Wednesday, February 4, 2026

ベールの彼方の生活(四)

The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen
七章 天界の大軍、地球へ




2 先発隊の到着
  一九一九年三月七日  金曜日

 十重二十重(とえはたえ)と上方へ延びている天界の界層を見上げつつ、吾々は今や遅しと(キリストの降臨を)お待ちしておりました。

その天界の連なる様子はあたかも巨大なシルクのカーペットが垂れ広がっているごとくで、全体にプリーツ(ひだ)とフラウンス(ひだべり飾り)が施された様子は天界の陽光を浴びてプリズムのごとく輝くカスケード(階段状の滝)を思わせます。

プリーツの一つ一つが界層であり、フラウンスの一つ一つが境界域であり、それが上下の二つの界をつなぎ、それぞれの特色ある色彩を一つに融合させておりました。その上方からきらめく波がその巨大なマントを洗うように落ちて来ます。

色彩が天上的光輝を受けて、あたかも宝石のごとくきらめきます。その宝石の一つ一つが天使であり、それぞれに天上的光輝の美しさを一身に受け、そして反射しているのです。

 そう見ているうちに、吾々の視力の届くかぎりの一ばん高い位置の色彩がゆっくりと変化しはじめました。本来の色彩をとどめつつも別の要素、新たなきらめきが溢れております。

それを見て吾々はキリストならびに従者の一行がようやく吾々の視界の範囲まで降下してこられたことを知りました。


シルクのプリーツの一つがすぐ下のプリーツへ重なり、あたかも次のプリーツに口づけし、そのプリーツが同じように頭を垂れて頬を次のプリーツの肩にそっと触れていくのにも似た光景は、何とも言えない美しさでした。

 以上が吾々が見たキリストの降臨の最初の様子です。吾々には突き透せない光輝の中から今やっとお出ましになり、一歩一歩地球へ近づきつつもなおその間に広大な距離を控え、各界にその霊力を放散しつつ降りて来られるようでした。

流れ落ちる光の波はついに吾々の界より二、三手前の界層の境界域に打ち寄せてまいりました。そこまで来てさらに一段と理解がいきました。

吾々が見ているのはキリストの近衛兵の大連隊が光輝を発しつつ前進してくる様子だったのです。しかしキリストのお姿はまだ見えませんでした。

 その途方もない霊力と栄光の顕現にただただ感嘆と高揚にしばし浸っているうちに、こんどは吾々自身の内部から、愛と慈悲の念と今まさに始まらんとしている大事業に全力を投入しようとの決意の激発による魂の興奮を覚えはじめました。



それは同時に、いよいよキリストが近くまでお出でになられたことを告げるものでした。

 いよいよお出でになられた時の様子、さらには吾々の界を通過して下界へ降りて行かれた時の様子、それはとても言葉では尽くせません。あまりにも荘厳すぎるのです。が、私にできるかぎり何とか表現してみましょう。

 魂の興奮は次第に度合いを増し、吾々はお出ましの瞬間を見届けんものと、身を乗り出し首を伸ばして見つめました。まず目に入ったのは側近の随行者の先遺隊でした。

その一行は吾々にお迎えの準備を促す意味がありました。と言うのは、この度のお出ましはこれまでに私がたびたび叙述した顕現とは異なるのです。大事業の完遂のために幾千万とも知れぬ大軍を率いて、その本来の威力と栄光のままにお出ましになられるのです。

吾々もそのご威光を少しでも多く摂取する必要があり、それにはゆっくりとした過程で順応しなければなりません。そこでまず先発隊が派遣され、道中、必要とみた者には叡智を授け、ある者には祝福を与え、またある者には安らぎの口づけをするのです。

いよいよその一行が悠揚迫らぬ態度で吾々のところまで来られました。いずれ劣らぬ尊い霊格を具えられた方ばかりです。

上空を飛翔される方々と吾々の間を通り抜けて行かれる方々とがありました。そして吾々の誰かに目が行き、一瞬のうちにその足らざるところを察知して、必要なものを授け、そして先を急がれました。

上空を行かれる方から指示が出されることもありました。全体が強調的態勢で行動し、それが吾々にとって大きな教訓となりました。



──あなたご自身には何かありましたか。
 その一行の中には女性が混じっておりました。それは吾々の霊団も同じです。地上の戦争にも女性が派遣されるでしょう。吾々も女性ならではの援助の仕事のために女性を引き連れておりました。

 そのとき私は仲間から離れて後方にいました。というのは、従者の一行に話しかけたい者が大ぜいの仲間とともに前の方へ出て来たからです。

するとその私のところへ一対の男女が近づいて来られ、にっこりと微笑まれて双方が私の手を片方ずつ握られました。男性の方は私よりはるかに体格があり、女性の方は男性より少し小柄でした。いずれ劣らぬ端整な容姿と威厳を具えておられますが、そうした従者のいずれもがそうであるように、素朴な謙虚さと愛を感じさせました。

男性の方はもう一方の手を私の肩に置いてこう言われるのです──〝アーネル殿、貴殿のことを吾々二人はよく存じ上げております。吾々は間断なく生じる仕事においていつも互いの資質を出し合って協力し合っている間柄です。

実はこのたびこの界を通り過ぎることになって二人して貴殿をお探ししておりました。このご婦人から貴殿に申し上げたいことがあるようです。かねてよりそのことを胸に秘めて機会をうかがっておられました〟

 さてその婦人は実にお美しい方で、男性の光輝と相まった眩しさに私はただただ狼狽するばかりで、黙って見まわすしか為すすべがありません。

すると婦人はその握りしめていた手をさらに強く握られながら幾分高く持ち上げられました。続いて婦人の美しい頭にのっていた冠が私の目の前に下りて来ました。

私の手に口づけをされたのです。そしてしばしその姿勢を保たれ、私は婦人のしなやかな茶色がかった髪に目を落としました。まん中で分けられた髪が左右に垂れ、黄金のヘアバンドを付けておられました。私はひとことも口が利けませんでした。

高揚性と至純な聖(キヨ)さに溢れたよろこびが私を圧倒してしまったのです。それはとても筆舌に尽くせるものではありません。

 それから私はおもむろに男性の方へ目をやって私の戸惑いの気持ちを訴えました。すると婦人がゆっくりと頭を上げ私の顔を見つめられ、それと時を同じくして男性の方がこう言われたのです──〝アーネル殿、このご婦人は例の少女ミランヌの祖母に当たられる方です〟

 そう言われて婦人の方へ目を向けると、婦人はにっこりとされてこう言われたのです。

 「お礼申し上げます、アーネル様。あなた様は私が遠く離れ過ぎているために出来なかったことをしてくださいました。実はその子が窮地におかれているのを見て私はあなたへ向けて送念いたしました。あなたは私の願いに鋭敏に反応してくださいました。

間もなくその子も自分からお礼を申し上げるに参ることでしょうが、私からひとことお礼をと思いまして・・・・・・」

 そう言って私の額に口づけをされ、やさしく私のからだをご自分のおからだの方に引き寄せられました。それからお二人そろって笑顔でその場を立ち去られました。

その時の強烈な印象はその後いささかも消えやらず、霊的には常に接触が取れているように思います。今もそれを感じます。

 貴殿はミランヌなる少女が何者であろうかと思っておられる。実は私もその時そう思ったのです。もっともその少女との係わり合いについてはよく覚えております。

 古い話ではありません。あるとき仕事をしていると、貴殿も体験があると思いますが、誰かが自分に注意を向けているような感じがして、ふと仕事の手を休めました。そしてじっと受身の気持でいると、声ではなくて、ある種の衝動を覚え、すぐさまそれに従いました。


私は急いで地上へ向かいました。たどり着くとまた外部からの力で、今まさに地上を去って霊の世界へ入ろうとしている若い女性のところへ一直線に導かれていきました。最初は何のためなのかよく分かりませんでした。

ただそこに臨終を迎えた人体が横たわっているというだけです。が、間もなく分かりました。そのすぐ脇に男の霊が立っていて、その女性の霊が肉体から離れるのを待ちかまえております。

その男こそ地上でずっと彼女に災いをもたらしてきた霊で、彼女が肉体から離れるとすぐに邪悪の道へ引きずり込もうと待ちかまえていたのでした。

 その後のことをかいつまんで言えば、彼女が肉体から出ると私は身を挺してその男が近づくのをさえぎり、男の近づけない第三界の安全な場所へ運んだということです。今ではさらに二界層向上しております。その間ずっと私が保護し介抱してきました。

今でも私が保護者となってあげている霊の一人です。これでお分かりでしょう。お二人にお会いして、あの時の要請の出どころが分かり、同時に、その要請に応えて私が期待どおりにお役に立っていたことを知って、とてもうれしく思った次第です。

 そうした喜びは地上にいる間は理解できないでしょう。しかしイエスは施物分配の話と、首尾よく使命を全うした者を待ちうける歓迎の言葉の中に、そのことをすでに暗示しておられます。こう言っておられます──〝よくぞ果たされた。

そなたたちの忠誠心をうれしく思う。さ、私とともに喜びを分かち合おう〟(※)

 私もイエスとともに喜びを分かち合う光栄に浴したのです。ささやかながら私が首尾よくそれを全うして、今こうして一層大きな喜びの中に新たな大事業に参加することを許されたのです。多分ご婦人の言葉はキリストがお述べになる言葉そのものだったのだと確信しました。キリストの喜びとは常に献身の喜びなのです。
アーネル ±


(※マタイ25・21。この部分は聖書によって用語や若干の違いが見られるが、そのいずれもこの通信の文章とはかなり異なっている。アーネル霊は霊界の記録を見ているのであるから、この方が実際のイエスの言葉に近いのであろう──訳者)


