている指導霊たちの関係はどうなっているのでしょうか。


あなた方は、本来は言葉を“道具”として使用すべきところを、逆に言葉の“奴隷”になっています。私たち指導霊の全員が、大霊の摂理をすべての子供たちに教えようとしています。どこにいようと、誰であろうと、大霊の摂理はその子供たちを通して働くからです。霊的成長のレベルがそれぞれ異なっているため、私たちの働きかけが必ずうまくいくとは限りません。手こずることもあります。しかし私たちは、選んだ道具を用いて最善を尽くすしかありません。その際、道具となる人間のラベルは問題ではありません。私たちは、どれだけ役に立つかということだけを考えて働きかけているのです。


――指導霊から積極的な働きかけを受けている人が、それに気づかないということがあるでしょうか。


大いにあります。その事実を知っている方が、知らないままでいるよりも協力関係を強化することができます。


――指導霊の存在を知ることによって、もっと霊力を受けやすくなるのでしょうか。


指導霊の存在を知っていれば、その人間と霊との関係はより親密になります。知らずにいるよりは知っている方が好ましいのです。光が得られるというのに、暗闇にいたいと思う人がいるでしょうか。飲み物があるというのに、どうして渇きを我慢する必要があるのでしょうか。


――指導霊は、決まった霊媒以外の指導をしないのはなぜでしょうか。


そうした質問を聞くと、私たちがこの交霊会を催すために、いかに複雑な方法や手段を駆使しているかが理解されていないことが分かります。私が、この霊媒(バーバネル)を通して使命を果たすために何十年にもわたって準備してきたことを、皆さんはよくご存じのはずです。誰かの要望に応えて、別の霊媒を長い期間をかけてもう一度、養成するようなことはいたしません。


訳注――この回答は、シルバーバーチはなぜよその交霊会に出ないのかとか、どこそこの交霊会にシルバーバーチが出たというのは本当か、といった風評を念頭において述べている。


――霊媒の中にはサイキック能力を十分に発揮できずに、うつ病や精神のトラブルで苦しんでいる人がいるのはなぜでしょうか。


霊体と肉体が不調和状態に陥ったことが原因です。
インスピレーションについて


〔インスピレーションの存在はよく知られているが、その一方で最も信憑性の低い霊媒現象と見なされていることも事実である。人間は死後、思念の伝達を用いて仕事を続けることになる。また、インスピレーションとして自分の思念を地上人の意識に印象づけることができる。そうした霊からのインスピレーションを受け取った地上人によって、多くの仕事がなされてきた。以下は、インスピレーションに関するシルバーバーチのコメントである。〕


「奉仕をしたい」との思いを持って霊界に来た者は、思念の力を用いて地上世界に影響力をもたらす方法を学ぶようになります。地上人類を向上させたいと願う霊たちの強い思念が、地上界に多くの恩恵をもたらすことになります。私たちは、地上人のために奉仕をしたいと考える新参霊たちに、真理普及の戦いに役立つように意識集中の方法を教えます。彼らは肉体的な感覚はすでに失っていますが、その存在自体が地上人にとって助けとなるのです。こうして彼らは私たちと一緒に、あなた方を援助する仕事に携わることになるのです。
質疑応答


――例えば新聞記者などある種の能力を身につけた人間は、すでに他界している、かつて地上で同じ仕事に携わっていた霊から、援助や導きを受けるようになるのでしょうか。


はい、なります。地上世界でもこちらの世界でも、いったん身に付けた能力が失われるようなことはありません。地上世界で発揮していた才能は、霊界に入ってからも進歩していきます。そしてさらに向上すると、自分と同じ才能を持った地上の道具を見つけたいと思うようになります。地上で同じ能力を発揮している人間に働きかけることによって、自分の才能をよりいっそう進化させたいと望むようになるのです。

地上人は、霊界からのインスピレーションを無意識のうちに受け取ることもあれば、意識的に受け取ることもあります。霊的感受性が強い人間は、霊界から送られてくる思念をインスピレーションとして受け取り、それを意識の中に強く印象づけることになります。


――インスピレーションは、集合的存在(類魂)から送られてくるのでしょうか。それとも一人の霊から送られてくるのでしょうか。


両方のケースがあります。


――偉大な詩人や画家などは、霊界からのインスピレーションによって作品をつくり上げていると言われますが、それが事実であるなら、地上人のアイディアにはオリジナリティーがあると言えるでしょうか。


私は、(宇宙の)始まりについても終わりについても何も知りません。大霊は生命であり、生命は大霊です。あらゆる生命の種子が、大霊によって蒔かれています。宇宙に存在している万物は、私の知るかぎり、過去にも常に存在し、そしてこれからも存在し続けます。あなた方は大霊の一部であり、その肉体の奥に大霊の分霊が埋め込まれています。あなた方は大霊のミニチュアであり、それぞれの魂の進化に応じて大霊が有するすべての力にアクセスすることができるようになります。

人間は自らの力で何ひとつ創造することはできませんが、大霊が創造し与えてくれたものに働きかけたり、形づくったり、積み上げたり、向きを変えたり、改良したり、美しくしたり、結びつけたりして、自分たちが住んでいる地球とそれを取り巻く宇宙をより良い所にすることができます。大霊は、子供である人間にあらゆる素材と道具を準備してくださいました。人間はそれらを用いてさまざまなものをつくり上げることができますが、素材を創造することはできません。
催眠術のメカニズムと危険性


――催眠術は研究の対象に値するものでしょうか。


催眠術師が善意の人で、自分の能力を人のために役立てたいという願望から発しているのであれば、よいことです。しかし催眠術というのは、魂の隠れた能力のほんの表面を軽く叩いている程度のものにすぎません。


――催眠術師が接触するもの(潜在能力)とは何なのでしょうか。


自己を超えたもの、つまり内在する大霊と同じものです。私は、これまで何度もあなた方に対して、自分の内部に存在している力を自覚しそれを発揮するなら、克服できない困難はないと申し上げてきました。“隠れた能力”とは、その力のことです。高いバイブレーションに自分を調和させること、より良い奉仕の人生を送ること、そして霊的向上をすることによって、その力を発揮することができるのです。あなた方は、世俗的になればなるほど、より低いバイブレーションに反応するようになります。反対に自己犠牲の思いが高まれば高まるほど、より高いバイブレーションに反応するようになり、内部の大霊(神性)が発揮されることになるのです。


――その内部の神性というのは、理性的な思考と行動をする自我意識が独立したものでしょうか。


いいえ、違います。今のあなたは物的身体を通して発現している精神(意識)によって支配されています。地上で生活している間は、そうなっているのです。それが催眠状態になると違ってきます。催眠術師は言わば看守のようなもので、牢のカギを開けて囚人を解放することができます。催眠術師が善意からそれ(催眠術)を行うのであれば、潜在している神性を刺激することになり、良いことをしたと言えるでしょう。しかし催眠術は、内部の獣性を刺激することもあるのです。いずれにしても、あなた方が地上で発揮している意識は、死後に発揮することになる大きな意識のほんの一部にすぎないことを知っておいてください。


――そういうことを聞かされると、いささか不満を感じてしまいます。


そうでしょう。しかし、不満に思うのはけっこうなことです。自惚れから生じる自己満足は進歩の妨げとなります。


――催眠術は霊媒能力を発達させるための手段になるでしょうか。また、あなたはそれを奨めますか。


それは、これまでも言ってきたことですが、いったん霊媒に指導霊が付くと、地上の催眠術師の出番はなくなります。霊媒が指導霊の霊力を受けるようになると、催眠術による影響力は及ばなくなります。霊媒能力の開発は交霊会から始めて、徐々に霊力の影響を受けていく方がよいと思います。


――催眠術を霊能力開発の近道とは考えておられないわけですね。


そうです。霊能力開発に“近道”はありません。これは魂とその能力に関わることです。地上人の霊的能力が今日の段階まで発達するのに何百万年もかかっています。これまで地上世界に不幸が絶えなかったのは、霊的な側面を無視してきたからです。霊に関わることは、慎重な養成と、ゆっくりとした成長が必要とされます。
シルバーバーチ、思想家“トマス・ペイン”を賞賛する


〔“昨日の悪者は、今日のヒーロー”――一九三七年、シルバーバーチはかの有名な思想家(社会改革者)トマス・ペインの生誕二百年にあたってこの言葉を引用し、次のように述べた。〕


本日は、かつて霊力に満たされて、抑圧され虐(しいた)げられていた人々の立場を向上させるために戦った一人の偉大な人間に賛辞を捧げる日です。彼は生前、社会から理解されることはありませんでした。彼は、悲惨な環境の中で力を失い、落胆している人々を引き上げるために苦闘しました。あらゆる不正と戦い、人間が本来、享受すべき恩恵について人々に教えようとしました。

当時の上流階級の人々は、彼(トマス・ペイン)を敵視しました。しかし彼は、霊力に突き動かされていたため、さまざまな困難に勝利しました。彼は人々から軽蔑され、拒絶され、迫害されましたが、その仕事は今も生き続けています。

どうか、そうした彼の生き方から教訓を学んでください。今、皆さんがしていることは、彼の仕事とつながっています。皆さんも人々から妨害され、敵意や反感を受けていますが、今皆さんが伝えようとしている真理は、当時、彼が人々に教えようとしていた真理と同じものなのです。あなた方もペインと同じように、霊的な、そして物質的な自由を獲得するための戦いにおいて、最大の味方であるはずの人間から反対されるようになるかもしれません。しかしあなた方の仕事は、今後も生き続けます。なぜならその仕事には、「大霊の認証」というシールが貼られているからです。

その神聖な仕事を進めるためには、善意を持った地上の人間が必要です。私たちは、現在の地上界のリーダーには期待していません。私たちは、階級や民族、人種や宗教を問題にしてはおりません。携わっている仕事が真の奉仕であるかどうか、人々の魂を引き上げ手助けをするものであるかどうかだけを見ているのです。

今日は、霊力に鼓舞されていた一人の社会改革者に、あなた方と私たちの世界から賛辞を捧げ、重要な教訓を学ぶ時です。地上人は、彼の仕事を単なる過去のものと考えていますが、私たちは、奉仕に対して情熱を抱いていた彼の魂を評価しています。彼は私たちの世界へ来てからも、奉仕を続けています。今も、大勢の大霊の子供たちの生活を改善するために全力で戦い続けているのです。

地上世界は奇妙な所です。昨日の悪者が、今日のヒーローになります。そして今日のヒーローが、しばしば明日の悪者になります。今の時代において軽蔑されている人間は、やがて訪れる時代には賞賛されることになるでしょう。

宗教家を自認する人間の視野は、何と狭いことでしょうか。彼らは、自分たちの宗教のまわりに教義の分厚い壁を築き上げています。そして自分たちの教義に同意し、壁に囲まれた狭い世界(教会)にやって来る人間以外は皆、拒絶します。彼らは、「壁の外には無神論者がおり、壁の内側には神によって選ばれた宗教的な人間がいる」と言います。

しかし、本当に宗教的な人間とは、人々を向上させるために戦い、悪を正し、障壁を打ち砕き、無知を追放し、飢えを駆逐し、スラムを根絶しなければならないと考える人のことです。そうした人こそが、真に宗教的な人間なのです。人類への奉仕(サービス)のために人生を捧げることだけが、宗教的な生き方と言えるからです。

私は今日まで、皆さんが知っておくべき霊的真理をシンプルな言葉で説いてきました。霊的真理に新たに付け加えるものは何もありません。今、地上人に必要とされているのは、霊性を発揮して、霊力をもっと容易に受け入れられるようにすることです。現在の地上人類は、あまりにも霊力を否定しています。


訳注――トマス・ペインは、英国生まれの思想家・著作家で、一七七四年に渡米。一七七六年に『コモン・センス』を著して、アメリカ独立の気運を高めた。フランス革命を擁護した『人間の権利』も、よく知られている。
霊とは何か


〔霊魂とは何か。科学者は霊魂の存在を認めないし、正統派を主張するキリスト教会はそれについて何も知らない。シルバーバーチは、霊魂とは大霊の分霊であると明言し、私たち人間と大霊は、その分霊によって常に結ばれていると言う。〕


――人間の物的身体は何によってコントロールされているのでしょうか。また、それはどこに位置しているのでしょうか。


私はそれがどこにあるのか知りませんし、見つけ出すこともできません。科学者たちは、肉体を解剖すれば隅に隠れている霊魂を見つけることができると思っています。あるいは霊魂は血管の中を流れていたり、どこかの臓器に隠れていると考えています。しかし霊魂は、肉体のどの部分にも存在してはいません。


――でも霊魂は、肉体の内部にあるのではないでしょうか。


霊魂は、内部にあるとか外部にあるとか言えるようなものではありません。霊魂はすべての場に充満しています。霊魂とは意識のことであり、肉体によって制約されるものではありません。それは無限の広がりを持つと同時に、進化の頂点にまで至ることができます。そして一瞬のうちに地上をめぐることができるものなのです。あなた方が霊的身体で遠い所に赴くとき、霊魂はどこにあるのでしょうか。こう言うと、あなた方は地上の距離感覚で想像するでしょうが、私たちにはそうした感覚はありません。霊魂によって制限される空間はないのです。


――「魂(ソウル)」と「霊(スピリット)」の違いは何でしょうか。


私は、それらをどう呼ぶかにはこだわりません。あなた方の辞書は私がつくったわけではありません。私の言う魂とは、内在する大霊のことです。霊とは、魂が顕現するための身体です。しかし他の人は、私とは違う意味でそれらの言葉を用いています。(シルバーバーチ自身も逆の使い方をしていることがある。シルバーバーチはここで「分霊」を「魂」と表現し、「霊体」を「霊」と表現している――訳注)


――顕現するための身体という表現はともかく、霊(スピリット)とは何なのでしょうか。


霊とは、あなた方の言う神、すなわち大霊の一部であり、媒体を通して自己を顕現しつつ、より高みを目指してどこまでも向上していくものです。霊は、媒体を通して顕現することで初めて知ることができるものであり、顕現していない霊について知ることは不可能です。


訳注――「霊」という言葉には、いろいろな意味がある。例えば、人間の本質である「分霊」を「霊」と言う一方、死後の人間(他界者)のことを広く「霊」と呼んでいる。日本人は圧倒的にこの使い方が多い。また意味不明のまま「霊魂」という言葉を用いることもある。

ここでは質問者が、人間の霊的要素についての認識が乏しいところから質問しているため、シルバーバーチの答えも、それに合わせようとして矛盾が生じている。質問者と、それに答えるシルバーバーチとの間に用語の使用の点で混乱が見られ、錯綜した質疑応答となっている。さらに編者のオースティンが魂(霊魂)という言葉を用いて解説しており、いっそう理解しづらい内容となっている。


――良心(コンシャンス)とは何でしょうか。


良心は魂の一部であり、正しいことと間違ったことを区別します。良心はハカリのようなもので、あなた方はそれによって善と悪を判断することができるのです。良心とは、魂の指針なのです。


訳注――別のところでシルバーバーチは次のように述べている――「地上においても霊界においても、道徳的・精神的・霊的問題に関連してある決断を迫られる事態に直面したとき、正常な人間であれば“良心”が進むべき道について的確な指示を与えるというのが私の考えです。大霊によって植えつけられた霊性の一部である良心が瞬間的に前面に出て、進むべきコースを指示します。問題はその指示が出たあとから、それとは別の側面が出しゃばり始めることです。偏見がそれであり、欲望がそれです。良心の命令を気に食わなく思う人間性がアレコレと理屈を言い始め、何か他に良い解決策があるはずだと言い訳をして、しばしばそれを正当化してしまいます。しかし、いかに知らぬふりをしてみても、良心の声が最初に最も正しい道を指示しています。」
オーラとは


