Wednesday, October 21, 2026

シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳



八章 大きくなったルースとポール

 ジャーナリストであり作家でもあるP・ミラー氏の二人のお子さん、ルースとポールは、ごく自然な環境の中で、両親から死後の存続を事実として教わっている。

今はもう少年期に入っているが、姉のルースが八歳、弟のポールが六歳の幼児期から(六年間)毎年のようにクリスマスが近づくと交霊会に招かれて、シルバーバーチとお話をしている。従ってシルバーバーチとはまるで家族のような親しい間柄となっている。

 二人が出席するときは大てい幾つかの質問を用意しているが、その質問内容は〝子供らしさ〟あるいは〝少年らしさ〟を尊重して両親をはじめとしてサークルの大人のメンバーの誰からも干渉されていない。交霊会そのものも、大人のメンバーは出席することは許されても口出しは許されない。言わば〝子供のための交霊会〟なのである。

(訳者注───口出しは許されないと言っても、大人にとっても大切な問題になると補足的な質問をしている。なおこのルースとポールの幼少時代の交霊会の様子は日本語版シリーズ第五巻で「二人の幼児と語る」と題して紹介されている。

それから六年たっている。原書では本章は冒頭に子供時代の宗教教育の大切さについてのシルバーバーチの講話が載っているが、これは第四巻で「宗教の本質と子供の宗教教育のあり方」と題して紹介されているので本章ではカットした)

 当日の交霊会の様子については父親のミラー氏の記事があるので、それをそのまま紹介するのが一ばん良いように思われる。次がその全文である。

       ※         ※     ※            

 ハンネン・スワッハー交霊会の支配霊であるシルバーバーチのそばに二人の子供が立っていた。そして二人が代わるがわるクリスマスタイム(十二月二十四日~ 一月六日)のしばしの別れの挨拶をすると、シルバーバーチはまず姉のルースに

 「上品さとたくましさ、愛と叡智を身につけるようにね」と言い、続いてポールに
 「たくましくなりなさい。そして自分の背後には霊の力が控えているのだという確信を忘れないようにね」と言い、 最後に二人に

 「私はいつでも私の存在のすべてをかけ、愛の心と霊の力を傾けてお二人のために尽くしますよ」と述べた。

 確かにそう述べたのであるが、こうして活字にしてしまうと、二人の子供が質問しシルバーバーチが答えるという形で、年一回、六年間も続けられてきた三人の間の情愛の温かさは、その片鱗すら伝えられない。

一時間と二十分、二人は真剣そのもので質問し自分の意見を述べた。若いとはいえ、はやスピリチュアリズムの真理が二人の生活の一部となり切っているようだ。

 二人は質問すべき問題を二人だけで話し合って決め、大人のサゼスチョン(提言・助言)を一切ことわった。その問答が始まった。


 〇〝死に方〟は死後にどう影響するか

ルース 「人間が死ぬときの死に方というのが霊界へ行ってから影響するのかどうかが知りたいのです。つまり自然な死に方の方が霊界へ行きやすいのかということです」

シルバーバーチ 「もちろんです。大きな違いがあります。もしも地上のみんなが正しい知識を持ち自然な生き方をすれば──もしもですよ──そうすれば死に方があっさりとして、少しも苦痛を伴わなくなります。そして又、死後の霊の身体を調節する必要もないでしょう。ところが残念なことに、実際はそんなにうまい具合に行っておりません。

 地上を去って霊界へ来る人のほとんどが自分がこれからどうなるのか、自分というのはいったいどのように出来上がっているのか、霊的な実在とはどんなものなのかについて恐ろしいほど無知なのです。その上、地上で十分な成長をしないうちにこちらへ来る人がそれはそれは多いのです。

そういう人は、私がたびたび言っておりますように、熟さないうちにもぎ取られた果実のようなものです。ルースちゃんも知っているように、そんな果物はおいしくありませんね。

 果実は熟せば自然に落ちるものなのです。霊が十分に成長すると自然に肉体から離れるのです。いま私の世界へ、渋いくだものや酸っぱいくだものがぞくぞくとやってきております。

そのため、そういう人たちをこちらで面倒を見たり、監視したり、手当てをしたり、看護をしたりして、霊界に適応させてあげないといけないのです。みんながちゃんとした知識を持ってくれれば、私のように地上の人間の面倒を見ている者はとても手間がはぶけて有難いのですけどね。

ルースちゃんの言う通り、死に方によって大変な違いが生じます。以上のような答えでいいですか」

ルース「ええ、とてもよく分かりました」

(訳者注── ルースが〝死に方〟と言ったときたぶん自然死でない死に方、すなわち事故死、病死、戦死、自殺といったものが念頭にあったはずで、シルバーバーチも一応そのことを念頭に置いていたことは〝霊の身体を調節する必要もないでしょう〟という言葉から窺われるが、もう少し具体的なことを述べてほしいところである。

そこで、最近入手したスカルソープという人のいわゆる〝体外遊離体験〟の書物から霊界の病院を訪れた時の模様を紹介しておく。

 ≪霊界の妻との関係と思われるが、私は妻の勤める霊界の病院へたびたび連れて行かれる。病院といっても地上から霊界入りしたばかりの人を介抱する施設である。

 あるときその施設を妻の案内で見学したのであるが、そこは若い女性ばかりの患者を介抱する施設だった。そこの食堂へ行ってみるとちょうど食事中で、私も妙な食欲を覚えた。テーブルの間を通り抜けながら患者のオーラとコンタクトしてみたが、死因となった事故のショックや恐怖、病床での苦しみや不安の念が根強く残っていた。

 中には地上の病院での消毒液の臭いが漂っている者もいた。事故死した者の腕や首や顔に傷当ての絆創膏の跡がうっすらと残っている人もいた。精神に焼きついた映像がまだ消えていないのである。

 しかしホール全体に穏やかな雰囲気が漂っていて、一人として病人臭さは見せていない。これは高級界から間断なく送られてくる生命力のせいで、こうした特殊な患者にはそれが必要なのである≫

   
 〇〝霊的(スピリチュアル)〟と〝心霊的(サイキック)〟の違い

ポール「インディアンには儀式のようなものをして、雨を降らせることが出来る人がいましたが、それには霊界の人がどのように関係しているのですか。何か関係があるのですか」

 SB「関係ありません。心霊的法則と霊的法則とは少し違うのです。まったく同じではないのです。どちらにでも言いかえることが出来ると思っている人がいますが、同じものではありません。

 さて、かつてインディアンという民族は地上の物的現象に関係した心霊的法則について良く知っておりました。純粋に物的な現象です。そして、腕のいい熟練したまじない師は、儀式によってその心霊的要素を引き寄せる能力を具えていたのです。

 実はこれは簡単に説明するのが難しい質問なのです。とにかく霊界とは何のつながりもないのです。地上の物的な現象と関係した心霊的法則とのつながり方が大きいのです。こんな説明ではポール君にはよく分からないでしょうね?」

ポール「いえ。分かります。ただ、心霊的法則というのはどんなものですか」

 SB「やっぱりそこまで話さないといけませんかね」

 ここで、交霊会の終わりが近づくまでは大人は口出しをしてはいけないというルールを破ってメンバーの一人が「それはサイコメトリのようなものでしょうか。あれは必ずしも霊的法則とは関係ないと思うのですが・・・」

 SB「例ならばいくらでもあげられるのですが、この二人の子供にいちばんよく理解してもらえるものを考えているところです。たとえば霊視能力者の場合を例に挙げてみましょう。霊視がきくと言われている人でも、霊界のものは何も見えない人がたくさんいます。

(日本語ではこれを透視能力という──訳者)この場合は心霊的な能力の一部にすぎません。ですから心霊的法則の支配を受け心霊的な能力で見るだけで、その背後に霊界の人間とのつながりはありません。他界した人の姿も見えません。肉眼に見えない遠くの情景を見ることは出来ます。

予知もできます。未来を覗いたり過去の出来事を当てることもできます。ですが、そうしたことが霊界と全くつながっていないのです。生まれながらに具わっている純粋に心霊的な能力なのです。これでわかりますか」


 二人の子供に変わって母親が「私はそういうことがあるとは思ってもみませんでした。霊界とのかかわりなしに証拠を言い当てたり物事を見抜いたりすることが出来るとは知りませんでした」


 SB「でも、事実、そうなのです。この地上界の範囲だけの心霊的能力というのがあるのです。現に多くの人がそれを使用しております。五感の延長なのです。霊の世界とは何の関係もありません。物的法則とつながった心霊的法則ないし心霊的要素の範囲内の現象です。

易占い──本ものの場合ですが──あるいは本物の水晶占いで霊的な働きかけなしに見たり聞いたりすることが出来るように、心霊的能力を駆使できるまじない師は、ある種の儀式によって物的法則の背後にある力をその心霊能力と調和させて雨を降らせることができたのです。私にできる説明はこんなところですが・・・」

 別のメンバー「実によく分かりました。面白いテーマだと思います。私も、そうした能力がどの程度まで延ばせるのだろうかということに関心がありましたので・・・・・・」

 SB「その可能性は大変なものです。インドにはヨガの修行者ですごいのがいます。それでも霊界とは何のつながりもありません。彼らが霊の姿を見たら、たまげることでしょう」

 別のメンバー「霊を見たらその容姿を述べるのではないかと思いますが・・・・・・」

 SB「その時はすでに波長の次元が違います。霊媒現象というのは霊的なものと心霊的なものとの組み合わせです。その融合作用で霊的通信が行われるのです。霊界と交信する能力は霊媒の持つ心霊能力だけで行われるのではありません。支配霊ないしは指導霊との協力によって行われるのです」

 ポール「すみません。僕は頭が悪いものですからサイキックとスピリチュアルとはどこが違うのか、まだよく分かりません。今までは一緒だと思っていました」

 シ「似てはいますが、まったくいっしょではないのです。心霊的能力のすべてが開発されても、それが高級霊の指導を受けてスピリチュアルな目的のために使用されるようになるまでは、それは霊的能力とは言えないのです。

ポール君は物的身体のほかに霊的身体も具えています。その身体には生まれつきあらゆる心霊能力が潜在していますが、それが開発され、しかも霊界の力と融合した時始めてスピリチュアルと言えるものになるのです」


 〇死後の界層の違いは何で決まるか

 ポール「死後の世界のレベルについて教えてください。シルバーバーチさんはよくその違いについて話しておられますが、どういう違いがあるのですか」

 SB「成長の度合が違うのです。しかしその違いは地上のようにものさしで計れるものとは違います。もし私がポール君に愚かな人と賢い人、あるいは欲張りと聖人との違いを寸法で計りなさいと言っても、そんなことはできませんね?

 しかし、それぞれの界に住む霊の成長には大きな差があるのです。こちらでは魂の成長に応じた界、つまりその人の知性と道徳性と霊性の程度にちょうどよく調和する界に住むようになります。

界の違いはそこに住む人の魂の程度の違いだけで、霊性が高ければ高いほど、善性が強ければ強いほど、親切心が多ければ多いほど、慈愛が深ければ深いほど、利己心が少なければ少ないほど、それだけ高いレベルの界に住むことになります。

 地上はその点が違います。物質界という同じレベルで生活しているからといって、みんな精神的に、あるいは霊的に、同じレベルの人たちばかりとはかぎりません。身体は同じレベルのもので出来ていますが、その身体つまり物質でできた肉体が無くなれば、魂のレベルに似合ったレベルの界へ行くことになります」


 ポール「はい、よく分かりました。もう少し聞きたいことがあります。この地球はそういう界の一つですか。それとも特別なものですか」
℘131
 SB「いいえ、地上世界も霊的な世界の一部です。なぜかというと、霊の住む世界は全部が重なり合っているからです。宇宙に存在する生活の場のすべてが互いに重なり合い融合し合っており、霊界とか幽界とか物質界というのは一つの宇宙生活の違った側面をそう呼んでいるだけです。ポール君は今物質界にいますが、同時に幽界にもつながっているのです」


 〇知識には責任が伴う
 
ルース 「あたしは (この交霊会での質問の準備をしている時に) シルバーバーチさんはあたしたちよりはるかに多くのことを──あたしたちが夢にも思わないようなことを知っているのだから、あたしたちの方から質問しなくてもちゃんとお話してくださるだろうと思ったりしました」

 SB 「ええ、お話しますよ。でも、だから何の質問もしなくていいということになるのですか」

 ルース 「なりません。あたしが知りたいのは、子供のころからスピリチュアリストとして育てられて、あたしたち二人は得(とく)をしているかどうかということです」

 SB「自分ではどう思っていますか」

 ルース 「わかりません。だってあたしは霊の世界に住んでないでしょ?だから、どんな得をするか、自分ではわかりません」

 母親 「この子はスピリチュアリズムを知らない生活というのを体験していないものですから、比較が出来ないのです。その点シルバーバーチさんは両方ご覧になれます」

 SB 「私は目を閉じていても見ることができます。私が〝自分ではどう思ってますか〟と聞いたのは、ルースちゃんのお友だちには死んでからのことを知らない人がたくさんいるからです。そういうお友だちはルースちゃんと比べて得だと思いますか損だと思いますか」

 ルース 「霊の世界へ行く時に何の準備も出来ていないという点では損だと思います。その知識も体験もないからです。でも、それ以外のことはよく分かりません。すみません」

 ポール「今ルースが最初に言ったことはその通りだと思います。でも、それ以外のことでは損も得もないと思います、死ねばどうなるのかが分っているのは得だけど、それ以外では別に変わりはないと思います」

 SB「答えは簡単なのですよ。知識はすべて得になるということです。ところが、残念なことに、そうとばかりも言えない事態が生じるのです。知識は確かに喜びと幸せと落着きをもたらしてくれますが、今度はそれをどう生かすかという責任ももたらすのです。知識は、無知から生じる愚かな心配を取り除いてくれます。

知識は自分とは何かを自覚させ、これからどうすべきかを教えてくれます。そして、真理を知らずにいる人を見て気の毒だと思うようになります。真理を知らなかったために罪を犯す人は勿論それなりの償いをさせられますが、真理を知っていながら罪を犯す人は、もっと大きな償いをさせられます。

より多くを知っているということが罪を大きくするのです。ポール君は真理を知っているだけ得です。しかし、これからどういう行いをするかが問題です」


 〇魂の成長には試練と経験が大切
 
 メンバーの一人「それだけはあなたもどうしようもないことなのですね?」

 SB「私がその摂理を変えるわけにはいかないのです。私はただ摂理はこうなってますよとお教えするだけです。これまで私は何度か皆さんが困った事態に陥っているのを見て、その運命を何とか肩代りしてあげたい、降りかかる人生の雪と雨と寒さから守ってあげたいと思ったことがあります。しかし、それは許されないことなのです。

なぜなら、そうした人生の酷しい体験をさせている同じ力が、人生に光と温もりをもたらしてくれるからです。一方なくして他方は存在しないのです。試練と体験を通してこそ霊は成長するのです」


 ルース「シルバーバーチさんにもそれが許されないのはいいことだと思います。困ったことがあるたびにシルバーバーチさんが助けてくれたら、いつも誰かに頼らないといけない人間になってしまうからです」

 ポール「人生の目的がなくなってしまいます」

 SB「そうです。でもね、私にとって、それは辛いことなのですよ。そのうちお二人も、本当の意味で〝愛する〟ということがどういうことなのか、愛する人が苦しんでいるのに何もしてあげられないということがどんなに辛いことかが分かる日が来ます。

 そこで、先ほど述べたことにもう一つ付け加えたいことがあります。これはルースちゃん、あなたにお聞かせしたいことです。(スピリチュアリズムを知ったことによって生じる)一ばん大きな違いは、自分が一人ぼっちでいることが絶対にないということを知ったことです。

いつどこにいても霊の世界からの愛と友情と親愛の念を受けているということです。最善を尽くしているときには必ず霊界から導きの力が加わっていること、あなたの持っているものから最善のものを引き出し、あなたの人生から最善のものを学び取ってくれるようにと願っている、友愛と親切心と協力精神に満ちた霊の存在がまわりにいてくれているということです。

このことがスピリチュアリズムがもたらしてくれる一ばん有難いことです。このことを知っただけルースちゃんは、それを知らない人より幸せだということになります」


  〇男性の役割と女性の役割

 ポール「これまでの人類はずっと男性が女性を支配してきたように思えるのですが、なぜですか。原因は何ですか」

 SB「原因は女性があまりに物ごとを知らなすぎたからです」

 ポール「それを改めることができるでしょうか」

 SB「改める必要はありません。これまでも実際は女性の方が男性をリードしてきているからです」

 メンバーの一人「あなたはこれまでそういう捉え方はなさらなかったように思いますが・・・・・・」

 SB「ええ。でも、これにはそれなりの根拠があるのです。男性が狩りに出ていた時代の名残りです。つまり男性が家屋を建て、食料を取りに出かけねばならない時代においては男性が絶対的な支配力を持ち、お腹を空かして疲れたからだで帰ってきた時に女性が優しく迎えて介抱し、食事を用意してあげていました。

男性が行動的で女性が受動的だったために、何かにつけて男性に有利な習慣が出来ていきました。しかし、今それが変化し始め、どちらが上でもどちらが下でもない、お互いが補い合うようになっているという認識が行き亘りつつあります」

