The Life Beyond the Veil Vol.Ⅲ The Ministry of Heaven By G. V. Owen
八章 暗黒街の探訪
6 〝強者(つわもの)よ、何ゆえに倒れたるや〟
一九一八年一月十五日 火曜日
そこで吾々はこの時ばかり一斉に声を張り上げて合唱しました。声のかぎりに歌いました。その歌声はすべての坑道を突き抜け、闇の帝王たるボスの獰猛(どうもう)な力で無数の霊が絶望的な苦役に甘んじている作業場や洞窟のすみずみにまで響きわたりました。
あとで聞かされたことですが、吾々の歌の旋律が響いてきたとき彼らは仕事を中止してその不思議なものに耳を傾けたとのことです。
と言うのも、彼らの境涯で聞く音楽はそれとはおよそ質の異なるもので、しかも吾々の歌の内容(テーマ)が彼らには聞き慣れないものだったからです。
──どんな内容だったのでしょう。
吾々に託された目的に適ったことを歌いました。まず権力と権威の話をテーマにして、それがこの恐怖の都市で猛威をふるっていることを物語り、次にその残酷さと恥辱と、
その罠にかかった者たちの惨状を物語り、続いてその邪悪性がその土地にもたらした悪影響、つまり暗闇は魂の暗闇の反映であり、それが樹木を枯らし、土地を焦がし、岩場をえぐって洞窟と深淵をこしらえ、水は汚れ、空気は腐敗の悪臭を放ち、至るところに悪による腐敗が行きわたっていることを物語りました。
そこでテーマを変え、地上の心地良い草原地帯、光を浴びた緑の山々、こころ和ませるせせらぎ、それが、太陽の恵みを受けた草花の美しく咲き乱れる平地へ向けて楽しそうに流れていく風景を物語りました。
続いて小鳥の歌、子に聞かせる母の子守歌、乙女に聞かせる男の恋歌、そして聖所にてみんなで歌う主への讃仰の歌──それを天使が玉座に持ち来り、清めの香を添えて主に奉納する。
こういう具合に吾々は地上の美を讃えるものを歌に託して合唱し、それから更に一段と声を上げて、地上にて勇気を持って主の道を求め今は父なる神の光と栄光のもとに生きている人々の住処──そこでは荘厳なる樹木が繁り、豪華けんらんたる色彩の花が咲き乱れ、父なる神の僕として経綸に当たる救世主イエスの絶対的権威に恭順の意を表明する者にとって静かなる喜びの源泉となるものすべてが存在することを歌い上げました。
──あなたが率いられた霊団は全部で何名だったのでしょうか。
七の倍にこの私を加えた十五人です。これで霊団を構成しておりました。さて吾々が歌い続けていると一人また一人と奴隷が姿を現しました。青ざめ、やつれきった顔があの坑道この坑道から、さらには、岩のくぼみからも顔をのぞかせ、また吾々の気付かなかった穴やほら穴からも顔を出して吾々の方をのぞき見するのでした。
そしてやがて吾々の周りには、恐怖におののきながらもまだ光を求める心を失っていない者たちが、近づこうにもあまりそばまで近づく勇気はなく、それでも砂漠でオアシスを見つけたごとく魂の甦るのを感じて集まっていた。
しかし中には吾々をギラギラした目で睨み付け、魂の怒りを露(あらわ)にしている者もいた。
さらには吾々の歌の内容が魂の琴線に触れて、過去の過ちへの悔恨の情や母親の子守歌の記憶の甦りに慟哭して地面に顔を伏せる者もいた。彼らはかつてはそれらを軽蔑して道を間違えた──そしてこの道へ来た者たちだったわけです。
その頃から吾々は歌の調子を徐々にゆるやかにし、最後は安息と安らぎの甘美なコードで〝アーメン〟を厳かに長く引き延ばして歌い終わった。
するとその中の一人が進み出て、吾々から少し離れた位置で立ち止まり、跪いて〝アーメン〟を口ずさんだ。これを見た他の者たちは彼にどんな災難がふりかかるのかと固唾(かたず)をのんで見守った。と言うのも、それは彼らのボスに対する反逆に他ならなかったからです。
が、私は進み出て彼の手を取って立たせ、吾々の霊団のところまで連れてきた。そこで霊団の者が彼を囲んで保護した。これで彼に危害の及ぶ気遣いはなくなった。
すると三々五々、あるいは十人二十人と吾々の方へ歩み寄り、その数は四百人ほどにもなった。そして、まるで暗誦文を諳(そら)んずる子供のようにきちんと立って、彼に倣って〝アーメン〟と言うのだった。