――オーラとは何ですか。


オーラは、身体が発するバイブレーションによって構成されています。一口にオーラと言っても多くの種類がありますが、地上世界で知られているのは肉体のオーラと霊体のオーラです。すべてのものがオーラを放射しており、意識のない物体でさえオーラを放っています。人間のオーラは身体が発するバイブレーションによって成り立っており、身体の状態を反映しています。オーラが見え、その意味を読み取れる霊能者は、オーラを放射している人の秘密のすべてが分かります。健康状態も分かりますし、魂と精神の状態や魂の進化の程度も分かります。オーラは開かれた本のように、さまざまな情報を示しています。

オーラには、あなたがこれまでに言ったこと、思ったこと、行ったことのすべてが刻み込まれています。それを読み取れる人には、上辺(うわべ)のあなたではなくて、本当のあなたが分かるのです。この意味でオーラは、永遠の判事と言えます。


――あなたの説明には、霊体のオーラも含まれているわけですね。


はい、そうです。肉体のオーラには、健康状態とか気質とか習性など、肉体に関連した情報が示されています。肉体の状態によってオーラの色彩は、さまざまに変化します。
幽霊とは


――修道院の回廊を、かつてそこで生活していた修道僧が歩き回っていたという幽霊話をよく耳にしますが、その正体は何でしょうか。


幽霊の出没は霊の仕業によるものもありますが、今おっしゃったようなケースは、地上に残されているエーテル質の像(幽質の外皮)が、強い思念を受けて一人歩きをしているものです。しかし一般に「幽霊が出た!」と騒がれる場合は、いわゆる地縛霊の仕業です。


訳注――マイヤースの『永遠の大道』の一節に〈遺像〉または〈殻〉という項目があって、幽霊話について次のように説明している。

「遺像というのは地上の旅人が死とともに捨てる殻のことで、マントに譬えられないこともない。その遺像を再び活性化するのは(地上時代の)憎しみや感情である。背後にその種の怨念や観念があって、それがその遺像と結びつくからこそ意味もなく動き回るのである。つまり宇宙の遠い彼方に、地上時代に惨い死に方をした者、殉教した敬虔な修道士や修道女などの霊がいて、ふと当時のことを思い出したときなどに、その強烈な念が遺像に感応して一時的に生気を与えるというわけである。

その“ふと思い出す”のは、活発な霊的生活の中で一呼吸入れて休息しているときなどである。過去世の因縁の糸がたぐり寄せられて古い情景が浮かぶのであるが、あくまでも“ふと思い出す”程度のことであって、その当時の無念の思いはすっかり消えている。が、その一片の思念が地上に残した殻を動かし、かつての建物や土地をノソノソと歩かせるということが、現実に起こり得るのである。」
時間は実在するか


――時間は実在するのでしょうか。それとも人間がつくり出したものでしょうか。


時間は、人間がつくり出したものではありません。時間にはいくつもの次元があります。時計で計る時間は人間がつくったものですが、時間そのものは実在します。空間も実在します。ただ、あなた方の視点は限られているため、計測する時間と空間は正確ではありません。あなた方が他の視点からの知識を持つようになれば、その見方はより真実に近づきます。
精神障害と魂の進化の関係


――身体的障害のために、肉体が霊的自我の欲求とは正反対の行動を取ることがありますか。


はい、あります。精神障害者の場合がそうです。しかし、この場合は魂の進化に影響を及ぼすことはありません。物質界での表現が阻害されるだけです。魂の進化と、地上的制約の中での魂の表現は別であることを考慮しないといけません。
憑依の原因


――邪悪な地上人生を送った者が、死後にもまったく良心の呵責を感じないということはあるのでしょうか。


よくあります。何百年、時には何千年もの間、良心呵責を感じないままいることがあります。


――そうした霊が地上の人間に取り憑くということがありますか。


もし、両者の間に親和性(因縁)があれば、それは起こります。憑依現象というと一方的に霊の側に責任があると考えがちですが、実際は地上の人間に原因があることを知らないといけません。憑依されるような条件を用意しているのは人間の方なのです。調和のとれた生活、正しい心がけと奉仕の精神にあふれた生活、我を張らず、欲張らず、独りよがりにならない生活を心がけていれば、憑依現象は絶対に起きません。
植物に意識はあるか


――花などの植物にも意識があるのでしょうか。


ありますが、あなた方が考えているような意識とは違います。植物は、地上ではまだ知られていない種類のバイブレーションに反応する感覚を備えています。そうしたバイブレーションを偶然発見して、花や野菜などの植物を上手に育てることができる人がたくさんいます。


訳注――そうした発見から霊的次元にまで踏み込んでいる人としては「フラワー・レメディ」のエドワード・バッチ博士が筆頭であろう。花々の特殊な癒しの成分を霊感でキャッチし、その抽出に成功している。それがシルバーバーチ霊の出現時期と重なることも意義があるように思える。バッチ博士の思想の根幹を次の一文から読み取っていただきたい。(要約)

「現代医学の失敗の主な原因は、原因ではなく結果にばかり目を向けてきた点です。何世紀もの間、病気の本質が物質主義という仮面で隠され、病気の根源と闘わなかったために、その荒廃がどんどん広がっていきました。現在の物質主義的な方法では、病気を治したり根絶させたりすることはできません。病気の根源にあるものは物質ではないからです。

病気は本質的に魂と意思が争った結果ですから、霊的な面と精神的な面の努力なしでは、根絶されることは決してありません。身体だけにどれほど努力を重ねてみても、表面的に癒すことしかできません。原因がそこに存在しているわけですから、また違った形でぶり返してきて、その存在を見せつけます。

病気はたいへん残酷ですが、反面、恩恵を得るところや役に立つところがあります。病気が正しく解釈されれば、それによって自分自身の重大な欠点を知ることができます。的確に治療をすればその欠点をも取り除くことになり、前にもまして健康で素晴らしい人間になることができます。苦しむことによって他の方法では知ることのできなかった改めるべき点が分かり、それを治すことができます。そうしていかなければ、決して原因を根絶することはできません。」

(『バッチ博士の遺産』バッチフラワー友の会刊)
神智学の間違いについて


――神智学では、人間は死ぬと神聖なる根源的なもの(Divine Principle)が肉体とアストラル体とメンタル体から抜け出ると言います。そしてそれが抜け出たあとの肉体やアストラル体やメンタル体は、空っぽの貝殻のようになって地上の大気中をうろつくことになると教えています。神智学では、地上の霊媒を通しての通信はこうした貝殻のようなものからもたらされるとし、死者の人格を真似た自然霊によって発生する現象であると説明しています。これについて、あなたはどのように答えますか。(神智学の創始者であるブラヴァッキーは、こうした論法でスピリチュアリズムの霊界通信を否定しようとした――訳注)


人間の肉体から大霊の一部(分霊)が分離し退くと、肉体の役目は終了し、分解して大地に戻ることになります。肉体から離れた分霊は霊界に入りますが、霊界では進化にともなって次の段階に進んでいくようになります。大霊の分霊がアストラル体(幽体)から抜け出ると、アストラル体の役目はそこで終わり、幽質素に分解されます。
占星術は当てになるか


――占星術というのは当てになるのでしょうか。


宇宙のあらゆる存在物は振動しており、すべてのバイブレーションは外部へ向けて絶え間なく放射物を放っています。その放射物は、宇宙間に何らかの影響を及ぼしています。そうしたバイブレーションの背後には大霊の法則がありますから、それを知ることは少しは役に立つでしょう。


――霊界から送られてくるメッセージと、占星術による予言との間には共通するものがありますが、何か関係があるのでしょうか。


真理の顕現の仕方は無限です。真理とは大霊のことだからです。しかし真理は人間を通して顕現するものであるため、人間の進化の程度によって顕現の仕方が異なります。真理というものは、純真な気持ちでなければ修得できません。長たらしい言葉や目新しい言葉で解説しなくてはならないものは真理ではありません。言葉を飾ることは、しばしば無知を隠すための仮面になります。
シルバーバーチの祈り


〔シルバーバーチの霊言集が祈りの言葉を欠いていては、完全なものとは言えないであろう。毎週金曜日の夜に開かれる交霊会は、まずインボケーション(会の成功を願う祈り)で始まり、ベネディクション(励ましの言葉)で閉会となる。ここではその典型的なものを紹介しておく。〕
インボケーション


願わくば、本日もこの交霊会において、霊的世界に属する摂理の働きについて明らかにすることができますように……。大霊について、大霊とあらゆる生命現象との関係について、また宇宙に存在するすべての大霊の子供たちとの関係についての理解を、より明確にすることができるように祈ります。

あなたは幾世紀もの間、誤解され、曲解され、限りある存在とされてきました。そこで今、私たちは、あなたを完璧な摂理として説き明かそうとしております。あなたは、生命のあらゆる顕現をつかさどっておられます。宇宙に存在するすべてのものは、あなたの霊力の働きかけがあればこそ、維持されているのでございます。あらゆる創造物が、あなたの摂理に賛辞を捧げております。最も力を持つ者も力なき者も、強者も弱者も、小鳥も花も樹木も、風も海も山も丘も、日光も雨も嵐も稲妻も、一つの例外もなく、すべてに生命の大霊であるあなたが顕現しておられます。

私たちは、あらゆる存在があなたのイメージの中で創造されていることを示そうと努めております。あなたは、すべての被造物を通して顕現しておられます。あなたが内在すればこそ万物は動き、呼吸し、生きているのであり、すべてがあなたの中に存在しているのでございます。

いかなるものも、あなたとあなたの子供たちとの間を引き裂く力は持っておりません。なぜなら、すべてのインスピレーション、すべての真理、すべての叡智、すべての啓示、すべての知識が蓄えられている無限の貯蔵庫は、大霊の子供たち一人ひとりに開かれているからでございます。向上心と謙虚さと奉仕精神にあふれ、強大な霊力(霊団)の道具になることを願う子供たちは、その貯蔵庫を自由に活用することができるのです。

私たちは、すべての人間の魂に秘められた潜在能力を明かそうとしております。私たちは、地上の子供たちが、無知から閉じ込めてしまっている潜在能力に気づき、物質の障壁を突き破って霊的高みを目指す日々の努力の中で、その能力を自由に発揮できるようになるのを待っているのです。

私たちは、あなたのすべての子供たちが地上に生を享けた目的を理解し、満ち足りた素晴らしい人生を送ることができるように願っております。それによって子供たちは、あなたが用意してくださった豊かさと美しさと喜びを自由に求め、自分のものにしていくことができるのでございます。

私たちは、あなたが子供たちに近づき、子供たちがあなたに近づくことができるように、立ちはだかる障害を取り除き、あらゆる制約と束縛を払いのけようと努めております。地上の子供たちが、親なるあなたの存在を知り、奉仕に励む中であなたを顕現していくことができるように働きかけているところでございます。

ここに、あなたの僕インディアンの祈りを捧げます。
ベネディクション


皆さんはこれまで、私たち霊団の者の姿を見たり、直接声を聞いたりしたことはありませんが、とても身近な存在であることを知っていただきたいと思います。

私たちは皆さんのすぐ傍(そば)におります。私たちと皆さんとの間には、愛の絆があるからです。愛があればこそ、私たちは皆さんのために奉仕しています。援助を必要としている人々――身体的に弱っている人、生きる気力を失っている人、挫折している人、人生の意義を見失っている人、これまでの宗教では満足を得られず、真理を渇望している人、魂は自由を求めながらも、教義と信条に縛られ、それに対抗する他の宗派との狭間(はざま)で息も絶え絶えになっている人――そうした人々のために、皆さんを通して献身しているのです。

私たちが説く教えは、大霊の無限の真理であり、何ものにも制約されることはありません。真理はすべての人々のためのものであり、それを独り占めできる人間はいません。大霊の真理は、全人類を愛で包もうとするものなのです。

願わくば、皆さんが自分を取り巻いている強大な霊力、絶え間なく地上界に注がれている偉大な愛、皆さんを通して顕現しようとしているインスピレーション、明らかにされることを待ち望んでいる真理、地上を明るく照らそうとしている叡智の存在に気づくことができるように祈ります。

そして奉仕の仕事を通して宇宙の強大な霊力を理解し、すべての存在の背後に控えている偉大なる力である大霊と一体となることができますように。大霊の摂理に調和し、大霊の叡智に満たされて働くことができますように。皆さんが大霊の僕である私たち霊団の道具となり、全人類のために奉仕されることを祈ります。

大霊の祝福のあらんことを……。

シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of SpiritualWisdom
Teachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)


22章 シルバーバーチ、子供と語る

〔本章では、今まで見たことのないシルバーバーチの意外な一面を紹介しよう。読者にとってこれまでのシルバーバーチは、教えを説く霊、慰めと励ましを与えてくれる霊、そして人工のドグマに対して容赦のない批判を浴びせる霊といった印象が強いであろう。だがこの章では、シルバーバーチは二人の子供に対して優しさと素朴さを持って語りかけている。交霊会はまず、開会の祈り(インボケーション)から始まった。例の大審議会が催されるクリスマスも間近い頃のことであった。〕


「あゝ、大霊よ。どうか私たちが幼子のような素直な心であなたに近づき、霊的真理を学ぶことができますように。その霊的真理は、愛と叡智にあふれた親なるあなたを信頼する者にのみ啓示されるものでございます。あなたが完全なる愛と叡智と優しさの方であることを知り、何ひとつ恐れることなく近づくことができますように……」

そう祈ってから、八歳になる姉のルースと、六歳になる弟のポールを左右の膝の上(もちろん見た目にはバーバネルの膝の上)に座らせて、二人の顔に自分の顔をすり寄せながら、こう語った。


「今日は二人のために本物の妖精を何人か連れてきました。今夜は二人が寝ている間ずっと、その妖精たちが見守ることになっています。今夜はあなた方にもその姿が見えるようにしてあげましょう。絵本に描かれている妖精ではありません。妖精の国からやって来た本物の妖精です。今夜は大人たち(サークルのメンバー)とは話をしないことにします。この部屋には二人以外は誰もいないことにして会を進めるつもりです。私はよく二人と遊ぶために、そばに来ているのですよ。ウィグワムまで持って……」

ポール「ウィグワムって何ですか。」


「テントのことです。私がインディアンとして地上で生活していたときには、ウィグワムの中で暮らしていました。」

ルース「シルバーバーチさんはきれいな声をしていますね。とてもはっきり聞こえます。」


「これは私自身の声で、この霊媒の声ではありませんよ。特別に(声帯を)つくっているのです。」

ルース「霊界ではどのようにして話をするのですか。」


「こちらでは話すということはしません。お互いが思ったことを翼に乗せて送るのです。それは、あっという間に空間を飛んでいきます。返事も同じようにして届けられますから、言葉は要らないのです。心の中に美しい絵を描いて、それを瞬時に送ることもできます。こちらにはあなたが住んでいる世界より、もっと多くの美しいものがあります。樹木や花や鳥、小川もあります。美しい絵が欲しいと思うだけで、すぐにそれをつくることもできます。必要なものは何でもつくれるのです。」

続いてルースは、普通だったら苦しみながら死んでいくはずだった隣の人が、シルバーバーチとその霊団のお蔭で安らかに息を引き取った話を持ち出した。そして霊界でも面倒をみてあげてほしいと頼み、あとに遺された二人の子供のことも大霊が世話をしてくれたら嬉しいと言った。するとシルバーバーチは、亡くなった人のことはすでに面倒をみており、二人の子供についてもちゃんと世話をします、と答えた。

