Tuesday, September 29, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch

Edited by Sylvia Barbanell




十章 霊訓を必要とする時代
 
 「大きな変動期にあっては霊媒を通じそのメッセージ、霊的知識を広めることを目的とした霊力の演出がよりいっそう要請されます。

 地上の至るところに悩みを抱えた人々が無数にいます。従来の信仰は瓦解(がかい)してしまいました。が、その人たちの心の奥に、自分にも気付かずにいるある種の願望があります。それは永遠の実在の証を求める心です。

 人間は本来が霊的な魂を宿した存在です。そして魂はその存在を支えてくれるところのものを求めて、じっとしておれないものです。魂も養育してやらねばなりません。

扶助してやる必要があります。活動の場を与えてやらねばなりません。魂は表現を求めてやまないのです。たとえ意識的には自分を理解していなくても、つまりそうした霊性を自覚していなくても、内部の霊的部分、真の個性の欲求を無視することは出来ません。

 教会による月並みなお説教では、特殊な一部の人を除いて、満足を与えることはできなくなりました。絶え間なく進歩する世界、常に変化し生長していく世界にあっては、何世紀もの昔のおきまりの宗教的教説を今日に当てはめることは不可能なのです。

となれば当然、人間が勝手にこしらえた神学をもとに同じことを繰り返し訴えても、耳を傾ける人が次第に少なくなっていくに決まっています。
  
 この点に関する限り、歴史は繰り返しません。なぜなら、キリスト教の信条と教義に背を向ける者が次第に増えていっても、ではその人たちの考えが唯物的になっていくかというと、そうではないのです。というのは、確かに無味乾燥な福音が魅力を失いつつありますが、この度はその原因に別の要素があるのです。

それは、宇宙の謎と取り組んでいる科学者によって、唯物主義の思想が不毛で無意味で到底受け入れられないものであることが明らかにされてしまったことです。

(訳者注──物理学の進歩によって物質の究極の姿が従来の〝もの〟の観念を超えてバイブレーションの状態であるということが明らかになったが、それでもなおそのバイブレーションを構成する究極の要素は突きとめられていない。

かつては〝これが一ばんの素〟という意味で素粒子論が行われたが、今ではそれも途中の段階であって、その奥にまだ何かがあるらしいことが理論物理学で言われており、その確認が実験物理学で行われつつある。ともかくも物質の本性は人間が五感で感じ取っているものとは全く異なることが明らかとなった。シルバーバーチはその点を指摘している)

 こうした時期、すなわち多くの者が視野の変化に気づき、何もかもが改造のためにるつぼの中へ放り込まれている時こそ、霊的真理を普及すべき絶好機なのです。

 かつて私は、人間が絶体絶命の窮地にある時こそ神を知る絶好機であると述べたことがあります。
 
今、再びその必要性が大なる時となり、霊力が奔流となって流れ込んでおります。愛は死の淵を超えて届けられます。愛するものを導き、悲しみに暮れる心に慰めの芳香をもたらし、病に苦しむ人には治癒力を注ぎ、道に迷える人には手引きを与え、霊力の実在の証の全てを提供せんとして心を砕いております。

 そうした証を伴った真理こそ永遠なるものです。不変なのです。地上で何が起きようと霊界でどういう異変があろうと、そのために取り消されたり書き変えられたりすることは決してありません。永遠の実在なのです。

一度それを把握したら、一度自分のものにしたら、一度理解してその有難さを知ったら、その時からその人の生活に光沢と美しさと豊かさと輝きと自信と確信が具わり、二度と寂しい心を抱いて歩むようなことはなくなります。

 かくして真理を広めるということは大切な仕事であり、大勢の人に与えられる絶好機、人のために自分を役立てる貴重な手段であることが分かります。

煩悶の叫び声をあげている数知れぬ人々は、私たちが奮闘すべき場を提供してくれているのであり、一人が光を見出すごとに、一人が無知の闇から抜け出て知識を手にするごとに、一人が悲しみの涙をよろこびの笑みに変えるごとに、魂の勝利、永遠の闘いの中における勝利を克ち得たことになります。

 ですから、どこでもよろしい、誰でもよろしい、力を引き締め、鎧でしっかりと身を固め、神の大軍が背後に控えてくれているとの信念のもとに、この人類にとって掛けがいのない重大な闘いを引き続き闘い抜こうではありませんか」

 
 このあと質疑応答となった。最初は読者からの手紙による質問で〝百人の霊媒のうち九十九人まではデタラメをしゃべっている〟というショー・デスモンド(※) の言い分を引用してシルバーバーチの意見を求めた。

(※Shaw Desmond 英国の著名な作家でスピリチュアリズムに理解があり、その作品に心霊的要素が多く取り入れられている── 訳者)

 「本物の支配霊───支配霊としての仕事を完う出来る才能を具えた霊にはその批判は当てはまりません。霊媒の背後霊は慎重な検討をへて選ばれ、またその適性は実際に霊媒との仕事を始める前に実証済みだからです。

 そうした本物の支配霊に関する限り今の批判は当たりませんが、残念なことに、本物の霊力を発揮するには今一つの修行を要する未熟な霊媒が多いことは事実です。

 そういう霊媒つまり開発途上にある霊媒による交霊会では、何とか良からぬ評判がささやかれ、それがみな支配霊のせいにされてしまいます。

実際には支配霊がいけないのではなく、その支配霊を補佐する指導霊や通信霊が未熟なためであることがあり、時には霊媒そのものが未熟であるために、その霊媒自身の潜在意識の中の考えだけが出ているにすぎないことがあります。

 ですから支配霊はデタラメばかりと言うというのは言い過ぎです。少なくとも私が連絡を取り合っている幾つかの霊団の支配霊に関する限り、そういう言いがかりは不当であると思います。最も、デスモンドは一般論として言っているのでしょう。どこのどの霊媒というふうに特定しているわけではありませんから」


 次に読み上げられた質問は、祈りや願いごとは誰に向けて発すべきかという、とかく意見の衝突する問題で、こう述べてあった。

 「情愛によって結ばれている人の精神的健康、肉体的健康、及び物的事情の問題でお役に立ってあげたいと思う時、私たちはどういう心掛けが大切かについてお教えねがえませんか。つまりその人へ私たちの思念を直接送ってあげればよいのでしょうか。それとも祈りの形で神へ向けて送るべきでしょうか」


 「とても良い質問です。人のために何とかしてあげたいと思われるのは真摯な魂の表われです。全ての祈り、全ての憧憬は神へ向けるべきです。ということは、いつも嘆願を並べ立てなさいという意味ではありません。

 たびたび申し上げているように、祈りとは波長を合わせることです。すなわち私たちの意志を神の意志と調和させることであり、神との繋がりをより緊密にすることです。

そうすることが結果的に私たちの生活を高めることになるとの認識に基づいてのことです。意識を高めるということは、それだけ価値判断の水準を高めることになり、かくして自動的にその結果があなた方の生活に表われます。

 何とかして宇宙の心、宇宙の大中心、宇宙をこしらえた神にまず自分が一歩でも近づくように、真剣に祈ることです。それから、何とかしてあげたいと思っている人がいれば、その方を善意と、ぜひ自分をお役立て下さいという祈りの気持ちで包んであげることです。

 ですが、それを自分が愛着を覚える人のみに限ることは感心しません。たとえ崇高な動機に発するものであっても、一種の利己主義の色あいを帯びているものだからです。それよりはむしろ全人類のためになる方法で自分の精神が活用されることを求めることです。ということは、日常生活において自分と交わる人に分け隔てなく何らかの役に立つということです」


 この後シルバーバーチは霊的真理の普及という一般的な問題に移り、こう述べた。

 「皆さんに自覚していただきたいことは、前途にはまだまだ問題が山積していること、取り除かねばならない問題があるということです。それを取り除くには図太い神経、断固とした精神、堅固さ、不動の忠誠心、証を見せつけられた霊的真実への節操が要請されます。

 さきほど霊媒の言うことの信頼性が問題となりましたが、皆さんにすでにそうした場合に私が要求している判断の基準をご存知です。すなわち自分の理性に照らし、自分の判断力と常識とで決断なさることです。私はかつて一度たりともあなた方を盲目的信仰へ誘導したことはありませんし、知性が反撥するような行為を要求したことはありません。

 自慢することはおよそ私には縁のないことです。宇宙を知れば知るほど謙虚な気持ちで満たされるものです。ですが、それでもなお私はあなた方を導く霊の力の偉大さを公言して憚りません。それが私のような者にも与えられているのです。

私が偉いからではありません。私が為さんとするその意欲に免じて授けられているのです。これまでの私と皆さんとの交わりの長い年月を通じて、その霊力は存分に与えられ、それ以後も皆さんが望まれる限り続くことでしょう。

 私はもし皆さんが日常生活の自然な成り行きの中において霊的にそして身体的にみずからを御して行くことができるのであれば、敢えてこうした交霊会の継続を望むものではありません。

霊的な知識を獲得しながら身体に関わる面をおろそかにするのは感心しません。それは、身体ばかりを構って霊的側面をおろそかにするのと同じように愚かしいことです。

 神の顕現であるところの大自然が与えてくれる活力と能力を存分に活用して人生を謳歌なさるがよろしい。ふんだんに与えられる大自然の恵みを遠慮なく享受し、完成へ向けて進化し続ける永遠の壮観(ページェント)の中にその造化の神が顕し給う美を満喫なさるがよろしい。

 と同時に、その背後にあって私たちを道具として使用せんとする崇高なる霊の働きに常に思いを馳せましょう。その神の恩寵を存分に享受するために心を広く持ちましょう。なるほど私たちが神のメッセンジャーであることを認めてもらえるように、日々の生活における言動に愛と善意を反映させるように心がけましょう」


 別の日の交霊界で現在のスピリチュアリズムの進展ぶりを尋ねられてこう答えた。

 「地上はまだまだ混乱が続いております。喧騒と怒号の鳴りやむ時がありません。霊的真理の普及はまだまだ必要です。

それに対する手段が十分に整ったことは一度もありませんが、常に何らかの試みが為され、幾ばくかの成功が収められていることは事実です。地球全土に手を伸ばすことは出来ません。届く範囲で努力いたしましょう。

 今なお世界大戦の余波が残っております。(※)全ての価値観がひっくり返され、混乱が支配し、無秩序がはびこり、道徳的価値観が定まらず、未来像と洞察力の透徹度が消え失せ、かつての美徳が後退し、基本的には正しいものまでが混乱の渦中で完全に姿を失ってしまいました。

その変転きわまりない地上世界にあって常に変わることのない霊的真理を私たちの手で広げようではありませんか。決して色あせることも曇ることも朽ちることもない、永遠の霊的実在 ─── 一度理解したら人生の全図式を一望のもとに見渡すことを可能にしてくれる真理に目を向けましょう。

(※この日の交霊会が何年何月に開かれたかは不明であるが、この原書が発行されたのが一九四九年、つまり終戦から五年後のことであることを思えば、戦後間もない頃であったことは察しがつく──訳者)

 皆さんがスピリチュアリズムと呼んでおられるものは自然法則の一部にすぎません。宇宙の大霊すなわち神は宇宙を法則によって経綸し法則に則って顕現していくように定めたのです。その法則が宇宙の全活動を統御しております。

宇宙のいずこにも ───人間の知り得た範囲に留まらず人間の能力をはるかに超えた範囲においても───法則の行き届かないところはありません。

 その法則の中に神の意志が託されているのです。およそ人間のこしらえる法律というものには変化と改訂が付きものです。完全でなく、すべての条件を満たすものではないからです。

 が、神の摂理は考え得るかぎりのあらゆる事態に備えてあります。宇宙間に発生するもので不測の事態、偶然の出来ごとというものは一つもありません。全てが規制され、全てが統御され、全てに神の配慮が行き届いているのです。

 科学者の手によって物質界の原理の多くが発見されました。が、その探究の手はまだまだ霊的な分野にまでは及んでおりません。人生を物的尺度でもって判断し理解し考察しようとするのは愚かです。小さな一部分にのみ関心を集中し、肝心な大きなものを見落しているからです。

 私たちの仕事は、その大きな世界、霊の宝庫へ目を向けさせ、暗闇と無知の中で道を見失っている数知れない人々に、霊的真理を知ることによって得られる導きと慰めと確信をもたらしてあげることです。

それとても実は私の望んでいるところの一部に過ぎません。肉親を失った人を慰めてあげること、悲しみに暮れる人の涙を拭ってあげること、こうしたことは実に大切なことです。確かにこれも私たちの使命の一部ではあります。

しかしもっと大切なことは、そうした体験を通じて自分とは何か、本当の自分とは何なのか、何のためにこの地球という惑星に生を享けたのか、より一層の向上のためには何を為すべきか───こうしたことについての正しい認識を得させてあげることです。それが一番大切なことです。

 これから先にも大きな仕事が私たちを待ちうけております。再構築の仕事です。心に傷を負い、精神的に打ちのめされた人、人生に疲れ果てた人、生きる意欲を失った人、不幸のために心を取り乱している人、暗闇の中に光を求めている人─── 私たちはこうした人々を快く歓迎してあげなくてはいけません。