ベールの彼方の生活(四)

The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen
七章 天界の大軍、地球へ



 

1 キリストの軍勢
   一九一九年三月六日  木曜日 

 天界の大草原のはるか上空へ向けてキリストの軍勢が勢揃いしておりました。上方へ向けて位階と霊格の順に一段また一段と階段状に台地(テラス)が連なり、私も仲間の隊員とともに、その上方でもなく下方でもなく、ほぼ中間に位置するあたりの台地に立っておりました。雲なす軍勢の一人一人がそれぞれの任務を帯びていたのです。

 このたびの戦いに赴くための準備が進行するうちに吾々にさまざまな変化が生じておりました。

その一つは地球圏の上層界と前回の話に出た他の複数の惑星の経綸者の双方から霊力の援助をうけて吾々の磁気力が一段と増し、それにつれて視力も通常の限界を超えて広がり、それまで見ることを得なかった界層まで見通せるようになったことです。

その目的はエネルギーの調整──吾々より上の界と下の界の動きが等しく見えるようになることで、言いかえれば視力の焦点を自在に切り換えることができるようになったということです。

これで一層大きな貢献をするためにより完璧な協調態勢で臨むことになります。下の者は上の者の光輝と威力を見届けることができて勇気を鼓舞されることにもなり、さらに、戦いにおいて指揮と命令を受けやすくもなります。

 私はその視力でもって上方の光景と下方の光景、そしてあたり一面を見渡して、そこに見た驚異に畏敬の念を抱かずにはいられませんでした。それまで数々の美と驚異を見ておりましたが、その時に見た光景ほど驚異に満ちたものはありませんでした。

 地球の方角へ目をやると、さまざまな色彩が幾つもの層を成して連なっています。それは私の界と地上界との間の十の界層を象徴する色彩で、これより下降すべく整列している軍勢の装束から放たれているのでした。

その下方、ちょうどその軍勢の背景となる位置に、霧状のものが地球を取り巻いているのが見えました。

そのどんよりとして部厚く、あたかも濃いゼリー状の物質を思わせるものがところどころで渦を巻いている中を、赤色と暗緑色の筋や舌状のものがまとわりついているさまは、邪悪の化身である身の毛もよだつ地獄の悪行に奔走しているさまを彷彿とさせ、見るからに無気味なものでした。

 その光景に吾々は別にしりごみはしませんでした。恐怖心はいささかも抱きませんでした。それどころか、愛と僚友意識の中で互いに手を取り合い、しばし厳粛な思いに浸りました。

これからの吾々の旅はあの無気味な固まりと立ち向かい、しかもそれを通過しなければならないのです。目指す地球はその中にあるのです。

何としてでも突き抜けて地球まで至らねばなりません。陰うつ極まる地球は今こそ吾々の援助を必要としているのです。その無気味な光景を見つめている私の脳裏に次のような考えが浮かびました──〝人間はよくもあの恐ろしい濃霧の中にあって呼吸し生きていられるものだ〟と。

 吾々自身について言えば、吾々の仕事は、すでに述べた通り、質の転換作用によって少しでも多く吾々の組織体の中にそれを取り入れていくことでした。

どうしても消化不可能なものはさらに地獄の奥へと追いやり、言うなれば自然崩壊をまつほかはありません。大変な〝食事〟だと思われるでしょう。しかも大して〝美味〟ではありません。

それは確かですが、それほどの軍勢で、しかもキリストをリーダーとして、吾々はきっと成就できるとの確信がありました。

 続いて吾々は向きを変えて、こんどは上方へ目をやりました。すると幾重にも連なる台地に光り輝く存在が、ある者は立ち並び、ある者は悠然と動きまわっているのが見えました。

その台地の一つ一つが天界の一界であり、それがパノラマ式に巨大な階段状に連なって延々と目も眩まんばかりに上方へと伸び、ついに吾々の視力では突き通せない光輝の中へと突入し、その頂上が視界から消えました。

その光輝を突き抜けて見届けうるのは吾々よりはるか上方の、光輝あふれる界層の存在のみでした。吾々にとってはただの光の空間であり、それ以外の何ものにも見えませんでした。

 それでも、可能なかぎりの無数の輝く存在を目にすることだけでも吾々に大いなる力を与えてくれました。最も近くの界層の存在でさえ何とすばらしかったことでしょう。

吾々より下層の者は見たこともない色調をした光輝を放つ素材でできた長衣(ロープ)に身を包んでおられました。

さらに上層界の存在はゴースのごときオーラに包まれ、身体はその形も実体も麗しさにあふれ、その一体一体が荘厳な一篇の詩であり、あるいは愛と憧憬の優しい歌であり、優雅にして均整の取れた神であり、同格の神々とともに整然たる容姿を完全に披露してくださっておりました。

その位置を貴殿なら多分はるか彼方と表現するところでしょう。確かにはるか彼方ではありました。が吾々の目にはその形状と衣装が──その形体を包む光輝を衣装と呼ぶならば──全体と同時に細部まで見ることができました。

 しかし、それとてまだ中間の界層の話です。そのまた先には吾々の視力の及ばない存在が無数に実在していたのです。そのことは知っておりました。

が、知ってはいても見ることはできません。吾々の霊格にとってはあまりにも崇高すぎたのです。そしてその頂上には吾らがキリストが君臨していることも分かっておりました。

 その光景を見つめながら吾々仲間はこう語り合ったものです──〝目(ま)のあたりにできる光景にしてこの美しさであれば、吾らがキリストの本来の栄光はいかばかりであろうか〟と。

しかし吾々の感嘆もそこまでで、それから先へ進むことはできず、一応そこで打ち切りました。と言うのも、間もなくそのキリストみずから吾々の指揮のために降りて来られることが判っていたからです。

その折には地球へ向けて下降しつつ、各界の住民の能力に応じた波長の身体をまとわれるので、吾々の視力にも映じる可視性を身につけておられることも知っておりました。

天界の大軍の最高位にあらせられるキリストみずからその大軍の中を通り抜けて、一気に地球の大気圏の中に身を置かれるということだったのです。

 然り、然り。キリストほどのリーダーはいません。天使ならびに人類を導く者としてキリストに匹敵する霊は、神格を具えた無数の存在の中にさえ見出すことはできません。

私は厳粛なる気持でそう断言します。と申しますのも、天界の経綸に当たる神々といえども、その力量は一列平等ではなく、地上の人間と同じくその一柱一柱が独自の個性を表現しているのです。

平凡な天使の部類に属する吾々もそうであり、さらに神聖さを加えた階級の天使もそうであり、さらにその上の階級の天使もそうであり、かくして最高級の大天使ともなれば父なる神の最高の美質を表現しておりますが、それにも各々の個性があるのです。

 そうした多種多様な神々の中にあっても、指導者としての資質においてキリストに匹敵する者はいないと申し上げるのです。私がさきほど語り合ったと述べた仲間たちも同じことを申しておりました。そのことについては改めて述べるつもりでおります。その時は以上の私の断言が正しいか否かがはっきりすることでしょう。  
 アーネル ±
 

ベールの彼方の生活(四)

The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen
六章 創造界の深奥




7 人類の数をしのぐ天界の大軍  

  一九一九年三月五日 水曜日

 これまでお話したことは天界の大事業について私が知り得たかぎり、そして私自身が体験したかぎりを叙述したものです。それを大ざっぱに申し上げたまでで、細かい点は申し上げておりません。

そこで私はこれより、吾々が地上へ向かって前進しそして到着するまでの途中でこの目で見た事柄をいくつかお伝えしようと思います。が、その前に申し上げておきたいことがあります。それは──

 作戦活動としての吾々の下降は休みなく続けられ、またそれには抗し難い勢いがありました。一度も休まず、また前進への抵抗が止んだことも一度もありませんでした。

吾々霊団の団結が崩されたことも一度もありませんでした。下層界からのいかなる勢力も吾々の布陣を突破することはできませんでした。しかし個々の団員においては必ずしも確固不動とはいえませんでした。

地上の概念に従って地上の言語で表現すれば、隊員の中には救助の必要のある者も時おり出ました。救出されるとしばし本来の住処で休息すべく上層界へと運ぶか、それとも天界の自由な境涯においてもっと気楽で激しさの少ない探検に従事することになります。

 それというのも、この度の大事業は地球だけに向けられたものではなく、地上に関係したことが占める度合は全体としてはきわめて小さいものでした。

吾々が参加した作戦計画の全体ですら、物的宇宙の遠い片隅の小さな一点にすぎませんでした。大切なのは(そうした物的規模ではなく)霊的意義だったのです。

すでに申し上げたとおり地上の情勢は地球よりかなり遠く離れた界層にも影響を及ぼしておりましたが、その勢いも次第に衰えはじめており、たとえその影響を感じても、一体それは何なのか、どこから来るのか分からずに困惑する者もいたほどです。

しかし他の惑星の住民はその原因を察知し、地球を困った存在と考えておりました。たしかに彼らは地球人類より霊的には進化しています。

ですから、この度の問題をもしも吾々のようにかって地上に生活して地上の事情に通じている者が処理せずにいたら、恐らくそれらの惑星の者が手がけていたことでしょう。

霊的交信の技術を自在に使いこなすまでに進化している彼らはすでに審議会においてその問題を議題にしておりました。彼らの動機はきわめて純粋であり霊的に高度なものです。

しかし、手段は彼らが独自に考え出すものであり、それは多分、地球人類が理解できる性質のものではなかったでしょう。そのまま適用したら恐らく手荒らにすぎて、神も仏もあるものかといった観念を地球人に抱かせ、今こそ飛躍を必要とする時期に二世紀ばかり後戻りさせることになっていたでしょう。