ポール「(亡くなった)あの人は、シルバーバーチさんのような立派な霊になれるでしょうか。」


「はい、なれますよ。けれど、時間がかかります。二、三百年くらいでしょうか。」

ルース「ずいぶんかかるんですね。」


「そんなに長く感じますか。慣れれば長く感じなくなりますよ。」

ルース「シルバーバーチさんは生まれて何年になりますか。」


「そろそろ三千年になります。でも、まだまだ若いですよ。」

ルース「三千年では若いとは言えないですね。死んだらみんな霊になるのですか。」


「人間は皆、大きな霊に成長しつつある小さな霊なのです。」

ポール「でも、僕たちはシルバーバーチさんと同じではないでしょう?」


「私もあなた方も皆、大霊の子供であるという点では同じです。それぞれが大霊の小さな一部なのです。その一人ひとりがつながっていますから、私たちは一つの霊的家族ということになります。」

ポール「そうすると、神というのはすごく大きいでしょうね?」


「この広い世界と同じくらい大きいですよ。目には見えませんが……」

ポール「神が大霊をつくったのですか。」


「そうではありません。神というのは大霊のことです。大霊は、いつどこにでも存在しています。」

ルース「大霊は、この地球を訪れることもあるのですか。」


「ありますとも。赤ちゃんが生まれるたびに訪れています。大霊はご自分の一部を、その赤ちゃんに宿すのです。」

続けて子供たちが「霊の存在を信じてよかった」と言うと、シルバーバーチは「二人はとても幸せです。死んでこちらの世界へ来た人たちに守られているのですから」と答えた。

ルース「そちらの世界は地球よりも広いのですか。」


「ええ、広いですとも。ずっと、ずっと広くて、しかも、そちらにないものがたくさんあります。美しい色、素晴らしい音楽、大きな樹木、花、鳥、動物、何でもあります。」

ポール「動物もいるのですか。」


「いますとも。でも怖くはありませんよ。」

ポール「シルバーバーチさんは、地上にいたときのように動物を殺したりしないでしょう?」


「どんな生き物も決して殺したりなんかしません。」

ポール「お腹(なか)はすかないのですか。」


「はい、お腹はすきません。私たちのまわりには生命のエネルギーがあふれていて、疲れを感じたらそれを吸い込めばいいのです。ポールくんは夜、ベッドの横に立って深呼吸をしますね。そのときポールくんは生命のエネルギーも吸い込んでいるのです。」

このあと二人は、自分たちは霊界での生活を思い出せないけれど、それは今回が初めての地上生活だからではないかとの考えを口にした。それからルースが尋ねた。

ルース「人間は何回くらい生まれ変わるのですか。」


「ネコと同じくらいですよ。ネコは九回生まれ変わると言われているのを知っているでしょう?」

ポール「ネコはそのあと何か他のものに生まれ変わるのですか。」


「いいえ、ネコはネコのままです。ですが、もっときれいなネコになります。ポールくんのような人間の子供も、霊界での生活が長くなるほどきれいになっていきます。霊界というところは、醜さも、残酷さも、暗闇も、恐怖もない世界です。いつも太陽の光に包まれている世界なのです。」

この言葉にポールは当惑し、「雨がまったく降らないなら、地上だったら生き物はみんな死んでしまう」と言った。するとシルバーバーチが答えた。


「地球は小さな世界で、生命の出発点にすぎません。他にも大霊の子供たちが生活している星はたくさんあります。」

これを聞いてルースが「サイキック・ニューズ紙には『すべての世界は一つ』と書いてあります」と言い、八歳にしては博学なところを見せて大人たちを驚かせた。


「その通りです。宇宙には数えきれないほどの世界があり、そこには大勢の子供たちが住んでいます。皆、大霊の子供です。すべての子供たちに大霊が宿っているのです。」

ルース「こんなに話をして、シルバーバーチさんは疲れませんか。」


「いいえ、私はもっと話ができますよ。」

ルース「私にも霊の目があるなら、いつからその目が見えるようになるのでしょうか。」


「あなたには、霊の目もありますし、霊の耳も、霊の手も指も足もあります。あなた方は肉体だけでなく、霊の身体も持っています。本当は今でも、霊の目で見ることができるのです。ただ、肉体を持っている間は、霊の目で見たものを覚えていることはできません。でも少しずつ、見たり触れたりしたものを覚えていることができるようになります。」

ルース「私の霊の目は大きくなっていきますか。」


「そういうことではありません。霊の目の大きさは変わりませんが、ずっと遠くまで見ることができます。」

ポール「地球の果てまで見えるのですか。」


「望遠鏡みたいなものです。遠くにあるものが、すぐ近くに見えるのです。」

ポールが急に話題を変えて、「また戦争が起きるのですか」と尋ねた。


「小さい戦争は、いつもどこかで起きています。でも、ポールくんはそんなことを心配する必要はありません。平和のことだけを考え、その思いをポールくんの小さな胸の中から広い世界へと送り出すのです。そうすれば、世界中の人々がその思いに触れて平和への願いをふくらませるようになり、戦争を遠ざけるための力になるのです。」

ルース「シルバーバーチさんとちゃんと会えるようになるのはいつですか。」


「もう少し時間がかかります。今でもよく会っているのですが、覚えていないだけです。二人が寝入ると、私はあなた方の霊の手を取って霊界へ連れていくことがあります。あなた方はベッドで眠っている肉体を離れて、私と一緒に霊界で素敵な冒険をします。しかし肉体に戻ると、そのことを忘れてしまうのです。“変な夢を見た”と思うだけです。」

ルース「私はどこへ行っていたのか覚えていません。」

ポール「僕はまったく夢を見ないときがあります。」


「本当は夢を見ているのですが、思い出せないのです。」

ルース「シルバーバーチさんも霊界へ帰ると、地上の体験を忘れてしまうのですか。」


「忘れることもあります。あなた方も霊界での生活が長くなると、地上のことを思い出すのが難しくなります。」

ポールが突然、話題を変えて尋ねた。

ポール「人間はなぜ動物を殺すのか分かりません。」


「それは、動物を殺すのは悪いことだということが、まだ分からないからです。」

ルース「殺して食べるために動物を飼っている人もいます。」


「あなた方は、動物を食べないような生活をしてください。」

ポール「動物を殺して食べるのは残酷です。」


「どんな生き物でも殺すことは間違いです。決して殺してはいけません。」

ルース「霊界というのは素敵なところなのでしょうね。」


「それはそれは素敵なところです。醜さや暗さや惨めさが、まったくない世界です。美しいもの、輝くようなものばかりです。」

ここでルースが改めてシルバーバーチの声が素敵だと言うと、ポールも相づちを打って、ちょっと珍しい声だと言った。そして二人が、みんな声が違うのはいいことで、もし同じだったら面白くない、などと語り合っていると、シルバーバーチが割って入って、「みんな違うようでいて、大霊の子供という点では同じです。ただ、小さな身体に大きな霊を宿している人もいれば、大きな身体に小さな霊を宿している人もいます」と言った。

それを聞いて、すかさずポールが尋ねた。

ポール「霊界にも小人がいますか。」


「地上で小人だった人も、霊界では普通の大きさになります。」

ルース「指導霊というのは皆、シルバーバーチさんと同じような人ばかりですか。」

するとシルバーバーチが二人に「少し離れた所から見ていなさい」と言った。二人が離れた所でシルバーバーチの顔(入神状態のバーバネルの顔)を見ていると、その顔がしだいに変形して、それまでとは全く違う容貌になった。面長で、あごが尖った顔になっていた。その間、ルースの目にはバーバネルの顔が輝いているのが見えた。

その現象が終わると、二人は再びシルバーバーチの膝に座った。そしてポールは恥ずかしそうにシルバーバーチに頬をすり寄せ、「私はあなたが大好きです」と言った。するとシルバーバーチはしみじみと、「大霊というのは、今のポールくんと私との間にあるような愛に満ちた方なのです」と言った。ルースが、「私は一生、霊がいることを信じていたいと思います」と言うと、シルバーバーチは「きっと信じ続けることができるでしょう」と答えた。

ここでポールが、最初に話題にのぼった妖精について尋ねた。

ポール「今日、シルバーバーチさんが連れてきた妖精はみんな同じ色をしているのですか。」


「いいえ、緑色をした妖精もいれば、黄色や青色の妖精もいます。二人が見たこともない色の妖精もいますよ。今夜ベッドに入ってから、妖精が見えるかどうか試してごらんなさい。今夜は二人が寝ている間、ずっと一緒にいてくれます。あなた方を見守るように言ってありますから……」

そう言ってから、シルバーバーチは続けた。


「お別れする前に言っておきたいことがあります。もうすぐ私はこの地球を離れて、クリスマスの時に高級霊界で開かれる大きな集会に出席します。そこには世界中で私と同じような仕事をしている指導霊が大勢集まります。そして子供たちが大好きな、あの“イエス”と呼ばれている方から、一人ひとりお言葉を賜るのです。」

そこまで語ったときポールが尋ねた。

ポール「天国というのは空の高い所にあるのですか。」


「いいえ、そうではありません。天国はポールくんのまわりにあるのです。ただし、望遠鏡や肉眼では見えません。」

そう答えてからシルバーバーチは先ほどの話に戻り、次のように続けた。


「私はクリスマスの直前に地球を離れ、イエスさまにお会いします。そのとき私はイエスさまに、地球にはルースという女の子とポールという男の子がいることを告げ、二人の愛の心を伝えるつもりです。霊媒を地上に残して集会に出席した指導霊たちは、一段と霊格の高い霊たちから仕事の進展状況についての報告を受け、助言をいただきます。そうして私たちは、新たな計画とさらなる叡智、そして大きな愛と信念を携えて、それぞれの仕事を続けるために地上へ戻ってまいります。」

そこでポールが「叡智って何ですか」と尋ねると、シルバーバーチはその質問を予期していたかのように、「それはポールくんが知っているようなことです」と答えた。

偉大なる霊と二人の幼い子供との、自由で親密で微笑ましい対話に大人たちが聞き入っているうちに、その日の交霊会も終わりが近づいてきた。そこでシルバーバーチが二人の子供の頭に手を置いて、閉会の祈り(ベネディクション)を述べた。


「愛と叡智と美と真実なる大霊の名において、子供たちを祝福いたします。願わくば、今、純真さゆえに天国にいるこの子供たちが、人生の最後までその心を失うことがないように祈ります。二人を包んでいる霊力にこれからも素直に反応し、大霊の良き道具となることができますように……」

これを聞いてルースが尋ねた。

ルース「天国は、どこにあるのですか。」


「天国は、人間が幸せな気持ちでいるときに、その人の心の中にあるのです。」

ルース「悲しんでいるときは、心の中に天国はないのですね。」


「悲しむ必要なんかないでしょう。あなた方が望むなら、いつでも天国にいることができるのです。私はいつも二人の傍(そば)にいて、力になってあげます。もし悲しくなったら、私を呼びなさい。すぐに来てあなた方の涙を拭き、笑顔を取り戻させてあげましょう。」

ルース「シルバーバーチさんは、本当に優しい方ですね。」

このルースの言葉に、シルバーバーチからの返事はなかった。すでに霊媒の身体を離れていたからである。

Monday, February 2, 2026

ベールの彼方の生活(四)

The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen
六章 創造界の深奥



6 下層界の浄化活動    

 一九一九年三月三日  月曜日

 大事業への参加を求められたあと私が最初に手がけたのは下層界の浄化活動でした。太古においては下層の三界(※)が地球と密接に関係しており、また指導もしておりました。その逆も言えます。すなわち地球のもつ影響力を下層界が摂り入れていったことも事実です。

これは当然のことです。なぜなら、そこの住民は地球からの渡来者であり、地球に近い界ほど直接的な影響力を受けていたわけです。(※いわゆる〝四界説〟に従えば、〝幽界〟に相当すると考えてよいであろう──訳者)


 死の港から上陸すると、ご承知のとおり、指導霊に手引きされて人生についてより明確な視野をもつように指導されます。そうすることによって地上時代の誤った考えが正され、新しい光が受け入れられ吸収されていきます。

しかしこの問題で貴殿にぜひ心に留めておいていただきたいのは、地上生活にせよ天界の生活にせよ、強圧的な規制によって縛ることは決してないということです。

自由意志の原則は神聖にして犯すべからざるものであり、間断なく、そして普遍的に作用しております。実はこの要素、この絶対的な要素が存在していることによる一つの結果として、霊界入りした者の浄化の過程において、それに携わる者にもいつしかある程度の誤った認識が蔓延するようになったのです。

霊界へ持ち込まれる誤った考えの大半は変質の過程をへて有益で価値ある要素に転換されていましたが、全部とはいきませんでした。

論理を寄せ付けず、あらゆる束縛を拒否するその自由意志の原理が、地上的な気まぐれな粒子の下層界への侵入を許し、それが大気中に漂うようになったのです。永い年月のうちにそれが蓄積しました。

それは深刻な割合にまでは増えませんでした。そしてそのまま自然の成り行きにまかせてもよい程度のものでした。が、その当時においては、それはまずいことだったのです。その理由はこうです。

 当時の人類の発達の流れは下流へ、外部へ、物質へ、と向かっていました。それが神の意志でした。

すなわち神はご自身を物的形態の中に細かく顕現していくことを意図されたのです。ところがその方向が下へ向かっていたために勢いが加速され、地上から侵入してくる誤謬の要素が、それを受け入れ変質させていく霊的要素をしのぐほどになったのです。

そこで吾々が地上へ下降していくためには下層界を浄化する必要が生じました。地上への働きかけをさらに強化するための準備としてそれを行ったのです。


──なぜ〝さらに強化する〟のですか。

 地球はそれらの界層からの働きかけを常に受けているのですが、それはその働きかけを強めるために行なった───つまり、輪をうまく転がして谷をぶじに下りきり、こんどは峰へ向けて勢いよく上昇させるに足るだけの弾みをつけることが目的でした。それはうまく行き、今その上昇過程が勢いよく始まっております。

 結局吾々には樽の中のワインにゼラチン状の化合物の膜が果たすような役割を果たしたのです。知識欲にあふれ、一瞬の油断もなくがっちりと手を取り合った雲なす大軍がゆっくりと下降していくと、そうした不純な要素をことごとく圧倒して、地球へ向けて追い返しました。

それが過去幾代にもわたって続けられたのです(この場合の〝代〟は三分の一世紀──訳者)。間断なくそして刃向かう者なしの吾々の働きによって遠き天界と地上との間隔が縮まるにつれて、その不純要素が濃縮されていきました。

そしてそれが次第に地球を濃霧のごとく包みました。圧縮されていくその成分は場所を求めて狂乱状態となって押し合うのでした。

 騒乱状態は吾々の軍勢がさらに地球圏へ接近するにつれて一段と激しくそして大きく広がり、次第に地上生活の中に混入し、ついにはエーテルの壁を突き破って激流のごとく侵入し、人間世界の組織の一部となっていきました。

 見上げれば、その長期にわたって上昇し続けていた霧状の不純要素をきれいに取り除かれた天界が、その分だけ一段と明るさを増し美しくなっているのが分かりました。

 下へ目をやればその取り除かれた不純なる霧が──いかがでしょう、この問題をまだ続ける必要がありましょうか。地上の人間でも見る目をもつ者ならば、吾々の働きかけが過去二、三世紀の間にとくに顕著になっているのを見て取ることができるでしょう。