坑道の蔭では舌打ちしながら吾々へ悪態をついている者もいたが、腕ずくで行動に出る者はいなかった。そこで私は、希望する者は全員集まったとみて、残りの者に向けてこう述べた。
「この度ここに居残る選択をした諸君、よく聞いてほしい。諸君より勇気のある者はこれよりこの暗黒の鉱山を出て、先ほどの吾々の歌の中に出てきた光と安らぎの境涯へと赴くことになる。
今回は居残るにしても、再び吾々の仲間が神の使いとして訪れた時、今この者たちが吾々の言葉に従うごとく、どうか諸君もその使いの者に従う心の準備をしておいてほしく思う」
次に向きを変え、そこを出る決心をした者へ勇気づけの言葉を述べた。と言うのも、彼らはみな自分たちの思い切った選択がもたらす結果に恐れおののいていたからです。
「それから私の同志となられた諸君、あなた方はこれより光明の都市へ向けて歩むことになるが、その道中においてボスの手先による脅しには一向に構ってはなりませんぞ。もはや彼はあなた方の主(ぬし)ではなくなったのです。
そして、もっと明るい主に仕え、然るべき向上を遂げた暁には、それに相応しい衣服を給わることになります。が、今は恐れることなく一途に私の言うことに従ってほしい。間もなくボスがやってきます。全てはボスと決着つけてからのことです」
そう述べてから、吾々がキャプテンとともにそこに入ってきた門、そして四百人もの奴隷が通ってきた門の方へ目をやった、それに呼応するかのように、それよりさらに奥の門の方から騒々しい声が聞こえ、それが次第に近づいてきた。
ボスである。吾々の方へ進みながら奴隷たちに、自分に付いてきて傲慢きわまる侵入者へ仕返しをするのだとわめいている。脅しや呪いの言葉も聞こえる。恐怖心から彼の後に付いてくる哀れな奴隷たちも彼を真似してわめき散らしている。
私はボスを迎えるべく一団の前に立った。そしてついにそのボスの姿が見えてきた。
──どんな人でしたか──彼の容貌です。
彼も神の子であり従って私の兄弟である点は同じです。ただ、今は悪に沈みきっているというまでです。それ故に私としては本当は慈悲の心から彼の容貌には構いたくないのです。彼が憎悪と屈辱をむき出しにしている姿を見た時の私の心にあったのは、それを哀れと思う気持ちだけでした。
が、貴殿が要求されるからにはそれを細かく叙述してみましょう。それが〝強者(つわもの)よ、何ゆえに倒れたるや〟(サムエル書(2)1・19)という一節にいかに深い意味があるかを悟られる縁(よすが)となろうと思うからです。
図体は巨人のようで、普通の人間の1.5倍はありました。両肩がいびつで、左肩が右肩より上がっていました。ほとんど禿げあがった頭が太い首の上で前に突き出ている。煤けた黄金色をしたソデなしのチュニックをまとい、右肩から剣を下げ、腰の革のベルトに差し込んでいる。
錆びた(鎧)のスネ当てを付け、なめされていない革の靴を履き、額には色褪せた汚れた飾り輪を巻いている。その真ん中に動物の浮き彫りがあるが、それは悪の力を象徴するもので、それに似た動物を地上に求めれば、さしづめ〝陸のタコ〟(というものがいるとすればであるが)であろう。
彼の姿の全体の印象を一口で言えば〝王位の模倣〟で、別の言い方をすれば、所詮は叶えられるはずもない王位を求めてあがく姿を見る思いでした。その陰険な顔には激情と狂気と貪欲と残忍さと憎しみとが入り混じり、同時にそれが全身に滲みわたっているように思えた。実際はその奥には霊的な高貴さが埋もれているのです。
つまり善の道に使えば偉大な力となったはずのものがマヒしたために、今では悪のために使用されているにすぎない。彼は足をすべらせた大天使なのです。それを悪魔と呼んでいるにすぎないのです。
──地上では何をしていた人か判っているのでしょうか。
貴殿の質問には何なりとお答えしたい気持ちでいます。質問された時は私に対する敬意がそうさせているものと信じています。そこで私も喜んでお答えしています。どうぞこれからも遠慮なく質問されたい。
もしかしたら私にも気づかない要因があるのかも知れません。その辺は調べてみないと分かりませんが、ただ、それに対する私の回答の意味を取り違えないでいただきたい。
