The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen
4 通信の中断
一九一八年三月二十五日 月曜日
吾々がこれまでに述べたことは、言ってみれば神の衣のふさべりに触れた程度にすぎません。その衣は神の光と美をおおい隠すと同時に、それを明かすこともします。
貴殿が精神をお貸しくだされば吾々はもう少し深入りできそうです。お伝えしたいことはいくらでもあります。貴殿の伝達能力の範囲で可能なかぎりのことをお話してみましょう。
そのことでお願いしておきたいのは、日常生活の身のまわりに生じる出来ごとの裏側に存在する神の意図を吾々が説き明かすのを、根気よく聞いていただきたいということです。霊界の者は人間の一人一人に生じる出来ごとに細かく通じております。
そこでこちらから手助けしようとするのですが、さまざまな障害のために見過さざるを得ないことがあります。吾々霊団の者としても、際限なく広がり何一つ行く手を遮るもののないエネルギーを秘めた生命の海の中にあっては、ほんの小さな存在にすぎません。
物質となって顕現している宇宙と、全存在の源であり、収穫の時期にはすべての稔りが取り入れられる大中心との因果関係については、すでにいくつか述べました。
ところで、吾々が例の王冠状の大ホールの中に立った時、大中心から流れくる強烈なエネルギーによる圧迫感を身辺に感じ取って、みな陶然となりました。
そこには静寂と威厳と美の中にことばがキリストとなって顕現していたのです。
ここのところによく注目してください。そのとき吾々はキリストの霊と、そのキリストを通して奥深き未知なる存在から流れ来たったものを目のあたりにしていたのです。
それはキリストを通して垣間みる以外には吾々にとってまったく未知の世界なのです。それが今キリストを通して吾々の同化吸収力を超えた重みとスケールをもって放射され、強烈なエネルギーの威圧を感じていたのです。
しかもキリストがすぐ目の前におられてその個性の内部と背後の光のいくばくかを吾々の教化と高揚とより完全なる喜びを味わわせるために放射されていることだけは確実に理解することができました。
キリストは例の創造活動の大展覧が周囲に展開し終るまで完全な静止状態のまま立っておられました。その様子はあたかも創造の驚異を吾々に展示せんがために全能力を最高に緊張させておられるようでした。
それが終り、雄大な展覧が完了すると、そこで一息入れられました。するとその背後に玉座が出現し、同時に玉座の背後に得も言われぬ美しい天使の姿が次々と出現し、礼拝の姿勢でじっとしています。
するとキリストがくるりと背をこちらへ向け、七つの階段を上がって玉座に腰かけられました。するとその上がり段の前に通路が現われ、それが伸びて人類を展示してある区画を取り囲むように位置する天使群のところまで来ました。
すると天使の群れはその通路を通って玉座の前まで足を運び、そこで全員が立ち止まり、視線を地面へ向けました。
するとその背後の人類の区画の方角から歌声が響いてきました。遠い遠い虚空の腹部から出てくる壮大なダイヤペーソン(音域の全てが一つになった音)のようなハミングで、あたかも天体と天体との間にハーブの弦を張ったのかと思われるほどの壮大さでした。
その低音のハミングの調和のとれた響きはキリストの前に整列した天使群の一体化を象徴しておりました。
そう見ていると、玉座の背後から一人の輝く大天使が現われ、キリストの右に立って、集結した天使群に語りかけました。
その言葉は吾々にも鮮明に聞き取ることができました。が、その間も遠き虚空の彼方から響いてくる歌声は止まず、その歌声の響く中でその大天使はキリストが全宇宙による愛を顕現されるために払われた犠牲が立証されたことを語って聞かされたのでした。
原著者注──この時点で私の霊力が尽き、それ以降(まる一年間)交信が途絶えた。霊力が尽きたのは牧師としての仕事と第一次大戦に関連した仕事による私の過労のせいである。この二つの足枷は私には大きすぎ、このように突然、通信がストップしてしまった。
(半月後の)四月十日の水曜日に妻がプランセットで通信していた中で父親にこう質問した。
「ジョージ(オーエン)との通信はなぜストップしたのでしょうか」
すると次のような返事が綴られた。
「説明しよう。あのころジョージは疲労がひどく、そのうえ夏も近づいていて、自分でも通信を中止したい気持になっていた。たしかに休息が必要な状態になっており、これで良くなるだろう。これで通信が終わってしまったと思ってはいけない」
訳者注──その疲労のせいと思われるが、この第五章の通信はこれまでになく読みづらく、従って訳しにくかった。
とくに最後の通信はオーエン自身のキリスト教的先入観がかなり混入しているのではないかと思われるふしがある。が、
かつてのナザレのイエスが死後その本来の霊的資質を取り戻し、地上経綸の主宰霊として大々的に活躍していることは、イムペレーターもシルバーバーチも異口同音に述べていることであり、本通信に出てくる〝キリストの顕現〟は、イムペレーターのいう〝高級神霊による讃仰の祈りのための会合〟、シルバーバーチのいう
〝指導霊ばかりの途方もない大集会〟などの催しにおいてもそのイエスが主宰していることを考え合わせると、民族・国家の違いによって大小さまざまな形はあるにしても、今なおひんぱんに行われているものと私は信じている。