 今や大勢の人が、これが本当に人類にとっての鎮痛剤なのかと、期待の目をもってわれわれの方へ関心を向けつつあります。この真理、そしてそれに伴って得られる霊的な力は、たとえその数が何千何万となろうと援助し、導き、慰めてあげることができます。霊力の貯蔵庫は無限です。いかなる問題、いかなる必要性、いかなる悩み、いかなる心配事にも対処できます。

 世界は今まさに全面的な再構築を迫られています。全ての価値観が再検討を迫られております。その大渦巻きの中にあって〝これこそ基盤とすべき原理である〟と自信を持って断言できる人はきわめて稀れです。

 再構築にはそれに先だっての破壊が必要です。基盤は何度も言ってきたとおりすでに敷かれております。計画(プラン)はできあがっているのです。今ゆっくりと、そして苦痛を伴いながらそれが姿を現わし、やがて、人間の運命がいかにして改善され神から授かった能力がいかにしてその発達のチャンスを与えられていくかが、徐々に明確になることでしょう。

そこには不安や失望のタネは何一つありません。為すべき仕事があります。手を取り合えばきっと成就し、他の人にも参加させてあげることができます。
 
 私たちに与えられた光栄あるその奉仕の仕事のチャンスを楽しみに待ちましょう。そしてあなた方自身に精神的改革をもたらした同じ知識を同胞に授けてあげることができることの特権に感謝し、それがその人たちにも革命をもたらし、自分が愛と叡知にあふれた神の一部であること、その神は人間が人生から美とよろこびと輝きとを引き出すことをひたすらに望んでおられることを悟ってくれるよう祈ろうではありませんか」       
 

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch

Edited by Sylvia Barbanell





九章 この世、そしてあの世

 「死んであの世へ行った人はどうやって時を過ごすのですか」───ある日の交霊会でこんな質問が出た。

「この世と同じように明るさと暗さを伴った時間があるのでしょうか。それとも、まったく別の時の流れがあるのでしょうか。何をして過ごすのでしょうか。やはり働くのですか。勉強もするのですか。楽しみがあるのでしょうか」

 こうした質問にシルバーバーチが次のように答えた。

 「それについては何度も何度もお答えしてまいりました。時間の問題は地上の時間とは関係がありませんので、むしろその意味で興味ある課題です。

 地上の時間は便利さを目的として刻んであります。つまり地球の自転と太陽との関係に基づいて、秒、分、時間、日を刻んであるわけです。私どもの世界には夜と昼の区別がありません。光の源が地上とは違うのです。

従って地上と同じ意味での時間はないことになります。こちらでは霊的状態で時間の流れを計ります。言いかえれば、経験していく過程の中で時の流れを感じ取ります。一種の精神的体験です。


 霊界の下層界では生活に面白味が乏しいですから、時間が永く感じられます。上層界では───むろん比較上の問題ですが───快い活動が多くなりますから短く感じられます。次々と新しい体験があるという意味です。別に時間とか月とか年とかの分け方はありません。仕事への携わり方はその人次第です。精神と霊に関連した活動はいくらでもあります。
 
 ご質問者は霊的な体験を物的尺度で理解しようとなさっている点に問題があります。霊界へ来てからの精神と霊のすることは範囲が広く際限がありません。教養(文化)的なものもあれば教育的なこともあり、一つ一つにれっきとした目的があり、物質界への働きかけもあり、やりたいだけ存分にそれに携わることができます」

 「でも、こういう問題が生じませんか───もしも地上のような時間がないとすると、これから先の予定はどうやって立てるかということです」

 「私が誰れかと会う約束をしたい時などのことでしょうか。そんな時は思念を送って都合が良ければ会うということになります。手紙での連絡はありません」

 「誰れかと特定の時刻に会いたい時はどうされますか」


 「そういうことにはならないのです。唯一それに似たものとしては、地上の祝祭日にこちらが合わせる場合です。たとえばイースターとかクリスマスには私は自分の界へ戻ります。地球圏から脱け出るのですが、それは習慣に合わせているだけの話です。

必要とあれば、本日の予定が終わり次第引き上げることも出来ます。どこかの霊の集まりに参加するようにとの私への要請があるとすれば、その要請は思念で届けられます。それを私が受信して、そして参加するということになります。もっとも、今すぐそんな要請は来ないでしょう。

私がこうして地上の方々と話をしていることが判っておりますから。日ごよみなどはありません。あくまで精神と霊の世界なのです」
 

 「霊界にも電車はありますか」

 「ありません。但し電車に乗りたいと思えば電車が目の前に現われます。理解できないでしょうね。でも夢と同じようなものです。電車で行きたいと思えば電車が現われるのです。

 皆さんだって、夢の中で船に乗ろうと思うことがあるでしょう。すると船が現われます。自分がこしらえるのです。そして少なくとも自分にとっては本物の船です。それに乗ると動き出します。必要な船員もちゃんと揃ってるでしょ?その時の意識の場においては現実なのです。現実というのは相対語であることを忘れないでください」
 「そのことは何度も聞かされ書物でも読んでおりますが、正直言って私には理解できません」

 「そうでしょうとも。ですが、あなた方の世界でも時間の錯覚があります。一時間はいつも一時間とは限りません。たった五分が一時間のように感じられることもあります。それが時間の精神的要素です。

地上においてもその精神的要素が現実に存在することを理解して下されば、私ども霊界の者が地上の時間の純粋に機械的要素とは無縁であることがお判りいただけるでしょう。こういう説明よりほかに良い説明方法がないように思います」

 「みんな自分の家を持っているのでしょうか」

 「はい、持ちたいと思っている者は持っております。そう望んでそれなりの努力を致します。が、持とうと思わない者もいます。同じく家を持つにしても自分の建築の好みに合わせて工夫する者もあります。例えばあなた方のご存知ない照明方法を組み込んだりします。こうしたことはその霊の創造的才能に関わる個人的な好みの問題です」

 「霊界の家はそれまでの生活の中身によって左右されるとおっしゃったことがありますが・・・・・・」  
   
 「持ちたいと望み、それなりの努力をしたら、と言ったつもりです。が、いったん家をこしらえたら、その建築様式は純粋にその人の好みの問題となります。青空天井にしたければそうなります。好みというものは長い間の習慣によって形作られていることを忘れてはいけません。習慣は精神的な属性であり、死後も存続します。

 生涯を英国だけで送った人は当然英国風の住居の様式に慣れ親しんでおり、したがって同じような様式の家に住むことになります。そういう習性が残っているからです。

やがてその習性から脱け出せば、また別の種類の住居を持つことになります。こうしたことも生活の連続性を維持するための神の賢明なる配慮なのです。ショックを防ぎ、生活をスムーズに、そして調和のあるものにしてくれています」

(訳者注──この質問と回答には少しズレが見られる。質問者は霊格の低い霊の家はみすぼらしく、高い霊は見るも麗しい、神々しい家に住むという事実を踏まえて質問している。確かにシルバーバーチも別のところでそう言っており、他の霊界通信でも同じことを言っている。もっとも、みすぼらしいと言っても相対上の問題で、住まってる本人は少しもみすぼらしいとは思っていない)

 別の日の交霊界ではこう述べている。

 「霊界には〝国会〟はありません。住民の生活を規制するための法律をこしらえる必要がないからです。霊界では自然法則が全てを律するのです。逃れようにも逃れられない形でその法則が付いてまわります。物的身体はもうありません。

物的生活にかかわる諸問題も関係がなくなります。今や霊的な形態で自分を表現しており、霊的自然法則が直接に作用することになります。その仲立ちをするものは何も要りません」


 「コンサートとか演劇とか博物館のようなものもありますか」

 「博物館は大きな建物───学問の殿堂(ホール) の中に設けてあり、そこにありとあらゆる種類のコレクション───地上の全歴史にわたる資料から霊界の興味深い生活形態を示すものまでが展示されております。例えば地上に存在しない花の種類があります。そのほか人間の知らない自然の様相(すがた) が沢山あります。そのサンプルがホールに陳列してあるのです。

 コンサートはしょっちゅう開かれております。音楽家には事欠きません。大音楽家と言われる人も大勢いて、自分の才能を出来るだけ多くの人を楽しませるために役立てたいと願っております」劇場───これも数多くの種類があります。純粋に芸術としてのドラマを目的としたものもあれば、教養を目的としたものもあり、教育を目的としたものもあります。


 地上で持っていた天賦の才、素質、能力は死と共に消えてしまうのではありません。逆に、死がより大きな自由をもたらし、それを発揮する機会を広げてくれます。

 「新聞やラジオもあるのでしょうか」

 「ラジオはありません。通信様式が違うからです。いちばん一般的な方法はテレパシーですが、要領さえ呑み込めば、目の前にいなくても莫大な数の人に向けて呼びかけることができます。それは地上のラジオとは原理が異なります。

また、いわゆる新聞はありません。地上のようにその日その日の出来ごとを書いて知らせる必要がないからです。必要な情報はそれを専門としている者が然るべき方面へちゃんと送り届けてくれます。その要領はあなた方には理解しがたいものです。

 例えば私が知らずにいることでぜひ知る必要のある事柄があるとしましょう。そんな時、知らせるべきだと思った人が思念で私に知らせてくれます。そういう仕事を担当している霊団があるのです。そしてそのための特殊な訓練をしております」

 「私たちがインスピレーションを受ける時も同じ過程によるのでしょうか」

 「それはまた次元が異なります。人間がインスピレーションを受け取る時は、意識的にせよ無意識的にせよ、霊界のある知的存在(霊)と交信状態にあります。そして、その状態にある間はその霊の力なりインスピレーションなりメッセージなりを受け取ることができます。

意識できる場合もあれば無意識の内に受けている場合もあります。それはその時の環境条件によります。

 その点、私どもの世界では絶え間なく思念を出したり受けたりしております。霊的波長が同じ者どうし、つまり霊的知性が同質である者どうしで送信と受信を行っております。その波長は霊的発達程度によって定まります」
 「名前は霊界へ行っても地上時代のままでしょうか。例えばリンカーンは今でも Abraham Lincoln という氏名で知られているのでしょうか」

 「そうです。身元の確認の上でそうしておく必要がある人は地上時代の氏名のままです。ただ、氏名がすなわちその人物では無いことを忘れてはなりません。その人を認知するための手段の一つに過ぎません」

 「たとえば地上で有名だった人は死後もその名前を使うのが便利ですね」

 「そういうことです。身元の確認の上でそうしておく必要がある場合です。その状態が人によって何百年も何千年も続くことがあります。しかし、いつかは地球の磁場から超脱します。そうなると、もうその名前は意味がなくなります。その人の本来の霊格によって存在が確認されるようになります」


 「ひと目見てそれが確認できるのでしょうか」

 「できます。地球の引力圏から脱すると、つまり地球とのつながりで暮らしている段階を超えて純粋に霊的といえる段階まで到達すると、ある種の光輝を発するようになり、それを見ればそれが誰それで、どの程度の霊格を具えているかが一目瞭然となります。理解しにくいですか」

 「いえ、そんなことはありません。地上でも、人に会った時などにその人がどんな人物であるかが、話を交わす前から分かることがあります」

 「そうでしょう。オーラに刻まれているのです。こちらでも同じです。ただ、はるかに強烈になるということです」

 「地上で有名人だった人とは別に、そちらへ行ってから有名になった人がいるものでしょうか」

 「もちろんですとも。地上での名声は単なる〝生まれ〟に由来し、他に何の原因も無い場合が多いものです。生きざま、努力、苦労によって克ち得たものでない場合が多いのです。そうした中で全く名を知られず偉大さを認められなかった人物が、こちらへ来てそれに相応しい評価を受けている人が大勢、実に大勢いるものです。魂こそ消そうにも消せないパスポートなのです」


 「書物あるいはそれに類するものがありますか」

 「あります。書物なら実にたくさんあります。地上にある本の全ての複製もあります。地上にない本もたくさんあります。こちらには芸術の全分野の資料を集めてある巨大な建造物(ホール)がいくつもあり、その中に印刷物も含まれております。あなた方が興味を抱くものならどんなものでも用意してあります」

 「誰れが用意するのですか」
 「著述の専門家、書物を用意することを専門にしている人たちです」
 「霊が手に取って読めるようにエーテル質で出来ているのですか」
 「もちろんですとも!」


 シルバーバーチは質問者が相変わらず死後の世界を夢まぼろしのように想像していることにいささか呆れ気味であるが、このあとさらに「同じ本が他の人には違ったものになったりすることはありませんか」と聞かれて、その〝夢まぼろし観〟の誤りを次のように直していく。

 「そんなことはありません。ところであなたは夢の中で本を読んだことはありませんか」
 「ありませんけど、どんなものであるかは想像できます」
 「その場合それは本物の書物でしょうか」
 「いいえ」

 「ではもしあなたが永遠に目覚めないと仮定したら、その夢はあなたにとっていつまでも現実であり、その夢の中の生活と比較すべき覚醒時の生活がない以上は夢の中で起きたことはことごとく現実であり、逆にそれまでの覚醒時に起きたことは全て夢まぼろしであったことになりませんか。