そのボスが仮に地上ではこの英国の貧民層のための大きな病院の立派な外科医だったとしても、少しもおかしくありません。もしかして牧師だったとしても、あるいは慈善家だったとしても、これ又、少しも不思議ではない。
外見というものは必ずしも中身と一致しないものです。とにかく彼はそういう人物でした。大ざっぱですが、この程度で我慢していただきたいのですが・・・・・・
──余計な質問をして申しわけありません。
いや、いや、とんでもない。そういう意味ではありません。私の言葉を誤解しないでいただきたい。疑問に思われることは何なりと聞いていただきたい。貴殿と同じ疑問を他の大ぜいの人も抱いているかもしれない。それを貴殿が代表してることになるのですから・・・・・・
さて、そのボスが今まさに目の前に立っている。わめき散らす暴徒たちにとっては紛れもない帝王であり、後方と両側に群がる人数は何千を数える。
が、彼との間には常に一定の距離が置かれている───近づくのが怖いのである。左手にはムチ紐が何本もついた見るからに恐ろしい重いムチがしっかりと握られていて、奴隷たちは片時もそのムチから目を離そうとせず、他の方向へ目をやってもすぐまたムチへ目を戻す。
ところがそのボスが吾々と対峙したまま口を開くのを躊躇している。そのわけは、彼が永い間偉そうに、そして意地悪く物を言うクセが付いており、いま吾々を前にして、吾々の落着き払った態度が他の連中のおどおどした態度とあまりにも違うためにためらいを感じてしまったのです。
そうやって向かい合っていた時である。ボスの後方に一人の男が例の正門のところで会った守衛の服装の二人の男に捕らわれて紐でしばられているのが私の目に入った。蔭の中にいたので私は目を凝らして見た。なんとそれはキャプテンだった。
私はとっさに勢いよく進み出てボスのそばを通り──通りがかりにボスの剣に手を触れておいて──二人の守衛の前まで行き「紐をほどいてその男を吾々に渡すのだ」と命じた。
これを耳にしたボスが激怒して剣を抜き私に切りかかろうとした。が、すでにその剣からは硬度が抜き取られていた。まるで水草のようにだらりと折れ曲がり、ボスは唖然としてそれを見つめている。
自分の権威の最大の象徴だった剣が威力を奪われてしまったからである。もとより私自身は彼をからかうつもりは毛頭なかった。しかし他の者たち、即ち彼の奴隷たちはボスの狼狽した様子に、ユーモアではなく悪意からでる滑稽さを見出したようだった。
岩蔭から嘲笑と侮りの笑い声がどっ沸きおこったのである。するとどうであろう。刀身が見る間に萎れ、朽ち果て、柄(つか)から落ちてしまった。
ボスは手に残った柄を最後まで笑っている岩蔭の男を目がけて放り投げつけた。その時私が守衛の方を向くと、二人は慌ててキャプテンの紐をほどいて吾々の方へ連れてきた。
とたんにボスのカラ威張りの雰囲気が消え失せ、まず私に、それから私の仲間に向かって丁寧におじぎをした。その様子を見ても、このボスは邪悪性が善性へ向かえばいつの日か、吾らが父の偉大なる僕となるべき人物であることが分かる。
「恐れ入った・・・・・・」彼は神妙に言った。「あなた様は拙者より強大な力を自由に揮(ふる)えるお方のようじゃ。そのことには拙者も潔くカブトを脱ごう。で、拙者と、この拙者に快く骨身を惜しまず尽してくれた忠実な臣下たちをどうなさるおつもりか、お教えねがえたい」
いかにも神妙な態度を見せながらも、彼の言葉のいたるところに拗ねた悪意が顔をのぞかせる。この地獄の境涯ではそれが常なのである。すべてが見せかけなのである。奴隷の境遇を唯一の例外として・・・・・・
そこで私は彼に吾々のこの度の使命を語って聞かせた。すると彼はまたお上手を言った。
「これはこれは。あなた様がそれほどのお方とは存じ上げず、失礼を致した。そうと存じ上げておればもっと丁重にお迎え致しましたものを・・・・・・しかし、その償いに、これからはあなた様にご協力を申し上げよう。さ、拙者に付いて参られたい。正門まで拙者が直々にご案内いたそう。皆さんもどうぞ後に続かれたい」
そう言って彼は歩き始め、吾々もその後に続き、洞窟や仕事場をいくつか通り抜けて、吾々が鉱山に入って最初に辿り着いた大きな門へ通じる階段の手前にある小さな門のところまで来た。