 ポール「良く分かりました。有難うございました」


 〇愛は霊にとって酸素のようなもの

 SB「お二人とはずいぶん永いお付き合いですね。二本の小さな苗木がまっすぐに育っていく様子を見てまいりました。そして、お二人が絶え間なく増えていく知識と理解力の中で生きておられるのを見てうれしく思っております。
   
 まだまだ知らねばならないことがたくさんあります。でも、少なくともお二人は霊的な真理に守られて地上生活に立ち向かっており、その目的を理解し、何をしていても誠意さえあれば決して挫けることはないことを知っておられます。私はいつも身近にいて、私にできるかぎりの援助をいたしましょう。

 今日はルースちゃんとポール君の二人が来てくれて、私はほんとにうれしく思っております。私がいつも身近にいることを知っていただくいい機会になるからです。私は決して遠くにいるのではありません。

お二人がお家にいる時も、学校にいる時も、遊んでいるときも、すぐそばにいることがあります。おかしくて笑い出すような光景を見ることもあります。

ですが、地上生活から学び取ることもたくさんあります。私はまだまだ学ぶことが終わったわけではありません。西洋人の生き方や習慣には興味をひかれることがいろいろとあるからです」


 母親「私たちは暖炉に火をくべながら、よくシルバーバーチさんのことを思い出すことがあるのですよ。暖炉を囲んで、シルバーバーチさんは暖炉や炉火はお好きだろうかね、などと語り合うんですよ」

 SB「私はいつも私へ愛情を覚えてくださる方々の愛念によって心を温めております。私にとっては地上で窒息しないために吸入できる唯一の酸素は〝愛〟なのです。地上へ降りて来るために、お預けにされる喜びを補ってくれる最大の慰めは皆さんからの愛なのです。

(私の本来の住処である)高級界の霊的生活の荘厳をきわめた美しさを一度体験されたら──一度でもその世界の恩恵をほしいままにできる生活を体験されたら、悪意と敵意、憎しみと闘争、流血と悲劇に満ちたこの冷たく陰うつな地上生活はもう二度とご免こうむりたいと思われるはずです。

 そんな世界に身を置いている私にとって、皆さん方の真理普及の行為によって魂が目覚めた人々の心に灯された愛念が何よりの慰めとなっております。地上世界での仕事は困難をきわめます。冷え切った心、歪んだ心の持ち主、私たちからの叡智や指導はおろか、自らの愛すら感じなくなっている人々が大勢います。

そうした中にあって親近感や同情心、僚友精神や同志的友情がいかに大きな元気づけとなるものであるか、ご存知でしょうか。みなさんが想像される以上に私にとって力となっております。さらに多くの人々へ手を差しのべていくための糧を供給してくださっていることになるのです。

 ならば、道を見失い、同情の言葉に飢え、導きと慰めと希望の言葉を求めてその日暮らしの生活に明け暮れている気の毒な人たちのことに常に思いを馳せようではありませんか。そういう方たちはみな、この世に自分一人だけ取り残されたような悲哀の中で生きているのです。

そういう人たちこそ私たちが霊力の行使範囲に導くために何とかしてあげなくてはならないのです。物憂い悲嘆の生活を一変させ、希望の光と真理の感触とを生活の中にもたらしてあげることができるのです。

 ご承知の通り私はこれからしばしの間地上を去ります。うしろ髪を引かれる思いがいたしますが、しかし時には高き世界からのエネルギーを再充電し、同じ使命に携わる同輩と協議し、失敗箇所と成功、予定どうりに進行しているところとそうでないところについて指示を仰ぐことがどうしても必要なのです。

そのとき私は皆さんからの愛をたずさえて行き、私からの愛をみなさんにお預けしてまいります。再び戻ってくる日を心待ちにいたしております。

 それでは最後にみなさんとともに宇宙の最高のエネルギー、私たちがその一部を構成しているところの神のエネルギーに波長を合わせましょう。そのエネルギー、神の御力、大霊の息吹の恩恵を改めて意識いたしましょう。

その最高の力を受けるに相応しい存在であるように努力いたしましょう。託された信頼を裏切ることのないように努力いたしましょう。高貴な目的のための道具として恥ずかしくない生き方、考え方、物の言い方を心がけましょう。そして、いかなる事態に遭っても、その神聖なる使命を傷つけることのないように致しましょう。

 双肩に担わされた使命を堂々と遂行いたしましょう。これから降りかかる如何なる受難にも、人のために己を役立てたいと望む者は常に限りない愛を秘めた大霊と一体であるとの信念を燃やして、不撓(ふとう)不屈の決意を持って立ち向かいましょう」

       ※      ※       ※                 

 続いて翌年のクリスマスにもルースとポールの二人が招かれている。シルバーバーチによれば、二人の存在も計画の中に組み込まれており、二人を通して、それなくしては得られない掛けがえのない力を得ているということである。

 このたびの交霊会はクリスマスとはどういう意味があるのかという話題から始まった。というのは、その頃ポールの学校でクリスマスについてのお話があり、ポールはその意味がよく分からなくて、家に帰ってから両親に説明を求めたばかりだったのである。
 
 そのいきさつを聞いたシルバーバーチがこう述べた。


 「その問題に入るに先立って知っておいていただかねばならないことがあります。というのは、永いあいだ地上人類を悩ませてきたつまらない問題からさきに片づけておく必要があるからです。ポール君は神についてどういう点が良く分からないのでしょうか」


 ポール「これまでいろんな人が神についていろんな説き方をしているみたいです。それぞれみんな違っており、これだと得心いくものが一つもないのです」



 〇〝神〟の思想の進歩

 SB「その通りなのです。忘れてならないのは、人間はつねに成長しており、精神の地平線が絶え間なく広がっているということです。言いかえれば、境界線が取り除かれていきつつあるということです。知識が進歩すれば宇宙そのものと、その宇宙に存在するものについて、より大きな理解力がもたらされます。

 太古においては人間は環境についてほとんど知識がなく、自然現象についてはまったく理解していなかったために、何もかも神様の仕業(しわざ)にしておりました。その神様についても人間を大きくしたような存在としてしか想像できませんでした。

そこに犠牲(いけにえ)の思想の原点があります。雷が鳴り稲光がすると神様が怒っておられるのだと思い、その怒りを鎮めるためにいろんなお供えをするようになったのです。

 そうした野蛮な小さい考えも次第に大きく成長し、人間は無知の暗闇から脱し、迷信の霧を突き抜け、知識の夜明けを迎えて、宇宙の根源はどうやら人間の想像を超えたものらしいということに気づきはじめました。

しかし、だからといって古い概念がそう簡単に消えたわけではありません。何かすごく大きな人間の男性のような姿をした神様が宇宙をこしらえたのだという概念が、何十世紀もたった今もなお存在しています。

 さて私たちはさらに一歩進めて、宇宙を創造しそして支配しているものは、男性神でもなく、女性神でもなく、とにかく形ある存在では無いと説いているのです。人間的な存在ではないのです。

宇宙は法則によって支配されており、その法則は規模においても適用性においても無限なのです。それは無限の愛と叡智から生まれたものであり、したがって完璧であり、誤ったり失敗したりすることが絶対にないのです。

 私は生命とは霊のことであり、霊とは生命のことであり、初めもなく終わりもないと説いております。霊を物質の中に閉じ込めてしまうことはできません。物質というのは霊の至ってお粗末な表現でしかありません。

物質界に生きる人間は視覚と聴覚と触覚と嗅覚と味覚の五つの感覚でしか物事を判断することが出来ませんから、その五感を超えた生命の本質を理解することはまず無理なのです。

 そうした限界の中で生きているかぎり、その限界の向う側にあるものが理解できるわけがありません。そこで次のような結論となります。すなわち宇宙は自然法則によって表現されていること、その法則の背後にある叡智は完全であること、しかし人間は不完全であるためにその完全さを理解することができないということです。

人間が個体性を具えた限りある存在である以上、個体性のない無限の存在を理解することは出来ないのです。これはとても難しい問題ですが、少しでも理解の手助けになればと思って申し上げてみました。

 人類の全てが──地球という一個の天体上だけではありません。数え切れないほどの天体上の人間的存在のすべてがそうなのですが──私のいう大霊、皆さんのいう神の一部を構成しているのです。大霊とは全宇宙の霊の総合体だからです。これなら分かるでしょう ?」


 ルース「人間は進歩するほど神について複雑な考え方をするようになり、複雑になるほど真実から遠ざかっていくのではないでしょうか」



 〇ほんとうの進歩とは

 SB「本当の意味での進歩であればそういうことにはなりません。実は〝脳〟ばかり発達して〝精神〟や〝霊〟の発達が伴っていないことがあるのです。すると頭のいい人が多くなりますが、頭がいいということは必ずしも偉大な魂、あるいは偉大な精神の持ち主ということにはならないのです。

 それは脳という物質のみに限られた発達なのです。そういう発達をした人の中には複雑なものほど立派であるかに思っている人がいることは確かですが、本当の発達、精神と魂の発達を伴ったものであれば、霊的なことについてもより深く理解するようになります。

正しい発達とは精神的ならびに霊的な発達のことを言うのです。そういう発達をしている人は古い間違った概念を捨てて、ますます真理に近づいてまいります。

 いつも忘れずにいてほしいのは、無限の存在である大霊のすべてを、限りある言語で説明することは不可能だということです。大きいものを小さいものの中に入れることはできません。これは当たり前のことです。分かってもらえたかな? さてほかに、どんな質問がありますか」



  〇人類最大の発見は?

 ルース「人類による最大の発見は何だと思われますか」

SB「これは難しい問題ですよ。〝最大〟という言葉の意味がいろいろあるからです。どういう意味での〝最大〟なのか──物的にか、精神的にか、霊的にか、それを前もって考えてから質問すべきですね。

 私の考えでは、人類による最大の発見は人間は動物とは違うこと(霊長類であること)を知ったこと、自我意識というものがあることを知ったこと、霊性を自覚したこと、お粗末とはいえ身の回りの現象について知る能力があることを知ったことです。それが他の全ての発見へとつながったからです。

 今〝霊性を自覚したこと〟と言いましたが、その意味は、人間が肉体以上の存在であること、物資を超えた存在であること、やがて朽ち果てて、土に帰っていく物質的容器とは違う存在であることを知ったということです。私はこれが何よりも大きな発見であると思います。

 が、ルースちゃんの質問が私にとっての最大の発見は何かという意味であれば、話はまた違ってきます」



  〇シルバーバーチの最大の発見

 ポール「それを聞きたいです。ぜひ話してください」

SB「私にとっての最大の発見は地上の多くの人たちが善意と情愛と僚友意識と、そして愛までもこんなにたくさん持っておられることを知ったことです。

また、訴え方が正しければ、その愛を本性から呼び覚ますことができるということ、最高の波長にさえ反応してくれるということ、気高い品行を志し、気高い思念を持つことができるということ、自己の利益や打算を超えた、より大きなものに心を動かされうるということ、理想主義、愛他精神、奉仕的精神にも共鳴してくれるものであることを知ったことです。

 この冷たくてうっ陶しい、およそ魅力のない陰うつな地上での仕事に打ち込んできたこれまでの永い年月を振り返ってみて、私は一度もお目にかかったことのない人でありながら、私の訓えで救われたという気持ちから、感謝の愛念を送ってくださる方々が増えることによって、地上にこうまで温かみがもたらされるものかと、驚きの念を禁じ得ません。

それほど多くの愛を頂戴することになろうとは予想もしませんでした。私にとってはそれこそが感謝の源泉であり、それが私を更に鼓舞し、同時に、勿体ないことだという気持ちにもさせられます。なぜなら私はそれに値するほどのことはしていないという自覚があるからです」

 ルースとポールにとって、この答えはさすがに意外だったようである。子供心に、もっと楽しい話を予想していたのであろう。が、二人はかえって興味をそそられ、さらに質問する。

 
  〇物質文化の発達が利己主義を生んだ

 ポール「シルバーバーチさんが地上へ降りてこられてから地上にはどんな変化があり、霊界ではどんな変化がありましたか」

 SB「大ざっぱに言えば、地上における変化は〝文明化〟といわれる過程でしょう。人類は物質的な面で大きく飛躍しました。大自然の仕組みについて多くの発見をしました。山頂を征服し海底を探査するようになりました。大陸と大洋を横断するようになりました。物質的な面では非常に高度なものを成就しました。驚異的な発達ぶりであったと言えましょう。

しかし、同じ発達が精神面と霊的な面に見られないのです。人類は物質と精神と魂のうちの物質面だけが異常に成長してしまいました。他の二つの側面がそれについて行っていないのです。それが利己主義と言う、地上でもっとも厄介な罪を生むことになったのです。

 さて、こうした事実から学ばねばならない教訓があります。それは、物質面での発達を、全面的ではなくてもいいから、霊的ならびに精神的側面にもある程度反映するようにならないかぎり、人類は自らの存在の産物、自らの創造の成果を平和的生活の中で味わえるようにはならないということです。

そうならない限り地上には混沌と無秩序と不協和音が絶えないということです。良いことをしようという意欲を起こさせ、協調と奉仕の仕事へ鼓舞するのは精神と霊の発達なのです。

 精神と霊の発達は利己主義を滅ぼし、代わって霊的教訓をもたらします。精神と霊に宿された才能を開発し、その上で物質的文明の産物を自分一人のためでなく他のすべての人たちのために活用するようになれば、いわゆる地上天国が実現されます。地上世界のすべての人間が自分より不幸な人のために役立てる何らかの才能を具えてるのです。

 さて、その間に霊界ではどんな変化があったかというご質問ですが、これは地上世界のことより、はるかにお答えしにくい問題です。簡単に言ってしまえば、地上とのコミュニケーションの橋を架ける仕事がかつてなく組織的となり、二度と地上世界がチャンネル(霊媒・霊能者)の不足から霊界と絶縁状態となることのないよう、入念な計画が工夫されそして実行に移されているということです。これ以上の説明は難しいです」

(訳者注───シルバーバーチの念頭には多分、オーエンの 『ベールの彼方の生活』第四巻で叙述されているように、天界の大軍がキリストを中心として組織されてゆっくりと降下し、それが今日スピリチュアリズムという名のもとでの霊的浄化運動となっていることがあったのであろう)


 メンバーの一人「霊界においてそうした大きな仕事が成就され、コミュニケーションのための回線が敷設され、計画が順調に推進されていることを知って私たちもうれしく思います。これには秀れた霊媒が要請されることになりますが、今それが非常に不足しております」

SB「道具はそのうち揃います。霊力が多くのチャンネルを通じて恩恵をもたらすようになります。どんどん増えていきます。これまでの成果を見てこの程度のものと思ってはなりません。決してこの程度で終わるものではありません。昨日よりは今日、今日よりは明日と、ますます大きなことが成就されていきます。

それが進歩というものです。我々も進歩していくのです。〝われわれの後は誰が引き継いでくれるのだろう〟──そう心配なさる方が必ずいるものですが、あなた方の仕事が終われば代わって別の人が用意されます。かくして霊力が今日以上に地上へ流れ込みつづけます。それは誰にも阻止できません」


 ルース「今はスピリチュアリズムという形で霊界と地上界との間にコミュニケーションが開かれておりますが、それ以前にも大きなコミュニケーションの時代があったのでしょうか」

 SB「一時的にインスピレーションがあふれ出たことはありますが、長続きしていません。この度のコミュニケーションは組織的であり、協調的であり、管理・管督が行き届いており、規律があります。一大計画の一部として行われており、その計画の推進は皆さんの想像も及ばないほどの協調体制で行われております。

背後の組織は途方もなく巨大であり、細かいところまで見事な配慮がなされております。すべてに計画性があります。

 そうした計画のもとに(一九世紀半ばに)霊界の扉が開かれたのです。このたび開かれた扉は二度と閉じられることはありません」 (訳者注───一八四八年の米国でのフオックス家での心霊現象を皮切りに、地球の一大浄化活動が始まったということ)



  〇睡眠中は何をしているか

 ルース 「あたしたちは眠っている間はどんなことをしているのでしょうか」

SB「みなさんは毎晩その肉体を後にして別の世界へ行きます。訪れた世界での体験は二種類に分けることが出来ます。一つは教育を目的としたもので、もう一つは純粋に娯楽を目的としたものです。教育的体験では、いずれ訪れる霊界生活で使用する霊的身体について教わります。娯楽を目的とした体験の場合は、たとえば霊界で催されているいろいろな会場を訪れます。

 いいですか、ルースちゃん、あなたは昨晩私の世界の庭園へ連れて行ってもらったのですよ。それからポール君は音楽を聞きに行ったのですよ」

 ポール「二人ともそのことを覚えていないなんて、つまんないですね」

 SB「確かに、そう思うのも無理ないかもしれませんね。でも、それは肉体から離れている間の(異次元の)体験を肉体の脳で理解しようとするからなのです。ポットの水ぜんぶをグラスに入れようとしても入りませんね。それと同じです。でも、夢を注意して見ていると好いヒントになるものが見つかるはずですよ」