今日もし当時の変動の中に吾々の働きを見抜けないという人がいれば、それはよほど血のめぐりの悪い人でしょう。

 実はその恐ろしい勢力が大気層──地上の科学用語を拝借します──を突き破って侵入した時、吾々もまたすぐそのあとについてなだれ込んだのでした。そして今こうして地上という最前線にいたり、ついに占領したという次第です。

 しかし、ああ、その戦いの長くかつ凄まじかったことといったらありませんでした。そうです。長く、そして凄まじく、時として恐ろしくさえありました。しかし人類の男性をよき戦友として、吾々は首尾よく勝利を得ました──女性もよき戦友であり、吾々はその気概を見て、よろこびの中にも驚嘆の念を禁じ得ませんでした。

そうでした。そうでした。地上の人類も大いに苦しい思いをされました。それだけにいっそう人類のことを愛(いとお)しく思うのです。しかし忘れないでいただきたい。

その戦いにおいて吾々が敵に深い痛手を負わせたからには、味方の方も少なからず、そして決して軽くない痛手を受けたのです。人類とともに吾々も大いなる苦しみを味わったということです。

そして人類の苦しむ姿を近くで目のあたりにするにつけ、吾々がともに苦しんだことをむしろ嬉しく思ったのです。吾々が地上の人々を助けたということが吾々のためにもなったということです。人類の窮状を見たことが吾々のために大いに役立ったのです。


──(第一次)世界大戦のことを言っておられるのですか。

 そのクライマックスとしての大戦についてです。すでに述べた通り、吾々の戦いは過去何代にもわたって続けられ、次第にその勢いを募らせておりました。そのために多くの人が尊い犠牲となり、さまざまな局面が展開しました。

今そのすべてを細かく述べれば恐らく貴殿はそんなことまで・・・・・・と意外に思われることでしょう。少しだけ挙げれば、宗教的ならびに神学的分野、芸術分野、政治的ならびに民主主義の分野、科学の分野──戦争は過去一千年の間に大変な勢いで蔓延し、ほとんど全てのエネルギーを奪い取ってしまいました。

 しかし吾々は勝利を収めました。そして今や太陽をいっぱいに受けた峰へ向けて天界の道を揃って歩んでおります。かの谷間は眼下に暗く横たわっております。

そこで吾々は杖をしっかりと手にして、顔を峰へ向けます。するとその遠い峰から微(かす)かな光が射し、それが戦争の傷跡も生々しい手足に当たると、その傷が花輪となって吾々の胸を飾り、腕輪となって手首を飾り、破れ汚れた衣服が美しい透かし細工のレースとなります。

何となれば吾々の傷は名誉の負傷であり、衣服がその武勲を物語っているからです。そして吾々の共通の偉大なるキャプテンが、その戦いの何たるかを理解し傷の何たるかもむろん理解しておられる、キリストにほかならないのです。

 では私より祝福を。今夜の私はいささかの悲しみの情も感じませんが、私にとってその戦いはまだ沈黙の記憶とはなっておりません。

私の内部には今なお天界の鬨(かちどき)の声が上がることがあり、また当時の戦いを思い出して吾々の為にしたこと、またそれ以上に、吾々が目にしたこと、そして地上の人々のために流した涙のことを思い起こすと、思わず手を握りしめることすらあるのです。

もちろん吾々とて涙を流したのです。一度ならず流しました。何度も流しました。と言うのも、吾々には陣頭に立って指揮されるキリストのお姿が鮮明に見えても、人間の粗末な視力は霧が重くかかり、たとえ見えても、ほんの薄ぼんやりとしか見えませんでした。それがかえって吾々の哀れみの情を誘ったのでした。

 しかしながら、自然にあふれ出る涙を通して、貴殿らの天晴れな戦いぶりを驚きと少なからぬ畏敬の念をもって眺めたものでした。よくぞ戦われました。

美事な戦いぶりでした。吾々は驚きのあまり立ちつくし、互いにこう言い合ったものでした──吾々と同じく地上の人たちも同じ王、同じキャプテンの兵士だったのだと。

そこですべての得心がいき、なおも涙を流しつつ喜び、それからキリストの方へ目をやりました。キリストは雄々しく指揮しておられました。そのお姿に吾々は貴殿らに代って讃仰の祈りを捧げたのでした。 
                               アーネル ±
 

シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of SpiritualWisdom
Teachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)


21章 青年牧師との論争

〔ある時、キリスト教メソジスト派の年次総会がウェストミンスター寺院のセントラルホールで開かれ、報告や活発な討論がなされた。その合間に牧師たちの会話の中で、スピリチュアリズムのことがしきりにささやかれた。

そこに参加していてスピリチュアリズムに関心を抱いた一人の青年牧師が、ハンネン・スワッファーのもとを訪れ「交霊会というものに一度出席させてもらえませんか」と頼んだ。知的な風貌の好青年で、人徳を備えていることが一目で分かる。が、スピリチュアリズムに対する予備知識としては、コナン・ドイルの『The New Revelation』を読んだだけだと言う。

スワッファーは次のように述べた。

「明晩の交霊会にご出席ください。その会ではシルバーバーチと名乗る霊が、入神した霊媒の口を借りてしゃべります。その霊と存分に議論なさるがよろしい。納得のいかないところがあれば反論し、分からないところは遠慮なく質問なさることです。その代わりあとで他所(よそ)へ行って、十分に議論をさせてもらえなかった、などと不平を言わないでいただきたい。聞きたいことは何でも質問なさってけっこうです。その会の記録はいずれ活字になって発行されるでしょうが、お名前は出さないことにしましょう。そうすればケンカになる気遣いも要らないでしょう。もっとも、あなたの方からケンカを売るなら別ですが……」

翌日、約束通りその牧師が訪れた。そして、いつものようにシルバーバーチの祈りの言葉で交霊会が始まった。〕


訳注――その日の招待客についてはシルバーバーチは知っているが、霊媒のバーバネルは知らない、というよりは、意図的に知らせないことにしていた。予備知識があるとその想念が霊言の邪魔になることがあることを経験で知っていたからである。

バーバネルはグラス一杯の水を飲んでからメガネを外し、瞑目する。やがていびきのような息づかいとなり、容貌が変化して、例の肖像画で見るインディアンに似てくる。何やらもぐもぐと独り言をつぶやいた後、「用意ができました。始めてよろしいでしょうか」と言うと、列席者たちが口々に「ようこそお出でくださいました」と言う。そしてインボケーションという、会の成功を祈る言葉で開会となる。


「大霊のインスピレーションが皆さん方すべてに宿り、大霊の御心(みこころ)に応えることができますように。皆さん方一人ひとりが、大霊の一部であることを感じ取ることができますように。そして、どこへ行くときも大霊の御心を携え、接するすべての人々にそれを身をもって示すことができるように祈ります。」

以下は、その牧師とシルバーバーチとの議論である。まず、シルバーバーチの方から牧師にこう語りかけた。


「この霊媒(バーバネル)には、あなた方の言う“聖霊の力”がみなぎっています。その力がこうして語らせてくれるのです。私はあなた方の言う“復活した霊”の一人です。」

青年牧師との議論は、次の質問から始まった。

牧師「死後の世界とは、どういうところですか。」


「あなた方の世界と実によく似ています。ただし、こちらは結果の世界で、そちらは原因の世界です。」


訳注――宇宙の創造過程から言えば霊界が原因の世界で地上は結果の世界であるが、ここではシルバーバーチは因果律の観点から述べており、地上で蒔いた種は死後に刈り取るという意味。

牧師「死に際して恐怖感はありましたか。」


「いいえ、ありません。私たちインディアンは霊感が発達していて、死が恐ろしいものではないことを知っていました。あなたが属しておられる宗派の創始者ウェスレーも同じです。あの方も霊の力に動かされておりました。そのことはご存じですね?」


訳注――メソジスト派というのはジョン・ウェスレーという牧師が主唱し、弟のチャールズとともに一七九五年に国教会から独立して創立したキリスト教の一派で、ニュー・メソッド、つまり新しい方式を提唱したことから「メソジスト」という名称がある。ウェスレーの屋敷では不思議な霊現象がひんぱんに起きたことが有名で、「霊の力に動かされていた」というのは霊感が鋭かったという意味である。

なお、シルバーバーチは霊界の霊媒であるインディアンの立場に立って「私」とか「私たち」という言い方をしているが、本来のシルバーバーチは三千年前に地上生活を送ったことがあるということ以外、地上時代の氏名も国籍も民族も分かっていない。そういうことにこだわるのは人間の悪趣味として、六十年間、ついに明かさなかった。

牧師「はい、知っています。」


「しかし、現在の聖職者は霊の力に動かされてはおりません。すべては大霊の導きの中にあり、途切れることのない鎖で大霊とつながっています。あなた方の世界で最も低い人間も、高級界の天使とつながっています。どんなに悪い人間も、あなた方の言う神、すなわち大霊と結ばれているのです。」

牧師「死後の世界でも互いに認識し合えるのでしょうか。」


「地上ではどのようにして認識し合いますか。」

牧師「目です。目で見ます。」


「でも、あなたは肉体の目で見ているのではありません。心で見ているのです。」

牧師「はい、私は私の心で見ています。それは霊の一部だと思います。」


「私も霊で見ています。私にはあなたの霊も見えるし肉体も見えます。しかし肉体は影にすぎません。光源は霊です。」

牧師「地上での最大の罪は何でしょうか。」


「数多くの罪がありますが、最大の罪は神への反逆です。」

ここでメンバーの一人が、「それについて具体的に教えてあげてください」と言う。するとシルバーバーチは、「神の存在を知りながら、神の意思に背く生き方をすることです。それが最大の罪です」と付け加えた。

さらに別のメンバーが、「キリスト教ではそれを“聖霊に対する罪”と呼んでいます」と言うと、「例の本(バイブル)ではそう呼んでいますが、要するに霊に対する罪です」とシルバーバーチが答えた。

牧師「改訳聖書をどう思われますか。欽定訳聖書と比べて、どちらがよいと思われますか。」


「言葉はどうでもよろしい。いいですか、大切なのはあなたの行いです。大霊の真理は、バイブルだけでなく他のいろいろな本に示されています。どこであろうと、誰であろうと、大霊のために奉仕しようとする人の心には真理があるのです。それこそが最高のバイブル(神の教え)なのです。」

牧師「改心しないまま他界した人はどうなりますか。」


「改心とはどういう意味ですか。もっと分かりやすい言葉で言ってください。」

牧師「ある人は悪い行いをしたまま他界し、ある人は正しい生き方をしようと改心してから他界しました。この場合、両者には死後の世界でどのような違いが生じるのでしょうか。」


「あなた方の本(バイブル)から引用しましょう。蒔いた種は自分で刈り取るのです。これは変えることができません。あなたは、今のあなたをそのまま携えてこちらへまいります。自分で思っているようなあなたではなく、人に見てもらいたいと思っているあなたでもない、内部のあなた、真実のあなただけがこちらへまいります。あなたもこちらの世界へお出でになれば、本当の自分について分かるようになります。」

そう述べてからシルバーバーチは、「この人には心眼がありますね」とスワッファーに言った。スワッファーが「霊能があるという意味ですか」と聞くと、「そうです。なぜ連れてきたのですか」と尋ねた。「いえ、彼の方から訪ねてきたのです」と答えると、「この方は着実に導かれています。少しずつ光明が示されることは間違いありません」と述べた。

それから牧師に向かって「インディアンがあなた方のバイブルのことをよく知っていて驚かれたでしょう?」と言うと、牧師は「本当によくご存じです」と答えた。するとメンバーの一人が、「三千年前に地上を去った方ですよ」と口添えした。牧師はすかさず年代を計算して「ダビデをご存じでしたか」と尋ねた。ダビデは紀元前一千年頃のイスラエルの王である。シルバーバーチが答えた。


「私は白人ではありません。レッド・インディアンです。米国北西部の山の中で暮らしていました。あなた方がおっしゃる野蛮人です。しかし、私はこれまで西洋人の世界に、三千年前の我々インディアンよりもはるかに多くの野蛮で残忍な行為と、無知とを見てきました。物質的な豊かさにおいて自分たちよりも劣る民族に対して今なお白人が行っている残虐行為は、神に対する最大の罪の一つと言えます。」


訳注――シルバーバーチがインディアンを霊界の霊媒として使用したことには、インディアンが霊的能力において発達しているからという理由とは別に、この一節に如実に表れているように、白人至上主義の思想と白人文化の愚かさを知らしめる意図が隠されている。

牧師「そちらへ行った人々は、どのようなことを感じるのでしょうか。強い後悔の念を抱くようなこともあるのでしょうか。」


「いちばん残念に思うのは、やるべきことをやらないで終わったことです。あなたもこちらへお出でになれば分かります。きちんと成し遂げたこと、やるべきだったのに怠ったこと、そうしたことがすべて分かります。逃してしまったチャンスがいくつもあったことを知って後悔するのです。」

牧師「キリストヘの信仰をどう思われますか。神はそれを良しとなさるでしょうか。キリストへの信仰は、キリストの行いに倣(なら)うことだと思うのですが……」


「“主よ、主よ”と口にすることが信仰ではありません。大切なことは実際の行為であり、それがすべてです。何を語るか、何を信じるかは問題ではありません。もし、あなたが何ひとつ信仰というものを持っていなくても、落ち込んでいる人を励まし、飢えている人にパンを与え、暗闇の中にいる人の心に光を灯してあげるなら、神の御心に適う行いをしたことになるのです。」

ここで出席者の一人が「イエスは神の一部なのでしょうか」と尋ねると、シルバーバーチは次のように答えた。


「イエスは地上に降誕した偉大な指導者でした。しかし当時の民衆はイエスの教えに耳を傾けず、十字架にかけてしまいました。それどころか、今なお十字架にかけ続けています。すべての人間に神の分霊(神性)が宿っていますが、イエスは他の人々よりも、はるかに多くの神性を発揮しました。」

牧師「キリストが地上で最高の人物であったことは全世界が認めるところです。それほどの人物が嘘を言うはずはありません。キリストは言いました――“私と父とは一つである。私を見た者は父を見たのである”と。この言葉は、キリストがすなわち神であることを述べたものではないでしょうか。」


「もう一度、バイブルを読み返してごらんなさい。“父は私よりも偉大である”と言っているでしょう。」

牧師「はい、言っています。」


「またイエスは、“天にまします我らが父に祈れ”と言っていないでしょうか。“私に祈れ”とは言っておりません。父に祈れと言ったイエス自身が、天にまします我らが父であるはずはないでしょう。“父に祈れ”と言ったのであって、“私に祈れ”とは言っておりません。」

牧師「キリストは“あなた方の神”と“私の神”という言い方をしています。“私たちの神”とは決して言っていません。ご自身を他の人間と同列には置いていません。」

それを聞いてシルバーバーチは、次のように繰り返した。


「イエスは、“あなた方の神と私”とは言っておりません。“あなた方は私よりも大きな仕事をするでしょう”と言っております。

あなた方クリスチャンは、バイブルを読む際に何もかも神学的教義に合わせるような解釈をしますが、それをやめないといけません。霊に照らして解釈しなくてはいけません。霊こそが、宇宙のすべての謎を解くカギなのです。イエスが譬え話を用いたのは、そのためです。」