過去二千年ばかりの間に地上人類を導き、今日なお導いている人々の苦難に心を痛められる時は、ぜひそのこともお考えになってください。

 しかし、彼らもやがて、その問題をキリストみずからが引き受けられたとの情報がもたらされました。すると即座に彼らから、及ばずながらご援助いたしましょうとの申し出がありました。

キリストはそれを受け入れられ、言うなれば予備軍として使用することになりました。彼ら固有のエネルギーが霊力の流れにのって送られてきて吾々のエネルギーが補強されました。それで吾々は大いに威力を増し、その分だけ戦いが短くて済んだのでした。

 これより細かいお話をしていく上においては、ぜひそうした事情を念頭においてください。これからの話は、過去の出来ごとの原因の観点から歴史を理解する上で参考になることでしょう。

将来人間はもっと裏側から歴史を研究するようになり、地上の進歩の途上におけるさまざまな表面上の出来ごとを、これまでとはもっと分かり易い形でつなぎ合わせることができるようになるでしょう。

 人間が吾々霊的存在とその働きかけを軽く見くびっているのが不思議でなりません。と言うのは、人類は地球上に広く分布して生活しており、その大半はまだ無人のままです。全体からいうとまだまだきわめて少数です。それに引きかえ吾々は地球の全域を取り囲み、さらに吾々の背後には天界の上層界にまで幾重にも大軍が控えております。

それは大変な数であり、またその一人ひとりが地上のいかなる威力の持ち主よりも強烈な威力を秘めているのです。

 ああ、いずれ黎明の光が訪れれば人類も吾々の存在に気づき、天界の光明と光輝を見出すことでしょう。そうなれば地球も虚空という名の草原をひとり運行(たび)する佗しさを味わわなくてすむでしょう。

あたりを見渡せば妖精が楽しげに戯れていることを知り、もはや孤独なる存在ではなく、甦れる無数の他界者と一体であり、彼らは遥か彼方の天体上──夜空に見えるものもあれば地上からは見えないものもありますが──の生活者と結びつけてくれていることを知るでしょう。

しかしそれは低き岸辺の船を外洋へと押し出し、天界へ向けて大いなる飛躍をするまでは望めないことでしょう。
  アーネル ±

シルバー・バーチ最後の啓示

Lift Up Your Hearts Compiled by Tony Ortzen
スピリチュアルな言葉が教える〝生きる〟ことの喜び


まえがき

 シルバーバーチの霊言も本書が最後かと思うと、ちょっぴり寂しい気持と、よくぞここまで倦まずに訳してきたものだと、自分で自分に感心する気持とが交錯する。

 私がシルバーバーチと出会ったのは大学二年生の時で、「心霊と人生」という月刊誌を出していた心霊科学研究会の事務所(世田谷)を訪ねた時に、私が英文科生であることを知っていた主筆の脇長生氏が英文のサイキック・ニューズ紙を私に手渡して、何でもいいからこの中から適当なものを選んで訳してくれないかとおっしゃった。



それを大事に持ち帰って下宿で開いた時にまっ先に私の目に飛び込んできたのが、有名なインディアンの肖像画だった。

 聡明さと威厳を兼ねそなえたその顔を見た時に何かしら親しみのようなものを覚えたのを思い出す。が、その肖像画を取り囲むように印刷された霊言は、当時の私の英語力では読むことすら覚束なくて、魅力を感じながらも訳すのはあきらめた。 

そして、ヒマラヤの奥地で見かけたという白い巨人、いわゆる雪男の話を訳し、それが翌月の「心霊と人生」に掲載されて、天にも昇るうれしさを覚えたものだった。

 その記事を、恩師の間部詮敦氏が三重県の自宅でお読みになって私の翻訳力に目を付け、「心霊時報」という、英米の翻訳記事ばかりで構成した、ガリ版刷りの月刊誌を出す話を私に持ちかけられた。これを私は若者の特権の〝怖いもの知らず〟で、二つ返事で引き受けてしまった。

 間部先生は慶応大学のご出身で英語を読む力をお持ちで、当時、米国最大の心霊週刊紙サイキック・オブザーバーを購読しておられた。(当時は日本の全国版の朝刊よりもページが多かったが、現在は凋落して思想的にもスピリチュアリズムから離れ、かつての面影はない)

 私はさっそく新たにサイキック・ニューズとスピリチュアル・ヒーラー(月刊誌・ハリー・エドワーズが主筆)を購読する手続きをしたり、翻訳・転載の許可を得る手紙を書いたりといった、私にとって初体験の仕事が重なり、他方では翻訳もしなければならず、過労と睡眠不足のために目を傷め、失明寸前にまで行きながら、かろうじて助かった。が、この仕事のお陰で私の翻訳力は飛躍的に伸びたように思う。

 その「心霊時報」の巻頭言や余白にシルバーバーチの霊言を断片的に使用した。

それが私がシルバーバーチを訳すようになった最初である。(「心霊時報」は四〇冊まで出した時点で先生の健康上の理由で中止となった。その四〇冊の現物は日本心霊科学協会に寄贈してある)

 以上は一九六〇年前後の話で、それから二〇年ばかり経った一九八〇年に日本心霊科学協会から月刊誌「心霊研究」への連載記事を要請され、その瞬間に脳裏に浮かんだのがシルバーバーチだった。それは「シルバーバーチは語る」と題して連載され、その後潮文社から「古代霊は語る」と改題して出版された。

これは、その時点までに英国で出版された霊言集のエキスを私が一冊にまとめたものであるが、その後読者からの要望にお応えして、全十一冊の全訳(総集編を入れて全十二巻) が出版された。

 「心霊研究」に連載されたのは一九八〇年の秋からであるが、そのころから私は無性にバーバネルに会いたくなり、その年の暮に出発して新年早々(四日)にロンドンの社長室で面会した。

そして帰国する前にもう一度挨拶に訪れたが、それがバーバネルとの今生での最後の面会となった。その年の七月にバーバネルが心臓発作で他界したのである。

 年末から年始にかけてはどちら側にとっても都合が悪いので、翌年の夏休みにしようかと考えた。が、ただただ気持ちが急くので、冬休みを選んだのであるが、それが正解だった。夏休みにしていたら今生では会えなかったわけである。あの世では会えることは間違いないが・・・・・・。

 今から思うと、それから始まるシルバーバーチ霊言集の全訳という大仕事は、もともと霊界側で計画されていて、霊媒のバーバネルに直接面会することが、互いの霊団にとって何らかの意味があったのであろう。

サイキック・ニューズのスタッフの一人が「あなたの背後霊団にこんどの英国訪問を急かせた霊がいますね」と言っていたのが、今となっては印象的である。

 バーバネルの死期が迫っていることを察知したからという見方もできるが、それだけでなくて、直接会うことによって互いの霊団の間での打ち合わせを緊密にするためだったのではないかと考えたりしている。その後の私の出版事情を振り返ってみると、そのことを強く感じるのである。

 まず潮文社からの全十二巻が完結すると間もなくコスモ・テン・パブリケーション(太陽出版)という、当時設立したばかりの出版社から、ぜひシルバーバーチをという要請があり、トニー・オーツセン編集の〝愛〟の三部作(「愛の摂理」「愛の力」「愛の絆」)が出され(注1)、それが終ると、

こんどはハート出版から要請があって、やはりトニー・オーツセンのその後の二冊(日本語版では三冊)の翻訳を約束した。

 一冊目は「シルバーバーチ不滅の真理」、二冊目は 「シルバーバーチ新たなる啓示」、 そして本書となる(注2)。たぶんこれが最後の一冊となるであろう。

 その後原書は出ていないし、これから出るという話も聞かない。カセットを出すという話をサイキック・プレスの社長カール・ダンカンから直接電話で聞いているが、一年以上たってもまだ実現していない。財政的によほど苦しいのであろう(注3)。

 そんな中で、最近日本で、出版とは別の形での新しい動きが出ている 。

 一つは、シルバーバーチの愛読者が、目の不自由な方たちのために、ご自分の朗読をカセットテープに吹き込んでおられることである。

 妙なもので、「勝手に吹き込んだことをお許しください」という手紙とともにカセットが送られてきたその日に、目の不自由な女性から電話があり「シルバーバーチの霊言というのがあるそうですが、テープに吹き込んだものは出ていないのでしょうか」という問い合わせがあった。

 もちろんさっそく送ってあげた。そして三、四日後に涙ながらの感謝の電話をいただいた。しかもその方は、それから二、三か月後に目が見えるようになっているのである!