 死後の世界ではそうした夢の中での精神的過程が何倍もの強烈さをもって働くと思っていただけば良いのです。そうした精神状態はこちらの世界の者にとっては実在であり、あなた方が物質に実感を覚えると同じように、霊にとっては実感があるのです」


 「何だか怖いような気がします」
 「なぜですか」
 「どうも私にはその生活が現在の地上の生活のような実在感を伴った、しっくりとしたものではないように思えるのです」

 「それは全く相対上の問題にすぎません。実際は地上生活は霊界という名の太陽によって出来た影にすぎません。地上生活は殻であり実質がないのです。物質が霊によって存在が与えられている以上、物質界には真に実在と言えるものは何一つ存在しません。物質というのは霊的実在の波長によって形を与えられた表現の一つに過ぎません」

 「私があのように申し上げたのは、私には、同じく美しいものでも主観的なものは客観的なものほど楽しくないからです」

 「いま主観的と思っておられることが客観的となり、客観的と思っておられことが主観的となります」

 「そう理解するには個人的な実体験が無くてはならないでしょう」
 「そのとおりです。でも今あなたはその実体験が無いわけではないと思いますが・・・・」
 「夢の中でのことでしょうか」

 「いえ、あなたご自身の精神の中でのことです。たとえば、あなたは奥さんをとても愛しておられる。その愛は主観的でしょうか客観的でしょうか」
 「両方が一緒になってると思います」

 「でも愛というのは霊と精神の属性です。そうでなかったら永続性はありません。実在はかならず内部から発するものです。あなた方は物的身体を持った霊的実在です。永遠の実在は霊であり、肉体ではありません。肉体が朽ちて元の原素に戻っても霊は存在し続けます」


 ある時シルバーバーチは、今霊界の奥から帰ってきたばかりだと述べ、その目的はこれまでの仕事の進展ぶりを総点検し、これから先の仕事のための新たなエネルギーを摂取するためであると説明してから、さらにこう述べた。
 
 「こうして再び地上へ戻って来る時の私の気持ちは何時も〝味気なさ〟です。この表現でもまだ十分に意を尽くしていません。地上には光と生命が欠けています。うっとうしくて単調で、活力に欠けております。まるで弾力性を失ったクッションのようで、何もかもがだらしなく感じられます。いきいきとした魂、愉快な精神の持ち主はきわめて稀れです。

全体を無気力の雰囲気が支配しています。生命のよろこびに満ち溢れた人は少なく、絶望と無関心がはびこっております。多分あなた方自身はそれに慣れっこになっているためにお気づきにならないのでしょう」
 
 「私たちにもそれは感じられるように思います。世を拗ねた心がはびこっているようです」

 「それは取りもなおさず戦争に対して払わされている代償です。あれだけの激しさをもって一気にエネルギーを使い果たせば、その結果として衰弱を来すのは当然のことではないでしょうか。かくて熱気、情熱、熱心さが見られないわけです。

私は全てが光り輝く色彩豊かな境涯からやってまいります。そこでは心は真の生きるよろこびにあふれ、各自が自分に合った仕事に忙しく携わり、芸術の花が咲き乱れ、全ての者が奉仕の精神にみなぎり、自分が持っているものを持たざる人に分け与え、知らざる人を教え導くことを喜びとし、情熱と迫力とよろこびをもって善行に励んでおります。

 その点この地上は全てが今述べたような陰気さに包まれております。しかし、ここが私どもの奮闘しなければならない土地なのです。ここが私たちが奉仕しなければならない領域なのです。ここが全力を投入すべき場なのです。

一人一人が神の無限の可能性を秘めた統一体としての一部なのです。自分という存在の内部に日常生活のあらゆる問題を克服していくためのインスピレーションとエネルギーを摂取する手段を宿しているのです。その永遠の実在に気づいている人、あるいは奥に秘められた能力を引き出す方法を心得ている人は極めて稀れのようです。

そうなると当然、物質的生活と同じく実感のある霊的生活───本当はより実感があるのですが───の豊かさとよろこびを味わえるはずなのに、物的生活の味気ない単調さの方を好む者が多いことになります。私がなぜこんなことを言うのかお判りですか」


 「判ります。でも、死後の世界にも地上よりはるかに面白くない境涯があるのではありませんか」

 「それは事実です。測り知れない程の絶望の淵から天上的喜悦の境涯まであります」

 「そうした奈落の底にいる者にとっては地上は天国のように思えることでしょう」
 「何ごとにつけ、比較の仕方によって良くも悪くもなることは事実ですが、私が較べたのは、これまで地上で見てきたものと、先ほど行ってきた天上の境涯です。

ですが、地上の人々もここに集える私どもと同じ知識を身につければ、少しもみじめに思う必要はなく首をうなだれることもないでしょう。元気づけてあげることが出来るということです。全ての力の根源は霊にあり、永遠の富を獲得することは人生の悩みのタネとなる物的なものよりも大切であることを悟ることでしょう。

 私の目には、あまりに多くの人間がその貴重なエネルギーを浪費させることにしかならない事で悩み、怖れ、取越苦労している姿が見えるのです。重点の置きどころが間違っているのです。視点を間違えているのです」


 さらに質問者が霊界での睡眠や休息について尋ねると、シルバーバーチは少し調子を変えてその質問者にこう述べた。

 「どうやらあなたは死後の世界についての疑問でいつも頭が一杯のようですね」
 「正直言ってそうなんです。もちろん聞かされた通りを盲目的にそうなのだと思い込めばよいのでしょうけど、どうも私の本性がこうして問い質させるようです」
 
 「私が盲目的な受け入れをよろこばないことはご存知でしょう。霊界ではベッドが欲しいと思う人は用意していますが、寝る必要はありません。夜が無いのですから」

 「寝る人もいることはいるのでしょう?」 
 「もちろんいます。寝なくては、と思うからです。実相に目覚めた霊は寝ません。土手に腰を下ろして休みたいと思えば休みます。が、疲れたからではありません」

 「座って冥想するのが気持ちが良いからでしょう」
 「それもありますが、自然の美しい景観を眺めながら誰かと交信するということもあります。ただし〝済みません、少し疲れましたので、一服しようと思います〟とか、〝急いで食事をとってきますので・・・〟といったようなことにはなりません。食事を取る必要はないのです。

もっとも、食べたいという気持ちが残っていれば別ですが・・・肉体のように栄養を補給しなくてはならない器官がないのです。バイブレーションが物的ではありませんから・・・・・・」 

Monday, September 28, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch

Edited by Sylvia Barbanell




八章 背後霊の仕事

 
 ある日の交霊会で、霊媒の背後霊の中にはわれわれ人間でも知っているようなことを知らない霊がいるのはなぜか、と言う質問が出された。これに対してシルバーバーチはこう答えた。

 「背後霊にもいろんな種類があります。目的がいろいろとあるからですが、その霊がすべて同じレベルにあるわけではありません。交霊会において各々に割り当てられる仕事は成長と発達の度合いによって異なります。

宇宙の機構について詳しい霊がいても、あくまでその時点までのその霊の経験の結果としての知識を述べるのであって、まるで知らないことについては答えられません。知らないことは何一つないような霊は決していません。

 たとえば物理実験会で門番のような役をしている霊は高等な思想上の問題はよく知りませんし、高等な思想・哲学を説くことを使命としている霊は物質化現象をどうやって起こすかといったことは、まるで知りません。霊をぜんぶ同一水準に置いて考えることは禁物です」

 「どんな霊が背後霊となるのでしょうか」

 「血縁関係のある霊もいれば、地上的な縁故関係はまったくなくて、果たさんとする目的において志を同じくする者、言ってみれば霊的親近感によって結ばれる場合もあります。そこには民族や国家の違いはありません。地上を去り、地上的習性が消えていくと、民族性や国民性も消えていきます。魂には民族も国家もありません。あるのは肉体上の差異だけです」

 「背後霊として選ばれる基準は何でしょうか」

 「地上世界の為に為すべき仕事があることを自覚して、みずから買って出る霊もいますし、ある霊的な発達段階まで来ている霊が、人類啓発の使命を帯びた霊団から誘いをかけられる場合もあります。

 私はその誘いを受けた一人です。自分から買って出たのではありません。が、やってみる気はないかと言われた時、私はすぐに引き受けました。正直言ってその仕事の前途は、克服しなければならない困難によって〝お先まっ暗〟の状態でした。しかし、その困難は大体において克服され、まだ残されている困難も、取り除かれたものに比べれば、きわめて小さいものばかりです」

 「誘われた場合は別として、自分から申し出た場合、その適性をテストする試験官のような人がいて合否を決めるのでしょうか」

 「ズバリそうだとは言えませんが、それに似たことは行われます。こちらの世界は実にうまく組織された世界です。人間には想像できないほど高度に組織化されております。それでいて、その仕事を運用するには、こうした小さな組織が必要なのです。私たちの霊団の中にはあなた方も名前をよくご存知の方が何人かいます。

ところが、どういうわけか、揃って遠慮がちな性格の人ばかりで、私が出なさいとけしかけても、何時も〝あなたからお先に〟と言って後ろへ引っ込むのです。

 さて、たとえばあなたが自分の霊団を組織したいと思われても、霊の方があなたの仕事に共鳴して集まってくれなくてはだめですし、また呼び寄せるだけの霊力を発揮できる段階まであなたが進化していなくてはなりません。こちらの世界ではその人の人間性が全てを決します。絶対的実在は霊なのです。

それには仮面も変装も口実もごまかしもききません。何一つ隠せないのです。全てが知れてしまうのです」


 「その人の適性が霊性にはっきり出ているということでしょうか」
 「そのとおりです。なぜかと言えば、その人のオーラ、色彩、光輝がその人の本性を示しているからです。教える資格もない者が先生ヅラをしてもすぐにバレます。

その人には教えられないことが明らかなのですから。ですから、あなたが人類のための仕事に志を抱く霊を呼び寄せようとしても、あなたご自身が霊的成長によって霊を引きつける力を具えていなければ、それは叶えられないということです。お判りになりますか」

 「私が知りたいのは、そういった十分に成長していない霊が霊団の一員として働かせてもらえないのは、どういう経緯でそうなるのかということです」

 「働けないから、というに過ぎません。資格のない者にはやりたくても出来ないのが道理でしょう。その霊には霊力もエネルギーも放射線も人間も引き寄せることは出来ません。それを手にするに値するだけの鍛錬がまだ足らないということです。霊媒をコントロールするには人間側の協力も必要なのです。

実に入り組んだ過程を経なければなりません。うまく行っている時は簡単そうに見えますが、うまく行かなくなった時に、その一見単純そうな過程のウラ側の複雑な組織がちょっぴり分かります」

 質問者はさらに突っ込んで、通信霊が他人の名を騙ることがある事実を上げて、なぜそれが霊団の方で阻止できなかったのか、本物かどうかを見分ける方法はないかと尋ねた。すると───
 「実によりて木を知るべし(マタイ7・20)と言います。もし仮にこの家のドアを開けっ放しにして門番も置かなかったらどうなります?誰彼なしに入り込んできて好き勝手な文句を言うことでしょう。そこで時刻を決めてドアを開け、門番を置いて一人一人チェックすることにしたらどうなります?まったく話は違ってくるでしょう」

 「おっしゃる通りです。ということはレギラーメンバーで定期的に開くのが安全ということでしょうか」

 「そうです。むろんです。ぜひそうあらねばなりませんし、それに、身元のはっきりした専属の支配霊がいて、その霊の存在を確認しない限り通信は許さないということにすることです。私どもの世界も至って人間的な世界です。最低から最高までのありとあらゆる程度の人間がいて、その中にはしきりに地上に戻りたがっている者が大勢います。

その全てが指導する資格を持っているわけではなく、教える立場にあるわけでもなく、聖人君子でもありません。至って人間くさい者がいて、人間界への働きかけの動機にも霊的なところがない場合があります」


 「きちんとした組織をもった交霊会では通信霊のチェックが行われるのでしょうか。他人の名を騙ってしゃべることは不可能でしょうか」

 「きちんとした交霊会では不可能です。この交霊会は始まってずいぶん長くなりますが、その間ただの一度もそういうことは起きておりません」

 「霊界に組織があって、通信霊本人が述べる証拠とは別に、その組織が身元を保証してくれるようなことがあるのだろうかと思っておりましたが・・・」
 「保証には二つあります。一つは通信霊が出す証拠に自然に具わっているものです。いつかは必ず正体を見せます。もう一つは、これはとくに初めてしゃべる霊あるいは、せいぜい二度目の霊に言えることですが、その会を指揮している支配霊による身元の保証です。

私のみる限り、何年も続いている有名な交霊会の支配霊は信頼できます。もっとも、だからと言って───私の話しはいつもこのことに帰着するのですが───そうした交霊会に出席している人が一瞬たりとも理性的判断をおろそかにしてよいと言っているのではありません。これは神からの贈物です。