牧師は、「神は地上世界を愛するがゆえに唯一の息子を授けた」という聖書の言葉を引用して、イエスが神の子であるとするキリスト教の教義を弁護しようとした。

するとシルバーバーチは、「イエスはそんなことは決して言っておりません。イエスの死後何年も経ってから、例のニケーア会議でそれがバイブルに書き加えられたのです」と述べた。

牧師「ニケーア会議?」

「西暦三二五年に開かれております」と、シルバーバーチは即座に答えた。

牧師「でも、私が今引用した言葉は、それ以前からある“ヨハネ福音書”に書かれています。」


「どうしてそれが分かりますか。」

牧師「歴史書にそう書いてありますが……」

「どの歴史書ですか」と、シルバーバーチは重ねて尋ねた。

牧師「はっきりとは言えません。」


「ご存じのはずはありません。バイブルというものが書かれるその元になった書物は、いったいどこにあると思いますか。」

牧師「“ヨハネ福音書”それ自体が原典です。」


「いいえ、それよりもっと前の話です。」

牧師「バイブルは西暦九十年に完成しました。」

「バイブルの原典となったものは、今どこにあると思いますか」と、シルバーバーチは迫った。

牧師は、「いろいろな文書があります」と言って、例として一つを挙げた。


「それらは原典の写しです。原典はどこにありますか。」

牧師がこれに答えられずにいると、シルバーバーチは次のように続けた。


「バイブルの原典は、ご存じのバチカン宮殿に仕まい込まれたまま一度も外に出されたことはありません。あなた方がバイブルと呼んでいるものは、その原典のコピーのコピーの、そのまたコピーにすぎません。そのうえ、原典にないことまでいろいろと書き加えられています。

初期のキリスト教徒は、イエスがすぐに再臨すると信じていました。そのためイエスの地上生活の詳細について、誰も記録しませんでした。ところが、いつになっても再臨しないため、ついに諦めて記憶をたどりながら書き記すことになったのです。“イエス曰(いわ)く……”と書いてあっても、実際にイエスがそう言ったかどうかは分かりません。」

牧師「でも、四つの福音書にはその基礎となった、いわゆる“Q資料(イエス語録)”の証拠が見られることは事実ではないでしょうか。主な出来事は、その四つの福音書に述べられていると思うのですが……」


「私は、そうした出来事がまったくなかったと言っているのではありません。ただ、バイブルの記述のすべてが、本当にイエスの言葉とは限らないと言っているのです。バイブルの中には、イエスが生まれる前から存在した書物からの引用がずいぶん入っていることを忘れてはなりません。」

牧師「記録に残っていない口伝(くでん)のイエス語録が出版されようとしていますが、どう思われますか。」


「イエスの関心事は、自分がどんなことを言ったかというようなことではなく、地上のすべての人間が神の御心を実践することです。人間はあまりにも教え(聖書の言葉)に関心を寄せ、行いを疎(おろそ)かにしています。“福音書”なるものの説教の場には、大霊の真理に飢えた人たちが集まっています。そうした人々にとって重要なことは、単なるイエスの言葉ではなく、その教えに基づくあなたの生き方です。あなた自身の生き方を、手本として示すことです。

地上世界は教えでは救われません。いくら長い教えを説いても、それだけでは救われません。大霊の子供たちが、親なる大霊の御心を鎧(よろい)として、暗黒と弾圧の勢力に戦いを挑むことです。魂を束縛するすべてのものに立ち向かうことによって初めて、地上世界は救われるのです。それが、記録に残されていないイエスの言葉よりも大切なことなのです。」

牧師「この世には、なぜ多くの苦しみがあるのでしょうか。」


「大霊の摂理は、苦しみを通してしか悟ることはできません。苦しみという厳しい試練を経て初めて、あなた方の世界を支配している大霊の摂理を理解することができるのです。」

牧師「苦しみがない人が大勢いるようですが……」


「あなたは神に仕える身です。大切なのは“霊”に関わることであって、“肉体”に関わることではないことを理解しなければなりません。霊の苦しみの方が肉体の苦痛よりも耐えがたいものです。」

メンバーの一人が「現行の制度は不公平であるように思います」と言うと、シルバーバーチは次のように答えた。


「地上人生で起きるすべてのことは、いつの日か必ず帳尻が合うようになっています。いつかは自分で天秤(てんびん)を手にして、バランスを調節する日がまいります。あなた方は、自分が蒔いた種を自分で刈り取るという自然法則から逃れることはできません。軽い罰で済んでいる人がいるかにお考えのようですが、そういうことはありません。あなたは魂を見抜くことができないために、そう思うのです。

私が認めているのは大霊の法則だけです。人間の法律は認めていません。人間がつくった法律はいつかは改めなければなりませんが、大霊の法則には決してその必要はありません。地上に苦難がなければ、人間は正していくべきものへ注意を向けることができません。すべての苦しみや痛みや邪悪は、大霊の分霊であるあなた方人間が、いかにしてそれを克服していくかを学ぶためにあるのです。

もしも苦難を乗り越えるための努力を怠っているとしたら、あなた方を地上に誕生させた大霊の意図を理解していないことになります。宇宙の始まりから終わりまで、すべてを法則によって支配している大霊に従わずに、誰が文句を言うことができるでしょう。」

牧師が「霊の世界ではどんなことをなさっているのですか」と尋ねると、シルバーバーチはそれには答えず、「あなたはこの世でどんなことをしていますか」と問いかけた。すると牧師は「それは、その、いろいろな本を読んだり……、それによく説教もします」と口ごもって答えた。それに対してシルバーバーチは、「私もよく本を読みます。それに今は、こうして重要な説教をしています」と言った。

牧師「私は英国中を回らなくてはなりません。」


「私は霊の世界を回らなくてはなりません。私は、霊的な準備が何もなされないままこちらへ送り込まれてきた人間がいる暗黒界へも下りていかなければなりません。それにはずいぶん手間がかかります。あなたに自覚していただきたいのは、あなたはとても重要な立場に立っていらっしゃるということです。神に仕える身でありながら、本来の責務を果たしていない人たちがいます。彼らは教会の壇上から、まったく意味のない長たらしい説教をしています。

しかしあなたが、自らを神に委ね、神の貯蔵庫からインスピレーションを受けるために魂の扉を開くなら、あなたの魂は古(いにしえ)の預言者たちを鼓舞したのと同じ霊力によって満たされます。あなたはその仕事を通して、人生に落胆し、地上の片隅で疲れ果てている人々の心を明るく照らす光をもたらすことができるのです。」

牧師「そうであるなら嬉しいのですが……」


「いいえ、そうであるならではなくて、事実そうなのです。私はこちらの世界で、後悔している多くの牧師に会っています。彼らは地上人生を振り返り、自分が霊のメッセージを説いてこなかったこと、バイブルの言葉や教義だけにこだわって実践を疎かにしてきたことを後悔しているのです。彼らは、できればもう一度地上へ戻りたいと望んでいます。私は彼らに、地上にいるあなたのような人たちの心をいかにして鼓舞するかを示しています。そうした人たちに働きかけることによって、大霊の新しい真理が再び地上にもたらされるようになるからです。

あなたは、今まさに崩れつつある世界に身を置いていることを自覚しなければなりません。新しい秩序による世界、真の意味での天国が到来する時代の幕開けを見ているのです。その誕生には、痛みと苦しみと涙がともなうことでしょう。しかし最後には、大霊を中心とした世界が築かれるようになります。あなた方一人ひとりが、その新しい世界を招来する手助けができるのです。なぜならすべての人間は大霊の分霊であり、大霊の仕事の一翼を担うことができるからです。」

青年牧師にとって初めての交霊会も終わりに近づき、シルバーバーチはその場を去る(霊媒から離れる)前に次のように述べた。


「私は、あなたが説教をする教会へ一緒にまいります。あなたは、ご自分が本当に良い説教をしたとき、これが霊の力だと自覚なさるでしょう。」

牧師「私はこれまでも、大いなる霊力を授かるように祈ってまいりました。」

「あなたの祈りは、きっと叶えられるでしょう」とシルバーバーチは答えた。

以上で一回目の議論が終わり、改めて二回目の議論の機会がもうけられた。その内容を紹介する。

「地上の人間にとって、聖別された完璧な生活を送ることは可能でしょうか。すべての人間を愛することは可能なのでしょうか」――これが二回目の交霊会で、牧師が最初にした質問だった。


「いいえ、それは不可能なことです。しかし、そのように努力することはできます。すべての努力は、あなたの人間性を形成するうえで、とても重要です。決して怒ることもなく、敵意を持つこともなく、かんしゃくを起こすこともないなら、あなたはもはや人間ではないことになります。人間は霊的に成長することを目的として地上に生まれてくるのです。成長また成長と、どこまでも成長の連続です。それは地上だけでなく、こちらへ来てからも同じです。」

牧師「イエスは“天の父が完全であるようにあなた方も完全であれ”と言っておりますが、これはどう解釈すべきでしょうか。」


「完全であるように努力しなさい、と言っているのです。それが地上で目指すべき理想であり、内部に宿る神性を発揮する生き方なのです。」

牧師「今引用した言葉はマタイ伝第五章の最後の一節です。イエスは普遍的な愛について述べたあとで、その一節を述べています。またイエスは“ある者は隣人(身近な人)を愛し、ある者は友人を愛するが、あなた方は完全であれ。神の子なればなり”とも言っております。神は全人類を愛してくださるのだから、私たちもすべての人間を愛すべきであるということなのですが、イエスが人間に実行不可能なことを命じると思われますか。」

この質問に、シルバーバーチは驚いたように答えた。


「あなたは全世界の人間をイエスのような人物になさりたいのですね。お聞きしますが、イエスは、地上で完璧な人生を送ったと思いますか。」

牧師「はい、完璧な人生を送ったと思います。」


「一度も腹を立てたことはなかったとお考えですか。」

牧師「当時行われていたことには、うんざりしていたと思います。」


「一度も腹を立てたことはなかったと考えておられるのですか。」

牧師「腹を立てるのは悪いことである、という意味で怒ったことはないと思います。」


「そんなことを聞いているのではありません。私は、イエスが腹を立てたことは絶対になかったのか、と聞いているのです。イエスが腹を立てたことは正当だったかどうかを聞いているのではありません。あなた方(クリスチャン)は、何でも正当化なさるんですから……」

ここでメンバーの一人が、イエスが両替商人を教会堂から追い出したときの話を持ち出した。するとシルバーバーチが続けた。


「私が言いたかったのはそのことです。あのときイエスは、教会堂という神聖な場所を汚す人間に本当に腹を立てたのです。ムチを持って彼らを追い払ったのです。それは怒りそのものでした。私は、イエスの怒りが良いとか悪いとか言っているのではありません。イエスは怒ったのです。怒りは人間の激情です。私が言いたいのは、イエスも人間的性質(要素)を持っていたということです。あなた方がイエスを人間の模範として仰ぐとき、イエスもまた一人の人間であった――ただ普通の人間よりも大霊の意図をはるかに多く体現した人間だった、と考えなければなりません。分かりましたか。」

牧師「はい、分かりました。」


「私は、あなたのためを思って言っているのです。誰の手も届かないような高い所に祭り上げたら、イエスが喜ぶと思うのは間違いです。イエスもやはり我々と同じ人の子だったと見る方が、よほど喜ばれるはずです。自分だけが超然とした位(くらい)につくようなことは、望んではおられません。人類と共にあることを願っておられるのです。イエスは人間としての生き方の手本を示しているのであり、それは誰にでも実行できることなのです。イエスをそんなに高いところへ祭り上げてしまったなら、誰も付いていくことはできません。それではイエスの地上人生は無駄になってしまいます。」

話題が変わって――

牧師「人間には自由意志があるのでしょうか。」


「はい、あります。自由意志は大霊の摂理です。」

牧師「時として人間は、抑えようのない衝動によって行動することがあるとは思われませんか。そう強いられているのでしょうか。それともやはり自由意志で行っているのでしょうか。」


「あなたはどう思われますか。」

牧師「私は、人間はあくまでも自由意志を持った行為者だと考えます。」


「すべての人間に自由意志が与えられています。ただしそれは、大霊が定めた摂理の範囲内で行使しなければなりません。摂理は大霊の愛から造られたものであり、子供たちのすべてを平等に支配しています。それを変えることは誰にもできません。あなた方は、摂理の範囲内において自由であるということです。」

牧師「もし私たちが自由であるなら、罪は恐ろしいものです。悪いと知りつつ犯すことになりますから、強いられる場合よりも恐ろしいことに思えます。」


「私に言えることは、いかなる過ちも必ず正さなくてはならないということです。もし地上で正さなかったなら、こちらへ来てから正さなくてはなりません。」

牧師「道に外れたことをしがちな傾向を、先天的に強く持った人がいるとは思われませんか。善を行いやすい人間と、そうでない人間とがいます。」


「それは、とても難しい質問です。なぜなら、それぞれの人間に自由意志があるからです。あなた方は悪いことをするとき、内心ではそのことに気づいているものです。自分の良心を無視するか否かは、それまでに培ってきた人間性によります。罪は、それがもたらす害悪の程度に応じて重くも軽くもなります。」

これを聞いて牧師がすかさず反論した。

牧師「それは罪が精神的なものであるという事実と矛盾しませんか。単に結果との関連においてのみ軽重が問われるとしたら、心の中の罪は問われないことになります。」


「罪は罪です。身体で犯す罪、心で犯す罪、霊的に犯す罪、すべてが罪です。あなたは先ほど、人間は衝動的に罪を犯すことがあるかと問われましたが、その衝動はどこからくると思いますか。」

牧師「思念からです。」


「思念はどこからきますか。」

少し躊躇(ちゅうちょ)してから、「善なる思念は神からきます」と牧師が答えた。


「では、悪なる思念はどこからきますか。」

牧師「分かりません。」


訳注――キリスト教では交霊会に出現する霊は皆、悪魔の手先であると決めつけているので、本来ならこの牧師も「悪魔からきます」と答えるところであるが、二度の体験ですでにそうでないことに気づいているので「分かりません」という返答になった。シルバーバーチは、キリスト教の最大の欠陥である善神と悪神の二元論の矛盾を厳しい語調で突いている。


「大霊は、すべてのものに宿っています。間違ったことにも正しいことにも宿っています。太陽の光にも嵐にも、美しいものにも醜いものにも宿っています。空にも海にも雷鳴にも稲妻にも宿っているのです。美しいものや善なるものだけでなく、罪や悪にも宿っているのです。

あなたは、大霊は限定できるようなものではないことをご存じでしょうか。全宇宙が大霊の創造物であり、あらゆる所にその霊が行きわたっているのです。どのようなものであれ、その一部を切り取って“これは大霊のものではない”と言うことはできません。太陽の光は神の恵みであって、作物を台なしにする雨は悪魔の仕業とは言えないのです。神は、すべてのものに宿っています。

あなた方は、思念を受け取ったり送ったりする道具のようなものです。しかし、どのような思念を受け取るかは、あなたの人間性と霊性によります。もしあなたが、あなたの言う“完全な人生”を歩んでいるなら、あなたは完全な思念だけを受け取ることになるでしょう。しかし、あなたも人間である以上、魂と精神の能力に応じてさまざまな思念を受け取っています。私の言っていることがお分かりですか。」

牧師「おっしゃる通りだと思います。では、悪事を行い善行を怠ってきた人間が、死に際になって自分の非を悟り、“信ぜよ、さらば救われん”の一句を受け入れ、キリストを信じると公言して安らぎを得ようとするのをどう思われますか。キリスト教の“回心の教義”をどう思われますか。」