 その後も二、三の有志の方から、霊言をカセットに吹き込んでいる旨の連絡をいただいている。こうしたことが端的に教えているように、シルバーバーチ霊団は間違いなく今も活動を続けているのである。

 なお本書は、後半になるにつれて、オーツセンが、最後の一冊ということで〝少しでも多く〟と考えた結果であろうか、無雑作に詰め込みすぎた嫌いがあり、そのまま訳すには躊躇せざるを得ない箇所が多くなっている。そこで私は、全体を私なりに編集し直して、章数も五から八に増やして、焦点を細かくしぼった。

 最近、私の訳を参考にしながら原書で読んでおられる方が増えている様子なので、念のためにお断りしておく次第である。

注1 現在は「心の道場」より『シルバーバーチの霊訓』シリーズとして自費出版にて復刻。

注2 それぞれ、現在は『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』、『シルバーバーチの新たなる啓示』として新装版がハート出版より刊行されている。

注3 その後カセットは発売された。現在はCD版となり『CDブック・シルバーバーチは語る』としてハート出版から発売されている。



  一章 ムーア夫妻とテスター夫妻への賛辞

 ムーア夫妻と言う名前を見て、ああ、あの二人かと思われた方は、よほどのシルバーバーチフアンであろう 。

夫のバーノン・ムーア氏はかつてメソジスト派の牧師として教会で司牧していたが、シルバーバーチの霊言との出会いで魂の目を覚まされ、いさぎよく牧師の職を辞して、スピリチュアリズムの普及に尽くすようになった。

 妻のフランシス・ムーア女史はハンネン・スワッファーが司会者となって本格的なホーム・サークルを結成し、霊言が記録に残されるようになった当初からの速記者で、その仕事はバーバネルが他界する一九八一年まで続いた。

 そのムーア夫妻がドーセット州に移転した時、バーバネルが訪れてそこで交霊会を催し、シルバーバーチが出現して献納(*)の言葉を述べた。それは同時に、夫妻への賛辞でもあった。

※開所式などで行われる儀式で、神聖な場所として神に捧げる───これを〝聖別する〟という───ことを目的とする。除幕式もこの部類に入るとみてよいであろう。

 「本日は、こうしてお二人の新居をお訪ねして、霊界からの私の愛と挨拶の言葉をお届けすることになって、本当にうれしく思います。私の使命の遂行の上で私と身近かな関係のある方々と話を交わし、これまでに積み重ねてきた知識と叡知と愛と情を分かち合うことができたのは、私にとって大きな喜びです。

 お二人の新居でお二人と身近かな関係にある方々に祝福の言葉を述べるようにとの要請を受けた時、私はそれを大変名誉なことと受け止め、こころよく承諾しました。

 〝家〟というのは、それを構築している物質のみで出来あがっているのではないことを、まず銘記していただきたいと思います。本当の意味の〝家〟とは、一定の位置を持つ〝場所〟であると同時に、そこに住まう者の精神が調和して、より高い生命の界層からの影響力を受けられる状態でないといけません。

 そういう状態であってはじめて、その家に〝霊の宮〟ができたことになります。顕と幽の二つの世界を隔てる障壁が取り除かれ、邪魔物が排除され、両者が一体となります。

もとより、あなた方の目には見えず耳にも聞こえませんが、そこには、全ての束縛(物的カルマ)から解放された、光り輝く存在が常に存在して、地上からの要請に応じております。

 お二人のお家もまさにその一つです。この家でこの私に献納の言葉を述べることを要請なさったということは、ここに集われる方にとって、この家が聖別された神聖な場所であることを心に掛けていただきたいということでしょう。

たしかに、ここは霊と物質とが接する場であり、私どもの世界から派遣された者が訪れて、あなた方を通して、闇の中にいる人々に光を見出させてあげるための仕事をする場所です。

 一般の家とは異なるということです。もちろんお二人にも人間としての日常生活があります。が、それだけではなく、霊力が顕現する場でもあるということです。霊の灯台として、道に迷い疲れ果てた旅人に光を照らしてあげ、憩いの場、休らいの場を与えてあげることです。

彼らは霊的に生き返り、自分がこの世で為すべきことを鮮明に理解して、再び人生の荒波へと乗り出して行きます。これを本当の意味での献身というのです。

 お二人が今後とも霊による援助を実感され、この家においてお二人が使命を完了するように常に背後から守護し導いていることを知っていただきたいと思います。

 お二人に対する私からの感謝の気持はお分かりいただけるものと信じます。これまで忠実に果たしてこられた使命への献身ぶりに、私はいつも感謝しております。お二人の存在が私たち霊団の使命の達成に掛けがえのない力となっております。

 何度も申し上げてきたことですが、お二人の努力がどれほどの貢献をしているか、あなた方ご自身にはお分かりにならないと思います。

私たちの使命は、こうしてお届けする霊界からの真理の言葉によって地上の人々が本当の自我の存在に気づき、霊的に目覚めるように導くことです。その結果として、地上人生の本来の生き方に立ち戻ります。これはとても大切なことです。

 時には冗談も言い、笑いころげることはあっても、そうした中にあってもなお、私たちが霊的な使命を帯びた大霊の使者であり、達成すべき理想へ向かって刻苦しなければならない立場にあることを忘れてはなりません。

 地上の同志と私たち霊団の者との協調のおかげで、ずいぶん多くの人々に光明をもたらすことができました。これからさらに多くの人々の力になってあげることができることを思うと、やり甲斐を覚えます。

お二人も快活な心と曇りのない精神をもって前進してください。恐れることはありません。盤石不動の真理の上に築き上げた霊的知識をお持ちなのですから。

 これまでにあなた方に啓示され、あなた方の行動と思考の堅固な基盤となっているものを書き改めないといけなくなるような事態は、絶対に生じません。

そういう絶対的な知識を手にされているお二人は、本当に恵まれた方です。その知識を縁あってあなた方のもとに来られる人々に分けてあげてください。

 こうした知識は、弁証法的論理や激論によって受け入れを迫るような性質のものではありません。タネを蒔くということだけを心掛けておればよろしい。幸いにしてそのタネが芽を出せば、その成功を喜ぶのです。私たちも協力しています。これからも協力し続けます。堂々と胸を張って生きてください。

霊力に対抗して人間がいかなる論法を用いても、そんなもので霊力の存在が否定できるものではありません。

 私のことを目に見えざる家族の一員と思って下さい。できるだけ多く、あなた方の日常生活を共にさせていただきたいと思っております。私から提供するのは愛と霊力です。それこそ最高の贈りものです。宇宙の大霊の永遠不滅の恩寵の一部だからです」
℘20
 シルバーバーチの交霊会の生みの親ともいうべき、ハンネン・スワッファーが一九六二年に他界してからは、交霊会は再びバーバネルの家の応接間で行われるようになった。

 ある日の交霊界にテスター夫妻が招かれた。M・H・テスターといえば、心霊治療家としてスピリチュアリズム関係の人の間ではその名を知らぬ人はいないほどよく知られているが、それまでの道のりは大変だった。

長く苦しい闘病生活のあと、テッド・フリッカーという治療家に奇跡的に救われ、そのフリッカーから「あなたも治療ができますよ」と言われ、モーリス・バーバネルを紹介された。

 さっそくバーバネルを訪ねてスピリチュアリズムを知り、さらにシルバーバーチの交霊会にも招かれて教えを受けた。

 その最初の交霊会はテスター夫妻のために用意されたようなもので、テスター氏も思いのたけを披瀝して、教えを請うた。シルバーバーチはその一つ一つにていねいに答えてから、それまでのテスター氏の人生は治療家になるために用意されたもので「あなたは人の病気を治すために生まれてきたのですよ」と言った。

 それから何年になるだろうか。久し振りで訪れた夫妻にシルバーバーチはこう述べて歓迎の意を表した。

 「思い出しますよ、あなたが初めてこの会へ来られた時のこと、そしてその後も何度か出席されて、いろいろと質問されたことを。

難問や苦悶を抱えておられることがよく分かりましたが、私はそのつど〝いずれ解決します〟と申し上げましたが、霊の力は決して見捨てないことが、今こうして振り返ってみるとお分かりと思います。

無限なる英知をそなえた大霊が授けてくださった才能を正しく使っているかぎり、霊力はこれからもあなた方を援助しつづけます。

 私たちはパートナーシップ(連携)を大切にします。私の霊団には居眠りをしているパートナーは一人もいません。みんな活気にあふれ、一体となって働いております。あなた方がたどってこられた道を振り返ってごらんなさい。あの逆境の体験の中で光明を見出されたのです(※)。霊的な虹をごらんになったのです。

あの虹は、あの絶望的な苦境をも霊力はあっさりと切り開いてあげたのだから、これからもいかなる困難も必ずや解決してみせるとの霊団側からの約束のしるしと思って下さい。あなたは立派に使命を果たしておられます。これは、そう簡単にできることではありません」

 ※───その体験をまとめたのが 『私は霊力の証を見た』で、潮文社から拙訳が出ている。〝三大霊訓〟に次いで訳者がぜひ読んでもらいたい一冊である)



テスター 「私が今かかえている問題は、コミュニケーション(語り合い)とは違った意味でのコミュニオン(触れ合い)のことです。治療家としてこのコミュニオンが大切だと思うのですが、私にはそれが実感として感じとれなくて、暗中模索の状態です。

私の治療の仕方は今まで通りでよろしいでしょうか。もし他に試みるべき手段またはテクニックがあれば、教えていただきたいのですが・・・・・・」

 「これはとても大切な問題です。霊が物質と関わり合うには無限といってよい段階があります。その中で、コミュニオンはコミュニケーションに優ります。

 コミュニオンというのは意識の高まり、ないしは深まりがもたらす魂の触れ合いのことで、霊視とか霊聴といった伝達手段によるコミュニケーションよりも実感があります。

 あなたの治療体験を振り返ってごらんになれば、何もしなくても自然に分かるようになってきたことにお気づきのはずです。その証拠に、患者にいちいちどこがお悪いのですかなどと尋ねる必要を感じないまま治療に入っているケースが多いはずです。

 さらには、病気そのものの状態だけでなく、その原因まで直観的に分かってしまうことがあるはずです。それだけ進歩なさったわけです。私の意見としては、霊視や霊聴よりはコミュニオンの能力を発達させるほうが大切だと思います」

テスター 「よく分かります」

 「これはスピリチュアルな手段の最たるもので、そうなることが望ましいのです。といって、私は他の能力がだめだと言っているのではありません。霊的な触れ合いが得られるようになった時は、霊界の相当高い界層にまで入り込んでおります。