支配霊が誰であろうと、通信霊が誰であろうと、もし言っていることが自分の理性に反発を感じさせたら、それはきっぱりと拒絶するのが絶対的義務です。

 私たちの仕事の基本は〝協調性〟にあります。あくまでも人間側の自由意志と腹蔵の無い同意のもとに手をつなぎ合って進まないと成功は得られません。しばしば言ってきたことですが、私の言うことがどうも変だと思われたら、どうぞ受け入れないでください。拒絶してください。

私は絶対に誤りを犯さないとか叡知の全てを所有しているなどとは思っておりませんから、同意が得られない時はいっしょに考え合って、お互いに勉強していきましょう。

 そういう方法で行けばきっと成功します。威圧したり強制したりして仕事を進めるやり方は私たちは取りません。神から授かった理性の光で導き、一歩一歩みずからの意志で踏み出すように仕向けます。

 私たちが絶対に誤りを犯さないとは申しません。もっとも、故意の偽りを述べることとは全く別問題です。実によりて木を知るべし───これは実に良い判断方法です。

もし利己主義や欲得を煽るような、あるいは世間への義務を疎かにさせたり、汚ない考えや隣人への思いやりに欠ける言葉を吐くようなことがあったら───もしも慈悲の心を忘れさせ自己本位の生き方を勧めるようなことがあったら、それが立派な罪悪性の証拠と言えます。

 が、私たちの訓え、私たちの説く思想は、こちらの世界から発せられる全てのものの底流にある唯一の動機、すなわち〝人のために自分を役立てる〟ということを第一に強調するものです。皆さんも互いに扶け合い、自分が得たものを他人に分け与え、かくして神の恩寵が世界中に広がるように努力していただきたいのです。

実によりて人を知るべし───これが最後に勝利を収める方法です。なぜなら、それが神の御心であり、その神は愛と叡知によって動かされて、大自然の法則を通じて働いているからです」


 実はその日の交霊会の初めに、交霊会で使用されるエネルギーについての質疑応答があった。その中でシルバーバーチは、前回の交霊会はあまりうまく行ったとは言えませんと述べ、その理由をこう説明した。

 「私がエネルギーを使い果たし、保存してあるものの一部まで使ってしまったからです。でも今夜はその心配はありません。私は全身に力が漲り、いただいた分量を全部たくわえております」

 「貯蔵庫が満タンということですね」

 「はい、満タンです。溢れ出ているほどです。私どもにそのエネルギーに浸らせて下さい。そしてその一部を頂戴させて下さい」

 「どこから摂取するのですか」

 「あなた方からです」

 「私たちだけではないでしょう」

 「いえ、皆さん全員からです。皆さんが仕入れ先です。私と貯蔵庫とをつなぐエネルギーを提供してくれるのが皆さん方ということです」

 「むろん霊媒からも得ているわけですね」

 「もちろん。霊媒の持つ力によって私があなた方と話し、いろいろと無理難題を申し上げているわけです」

 「摂取するのは私たちがここに集まってからですか、それともそれぞれ別のところにいる時ですか」
  
 「ここに居られる間に摂取いたします。ここが一ばんやり易いのです。お一人から少しずつ摂取するのですが、少しずつを沢山集めれば分量も多くなります。それを混ぜ合わせ、それに別の要素を加えることによって必要とするものが出来上がります。簡単です。もう皆さんはお分かりでしょう」

 「エクトプラズムと同じものですか」

 「同じです。ただし、質をずっと精妙化して使用します」

 「でも本質的には同じものでしょう」

 「皆さんから摂取するのは同じ物質です。エネルギーという謎めいた用語がよく使用されますが、これは要するに宇宙の生命力の一部であり、あなた方の言うエクトプラズムもその一つの変形にすぎません」

 「でもエクトプラズムは後で全部本人に戻されると思っていましたが・・・」

 「そうなのですが、必ずそのごく一部分だけが戻されずに残ります」

 「貯蔵庫が空になった時は戻さずに取っておくわけですか」

 「そうです。それに霊界で調合したもの───その調合にも同質の物質、全く同じものではありませんが、ほぼ同質のものを列席者から抽出しますが───を混ぜ合わせて、一回の交霊会に必要な分量をこしらえて、いざという時のためにその一部を取っておきます。生命力の一部です。大体こんな説明しかできませんが・・・」

 「余分を取っておかないと仕事ができないのでしょうか」

 「できないことはありませんが、霊媒に大きな負担を掛けることになります。もしかしたら話す力まで奪われてしまうかも知れません。そうなると何もできないことになります」

 「別に私は余分に取っておくのがけしからんと言っているのではありません。なぜかを知りたかっただけです」

 「私の方には、お答えする場合に余り多くを語りすぎないようにとの配慮があるのです」

 「なぜでしょう。なぜ全てを教えてくれないのですか」

 「一つには、お教えしたくても出来ないということ、もう一つは、語ることを許されていないこともあるということです。それを知ることを許されるには、ある一定の霊的成長が指標となります。そこまで進化しないと、その知識をもつことを許されないのです」

 「たとえ理解できても、身体に宿っているとその知識を間違ったことに使用する可能性があるということでしょうか」

 「そういうことです。もっとも、私どもの世界からのちゃんとした協力が得られれば別です。が実際にはいったん高度な知識を手にすれば、それを間違って使用することはないでしょう。と言うのは、その知識を得たということは、その正しい使用法を心得る段階まで向上していることを意味するからです。

 全ては摂理によって規制されているのです。入れ替わり立ち替わりしゃべりたがる低級霊の場合は別として、名の知れた支配霊が道徳的に首をかしげたくなるようなことを言った例は決してないはずです。非難したり中傷したり陰口を言ったり、つまり低俗な人間のするようなことを支配霊がしたためしはないはずです。

人類を導く者としての資格があるか否かを見極める仕事をしている霊を得心させるだけの器量が無くてはならないからです。自分がコントロールできない者がどうして他人を正しい道へ導くことができましょう。でも、最後はあなた方自身が判断なさることです。

 私たちに設けられた基準は実に高度なものです。何しろ混迷する人類を導くという使命に携わっているのです。指導者として十分な器量を具えていなければなりません。そこでこの仕事に携わる者は厳重な監視下に置かれます。また成果を報告し、細かい吟味を受け、仕事を更に進展させるための再調整が為されます。

私がいつもあなた方に、全てを安心して霊の世界の者にお任せしなさい、と申し上げるのはそのためです。あなた方に敬愛をもち、あなた方のために働き、さらにあなた方を通じて他の人々へ援助の手を差しのべたいと願っているスピリット、それだけを唯一の願いとしているスピリットであることは十分に証明済みのはずです」


 さて、支配霊は優れた霊媒をもつ交霊会を何年催していても、常に新しい体験をさせられるものである。その一端を見せたのが、霊媒に憑っている間は物が見えてないのか、耳は聞こえてないのかという質問が出された時だった。

そんな質問が出たのは、ある日の交霊会の進行中にスワッハーが遅れて入って来て、列席者の一人がスワッハーのために席を移動したことにシルバーバーチが気がつかなかったからである。その質問に対してシルバーバーチはこう答えた。

 「幾分そういう傾向があります。それは私が霊媒の器官をどの程度までコントロールし、一方、霊界との連絡網が何本使用できるかに掛かっています。全部が使える時、つまり一、二本で四苦八苦するような状態でなければ、コントロールが完全ですから、その間は私は霊媒になり切っており、霊媒の体験することはみな私も体験します。

 ですが連絡網が制限され、わずかに残ったもので何とか交霊を維持しなければならない時は、必然的に霊媒との接触の仕方が弱くなり、必要最少限の中枢網しか使っていませんから、その分だけふだんよりはコントロールできていないことになります」

 「となりますと、交霊会の始まる前に霊媒がどこの席に誰が座っているということを知っていても、入神した霊媒を完全にコントロール出来ない時は、あなたには誰がどこにいるということは判らないということになりませんか」

 「細かく説明しましょう。何であれ物事の事情というものは、うまく説明できると面白いものです。私があなた方に話をしていると〝回線良好〟との信号が出ます。そこでこの回線に繋ぐと情報が入ります。その情報を私が皆さんに伝えるわけです。その操作にはかなりの集中力を要しますが、それは、重大なことほど余分に注意力が要ることを意味しています。

 さて、あの時スワッハーが入ってきたので私は〝ああ、スワッハーですね〟と言いましたが、どこに座るかは注意していませんでした。それで、誰かが私のすぐ近くに来る音がした時てっきりスワッハーだと思い、その方向を向いて〝ようこそ〟と言ったわけです」

 ここでその席に移った本人が〝そうでしたね〟と相づちを打つと、シルバーバーチはさらにこう続けた。

 「するとあなた(相づちを打った人)が挨拶をされたその声で、あなたがスワッハーに席を譲られたことを知ったわけです。聞く能力は完全でしたが、見る能力はあの時は十分ではありませんでした。それで私は音のする方向を向いて〝ようこそ〟とは言いましたが、せっかくの良好な回線を乱したくないので、それ以上は言葉を交わさなかったわけです。これで謎は解けたと思いますが・・・・」

 「もし誰かがこっそりと部屋を出て行ったら分かりますか」

 「それはいつ出るかによります。今でしたら分かります。集中力を要する回線に合わせている時、中枢網だけでやっと霊媒との関係を維持している時は、他のことには構っておれません。私はその時その時の大事なこと、基本的なことに目を向けておりますので・・・」

 「誰かが途中で入って来たら交霊の状態が乱れますか」

 「常連(レギュラー)であればそういうことはありません。ふだんからその人のオーラを通じて霊力を供給してきており、その融合が交霊に必要なエネルギーとなっているからです。初めての人がいきなり入って来ると話は別です。まったく新しい要素ですから。

 出席者が常連であれば、入神状態に関するかぎり、明りがついていようが消えていようが、皆さんが脚を組まれてようが開かれようが、関係ありません。霊的エネルギーがコントロールされ安定しているからです。が、初めての人ばかりの集まりだとすると、入神談話のための条件を改めて整える必要が生じるでしょう」

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch

Edited by Sylvia Barbanell




七章 霊媒が入神している時


 入神中の霊媒をコントロールしているとき支配霊はどんな苦労をしているのだろうか。これから紹介するのは時おり催される〝質疑応答だけの交霊会〟の席でシルバーバーチが語ったことである。

 最初の質問は、出席者からの質問を聞いてそれに答えるときは霊媒の耳と口を使用しているのかということだった。


 「そうです。この霊媒に憑っているときは全ての点でこの霊媒自身になり切っております。潜在意識を活用して必要な部分を全部コントロールしております」


 「ということは、この霊媒に憑っている間は霊界との連絡は絶たれているということでしょうか」

 「そうではありません。うまくコントロールするコツ───やはりコツがあるのです───は霊媒を操りながら同時に霊界との連絡をいかにして維持するかという点にあります。一方で通信網を保ちながら、他方で情報の供給源との接触を維持しなければなりません。

 戦時中はその通信線が一、二本に制限されてしまったという話をしたことがあります。その意味は、この霊媒のコントロールに関する限り状態が非常に良くなかったので、通信網を一本また一本と断念しなければならなかったのです」

 「時おり〝また一本切れました〟とおっしゃってましたね」 

 「そうなのです。コントロールしている最中に邪魔が入ったのです。故意にやられる場合もあれば意図的でない場合もありますが、とにかく私は生命線の一本を失ったようなもので、修理班を派遣しておいてコントロールだけは維持しなければなりませんでした。

実に入り組んだ原理で行われており、電話で話をするのとは比べものにならないほど複雑です。電話の場合は少なくとも対話する人は同じ次元におります。私たちはまったく異なる次元で通信しなければならないのです。

 そういうわけで霊格の高い支配霊はある程度その本来の個性を犠牲にすることになります。と言いますのは、その本来の質の高い個性のままでは鈍重な地上界とは感応しませんので、調整のために波長を下げなければならないのです」


 次の質問は「入神中の霊媒は何か特殊な感じを覚えているのでしょうか」ということだった。
 「入神中は何の感覚もありません。入神の前と後にはありますが、入神中はありません。そのわけは、そもそも入神するということは周囲の出来ごとに無感覚になることを意味するからです。もちろん入神にも浅いもの、意識がぼんやりとする程度のものから完全に無意識になってしまうものまであります。

その完全な状態まで入神したら、まったく感覚が無くなります。そこまで至る初期の段階では住々にして何らかの感覚を覚えます。それは霊媒の意識が身体と連動して機能していないことによります。

 その時の感覚もさまざまです。外界の明るさを感じる人がいます。遠くまで行く、というよりは、行ったような気がする人もいます。自分の口で語られていることを遠くで聞いているような感じがする人もいます。実にいろいろです」


 別の交霊会ではこうも語っている。

 「私たちの仕事には二つの段階があります。第一は、これは非常に難しいことですが、私たちの仕事を地上に根づかせることです。これがいかに難しいか、皆さんにはお判りいただけないと思います。

物質の世界との直接の接触なしに影響力を行使する───純粋に精神のみの働きかけ、意念の集中、思念の投射を地上の一人の人間に向けて行います。本人はそれを無意識で受け、自分の考えのつもりで交霊会の行われている場所へ足を運びます。