五章 造化の原理
4 通信の中断
一九一八年三月二十五日 月曜日
吾々がこれまでに述べたことは、言ってみれば神の衣のふさべりに触れた程度にすぎません。その衣は神の光と美をおおい隠すと同時に、それを明かすこともします。
貴殿が精神をお貸しくだされば吾々はもう少し深入りできそうです。お伝えしたいことはいくらでもあります。貴殿の伝達能力の範囲で可能なかぎりのことをお話してみましょう。
そのことでお願いしておきたいのは、日常生活の身のまわりに生じる出来ごとの裏側に存在する神の意図を吾々が説き明かすのを、根気よく聞いていただきたいということです。霊界の者は人間の一人一人に生じる出来ごとに細かく通じております。
そこでこちらから手助けしようとするのですが、さまざまな障害のために見過さざるを得ないことがあります。吾々霊団の者としても、際限なく広がり何一つ行く手を遮るもののないエネルギーを秘めた生命の海の中にあっては、ほんの小さな存在にすぎません。
物質となって顕現している宇宙と、全存在の源であり、収穫の時期にはすべての稔りが取り入れられる大中心との因果関係については、すでにいくつか述べました。
ところで、吾々が例の王冠状の大ホールの中に立った時、大中心から流れくる強烈なエネルギーによる圧迫感を身辺に感じ取って、みな陶然となりました。
そこには静寂と威厳と美の中にことばがキリストとなって顕現していたのです。
ここのところによく注目してください。そのとき吾々はキリストの霊と、そのキリストを通して奥深き未知なる存在から流れ来たったものを目のあたりにしていたのです。
それはキリストを通して垣間みる以外には吾々にとってまったく未知の世界なのです。それが今キリストを通して吾々の同化吸収力を超えた重みとスケールをもって放射され、強烈なエネルギーの威圧を感じていたのです。
しかもキリストがすぐ目の前におられてその個性の内部と背後の光のいくばくかを吾々の教化と高揚とより完全なる喜びを味わわせるために放射されていることだけは確実に理解することができました。
キリストは例の創造活動の大展覧が周囲に展開し終るまで完全な静止状態のまま立っておられました。その様子はあたかも創造の驚異を吾々に展示せんがために全能力を最高に緊張させておられるようでした。
それが終り、雄大な展覧が完了すると、そこで一息入れられました。するとその背後に玉座が出現し、同時に玉座の背後に得も言われぬ美しい天使の姿が次々と出現し、礼拝の姿勢でじっとしています。
するとキリストがくるりと背をこちらへ向け、七つの階段を上がって玉座に腰かけられました。するとその上がり段の前に通路が現われ、それが伸びて人類を展示してある区画を取り囲むように位置する天使群のところまで来ました。
すると天使の群れはその通路を通って玉座の前まで足を運び、そこで全員が立ち止まり、視線を地面へ向けました。
するとその背後の人類の区画の方角から歌声が響いてきました。遠い遠い虚空の腹部から出てくる壮大なダイヤペーソン(音域の全てが一つになった音)のようなハミングで、あたかも天体と天体との間にハーブの弦を張ったのかと思われるほどの壮大さでした。
その低音のハミングの調和のとれた響きはキリストの前に整列した天使群の一体化を象徴しておりました。
そう見ていると、玉座の背後から一人の輝く大天使が現われ、キリストの右に立って、集結した天使群に語りかけました。
その言葉は吾々にも鮮明に聞き取ることができました。が、その間も遠き虚空の彼方から響いてくる歌声は止まず、その歌声の響く中でその大天使はキリストが全宇宙による愛を顕現されるために払われた犠牲が立証されたことを語って聞かされたのでした。
原著者注──この時点で私の霊力が尽き、それ以降(まる一年間)交信が途絶えた。霊力が尽きたのは牧師としての仕事と第一次大戦に関連した仕事による私の過労のせいである。この二つの足枷は私には大きすぎ、このように突然、通信がストップしてしまった。
(半月後の)四月十日の水曜日に妻がプランセットで通信していた中で父親にこう質問した。
「ジョージ(オーエン)との通信はなぜストップしたのでしょうか」
すると次のような返事が綴られた。
「説明しよう。あのころジョージは疲労がひどく、そのうえ夏も近づいていて、自分でも通信を中止したい気持になっていた。たしかに休息が必要な状態になっており、これで良くなるだろう。これで通信が終わってしまったと思ってはいけない」
訳者注──その疲労のせいと思われるが、この第五章の通信はこれまでになく読みづらく、従って訳しにくかった。
とくに最後の通信はオーエン自身のキリスト教的先入観がかなり混入しているのではないかと思われるふしがある。が、
かつてのナザレのイエスが死後その本来の霊的資質を取り戻し、地上経綸の主宰霊として大々的に活躍していることは、イムペレーターもシルバーバーチも異口同音に述べていることであり、本通信に出てくる〝キリストの顕現〟は、イムペレーターのいう〝高級神霊による讃仰の祈りのための会合〟、シルバーバーチのいう
〝指導霊ばかりの途方もない大集会〟などの催しにおいてもそのイエスが主宰していることを考え合わせると、民族・国家の違いによって大小さまざまな形はあるにしても、今なおひんぱんに行われているものと私は信じている。
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