 ルース「わけの分からない夢はどう理解したらいいのですか」

 SB「変てこな夢のことですか?。あれは(異次元の)体験を脳で思い出そうとするからそうなるのです。脳は小さな袋のようなものです。霊体が肉体に戻ってきて、その間の体験を脳に詰め込もうとするのですが、小さな袋には全部が入り切れないのです。それをムリして押し込もうとするためにあのような変てこな形になるのです。

夢というのは別世界での体験がそのまま現れるのではなく、その断片的な思い出にすぎません」

 ポール「シルバーバーチさんのお仕事でぼくたちにもお手伝いできることがあれば教えてくだい」

 SB「私にあなたたちの愛の念を送ってください。私を信頼し、善意の思念を送ってください。それが私の何よりの食べものであり飲み物なのです。ただただ愛が欲しいのです。善意をいただきたいのです。それさえいただければ私は幸せなのです。しかし、どうぞ私の仕事のことで心配しないでください。自分でちゃんとやりますから」


 ここでいったん話題が外れてメンバーの人たちと話した後再びルースとポールに向かって次のような感動的な教訓を述べた。

 SB「お二人のこれからの人生が日向ばかりだとは申しあげられません。曇りの日もあることでしょう。時には雨に打たれることもあるでしょう。困難なことがあるでしょう。試練に出会うこともあるでしょう。人生は一本調子のものではありません。

色彩もあり変化もあります。障害にも出会うことでしょう。何もかもうまく行く楽しい日々もあれば、すべてが絶望的に思える暗い日々もあることでしょう。そうしたさまざまな体験の中でこそ性格が培(つちか)われるのです。人生を形づくっているさまざまな体験の中で培われるのです。

 もしも人生が初めから終わりまでラクに行ったら、もしも乗り切るべき困難もなく耐え忍ぶべき試練もなく、克服すべき障害もないとしたら、そこには何の進歩も得られないことになります。レースは競い合うからこそ価値があるのです。賞はラクには貰えず一生懸命頑張ったあとにいただくから価値があるのです。

そういう価値ある人間になるように努力なさい。この世に克服できない悩みはありません。ですから、悩んではいけないのです。征服できない困難はないのです。力の及ばないほど大きな出来ごとは何一つ起きないのです。

 一つ一つの経験から教訓を学ぶことです。難しいと思った時は、怯(ひる)まず自分にムチ打つのです。そうすればそれだけ前より強い人間となります。自分が霊であること、それが肉体を通して表現しているのだということ、そして自分という永遠の霊に傷を負わせたり害を及ぼしたりするものは決して生じないということを忘れないことです。

 世間でいう〝成功者〟になるかならないかはどうでもよいことです。この世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。大切なのは自分の霊性の最高のものに対して誠実であること、自分でこれこそ真実であると信じるものに目をつぶることなく、ほんとうの自分自身に忠実であること、良心の命令に素直に従えることです。

それさえできれば、世間がどう見ようと、自分は自分として最善を尽くしたのだという信念が湧いてきます。そして、いよいよ地上生活に別れを告げる時が来たとき、死後に待ち受ける生活への備えが十分にできているという自信を持って、平然として死を迎えることができます。これが私からのアドバイスです」


 ルース「今のお話で私たちの最後の質問をしなくてもよくなりました」

 SB「さて私はそろそろ行かねばならなくなりました。私の去り難い気持ちはお分かりいただけると思います。せっかくの親しいつながりをしばらくのあいだ絶たねばならないからです。私はもうすっかり地上のお付き合いが好きになってしまいました。

しかし同時に、しばらくこのつながりを絶たないことには、かえって私の存在価値が小さくなることも事実なのです。何となれば、これから先の仕事に必要なエネルギーが摂取できるのは内奥の世界においてのみだからです。

 その世界に戻ると私は地上へ帰りたい気持ちが薄らぎます。そこが私の本来の住処だからです。何しろそこは天上的なよろこびに満ちた光輝あふれる世界なのです。しかし私にはまだまだ為さねばならない仕事があります。

これまで成した仕事がはたしてこれで良かったのかどうかを確かめたいのです。そこでこれから霊のきずなにおいて親密な間柄にある同志たちと会ってきたいのです。

 私が居ない間も私のことを忘れないでくださいね。私の影響力だけはずっと残っていることを知ってください。そのうちまた私がみずから引き受けた仕事の推進のために戻ってまいります。

日常生活において皆さんを絶え間なく見守り付き添ってあげるために戻ってまいります。皆さんと生活をともにすることは私にとって一つの楽しみなのです。お役に立つことが出来ることを光栄に思っているのです。

 では、また会う日までお別れすることにいたしましょう。私はいつも愛を持って訪れ、愛を持って去ります。皆さんに神の御恵みの多からんことを」



シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳


七章 真理は法律では縛れない
 
 二百年以上も前の一七三五年に施行された〝魔法行為取締法〟がホコリをかぶった公文書保管所から持ち出されて、物理霊媒のヘレン・ダンカンが投獄された。(巻末〝解説〟参照)

 これを契機に次々と霊媒が迫害を受け、交霊会が警察の手で妨害された。スピリチュアリズムがかつてない大きな脅威にさらされた時期だったが、そうした事態の中でシルバーバーチはこう語った。

 「真理の行進を阻止できる力は地上には存在しません。無数の霊媒を通じて地上へ流入しつつある霊力を挫けさせることの出来る者はいません。いかなる官憲の力、いかなる政治力、いかなる国家権力を持ってしても地上から霊力を駆逐することはできません。

 時すでに遅しです、すでに無数の道具すなわち霊媒や霊感者を通じて地上へ霊力が流入しており、慰安と援助と指導と治癒、そして霊的実在についての確信をもたらしております。霊的真理の勢いを阻止しようとしても、もはや時すでに遅しです。いかなる手段を企てても、結局は挫折します。巨大な霊の潮流が地上へ地上へと押し寄せているからです。

 これまでもありとあらゆる弾圧の手段が企てられてきました。磔刑(はりつけ)がありました。宗教裁判がありました。火あぶりの刑がありました。肉体的拷問、精神的拷問、その他、こうして痛めつけられることによって魂が救われるのだという狂気の信仰を抱く偏狭な宗教家によって、身の毛もよだつ手段が次々と案出されました。

しかし、そのいずれも結局は効を奏しませんでした。〝光〟を見た霊覚者が次々と輩出し、導いてくれる霊力を信じ、永遠の真理を喘ぎ求めている人類への使命感に燃えて、その光の指し示すところに忠実に従ったのでした。

 今の時代にはもはや磔刑や火あぶりの刑は無くなりました。が、今あなた方は投獄という刑に直面しております。しかし、これまでにすでに獄舎も霊的真理に対しては無力であることが証明されております。一世紀近くも続いているスピリチュアリズムの運動がそれくらいのことで阻止できると思われますか。絶対に出来ません!

 官憲力にせよ政治力にせよ、霊力を阻止せんとする企てをものともしない忠誠心に燃えた同志がいてくれるかぎり、私たちの仕事に挫折はありません。私たちがこうして地上へ戻ってきたのは、唯物思想が生み出してきた利己主義による不公正と、無知と迷信を助長させてきた誤った宗教的教義に終止符を打つためです。

その両者が結びつくと、人類全体を包み込んでしまうほどの暗黒を生みだすことになります。が今や正しい霊的真理の光が地上に根づき、もはやそれが根絶やしになることは有り得ません。

 闘いの手を緩めてはなりません。真理は必ず勝つのです。どうしても切り抜けなければならない困難はあることでしょう。が、それが何であろうと、きっと克服できます。真理の証を手にした者が、薄暗い片隅をコソコソ歩いたり、首をうなだれヨタヨタした足取りで歩く必要はもう無くなりました。

背筋を伸ばし、霊の使者として人類の霊的再生のために、すべての者が等しく自由と寛容を享受できる〝新しい世界〟を招来するために、神のお召しにあずかったのだという誇りを持ってください。人間の霊性───これは神の霊性そのものなのです───を抑圧し弾圧し、その発現を阻止せんとするものすべてが姿を消してしまうことでしょう」

 さらに霊媒への迫害について───

 「これからも霊の道具に対する攻撃は続くでしょう。心の奥でそういうものの存在を毛嫌いする人がまだまだ多いからです。しかし、そのくらいのことで霊の絶え間ない奔流が阻止できると考えても、もう時すでに遅しです。

満ち潮の急いで押し寄せ、地上の何ものによっても阻止できなくなっております。小さな流れだった時から阻止できなかったものが、大潮流となってから阻止できるはずがありません。

 私が会得した叡智の一つは、全体像を把握するということです。私は〝俗世にあって俗人となるなかれ〟という訓えの通りの立場にあります。あなた方のように目先の出来事に動かされることがありません。あなた方は物質界に身を置いている以上、その日その日の出来ごとに右往左往させられても無理のないことです。

が、私の住処は霊界にあり、あなた方のご存知ない別の次元の摂理の働きを体験しております。その私の目に巨大な霊力が地球へ押し寄せているのが見えます。それで勝利は間違いないと確信しているのです。
  
 苦しい思いをさせられる人もいることでしょう。しかしそれは先駆者として払わねばならない当然の犠牲なのです。どんなことがあっても自分の持ち場を死守し、そこから逃げ出すことがあってはなりません。自分に預けられた真理の宝石を死守するのです。

真理を知った者の勇気ある生き方の手本を示すのです。かりそめにも〝ごらんなさい。霊的真理を吹聴していた人間がこのざまですよ〟などと言われるようなことのないように心掛けてください。

 いかなる事態が生じようと、誰がいかなる攻撃に遭おうと、私たちの仕事は止まることなく続けられます。病に苦しむ人のからだを癒し、悲しみに打ちひしがれた人の心を癒し、インスピレーションと真理を次々と送り届けて。少しでも多くの人々を目覚めさせてまいります。

 それを阻止できる程の力は地上には存在しません。それが宗教という名の外衣をまとったものであろうとなかろうと、もう時すでに遅しです」

 確かにシルバーバーチはスピリチュアリストの集会への妨害行為が続く中にあって俗事を達観する態度を少しも崩さず、こう述べた。


 「良くなる前には悪くなることがあるものです。私は少しも心配しておりません。今は時代が違います。盤石の基礎ができております。そのことは何度も申し上げております。もっともっと不自由な思いをさせられる方が身のためです。それがより大きな自由を得させてくれるからです。

 しかも、その迫害の首謀者がスピリチュアリズムを目の敵にしている連中であることは実は有難いことなのです。一致団結して共同の敵を迎え撃つ態勢を整えさせてくれることになるからです。所詮、神の道具の全てを投獄するわけにはいかないのです。霊的真理普及のために捧げられている集会の門のすべてを閉鎖させることはできないのです。

 教会にはもはや霊的真理を追い払う力はなくなりました。(第三巻九五頁参照)。みなさんは、ひとにぎりの者が権力を振り回したあの暗黒時代(ヨーロッパの中世)に引き戻されるのではありません。それとは事情が異なります。

今は一段と啓発された時代です。男女の区別なく自由を、霊の生命ともいうべき自由を味わっております。その自由はさらに大きくなることはあっても、抑圧されることは有り得ません。

 その自由の炎を燃やし続けさせることが私たちの仕事の一環でもあるのです。魂に訴えて生きる熱情を燃え立たせ、自由を守る意欲に点火し、霊力によって生活態度が一新され活気づけられる、そうした方向へ手引してあげることです。

 いったん束縛から解放された魂は隷属の状態を嫌うようになるものです。(当たり前のことを言っているようであるが、人間は抑圧され続けると何かに隷属している方が気楽に思える病的奴隷根性が芽生えてくる事実を踏まえて述べている──訳者) 

これまで私たちは多くの人間を聖職者の策謀の檻から救い出し、神学の手枷をはずしてあげ、教義の足枷から解き放してあげてきました。もう何ものにも束縛されなくなった自由のよろこびを味わっている人が無数にいます。今や自由の身となったのです。自由の空気を満喫しています。自由解放の陽光の中で生きております。

 ありません!心配のタネは何一つありません。神の道具として目覚めていく霊媒が増えれば増えるほどスピリチュアリズムは勢力を増してまいります。一人でも多くの人を我々の霊力の行使範囲に手引してあげることが目的です。

これは二つの側面を持った仕事です。一つは各自が潜在的に所有する霊的原動力を発動させることであり、もう一つは、その人たちを背後霊の影響力下に置いてあげることです。

 私は、同じ愛でも、家族的な絆に根ざした愛よりも、奉仕的精神に根ざした愛の方がはるかに尊いと信じている者の一人です。奉仕的精神から発動した愛の方がはるかに偉大です。

自分という〝一個〟の存在の心と知性と魂を〝多数〟の人間の運命の改善に役立ようとするとき、そこにはその見返りとしての己れの栄光をひとかけらも望まない〝光り輝く存在〟を引き寄せます。生きる喜びをひとかけらも味わうことを許されない無数の魂の存在を地上に見ているからです。

 もしも皆さんが霊の目を持って見ることが出来れば、宇宙の全次元の存在の場をつないでいる絆をごらんになることが出来るのですが、それがごらんいただけないのが残念です。

それをごらんになれば、地上の誰一人として見棄てられたり取り残されたり無視されたり見落とされたりすることがないこと、霊的なつながりが人間に知りうるかぎりの最低界から人間が想像しうるかぎりの最高界まで連綿として続いていることを理解されることでしょう。

 その全次元を通じて〝光り輝く存在〟が隈なく待機し、連絡網を通じで霊力を一界また一界と段階的に送り届け、最後は物的チャンネル(霊媒・霊能者)を通して地上へ届けられます。それはそれは強大なエネルギーです。 その真の威力は地上の言語による説明の域をはるかに超えております。

 みなさんの協力を得て私たちはずいぶん多くの成果を上げてまいりました。しかし、まだまだ目標には到達しておりません。多くの仕事が為されましたが、これからも多くの仕事が為されることでしょう。そうとは知らずに影響を受けている人が大勢います。

自分では無意識のまま霊力の通路となって役立っている人が大勢います。ご本人は何かしら感じるものがありながらも、それを説明できず、ましてや霊の世界、死後の世界からの働きかけとは思いもよりませんが、しかし、ふだんの生活の中で常識では考えられないことが起きていることに気づいています。

そういう人はみなさんから近づきやすい条件を備えていることになります。

 地上生活が五感のみによって営まれているとする古い概念が打ち破られたことは大きな収穫です。今や新しい概念が地上生活に行きわたりつつあります」


 ここでメンバーの一人が「キリスト教が少しでもその説を改めた形跡は見当りませんが・・・」と言うと

 「少しずつ身を削ぎ落とし古い概念を新しい概念と調和させようとする試みがなされつつある証拠がたくさん見られます。過去一世紀にわたるキリスト教正教の歴史は、固定化した古い教義を新しい知識でもって解釈し直し、それがそれまでに説かれてきたものとは違って象徴的な意味でしかなかった、という受け取り方に向かう努力の長い記録であったと言えます。

よくごらんになれば、それが延々と続けられてきていることがお分かりになると思います。

 先見の明のある牧師たちは〝いや、これはもう通用しない。科学と知識と発明・発見によってこの宇宙は我々の先輩が考えたものよりもはるかに大きいことが分かったのだ〟と言います。

むろん一方には新しいワインを古いポットに注ぎ込もうと一生懸命になる日和見(ひよりみ)主義者もいます。が、全体として物の考え方に柔軟性が出てきております。教義の説き方も過去のお座なりの用語は用いられなくなっております。

 硬直した古い概念から抜け切れない者は次第に勢力を失っていきつつあります。近代的概念を摂り入れようとする者が次第に勢力を伸ばしつつあることを忘れてはなりません。それが進化というものの必然的な結果なのです。

今なおその異常な精神構造のゆえにまったく進歩というものが止まっている人間がいることは事実です。頑迷な形式主義に凝り固まった人間がいることはいます。しかし、それはもはや大多数を占めていません。五十年前とはだいぶ違います。

 キリスト教界にも健全な合理的精神が働きはじめております。知識の進歩とともに、かつての人間味たっぷりの神の概念が姿を引っ込めざるを得なくなりました。宇宙の広大さと複雑な組織、そこに満ち溢れる生命活動、人間の視界を超えた波動と放射線等について明かされた知識が、宗教についての概念を完全に塗り変えました。

科学が四次元世界の存在を指摘している時代に、かつての天国と地獄の話が信じられるわけがありません。
   
 われわれの仕事は必ず勝利を収めます。真理は必ず勝つものだからです。ただ警戒を怠らないでいただきたいのは、真理を求めてあなた方に近づいてくる人たちの中には、自分たちの宗教の一部を補修するのに都合の良いものだけを盗み取ろうとする者がいることです。それを許してはなりません。

私たちが真理普及のための道具、霊的才能を発揮できる者を一人でも多く求めているのは、その霊的真理によって霊的生命がますます勢いを増してくれることを目的としているのです。そこに成長が得られるのです。霊的真理によって真の自我に目覚めた魂は、その真理の意味するところを決して忘れません。

 霊界には、いついかなる時も、インスピレーションによる指導と鼓舞の手段を用意した霊の大軍が控えております。真剣に求めてしかも何一つ手にすることが出来ないということは絶対にありません。求める者には必ず救助と援助と指導とが与えられます。かつて地上のためにこれほど大規模な活動が行われたことはありません。