 これは実に難しく、何年も何年も要します。私の場合はこの霊媒が生まれる前から準備を開始したほどです。その段階が終わると、第二の段階はさほど困難は伴いません。

すでに道具、霊媒、チャンネルが出来ているのですから、あとはそれを通じて言いたいことを述べるだけです。伝わり具合の問題がありますが、少なくとも磁気的なつながりができたわけで、それは容易に切れるものではありません。

 それをきっかけに霊的影響力をいくらでも増すことができます。言わば霊力の通風孔をどんどん大きくしていくことが出来るわけですが、唯一の限界は霊媒の受容力にあります。それが私たちの協力関係における制約となっております。とかく問題が生じても、全てその要因は私たちの方にあるのでなく、私たちが使用する道具にあります。

なぜ霊はこうしてくれないのか、ああしてくれないのか、とよく言われますが、それに対する答えは、霊媒という道具がそれを可能にしたり不可能にしたりしているということです。

 それはともかくとして、磁気的なつながりが出来あがってしまってからは、事がずっと簡単になります。私たちの世界を通して高い界からの霊力が地上へ届くようになるからです。人間の方から進んで内的自我を開発する意識に目覚めてくれれば、死の関門を通過するまで待たなくても、今すぐからその真の自我を発揮することになります。

 そうなると、時の経過とともに霊的な交わりがいっそう緊密に、豊かに、そして効果的になってまいります。そうなってからは、前もって計画されているさまざまな人たちを一堂に呼び集めることは、さほど難しくはありません。

こう申し上げるのは、今日ここにお集まりの方々が、一人の例外もなく、霊力を受けやすいこの場に導かれて来ていることを知っていただきたいからです。それを受けられたあなた方は、自分がそうしてもらったように他の人々へそれを伝達する手段となることができます。

 こうして、結局は最初に申し上げた話に戻ってきました───私に礼を述べないで下さいということです。皆さんが明日を思い煩うことなく人生を歩めるのは、皆さん自身がみずからの自由意志で、霊力の働きの範囲内に連れて来られる段階を踏んできたからこそなのです。

 皆さんの生活の中に霊的知識がもたらされたことを常によろこばなくてはいけません。それがさらに、地上世界の恩恵だけでなく、その背後にある、より大きな恩恵まで思いのままに受けさせてくれる霊的知覚の存在を認識させてくれます。

 あなた方は地上だけでなく私たちの世界からも愛を受けていること、血縁とは別の縁で結ばれている霊がいて、血縁同様にあなた方を愛し、能力の限り指導に当たってくれていることを喜ばなくてはいけません」

 そう述べてもなお古くからのメンバーが繰り返し感謝の言葉をシルバーバーチに向けると───

 「いえ、私への礼は無用です。このことは極力みなさまに判っていただきたいと願っていることです。私がそう申し上げるとき、決して口先だけの挨拶として言っているのではありません。皆さんは私を実際に見たことがありません。

この霊媒の身体を通して語る声としてしかご存知ないわけです。ですが私も実在の人間です。感じる能力、知る能力、愛する能力をもった実在の人間です。

 この仕事に携わる者の特権として私には幾つもの段階をへて送られてくる莫大な霊力を使用する手段が授けられております。必要とする人々へ分け与えるために使用することが私に許されているのです。私たちの世界こそ実在であり、あなた方の世界は実在ではありません。そのことは地上という惑星を離れるまでは理解できないことでしょう。

 あなた方は幻影の中で生きておられます。全て〝影〟なのです。光源はこちらの世界にあります。実質の世界です。こちらへ来て始めて生命とは何かということがお分かりになります。その真実味があまりに強烈であるために、かえってお伝えすることができないのです。

どうか、私のことをあなた方の兄貴だと思ってください。あなたを愛し、いつも側にいて、精一杯あなたを守り導きたいという願望をもって腐心している兄貴と思ってください。

 私はあなた方が気づいておられる以上にしばしばそれぞれのお家を訪れております。私に敬愛を覚えてくださっている家庭を私の地上での家庭であると思っているのです。状態がどうも良くないとき───地上での仕事にはよくそういう時があるのです───そんな時に敬愛に満ちたあなた方の光輝で温めてもらいに来ることができるということは大いなる慰安の源泉です。

 私たちは、やっていただいたことに対しては必ずそれなりの支払いを致します。いつもこう申し上げているのです───施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており、差引勘定をすればいつも戴いたものの方が多くなっていると。施す者が施しを受けるというのが摂理なのです。

なぜなら、施しをしようとすることは魂の窓を開き、精神を広げ、心を大きくすることであり、その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです。ですから、私に礼をおっしゃることはないのです。私がしていることは実に些細なことに過ぎないのですから」


 ここでメンバーの一人が第二次世界大戦中にシルバーバーチへの信頼心が大きな支えになったことを告げると、シルバーバーチは、

 「私のことを私の背後に控える大きな存在の表象、代弁者、代理人と思って下さい。その大きな力があなた方を包み、支え、その力があなた方を導いているのです。どこにいてもその知識を携え霊の世界との協力関係を確立した人は、イザという時にその豊かな力を呼び寄せることができます。

 皆さんのような方が怖れたり、取越苦労をしたり心配したり狼狽したりする必要はまったくありません。完璧な信仰は完璧な愛と同じく全ての恐怖心を追い払うものだからです。人間が恐れを抱くとまわりの大気を乱す波長を出し、それが援助しようとする霊を近づき難くします。

霊的な力が地上において本来の働きをするためには、静かで穏やかな確信───全ての恐怖心が消え、より大きな生命力と調和した光輝が漂い、何が起きようと必ず切り抜けられることを信じ切った、そういう確信が無ければなりません」

 「ですから、これまで成就出来たことは全てあなたのお蔭だと申し上げているのです」とメンバーの一人が言うと、心霊治療で救われた別の一人が、

 「ほんとに大きなお蔭をいただいたと感謝しております」と述べた。するとシルバーバーチが述べた。

 「確かにあなたの場合は格別に霊力の見事さを見せつけられた生き証人ということが出来るでしょう。といって私たちは盲目的な信仰、理性が同意できない信仰、不可能なことを要求し奇跡を期待するような信仰をお持ちなさいと言うつもりはありません。

現段階での人類は全ての知識を手に入れることは期待できません。一人一人の受容力と、能力と、霊的発達程度に応じただけの知識が授けられております。

 さて、その知識を人生哲学の基礎とすれば、これまでに受けた恩恵の大きさに艦みて、これからも背後に控える力があなた方を見離すはずはないとの〝信仰〟をもつことができます。

 ある程度は〝信じる〟ということがどうしても必要です。なぜなら全てを物的な言葉や尺度で表現することは出来ないからです。霊の世界の真相の全てを次元の異なる物質界に還元することは出来ないのです。

しかし、ある程度は出来ます。それを表現する能力を具えた道具(霊媒・霊覚者)が揃った分だけは出来ます。それを基礎として、他の部分は自分で合理的と判断したものを受け入れて行けばよいわけです。

 いつも申し上げているように、もしも私の言っていることが変だと思われたら、もしもそれがあなたの常識に反発を覚えさせたり、あなたの知性を侮辱するものであれば、どうか信じないでいただきたい。私がいかなる存在であるかについては、これまでにも必要なときに、そしてそれを可能にする条件が許す範囲で、明らかにしてきたつもりです。

それ以上のことは、あなたの得心がいくかぎりにおいて、あなたの私への信任にお任せします。ですが、これだけはぜひ申し上げておかなければなりません。

これまでを振り返ってご覧になれば、あなた方の生活の中に単なる偶然では説明のつかないものが数々あること、私ども霊団とのつながりができてからというものは、援助の確証が次々と得られていることを示す具体的例証を発見されるはずだということです。

 私は本日ここに集まっておられる方々の背後で活躍しているスピリットのあなた方への心遣いについて、いちいち申し上げようとは思いません。とても短い時間ではお話しできないでしょう。ですから、せめて次のことを素直に受け入れていただきたい。

すなわち背後霊はみなこうした機会を通じて皆さん方が愛の不滅性───こうして志を同じくする者が集まった時に心に湧き出る大いなる愛の情感は、墓場を最後に消えてしまうものではないということを改めて認識してほしいということです」

 そして最後に出席者全員にこう挨拶を述べた───「本日こうして皆さんとの交わりを通じて、私がいつも皆さんの身近にいることを改めて認識していただくことができたことを深く感謝いたします」

 すると一番古くからのメンバーが「私たち一同、とても大きな慰めをいただきました」と言うと、すかさずシルバーバーチは次のように述べて会を閉じた。

 「あなた方こそ私たち霊団にとって大いなる慰めです。どうかこれまでと変わらぬ堅固な意志をもって歩んでください。皆さんはすでに数々の困難を切り抜けて来られました。試練の炎が猛り狂ったこともありました。しかし一つの傷を負うこともなく、その中をくぐり抜けて来られました。

恐怖心を抱いてはいけません。これは私が繰り返し繰り返し述べているメッセージです。あなた方を支援する力はこれから先も決して見棄てることはありません。

無限の力が何時もご自分の身のまわりにあり、愛によって導かれ、必要な時はいつでも無限の叡知に与(あずか)ることができるとの認識をもって、恐れることなく、不安に思うことなく、まっすぐに突き進んでください。

皆さんも私たちも、世界を愛と美と寛容心と同情心と正義と慈悲の心で満たしたいとの願いの元に手をつなぎ合っている神の僕です。その神の御力を少しでも遠く広く及ぼすことができるよう、心を大きく開こうではありませんか。その御力の感動、その確証、その温かさを自覚できる人は大勢いるのです。

 こうして神の使者として、みずからの生きざまを通して、私たちこそ神の御心に適った存在であり、その御心が私たちの行為の全てに反映していることを示す機会を与えていただいたことを素直によろこぼうではありませんか」

                
 

Sunday, September 27, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch

Edited by Sylvia Barbanell




六章 霊媒現象の原理

 ある日シルバーバーチのファンから寄せられた手紙に幾つかの質問が列記してあった。その質問とシルバーバーチの回答を紹介する。


質問 ㈠ ──霊媒というのは心霊能力のバッテリーを所有している人で、それが現象を起こさせるのでしょうか。

 「バッテリーと呼ぶのはどうかと思います。霊媒とは霊の世界を感識する能力を具えた人で、地上にあって霊的身体の能力を使用し、その結果として霊界のバイブレーションに合わせることが出来る人です。

 文字からも分かるように霊媒は一つの媒体であり道具であり中継者です。その機能が果たせるのは心霊的能力が発達しているからです。すぐ表面近くに存在するために作用するのが容易なのです。

 そこで当然、では心霊能力とは何か、霊の力とは何かという問題が出てきます。しかしこれはとても説明が困難です。霊的実在を表現する用語を見つけるのが容易でないからです。

 大ざっぱに言えば霊力とは生命力であると言えます。本質的にはありとあらゆる意識的活動を生み出すところのものと同じです。宇宙を支えている創造的エネルギーと同じものです。程度こそ違え、質においては同類に属します」


質問㈡ ──心霊能力はどうすれば身につけることができるのでしょうか。

 「心霊能力は何か持ち物を手に入れるような具合に自分の所有物とするのではありません。心霊能力が働くその通路となるということです。心霊能力は例外なく(潜在的に)全ての人間に宿されております。それは肉体を去ったのちの生活で自我を表現するための手段です。それを未発達の状態で所有しているのです。ふだん一般の人は使用していませんが、霊媒が使用して見せているわけです。

 と言っても、各自の能力がみな一様に同じ発達段階にあるわけではありません。潜在意識の表面まで来ている人は霊媒になろうと思えばなれます。霊視能力というのは霊体の目で見ることであり、霊聴能力というのは霊体の耳で聞くことです」


質問㈢ ──治病能力は心霊的エネルギーとは別のものでしょうか。

 「使用されるものは全て心霊的エネルギーですから、治病能力だけ別のものということはありませんが、数ある特質の一つであることは確かです。生命の根源はいかなる物的探求によっても捉えることは出来ません。地上の科学者の誰一人として、その根源、意識の起源を突き止めた人はいません。最高の頭脳をもってしても尚突き止められない神秘なのです。

 実を言えば霊こそ生命であり、又生命こそ霊なのです。地上界、霊界、宇宙のあらゆる世界におけるエネルギー、原動力、駆動力はその〝霊〟なのです。生命のあるところには必ず霊があり、霊のあるところには必ず生命があります。

 皆さんが地上生活を営めるのは霊的存在だからです。もし肉体から霊的本質が撤退してしまったら、物質界はまったく感識できなくなります。人間は毎晩死んでいるようなものだと言われますが、再びその身体に戻って来れるのは〝生命の糸〟(※)によって繋がっているからです。

睡眠中に万一切れるようなことがあったら、生命力は二度とその身体に活力を与えることができなくなります。(※日本では古くから〝霊の緒(たまのお)〟〝魂の緒〟〝玉の緒〟という字を当てて生命そのものの代名詞としても用いている。霊視すると銀色に輝いてみえるところから西洋では〝銀色の紐〟(シルバーコード)と呼ぶこともあるー訳者)