 いずれにしても、これまでなかなか立派におやりになってますよ。何も問題はないと思いますが・・・・・・」

テスター 「時には、まったく良くならない人がいて・・・・・・」

「もちろんいますよ。霊的にまだ良くなる段階まで来ていない人なのです」

テスター 「私は私なりの観点から、これでいいのだと勝手に考えて治療に当たっています。ただ、患者の人間性に問題がある場合に・・・・・・・・・・」

 と言いかけたところ、シルバーバーチが遮って、

「言いにくいことですが、あえて言わせていただくと、それはあなたの人間性に問題があることの証明でもあるのですよ(※)。あなたが初めてこの交霊会にお出でになった時、私が、あなたは人の病気を治すために生まれてきたのですよ、と申し上げたら、あなたは、患者に来てもらうにはどうすればよいのでしょうか、とお尋ねになりました。

私は、心配いりません、患者はそのうちやってまいります。多くて困るほどになるでしょう、とお答えしました。今も、競馬でいうと、いい位置につけていらっしゃるんじゃないでしょうか」

※──患者の人間性は治療家の人間性の証であるという考えもシルバーバーチ一流の高度な哲学で、私の師の間部詮敦氏も、どんなに不快な思いをさせられる患者でも、自分の心の鏡として、絶対に拒絶なさらなかった。

間部先生はシルバーバーチのことは何もご存知なかったが、私が師事した期間に見聞きした先生の言動には、不思議にシルバーバーチの思想と相通じるものがあった。とても地味なご性格だったが、スピリチュアリズムの潮流にのって生まれた大霊格者のお一人であったと、今しみじみとその偉大さに敬意を抱いているところである。

 続いてシルバーバーチは夫妻に向かって、

 「私はお二人のお家によくお邪魔しておりますが、お二人ともどうぞこの交霊会にいつでもいらしてください。私は今後もお二人の家をお邪魔して、生活ぶりを体験させていただき、私にできる範囲で援助し、お仕事に邪魔が入らないように配慮いたしましょう。声がしないからといって私がいないと思わないでください。

 あなた(テスター氏)にはまだまだやっていただかねばならない仕事が山ほどあります。それに比べれば、これまでになさったことは微々たるものです。ということは、これからも新たな悟りへの窓が開かれていく可能性があるということです。

そのことを喜ばないといけません。もちろんあなたにとっては辛い試練を意味するものであることは、私もよく承知しております。が、そうした中にあってあなたの魂の安らぎが次第に深まっていくのを見て、私はうれしく思っております。霊的真理にしがみつくことです。強大な霊力は決して見捨てません」

テスター「こうして時折この交霊会で信念を再確認できることは有り難いことです」

「その通りです。神の意志を機能させるためには道具がいります。チャンネルになってくれる人間です。そういう人の協力を得なくてはなりません。命令はしません。あくまでも協調です。協調によって神の意志を成就していくのです。

 難しい問題があり、悩みがあり、時にはうっとうしい気分になることがあっても、あなたは神の豊かな恩寵を受けられた方です。予定された道を歩んでおられます。使命を立派に果たしておられます。人のために役立っておられるということです。それさえ心掛けておられれば、あとは時が至ればすべて落着くべきところに落着きます。

 一かけらたりとも心配の念を宿してはなりません。まったく無用のことです。心配の念は敵です。魂をむしばむ敵です。絶対に侵入を許してはなりません。

これまでに啓示された真理に全幅の信頼を置き、それを基盤とした信念に燃えることです。あなたにはスピリチュアリズムという知識があります。それを基盤とするのです。つまり理性に裏づけされた確信、信じるに足る根拠を持った信念に燃えることです。あとのことは万事うまく行きます。真一文字に進んでください。あなたはあなたなりにベストを尽くしておればよろしい」

テスター 「遠隔治療のことですが、私はこれまで私なりのやり方でやってきて、時たま良くなったとの手紙を貰う程度で、果たしてどこまで効いているのか実感がなかったのですが、今までどおりでいいのでしょうか。改善するとすればどういう点でしょうか」

「今までどおりで結構です。遠隔とはいえ、直接手を触れて治療するのと同じ効果があります。理由は簡単です。あなたに治療を申し込むことによって患者との間にリンク(つながり)ができ、それが霊力の通う通路となります。その通路として霊に使われる以外に、あなたには何もできません。

 つまりあなたは、通信機のような役割を果たすだけです。霊の触媒となるといってもよいでしょう。霊医が合成する治癒エネルギーがあなたという人格を通して患者に届けられるわけです。

効果を上げるためには、あなたの受容力を高めるしかありません。受容力が高まれば、霊団との一体化が深まります。これには時間と努力を要します。

 これまでの経過を振り返ってごらんなさい。霊団との一体化が今までになく深まってきていることにお気づきになるはずです。いかがですか」

テスター 「かつては想像もできなかったほど深まっております」

「それとともに〝悟り〟も深まります。すると今度は〝明察力〟が芽生えてきます。治療家の仕事は手で触れてみることのできないもの、計量器で計ることのできないエネルギーを扱う仕事です。

ですから、察知する能力がいります。そのエネルギーの潜在力は無限ですから、その中から患者に適合した最高のものを調合する必要が生じます。

 霊側から治療家に要求するのは、最善を尽くすということだけです。霊側も最善を尽くし、お互いの協調の中で、医学に見放された人々を救ってあげるのです。

もしもそれで何の反応もないとしても、それは治療家の責任ではありません。患者の責任です。霊的にまだ治るべき段階に至っていなかったということです。こうしたことはみな霊的法則の働きによって自動的に決まることなのです」

テスター 「そのことは理解しております」

「治療を依頼してきた人を片っ端から治すということは、不可能であると同時に、望ましいことでもありません。患者は受けるべき量の援助しか受けません。

その計算は一分一厘の狂いもありません。霊的に計算されるからです。迷わず突き進んでください。あなたの歩んでおられる道は間違っておりません」

テスター 「私のもとを訪れる患者の方も私の自己実現に貢献しているとのだという考えは正しいでしょうか」

「その通りです。一方通行ではないということです。あなたは患者を救い、患者はあなたを援助しているのです。それはちょうど、私がこの交霊会に来て地上の皆さんの一助として働きながら、私は皆さんからの援助を受けているのと同じです。これは協調の法則の一環でして、宇宙はこの協調によって進化しているのです。調和・協調・善意を通して働くのです。

 病気が首尾よく治った時は、それはそれとして素直に喜ぶがよろしい。が、奇跡的な治癒の体験を通して患者の霊的意識が目覚めることになれば、さらに大きな喜びの源泉となります。そのほうが肉体の病気が治るということ以上に大切なことだからです」

テスター 「そういうケースが多くなっています」

「それだけ大霊と協調した仕事をなさっているということですよ。神の力がその目的成就のために、あなたを通路としているのです。伝統的とか正統派をもって任じている教会が行なっていることより、あなたの方がはるかに大切なことをなさっておられます。教会には霊力の顕現の場がないからです。

 これからも神の道具として、いつでもご自分を役立てて下さい。最善を尽くしてください。あなたには奇跡的な体験がおありです。霊団が、サービスにはサービスをもって返すことをよくご存知です。何一つ迷うことはありません」

Tuesday, February 3, 2026

シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of SpiritualWisdom
Teachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)



23章 さまざまな質問に答える

〔この章でシルバーバーチは、自殺、安楽死、産児制限、動物虐待などに関する見解を述べている。〕

自殺の問題

〔自殺についてのシルバーバーチの考えは、はっきりしている。地上人生を自ら終わらせることは、完全に摂理に反することである。自殺に対するシルバーバーチの説明によって、次のような質問をした女性は自殺を思いとどまることができた。〕


――愛する人に先立たれた者が、自ら命を絶つことは許されるでしょうか。


いいえ、許されません。摂理の働きは完璧ですから、あなたはそれに忠実に従って生きなければなりません。摂理は大霊によって、すなわち完全なる愛によって統制されています。大霊はすべてのものに存在すると同時に、すべてのものを通して顕現しています。大霊によって統制されている摂理の働きを妨げる権利を有する者はいません。もしあなたが、摂理に反して自ら命を絶つとするなら、その行為に対する代償を払わなければなりません。

例えば、熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、あなたの霊に準備ができていないうちに霊界へ行ったなら、長い調整期間の中でその代償を払わなければなりません。愛する人々とも会えなくなります。自殺によって、あなたと周囲の人々との間に隔たりができてしまうからです。


〔この質疑応答は翌週の《サイキック・ニューズ》紙に掲載され、それを読んだ当の女性から次のような礼状が届いた。〕

「司会をされた方がシルバーバーチ霊にお礼を言ってくださったかどうか存じませんが、早々にこのような明解な答えをいただいたことに対して、どうか“あとに遺された者”からの感謝の気持ちをお伝え願えませんでしょうか。正直に言って、回答を読んだときは暗たんたる気持ちになりましたが、今ではお言葉に従って、霊界からお呼びがかかるまで力の限り生き抜く覚悟を決めております。」


訳注――カール・ウィックランドの『迷える霊との対話』(ハート出版)の中に、十年前に自殺をした女性が出現して語っている例が紹介されている。その中で、本当は十年後のその日に死すべき運命にあったものを、摂理に反した死に方をしたために、その日まで苦しみ続けたと述べている。
安楽死は許されるか


〔安楽死についてはスピリチュアリズムの内部でも賛否両論がある。回復の見込みがないと診断された患者を苦痛から解放するために、医者がその命を断つことは許されるはずだという意見と、スピリチュアル・ヒーリング(霊的治療)によって奇跡的に回復する例がある以上、安楽死は認めるべきではないという意見がある。常に「生命は神聖なものである」と主張するシルバーバーチに、安楽死の是非を尋ねてみた。〕