真摯に求める者のために生きた真理の水を用意し、叡智に満ちた驚異的現象を用意し、霊の貯蔵庫が無尽蔵であること、いかなる要求にも応えられること、誰であろうと、どこにいようと、その恩恵にあずかることができることを知っていただく態勢ができております。

 生まれや地位、身分、職業、民族、国家の別は関係ありません。また仕事で地下に潜っていても、海洋へ出ていても、空を飛んでいても、あるいは列車に乗っていても、船に乗っていても、工場で働いているときも事務所で働いているときも、お店でお客の相手をしている時も、あるいは家で家事に携わっているときも、常に霊の力の恩恵にあずかることができるのです。

 霊的貯蔵庫との波長がうまく調和しさえすれば、その恩恵にあずかることができます。各自が持つ受容能力に似合った分だけを授かります。何とすばらしい真理でしょう。それなのになお地上にはそれを否定する人がいます」


 別の日の交霊会で、古来、迫害行為は決まって逆の効果を生んできていることを指摘して、こう続けた。

 「迫害の手段に出る者は決まって彼らが意図したものとは全く異なる結果を招来するものです。あなた方の時代、このスピリチュアリズムの世紀においても同じことです。あなた方は図らずも多くの敵をこしらえてしまいました。

そして私がしばしば述べておりますように、彼らはスピリチュアリズムを阻止せんとして、ありとあらゆる陰湿な手段を平気で講じます。

 宗教家を持って任じる者、宗教というものがおのずから要求する神聖なる責務を自覚しなければならないはずの聖職者みずからが、あらゆる倫理・道徳の規範にもとる態度を取っています。その態度はまさしく宗教という言葉から連想されるものと正反対です。しかし彼らがいかに力を結集して挑んでも、霊力の地上への降下を阻止することはできません。

 今やいかなる組織をもって霊力の流れを阻止しようとしても、時すでに遅しです。古びた法律や条件を引っぱり出すかもしれません。国家や警察の権力を操るかも知れません。しかし霊力の地上への顕現を阻止することはできません。

 これまでに起きたことはもとより、これから生じるであろう出来ごとも、霊に目覚めた者が不安や恐怖を抱くほどのものは何一つありません。忠誠心と自信とを持ち、背後より支援してくれるその力の存在を忘れることなく、真理はいかなる反抗勢力に遭っても、真理であるがゆえに耐え抜くものであることを確信して邁進すべきです。

 私はいつも、昨日や今日の出来ごとによってすぐに揺らぐようなことのない永遠不変の原理を説いております。永遠の実在───不変の摂理の働きに基礎を持つ実在の一部なのです。この知識を活用することによって、決断に際して不安も恐れもなく、自分がたずさえている真理はかならずや勝利を収めるのだという確信を持つことができます。

 この真理はすでに地上に根づいております。役割を忠実に果たしておられる皆さんの存在が白日のもとにさらされることになりますが、それをむしろ天命として喜んで受けとめるべきです。なぜならば、それはわれわれの説く真理によって困惑すべき者を困惑させて行きつつあることの証左だからです。

本当はとうの昔に取り除かれるべきだったものを今、新しいほうきによって掃き取っているところなのです。その過程にも教訓的要素が意図されております。が、掃き取られる側がそう大人しく引き下がるわけがないでしょう。当然の成り行きとして、そこに闘争が生じます。

 それも栄誉ある闘争の一部です。その背後には霊の大軍が控えております。光り輝く天使の群れの援助を得ているわれわれに絶対に挫折はありません」


 さらに別の機会にもこのたびの投獄事件に関連してこう述べた。

 「かなり前に私はみなさんにこう申し上げたことがあります。われわれに敵対する勢力は古い言いがかりを体(てい)よく飾り、法律と国家権力を盾にして攻撃してくるでしょう、と。

 しかし、時すでに遅しです。それくらいのことで霊力が挫けることはありません。私たちの勢力は、生命が永遠であること、人間は例外なく死後も生き続けること、愛に死はなく、死者への哀悼は無用であること、そして宇宙には誰にでも分け隔てなく与えられる無限の霊的叡智と愛とインスピレーションの泉があることを教えたくて戻ってくる男女によって編成されているのです。

 特別に神から特権を授かる者は一人もいません。真摯なる者、謙虚なる者、ひたすらに真理を求める者、古い伝説や神話をかなぐり棄て、いったん受け入れた真理に素直に従う用意のできた者のみが、新しい世界の価値ある住民としての特権を得るのです。

 教会と言えども、法律と言えども、裁判官と言えども、インスピレーションの泉に蓋をすることはできません。その流れは止めどもなく続きます。みなさんは何者をも恐れることなく、人類を迷信の足枷から解き放し、無知の束縛から救い出す真理の擁護者としての決意を持って邁進しなくてはいけません」

シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳



六章 わが子に先立たれた二組の夫婦と語る

 英国空軍に所属していた息子の戦死に心を痛めている夫婦が招待された。ご主人はある新聞社の編集を担当しておられる。夫婦はそれまで幾人かの霊媒を通じて息子との交信を求めてきたが、効を奏していない。そこでご主人がシルバーバーチにこう尋ねた。


───他界した者との交信を求めてあの霊媒、この霊媒とまわり歩くのは良いことでしょうか。もし誰かほかの人がうまく交信に成功したときに、交信のできない霊へのメッセージを託すことは可能でしょうか。

 「私の目には人間の心と魂とが映ります。外部の身体は映りません。苦悩の淵に沈まれたあなたの心は私にはよく分かります。ですから、あなたの心の奥底で動めいているものを私が知らずにいると思ってはいけません。あなたはまさに悲しみのドン底を体験されました。そしてその悲しみを少しでも和らげてくれるものを求めておられます。

しかし、こんなことを申し上げては非情に思われるかもしれませんが、あなたが求めておられるものを叶えられなくしているのは、知らず知らずとはいえ、実はあなたご自身であることを知ってください。

 宇宙には科学の実験室における如何なる分析検査にもひっかからず、化学薬品によってもメスによっても分析できず、しかも、これまで大きさを測定し重量を量り切開できた他のいかなるエネルギーをも超越する力が存在します。

 私が言っているのは愛の力のことです。その愛は全生命の根源であり、宇宙を創造した大霊すなわち神の属性であるがゆえに死滅することはありません。それはまさに生命の息吹でありエッセンスなのです。

この愛さえあれば、縁で結ばれた者どうしはあらゆるハンディキャップ、あらゆる障害、あらゆる妨害を乗り越えて、いつかは必ずお互いを見出し合います。


 息子さんのことはよく存じております。聡明な、まばゆいばかりの青年でした。あなたは今その息子さんのことで心を痛めておられます。が、その息子さんは実は今もあなた方のお側にいるのです。死んでしまったのではありません。生命に満ち溢れた姿で生きておられます。

いつかはその存在を証明することに成功するでしょう。そして傷ついた心を自ら癒すことになるでしょう。どうか私の言うことを素直に信じてください。息子さんは(戦死によって)何の傷害も受けておられません。

精神的能力も霊的能力も全く健全です。そのうちきっと、今だにあなたを取り巻いている濃いモヤを取り除けるようになるでしょう。それを是非とも突き破らねばなりません。

 しかし、それは大変努力のいることです。実に困難なことです。いかに困難なものか、例をあげてみましょうか。私はこうして地上との交信を可能にしてくれる通信網を操るための訓練に二十年以上も費してまいりましたが、今日の地上を取り巻く状況が(戦争のために)あまりに混沌とし、騒乱と険悪さに満ちているために、やむを得ずその繊細な通信網を最小限にしぼって、ようやくこの霊媒との連絡を確保しているのが実情なのです。

 お子さんがあなた方を喜ばせてあげられないのはお子さんが悪いのではありません。地上に近い霊界の下層界における混乱状態のせいであり、それにもう一つ大切な原因として、無理もないこととはいえ、絶対的確証を得ないと気が済まない、あなたのその冷ややかな分析的精神構造があります。

しかし私もお手伝いをします。その内、その悲しみの鈍痛を忘れかけている時があることに気づかれるようになることを、ここで断言しておきましょう。

 胸もはり裂けんばかりの苦悩を味わうのも、愛することを知った者であればこそです。あなたもですよ」と言って奥さんの方を向き、さらに続ける。 「だからこそこうして私たちが戻ってくるのです。私がお届けする知識によって、大ぜいの人々の人生を台無しにしている無知を一掃しようというわけです。

 地上の人々が霊的な摂理を理解し、内部に具わっている霊的資質が自然に発揮されるような自然な生活を送れば、二つの世界の間にかかっているベールが突き破られ、すべての障害が撤去されることでしょう。

その障害はことごとく人間の無知と迷信と偏見とによって拵えられたものばかりなのです。言うなれば闇の勢力です。ぜひとも打ち破って、愛と力と導きと光明がふんだんに地上へ届けられるようにしなければなりません。

 私がいつも知識の普及を口にするのはそのためです。霊的知識こそが、自らを閉じ込めている牢獄から魂を解放する大きな力となるのです。自由と言う名の陽光の中で生きるべきでありながら暗い魂の牢獄の中で暮らしている人が多すぎます。

 あなたもその仕事に参加できます。知識を伝達する機関(新聞社)にお勤めだからです。地上生活の総決算をする時がきたとき、つまり地上に別れを告げて霊の世界へと移られると、誰がするというのでもなく、自家作用によって、自分で自分を裁くようになります。

その時の判断の基準は地上で何を考えたかでもなく、何を信じたかでもありません。世の中のためにどれだけ自分を役立てたかということです。

 私が説いているのは〝人のために〟という福音です。人のために惜しみなく自分を役立てなさいと言っているのです。そうするとあなたがこの世に存在したことによって世の中が豊かになるわけです。簡単なことなのです。改めて説くのもおかしいくらい当たり前のことなのです。ですが、やはり真実です。

 地上世界は単純さという本通りから外れて、ややこしい複雑な脇道に迷い込んでおります。あまりに複雑なものに惑わされて単純な真理が受け入れられなくなっている精神構造の人が大勢います。ですが、単純な真理は単純であるがゆえにこそ強いのです」


 続いて霊界の息子さんのことについて奥さんにこう語った。

 「そのうちお子さんは新しい世界で発見したことが伝えられるようになって、奥さんはその驚異に満ちた話に圧倒されることでしょう。

 ですが、その前にどうか次のことをよく理解してください。冷たいことを言うと思わないでください。本当のことを謙虚にそして真剣な気持ちで申し上げます。死は、死ぬ人自身にとって少しも悲劇ではありません。あとに残された人にとってのみ悲劇なのです。暗黒の世界から光明の世界へと旅立つことは悲しむべきことではありません。

 あなたが嘆き悲しむとき、それは実はわが子を失った自分の身の上を悲しんでいらっしゃるのであり、自由の身となった息子さんのことを悲しんでおられるのではありません。息子さんは地上にいたときよりずっと幸せなのです。

もう肉体の病に苦しむことがないのです。刻々と蝕(むじば)まれていくということもありません。内部の霊的資質を開発し、それを何の障害に邪魔されることもなく自由に発揮し、それを必要とする人のために存分に役立てることができるのです。

 あなたは見慣れたあの姿が見られなくなったことを淋しがっておられるのです。物的身体が二度と見られなくなったことを嘆いておられるのです。しかし、本当の息子さんは立派に元気で生きておられるのです。

ただその手で触わってみることができないだけです。どうかその物的感覚の世界、五感というお粗末な魂の窓の向こうに目をやり、霊的実在を知ることによって得られる叡智を身につけるように努力なさってください。

 死は生命に対してまったく無力なのです。生命はつねに意気揚々としています。愛する息子さんは決してあなたのもとを去ってはいません。むしろ死によって霊的にはさらに身近な存在となっているとも言えるのです。むろん、そのことが今のあなたに理解できないことは私も承知しております。

なぜならあなたは物質の世界に生き、物質の目で見つめておられ、霊の世界の素晴らしい壮観がご覧になれないからです。しかし、いつの日かその物質のベールが取り除かれて霊的な目が開かれれば、あなたも新しい世界の目も眩まんばかりの光輝をごらんになり、人生には完壁な償いの法則があり、すべてが神の摂理によって治められていることを理解されることでしょう。

私も何とか力になってあげたいと思っているのですが、そのためには、あなたと私とは同じ人生を二つの異なった角度から眺めていることを忘れてはなりません」

 ご主人から地上の人間としての心がけについて問われて───

 「私に言わせればそれは至って簡単なことであり、なぜ地上の人間がそれを難しく考えるのか理解に苦しみます。あなたも他のすべての人間と同様に、為すべき何らかの仕事があってこの物質界に誕生してこられたのです。ときには内省の時をもって、果たしてこれが自分にとっての本当の仕事なのだろうか、

世の中を啓発する上で少しでも役に立っているだろうか、知識の蓄積を怠っていないだろうか、獲得した霊的真理を人に分け与える努力をしているだろうか、これで最善を尽くしていると言えるだろうか───正直に自分にそう問いかけてみることです。そうすればおのずと答えが出てまいります。

 それだけでいいのです。自分に正直になり、最善を尽くす───それだけでいいのです。宗教的信条や教義などは必要ないのです。自分はいま何を為すべきかを素直に認識するだけでいいのです。その心掛けを日常生活で徹底させれば、決して道を誤ることはありません。この物質界に誕生してきた目的を成就させていることになるのです。

 私たち霊界の者の目には、本当は存在してはならない暗闇の中で生きている何億、何十億とも知れぬ神の子の姿が見えます。荒れ果てたみじめな家屋で空腹と渇きに苦しみながら、生得の権利であり神からの遺産であるところの〝魂の自由〟を奪われた生活を送っております。

 その一方には、己れの飽くなき貪欲を満たさんがためにそうした無数の同胞を虐(しいた)げつづけることに知恵をしぼっている者もいます。そこで私は霊性に目覚めた方々に申し上げるのです───勇気をもって闘いなさい。

あらゆる不正、あらゆる闇、あらゆる横暴、あらゆる不公平と闘いなさい。その人の背後には人間的煩悩から解放された霊の大軍が控え、鼓舞し援助し、決して見捨てるようなことはいたしません、と。

 これが知識を伝達する手段をお持ちの方に私からお願いしていることです。私の言わんとしていることがお分かりですね。為さねばならないことが沢山あります。あなたも含めて、死後存続の確証を得たいと望んでおられる方に申し上げたいのは(確証はおろか)霊的知識にめぐり合う機会すら得られない人が無数にいるということです。

 あなたも私たちと同じ視野に立って地上世界をご覧になることです。そうした無数の人たちが、いずこへ向かうべきかも分からぬまま、疑念と不安を抱きつつ狼狽し、途方に暮れた生活を送っております。道を見失っております。と言って、永年にわたって権威があるかに思ってきた宗教はもはや信じられなくなっております。

暗中模索と挫折の繰り返しです。そこで私たちは考えたのです───良い道具(霊媒・霊能者)さえ用意できれば安心と確信と自信を生み出す知識の光をふんだんに地上へもたらすことが出来るであろう。

そして神が意図された通りの生き方、つまり平和と協調と愛に溢れた生活ができ、神の一部としての霊性が要求するところのものを追及することに勤しむことになるであろう、と」


 もう一組の夫婦は娘を失っていたが、今はもう連絡も取れて得心している。その日の要望は、自分たちだけで霊的交信が持てるようになりたいので、そのためのアドバイスを聞くことであった。趣旨を聞いてシルバーバーチはこう答えた。

 「お二人が今お考えになっていることを実現するのは容易なことではありません。戦争という特殊な情勢が地上と霊界との関係に大きく影響しており、連絡が大変混乱していることをまず認識しなければなりません。ご自宅で交霊会を催そうとしてもなかなかうまく行かないのはそのためです。

 永年の経験を持つ霊媒と強力な背後霊団を控えているサークルにおいてさえ、今は交信が非常に難しくなっております。まして初心者であるあなた方がうまく行かなくても不思議ではありません。

 まず第一に、まだ霊的能力そのものが十分な時間をかけて鍛錬をされておりません。指導と強化がなされておりません。まだこれからという段階です。今の状態で行うと近づいた霊の誰にでも好きに操られてしまいます。それに、霊力を補助してくれるメンバーが足りません」


 「忍耐がいると思っております」と奥さんが言うと、 

 「それもそうですが、メンバーが少なくとも三人以上は必要です。お二人だけでは霊力の相乗効果が十分に出ません。その結果そちら側からドアを開けることができても、そのドアから入ってくるお客さんを整理する力が足りないことになります。すると当然、開けっ放しの入り口からゾロゾロと際限もなくお客さんが入ってきて混乱してしまいます。

そうした点を改めない限り成功は望めないと思います」(その〝成功〟の意味が大切であろう。そうしたお客さんが〝しゃべる〟霊言現象にしても〝書く〟自動書記現象にしても、現象そのものなら簡単に〝成功〟するであろうけど、果たしてその〝通信霊〟が期待した通りの人物なのか、それともイタヅラ霊がそう名のっているに過ぎないのかが問題である。