一九一八年一月十五日 火曜日
そこで吾々はこの時ばかり一斉に声を張り上げて合唱しました。声のかぎりに歌いました。その歌声はすべての坑道を突き抜け、闇の帝王たるボスの獰猛(どうもう)な力で無数の霊が絶望的な苦役に甘んじている作業場や洞窟のすみずみにまで響きわたりました。
あとで聞かされたことですが、吾々の歌の旋律が響いてきたとき彼らは仕事を中止してその不思議なものに耳を傾けたとのことです。
と言うのも、彼らの境涯で聞く音楽はそれとはおよそ質の異なるもので、しかも吾々の歌の内容(テーマ)が彼らには聞き慣れないものだったからです。
──どんな内容だったのでしょう。
吾々に託された目的に適ったことを歌いました。まず権力と権威の話をテーマにして、それがこの恐怖の都市で猛威をふるっていることを物語り、次にその残酷さと恥辱と、
その罠にかかった者たちの惨状を物語り、続いてその邪悪性がその土地にもたらした悪影響、つまり暗闇は魂の暗闇の反映であり、それが樹木を枯らし、土地を焦がし、岩場をえぐって洞窟と深淵をこしらえ、水は汚れ、空気は腐敗の悪臭を放ち、至るところに悪による腐敗が行きわたっていることを物語りました。
そこでテーマを変え、地上の心地良い草原地帯、光を浴びた緑の山々、こころ和ませるせせらぎ、それが、太陽の恵みを受けた草花の美しく咲き乱れる平地へ向けて楽しそうに流れていく風景を物語りました。
続いて小鳥の歌、子に聞かせる母の子守歌、乙女に聞かせる男の恋歌、そして聖所にてみんなで歌う主への讃仰の歌──それを天使が玉座に持ち来り、清めの香を添えて主に奉納する。
こういう具合に吾々は地上の美を讃えるものを歌に託して合唱し、それから更に一段と声を上げて、地上にて勇気を持って主の道を求め今は父なる神の光と栄光のもとに生きている人々の住処──そこでは荘厳なる樹木が繁り、豪華けんらんたる色彩の花が咲き乱れ、父なる神の僕として経綸に当たる救世主イエスの絶対的権威に恭順の意を表明する者にとって静かなる喜びの源泉となるものすべてが存在することを歌い上げました。
──あなたが率いられた霊団は全部で何名だったのでしょうか。
七の倍にこの私を加えた十五人です。これで霊団を構成しておりました。さて吾々が歌い続けていると一人また一人と奴隷が姿を現しました。青ざめ、やつれきった顔があの坑道この坑道から、さらには、岩のくぼみからも顔をのぞかせ、また吾々の気付かなかった穴やほら穴からも顔を出して吾々の方をのぞき見するのでした。
そしてやがて吾々の周りには、恐怖におののきながらもまだ光を求める心を失っていない者たちが、近づこうにもあまりそばまで近づく勇気はなく、それでも砂漠でオアシスを見つけたごとく魂の甦るのを感じて集まっていた。
しかし中には吾々をギラギラした目で睨み付け、魂の怒りを露(あらわ)にしている者もいた。
さらには吾々の歌の内容が魂の琴線に触れて、過去の過ちへの悔恨の情や母親の子守歌の記憶の甦りに慟哭して地面に顔を伏せる者もいた。彼らはかつてはそれらを軽蔑して道を間違えた──そしてこの道へ来た者たちだったわけです。
その頃から吾々は歌の調子を徐々にゆるやかにし、最後は安息と安らぎの甘美なコードで〝アーメン〟を厳かに長く引き延ばして歌い終わった。
するとその中の一人が進み出て、吾々から少し離れた位置で立ち止まり、跪いて〝アーメン〟を口ずさんだ。これを見た他の者たちは彼にどんな災難がふりかかるのかと固唾(かたず)をのんで見守った。と言うのも、それは彼らのボスに対する反逆に他ならなかったからです。
が、私は進み出て彼の手を取って立たせ、吾々の霊団のところまで連れてきた。そこで霊団の者が彼を囲んで保護した。これで彼に危害の及ぶ気遣いはなくなった。
すると三々五々、あるいは十人二十人と吾々の方へ歩み寄り、その数は四百人ほどにもなった。そして、まるで暗誦文を諳(そら)んずる子供のようにきちんと立って、彼に倣って〝アーメン〟と言うのだった。
坑道の蔭では舌打ちしながら吾々へ悪態をついている者もいたが、腕ずくで行動に出る者はいなかった。そこで私は、希望する者は全員集まったとみて、残りの者に向けてこう述べた。