シルバーバーチは即座に答えた。


「あなたもよくご存じの一節を、聖書の中から引用しましょう。“たとえ全世界をもうけても、自分の命を損したら何の得になろうか”“まず神の国と神の義とを求めよ。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう”――これは、あなた方がよくご存じの言葉ですが、果たしてその意味を理解していらっしゃるでしょうか。それが真実であること、その言葉通りになること、それが神の摂理であることを理解していらっしゃいますか。“神は侮(あなど)られるような方ではない。人は自分の蒔いたものを刈り取ることになる”――これもよくご存じでしょう。

神の摂理は絶対にごまかせません。生涯、自分を人のために役立てるチャンスを無視してきた人間が、死に際の回心でたちまち立派な霊になれると思いますか。霊体にまで染み込んでいる悪行(罪)のすべてを、一瞬にしてかき消すことができると思いますか。大霊の目から見たとき、人生を大霊と人々のために送ってきた人間と、霊的義務を怠ってきた人間とを同列に並べて論じられるとお考えですか。“すみませんでした”の一言ですべての過ちが赦(ゆる)されるとしたら、神の摂理は公正と言えるでしょうか。いかがですか。」

牧師「私は、神はキリストを心の避難所にしたのだと思います。イエスは言いました……」

ここでシルバーバーチが遮(さえぎ)って言った。


「私はあなたの率直な意見をお聞きしているのです。聖書の言葉を引用しないで、率直に答えてください。イエスが何と言ったか、私には分かっています。あなた自身はどう思っているのですか。」

牧師「公正ではないと思います。しかし、そこに神の偉大なる愛があると思うのです。」


「この通りを行くと、人間の法律を管理している建物があります。もしその法律によって、生涯を善行に励んできた人間と罪を犯し続けてきた人間とが平等に扱われたなら、あなたはその法律を公正だと思いますか。」

牧師「私は、生涯まっすぐな道を歩み、すべての人を愛し、正直に生き、死ぬまでキリストを信じ続けた人のことなど言ってはいません。私は……」

ここでシルバーバーチが再び遮って言った。


「“自分が蒔いた種は、自分で刈り取る”――あなた方は、この摂理から逃れることはできません。神の摂理をごまかすことはできないのです。」

牧師「では、悪行のかぎりを尽くした人間が今まさに死にかけているとしたら、罪を償わなければならないことを、その人間にどう説いてやればよいのでしょうか。」


「もしもその人が真の人間、つまり幾ばくかでも神の心を宿しているなら、それまでの過ちを正したいという気持ちになるはずです。ですから、その人にこう伝えてください。“自分の犯した過ちの報いから逃れたいという思いがあるなら、あなたは真の人間ではありません。ただの臆病者です”と。」

牧師「しかし、罪を告白するという勇気ある行為は、誰にでもできるというものではないと思いませんか。」


「それは正しい方向への第一歩にすぎません。告白したことで罪が拭われるものではありません。その人は自由意志で、善ではなく悪をなす道を選んだのです。悪行が招いた結果から逃れることはできません。間違いは正さなければなりません。告白によって罪を消し去ることができると思うのは、自分に対するごまかしにすぎないのです。蒔いた種は自分で刈り取らなければなりません。それが神の摂理なのです。」

牧師「しかし、イエスは言っておられます――“重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなた方を休ませてあげよう”と。」


「もしその人が“文字は人を殺し、霊は人を生かす”という言葉を知っていたなら、あなた方(聖職者)が聖書の言葉を引用して、これは文字通りに受け入れなければならないと説くことはできません。聖書の中には、あなた方が今日、実行していないことがいくらでもあるからです。私の言っていることがお分かりでしょう。」

牧師「イエスは“善い羊飼いは羊のために命を捨てる”と言いました。私は常に“赦し”の教えを説いています。キリストの赦しを受け入れ、キリストの力が自分の人生を支配していることを暗黙のうちに認めるなら、その人生は神に大きな愛を捧げることになると思うのです。」

ここでシルバーバーチは話を本題に戻した。


「神は人間に“理性”という神性の一部を植え付けられました。私はあなた方に、その理性を使ってほしいのです。大きな過ちを犯し、それを神妙に告白することで心の安らぎは得られるかもしれませんが、“罪を犯した”という事実は変えられません。神の摂理に照らしてその歪(ゆが)みを正すまでは、罪はそのまま残っています。それが大霊の摂理なのです。イエスが語ったという言葉をいくらバイブルから引用しても、摂理を変えることは絶対にできません。

前にも言いましたが、バイブルの中にある言葉のすべてがイエスによって語られたものではなく、その多くは後世の人間が書き加えたものです。“イエスがこう語った”と言っても、あなた方がそう思っているだけのことです。私があなた方に知ってほしいのは、イエスをあの偉大な人物へと導いたのと同じ霊、同じインスピレーション、同じ大霊の力が、今も働いているということです。もしあなた方が、大霊からもたらされるものを受け入れようと心を開くなら、それらを自分のものにすることができるのです。

あなた方は大霊の一部です。大霊の愛と力のすべて、深遠なる叡智と知識と真理のすべてが、あなた方を待っているのです。神を求めて二千年前まで遡(さかのぼ)る必要はありません。神は今、ここにおられるのです。イエスの時代における神と同じ神が、同じ力を持って今、ここに存在しておられるのです。

大霊の真理と霊力の通路となるべき道具(霊媒・霊能者)は、ほとんどいません。あなた方キリスト教徒はなぜ、二千年前のたった一人の人間に頼るのですか。神に仕えるあなた方はなぜ、イエスと同じインスピレーションを受けることができないのでしょうか。なぜ、イエスの言葉に戻ろうとされるのですか。」

牧師「私は、私の中にいるキリストの御業(みわざ)について説いています。インスピレーションを得ることは可能だと信じています。」


「あなた方はなぜ、全知全能の神を、イエスという一人の人間と一冊の書物に閉じ込めようとするのですか。大霊のすべてを、一人の人間、あるいは一冊の書物で表現できると考えているのですか。私はクリスチャンではありません。私は、イエスよりもはるか昔に地上に生を享けた者です。その私は、神の平安に包まれるという恩恵に浴することは許されなかったということでしょうか。

あなたは、神のすべてを一冊の書物のわずかなページで表現できると思いますか。その一冊の書物が完成したときを最後に、神は子供たちにインスピレーションを授けることをやめたと考えるのですか。バイブルの最後のページをめくったとき、神の霊力が終わったとでも言うのでしょうか。」

牧師「そうであって欲しくないと思っています。私は時おり、何かに鼓舞されるのを感じることがあります。」


「あなたもいつか、天におられる父のもとに帰り、今地上で磨きつつあるあなたに相応しい場所に住むことになります。神に仕えるあなたに分かっていただきたいのは、被造物のすべてに宿る神を、制約することはできないということです。悪徳の塊(かたまり)のような犯罪者であっても、地上で聖人と仰がれる人間と同じように神と結ばれているのです。

あなた方一人ひとりに大霊が宿っています。もしあなたが、内在する大霊を顕現させようとして心を開くなら、大霊はあなたを通じて霊力と啓示をもたらすことでしょう。それによってあなたのもとを訪れる人々の心に、大霊の光と安らぎが与えられることになるでしょう。」

牧師「今日まで残っている唯一のカレンダーがキリスト暦(西暦)であるという事実をどう思われますか。」


「誰がそんなことを言ったのでしょう。あなたは、ユダヤ民族のカレンダーについて聞いたことはないでしょうか。多くの国ではいまだに、その国の宗教の発生とともにできたカレンダーを使用しています。

私はイエスを軽んじるつもりはありません。今、イエスがなさっている仕事について知っていますし、ご自身は神として崇められることを望んでおられないことも知っています。イエスの人生の価値は、人間が模範とすべきその生き方にあります。イエスという一人の人間を崇拝することをやめないかぎり、キリスト教は神のインスピレーションに恵まれることはないでしょう。」

牧師「いつ、キリストの誕生日を西洋暦の始まりと決めたのか分からないのです。ご存じでしょうか。」


「そんなことよりも、私の話を聞いてください。数日前のことですが、このサークルのメンバーの一人が(イングランド)北部の町へ行き、大勢の神の子供たちとともに過ごしました。高い身分の人たちではありません。とても厳しい肉体労働で生計を立てている人たちです。彼らは炭鉱労働者で、仕事が終わるとわずかばかりの賃金をもらいます。彼らは、キリスト教文明の恥辱(ちじょく)ともいうべき貧民収容施設に住んでいます。

同じ町には、あなた方が“神の館”と呼んでいる大聖堂があります。それは高くそびえていますから、太陽が照ると貧しい人々が住む家はその影に入ってしまいます。大聖堂がなかったときよりも、ずっと暗くなってしまいます。これでよいと思われますか。」

牧師「私はそのダーラムにいたことがあります。」


「知っています。だからこそ、この話をしているのです。」

牧師「あのような施設で暮らさなければならない人たちのことを、とても気の毒に思っています。」


「そうした状況を、イエスが喜ばれると思いますか。あのような施設に住み、辛い労働を強いられ、わずかな賃金しか得られない人々がいる一方で、お金にまったく不自由しない人々がいるのです。それなのにイエスは、カレンダーのことなどに関わっていられると思いますか。あのような生活を余儀なくさせられている人が大勢いるというのに、どうでもいいカレンダーのことや大聖堂のための資金やバイブルのことに関わっていられるとでも思われますか。イエスの名を使用し続け、キリスト教国と呼ばれているこの国に、そんな恥ずべき事態の発生を許しているキリスト教というものを、あなた方クリスチャンはいったいどのように考えているのでしょうか。

先ほど教典のことで(改訳版と欽定訳版のどちらがよいかと)質問されましたが、宗教にはそんなことよりも、もっと重要な務めがあるはずです。神はその恩寵(おんちょう)を、すべての子らに分け与えたいと望んでおられることが分かりませんか。世界には飢えに苦しむ人がいる一方、彼らが生きていくために必要なものを捨てている人たちもいます。クリスチャンがこうしたことをしているのに、あなたはキリスト教を語ることができますか。

私は、あなたが想像なさる以上にイエスと親密な関係にあります。私はイエスが涙を流しておられるのを見たことがあります。多くのクリスチャンや聖職者たちが、教会の陰で進行している恥ずべき事態に目をつぶっているのをご覧になるからです。その日の糧にすら事欠く神の子が大勢いるというのに、神の館として建てた教会を宝石やステンドグラスで飾り、自慢しているのを見て、あなたはどうして満足することができるのでしょう。

一日の糧も十分に得られない人々のほとんどは、わずかな賃金を手にするために一日中働き続け、時には夜を徹して働いています。それなのに、疲れた身体を横たえるまともな場所もないのです。

あなたを非難しているのではありません。私はあなたを大きな愛で包んでいます。お役に立つなら、どんなことでもしてあげたいと思っています。私は霊界の人間です。あなたのように、間違いを改め、正しいことのために立ち上ってくれる人と語り合うチャンスは非常に少ないのです。

あなたに理解していただきたいのは、バイブルの言葉を云々するよりも、もっと大切なことがあるということです。“主よ、主よ”と叫ぶ者が敬虔(けいけん)なのではなく、神の意思を実践する者こそが敬虔なのです。それをイエスは二千年前に教えています。それなのにあなた方はなぜ、神の意思を実践することがいちばん大切であることを、人々に説けないのでしょうか。大切なのは何を信じるかではなく、何を為すかです。

戦争、不正行為、飢餓、貧困、失業――こうしたことを黙認しているかぎり、キリスト教は失敗であり、イエスを模範としていないことになります。

あなたは(メソジスト派の)総会から抜け出てこられました。過去一年間、メソジスト教会の三派が合同で行事を進めてきましたが、神の摂理に反している汚点を拭うために協力しないかぎり、そんなことをしても無意味です。私は率直に申し上げておきます。誤解されては困るからです。」

牧師「数年前に私たちは派閥を超えて慈善事業を行い、その収益金を失業者のために役立てました。大したことはできませんが、信者の数の割にはよくやっていると思われませんか。」


「私は、あなたが心がけの立派な方であることを認めています。そうでなかったら、こうしてあなたと再び語り合うために、地上へ戻ってくるようなことはいたしません。私は、あなたが奉仕(サービス)のための良き道具になれることを見抜いています。あなたの教会を訪れる人の数は、ほんのわずかです。イエスは社会の隅々まで足を運べと言わなかったでしょうか。人が来るのを待っているようではいけません。あなたの方から出向くようでなくてはいけません。

あなたはご自分の教会を光明の中心とし、魂だけでなく、飢えた肉体にも糧を与えてあげないといけません。叡智の言葉だけでなく、パンと日常の必需品を与えてあげなさい。魂と肉体の両方を養ってあげないといけません。霊を救うと同時に、その霊が働くための肉体も救ってあげるのです。教会が力を合わせてそのための努力をしないかぎり、肉体の糧を得られない人々は死んでしまいます。」

そう述べてから、シルバーバーチは青年牧師のために祈りを捧げた。


「あなたがどこにいても、何をしていても、大霊の力と愛が支えとなりますように……。人々への奉仕を願うあなたの心が、常に大霊からのインスピレーションを受けられるように祈ります。

願わくば、大霊があなたにさらなる奉仕のための力を吹き込み、それによって光と安らぎと幸せに満ちた場を築き、訪れる人々がそこにこそ大霊が働いていることを理解するようになることを祈ります。

大霊があなたを祝福し、あなたを支え、常に大霊の道に尽力することができますように。大霊の目的と力と計画についての理解を深めるために、いっそう学びを得られるように祈ります。

あなたに大霊の祝福のあらんことを……」

Sunday, February 1, 2026

シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of Spiritual
WisdomTeachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)


20章 スピリチュアリズムの第一線で働く人々への励ましのメッセージ

〔シルバーバーチは機会あるごとに、スピリチュアリズム普及のために世界中で活動している人々に励ましのメッセージを贈っている。この章ではイギリス以外の国――スウェーデン、インド、アメリカなどで活躍している人々への励ましの言葉を収録した。〕
スウェーデンの著名なスピリチュアリストC・カールソン氏へのメッセージ


あなたが今夜ここにいらっしゃったのは、霊力を充電してそれを遠い祖国に持ち帰り、大霊の光を広めて暗闇に閉ざされた場所を明るくするためです。

ようこそお出でくださいました。霊の世界からあなたに心を込めて祝福の言葉を贈り、この地上界へ降誕する際に約束された使命に敬意を表したいと思います。

私は、大霊の仕事を果たすために遣わされたマウスピースにすぎません。あなたは長い間、ずっと霊の世界から導かれてきました。これから成し遂げなければならない仕事は、とても重要なものです。あなたの前に横たわる仕事は、あなたご自身には想像できないほど大きなものです。その達成に当たっては、あなたの祖国スウェーデンが成し遂げなければならないことを熟知している霊団が、霊界から派遣されることになります。

あなたはこれから、本来なら歓迎してくれるはずの人々からの反発に遭遇し、しばしば胸を痛め涙を流すことになるでしょう。その一方で、自分が届ける新しい真理が大霊の子供たちの役に立ち、心が喜びに満たされることもあるでしょう。

いずれにせよ、あなたの背後で私たちも、ともに悲しみ、ともに喜んでいることを知っていただきたいのです。

遭遇する困難がいかなるものであろうと、行く手を遮(さえぎ)る障害がどのようなものであろうと、大霊の計画が阻止されることはありません。大霊のために働いている地上界と霊界の援助者を、妨げることはできないのです。