これには霊媒の霊格と入神の程度、審神者(さにわ)の霊格と体験と直感力が絡んでくるのでそう簡単に片づけられないが、いちばん危険なのは唯々諾々(いいだくだく)として何でも有難く拝聴してしまう安易な好奇心と慢心である─訳者)


 メンバーの一人が「招かざる客が入らないようにするのが支配霊の役目ではないのでしょうか」と聞くと、

 「そうなのですが、そのためにはそれなりのエネルギーを供給してもらわねばなりません」

 「その門番のことですが、どんな責任を負っているのでしょうか」とご主人が尋ねる。

 「門番の仕事は門の番をすることです。ですが、そのためには、入ってほしくない霊を締め出すために必要な〝棚〟をこしらえられるだけのエネルギーを供給してもらわねばなりません。そのエネルギーはあなた方人間からいただくのであり、それが総合されてはじめて威力を発揮するものであることをご存知でしょうか。

出席者一人ひとりから少しずついただいて、それを責任者である支配霊がまとめるのです。そこで霊界側で用意したエネルギーをミックスして交霊会の運営のために使用するのです。

 もし誰かれの区別なく通りがかりの霊にどうぞお入りくださいと言わんばかりにドアを開けっ放しにしておくと、みんな喜んで入ってきます。なぜかと言うと、それは言わば薄暗い場所に明かりを灯すのと同じで、その明かりを見て低級な霊が続々と集まってきます。すると門番も制し切れなくなります。それだけのエネルギーを十分に具えていないからです。

 このサークルではそういう事態は起こりません。何十年も賭けてメンバーを厳選した上でサークルを構成しているからです。それでも、きわめて稀にではありますが、急に邪魔が入って、少しのあいだ中断せざるを得なかったことはあります。ですが、悪だくみを持った者ばかりとは限りません。

いろんなタイプの霊がいるものです。ただ単に地上の人間と話をしてみたいと思う者、好奇心から割り込んでくる者、軽薄な見栄からおせっかいを焼く者など、いろいろです」

 このあとシルバーバーチは、そうした交霊会を開くことを考えるよりも、二人は霊的知識という宝を手にしているのだから、それを知らないまま悲しんでいる同じ境遇の人たちに教えてあげる仕事に精を出すべきであることを説いた。すると哲学に興味を持っているご主人が哲学的な問題を提出した。

  
「宇宙創造の目的についてどういうお考えをお持ちですか。その目的に付随して、なぜこんなに多くの苦痛と邪悪と苦闘とが無ければならないのか、それが分かりません。人類の立場からはそうした目的が理解できないのです」



 「目的はあります。永遠の時の中で成就すべき目的があります。生命は無窮の過去から存在し未来永却にわたって存在し続けます、しかしその生命のたどる道は、一つの頂上をきわめると次の頂上が見えてくるという、果てしない進化の道程です。一つの頂上をきわめるごとにあなたの霊的資質が向上して行くのです。

 鍛錬によって人間は内部の神性が目覚め、より広く、より豊かなものを表現してまいります。地上的なアカが落とされ、霊の純金が姿を現します。これは当然のことながら苦痛を伴わない過程ではあり得ません。が、それも宇宙的機構に仕組まれた一部───比較対照の中で真理に目覚めるように意図された機構の一部なのです。

 苦痛を知らずして健康の有難さを知ることはできません。日蔭を知らずして日向の有難さは分かりません。そうしたことのすべてが、リズムと調和の中で展開する創造活動の一大パノラマを演じているのです。

 人間は永遠の海を当てもなく波に翻弄されているコルクではありません。永遠の創造活動の中の不可欠の存在なのです。自分の努力、自分の行為、自分の生活がそうした永遠の創造過程になにがしかの貢献をしているのです。

神の息吹の一部であり、無限なる霊の一部であり、永遠なる宇宙の一部であり、それが自分を通して働き、雄大なる宇宙的機構に光輝を加えることになるのです」


 「取りあえず私たちにもそれが分かるとしましょう。苦と楽の効用は理解できます。しかし、為になっているとは思えない存在がたくさんあるように思うのです」

 「人間生活のことでしょうか」

 「人間生活もそうですが、とくに小鳥や昆虫のような動物の世界においてです。比較対照という機構を理解するよう要求されても、自分の置かれた苦しい立場からしか見つめることが出来ません」

 「こう申しては失礼ですが、あなたは物事をガラス越しに薄ぼんやりと見つめておられます。真剣ではいらっしゃるかも知れませんが、極めて小さいなレンズで覗いて全体を判断しようとなさっています。

あなたにはまだ永遠の尺度で物事を考え判断することがおできになりません。この途方もなく巨大な宇宙の中にあって、ほんの小さなシミほどの知識しかお持ちでないからです。しかし今、それよりは少しばかり多くの知識を私たちがお授けしているわけです。

 少しだけです。全知識をお授けしましょうとは申し上げません。それは私たちも持ち合わせていないのです。私たちはあなた方地上の人間より少しばかり多くの知識を手にしているだけです。あなた方より少しばかり永い生活体験があるからにすぎません。

あなた方がこれから行かれる世界、私たちが本来の住処としている世界において、自然法則の仕組みと働きのいくつかを見てきているからです。

 その体験と、私たちよりさらに多くを知っておられる上層界の方々から教わったことを土台として私たちは宇宙人生の計画と目的について一段と明確な認識を得ております。そこに完璧な摂理の働きを見ております。

自然の摂理です。手落ちということを知らない法則、絶対に誤ることのない法則、極大から極小にいたるまでの宇宙間の全存在の全側面を認知し、何一つ無視することのない法則、すべてを包括し、すべての活動に責任を持つ法則です。

 私たちはその法則の完璧さに驚嘆しております。絶対に誤ることが無いのです。そして私たちは、これまでに明かしていただいたその完璧さゆえに、愛と叡智と慈悲によって育まれた完全な計画の存在を知り、現時点で理解し得ないこと、まだ明かしていただいていない側面もまた、同じく完璧な法則によって支配されているものと確信しております。そう確信するだけの資格があると信じるのです。

 その法則が構想においても働きにおいても完璧であるからには、当然その中に人間的な過ちに対する配慮も用意されているに決まっております。埋め合わせと懲罰が用意されております。

邪悪の矯正があり、過ちと故意の悪行に対する罰があり、何の変哲もなく送った生活にもきちんとした裁きが為されております。私から申し上げるのはそれだけです。

 私から申し上げられるのはそれだけです。私がこれまで送ってきた(三千年にわたる)生活において〝自分は神の法則によって不当に扱われている───不公平だ〟と真剣に言える者を一人も知りません。私の知るすべての者が神の永遠の公正はその規模において無限であり、その適用性において完全であることを認めております」


 「霊界にも時間があるのでしょうか。それから、ある事が行われなくなって霊が困るというようなことがありますでしょうか」

 「地球と接している幽質の界層を超えてしまうと、あなた方が理解しておられるような時間は存在しなくなります。こちらの世界は地球の自転とは何の関係もありません。昼もなく夜もなく、季節の変化もありません。地上世界で使用されている意味での時間はありません。

太陽は見たところ昇ったり沈んだりしていますが、こちらにはそういうものはないのです。以上が最初のご質問に対する答えです。二番目のご質問はよく分かりませんでした。もう少し分かりやすく述べてください」


 ここで代わって奥さんが「定期的に開かれているサークルを中止したら娘が残念がるかということです」と言うと───

 「それに対しては〝イエス〟という答えしかないでしょう。ですが、次のことを知っていただかねばなりません。私もあなた方の世界のことは少しばかり体験しており、いろいろと難しい面があることを理解しておりますが、そうした中で、忙しい時間のいくばくかを割いて、背後霊との霊的な交流を持つことを心掛けてくださると、背後霊はとても助かるということです。

そして、これは何度も申し上げていることですが、背後霊とのつながりを求め、たとえ表面的には何の反応もなくても、霊的には必ず何かが起きているものです。

 ですから、たとえばテーブルも何も用いずに何分間か、ただお二人で座って黙禱するというだけでもいいのです。言葉に出すのもいいかもしれません。が、それも必ずしも必要ではありません。心を空にして穏やかな気持ちの中で精神を統一するだけで十分です。

 その統一状態の中で霊の力が働くのです。そうした静かな精神状態というのが、物的生活に振り回されている騒々しさに一時的なストップをかけることになります。そのわずかな時間を霊性の開拓と、自宅内での霊的存在の認識へ向けたことになります。

 地上の人間は静かな精神状態を持つことの効用を十分に認識しておりません。私がよく申し上げているように、あなた方にとって無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。あなた方が静かに受身の心でじっとしている時が私たちにとって一番近づきやすいからです。

 今お二人がお嬢さんをごらんになられたらびっくりなさいますよ。どんどん大きくなっておられます。今ではもうお二人が知っている曽てのあの少女ではありません」

 「成長したのだなあと思うことがあります」と母親が言う。すでに何人もの霊媒を通じていろいろと証言を得ているからである。


 「もちろんご両親への愛は変わっていませんよ。それが一ばん大切なのです」

 最後に二人がシルバーバーチに礼を言いかけると、いつものようにこう述べた。

 「私が言ったからといって何もかも信じることはありません。私だって間違ったことを言っているかもしれません。あなた方にとって成るほどと得心のいったことだけを受け入れてくださればいいのです。これは私がいつもお願いしていることです。

 あなた方は私たちに手を貸し、私たちはあなた方を援助するという形で、お互い協力し合いながら宇宙の真理を究めていくのです。お互いがお互いから学ぶことが沢山あります。誰一人として間違いを犯さない者はいませんし、全能者ではないからです。私たちだってみな人間的存在です。永遠の道を旅する巡礼者なのです」

シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳



五章 懲罰と報復───大戦が終わって

 ヨーロッパの戦乱が終結して間もないある日の交霊会で、「敗戦国の人々に対して霊的真理をどう説かれますか」と問われて、シルバーバーチは次のように語った。(訳者注──第二次大戦で枢軸国と呼ばれた日・独・伊三国のうち、まず独伊が降服し、それから二ヶ月後に日本が降服したので、この交霊会はその間つまり一九四五年六月から八月の間に開かれた計算になる)


 「真理は真理です。その本質は永遠に変わることはありませんが、そのバリエーション(質・程度・適用性などの変化・変異)は無限です。大衆に一度に理解してもらえるような真理を説くことはできません。一人ひとりが異なった進化の段階にあり、同じ真理に対して各人各様の反応を示すものだからです。

 私はつねづね、神の計画は一度に大勢の人間を目覚めさせることにあるのではないことを説いてまいりました。そういうやり方では、永続性のある効果は期待できないからです。いっときの間は魔法をかけられたようにその気になっても、やがて必ず反動が生じ、群集心理から覚めて個人としての意識が戻ると、しばしば後悔の念とともに現実に目覚めるものです。

 それではいけません。私たちの計画は個人を相手として、一人ひとりその霊的需要度に応じて真理を授けることにあります。大ていの場合、地上でもっとも縁の強かった人からのメッセージで確信を植えつけます。それによって確立された信念はいつまでも持続し、いかなる人生の嵐に遭っても、いかなる痛打を受けても挫けることはありません。

 ですから、大勢の人を一度に目覚めさせる方法はないのです。少なくとも満足すべき結果を残させる方法はありません。

 忘れてならないのは、真理を理解するには前もって魂に受け入れ態勢が出来上がっていなければならないということです。その態勢が整わないかぎり、それは岩石に針を突きさそうとするようなもので、いくら努力しても無駄です。

魂が苦しみや悲しみの体験を通じて耕されるにつれて岩石のような硬さが取れ、代わって受容性のある、求道心に富んだ従順な体質が出来上がります。

 しかし、敗戦の苦しみの中におかれた人々へのメッセージが一つだけあります。何ごとも自分の理性に訴え、自分の道義の鏡に照らして行動しなさいということです。動物時代の名残りを呼び覚まされて、目には目を歯には歯をの考えで臨んでもラチはあかないということです。

 苦難の代償はそれによって自らを霊的に開放し、憎しみも怨念も敵意もない、協調的精神に富んだ〝新しい世界〟に適応し、然るべき役割を果たせる人材となることであらねばなりません」


 ここで話題が〝敗れた枢軸国を連合軍はどう扱うべきか〟という、当時のもっとも関心の大きかった問題に発展した。かつてのキリスト教の牧師だったメンバーが正直に述べた。
──私はそれらの国の人間とは二度と握手する気にはなれません──

 「迷える者に手を差し伸べるということが真理を手にした者の義務です。戦乱の雰囲気に巻き込まれて、その背後の永遠の霊的実在まで見えなくなるようではいけません」


──しかし生意気を言うようですが、どう間違っても私にはあれほどの残虐行為はできません。

 「心配なさるには及びません。神の摂理は完全です。一人ひとりが過不足のない賞罰を受けます。無限の叡智をもってこの全大宇宙を計画し不変の法則によって支配している神は、そこに生活している者のすべてのために摂理を用意しており、誰一人としてその働きから遁(のが)れることはできません。懲罰と報復とを混同してはいけません。

 私たちは同じ問題をあなた方とは別の視野で眺めております。復讐心と憎しみによって世の中を良くすることはできません。その邪心が判断力を曇らせ、決断を下すにも計画するにも不適格な状態になってしまいます」


──報復も懲罰の一種ではないでしょうか。

 「違います。報復は古いモーゼの律法であり、懲罰は神の摂理です。つまり一人ひとりがその功罪に応じて報いを受けるのです」


──人間どうしで一方が他方を罰することは許されないとおっしゃるのですか。

 「私だったら、その相手を精神的に未熟な人間として扱います。つまり人生を正しい視野で眺められるように、矯正していくための処方を考えています。もし罰せざるを得ないとすれば──私はその必要があるとは思いませんが──魂が真の自我に目覚めるような性質のものでなければなりません。憎しみを増幅させ、新たな戦争を生むような性質のものであってはなりません」


──ああいう国民を甘い処分で済ませておくと、二十年もしたらまた戦争になります。それで私は徹底的に打ちのめすべきだと言うのです。

 「どうやって打ちのめすのですか」


──このたびの戦争でやったようにです。

 「それで問題が解決されたのでしょうか。肉体が機能しなくなったらその人の影響も存在しなくなるのでしょうか。お伺いしますが、憎悪を抱いたまま肉体から無理やりに離された幾百万とも知れない人間が、地上の人間のために働いてくれると思われますか」


──一つの教訓を教えることにはなると思います。少しは変わってくれると思います。

 「それは憎むことを教えることになるでしょう。憎しみは憎しみを呼び、愛は愛を呼ぶものです。物質の目で物事を判断してはなりません。これまで何度も繰り返されてきたことです。殺人犯を処刑しても問題を解決したことにはなりません。地上へ戻ってきて他の人間を殺人行為へそそのかします。

 では一体どうすれば問題の解決になるのかということになりますが、処罰を矯正的な目的をもったものにすればいいのです。社会の一員として相応しい人間になってくれるように、言いかえれば神の公正の理念に基づいて然るべき更生の機会を与えてあげるように配慮すればよいのです。

そういう人間は心が病んでいるのです。それを癒してあげないといけません。それが本来の方向なのです。それが本人のためになるのです。それが〝人のため〟の本来のあり方なのです。摂理に適い、それを活用した手段なのです」


──戦争で敵・味方となって戦い合って死んだ二人に、あなたはそれぞれどう対処されますか。

 「それはその二人の霊の状態次第です。条件つきの答えで申しわけありませんが、そうした問題は規格品的回答で片づけられる性質のものではないのです。それぞれの霊的進歩の状態によって異なるのです。死んだあとも延々と戦い続けている者もいます。が、いつかは、地上で抱いた敵対心は肉体の死とともに消滅すべきものとの認識が芽生えてきます。 

 霊界の下層界では地上で起きていることのすべてが再現されております。地上での戦争や抗争がそのまま続けられております。が、霊的覚醒とともに、その界層を離れて、地上で培われた偏見と敵意をきれいに棄て去ります。

そうなると問題はひとりでに解決されてまいります。霊的摂理の理解とともに、自分の為すべきことは霊的な身支度をすること、自分自身の霊性を磨くこと、自分自身の能力を開発することであることを自覚し、それは他人のために自分を役立てることによってのみ成就されるものであることを認識します。

いずれにしても問題はあくまで過渡的なものです。霊的事実を知らずにいる者にいかにしてそれを認識させるかということです。そのためにあらゆる手段を講じるのです。

 一 ばん厄介なのは、自分がすでに地上を去った人間であることが納得できない人たちです。ひじょうに頑固なのがいます。さほどでもない者もいます。わりに素直なのもいます。このように、人類の全てが同じ進化の階梯にいるわけではないのです。

したがって一人ひとりの霊への対処の仕方も、それぞれのその時点での必要性に応じたものでなければなりません」


──あなたの訓えの中には〝恐怖心〟を捨てるように説いておられるものが多いのですが、実際に爆弾が投下されているときにそれを要求するのは無理です。そういう状態では怖がって当然ではないでしょうか。

 「おっしゃる通り当然でしょう。が、その状態こそ恐怖心を捨てる試金石でもあります。私たちがみなさんの前に掲げる理想がひじょうに到達困難なものが多いことは私も承知しております。私たちの要求することのすべてを実現するのは容易ではありません。が、最大の富は往々にして困難の末に得られるものです。