「この度ここに居残る選択をした諸君、よく聞いてほしい。諸君より勇気のある者はこれよりこの暗黒の鉱山を出て、先ほどの吾々の歌の中に出てきた光と安らぎの境涯へと赴くことになる。
今回は居残るにしても、再び吾々の仲間が神の使いとして訪れた時、今この者たちが吾々の言葉に従うごとく、どうか諸君もその使いの者に従う心の準備をしておいてほしく思う」
次に向きを変え、そこを出る決心をした者へ勇気づけの言葉を述べた。と言うのも、彼らはみな自分たちの思い切った選択がもたらす結果に恐れおののいていたからです。
「それから私の同志となられた諸君、あなた方はこれより光明の都市へ向けて歩むことになるが、その道中においてボスの手先による脅しには一向に構ってはなりませんぞ。もはや彼はあなた方の主(ぬし)ではなくなったのです。
そして、もっと明るい主に仕え、然るべき向上を遂げた暁には、それに相応しい衣服を給わることになります。が、今は恐れることなく一途に私の言うことに従ってほしい。間もなくボスがやってきます。全てはボスと決着つけてからのことです」
そう述べてから、吾々がキャプテンとともにそこに入ってきた門、そして四百人もの奴隷が通ってきた門の方へ目をやった、それに呼応するかのように、それよりさらに奥の門の方から騒々しい声が聞こえ、それが次第に近づいてきた。
ボスである。吾々の方へ進みながら奴隷たちに、自分に付いてきて傲慢きわまる侵入者へ仕返しをするのだとわめいている。脅しや呪いの言葉も聞こえる。恐怖心から彼の後に付いてくる哀れな奴隷たちも彼を真似してわめき散らしている。
私はボスを迎えるべく一団の前に立った。そしてついにそのボスの姿が見えてきた。
──どんな人でしたか──彼の容貌です。
彼も神の子であり従って私の兄弟である点は同じです。ただ、今は悪に沈みきっているというまでです。それ故に私としては本当は慈悲の心から彼の容貌には構いたくないのです。彼が憎悪と屈辱をむき出しにしている姿を見た時の私の心にあったのは、それを哀れと思う気持ちだけでした。
が、貴殿が要求されるからにはそれを細かく叙述してみましょう。それが〝強者(つわもの)よ、何ゆえに倒れたるや〟(サムエル書(2)1・19)という一節にいかに深い意味があるかを悟られる縁(よすが)となろうと思うからです。
図体は巨人のようで、普通の人間の1.5倍はありました。両肩がいびつで、左肩が右肩より上がっていました。ほとんど禿げあがった頭が太い首の上で前に突き出ている。煤けた黄金色をしたソデなしのチュニックをまとい、右肩から剣を下げ、腰の革のベルトに差し込んでいる。
錆びた(鎧)のスネ当てを付け、なめされていない革の靴を履き、額には色褪せた汚れた飾り輪を巻いている。その真ん中に動物の浮き彫りがあるが、それは悪の力を象徴するもので、それに似た動物を地上に求めれば、さしづめ〝陸のタコ〟(というものがいるとすればであるが)であろう。
彼の姿の全体の印象を一口で言えば〝王位の模倣〟で、別の言い方をすれば、所詮は叶えられるはずもない王位を求めてあがく姿を見る思いでした。その陰険な顔には激情と狂気と貪欲と残忍さと憎しみとが入り混じり、同時にそれが全身に滲みわたっているように思えた。実際はその奥には霊的な高貴さが埋もれているのです。
つまり善の道に使えば偉大な力となったはずのものがマヒしたために、今では悪のために使用されているにすぎない。彼は足をすべらせた大天使なのです。それを悪魔と呼んでいるにすぎないのです。
──地上では何をしていた人か判っているのでしょうか。
貴殿の質問には何なりとお答えしたい気持ちでいます。質問された時は私に対する敬意がそうさせているものと信じています。そこで私も喜んでお答えしています。どうぞこれからも遠慮なく質問されたい。
もしかしたら私にも気づかない要因があるのかも知れません。その辺は調べてみないと分かりませんが、ただ、それに対する私の回答の意味を取り違えないでいただきたい。
そのボスが仮に地上ではこの英国の貧民層のための大きな病院の立派な外科医だったとしても、少しもおかしくありません。もしかして牧師だったとしても、あるいは慈善家だったとしても、これ又、少しも不思議ではない。