もしどの方向に進むべきか分からなくなったときには、いったん休止して心の平静を取り戻すことが大切です。そして霊界からの指導と援助を求めて祈るのです。私たちへの絶対的な信頼と確信があるなら、与えられる援助と霊力とインスピレーションに限界はありません。私たちは、あなた方地上の人間が互いに自分を役立てるような生き方をしてほしいと望んでいます。それと同じように私たちは、総力をあげてあなた方を援助しているのです。
インドの活動家V・D・リシ夫妻へのメッセージ


あなた方が奉仕しておられるインドには、ほんのわずかな光明しか届けられていません。その光明こそ大霊の光であることを悟った人たちによって、かろうじて灯し続けられています。その光を徐々に大きくしていくのが、お二人のように犠牲的精神に燃えた人々の献身的な活動です。それによって無知と利己主義が駆逐され、代わって「サービス」という名の光明がもたらされることになります。それこそが大霊の最大の顕現なのです。

これは大いなる事業であり、その達成を阻止できるものは、この物質界には存在しません。インドという国では、長年にわたって間違った教えが説かれてきました。それを正すのは容易なことではありません。しかし、お二人は決して孤立無援で戦っておられるのではありません。私たちの世界から大勢の者が援護しています。霊の力の方が物質の力よりも強大です。これまでお二人が敗北を喫したことは一度もありません。

お二人の結婚は、ある目的があってのことです。大きな計画の一環として、一緒になっているのです。その目的とは、いまだに地上の暗闇の中にいるインドの無数の魂に新しい光をもたらすことです。

お二人は今日、霊界と物質界とが調和すればいかに素晴らしいことが実現するかを直接目にするために、このサークルへ導かれてきました。あなた方がここで体験される霊との交わりは、交霊会が終わったあとも続きます。インドに戻ってからも、常に霊の働きかけがあることを感じるようになるでしょう。

その霊力はあなた方を鼓舞し、あらゆる戦いにおいて味方となり、障害を克服するための助けとなってくれます。そして落胆したときには、慰めと励ましを与えてくれます。その霊力が、あなた方と大霊とを結びつけているのです。あなた方は、無償の奉仕に徹していれば、地上のいかなる困難をも克服する力がもたらされることを理解するようになるでしょう。

あなた方は、二人だけで戦っているのではありません。あなた方の戦いは私たちの戦いでもあり、あなた方の困難は私たちの困難でもあるのです。

願わくば、お二人の旅に、そしてお二人の使命に、大霊の祝福の多からんことを……。大霊の光がお二人の心を明るく照らし、大霊の意思をより深く理解することができますように。お二人を支え、その心を鼓舞し、大霊の叡智へと導いてくれる霊の力を信じて歩むことができますように。常に大霊の御手(みて)とマントに包まれていることを感じ取り、大霊のために奉仕する者には必ずや保護と導きがあることを悟られるように祈ります。
それから三年後に再び夫妻がサークルを訪れて、シルバーバーチからのメッセージを賜った。


前回、お二人が英国へお出でになったときに結ばれた私との絆は、その後も途切れることなく続いています。そしてこのあとあなた方は、さらなる熱意と新たな決意を携えてインドヘ帰っていかれることでしょう。

行く手に障害が山積していると心がくじけそうになることは、私たちにもよく分かります。私たちには、あなた方の前途に横たわる障害のすべてが見えています。同時にあなた方が、授かった真理の光に忠実であろうとしてこれまで勇敢に戦ってこられたことも、よく存じています。あなた方は誠実にして美しい心で、授かったものに忠実であろうと努力してこられました。

行く手が無知の霧で曇らされているのを知ったときは誰しも絶望的になりがちなことは、私たちもよく理解しています。私は、お二人と私たちとをこの場に集わせることになった大いなる仕事についてもう一度、思い起こさせてあげられることを嬉しく思っています。

「東は東、西は西。両者が相見(あいまみ)えること、さらになし」と歌った人(英国のノーベル賞作家キップリング――訳注)がいますが、両者は立派に相見えるのです。すべての人間は霊において一つであり、大霊から見れば東も西も南も北もありません。人間が勝手に境界線をつくっているのです。大霊はすべての人類を、一つの調和のとれた絵柄に編み上げたいと望んでおられるのです。

お二人は本当に豊かな恵みに浴していらっしゃいます。奉仕(サービス)一筋の道を選ばれたからです。お二人はまさに一体となり、手を取り合って奉仕の仕事に携わっておられます。お二人は大霊のマントに包まれています。それは霊的な愛のマントであり、盾となってお二人を外敵から守ってくれます。

二人きりで頑張っていると思ってはいけません。あなた方の背後には霊界からの強力な援軍が控えています。あなた方がなさっている仕事は、これからも続いていきます。ご自分では失敗の連続で成功など思いもよらないかもしれませんが、誰かが先頭に立ってジャングルを切り開いていかなければならないのです。落胆してはいけません。祖国に帰られたら、あとに続く人たちのために、あなた方が切り開いた道をさらに歩みやすくしてあげる仕事に取り組んでください。
憑依による精神病患者の心霊治療に生涯を捧げた米国人カール・ウィックランド博士が、妻として、また霊媒として生涯を共にしたアンナ・ウィックランドが他界して数ヵ月後に、秘書のネル・ワッツ女史を伴って出席した。(したがって冒頭の「お二人」というのは博士と秘書を指す――訳注)


私は忠実な真理の探究者をお迎えして、ことのほか嬉しく思っております。お二人は、長年にわたる苦労の多い犠牲的な仕事で少し背中が曲がってしまわれました。来し方を振り返れば、あなた方(妻のアンナを加えた三人)は多くの人々を無知の暗闇から真理と知識の光明へと導いてこられました。

あなた方の仕事は終わりました。人々に霊的光明を授けるという偉大で気高い仕事でした。間もなくその松明(たいまつ)は他の誰かの手に引き継がれることでしょう。あなた方が成し遂げられた仕事が消滅することは、決してありません。お二人は地上界に生きておられる間に、人々から真価が認められるようになることを期待してはなりません。先駆者の仕事は常にそういうものなのです。しかし、成就された仕事はいつまでも生き続けます。

奉仕の人生を終えられた今、これまでの歩みを振り返ると、あなた方がこの世にいたからこそ多くの人々が喜びを手にすることができたことがお分かりになるでしょう。生きていることに絶望し、心が暗闇に閉ざされていた人々に、新たな希望と健康、そして人生そのものを取り戻してあげたのです。束縛状態から解放し、生きる力を取り戻してあげたのです。牢獄から救い出してあげたのです。あなた方は、(憑依によって)地上の人間に苦しみを与えていたことを知らずにいた無知な霊をも救ってあげたのです。


訳注――ウィックランド博士の除霊法については、三十年間にわたる実験会をまとめた大著『迷える霊との対話』(ハート出版)に詳しいが、形式だけを説明すると、精神病患者に憑依している霊をいったん霊媒のアンナ夫人に乗り移らせ、その霊が今どういう状況下にあるかを懇々と諭したあと、背後に控える高級霊団のマーシーバンド(慈悲団)にあずける。この方法で正常に復した患者は数知れない。

地上の人間は、物質界と霊界とのつながりについて理解していません。高次元の霊界から最高の啓示を受けることができるのと同じように、低い霊界にいる無知な霊の虜になることもあり得るのです。どちらも親和性の法則によるものです。

あなた方は本当に大きな仕事を成し遂げられました。無知との戦いにおいて、本来なら真っ先に協力の手を差し伸べてくれるはずの人々から、非難され、拒絶されました。しかしあなた方は、真理のために戦い、最高に価値ある本物の知識を遺していった先駆者たちのリストの中に、その名が列せられるほどの活躍をされました。

私の使命も実はあなた方とよく似ています。すなわち無知と迷信が生み出した害毒を取り除くことです。そして、霊的知識というかけがえのない宝を地上界に届けることです。その知識を前にして、無知も最後は逃走するしかありません。

ご存じでしょうか。あなた方の助けによって霊的進化の正道に立ち戻ることができた霊たちは皆、あなた方の仕事を霊界から援助するために霊団に加わっています。あなた方から助けを受けたように、今度は自分が恩恵を施したいと思っているのです。

奥さんが亡くなったからといって、あなたは独りぼっちではありません。姿が見えないからといって、寂しく思ってはいけません。奥さんは、今もあなたの傍(そば)にいらっしゃいます。霊的にはむしろ生前よりも身近になっておられます。その目に姿が映らず、その耳に声は聞こえなくても、奥さんの霊はすぐ近くにいらっしゃいます。
一九三七年にグラスゴー(スコットランド)で開かれた国際スピリチュアリスト連盟の総会に、アメリカやその他の国々から代表者が出席した。そのうちの何人かが特別に催された交霊会に招待され、そこでシルバーバーチは次のようなメッセージを語った。


この度、あなた方は霊的真理の重要性ゆえに、世界中から一堂に集結することになりました。あなた方は、新たな力と勇気を見いだし、新たな理解と希望を携えてそれぞれの母国へ帰っていくために、互いに語り合いました。

もはや地上界も、“霊の声”に黙ってはいられなくなりました。人類は今まさに重大な岐路に立たされており、いずれを選ぶかの選択を迫られております。

キリスト教は人類を完全に裏切り、破綻状態にあります。科学者も裏切り、建設どころか破壊することばかりしています。思想家も裏切り、役に立たない無益な議論に終始しています。政治家も裏切りました。滅私の精神を通してのみ平和が訪れるとの教えを、今もって理解していません。そうした絶望的状況の中で、大霊の子らは導きを切望したのです。

ここに集まっておられる皆さん方には大きな信頼が託され、重い責任が与えられていることを改めて認識していただきたいのです。この宇宙で誤ることがないのは、全生命の始原である大霊のみです。大霊の霊力を頼りとし、大霊の叡智に導かれ、大霊の愛に支えられているかぎり、また自分一人の栄光を求めることなく人のために役立ちたいとの願望に燃えているかぎり、いかなる難問に遭遇しても必ずや解決策を見いだすことができるようになります。

地上界は争いと敵意と不和に満ちあふれています。涙と悲惨さと流血に満ちあふれています。それでいて一人ひとりは「平和を!」と叫び続けています。そうした中で皆さんには、内部に潜在する可能性について思い出していただきたいのです。あなた方一人ひとりが大霊なのです。皆さんの内部には、大霊の無限の霊力が秘められています。それを呼び覚まし顕現させるなら、前途に立ちふさがるいかなる障害も打ち破ることができるようになります。

大霊から賜った霊力を顕現させるのです。皆さん方一人ひとりが、自由に使用できる無限の霊力を秘めた大霊そのものであることを自覚すれば、新しい時代の真の道具になれるのです。新しい時代は、漆黒(しっこく)の地上界にゆっくりと夜明けの光が射し込むことによって築かれていきます。いかに地位の高い人であっても、人間を頼りにしてはいけません。常に地上界の彼方(かなた)へ目を向けてください。人類のためを思って導こうとしている霊たちからのインスピレーションに耳を澄ませてください。

ひるまず前進してください。これからも多くの失敗と落胆があるでしょう。しかし、そうしたときに忘れてはならないことは、背後には霊団が控えていて、困難に遭遇したときには元気づけ、疲れたときには希望と力を与え、落胆しているときには魂を鼓舞してくれるということです。見放されることは絶対にありません。大霊はご自分の使者を遣わし、皆さん方を守ってくれます。

皆さんの中には遠い所まで足を運ばれる方もいらっしゃるようですが、霊力が手薄になることは決してありません。「人のため」という一念に燃えて活動しているかぎり、霊力は常に皆さんとともにあり、その生活の中で顕現されるのです。

皆さん方一人ひとりに大霊の祝福がもたらされ、常に大霊の無限の愛に包まれていることに気づかれますように。そして地上界の苦難と試練と混乱を達観して、大霊のシンボルである太陽へ目を向けられるように祈ります。

心に愛を、頭(こうべ)に知識を、そして魂に奉仕の決意を満たしてください。そうすれば大霊の意思があなた方を通して顕現し、その心が大霊の心と調和して鼓動し、大霊と一体となることでしょう。大霊の祝福のあらんことを……。

シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of Spiritual 
WisdomTeachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)



19章 ヒーリングの問題

〔ヒーリング・パワー(治癒力)は、我々地上人のすべてに内在していると言う。しかし霊媒能力を身につけることと同じく、それを発揮するためには努力が欠かせない。何の努力もなしにそのパワーが発揮できる人と、いくら養成会に通ってもいっこうに発揮できない人がいる。その違いについてシルバーバーチが説明する。〕


人間は誰もが霊的資質を持っています。それはある人においては、他の人よりも表に出やすくなっています。その資質――“心霊能力(サイキック)”と呼んでも“霊的能力(スピリチュアル)”と呼んでもかまいません――はそれを開発しようとする努力によって発現し、その人間と背後で働く指導霊たちとの協調の度合いが密接になります。

それは霊たちとの調和度が高くなり、精妙になり、緊密になるということです。霊的光波が一つの美しい調和状態に混じり合い、その調和の次元が頂点に達したときに霊界の医師団と地上の道具(ヒーラー)とが完全に一体化します。その完全な状態に少しでも近づくほど霊団とヒーラーとを通して使用できる治療光線(治療エネルギー)の次元が高くなり、強力になります。(これは特に霊的治療家について述べたもので、他の治療法、例えば磁気療法などの治療家には必ずしも当てはまらない――編者)


〔ヒーリング一般についてシルバーバーチは、ある日の交霊会で次のように述べている。〕


あなたが、ヒーリングによって治るということは、まだ霊界へ帰る時期に至っていないことを意味します。それはまた、魂の成長にとって身体の苦痛を味わうという体験が必要ではなくなったことを意味します。もとより、霊界に戻るまでに体験しなければならないことは他にもあります。肉体の苦しみだけが、地上でなすべき体験のすべてではありません。

治療家が患者の痛みを取り除いたり和らげたりすることが許されるのは、ヒーリングの体験を通して患者の魂を真の自我に目覚めさせることができるからです。病気を治すということは確かに偉大な仕事ですが、ヒーラーがなし得るさらに偉大な仕事は、患者の魂に感動を与え、真の自我に目覚めさせてあげることなのです。それに比べれば、身体の癒しは大して重要ではありません。

物的身体に宿っている皆さんは、今生きている地上生活のことだけを考えます。それに引きかえ地上を去った私たちは、地上生活を無限に続く進化の歩みの中のほんのわずかな期間として捉えます。皆さんがとかく物事を見る焦点を間違えるのは、そのためです。

苦しみの渦中にある気の毒な人を見て同情心が湧くのは当然のことですし、私はそれを非難するつもりはありません。しかし、そのときのあなた方は苦しみという点からのみ相手を見ているのであって、その苦しみの中で過ごす時間は、その後に償いの結果として得られる喜びに比べれば実に些細なものであることを理解していません。

あなた方には、日陰(苦難)の時間は日向(ひなた)(安楽)の時間よりも長く感じられるようですが、実際はそうではありません。ヒーリングによってすべての病気が治るとは限らないことを知っておかなければなりません。何事にも法則(摂理)というものが働いていて、患者の中にはいかなる治療家にも治せないケースがあるのです。

機が熟せば、人は必ず癒されます。そこには偶然というものはありません。魂が死の彼方(かなた)の新しい生活体験を必要とする時期に至れば、自然に肉体から離れるようになるのと同じことです。すべては大霊の摂理で定められているのです。あなた方もその摂理の一翼を担っています。なぜなら、あなた方自身が大霊の一部だからです。