 それには大変な奮闘努力が要求されます。が、それを私があえて要求するのはそれだけの価値があるからです。いつも申し上げておりますように、あなた方はそれぞれに無限の可能性を秘めた霊なのです。

宇宙を創造した力と本質的に同じものが各自に宿っているのです。その潜在力を開発する方法を会得しさえすれば、内在する霊的な貯えを呼び覚ます方法を会得しさえすれば、霊力の貯水池から吸み上げることが出きるようになりさえすれば、恐怖の迫った状態でも泰然としていられるようになります。
 
 人生の旅においてあなたを悩ますあらゆる問題を克服していく手段は全部そろっているのです。それがあなたの内部に宿っているのです。イエスはそれを〝神の御国は汝の中にある〟と言いました。神の御国とはその無限の霊的貯蔵庫のことです。

自己開発によってそれを我がものとすることが出来ると言っているのです。開発すればするほど、ますます多くの宝が永久に自分のものとなるのです。もしも私の説く教えがラクなことばかりであれば、それは人生には発展と進化のチャンスがないことを意味します。

人生には無数の困難があります。だからこそ完全へ向けてのチャンスが無数にあることになるのです。生命は永遠です。終りがないのです。完全へ向けての成長も永遠に続く過程なのです」


──極端な言い方かもしれませんが、同じく参戦を拒否するにしても、恐怖心の一種である〝臆病〟から来ている場合があります。人類がもっと臆病になれば戦争も少なくなるのではないかと思うのですが、この考え方を霊界からどうご覧になりますか。

 「臆病も人間としての情の自然な発露です。私はいつも人生とは対照の中で営まれている──愛の倒錯したのが憎しみであり、勇気が倒錯したのが臆病である、と申し上げております。いずれも本質において同じ棒の両端を表現したものです。

また私は、低く沈むことができただけ、それだけ高く上昇することが出来るとも申し上げております。

 臆病を勇気に、憎しみを愛に変えることができるということです。この考え方がとても受け入れ難い人がいることでしょう。が、これが私の考えです。人間の精神にはさまざまな複雑な感情や想念が渦巻いております。

それをうまくコントロールするところにあなたの成長があり進化があり、低いものが高いものに転換されていくのです」


──臆病であることは悪いことでしょうか。

 「良いとか悪いとかの問題ではありません。一つの感情が発露したものであり、その人の個性の一部であるというまでのことです。たとえ表に出なくても内部にはあるわけです。怖いという気持ちにならない時でもどこかに潜んでいるわけです。

私が言わんとしているのは、そうした感情がいかに陰性のものであっても、いかに好ましからぬものであっても、あなたにはそれをより高度なものに転換する力が具わっているということです。私はこの教えが最も大切であると思っています。

臆病は本質において勇気と同じものなのです。ただ歪められているだけなのです。そしてそれはあなたに具わっている力を駆使することによって正しい方向へ転換することが出来るのです」


──憎しみと同じく臆病心も人間の属性の一つだとおっしゃるのでしょうか。 

 「そうです。人間が具えている資源の一部だと言っているのです。精神にはありとあらゆる資源が具わっているのです」

 ここで、さきの質問にあった〝人類がもっと臆病になれば戦争が少なくなるのではないか〟との意見についてのコメントを求められて──

 「そうはまいりません。みんなを臆病にすることによって戦争が解決されるものでないことは言わずと知れたことです」

 別の日の交霊会において再び戦争が話題になったとき次のような興味ある質問が出た。


──ダンケルクでの英国軍の撤退作戦のとき海が穏やかで、シチリヤ島での作戦のときも天候が味方してくれたと聞いておりますが、これは神が味方してくれたのでしょうか。

 「宇宙の大霊である神はいかなることにも干渉いたしません。法則、大自然の摂理というものが存在し、これからも永遠に存在し続けます。摂理の働きを止めたり干渉したりする必要性が生じるような事態はかつて一度たりとも起きていませんし、これからも絶対におきません。

 世の中の出来ごとは自然の摂理によって支配されており、神によるいかなる干渉も必要ありません。もし干渉がありうることになったら神が神でなくなります。完全でなくなり、混乱が生じます」


──今の質問は、最近多くの高名な方たちがラジオ放送で神が英国に味方してくれたかのように述べているのでお聞きしてみたのです。

 「ほんとうの高名は魂の偉大さが生むものです。それ以外に判断の基準はありません。何を根拠にしようと、神が自国に味方するかのように想像してはなりません。神とは法則なのです。

 あなたが正しいことをすれば、自動的にあなたは自然法則と調和するのです。窮地に陥ったあなた一人のために、どこか偉そうな人間的な神さまが総力を挙げて救いに来てくれるような図を想像してはいけません。スピリチュアリストをもって自認する人たちの中にも今だにそういう風に考えている人が大勢います」


──一人ひとり進化の程度が異なるので理解の仕方も違ってくるのだと思います。

 「ですから、私が申し上げていることに賛成してくださらなくても、あるいは私が間違っている、とんでもないことを言うヤツだと思われても一向に構わないのです。私は私が見たままの真理を申し上げているだけです。

永い永い進化の過程を経たのちに学んだままをお届けしているのです。それがキリスト教やヒンズー教、その他、聞いてくださる方の宗教を混乱させることになっても、それは私には関わりのないことです。

私はそうした名称や教義、いかなる宗教の概念にもまったく関心がないのです。私は私がこれまで学んできた真理しか眼中にありません。それが私の唯一の判断基準です。

 私の申し上げることがしっくりこないという方に押し付ける気持ちは毛頭ありません。

私は私の知り得たものを精いっぱい謙虚に、精一杯真摯に、精一杯敬虔な気持ちで披歴するだけです。私の全知識、私が獲得した全叡智を、受け入れてくださる方の足元において差し上げるだけです。これは受け取れませんとおっしゃれば、それはその方の責任であって、私の責任ではありません」

シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳



四章 若き軍人と語る

 
 シルバーバーチと語ることを永年の夢にしていた英国陸軍第八部隊所属の一軍人が、念願かなってハンネン・スワッハー・ホームサークルに招かれた。本来はフリート街の青年ジャーナリストである。

(訳者注──フリート街は英国の一流新聞社が軒を連ねているところで、そこの御意見番的存在だったのがほかならぬハンネン・スワッハーで、そういう関係からこの青年軍人も出席が叶えられたのであろう)

 青年は早くからシルバーバーチの霊訓に魅せられ、これまでの霊言の一語として読んでないものはないというほどだった。そして輸送船の中で、野営地において、あるいは戦場において戦友と議論を闘わせてきた。それだけにシルバーバーチへの質問には〝永遠〟の問題など難解なものも飛び出したが、例によってシルバーバーチは直截簡明(ちょくせつかんめい)に答えている。

 まずシルバーバーチからこう語りかけた。
 「あなたは英国の軍人でいらっしゃいますが、あなたにもぜひ参加していただかねばならない、もっと大きな戦いがあります。何世紀にもわたって強大な霊的軍団が組織されております。霊的真理に対して絶対的忠誠心を持って臨めば、あなたの強力な味方となってくれます。

 あなたへ届けられる〝召集令状〟は人のために自分を役立てることを求めています。勲章は授けてくれません。バッジもくれません。襟章もつけてくれません。等級もありません。しかし、絶対的な忠誠心と堅忍不抜の献身的精神を持って臨めば、必ずや勝利を手にすることが出来ることを私たちがお約束します。

どうかあなたも地上世界を毒している諸悪の駆逐のために私たちの味方になってください。私たちの新たな道具として一命を捧げていただけませんか。あなたの行為によってたった一人の魂でも救われれば、それだけで、あなたの人生は無駄でなかったことになります。私たちの仕事はそのようにして推進されていくのです」


── 一人の人間のすることは多寡(たか)が知れてるように思えるのです。軍隊にいるとただ語り合うことしかできません。

 「そのたった一人の人間も、霊の力を背後にすれば大きな仕事ができるのです。私は決して自惚れてでかい口をきいているのではありません。私にも謙虚な精神と哀れみの情はあります。私もかつてはとても無理と思える仕事を仰せつかりました。地上の方にはまったく無名のこの私が、この声と素朴な訓え以外には何の資産もなしに、たった一人で地上へ赴き、自分で道具(霊媒)を見つけ、愛と理性のみで勝利してみよと言われたのです。

 おっしゃる通り、たった一人のすることです。見た目にはたった一人です。が、その背後には自分を役立てたいとの願望を抱く者に必ず授けられる強大な霊力が控えております。

私はあらゆる逆境と困難と障害の中にあって一人の人間(バーバネル)に目星をつけました。その人間を私の目的に沿って鍛錬し、さらに、試行錯誤を繰り返しつつも忍耐づよく、真理普及という仕事に協力してくれる人間(サークルのメンバー)を探し求めました。

何かの報酬と引き替えに募ったのではありません。献身的精神を吹き込んでみたときの反応だけで募ったのです。そして、ごらんなさい、僅かな年数のうちに、われわれを伝達手段として、誇りある道具として、霊的真理が全世界に広まりました。

 かつても、大きな仕事をたった一人で始めた人がいました。その名をナザレのイエスと言いました。そのたった一人の人間が愛を基本理念とした新しい宗教の規範を地上にもたらしました。

 たった一人で大きな仕事を始めた人はほかにもいます。その名をリンカーンと言いました。彼は奴隷を解放し、あの大きな大陸を一つにまとめました。

 いかがです? たった一人でも大きな仕事ができることを示す例をもっと上げてほしいですか。あきらめてはなりません。真理普及というこの大きな戦いにおいて私たちの味方となった方には〝敗北〟はありません。

時として後退のやむなきに至ることはあるでしょう。が、知識が無知を追い払い、光が闇をかき消しながら、我々は絶え間なく前進し続けております。

 私は古い霊です──皆さんからそう見られております。(訳者注──old(オールド)という用語を用いているが、時間のない霊界には古いとか新しいとか若いとか年老いたといった表現は存在しない。ただ紀元前一千年頃に地上生活を送ったことがあり、地上的年齢計算でいくと三千歳になるという意味でそう言ったわけである。霊界には魂の成熟度しかない)

私くらいになると人間の可能性というものがわかります。その私からあなたに激励の言葉を述べさせていただきましょう。一切のあきらめの念を駆逐しなさい。そうです。私たちには為さねばならない仕事があるのです。偉大な仕事です。

よろこんでその手を、その心を、その精神を貸してくれる人の協力を必要とする大仕事があるのです。あなたもぜひ参加してください。あなた自身が手にされた知識を寛容の精神で他人に披露して、その良さを知ってもらうための努力を忍耐ずよく続けてください。そのうちきっと少しずつ変革が生じていることに気づかれます。

 それしか方法が無いのです。集団的暗示や熱狂的説教による陶酔ではいけません。理性と叡智と論理と常識、そして何よりも愛を持って、真実を説くことによって、一人ひとり得心させて行かねばなりません。結局はそれしかないのです。そう思われませんか」


──そう思います。しかしそれには気の遠くなるような時間が掛かります。  

 「ある人が言ってますよ。地球はあなたが生まれる前から存在し、あなたが去った後もずっと存在するであろう、と。その地上でのご自分の束の間の人生を、なんとか価値あるものにすることに(余計な心配をせずに)専心なさることです。

たった一個の魂のためにあなたを役立てることが出来れば、それだけであなたの人生は失敗でなかったことになります」


──でも、生涯を何一つ他人のためになることをせずに終わる人が大勢います。

 「若者はとかくせっかちに考えがちなものです。が、世の中は急激な革命によってではなく、ゆっくりとした進化によって改められていく──それが摂理なのです。私は若者特有の熱誠や情熱に水をさすつもりは毛頭ありません。私がこれまでに見てきたままを申し上げているのです。ご自分の経験から得られる叡智を道しるべとする──これが一ばんです。

人間を導く上で私たちはそれを一ばんの拠りどころとしています。だからこそ説得力があるのです。そうした方針でやってきて、結構私たちは、多くの方が気づいておられる以上に大きな進歩を遂げております。

 失望なさってはいけません。私たちは決してあなた方を失望させるようなことはしません。自惚れているのではありません。霊的法則に関する知識を駆使して霊的資源を活用する用意があるからです。この資源は無尽蔵なのです。

それを活用して、あなたがどんな境遇に置かれてもそれを克服できるように導き支援して、あなたの存在をできるだけ有効に生かす道を歩んでいただくように致します。

 奉仕こそ霊の通貨(コイン)なのです。宗教とは何かと問われれば私は躊躇なく申し上げます。──いつどこにいても人のために自分を役立てることです。と、神学などはどうでもよろしい。教義、儀式、祭礼、経典などは関係ありません。祭壇に何の意味がありましょう。尖塔に何の意味がありましょう。

ステンドグラスの窓にしたからどうなるというのでしょう。法衣をまとったからといってどう違うというのでしょう。そうしたものに惑わされてはいけません。何の意味もないのです。

 自分を人のために役立てること、それが宗教です。あなたの住むその世界のために役立てるのです。世の中を明るくするために役立てるのです。人の心を思いやり、やさしくいたわり、気持ちを察してあげなさい。しかし同時に、邪悪なものに対しては敢然と闘ってください。

 私がわざわざ地上へお伝えに戻ってきた真理とは、こうした何でもないことばかりなのです。しかし、こうした基本的な真理にしがみついていさえすれば、道を誤ることはありません。知識を広めることです。時には拒否され、時には嘲笑され、軽蔑され、愚弄されることもあることでしょう。

しかし、気になさってはいけません。そんなことで傷つけられてはなりません。用意のできていない者は当然受け入れることはできません。でも、それであなたはあなたの為すべきことをなさったのです。

 しかし一方には、それが干天の慈雨である人もいます。そういう人こそ大切なのです。その人たちの役に立てば、それだけで少なくともあなたの人生は存在価値を持つことになります。

 どうか私がこれまで述べてきた知識の中から物的生活の背後で働いている霊的活動、あなたの身のまわりにほうはいとして存在する莫大な霊力、あなた方を善のために活用せんとして待ち構えている霊の存在を認識してください。あなた自身の中に潜在する可能性をしっかりと認識してください。

それが自我の霊的本性の持つ莫大な兵器庫、魂の宝庫を開くカギとなるからです。神の叡智は無限であるということ、宇宙の宝物(ほうもつ)は無尽蔵であるということの意味を、しっかりと理解してください。

 私たちは金や銀の財宝をお持ちしてあげるわけにはまいりません。が、それより無限大に貴重な霊的真理という名の宝石をお持ちしております。これは色褪せる心配がありません。永遠に価値を発揮し続けます。これさえ携えていれば、人生を生き抜く上での光輝あふれる照明となってくれます」


──私たち兵士が外地を転戦したとき、敵の方が悪いのだと思って戦いました。しかし、その敵軍を構成している一人一人も、その戦いにかける理想があればこそ戦っているのだということが分かってきました。こうした場合、罪の報いはどうなるのでしょうか。我々は敵が悪いと思って戦い、敵は自分たちこそ正しいと思って戦っているのです。


 「いかなる問題においても、私たちは決して地上的観点から物ごとを見ないということ、地上的尺度で判断しないということ、人間的な憎しみや激情には絶対に巻き込まれないということ、往々にして人間の判断力を曇らせている近視眼的無分別に振り回されることはないということを忘れないでください。

さらに大切なこととして、今定住している霊的世界における神の摂理の働きを体験してきた私たちは、地上の人間を悩ませる問題を人間自身の受け止め方とは違った受け止め方をしていること、あなた方と同じ視野で捉えていないということを知ってください。

 以上の大切な前置きを大前提として申し上げますが、そうした問題において何よりもまず第一に考慮すべきことは〝動機〟です。自分は正しいことをしているのだと真剣に思い込んでいる人は、魂に罪過を負わせることにはなりません。いけないことと知りつつなおも固執する人間は明らかに罪過を犯していることになります。

なぜなら道義心を踏みにじり魂の進化を阻害していることになるからです。私たちの目には国家の別はありません。全体が霊的存在で構成された一つの民族であり、一人一人が国家の法律でなく大自然の摂理によって裁かれるのです」


──善と悪は何を規準にして判断したらよいのでしょうか。人間一人ひとりの問題でしょうか、それとも霊的法則の中に細かく規定されているのでしょうか。

 「一人ひとりの問題です。一人ひとりの霊的自我の中に絶対に誤ることのない判定装置(モニター)が組み込まれているのです。これまでに何度となくこの問題を持ち出されましたが、私には一貫して主張している見解があり、それをみじんも変更する必要を認めません。これまでに獲得した霊的知識を総合的に検討した結果として私はこう申し上げております。

すなわち、正常な人間であるかぎり、言いかえれば精神的・知的に異常または病的でないかぎり、自分の思考と行動を監視する、絶対に誤ることのない装置が内蔵されております。いわゆる道義心です。

考えること、口にすること、行うことを正しく導く不変の指標です。それがいかなる問題、いかなる悩みに際しても、そのつど自動的に、直感的に、そして躊躇なく、あなたの判断が正しいか間違っているかを告げます。