 肉体は霊の力によって動かされている機械です。あなたは肉体ではありません。地上にいる間だけその肉体に宿って自我を表現している〝霊〟なのです。肉体の用事が終われば霊は去っていきます。

 霊は無限の可能性を秘めていますから、その表現形態もまた無限です。これでおしまいという限界が無いのです。霊そのものに限界が無いからです。肉体器官を通して表現しているものの中で人間が馴染んでいるものとしては、考える、推理する、判断する、決断する、反省する、考察する、調査する、熟考するといった知的能力と、見たり聞いたり感じたり動いたり触れたりする感覚的能力があげられます。これらは肉体を通して自我を表現している霊の属性の一部です。

 肉体という制約から解き放たれると、霊はさらに広範囲の表現形態を通じて自我を表現することが可能になります。霊媒、すなわち霊界からの影響力を感識してそれを地上で再現することの出来る人をみれば、それがどの程度のものであるかが、ある程度まで判るでしょう。 

 どれほど多くのものを再現できるか、その質、その高さがどの程度のものになるかは、その霊媒の感受性一つに掛かっており、その感受性は他の要素すなわち心霊能力のその時の状態、霊的進化の程度、健康状態、天候、それに列席者の協力いかんに掛かっています。

 霊媒を通して霊的威力をさまざまな形で地上にもたらすことが出来ます。その時、物理法則とは別個の法則に従います。一見すると物理法則と矛盾しているかに思えますが、本質的には矛盾していません。

 治病能力というのはその霊的エネルギーの一つなのです。生命力の一部であるそのエネルギーを地上に作用させるのです。これにもいくつかの種類があります。そういうわけで、ご質問に対する答えは、簡単に言えば、治病力も霊の一部、一つの側面ということになります」

質問㈣ ──心霊能力は進化のある一定の段階まで到達すると自然に発揮されるのでしょうか。言いかえれば、人間はみな進化のある段階まで来ると超能力者になっていくのでしょうか。

 「答は〝イエス〟です。なぜならば人類の進化は潜在している資質を高めることに他ならないからです。ヒトは身体的進化はすでに頂点にまで達しております。次は精神的進化と霊的進化です。長い年月をかけて徐々に全人類が自己の心霊能力にますます目覚めていくことでしょう。

 しかし、ここで〝ただし書き〟が必要です。心霊能力を発揮するようになることが必ずしも霊的進化の程度の指標とはならないということです。霊的身体の持つ能力を全部発揮しても、魂そのものは少しも進化していないということも有り得ます。

本当の意味で霊的に進化し始めるのは、人のために役立つ仕事を目的として、霊界のスピリットの協力を得ながら心霊能力を開発した時です」

    ※         ※         ※

 別の日の交霊会にある有能な女性霊媒がご主人とともに出席した。この人は病気のために霊媒としての仕事をしばらく休んでおり、一日も早く再開したいと望んでいる。この方へのシルバーバーチのアドバイスには霊能者はもとより、これから霊能を開発したいと望んでいる人にとっても為になることが多いので紹介しておこう。まずシルバーバーチがこう挨拶した。

 「何年たっても霊的真理への忠誠心が少しも曇ることのない古い同志をお迎えすることは嬉しい限りです」

 「病気をしてからというもの、私は何だか背後霊との連絡が〝遮断〟されたみたいなのです。私の唯一の望みは人のお役に立つことなのですが・・・」

 「そのうち道が開けます。あなたにとって霊界の存在は他の多くの人々よりはるかに実感があります。霊界の驚異、よろこび、美しさ、光輝を数多く見てこられているので、もはやその実在は人には説明できないほどのものとなっております」


 「確かに実感をもって認識しているのですが、何かひとこと、背後霊からの導きの言葉が欲しくて仕方がないのです」

 「どの霊媒の場合も同じですが、霊能の行使が身体に害を及ぼすとみた場合は遮断せざるを得ないのです。それはあなたも理解出来るでしょう。本来の健康状態でない時は霊力が一時的に引っ込められることがあることを予期しなければなりません。でも、あなたはすでに苦難の時期を脱しておられます。

 これまで永い間あなたは霊界と交わって来られましたが、その間一度たりとも霊の影響範囲から迷い出られたことはありません。実はこれには非常に難しい問題が含まれております──例の自由意志の問題です。霊によるインスピレーションと指導とが、常にあなたの自由を犯しているのです。と言っても、すべては相対的な問題にすぎませんが・・・・・・

 あなたが今日あるのはその霊界との交わりの結果です。あなたはまさに協調の人生を送っておられます。あなたには自分一人の生活というものが無い。それは霊の方も同じです。その協調の仕事が始まった時から、厳密な意味での自由意志というものは存在していません。

なぜならば二つの世界の影響力が混じり合い、融合し、協調し合って、言わば互いに侵し合っているのです。そういう次第ですから、あなた一人が心配なさることはないのです。たとえ直接のメッセージは届かなくても、これまでに身につけられた知識を逸脱するようなことは決して生じないとの信念で、着実に歩まれることです」

 「よく判ります。冷静さを保ち、メッセージがないことを気にせず、ひたすら前向きに進めとおっしゃるのでしょうけど、私はいつも何か確証を求めるのです。いけないことかも知れませんが、用心の上にも用心をするに越したことはないと思うのです」

 「でも、今のあなたには心配なさることは何一つありませんよ。結婚なさってからというもの、お二人はずっと霊の世界から導かれています。これまでたどってきた道を振り返ってご覧になれば、常に導きを受けておられることがお判りになるでしょう。

 霊界からの導きによって全ての悩みが消えてしまうとか、足元の石ころがぜんぶ取り除かれると言っているのではありません。霊界の援助を得て事にのぞめば、あなた方お二人にとって大きすぎて解決できないような問題は決して生じないと言っているのです。

 振り返ってごらんになれば、霊の指先が道を指示してくれていることがお判りになるはずです。それが歴然としているものもあれば、あまりはっきりと認識できないものもありますが、常に進むべき道を指し示しております。難問で四方を取り囲まれていた時でも、結局は無キズのまま平然と切り抜けて来られ、一度も挫折したことはありません。

 これまでの長い年月を霊界で過ごして来た私は、地上の同胞を導く仕事に携わるスピリットが採用するさまざまな手段を知るところとなりました。それで判ったことは、それには一つの型(パターン)があり、私どもに協力してくださるスピリットの全てがそれに当てはめられているということです。そのパターンは仕事を開始するに先立って、きちんと取り決められます。

 手を差しのべてよい範囲があり、出しゃばってはならない限界があり、しゃべってはならない時があり、今こそしゃべる時があり、それに加えて必ず、その時どきの環境条件による制約があります。しかしそのパターンは厳然としており、指導に当たるスピリットはすべからくそのパターンに従わなくてはなりません。

前もってそういう取り決めがしてあるからです。私も、私よりはるかに霊格の高い霊団によって計画されたワクの外に出ることは許されません。そもそも地上で成就すべきものと判断を下した、もしくは計画したのは、その高級霊団だからです」

 「それはどういう霊ですか」とご主人が尋ねた。

 「光り輝く存在、高等審議会、神庁、天使団───どう呼ばれても結構です。要するに私どものする全仕事に対して責任をもつ、進化せる高級霊の集団です。私にはもうすぐその方たちとお会いする喜びが待ちうけております。

その時まず私の方からそれまでの成果をご報告申し上げ、同時に、私がどの程度まで成功しどの点において失敗しているかについて言い渡され、それによってこれから先の私の為すべきことを判断することになるのです。

 その霊団の上にはさらに高級な霊団が控え、その上にも又さらに高級な霊団が控えており、連綿として事実上無限に繋がっているのです。

 さて、(先ほどの説明に戻って)こうした指導体制は私たちに協力して下さる人々すべてに当てはまります。断言しますが、この仕事に携わるに至るまでの厳しい試練を潜り抜けた人が生活に困ったり、見捨てられたり裏切られたり、スピリットに対して抱いていた信頼心が挫けたり確信を失ったりすることは決してありません。

 それは絶対に有り得ないことです。そうした地上の協力者を通じて働いているスピリットを背後から指揮している力は、人間を悩ませる程度の試練や困難を乗り越えさせるくらいのことは何でもないことだからです。

ただし、そうした際に最も大切なのは〝確信〟です。背後の力に対する不動の確信───日常生活にとって必要なものは必ず授けてくださるという静かな確信です」

 ここでその女性霊媒から出た最初の質問に戻ってシルバーバーチが「あなたは、霊界からのインスピレーションではなくて自分の考えを述べているに過ぎないかも知れないと心配なさっておられるわけですか」と聞くと

 「それに、もっとお役に立てないものかと思って・・・」

 「あなたの使命はまだまだ終わってませんよ。授かっている能力がこれからも人のために、援助と指導と勇気を与えるために使用され続けることでしょう。まだまだお仕事は残っております。終わってはいません。

 許されるものなら、あなたの支配霊について、その方が霊界でいかに大きな存在であるか、これまでの体験でいかに崇高な資質を身につけておられるかをお伝えしたいと思うのですが、残念ながら許されておりません。

ただし、これだけは言えます。地上へ戻ってくる霊の中であなたの支配霊ほどの高級な霊はそう多くはいないということです。その霊格、その功績に対して私たちは崇高の念を禁じ得ません。

 実に偉大なる霊です。それほどの霊の愛と信頼を得たことをあなたは誇りに思わなくてはいけません。もうしばらく待たれれば再び霊媒能力を使用することができるでしょう。その時、前よりも一段と強力なものとなっていることを知られるはずです」

 この日の交霊界はクリスマスシーズンに入る直前のもので、毎年このあとしばらく交霊会は休会となる。シルバーバーチは最後にメンバー全員にこう挨拶した。


 「大きな困難の時に当たって私に示された敬愛の念に対して深く感謝いたします。あなた方の不断の忠誠心が常に私に誇りを持たせ、それに応えるべく私に為し得るかぎりのことをさせていただいたつもりです。

 これまでの協調の仕事ぶりは実に見事でありました。お互いがお互いに対して抱いている信頼感を損なうようなことは誰一人として行わなかったことが、その何よりの証です。

私は、私に向けて下さる敬愛の念をいつも嬉しく思っております。それが仕事をやり易くしてくれました。自分の携わっている仕事によって心の支えを得られた人たちが情愛を向けてくださっているのだと思えば自然とそうなるのです

 どうか私たちが誇りに思っている霊的知識は、それを知らずにいる人々にも分け与えてあげなければならないものであることを忘れないように致しましょう。私たちが手を伸ばすべき分野がまだまだあること、人生に疲れ果て、生きる希望も頼りとすべきものもなく、慰めと光を求めている人が無数にいることを忘れないように致しましょう。

 そういう人々のうちの幾人かは私たちが心の支えとなってあげ、日々の生活の中に確信を───人生を生き甲斐あるものにする確信をもたらしてあげることができます。

 人生を嘆き、慰めとなるものを未だに見出し得ず、心は悲しみに溢れ、目に涙を溜めている無数の人々のことを忘れないように致しましょう。

 病を得ている人がいること、その多くは霊の力によって治してあげることができることを忘れず、神の子が一人でも多く父なる神の愛と叡知に目覚めるように、こうした霊的知識の普及に努力いたしましょう。

 では、またお会いする日まで。私はいつも愛の心を携えて訪れ、愛の心を携えて帰ってまいります」

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch

Edited by Sylvia Barbanell




五章 映画女優と語る

 シルバーバーチの交霊会を訪れる著名人の顔ぶれは実に多彩であるが、本章で紹介するのはその中でも特異な人物の部類に入るであろう。招待されたのは無声映画時代に〝世界の恋人〟と呼ばれて人気を博した米国の女優メアリ・ピックフォードで、司会のハンネン・スワッハー氏もそれを記事に書いて心霊紙に発表した。それをそのまま転載する。

 ※         ※        ※

 映画でも演劇でも芸術作品でも、それが真実を表現し、大勢の人々の心に触れるものをもっておれば、霊界からみれば実に大きな存在価値を持つものであることは、これまでシルバーバーチが各界で活躍している人々を招待した時にたびたび強調していることであるが、このたびも又、そのことを改めて確認することになった。
 以下は先日の交霊会の速記録からの興味深い箇所の抜粋である。


シルバーバーチ「さて、海を渡って(米国から)お出でくださったお客さんに申し上げましょう。今日ここに出席しておられる方々があなたの大ファンであること、またいわゆる死の彼方にいる人たちからも守られていることを、あなたはずっと感じとってこられたことはご存知と思いますが、いかがですか」

 ピッグフォード「よく存じております」

 シ「その愛、その導きがあなたの人生において厳然たる事実であったことを、あなたは何度も何度も体験しておられます。窮地におちいり、どちらへ向かうべきかが判らずに迷っていた時、はっきりとした形で霊の導きがあり、あなたは迷うことなくそれに従われました。お判りでしょうか」

 ピ「おっしゃる通りです」

 シ「ですが、実際には情愛によって結ばれた大勢の人々の愛を、これまで意識された以上に、もっともっと受けておられるのです。もしその全てが認識が出来たら、あなたのこれまでの生涯が勿体ないほどの導きを受けていることが判るでしょう。