――回復の見込みがない患者を安楽死させる権利を医者に与えるべきだ、という意見がありますが、どう思われますか。


まず申し上げておきたいのは、すべての生命は大霊のものだということです。肉体が衰えて霊がその肉体から解放される時がくれば、人間は自然の摂理に従って死を迎えます。


――医学的処置によって延命することは正しいと思われますか。


間違ってはいません。


――たとえそれによって苦しみを長引かせることになってもでしょうか。


そうです。ただし、忘れてはならないことが一つあります。それは魂が解放される時がくれば、人は必ず死を迎えるということです。地上のいかなる手段をもってしても、摂理を変えることはできません。


――不治の病に苦しんでいる人を安楽死させることは、その患者に霊界または来世(次の地上生活)で、さらなる苦痛をもたらすことになるのでしょうか。


いいえ、そういうことはありません。しかし安楽死は、準備のできていない霊にショックを与え、影響を及ぼすことになります。それによって不要だったはずの調整を、いろいろとしなければならなくなります。


――人間には寿命を引き延ばす力が備わっているのでしょうか。


延命のために努力することは間違ってはいません。しかし、霊が地上を去る時がくれば、あなた方はそれ以上何もできません。


――それでは、延命のための努力は無駄に終わるということでしょうか。


はい、そうです。あなたがおっしゃる医学的処置によって寿命を少しばかり引き延ばすことができたとしても、結局みんな死んでいくではありませんか。


――でも、患者は少しの間であっても生き続けることができます。


患者が反応すればのことです。酸素を与えるという方法もありますが、それにも限界があります。魂が霊界へ行く準備が整えば、あなた方になす術(すべ)はありません。


――死期が決まっていて、魂に準備が整った時に霊界へ行くことになっているのなら、人間の寿命はなぜ、時代とともに少しずつ延びているのでしょうか。


地上人類は進化しているからです。物的なことは霊的なことによって決まるのであって、物的なことが霊的なことを決めるのではありません。
産児制限(避妊)は是か非か


〔シルバーバーチは、人工妊娠中絶に対して断固として反対の立場を主張している。ところで妊娠自体を避けようとするのは、正しいことだろうか。シルバーバーチの産児制限に関する意見を聞いてみよう。〕


――産児制限について、霊界ではどのように考えているのでしょうか。


人間には自由意志と、善と悪を区別する判断力(良心)が与えられています。この問題も最後は“動機は何か”に帰着します。なぜ産児制限をするのか、じっくり考えてみることです。大切なのは動機です。それ以外にはありません。


――生命の誕生を制限するのは摂理に反することなのでしょうか。


霊が地上に誕生することが予定されている場合には、避妊をしない夫婦を通して生まれてきます。摂理は絶対です。夫婦の進化にとって子供を持つことが不可欠な体験であるなら、おのずと新しい生命の誕生を望むようになり、それが妨げられることはありません。


――そうすると、私のもとに子供が生まれてくることが予定されているときには、「子供が欲しい」と思うようになるということでしょうか。


そうです。あなたは、新しい生命の誕生がもたらす影響を必要とする進化の段階に達したということです。


――それは、高い次元での進化ということでしょうか。


いいえ、進化の次元の高い低いの問題ではありません。性的快楽だけを求めて避妊をする人と、そうでない人を明確に区別しなければなりません。私が賛成しないのは、利己的な動機からの避妊です。


――生まれてくる子供にとって好ましくないという考えからの避妊については、どうでしょうか。


それが動機ということではないでしょうか。すべてのことに動機が問われます。摂理をごまかすことはできません。行為の一つひとつ、思念の一つひとつ、願望の一つひとつが、あなたの魂のオーラに刻み込まれます。霊界の人々には、あなたのすべてがはっきりと分かるのです。あなたの魂は、彼らの前では丸裸です。あなたが地上で抱いた動機のすべてが、霊界人には知られているのです。


――女性が妊娠したあと、霊はどの時点で胎児に宿るのでしょうか。


納得できない方も多いと思いますが、精子と卵子とが結合してミニチュアの形で個体(媒体)ができ上がったときから、その霊にとっての地上生活が始まります。


――精神障害者の場合には、地上生活が無駄になってしまいます。その障害によって何も学ぶことができないからです。障害が遺伝的なものである場合には断種(不妊手術)ということも考えられますが、霊界側ではそれをどう見ているのでしょうか。


私はもとより、宇宙のいかなる存在も、生命の摂理を変えることはできません。一個の魂に物質界へ誕生する準備が整えば、かならず誕生します。あなた方は「なぜ?」と尋ねるでしょう。そこで私は「再生」を説くのです。そこに理由があるからです。
動物ヘの虐待行為


〔摂理を犯しておいて“知らなかった”では済まされない。人間や動物に無用な苦痛を与えることは摂理に反しており、どのような言い訳をしても、その代償はいずれ払うことになる。以下は動物虐待についての質疑応答である。〕


――無力の動物に対してひどい苦痛を与えるような実験がますます増えていますが、どう思われますか。これを中止させようと運動している人々もいますが、彼らは霊界から援助を受けているのでしょうか。


人のためになる仕事をしようと努力するときには、必ず霊界からの働きかけがあります。彼らを鼓舞し、霊力を与え、その仕事を援助します。動機は何であれ、大霊によって生み出された動物に苦痛を与えることは間違っています。とは言え、動物実験に携わっている人の中には、摂理に対する無知からそれをしている人がたくさんいることを忘れてはなりません。「人類のため」という動機からの行為なのですが、摂理に反していることには変わりありません。


――でも、あなたは動機がいちばん大切であると何度もおっしゃっています。人類のためと思ってしていることでも、摂理に反した罰を受けるのでしょうか。


たしかに動機は間違ってはいないかもしれませんが、摂理は変えられません。動物に苦痛を与えていることを知りながら実験を続けるのは、責任を自覚しているということです。「人類のため」という動機はよいのですが、動物に苦痛を与えているのは事実です。そうした点を総合的に考慮したうえで判断が下されます。いずれにせよ、私としては苦痛を与えるということには賛成できません。


――動物は人類を助けるために地上に生まれてくるのでしょうか。


はい、その通りです。同時に人類も動物を助けるために存在しているのです。


――人類のためというのが、動物を創造した唯一の目的ではないと思うのですが……。


そうです。動物を創造した目的の中に「人類のため」ということも含まれているという意味です。


――動物の生体解剖は動機が正しければ許されると思いますか。


いいえ、許されません。残酷な行為がどうして正当化できるでしょうか。苦痛を与え、悶(もだ)え苦しませておいて、どうして正義と言えるでしょうか。それは、私たちの教えとはまったく相容れません。無抵抗の動物を実験台にすることは間違いです。


――動物を実験材料とした研究からはガンの治療法は発見できないという考えに、同意されますか。


地上では、摂理に反した生活によって引き起こされた病気に対する治療法を考え出すことはできません。すべての病気に対する治療法は、いずれ発見されるでしょうが、それは動物実験からは見つけ出すことはできません。


〔シルバーバーチは、いかなる生命も神聖なものであることを繰り返し説いている。ある日の交霊会で狩猟が話題となり、メンバーの一人が質問した。〕


――キツネ狩りは間違っているのでしょうか。


すべての生命は大霊のものです。いかなる形にせよ生命を奪うことは許されません。


――でも、ウチのニワトリを二十羽も食い殺したのですが……。


もし私が、そのキツネに銃を与えて、二十羽もニワトリを食べたあなたを撃ち殺せと命令したらどうなりますか。大霊は地上のすべての子供たちに、十分な食べ物を用意してくださっています。人間が飢えに苦しむのはキツネが悪いのではなくて、人間自身の考えが間違っているからです。

地上人類がもっと進化すれば、すべての野蛮な欲望は消滅することでしょう。あなたがキツネやニワトリをつくることができるなら、それらの生命を奪い去ることも許されるでしょう。あなたがキツネやニワトリを殺すことが正しいと言うなら、同胞を殺してもいいということになります。しかし、生命は人間のものではありません。大霊のものです。生命を奪う者は、いつかはその責任を取らなければなりません。


――オーストラリアではウサギの異常繁殖が脅威となっていますが、これについてはどうでしょうか。


人間は本来そこにあるべきではないものを勝手に持ってきて、それがもたらす悪い結果に文句を言います。それは私の(地上時代の)国にやって来た白人ついても言えます。白人は、自分たちにとっては良いものであっても、インディアンにとっては良くないものを持ち込みました。

戦争も白人がもたらしました。また火酒(かしゅ)(ウィスキー・ジンなどアルコール分の強い酒――訳注)やその他、インディアンに不幸をもたらす多くのものを持ち込みました。白人がやってきて、人を撃ち殺すことは正義であるかのように吹聴するまで、インディアンは銃で人を撃ち殺すことなど知らなかったのです。

そのうちあなた方は、宇宙のあらゆる生命体――動物も小鳥も魚も花も――が大霊の計画の一部を担っていることを理解するようになるでしょう。大霊の創造物として存在していることを認識するようになるでしょう。


〔シルバーバーチは、スピリチュアリズムには三つの重要な内容があることを述べている。その一つは心霊能力、一つはサービス(奉仕・利他愛の実践)、そしてもう一つは霊による導きである。〕
霊媒能力・心霊能力について


〔霊媒能力には二つの側面がある。霊的世界に対する感受性と、それを他人のために役立てるという責任である。シルバーバーチは、霊媒能力を持った交霊会の参加者に、次のように語った。〕