 それを人間は、時として揉み消し、時として言い訳や屁理屈で片づけようとします。が、真の自我はちゃんと分かっているのです」


 このあと議論が発展して難解な哲学的思考(スペキュレーション)の域まで入った時、シルバーバーチは一応それに対応したあと、こう述べた。

 「私は実用志向のタイプです。今日の地上世界が置かれている窮状を救う上で何の役にも立たないと思われる方向へ議論が流れかけた時はいつもお断りしております。私は今地球が必要としているのは基本的な霊的知識であるとみています。

人間社会の全組織を改め、そこに巣くっている汚毒、汚物、スラム、不平等、不正を一掃する上で役立つ知識です。そうした環境が人間の霊性の発現を妨げているからです。

 地上世界を見回すと、素晴らしい花園であるべきところに醜い雑草が生い繁り、花がその美しさを発揮する場所がなくなっています。そこで私はこう言うのです───まずそうした基本的な問題と取り組みなさい──戦場で戦ういかなる敵よりもはるかに強力なその敵に宣戦布告なさい、と。

 人間の霊性を踏みにじっている敵と戦うのです。人間の霊性を抑圧し、魂を束縛する敵と戦うのです。霊的存在としての基本的権利──神の直射日光を浴び、自由の喜びを味わう権利を奪う、あらゆる敵と戦うのです。

 人間はまずそうした問題に関心を向けるべきです。そしてもしあなたとの縁によって霊的知識に何らかの価値を見出した人々がその普及に意欲を燃やしてくれた時は、その方たちにこう忠告してあげてください──基本的な目的は難解なスペキュレーションを満足させることにあるのではなく、この地上生活において霊的教訓を学べるような環境にすること、言いかえると、現在のように大勢の者が悲しむべき哀れな姿で霊界へ来るような事態を改めることにあるのです、と」


──私もそう思います。しかし、インドのような国に目をやり、食べるもの、着るものさえ満足に恵まれない民衆のことを思うと、複雑な気持ちになります。いかにしてインドを救うべきか──これは大変な仕事のように思えます。


 「いいえ、霊界からの声と力による導きと援助を素直に受け入れるようになりさえすれば、さほど大変なことではありません。多くの魂を束縛し、怨念と敵意と憎しみを助長し、神の子を迷信と偏見と無知による真っ暗闇の中で暮らさせている教条主義の呪いから解放しさえすればよいのです。

 永い間〝宗教〟の名を持って呼ばれてきた、ただの古代神話、伝説にすぎないものを棄ててその拘束から脱する方法を教え、代わって霊的真理の陽光を浴びる方法を教えてあげれば──〝宗教〟の名のもとに行われている欺瞞と誤謬を地上から一掃することが出来れば、地上を毒している問題の多くが解決されていきます。

私はここで改めて、私に可能な限りの厳粛な気持ちで申し上げますが、地上はこれまで教条主義によって呪われ続けてまいりました」


──経済的な側面はいかがでしょうか。

 「それも同じ問題の一つの側面に過ぎません。私はどうやら〝人騒がせ者〟のようです。キリスト教の教えを違うことばかり説いていると批難されております。しかし自分では、そう言って批難する人たちよりもキリスト教の本質についてより多くのことを知っていると思っております。

あらゆる地上の問題を煮つめれば、その原因はたった一つの事実を知らないことに帰着するのです。すなわち人間は本来が霊的存在であり、神からの遺産を受け継いでいるがゆえに、生まれながらにしていくつかの権利を有しているということです。

 その権利は、次の生活の場に備えるために、地上生活においてその属性を十分に発揮させるためのものです。その妨げとなるものはいかなるものでも排除する──それだけのことです。それをどう呼ばれようと構いません。私はラベルや党派には関心はありません。私が関心を持っているのは〝真理〟だけです。

 もしもあなたが私と同じ立場に立って、毎日のように発育を阻害された者、挫折した者、精神を歪められた者、未発達者、何の用意もできていない者が続々と私たちの世界へやってくるのをご覧になれば、多分あなたも私と同じように、この繰り返しに終止符を打つために何とかして地上を改革しなければという気持ちを抱かれるはずです。

 どうか、その若さで霊的知識を手にされたことを喜んでください。それを人生の冬(晩年)になってようやく手にして悔しがる人が多い中で、あなたは人生の春にそれを手にされました。しかし、あなたにはそれを成就すべき夏がこれから訪れます」
  

Tuesday, October 20, 2026

シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳


巻頭言
 
 頑固(かたくな)な心、石ころのような精神では真理の種子(たね)は芽を出しません。受容性に富む魂───率直に受け入れ、それが導くところならどこへでも付いて行ける魂においてのみ花開くものです。

 あなたがそのような気持ちになるまでには、つまり真理を魂の中核として受け入れる備えができるまでには、あなたはそのために用意される数々の人生体験を耐え忍ばなくてはなりません。

 もしもあなたがすでにその試練を経ておられるならば、その時点においては辛く苦しく無情に思え、自分一人この世から忘れ去られ、無視され、一人ぼっちにされた侘しさを味わい、運命の過酷さに打ちひしがれる思いをされたことでしょう。しかし魂は逆境の中にあってこそ成長するものです。黄金は破砕と精錬を経て初めてその純金の姿を見せるのです。

 あなたがもしもそうした体験をすでに積まれた方ならば、今手にされている本書の中で私が語り明かす真理に耳を傾ける資格があることを、堂々と宣言なさることができます。しかしそのことは私が語ることのすべてを受け入れることを要求するものではありません。あなたの理性が反撥することは遠慮なく拒絶なさってください。あなたの常識的感覚にそぐわないものはどうぞお捨てになってください。

 私もあなた方と少しも変わるところのない一個の人間的存在です。ただ私は、死後もなお続く人生の道を少し先まで歩んできました。今その道を逆戻りしてきて、あなたが死の敷居をまたいだのちに絶対的宿命として直面することになっている新しい、そしてより広大な人生がどのようなものであるかを語ってあげております。

 どうか謙虚に、そして畏敬の念をもって真理を迎えてやってください。謙虚さと畏敬の念のあるところには真理は喜んで訪れるでしょう。そして、せっかく訪れてくれた真理が少しでも長居をしてくれるよう、手厚くもてなしをあげてください。

真理こそがあなたに自信と確信と理解力と、そして何にもまして、永遠に失われることのない、掛けがえのない霊的叡智をもたらしてくれることでしょう。
                               シルバーバーチ
                                         

 編者まえがき    

 私はこれまでシルバーバーチの交霊会に何百回も出席しているが、その霊言を聞き飽きたという感じを抱いたことは一度もない。 

 三千年前に地上で北米インディアンとしての生涯を送ったというシルバーバーチは、現在では大へんな高級霊であるらしいことは容易に察しが付くが、その本来の霊的位階をけっして明かそうとしない。そのわけは、こうして霊界から戻ってくるのは地上人類のための使命を遂行するためであって、自分を崇めてもらうためではないからだという。

 その使命とは、聞く耳を持つ者に永遠不変の霊的真理を説くこと、これに尽きる。その説くところは常に単純・素朴であり、そして単刀直入的である。宗派や信条やドグマにはいっさい囚れない。

その主張するところはきわめて単純・明快である。すなわち、われわれの一人一人に神の火花───完全なる摂理として顕現している宇宙の大霊の一部が宿っているのであるから、お互いがお互いのために尽くし合うのが神に尽くすゆえんとなるというのである。

 そうした内容もさることながら、シルバーバーチが語るときのその用語の巧みさ、美しさ、流暢さは、初めて出席した者が等しく感動させられるところである。美辞麗句を並べるというのではない。用語はきわめて素朴である。それがいかなる質問に対しても間髪を入れずに流れ出てくる。

それを耳にしていて私は時おり、シルバーバーチが初めて霊媒(編者の主人モーリス・バーバネル)の口を使って語り始めた時のことを思い出すことがある。

 もう二十年以上も前のことになるが、私たち夫婦は、あるスピリチュアリストの招きで、ロンドンでも貧民層が集まっている地域のある家で開かれている交霊会に出席した。第一回目の時は女性霊媒を通じていろんな国籍の霊がしゃべるのを聞いて主人はあほらしいといった気持ちしか抱かなかったが、第二回目の時にいきなり入神させられ、何やらわけのわからないことを喋った。

その時はシルバーバーチとは名のらなかったが、今のシルバーバーチと同じ霊である。そのころはぎこちない英語、どうにか簡単な単語をつなぐことしか出来なかったころのことを思うと、今は何という違いであろう。が、ここまでに至るのには大変な時間と経験を要したのである。

 そのシルバーバーチの道具として選ばれた十八歳の青年霊媒は、その後の用意されている仕事の遂行に備えて、さまざまな試練と訓練を耐え忍ばねばならなかった。その目指す目標はただ一つ───シルバーバーチの語る教説を少しでも遠く広く地上に行きわたらせるための機会をもつことにあった。

 良く知る者から見ればシルバーバーチは良き助言者、よき指導者であると同時に、よき友人でもある。決して人類から超然とした態度を取らず、世俗的な問題や人間的煩悩に対しても深い同情心を見せてくれる。

 当初にくらべてシルバーバーチも性格が発達し深みを増した───というよりは、本来の霊的個性がより多く霊媒を通じて発揮できるようになったといった方が適切であろう。最初のころはふざけっぽく、時には乱暴なところさえ見せながらも、つねに愛すべき支配霊という感じだった。

それが次第に今日の如き叡智に長けた、円熟した指導者へと徐々に〝進化〟してきた。声の質も変化して、今では霊媒の声とはまったく異質のものとなった。

 今でも、続けて出席していないと同一霊であるかどうかを疑うかも知れないほどの異質の側面を見せることがある。が、いつも変わらぬ側面がある。特にユーモアのセンスと当意即妙の応答の才能は少しも変わらない。

 シルバーバーチの霊言はサイキック・ニューズ紙にずっと連載されてきており、書物にもなっている。その間には第二次世界大戦が勃発したこともあって各地の戦地においても読まれている。そして陸軍・海軍・空軍の兵士から、苦悶と苦難と疑問の中にあってシルバーバーチの言葉から何ものにも変え難い慰めと勇気を得ることが出来たとの喜びの手紙が数多く寄せられた。そのうちの一つを紹介しておこう。これは陸軍の一下司官からの手紙で、こう述べている。

〝私はたった今〟 More Teachings of Silver Birch (邦訳シリーズ第五巻)を読み終えたところです。終わりの部分はオランダを転戦中に読みました。その壮麗な説得力とさまざまな疑問に対する明快そのものの応答は深い感銘を受けました。

 ぜひシルバーバーチ霊に、こうした戦地においても霊言が愛読され掛け替えのない影響を及ぼしていることを知っていただきたいと思って筆をとりました。どうかシルバーバーチの努力が今後とも何らかの形で認識されていくことを心から願っております。シルバーバーチ霊に神の祝福のあらんことを!

 私はこうした霊的真理を折ある毎に僚友に伝え、それがこの戦地においてさまざまな波紋を呼び起こしております。私がスピリチュアリズムに関心を抱いて十五年にもなりますが、その測り知れない深さと高さを私の魂が身に沁みて味わったのは、やっとこの一、二年のことです云々・・・。

 同じくシルバーバーチを知り尊敬してきた者の一人として、このたび新たに本書を編纂することになったのも、私にとっては愛の行為の結実に他ならない。その編纂の作業が終わったのは(第二次大戦の)戦乱が終わって間もなくのことだった。(それから二か月後に日本が降伏して全面的に終結する───訳者)

 願わくは戦乱によって傷ついた暗い西欧世界にようやく訪れた平和がシルバーバーチのいう〝新しい世界〟の夜明けであってくれればと祈らずにはいられない。シルバーバーチが〝必ず来ます〟と述べ、そのためにわれわれに求めてきた視野も常にその方角である。そこにおいて初めて真の同胞精神が招来される。シルバーバーチの霊訓の基盤もまたそこにあるのである。
        一九四五年六月  シルビア・バーバネル


 訳者注───この〝まえがき〟の原文はかなり長文のものであるが、他のまえがき、特に第一巻の〝古代霊シルバーバーチと霊媒モーリス・バーバネル〟と重複する部分と、重複しなくてもあまり重要と思えない部分とがあり、それよりは霊言そのものを少しでも多く載せた方がよいとの私の判断で、それらは省いてある。 




 
  一章 二つの世界が交わる場所    ───ある日の交霊会───

 その日の出席者は六人だった。ロンドンのアパートの一室で小さなテーブルを囲んで座り、全員が両手をそのテーブルの上に軽く置いた。そしてスピリチュアリスト用に作られた、霊力の素晴らしさを讃える讃美歌を歌っているうちにテーブルが動きはじめる。

 そこでシルバーバーチ霊団の各メンバーがかわるがわるそのテーブルを動かすことによって挨拶した。最も、これは誰であるかが明確に分かるのは二人だけで、それ以外は挨拶の仕方にこれといった特徴はないのであるが、霊団を構成しているのが複数の男性のインディアンと英国人、二人のかつての国教会の牧師、著名なジャーナリスト一人、

アラブ人が一人、ドイツ人の化学者が一人、中国人が一人、英国人の女性が二人であることは分かっている。その全員がテーブルによる挨拶を終わるころには、そろそろ霊媒のモーリス・バーバネルの入神(トランス)の用意が整う。

 トランスは段階的に行われる。軽いトランスの段階でシルバーバーチが〝主の祈り〟を述べ、出席者との間で挨拶ていどの会話を交わす。その間によくシルバーバーチは、霊媒をもっと深くトランスさせたいのでもう少し待ってほしい、と述べることがある。

 いよいよ望み通りのトランス状態になるとシルバーバーチはまず祈りの言葉をのべ、それが速記されていく。その日の祈りは次のようなものだった。


 「神よ。私たちは到達しうるかぎりの高く尊く清きものとの調和を求めて祈りを捧げるものです。私たちはあなたの中に完全なる愛と叡知の精髄と、宇宙の全生命活動を支配する永遠不減の大精神の存在を確信いたしております。小さき人間の精神ではあなたのすべてを捉らえることはできませぬ。それゆえに人間が抱くあなたについての概念は、ことごとく真理の全体像のおぼろげな反映にすぎないのでございます。

 しかし同時に私たちは、全宇宙をその愛の中に抱擁し、規律と不変性をもって、過失も欠陥も汚損もなく統括し支配している絶対的摂理の驚異を理解することはできます。

すなわち、あなたはその叡知によって全存在の一つ一つの側面、活動の一つ一つが管理され、すべてが一つのリズムのある、調和のとれた宇宙機構の中で滞ることなく流動しております。その中にあってあなたの子等はそれぞれの定められた位置を有し、全体に対して必須にして不可欠の役割を演じているのでございます。

 その一つ一つの小さな火花があなたの巨大なる炎の存在に貢献いたしております。私どもは各自に潜在する未熟なる霊の萠芽がその始源であるあなたとのつながりに気づき、永遠に切れることのない霊的きずなによって結ばれていることを悟ることによって、その霊性を存分に発揮することになるよう指導いたしております。

 私たちの仕事は、人間が今発揮している資質よりさらに精妙なる霊的資質を発揮することによって、今は手の届かない高所を目指し、待ち受ける霊の宝庫へ一歩でも近づこうとする向上心を鼓舞すべく、力と知識と叡知の源であるあなたの存在を説くことにあります。

 宇宙には、資格ある者なら自由にそして存分にわがものとすることのできる、莫大な霊的宝庫が存在いたします。そして地上よりはるかに広大な生活の場における新たな体験から生み出された叡知によって、地上世界に光明と豊かさをもたらさんとしている進化せる先輩霊もまた無数に存在いたします。

その活動の障害となるのは偏見と歪曲、迷信と無知、そして人間生活の暗黒面に所属するものすべてが蓄積せるものです。

 私たちは地上世界を知識の照明によって満たし、人間がつねに真理によって導かれ、あなたの愛の存在に気づいてくれることを望んでやみませぬ。そうすることがあなたからの豊かな遺産と崇高なる宿命を悟らせ、手にした真理に則った生活を送らせてあげるゆえんとなるからに他なりませぬ。
 ここにあなたの僕インディアンの祈りを捧げます」

 少し間を置いてから一同に向かって───

 本日もこうして皆さんとともに一堂に会し、霊の世界からの私の挨拶の言葉と愛をお届けできることをうれしく思います。前回お会いして皆さんの愛の温もりを感じて以来久しぶりですが、またこの部屋を訪れて霊的仕事の回線をつなぎ、地上の人々のためにお役に立つことができることになりました」

 そう述べてから、まず最初に、しばらく病気のために欠席していた女性に向かって、
 「ようこそお出でになりました。あなたのお姿が見えないと、どうも物足りなく思えるのです」と言うと、その女性が、

 「これはまた有難いお言葉をいただいて恐縮です」 と月並みな挨拶をした。するとシルバーバーチが、

 「いえ、事実を申し上げているのです」 と真剣な調子で述べた。 (訳者注───すぐれた指導霊による交霊会ではレギュラーメンバーは何らかの存在価値を持った者が厳選されている。中にはただ出席して椅子に腰かけているだけで好影響を及ぼす人もいる)