外見というものは必ずしも中身と一致しないものです。とにかく彼はそういう人物でした。大ざっぱですが、この程度で我慢していただきたいのですが・・・・・・
──余計な質問をして申しわけありません。
いや、いや、とんでもない。そういう意味ではありません。私の言葉を誤解しないでいただきたい。疑問に思われることは何なりと聞いていただきたい。貴殿と同じ疑問を他の大ぜいの人も抱いているかもしれない。それを貴殿が代表してることになるのですから・・・・・・
さて、そのボスが今まさに目の前に立っている。わめき散らす暴徒たちにとっては紛れもない帝王であり、後方と両側に群がる人数は何千を数える。
が、彼との間には常に一定の距離が置かれている───近づくのが怖いのである。左手にはムチ紐が何本もついた見るからに恐ろしい重いムチがしっかりと握られていて、奴隷たちは片時もそのムチから目を離そうとせず、他の方向へ目をやってもすぐまたムチへ目を戻す。
ところがそのボスが吾々と対峙したまま口を開くのを躊躇している。そのわけは、彼が永い間偉そうに、そして意地悪く物を言うクセが付いており、いま吾々を前にして、吾々の落着き払った態度が他の連中のおどおどした態度とあまりにも違うためにためらいを感じてしまったのです。
そうやって向かい合っていた時である。ボスの後方に一人の男が例の正門のところで会った守衛の服装の二人の男に捕らわれて紐でしばられているのが私の目に入った。蔭の中にいたので私は目を凝らして見た。なんとそれはキャプテンだった。
私はとっさに勢いよく進み出てボスのそばを通り──通りがかりにボスの剣に手を触れておいて──二人の守衛の前まで行き「紐をほどいてその男を吾々に渡すのだ」と命じた。
これを耳にしたボスが激怒して剣を抜き私に切りかかろうとした。が、すでにその剣からは硬度が抜き取られていた。まるで水草のようにだらりと折れ曲がり、ボスは唖然としてそれを見つめている。
自分の権威の最大の象徴だった剣が威力を奪われてしまったからである。もとより私自身は彼をからかうつもりは毛頭なかった。しかし他の者たち、即ち彼の奴隷たちはボスの狼狽した様子に、ユーモアではなく悪意からでる滑稽さを見出したようだった。
岩蔭から嘲笑と侮りの笑い声がどっ沸きおこったのである。するとどうであろう。刀身が見る間に萎れ、朽ち果て、柄(つか)から落ちてしまった。
ボスは手に残った柄を最後まで笑っている岩蔭の男を目がけて放り投げつけた。その時私が守衛の方を向くと、二人は慌ててキャプテンの紐をほどいて吾々の方へ連れてきた。
とたんにボスのカラ威張りの雰囲気が消え失せ、まず私に、それから私の仲間に向かって丁寧におじぎをした。その様子を見ても、このボスは邪悪性が善性へ向かえばいつの日か、吾らが父の偉大なる僕となるべき人物であることが分かる。
「恐れ入った・・・・・・」彼は神妙に言った。「あなた様は拙者より強大な力を自由に揮(ふる)えるお方のようじゃ。そのことには拙者も潔くカブトを脱ごう。で、拙者と、この拙者に快く骨身を惜しまず尽してくれた忠実な臣下たちをどうなさるおつもりか、お教えねがえたい」
いかにも神妙な態度を見せながらも、彼の言葉のいたるところに拗ねた悪意が顔をのぞかせる。この地獄の境涯ではそれが常なのである。すべてが見せかけなのである。奴隷の境遇を唯一の例外として・・・・・・
そこで私は彼に吾々のこの度の使命を語って聞かせた。すると彼はまたお上手を言った。
「これはこれは。あなた様がそれほどのお方とは存じ上げず、失礼を致した。そうと存じ上げておればもっと丁重にお迎え致しましたものを・・・・・・しかし、その償いに、これからはあなた様にご協力を申し上げよう。さ、拙者に付いて参られたい。正門まで拙者が直々にご案内いたそう。皆さんもどうぞ後に続かれたい」
そう言って彼は歩き始め、吾々もその後に続き、洞窟や仕事場をいくつか通り抜けて、吾々が鉱山に入って最初に辿り着いた大きな門へ通じる階段の手前にある小さな門のところまで来た。
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