あなたはこのサークルに参加することによって、大霊のサービス(愛)を受け入れることになりました。あなたは霊媒能力を持っています。どうかそれを人のために活用してください。大霊が子供たちに与えた霊力は、他のすべての人々のために活用されなければなりません。もし、あなたがその霊力を間違って用いるなら、大霊に背くことになります。それは大霊に至る道を閉ざし、あなたの人生を狂わせることになります。霊力を小さなビンの中に閉じ込めておくことはできません。霊力を閉じ込めようとするなら、ビンは破裂してしまいます。

あなたは、自分の持っている霊力を摂理にそって正しく用いなければなりません。摂理は大霊によって造られたもので、それを私がつくり変えることはできません。大霊の摂理は、すべての子供たちが幸せになるためにもうけられたものです。ところが人間は、自分たちは親(大霊)よりも優れていると自惚(うぬぼ)れて摂理に背くようになったために、地上にはさまざまな問題が発生するようになったのです。


〔世間の人々から非難され、落胆している女性霊媒に対して、シルバーバーチは次のように語った。〕


あなたは、非常に強力で優れた指導霊の導きを受けています。もし、あなたが指導霊に対して完璧な信頼と信念を持つなら、すべてがうまくいくようになります。あなたは大霊の道具ですが、自由意志も持っています。人間は皆、大霊から自由意志を与えられているのです。どうか、あなたが手助けできる多くの人々がいることを忘れないでください。あなたを通して素晴らしい霊力が活用されることになるのです。その霊力の働きを信じてください。霊力は、あなたの前途に立ちはだかるあらゆる障害物を取り除いてくれます。

あなたはとても感受性が豊かな方です。あなたは霊媒としてさまざまな悩みを抱えていますが、それはすべて大霊の摂理にそって発生しているのです。私は、今あなたが味わっている苦痛を、あなたに代わって背負ってあげたいと思っています。そうした私の思いを察してください。

大霊の子供たちが食べる物に不自由し、飢えに苦しむ姿を見て、私たちが平気でいられると思いますか。人々が病気で苦しむ姿を見て、安穏としていられると思いますか。戦争によって肉体から無理やり魂が引き裂かれていく様子を見て、じっとしていられると思いますか。地上世界の悲劇に目をつぶっていることはできません。私たちは、地上世界を立て直すためには唯一、この方法(サービス・利他愛の実践)しかないことを知っています。

私たち霊界の者が、地上世界の問題を取り除くことはできません。地上人自身の努力によって、新しい世界を誕生させなければなりません。霊的世界に対する感受性の鋭い人間(霊媒・霊能者)は、地上世界の悲しみをより強く感じ、心を痛めるという犠牲を払うことになります。

どうか、物質的なものではなく、霊的なものに目を向けてください。そうすれば、あなたは大霊の光に包まれ、いずれ朽ちていく肉体の奥にある不滅の霊を傷つけるものは何もないことを悟るようになるでしょう。あなたを取り巻く環境は、あなたの身体に何らかの影響を及ぼすかもしれませんが、それが大霊の賜物(たまもの)である霊を傷つけるようなことにはなりません。

もしあなたが、物質的なものに過度の関心を持たないようにするなら、物質よりはるかに繊細な霊に対する感受性を高めることができるようになります。目に見える物質的なものではなく、目に見えない霊的なもの、大霊と永遠なるものに信頼をおいてください。

私は、これまで自分の霊媒(バーバネル)が苦しむ姿を見てきました。以前にも彼の苦しみについてお話ししたことがありましたが、それを見て私が涙を流してきたことをあなたはご存じでしょうか。私は、彼の重荷のすべてを代わって背負ってあげたいと思いました。しかし私は、人間は苦しみを通して魂が浄化されることになるという大霊の摂理を知っています。

あなたはとても感受性が豊かな方ですから、それに見合った苦悩を味わうことになります。最強の霊力と大霊の完璧な愛が常にあなたとともにあり、それがあなたを通して他の人々に流れていくようになるということを、忘れないでください。霊界の者たちは、あなたに最高の叡智による助言を与え、進むべき道を示し、その霊力によって支えます。私たちは常に、地上世界の嵐と困難からあなたを守り、安らぎの場へと導きます。

あなたは、今の立場に留まっているべきです。霊力は活用されなければなりません。霊力を閉じ込めてしまってはいけません。

あなたは光と影が存在する物質界に生きています。あなたの住んでいる世界は、私たちの世界とは違います。あなたは影の中にいるときは光を忘れ、光の中にいるときは影を忘れてしまいます。雪が降ると寒すぎると言い、太陽が照ると暑すぎると言います。

下を向くのではなく、どうか常に太陽を見上げてください。地上人生において悲しみや喜びの体験を積むまでは、あなたは真の霊媒(高級霊の道具としての霊媒)になることはできません。自分が暗闇の中にいると感じたときには、それは影にすぎず、いずれ消え去るものであることを思い出してください。太陽の光は、あなたの内部に存在する霊の宝を再び輝かせることになるでしょう。
サービス(奉仕・利他愛の実践)の摂理について


〔高級霊たちは常に、サービス(奉仕)の重要性を強調する。サービスによって個人の霊的進化が促され、同時に新しい世界の夜明けがもたらされると言う。高級霊たちはサービスの必要性を説くだけでなく、自ら率先してサービスを実践している。ここでは、シルバーバーチがサービスについて述べた箇所を抜粋して紹介する。繰り返しサービスの重要性を訴えるシルバーバーチの言葉は、それを実践しようとする者にとって大きな励ましとなるであろう。〕


■私たちは、あなた方にサービス(奉仕)をするためにここへやって来ました。もし私たちが一人の人間の魂を引き上げることができたら、もし傷ついた身体を癒し、落ち込んだ魂に勇気を与えることができたら、もし新しい希望と信頼をもたらし、悲しみの涙が流れているところに微笑みをもたらすことができたら、そのとき私たちは大霊に奉仕したことになります。そして地上の道具(同志)を与えられ、彼らを通して傷ついた大霊の子供たちに奉仕できることに感謝を捧げます。


■皆さんは時に、奉仕することにうんざりしてしまうことがあるかもしれません。奉仕の喜びが感じられず、疲れきってしまうことがあるかもしれません。私たち霊界の者は、自分たちへの賞賛は一切求めません。私たちは、摂理の働きを通して大霊に奉仕しようと努めています。そして皆さんに、摂理を活用すれば地上に調和と健康と幸福がもたらされるようになることをお教えしようとしているのです。


■私は、できるかぎりあなた方に奉仕したいと思っています。わずかではあっても光をもたらし、皆さんが人生についての真の教訓を学ぶことができるように手助けしようと努めています。霊的知識によってあなた方の魂は強化され、大霊から託された使命を達成することができるようになります。


■私たちは、ひたすら奉仕に励んでいます。どのような呼びかけにも、どのような要請にも、お応えします。私たちは、あなた方の役に立つことだけを願ってここにいるのです。口先だけでそう言っているのではありません。私たちが奉仕に努めているのは、それを通してのみ大霊を顕現させることができるからです。


■神学者たちは、不可解な神学理論や教義をつくり出してきました。そしてそれが、人類に懐疑と当惑と混乱をもたらすことになりました。宗教のエッセンス(本質)は“サービス(利他愛の実践)”という一つの言葉で表現されます。


■自己を忘れてひたすらサービス(利他愛の実践)に励む人は、大霊を顕現させています。“サービス”――それは現在の地上世界が、最も必要としているものです。それゆえ私たち霊界の者は、地上人にサービスの重要性を訴え、自らサービスの実践に励んできたのです。あらゆる霧と暗闇、懐疑と恐れ、悲しみと争い、苦しみと痛みの背後には、サービスを通しての霊的成長という永遠の目的があることを忘れてはなりません。


■皆さんは、大霊の意思を地上で実現するための“大霊の僕(しもべ)”です。その務めを果たす中で、多くの人々の人生に新しい希望をもたらし、同時に皆さん自身もさらなる幸福を手にすることになるのです。あなた方は、強大な霊力が地上に降りる手助けをしています。大霊の摂理が働くための援助をしています。地上世界の悲しみと不幸を一掃するための奉仕に携わっているのです。


■あなた方の背後にあるのは、全生命の始原である大霊の力であり、それは宇宙で最強の力です。あなた方は、その大霊の力が地上界に顕現するための手助けをすることができるのです。他人の魂を引き上げてあげること、励ましの言葉をかけてあげること、霊的であれ物質的であれ奉仕をすることが大切なのです。心から喜んで奉仕に専念することで、あなた方は真の大霊の道具となれるのです。


■大霊の子供たちに奉仕しないで、どうして大霊に奉仕することができるでしょうか。地上世界は表面的な言葉や肩書きやラベルにとらわれ過ぎています。私が重要視するのはサービス(奉仕・利他愛の実践)だけですが、地上では政治や経済や社会を論じる学問が大切にされています。しかし、それらは単なる知識にすぎません。あなた方が人々のための奉仕に励むなら、それが「真の宗教」なのです。


■地上世界での身分の高い低いは重要なことではありません。もしあなた方が、たった一個の魂であっても引き上げることができるなら、暗闇の中にいる人に光を届けることができるなら、無知の牢獄の中にいる人を解放することができるなら、あなた方は大霊に奉仕していることになります。飢えている人に食べ物を与え、のどが渇いている人に水を与え、そして戦争ではなく平和をもたらすことができるなら、あなた方はまさしく大霊に仕えていることになるのです。
霊界からの指導の実際