もしもこの地上生活であなたに託された使命の全てを一度に見せられていたら、とても成就出来ないと思われたことでしょう。それほどのものが、右足を一歩、左足を一歩と、着実に歩んで来られたからこそ今日まで維持できたのです。

 ある程度はご存知でもまだ全てはご存知ないと思いますが、私たちの世界───あなた方の世界から移住してくる霊の住む世界から見ると、真実の宗教は人のために役立つこと、これしかないことが判ります。無私の善行は霊の通貨なのです。

 すなわち人のために精一杯の努力をする人は、その誠意によって引きつけられる別の人によってそのお返しを受けるのです。これまでの人生であなたは大勢の人々の生活に幸せと理解力と知識とをもたらしましたが、その分だけあなたは地上の人だけでなく、はるか昔に地上を去り、その後の生活で身につけた叡智をあなたを通じて地上にもたらさんと願う光り輝く霊も引き寄せております。私の言っていることがお判りでしょうか」

 ピ「はい、よく判ります」

 シ「こちらの世界ではあなたの存在を大使(アンバサダー)の一人と考えております。つまり一個の仲介者、大勢の人間との間を取り持つ手段というわけです。目に見えない世界の実在という素朴な福音をあなたは熱心に説いてこられました。これまで物的障害が再三にわたって取り除かれ首尾よく前進できたのも、あなたのそうした心掛けがあったからです。

 そこで、私から良いことをお教えしましょう。あなたは遠からず、これまでのそうしたご苦労に有終の美を飾られる───栄誉を給わり、人生の絶頂期を迎えられるということです。あなたの望まれたことが、これからいよいよその結実をみることになります」

ここで、私(スワッハー)が出席する会には必ず出現するノースクリッフ卿(※)がシルバーバーチと入れ替わってピックフォードに挨拶を述べた。

私は直接は知らないが、ピックフォードが夫君のフェアバンクスと連れだって初めてロンドンを訪れた時、フアンの群れでどこへ行ってももみくちゃにされるので、ノースクリッフがひそかに二人を私邸に泊めたという経緯があるのである。

(※英国の有名な新聞経営者で、デイリーメール紙の創刊者、死後スワッハーがよく出席したデニス・ブラッドレーの交霊会に出現し、スワッハーがその記録を『ノースクリッフの帰還』と題して出版、大反響を呼んだ──訳者)

 そのあと、かつての夫君フェアバンクスが出現して二人の結婚生活の不幸な結末を残念に思っていることを述べた。が、その件についてはそれ以上深入りしないでおこう。とにかくそれを聞いてピックフオードがシルバーバーチにこう述べた。

 ピ「私はかつて地上の人間にも他界した方にも恨みを抱いたことは一度もありません。恨みに思ったのは過ちを犯した時の自分に対してだけです」
 シ「ご自分のことをそうダメな人間のようにお考えになってはいけません。今もしあなたの人生の〝元帳〟を整理することが出来たら、いわゆる〝過ち〟といえるほどのものは、無私の行いや善行に比べて至って少ないことがお分かりになるはずです。多くの人々のどれほど良いことをしてこられたかは、こちらへお出になるまではお判りにならないでしょう。

 あなたは数え切れないほどの人々に愉しみを与えて来られました。しばしの間でも悲しみを忘れさせ、心の悩みや痛みを忘れさせ、トラブルやストレスを忘れさせ、人生のあらしを忘れさせてあげました。あなた自身の願望から、あなたなりの方法で人のために役立ってこられました。人のために役立つことが一番大事なのです。

 他の全てのものが忘れ去られ、あるいは剥ぎ取られ、財産が失われ権力が朽ち、地位も生まれも効力を失い、宗教的教義が灰燼に帰したあとも、無私の人生によって培われた性格だけはいつまでも残り続けます。私の目に映るのは身体を通して光り輝くその性格です。

私は幾許かの善行を重ねた魂にお会いできることを大きな喜びとしております。以上があなたがみずから〝過ち〟とおっしゃったのを聞いて私が思ったことです。あなたは何一つ恐れるには及びません。真一文字に進まれればよろしい。あなたも素直なところをお聞きになりたいでしょう?」


 ピ「ええ」

 シ「あなたは大金を稼ぐのは趣味ではなさそうですね。あなたの願望は出来る限りの善行を施すことのようです。違いますか」

 ピ「おっしゃる通りです」

 シ「その奇特な心がけがそれなりの報酬をもたらすのです。自動的にです。その目的はとどのつまりはあなたに確信を与えるということにあります。何一つ恐れるものはないということです。心に恐怖心を宿してはいけません。恐怖心はバイブレーションを乱します。バイブレーションのことはご存知でしょう?」

 ピ「ええ、少しは存じております」

 シ「恐怖心は霊気を乱します。あなたの心が限りない、そして弛むことのない確信に満ちていれば、霊的真理を手にしたがゆえの不屈の決意に燃えていれば、この無常の地上においてその心だけは決して失意を味わう事はありません。

 物質界に起きるいかなる出来ごとも真のあなた、不滅で無限で永遠のあなたに致命的な影響を及ぼすことはできません。あなたは、背後にあってあなたを導き支えている力が宇宙最大の力であること、あなたを神の計画の推進のための道具として使用し、その愛と叡智と真理と知識を何も知らずにいる人々に教えてあげようとしている愛の力であるとの、万全の知識を携えて前進することが出来ます。

 あなたはこれまで幾度か自分が間違ったことをしたと思ってひそかに涙を流されたことがあります。しかし、あなたは間違ってはおりません。あなたの前途には栄光への道がまっすぐに伸びております。目的はきっと成就されます。私の申し上げたことがお役に立てば幸いです」

 ピ「本当にありがとうございました」

 シ「いえ、私への礼は無用です。礼は神に捧げるべきものです。私どもはその僕に過ぎないのですから。私はこの仕事の完遂に努力しておりますが、いつも喜びと快さを抱きながら携わっております。もしも私の申し上げたことが少しでもお役に立ったとすれば、それは私が神の御心に副(そ)った仕事をしているからにほかなりません。あなたとはまたいつかお会いするかも知れませんが、その時はもっとお役に立てることでしょう。 

 その時までどうか上を向いて歩んでください。下を向いてはいけません。無限の宝庫のある無限の源泉から光と愛がふんだんに流れこんでいることを忘れてはいけません。その豊かな宝庫から存分に吸収なさることです。求めさえすれば与えられるのです。著述の方もお続け下さい」


 最後にサークル全員に向かって次のような祈りのメッセージを述べた。

 「どうか皆さんを鼓舞するものとして霊の力が常に皆さんとともにあり、先天的に賦与されている霊的能力をますます意識され、それに磨きをかけることによって幸せの乏しい人々のために役立て、そうすることによって皆さんの人生が真に生き甲斐あるものとなることを切に祈ります」

 そう述べて、いよいよ霊媒(バーバネル)の身体から離れる直前にピックフォードにこう述べた。

 シ「ご母堂が、あなたに対する愛情が不滅であることをあなたが得心してくれるまで私を行かせないと言っておられます。ご母堂はあなたから受けた恩は決して忘れていらっしゃいません。今その恩返しのつもりであなたのために働いておられます。どうしても行かせてくれないのですが・・・・」

 ピ「でも私こそ母に感謝しております。十回生まれ変わってもお返しできないほどです」

 シ「あなたはすでに十回以上生まれ変わっておられますよ」
 ピ「猫より多いのでしょうか。十八回でも生まれ変わるのでしょうね。今度こそこの英国に生まれることでしょうよ」

 シ「いえ、いえ、あなたはすでに英国での前生がおありです。が、これは別の話ですね」

 ピ「あと一つだけ・・・・・・私のその英国での前生について何かひとことだけでも・・・」
 シ「二世紀以上も前にさかのぼります。それ以上のことは又の機会にしなくてはなりません。私はもう行かなければなりません。これ以上霊媒を維持できません」

 どうやらピックフォードはその二世紀あまり前に少女として英国で生活した前生のことをずっと前から信じていたらしいふしがある。その理由(わけ)については私の記憶にない。とにかくグラディス・スミスという名でトロントに生を受けた彼女は、血統が英国人であることを誇りに思っていることは確かである。
                ハンネン・スワッハー

Saturday, September 26, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

Guidance from Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell



四章 政治家とジャーナリストを招待して
 
 シルバーバーチの交霊会にはありとあらゆる階層の人々が〝叡知の言葉〟を聞きに訪れる。ある日の交霊会に英国労働党の下院議員が招待された。まずシルバーバーチがこう語る。

 「私が地上へ戻ってきたのは基本的な霊的真理をほんのわずかだけ述べるためです。私から見れば──地上の年令で言えば私は大変な年寄りです──あなた方の世界が必要としているのは、神学という名の仰々しい抽象的な教義の寄せ集めではなくて、霊の力に動かされた古の賢聖によって説かれた、宗教の根幹であるところの二、三の単純な真理、すなわち人類はお互いがお互いの一部であること、そして肌の色の違いの内側にはすべてを結びつける共通の霊的な絆があるということ、これだけです。

 お互いの血管を同じ血液が流れている────つまり同じ霊が各自の本性に潜んでいるということです。宇宙の大霊が私たちを一つの家族にしたのです。子供である人間が互いに差別をつけ、潜在する一体性に気づかず、かくして私どもが戻って来て、地上のいかなる組織・団体もそこに霊的実在の認識がないかぎり真の進歩は得られないことを教えてあげなければならないことになるのです。

 四海同胞、協調、奉仕、寛容───こうした精神こそ人生の基本であり、これを基礎としない限り真の平和はあり得ません。持てる者が持たざる者に分け与えることによって互いに奉仕しあい、睦みあい、援助しあうこと───この単純な真理は繰り返し繰り返し強調しなければなりません。

これを個人としての日常生活において、民族としての生活において、そして国家としての在り方の中において実践する者こそ、人間としての本来の生き方をしていることになる───これだけは断言できます。」

 ここでその議員が公僕としての選ぶべき道を尋ねると───

 「要求されたことが正しいと思われればおやりになればよろしい。いけないことだと思われれば、私が述べたことにはお構いなく、おやりにならないことです。ただし、間口は広いものです。辿って行けば、さらに大きなものへと導かれて行くことでしょう」

 この議員は開会頭初に「私は今、にっちもさっちもいかない板ばさみの状態なのです」と述べて、政治上の問題での決断を迫られていることを告白していた。そこでシルバーバーチはこう続けた。

 「人間は無言のうちに苦しみ、悲哀と苦痛も味わわなければなりません。これは人類の永年の伴侶なのです。遠い遠い昔、どうみても何一つ苦労はなかったであろうと思われる昔からです。

 あなたはそれに勇敢に対処して来られました。いつも正面から取り組み〝これでいいのだろうか〟という単純素朴な問いかけを忘れませんでした。そして、正しいと信じたら、ためらうことなくその方向へ突き進まれました。そうした中で一つだけあなたの人生で最大の悲しい出来ごとがありましたが、それはここで触れるのは適当でないでしょう。

 あなたがこの地上に生をうけたのは、果たすべき宿命があるからです。地上を去るまでに成就すべきことがあるからです。あなたは実に大きな貢献をなす立場におられます。

多くの恵まれない人々が光明を見出す───つまり理解力を身につける一助となり、より大きな自由を獲得させてくれる霊的エネルギーの存在に目覚めさせてあげる仲立ちとなることができるからです。その役目に徹することです。そうすれば他のすべてのことも自然にうまく行きます。

 あなたは何一つ心配なさることはありません。あなたを包み、あなたを導いてくれる愛が鉄壁の守りを固めており、あなた自身のわがままから間違った方向へ進まないかぎり、あなたほどの知識と理解力があれば決して道に迷われることはないでしょう。

 いかがですか、自分を包みこむ大きな愛の力を意識されることがありますか」

 「いつも忝く思っております」

 「あなたは私どもの世界から大いなる愛を受けておられます。かつて偉大なる奉仕の生活を送った霊で、私たちが〝光り輝く存在〟と呼んでいる人たちによって守られております。

 私が時おり思うことは、地上の人間───その中でもせめてこうした霊的知識を手にされた方々にその〝光り輝く存在〟をひと目ご覧に入れてあげられたら、ということです。人間の進歩をわがことのように喜び、挫折をわがことのように嘆き悲しみながらも、人間の霊的進化とその豊かな実りの時期(とき)の到来を確信して、日夜守護し支援しております。

 あなたもコツコツとよく頑張ってこられました。いろいろと苦労されました。涙を流されたこともありました。悩み苦しまれたこともありました。すべてに見放され、誰からも顧みられず、絶望の状態に置かれた時の魂の孤独がいかなるものであるかも知っておられます。

また一方、滅多に味わう人のない高い魂の高揚も味わってこられました。絶望の底ものぞかれました。魂と言うものは〝ゲッセマネの園〟を耐え忍ぶまでは〝変容の丘〟にのぼり着くことはできないのです」