 続いてその女性のご主人で、交霊会の速記係をしている人に挨拶をし、それから二言三言出席者と軽いやり取りをしたあと、いよいよ本題へと入っていく。たとえばその日は次のような話をした。

 「ここにおいでの皆さんは人類全体の役に立つ才能、能力をお持ちの方ばかりです。これまで、その能力ゆえに、さらに豊かな才能を持つこちらの世界の者から援助を受けてこられました。

ぜひその能力を実らせて、代わって皆さんが多くの人々によろこびを与え、さらにその人たちが自分にも世の中の役に立つ資質があることに気づいてくれるようになる───こうしてお互いがお互いにのためにという輪がどんどん広がっていきます。

 世間の中傷を気にしてはいけません。反発に動揺してはなりません。嫌悪の態度を見せられても気になさらないことです。あなた方がこの地上に生を受けたそもそもの使命に向かってひたすら努力している限り、そんなものによって困った事態になることはありません。

 地上世界にはまだまだ奉仕の精神が足りません。絶望の淵にあえぐ人が多すぎます。心は傷つき、身体は病に冒され、解決できない問題に苦悶する人が無数にいます。

 そういう人たちを真理の光の届くところまで連れてきてあげれば、悩みへの解答を見出し、乱れた生活を規律あるものにしようとする心が芽生え、すべての人間が平和と調和の中で生きていける環境作りに意欲を燃やすことになりましょう。

 休暇中に私は、長い間住みなれた界層に戻ってまいりました。そこで多くのことを見聞して、それを出来るだけ皆さんにお分けしてあげるべく、こうしてまた帰ってくるのです。

 そのとき私はあなた方のまったくご存知ない霊たち───私が誇りを持って兄弟と呼び姉妹と呼べる進化せる霊たちからの愛と善意をたずさえてまいります。その霊たちも地上の悩める者、苦しむ者、人生に疲れはてた者のために献身している私の仲間であり協力者なのです」


 こう述べてから、一転してシルバーバーチ一流のユーモアを混じえて、

 「ああ、そうそう、うっかり忘れるところでした。あなた方のことをなかなかしっかりした人たちだと感心しておりました」

 「誰がですか」 と一人のメンバーが聞くと
 「ですから、私が話をしてきた上層界の霊たちです」

 「あなたの〝秘密の参謀(ブレーン)〟ですか」 と、別のメンバーが冗談めかして聞いた。

 「いえ、いえ、そんなんじゃありません。〝父の住処〟にいる人たちです」(訳者注───ヨハネ14・2〝わが父の家には多くの住処がある〟からの引用で、これがキリスト教においてどの程度の現実味をもって理解されているか疑問であるが、 『ベールの彼方の生活』 によると、それが地上を最低界とする広大な宇宙を経綸する〝政庁〟とも言うべき実在の世界であることが分かる。

〝秘密のブレーン〟かと聞かれて〝とんでもない〟といった調子で答えているのは、人間からすれば目に見えないから秘密であるかに思えるだけで、シルバーバーチにすればごく当たり前の現実の世界なのである)

  続いて別のメンバーが友人が他界した話を持ち出すと、

 「この会(の霊団)も最初は小さな人数で始めましたが、その後どんどん数が増えて、今では大所帯となってきました。しかし、いくら増えても、これ以上入れられなくなるようなことはありませんから、ご心配なく」とユーモアを交えて述べた。


 交霊会も終わりに近づいて、シルバーバーチは最後に次のようなメッセージを述べた。

 「私はあなた方のすべてに好意を抱き、これからのちも援助の手を引っ込めるようなことは致しません。そして、きっとあなた方も私に対して好意を抱いてくださり、私の意図することに献身して下さるものと信じております。

どうか、どこのどなたであろうと、私に好意をお寄せ下さる方のすべてに私からの愛の気持ちをお伝え頂き、さらに次のメッセージをお届けください。

 私に対して愛念と思念と善意と祝福をお届けくださる大勢の見知らぬ方々に対して、私は喜びと感謝の気持ちをお伝えしたく思います。私は自分がそういう情愛の運び役であることを誇りに思っております。

それは私がその方たちにとって何らかのお役に立っているからこそであると信じるからであり、たとえ私の姿を御覧になることはなくても、私はその方たちのご家庭へお邪魔していることをご承知ください。実際にお伺いしてお会いしているのです。

 私にとっては愛こそが生活であり、人のために自分を役立てることが宗教であるからです。そうした私の考えにご賛同くださり、同じ生活信条を宗(むね)とされる方すべてを心から歓迎するものです」

 そして最後を次の言葉でしめくくった。

 「さて、みなさん、ほんの僅かな時間でもよろしい、時には日常的な意識の流れを止めて、まわりに溢れる霊の力に思いを寄せ、その影響力、そのエネルギー、永遠なる大霊の広大な顕現、その抱擁、その温もり、その保護を意識いたしましょう。

 願わくはその豊かな恵みに応えるべく日常生活を律することが出来ますように。その中で神の永遠なる摂理に適っているとの認識が得られますように。どうか神の道具としての存在価値を存分に発揮し、豊かな祝福をもたらしてくれた真理の光を輝かせて、人々がわれわれの生活をその真理の模範となすことができますように」

 そう言い終わると霊媒がいつものモーリス・バーバネルに戻り、一杯の水を飲み干して、それで会が終わりとなる。以上がある日のホームサークルであり、いつもこれと似たようなことが行われているのである。

シルバーバーチの霊訓(七)

More Wisdom of Silver Birch
Edited by Sylvia Barbanell
近藤千雄訳



三章 戦地でも愛読された霊訓

 ハンネン・スワッハー・ホームサークルにとっての最大の危機は第二次世界大戦の勃発だった。波長の乱れによって霊的回線が混乱し、時には切れてしまったりして、その補修工事をしながらどうにか切り抜けたが、霊団の中には 「もう無理です。当分中止しましょう」 と進言する者もいたらしい。

が、シルバーバーチは地上人類もかつてない危機にひんしている、今こそ自分たちの存在価値があるとの主張を貫き通し、週一回の交霊会を止めなかった。

 そのシルバーバーチの期待どおり、霊言集は遠い戦地へも届き、傷心と孤独の中の軍人に生きる希望と自信を与えた。陸軍、海軍、空軍はもとより、商船隊の乗組員、本国の民間軍属、防空対策員、家庭にあって子供を守る母親、負傷した人たち、そして病気の人々と、ありとあらゆる階層の人がシルバーバーチの霊訓によって慰めを得ていた。その大戦もそろそろ終局へと向かいつつあったころ、シルバーバーチはこう述べた。


 「今はまさに地上のあらゆる思想・制度がるつぼの中へ放り込まれ、改革を余儀なくさせられている重大な時期です。古い制度が消滅し、昨日の権威への敬意を失った男女が、果たして明日は何をもたらしてくれるであろうかと期待しております。

 無数の平凡な男女が、かつてない苦しみの中でかつてない勇気を出すことによって、そこに人間の到達しうる限りの高所と、理想に燃えたときの人間の忍耐力の可能性を示しました。

 しかし同時にこの時期は、短かったとはいえ人間の残忍性の奥をのぞかせた時期でもありました。つまり人間の到達しうる限りの気高さと醜さの極限を見せてきました。言いかえれば人間の霊性の素晴らしさを見せると同時に、堕落した時の極悪非道ぶりも見せつけたのです。

 しかし、いずれも同じく人間のしたことです。霊と肉の両極から成り立っている存在だからです。そのどちらがより強く人間を操るかによって生じる差にすぎません。霊の道を選ぶか、それとも肉の道を選ぶかの差です。私たち霊界の者にはもはや肉体はありません。ですから、民族、国家の別、肌の色、教義、階級の違いの観点から物事を処理することはしません。

 人間がとかくこだわる境界線とか制限区域といった観念にはとらわれません。全人類を神性という共通の要素をもった霊的存在としてみます。一人一人が全体にとって無くてはならぬ存在なのです。

 肉体が死ぬと人間は霊界の存在となり、地上的束縛のすべて───それまで自分の本来の姿を見る目を曇らせてきたもの、無意味な残酷さへ追い立ててきた狭量さ、長い間地上のガンとなってきたケチくさい不寛容精神と利己主義のすべてをかなぐり棄てます。

 大切なのは、あなた方はもともと霊的存在であり、果たすべき霊的宿命を持ってこの地上にあるという認識です。ですから、これからの新しい時代は霊的真理を土台として築かなければなりません。証拠を持って立証されたという意味において真理といえるものを土台としなければなりません。

(その霊的真理から生まれる)寛容精神と善意と愛と奉仕精神と協調心を持って臨めば、地上に恒久的平和と調和のとれた世界を招来することが出来るでしょう。

古い概念にとらわれ、憎み合い、国家間の不和、民族と肌の色と階級の違いにこだわり続けているかぎり、地上に戦争のタネは尽きないことになります。戦争は、とどのつまりは、憎悪と利己心と物質的な私利私欲から生れるものだからです。

 かつて崇高な精神の持ち主たちを暴虐と暗黒の地上の浄化へと駆り立てたのと同じ精神が、この度の大戦が終結したあとに訪れる世界においても人々を鼓舞しなければいけません。それ以外に地上再生の道はありません。私たちの世界には、かつて地上において自由解放の理念のために、いわゆる〝一死奉公〟の精神に殉じた人々が数えきれないほどいます。

その人たちを二度と裏切ることがあってはなりません。かつての暗黒時代に見事に開花した理想主義の理念を忘れてはなりません。すべてが荒涼として絶望的に見えた時代になお息づいていた僚友精神を忘れてはなりません。

 人類はイザとなれば至善至高のものを出すだけの力を具えているのです。奉仕活動への呼びかけ、すべての者にとって地上をより良く、より公平に、より豊かにしようとする願望に対して応える資質を、人間は立派に具えているのです。ところが残念ながら、いつの時代にも、飽くなき欲望に駆られる人間、自分の利益しか考えない人間、人類全体の福祉、人の理想、人類の全てに宿る神からの霊的遺産に対してまるで無頓着な人種がいるものです。

そうした種類の人間に対して皆さんは敢然と立ち向かわなくてはいけません。これは終りなき闘いです。貪欲と利己主義への闘いです。人類を本来の歩むべき道から堕落させ、折角の遺産を詐取しようとする連中です。

 私たちの説く真理はもとより愛する者を失った悲しみの人々に慰めをもたらしてあげることも大切な目的ですが、開発可能な人間の霊的資質の奥を披露し、虐げられた人々や生活に困窮している人たちの救済に身を捧げようとする者、地上の豊かな恵みをすべての人に平等に行きわたらすための活動に奉仕する人たちに、よろこびと勇気とを与えてあげることも目的としております。

 そうした使命を持つ私たちに、この戦時下にあって愛慕の念を失うことなく協力し続けて下さった皆さんを私は心から誇りに思っております。あなた方の協力なくしては推進できなかった困難な仕事でしたが、あなた方は、私にそれをお受けする資格があるとの自信が持てない程の忠誠心を持って、私への協力を惜しみませんでした。

 いついかなる時も、皆さんは私がきっと成就して見せますと約束した使命の継続を可能にしてくださいました。そのことに私は心から感謝しております。なぜなら、それが不安を抱えながら生きている人々に確信を与え、霊的知識の聖域へと導き、その聖域において生気を取り戻したその人たちが私たちに代わって霊的知識の普及に邁進してくれることになったからです。

 しかし、これまで成就してきたことは、これから成就していくべきものに較べれば、物の数ではありません。数えきれないほどの人々があなた方のなさっていることに、一抹の恐れを抱きつつも期待の眼差しを向け、苦悶の中にあって自分たちに幾らかでも慰めを与えてくれるだろうか、絶望の中にある自分たちに一かけらでも希望の光を与えてくれるだろうか、混沌としているこの時代に少しでも平穏をもたらしてくれるだろうかと思っております。

 そこに私達の耕す土地があります。そこに、何時かはきっと花を咲かせてくれる知識の種子を蒔いてあげたいのです。

 われわれは見せかけは独立した存在ですが、霊的には一大統一体を構成する部分的存在です。そうして、どこにいても、まわりには物的束縛から解放された先輩霊の一大軍勢が待機し、地上へ働きかけるための手段(受容性に富む人間)を求めて常時見張りを続けており、過去の過ちを繰り返さぬために、

そして平凡な日常生活から人間が叡知を学び地上生活が実のあるものになってくれるように霊的知識を少しでも多く授けたいと願っている、そうした事実を認識して、これからの仕事に臨もうではありませんか。われわれは愛と叡知によって導かれ、知識とインスピレーションによって支えられている、偉大にして遠大な目的のための道具であることを片時も忘れぬようにいたしましょう。

 願わくは託された使命に恥じないだけの仕事に励むことが出来ますように」

 同じ趣旨のことを別の交霊会で次のように訴えている。

 「私たちの仕事はこちら側とそちら側の双方に存在する〝無明〟という名のベール、人間精神が暗黒であるがゆえに生み出される愚かさと無知と迷信のベールを取り除くことです。

 あなた方は今まさに、その無知を助長し真理の普及を妨げ啓発と改善に抵抗してきた勢力の崩壊と解体を目の当たりにしておられます。そうした勢力はけっきょく私たちに霊的生活への備えが何もできていない人間的難破貨物、人生への海をいずこともなく漂う漂流物というツケを回してくれました。そうした人生の落伍者を啓発し、地上で犯した悪行のすべての償いをさせるための努力がえんえんと続けられねばならないのです。

 とは言っても、私たちは別に難解な真理を説いているのではありません。いたって単純なことばかりなのです。いたって分かり易い、筋の通ったことばかりであり、それがなぜこうまで誤解を受けなければならないのか、なぜこうまで反撃されねばならないのか、なぜこうまで敵意を向けられねばならないのか、ただただあきれ返るばかりなのです。

 もしも私たちのもたらすメッセージが人類に永遠の地獄行きを宣告し、いったん神に見放されたら二度と救われるチャンスはないと説き、神とは人間を憎しみをもって罰し、責め立て、ムチ打つことまでする恐ろしい魔神であると述べているのであれば、こうした敵対行為も容易に理解できましょう。

しかし私たちのメッセージは愛と奉仕のメッセージなのです。生命は永遠にして無限であり、死は存在しないこと、人間の一人一人が宇宙の創造という大目的の一翼を担う存在であると説いているのです。

人間は物的身体ではなく永遠なる霊的存在であり、年令とともに衰えることなく、内部の神性が開発されるに連れてますます光輝を増していく存在であると説いているのです。

 また私たちは老化も病気も霊の成長を妨げることはないこと、死によって物的身体がもたらしていた一切の痛みと苦労と障害から解放されると申し上げております。

死は決して愛する者との間を永遠に引き裂くものでないこと、いつかは必ず再会の時が訪れること、それも、どこやら遠い遠いところにある摑みどころのない空想的な境涯においてではなく、物的世界に閉じ込められている人間が理解しうるいかなる生活よりも遥かに実感のある実在の世界において叶えられると申し上げているのです。

 善はみずから報酬をもたらし、罪と悪はみずから罰と断罪を受けると私は説くのです。向上するのも堕落するのも本人の行為一つに掛かっているのです。人生のあらゆる側面を神の摂理が支配しており、それをごまかすことも、それから逃れることも出来ません。誰にも出来ません。

たとえ豪華な法衣をまとっていても、あるいは高貴な〝上級聖職階〟を授かっていても、神とあなたとの間の仲介役の出来る人は一人もいないのです。

あなたに存在を与え、全生命を創造された大霊の力から片時も離れることは無いのです。苦しみを味わった者にはそれ相当の償いがあり、しくじった者には何度でも更生のチャンスが与えられるのです。神から授かった才能が永遠に使用されることなく放置されることはありません。何時かはそれを存分に発揮できる環境が与えられます。

 以上、私たちが宣言する良い知らせの幾つかを述べてみました。真面目な男女の心にきっと喜びをもたらす事柄ばかりであるはずです。なのに私達は宗教界のリーダーを持って任じる者達からの反抗に遭っております。

地上世界を暗黒の奈落へと突き落とした張本人たち、復讐心に燃える神、残忍にして嫉妬深く、専横で独裁的で執念深い存在の物語をあふれさせた宗教家たち、教義の方が行為に優先するなどと説き、神の裁きも信仰の告白によってお目こぼしがあるかのように説く者たち、こうした者たちが私たちに反抗し、私たちの説く霊的真理は悪の親玉、暗黒の魔王が仕かけているワナであると宣伝する仕末です。

 しかし時すでに遅しです。彼らにはもはや人類の宿命をねじ曲げる力はありません。人間の一人一人に宿る霊性の発露を妨げることはできません。それが神の摂理なのです。いま私は彼らに対して酷しい言葉を用いましたが、私の心の奥では彼らに対する大いなる憐みの情を抱いております。

なぜなら私の目的は彼らを非難することではなく、真理と知識と叡知を普及することにあるからです。

 知識こそすべての者が所有すべき宝です。無知は未知なるものへの恐怖心を生みます。この恐怖心こそ人間の最大の敵なのです。判断力を曇らせ、理性を奪い、いい加減な出来心で行動する人間にしてしまいます。これでは人生から喜びと美しさと豊かさを見出すことはできません」