もし、あなたがすべての借金を返済し、身体が完全な健康状態になれば、苦痛とは一切縁がなくなるでしょう。しかし、地上にあってもこちらの世界にあっても、人間は何らかの借金をつくっているものです。
質疑応答


〔シルバーバーチが病気の原因について語る。〕


物的身体と霊的身体は密接につながっています。両者は絶え間なく反応し合っています。物的身体はその存在を霊的身体に依存している一方、霊的身体は物的世界での顕現を物的身体に依存しています。そして霊的身体の成長を決定づけるのは、物的身体を通して得られた体験なのです。


――物的身体はエーテル体(霊体)を原型としているのでしょうか。


はい、そうです。


――すると、病気になったときに治療するのはエーテル体の方でしょうか。


それがすべての霊的治療の原則です。しかし時には純粋に物的原因による病気もあり、そこに医学が関わる余地があるのです。物的身体に影響を及ぼすものは、霊的身体にも影響を及ぼします。同様に霊的身体に影響を及ぼすものは、物的身体にも影響を及ぼします。


――すると、必ずしもエーテル体(霊体)を治療する必要はないということでしょうか。


必ずしも必要ではありません。要は原因がどこにあるかによります。霊体に原因があれば、霊体を通してヒーリングを進めます。が、純粋に肉体的原因から生じているのであれば、霊的手段よりも物的手段の方が効果が出やすいでしょう。

あなた方は今この時点で、すでに一個の霊的存在です。しかし、あなた方は霊的身体と同時に物的身体を通して自己を表現しているため、物的世界の感覚を受けとめるには物的身体に頼ることになります。地上世界で起きていることはすべて物的身体に影響を及ぼし、それがさらに霊的身体へと伝わることになります。

同じように霊的身体に影響を及ぼすことはすべて、物的身体にも反応を引き起こします。そうしたエネルギーの作用と反作用が常に生じているのです。物的・精神的・霊的な三種類のエネルギーが絶え間なく相互に作用しているということです。


――伝染性の病気は純粋に物的原因によるものでしょうか。


そうとは限りません。多くの病気は物的原因ではなく霊から発しています。


――例えば、どのような原因から病気が発生しているのでしょうか。


利己主義・貪欲・金銭欲などです。イエスが「あなたの罪はもう許されました」と(癒された患者に)言ったという話はご存じだと思いますが、病気の原因には物的なものと霊的なものの二種類があることを知らなくてはいけません。両方とも同じ方法で治すことができますが、物的な方法の方が容易なケースもあります。

霊的身体が肉体の病気の影響を受けるとか、肉体の病気を引き起こすと表現しましたが、実際には霊的身体が病気になっているわけではありません。物的身体との調整がうまくいっていないというだけのことです。それがバイブレーションを乱し、物的身体との関係を阻害する度合いが大きくなると、物的身体に病気が発生するようになります。怒りは脾臓(ひぞう)を傷め、嫉妬は肝臓を害することになります。

そうしたものが霊的身体と物的身体の調整不良を生じさせるのです。それまでの健全なバランスが崩れて調和が乱れます。その崩れ方があまりに酷(ひど)いと、霊体が肉体を通して自己を表現することが不可能になり、死に至るようになります。


――片腕を失った場合、エーテル体(霊体)にどういう影響を及ぼすのでしょうか。


エーテル体の腕に直接的な影響はありませんが、肉体の腕を失ったことによってそれぞれの間の調整を欠くことになります。あなた方が地上にいる間は、エーテル体の腕はその機能を果たせなくなります。だからといって希望がなくなったわけではありません。常に希望はあります。ただ、それには考慮しなければならないさまざまな要素があります。

人間は物的身体と霊的身体、そして両者を結びつける生命の糸(シルバーコード)という三つの要素から成り立っています。病気や老化によって物的身体が損なわれ、二つの身体間の調整が崩れ始めます。そして霊体は物質界から徐々に解き放たれていきます。病気の原因には、肉体的なもの、精神的なもの、霊的なものといった三つがあります。腕の骨折は霊的治療でも治せますが、物的処置の方が簡単でしょう。


――遺伝性の病気は神の摂理の公正さと矛盾しませんか。


地上へ生まれるときにまとう身体は、授かるべくして授かったものです。あなた方は、前世で獲得したものを携えて新しい地上生活を出発します。前世の内容に相応しい身体で地上人生を歩み始めるのです。ですから、遺伝性の病気を持って生まれたからといって、それを不利と見るのは間違いです。当人の霊的進化にとって必要な人生を送ることができるような身体を授かっているのです。


――霊的治療によって治る人と治らない人がいます。両者には魂の進化という点において違いがあるからでしょうか。


そうではありません。地上を去るべき時期がきたら、いかなる治療家もそれを阻止することはできません。


――でも、治療家の世話にならなかったらもっと早く死んでいたと思えるケースがあるようですが……。


数日とかそこらの話です。永遠の生命に照らしたとき、そのことにどれほどの意味があるのでしょうか。


――それでは、霊的治療そのものが不要ということになりませんか。


それは違います。なぜなら、人のために尽くすことは大霊を顕現させることになるからです。病気の多くは、必ずしも魂の進化の程度によるものではありません。単に無知から大霊の摂理に反する行為をしたことで生じている病気もあります。もっとも、それは魂の進化の程度がその摂理の存在を理解する段階まで到達していなかったからであるという見方もできます。魂が進化して完全に摂理と一致した生き方ができるようになれば、病気はしなくなります。


――二人の人間が同じ原因から同じ病気になっているのに、一人は治療家によって治り、もう一人は治らないということがありますが、それは不公平ではないでしょうか。


あなたは、病気になった人が霊的治療家のところへ行くのは偶然の出来事だと思っているのですか。偶然というものは、あなた方の世界にも私たちの世界にも存在しません。大霊の摂理は完璧です。そのうちあなた方も、摂理の働きを理解するようになります。そして私と同じように、その完璧な摂理を創造した大霊の完璧な愛に驚嘆することになるでしょう。

この私も含めてすべての人間は、暗闇の中を模索して光を見いだしたとき、摂理の存在に気づいて感嘆するようになります。しかし摂理の存在に気づかないうちは、それを偶然とか思いがけない出来事であると考えます。が、改めて申し上げますが、偶然というものはありません。

そう言うと、では自由意志はどうなのか、とおっしゃることでしょう。人間は自由意志を持っています。しかし、その自由意志は魂の進化の程度に支配されています。自由とは言っても、魂の成長度によって規制されているということです。宇宙をすみずみまで支配している摂理によって縛られていると言ってもよいでしょう。いかに巨大な星雲であろうと、極微の生命体であろうと、摂理から逃れられるものは何ひとつありません。大霊の摂理は完璧なのです。


――霊的治療と磁気治療では何が違うのでしょうか。


まったく違います。磁気治療は、治療家自身から出る磁気エネルギーによって病気を治します。霊的治療は、治療家のバイブレーションが霊界の治療家のバイブレーションと一体となり、通常では物質界の圏内には届かない治療エネルギーがその治療家を通して流入するようになるのです。


――一卵性双生児が同じ病気になり、医学では“不治”と宣告されたとします。その場合でも、二人ともそちらからの治療で治せますか。


私にはどちらとも断言できません。痛みを和らげたり病気を完治させたりする霊的エネルギーが存在することは事実ですが、それが効力を発揮するには、その通路となる治療家の適合性が問題となります。現段階の地上界では、大霊の最高の治療エネルギーは使用できません。治療家が霊的に向上するにつれて、より高いレベルのエネルギーを使用できるようになります。それは霊界の問題であると同時に地上界の問題でもあるのです。私たちは皆、媒体にすぎません。この霊媒(バーバネル)の背後に私がおり、私の背後には私よりも霊格の高い霊が控えています。そしてその霊たちの背後にはさらに霊格の高い霊が控えていて、その連鎖は無限の彼方まで延びているのです。


〔治療家のW・T・パリッシュの新しい治療所の開設に際して贈られたシルバーバーチのメッセージである。〕


訳注――原始的なシャーマニズム的段階から脱して近代的な霊的治療を切り開いたのはフレッド・ジョーンズ、それを引き継いだのがパリッシュ、そして完成させたのがハリー・エドワーズであると言われる。もっとも、いつの時代にもシャーマニズム的段階から高度の霊的治療に至るまでの、あらゆる段階の治療家や祈祷師がいるようである。


本日、私は謹んでこの治療所を大霊とその子らのために奉納いたします。ここは物質と霊の二つの世界が融合して一つとなる神聖な場所であり、大霊の力が顕現する場所です。

私はこの治療所を、心を病んでいる人々、魂を病んでいる人々、そして身体を病んでいる人々、また苦悩の中にいる人々、暗闇の中にいる人々、人生に疲れ生きる気力を失っている人々のために奉納いたします。彼らはこの場所に来て愛の光に包まれ、癒しを得ることでしょう。

また、私はこの治療所を、意気消沈している人々を元気づけ、挫折している人々を奮(ふる)い立たせ、弱気になっている人々に勇気を与え、疲れ果てている人々の顔に笑みを取り戻させてあげる場として奉納いたします。

どうか皆さんも、この治療所をレンガとモルタルでできた建物としてではなく、霊的聖堂として見てください。壮大な尖塔(せんとう)も、神々しく思わせるものも何ひとつありませんが、神の霊力の宝庫として祝福を受けたことにより、ここはまさに「神の館」となったのです。

四方を壁で囲まれたこの部屋の中で、偉大なるサービスが為されるのです。人生の闘いに疲れ果てた人々、心身ともに衰弱しきった人々、激痛と病魔に苦しむ人々が数多く訪れることでしょう。最後の拠りどころとして、一縷(いちる)の望みを託して訪れるのです。そうした人々に、霊の力(霊界からもたらされる治療エネルギー)が新たな活力を与えることになります。彼らは気分を一新して生命力にあふれ、それまで霊の活動を妨げてきたすべてのものが取り除かれることでしょう。

目の見えなかった人が光を見いだし、耳の聞こえなかった人が聞こえるようになり、手足の不自由だった人がその障害から解放されることでしょう。ヒーリングによってもたらされた霊力が人生に立ち向かう勇気を与え、新たな希望が湧いてくることでしょう。

さらに大切なことは、ヒーリングが患者の魂の琴線(きんせん)に触れて感動を引き起こすことです。ほとんど光らしい光を発していなかった大霊(神性)の炎が勢いよく燃え上がり、その体験が新たな悟りをもたらすことになります。

そうした仕事をするのに特別仕立ての式服をまとう必要はありません。大学へ通って学問を修める必要もありません。必要なことは自分を役立てたいという熱誠、霊の資質を顕現させたいという願望です。

それによってあなたの魂は高められ、強力な霊団の道具として、物質界のために使用されるべきエネルギーの通路として役立つことになるのです。

ベールの彼方の生活(四)

The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen

六章 創造界の深奥


5 物質科学から霊的科学へ

  一九一九年二月二十八日  金曜日 

 人類が目覚めのおそい永い惰眠を貪(むさぼ)る広大な寝室から出て活発な活動の夜明けへと進み、未来において到達すべき遠い界層をはじめて見つめた時にも、やはり神々による廟議は開かれていたのでした。

その会議の出席者は多分、例のアトランティス大陸の消滅とそれよりずっと後の奮闘の時代──人類の潜在的偉大さの中から新たな要素がこれより先の進化の機構の中で発現していく産みの苦しみを見ていたことでしょう。

後者は同じ高き界層からの働きかけによって物質科学が発達したことです。人間はそれをもって人類が蓄積してきた叡智の最後を飾るものと考えました。

しかし、その程度の物的知識を掻き集めたくらいでおしまいになるものではありません。

大いなる進化は今なお続いているのです。目的成就の都市は地上にあるのではありません。はるか高遠の彼方にあるのです。

人間は今やっと谷を越え、その途中の小川で石ころを拾い集めてきたばかりです。こんどはそれを宝石細工人のもとへ持っていかねばなりません。そういう時期もいずれは到来します。細工人はそれを堂々たる王冠を飾るにふさわしい輝きと美しさにあふれたものに磨き上げてくれることでしょう。しかし細工人はその低き谷間にはいません。

いま人類が登りかけている坂道にもいません。光をいっぱいに受けた温い高地にいるのです。そこには王とその廷臣の住む宮殿があります。しかし王自身は無数の廷臣を引きつれて遥か下界へ降りられ、再び地上をお歩きになっている。ただし、この度はそのお姿は(地上の人間には)見えません。

吾々はそのあとについて歩み、こうした形で貴殿にメッセージを送り、王より命じられた仕事の成就に勤しんでいるところです。


──では、アーネルさん、キリストは今も地上にいらっしゃり、あなたをはじめ大勢の方たちはそのキリストの命令を受けていると理解してよろしいでしょうか。

 キリストからではないとしたら、ほかに誰から受けるのでしょう。今まさに進行中の大変な霊的勢力に目を向けて、判断を誤らぬようにしてください。

地上の科学は勝利に酔い痴れたものの、その後さらに飛躍してみれば、五感の世界だけの科学は根底より崩れ、物的尺度を超えた世界の科学へと突入してしまいました。皮肉にも物的科学万能主義がそこまで駆り立てたのです。

今やしるしと不思議(霊的現象のこと。ヨハネ4・48―訳者)がさまざまな形で語られ、かつてはひそひそ話の中で語られたものが熱弁をもって語られるようになりました。

周囲に目をやってごらんなさい。地上という大海の表面に吾々無数の霊が活発に活動しているその笑顔が映って見えることであろう。声こそ発しなくても確かに聞こえるであろう。姿こそ見えなくても、吾々の指先が水面にさざ波を立てているのが見えるであろう。

人間は吾々の存在が感じ取れないと言う。しかし吾々の存在は常に人間世界をおおい、人間のこしらえるパイ一つ一つに指を突っ込んでは悦に入っております。中のプラムをつまみ取るようなことはしません。

絶対にいたしません。むしろ吾々の味つけによって一段とおいしさを増しているはずです。

 あるとき鋳掛屋(いかけや)がポーチで食事をしたあと、しろめ製の皿をテーブルに置き忘れたまま家に入って寝た。暗くなって一匹の年取ったネコが現われてその皿に残っていた肉を食べた。それからネコはおいしい肉の臭いの残る皿にのって、そこを寝ぐらにしようとした。

しろめの硬さのために寝心地が悪く、皿の中でぐるぐると向きを変えているうちに、その毛で皿はそれまでになくピカピカに光り輝いた。

 翌朝、しろめの皿のことを思い出した鋳掛屋が飛び出してみると、朝日を受けてその皿が黄金のように輝いている。

 「はて、不思議なことがあるもの・・・・・・」彼はつぶやいた。「肉は消えているのに皿は残っている。肉が消えたということは〝盗っ人〟のしわざということになるが、皿が残っていて、その上ピカピカに光っているところをみると、そいつは〝良き友〟に違いない。

しかし待てよ。そうだ。たぶんこういうことだろう──肉は自分が食べてしまっていたんだ。そして星のことかなんか、高尚なことを考えながら一ぱいやっているうちに、自分のジャーキン(皮製の短い上着)で磨いていたんだ」


──この寓話の中のネコがあなたというわけですね?

 そのネコの毛一本ということです。ほんの一本にすぎず、それ以上のものではありません。
アーネル  ±

 訳者注──この寓話の部分はなぜか文法上にも構文上にも乱れが見られ細かい部分が読み取れないので、大体のあらすじの訳に留めておいた。要するに人類は各分野での進歩・発展を誇るが、肝心なことは霊の世界からのインスピレーションによって知らないうちに指導され援助されているということであろう。