 そう述べてから、かつての労働党創設者の一人キア・ハーディからのメッセージをこう伝えた。

 「あなたのことをとても誇りに思っているとおっしゃっていますよ。正しいと信じた大義───人間にとって物的にも精神的にも霊的にも最善と信じたことのためには絶対に世間に阿(おも)ねずに身を捧げる人すべてを誇りに思っておられます。

彼は物的水準を高めるためだけでなく、霊性の発達を促し、精神の持つ芸術性を培うために、人間のすべての願望を叶えさせてあげたいという一念に徹している人を尊敬しておられます。それがあなたの唱道しておられる福音でもあるとおっしゃっていますが、そうなのでしょうね?」

 「そうありたいものと願っております」

 このあとシルバーバーチは司会者のハンネン・スワッハーに向かってこう語った。

 「いま地上世界では物的身体をもつ人類としての基本的人権が次々と認められつつあります。しかし、目に見える形にこそなっておりませんが、霊的人間としての人権も徐々に認められつつあります。今あなた方は画期的な新しい時代───一人でも多くの人間がより大きな自由を享受する新しい時代の夜明けに立っておられます。

 死の境界を通過して私どもの霊の世界へ来られた方は、ある種のエネルギー、莫大なエネルギーを発揮するようになります。そのエネルギーが不幸に泣いている人々、物的生活の喜びを味わえずにいる人々のために役立ちたいと願う人々の活性剤となります。

 人間はその本来の霊的属性を発揮しようとする行為が妨げられることはありません。妨げとなるのは自分自身の貪欲であり、強欲であり、利己心です。それが霊の本来の権利であるところの自由を求めようとする怒涛のような魂のうねりを妨げるのです。が、今や霊力の莫大な威力の援助を得て、その霊的本性が地上界において発揮されつつあります。

 それは物的分野、政治的分野、経済的分野といった、人間がとりわけ関心の強い分野でのみ発揮されつつあるのではありません。その霊力の奔流の影響を受けて、私たちスピリットの道具となる新しい人材が次々と輩出されることでしょう。

 こうした人たちの手によって悲しみの底に沈んでいる人が慰められ、病人が癒されるだけでなく、いわゆる霊的啓示(インスピレーション)が大規模にもたらされることでしょう。スピリチュアリズムに関心を向ける人が増え、この訓えこそが悩みの時に導きを、困難にあっては慰めを、取越苦労と煩わしさの中にあっては安らぎと確信を与えてくれるものであることを知ることでしょう」

 そして次の言葉をもってその日の交霊会を閉じた。

 「そういう次第ですから、みなさんとともにホンの僅かな時だけでも精神の活動を止め、まわりに霊力の存在を意識し、より大きな仕事を成就せんとして私たちを援助し鼓舞してくださっている偉大なる存在を認識いたしましょう。

そうした偉大なる存在にとって、神に仕えることは神の子のために働くことにほかならず、しかもその多くが、いずこへ向かうべきかも知らずにさ迷っているのです。

 願わくばあなた方と私たちとが一致協力して迷える人々を導き、苦難のさ中にある人々を勇気づけ、背負える重荷を重荷として感じないよう、ものの観方を啓発してあげることができますように。そして又、私たちがなるほど神の使者であることを行為によって顕示し、神の一部としてその名に恥じない存在であらしめ給わんことを」


 別の日の交霊会に、さる大手の新聞社の編集長が招かれた。それが二度目だった。その編集長に対しシルバーバーチは終息したばかりの第二次世界大戦に言及して次のように述べた。

 「恐ろしい戦争による苦悩と災禍と悲劇と窮乏、目をおおう流血と混沌と動乱が終わっても、今度はそれを体験してこちらへ来た犠牲者たちにそれとまったく同じ精神的ならびに霊的騒乱が生じるものです。

 そうして、その激変のさ中で実は、真理の光に照らして思考することを知らない者によって幾世紀ものあいだ金科玉条とされてきた思想・信仰───宗教的打算からしか物を考えない者によって形づくられ、いじくりまわされてきた教説がすべて粉砕されることにもなりました。

 唯物主義の根幹が破壊され、致命傷を負っております。もっとも、いかにも仰々しい教説を説きながらも、その実、自己の打算によってのみ動き、人間の福祉など眼中にない小さなグループがそこかしこに存在しております。

 その中には唯物主義的体制───地上特有の機構───を牛耳り戦時の苦悩と圧迫の中で培ったところの、より明るく、より幸せで、より良い世界を実現していく可能性の発現を妨げんとする派もいくつか見受けられます。

 しかし新しい世界、より良い世界───数知れぬ人間が霊的自由、精神的自由、そして身体的自由を見出すであろう世界の建設に携わる者は、同じ目的のために活躍している無数の死者(と、あなた方が呼んでおられる人たち)を呼び寄せます。

 同時に、はるか上層の世界から同じく人類の霊的覚醒の為に心を砕き、地上生活から得られる生き甲斐と豊かさと美を存分に得させようと活躍している数多くの高級霊をも呼び寄せます。

 かくして人類の福祉のために働く人々は、予期した以上の成果を得ることになるのです。人類の福祉がかつて真の意味での成果を克ち得たことは一度もありません。いつも裏切られ、好機を奪われ、邪魔が入り、その神聖なる使命の達成を阻止されて来ました。その使命とは、人類の全てに一人の例外もなく宿されているところの神性を最大限に発揮させることです。

 少し大げさに響くかも知れませんが、私の言わんとするところはお判りでしょう?」

 「判ります。よく判ります」

 「本当に必要なのは単純で素朴な真理なのです。新しい大真理ではなく、驚異的な啓示でもなく、新しい神勅でもありません。その素朴な真理はいつの時代にも、いかなる国においても、必要性と理解力の程度に応じたものが授けられてきております。

かならず霊覚を具えた男性及び女性がいて、その人たちを通じて霊力が地上に注がれ、先見の明をもって人々を導き、癒やし、慰めてきました。これからもそうでありましょう。

 それと同じ霊力があなた方の今の時代にさらに一段と強化されて注がれております。キリスト教で〝聖霊〟と呼ばれているスピリットの降下に伴って生じる各種の心霊現象を繰り返し演出して、古くから説かれている同じ真理、すなわち生命に死はないこと、霊は不滅であることを説き、人間の霊性、その根源、宿命、存在の目的、宇宙の大霊とのつながり、隣人とのつながり、そうして、そこから派生する驚異的な意味を力説しているのです。

 その霊力が今まさに奔流となって注がれ、そうした真理が改めて説かれております。確かに古くから説かれてきた真理なのですが、地上人類は今新しい進化の周期を迎えて、その古い真理を改めて必要としているのです。

一宗一派に片寄った古い、勿体ぶった、因習的教義へはもはや何の敬意も払う必要はありません。権威に対して盲目的に従う必要はありません。ドグマを崇拝する必要はもうなくなりました。

 そうした類のものは全て無力であることが証明され、人間は成長せんとする精神と進化せんとする魂の欲求を満たしてくれるものを求めてまいりました。こうした霊力の顕現に伴ってかならず人生の純粋に物的な分野においてもより大きな覚醒が生まれ、同時に、正義と同胞精神が世界のすみずみにまで行きわたってほしいとの願いが生じるのは、そのためなのです。

 それは一か月や一年はおろか、十年や百年でも達成されないでしょう。しかし、人類はみずから目覚め、真の自我を見出していかねばならないという宿命的法則があります。従って、重責を担う立場の人、人類に道標を残して行くべき使命を負う者は、それを忠実にそして立派に果たすべき重大な任務があることになります。

 いつの日かあなたも、あなたご自身の〝事務報告〟を提出しなければならない時がまいります。あなただけではありません。すべての人間が自分自身の事務報告の提出を要請されます。その際、あたら好機を逸したことに対する後悔を味わうこともありましょうし、為すべきことを成し遂げたとの自覚に喜びを味わうこともありましょう。

 相変わらず絶望感が支配し暗黒の多い地上世界にあっては、光明と真理のために闘う人々が不安や疑念を抱くようなことがあってはなりません。強力な霊力、宇宙最大のエネルギーがその献身的な仕事を通して守護し援助してくれているからです。正しい道を歩んでいる限り勝利はきっとあなたのものとなります」

 このあと、その編集長の同僚で最近他界したばかりの霊からのメッセージを伝えてから、再び本題に戻ってこう語った。

 「私があなた方の世界での仕事を始めてからずいぶん長い年月になります。あれやこれやと煩わしい問題が生じることにもすっかり慣れました。そして、あなたのようなお仕事をしておられる方が来て下さり私が少しでもお役に立つこともうれしく思っております。

それが私を通じて霊の力が働いていることの証であるからこそうれしいのです。これまでの全体験によって私は、霊の力はその忠実な通路さえあればきっと事を成就していくことを学んでおります。

 いかなる反抗勢力、いかなる敵対行為、いかなる中傷、いかなる迫害をもってしても、悲しみに満ちた人々の魂の琴線に触れ、病める身体を治し、迷える人々に光明を見出す道を教え、人生に疲れた人々を元気づけることのできる献身的な通路がある限り、その仕事が挫折することは決してありません。

 本来なら、こうしたことが逸(と)うの昔に教会という権威を担った人々によって成就されていなければならないところです。それが現実には成就されていません。というよりは、その肝心なものが置き去りにされているのです。そして今や霊的にも物的にも、その担い手は教会とは何の縁もない普通一般の人たちとなっております。

もし教会関係の人々が自分たちの本来の存在意義を自覚すれば、もし自分たちの本質がその神性にあることを理解すれば、そしてもし自分の身のまわりに存在する莫大な知識の宝庫、霊力、エネルギーを自覚すれば、それを活用して新しい世界をわけなく建設することができるところなのですが・・・。

 しかし、それは是が非でも成就していただかねばならないのです。なぜならば私たち霊界の実情を言わせていただけば、毎日毎日ひきも切らず地上から送り込まれてくる不適応者、落伍者、放蕩者、社会のクズともいうべき人達───要するに何の備えも無い、何の用意も無い、何の予備知識も持たなくて一から教えなければならない人間の群れには、もううんざりしているのです。

本当はこちらへ来てすぐからでも次の仕事に取り掛かれるよう、地上での準備をしておくべきなのですが、現実にはまるで生キズの絶えない子供を扱うように看護し、手当てをしてやらねばならない者ばかりなのです。

 そういう次第で、あらゆる形での霊的知識の普及がぜひとも必要です。人類が霊的事実を理解してくれないと困るのです。真理に導かれる者は決してしくじることはありません。

真理は理解力をもたらし、理解力は平和と愛をもたらし、心に愛を秘めた者には解決できない問題は何一つありません。人類の指導者が直面するいかなる難題も、霊的真理と霊的叡知と霊的愛があればきっと消滅していくものです。私の見解に賛同してくれますか?」

 「ええ、もちろんですとも」

 「その目的のために、あなたはあなたなりの方法で、私は私なりの方法で、そのほか真理を幾らかでも普及できる立場にある人すべてが、その人なりの方法で努力しなければなりません。そうすることが世界を、あるいは少なくとも自分の住む地域を豊かにすることになるのです」

 このあと編集長と交霊会の常連との間で、その他界したジャーナリストの人物評に花が咲いた。するとシルバーバーチがこう述べた。

 「皆さんは人間が他界して私たちの世界へ来ると、その人の評価の焦点がまったく異なったところに置かれることをご存知ないようですね。皆さんはすぐに地上時代の地位、社会的立場、影響力、身分、肩書といったものを考えますが、そうしたものはこちらでは何の意味もありません。

そんなものが全てはぎ取られて魂が素っ裸にされたあと、身をまとってくれるのは地上で為した功績だけです。

 しかしこの方は地上で本当に人類のために貢献されました。多くの人から愛されました。その愛こそが死後の救いとなり、永遠の財産となっております。金銭はすべて地上に置き去りにしなければなりません。

地上的財産はもはや自分のものでなくなり、愛、情愛、無私の行為だけが永遠の資質となるのです。魂が携えて行くのはそれだけであり、それによって魂の存在価値が知れるのです。

 したがって同胞からの愛と尊敬と情愛を受ければ、それが魂を大きくし、進化を促すことになります。真の判断基準によって評価される界層においては、そうした要素が最も重要視されます。肝心なのはいかなる人間であるかであり、何を為してきたかです」

 このあと新聞とジャーナリストのあり方について長い議論があり、その中で編集長がシルバーバーチに尋ねた。

 「他界したジャーナリストたちはその後も我々のことを心配してくれているでしょうか」

 「心配しておられます」
 
 「でも資金の面についてではないでしょう」と言ってから、他界したばかりの同僚はその生涯を捧げた新聞社のことを案じてくれているかどうかを尋ねると、シルバーバーチは、まだ他界して間がないので地上のことをあれこれと案じているだろうけど、そのうち霊界の事情に順応して行くでしょうと語って、最後にこうしめくくった。

 「地上で学ぶべきことは人のために役立つということ、これに尽きます。それはさまざまな能力によって実践できます。光明を授けることもそうですし、生活に彩りを添えてあげるのもそうですし、しょげかえっている人を元気づけてあげるのもそうですし、真理を見出す道案内をしてあげるのもそうです。人のために役立つ手段はいくらでもあります」