〔地上へメッセージ(霊的真理)を伝えることが何より重要であるとするシルバーバーチは、自分自身のことについてはほとんど語っていない。しかし地上人類のために大きな犠牲を払って働いている他の指導霊たちについては、時おり述べている。その中からいくつか拾ってみた。〕


――指導霊は、すべての国で、さまざまな分野に働きかけているのでしょうか。


はい、そうです。しかし、試行錯誤の中で何とか継続しているというのが実情です。その原因は、せっかく目星をつけた道具(霊能者)がどこまでこちらの期待に応えてくれるかは、前もって判断できないからです。最後の段階で堕落して使いものにならず、何十年にもわたる努力が水の泡となることがあります。今この時も、物質界の至るところで、こちらからの反応に応えてくれる人間を見いだし、霊界からの影響力を及ぼそうと働きかけている霊が大勢いるのです。


――指導霊たちは、人類の進歩に関わる運動(スピリチュアリズム)に働きかけているのでしょうか。


物質界の進歩のために役立つ仕事をしている人々には、それに拍車をかけて発展させようとする霊団が援助します。善を志向する努力が、無駄になることは決してありません。人類を向上させたいと願っている人、人類への奉仕を切望する人、大霊の子供たちの苦しみを取り除くために戦っている人の背後には常に多くの霊が待機しているのです。


――政治体制の異なる国々、例えば民主主義国家と、独裁主義国家の背後で働いている指導霊たちの関係はどうなっているのでしょうか。


あなた方は、本来は言葉を“道具”として使用すべきところを、逆に言葉の“奴隷”になっています。私たち指導霊の全員が、大霊の摂理をすべての子供たちに教えようとしています。どこにいようと、誰であろうと、大霊の摂理はその子供たちを通して働くからです。霊的成長のレベルがそれぞれ異なっているため、私たちの働きかけが必ずうまくいくとは限りません。手こずることもあります。しかし私たちは、選んだ道具を用いて最善を尽くすしかありません。その際、道具となる人間のラベルは問題ではありません。私たちは、どれだけ役に立つかということだけを考えて働きかけているのです。


――指導霊から積極的な働きかけを受けている人が、それに気づかないということがあるでしょうか。


大いにあります。その事実を知っている方が、知らないままでいるよりも協力関係を強化することができます。


――指導霊の存在を知ることによって、もっと霊力を受けやすくなるのでしょうか。


指導霊の存在を知っていれば、その人間と霊との関係はより親密になります。知らずにいるよりは知っている方が好ましいのです。光が得られるというのに、暗闇にいたいと思う人がいるでしょうか。飲み物があるというのに、どうして渇きを我慢する必要があるのでしょうか。


――指導霊は、決まった霊媒以外の指導をしないのはなぜでしょうか。


そうした質問を聞くと、私たちがこの交霊会を催すために、いかに複雑な方法や手段を駆使しているかが理解されていないことが分かります。私が、この霊媒(バーバネル)を通して使命を果たすために何十年にもわたって準備してきたことを、皆さんはよくご存じのはずです。誰かの要望に応えて、別の霊媒を長い期間をかけてもう一度、養成するようなことはいたしません。


訳注――この回答は、シルバーバーチはなぜよその交霊会に出ないのかとか、どこそこの交霊会にシルバーバーチが出たというのは本当か、といった風評を念頭において述べている。


――霊媒の中にはサイキック能力を十分に発揮できずに、うつ病や精神のトラブルで苦しんでいる人がいるのはなぜでしょうか。


霊体と肉体が不調和状態に陥ったことが原因です。
インスピレーションについて


〔インスピレーションの存在はよく知られているが、その一方で最も信憑性の低い霊媒現象と見なされていることも事実である。人間は死後、思念の伝達を用いて仕事を続けることになる。また、インスピレーションとして自分の思念を地上人の意識に印象づけることができる。そうした霊からのインスピレーションを受け取った地上人によって、多くの仕事がなされてきた。以下は、インスピレーションに関するシルバーバーチのコメントである。〕


「奉仕をしたい」との思いを持って霊界に来た者は、思念の力を用いて地上世界に影響力をもたらす方法を学ぶようになります。地上人類を向上させたいと願う霊たちの強い思念が、地上界に多くの恩恵をもたらすことになります。私たちは、地上人のために奉仕をしたいと考える新参霊たちに、真理普及の戦いに役立つように意識集中の方法を教えます。彼らは肉体的な感覚はすでに失っていますが、その存在自体が地上人にとって助けとなるのです。こうして彼らは私たちと一緒に、あなた方を援助する仕事に携わることになるのです。
質疑応答


――例えば新聞記者などある種の能力を身につけた人間は、すでに他界している、かつて地上で同じ仕事に携わっていた霊から、援助や導きを受けるようになるのでしょうか。


はい、なります。地上世界でもこちらの世界でも、いったん身に付けた能力が失われるようなことはありません。地上世界で発揮していた才能は、霊界に入ってからも進歩していきます。そしてさらに向上すると、自分と同じ才能を持った地上の道具を見つけたいと思うようになります。地上で同じ能力を発揮している人間に働きかけることによって、自分の才能をよりいっそう進化させたいと望むようになるのです。

地上人は、霊界からのインスピレーションを無意識のうちに受け取ることもあれば、意識的に受け取ることもあります。霊的感受性が強い人間は、霊界から送られてくる思念をインスピレーションとして受け取り、それを意識の中に強く印象づけることになります。


――インスピレーションは、集合的存在(類魂)から送られてくるのでしょうか。それとも一人の霊から送られてくるのでしょうか。


両方のケースがあります。


――偉大な詩人や画家などは、霊界からのインスピレーションによって作品をつくり上げていると言われますが、それが事実であるなら、地上人のアイディアにはオリジナリティーがあると言えるでしょうか。


私は、(宇宙の)始まりについても終わりについても何も知りません。大霊は生命であり、生命は大霊です。あらゆる生命の種子が、大霊によって蒔かれています。宇宙に存在している万物は、私の知るかぎり、過去にも常に存在し、そしてこれからも存在し続けます。あなた方は大霊の一部であり、その肉体の奥に大霊の分霊が埋め込まれています。あなた方は大霊のミニチュアであり、それぞれの魂の進化に応じて大霊が有するすべての力にアクセスすることができるようになります。

人間は自らの力で何ひとつ創造することはできませんが、大霊が創造し与えてくれたものに働きかけたり、形づくったり、積み上げたり、向きを変えたり、改良したり、美しくしたり、結びつけたりして、自分たちが住んでいる地球とそれを取り巻く宇宙をより良い所にすることができます。大霊は、子供である人間にあらゆる素材と道具を準備してくださいました。人間はそれらを用いてさまざまなものをつくり上げることができますが、素材を創造することはできません。
催眠術のメカニズムと危険性


――催眠術は研究の対象に値するものでしょうか。


催眠術師が善意の人で、自分の能力を人のために役立てたいという願望から発しているのであれば、よいことです。しかし催眠術というのは、魂の隠れた能力のほんの表面を軽く叩いている程度のものにすぎません。


――催眠術師が接触するもの(潜在能力)とは何なのでしょうか。


自己を超えたもの、つまり内在する大霊と同じものです。私は、これまで何度もあなた方に対して、自分の内部に存在している力を自覚しそれを発揮するなら、克服できない困難はないと申し上げてきました。“隠れた能力”とは、その力のことです。高いバイブレーションに自分を調和させること、より良い奉仕の人生を送ること、そして霊的向上をすることによって、その力を発揮することができるのです。あなた方は、世俗的になればなるほど、より低いバイブレーションに反応するようになります。反対に自己犠牲の思いが高まれば高まるほど、より高いバイブレーションに反応するようになり、内部の大霊(神性)が発揮されることになるのです。


――その内部の神性というのは、理性的な思考と行動をする自我意識が独立したものでしょうか。


いいえ、違います。今のあなたは物的身体を通して発現している精神(意識)によって支配されています。地上で生活している間は、そうなっているのです。それが催眠状態になると違ってきます。催眠術師は言わば看守のようなもので、牢のカギを開けて囚人を解放することができます。催眠術師が善意からそれ(催眠術)を行うのであれば、潜在している神性を刺激することになり、良いことをしたと言えるでしょう。しかし催眠術は、内部の獣性を刺激することもあるのです。いずれにしても、あなた方が地上で発揮している意識は、死後に発揮することになる大きな意識のほんの一部にすぎないことを知っておいてください。


――そういうことを聞かされると、いささか不満を感じてしまいます。


そうでしょう。しかし、不満に思うのはけっこうなことです。自惚れから生じる自己満足は進歩の妨げとなります。


――催眠術は霊媒能力を発達させるための手段になるでしょうか。また、あなたはそれを奨めますか。


それは、これまでも言ってきたことですが、いったん霊媒に指導霊が付くと、地上の催眠術師の出番はなくなります。霊媒が指導霊の霊力を受けるようになると、催眠術による影響力は及ばなくなります。霊媒能力の開発は交霊会から始めて、徐々に霊力の影響を受けていく方がよいと思います。


――催眠術を霊能力開発の近道とは考えておられないわけですね。


そうです。霊能力開発に“近道”はありません。これは魂とその能力に関わることです。地上人の霊的能力が今日の段階まで発達するのに何百万年もかかっています。これまで地上世界に不幸が絶えなかったのは、霊的な側面を無視してきたからです。霊に関わることは、慎重な養成と、ゆっくりとした成長が必要とされます。
シルバーバーチ、思想家“トマス・ペイン”を賞賛する


〔“昨日の悪者は、今日のヒーロー”――一九三七年、シルバーバーチはかの有名な思想家(社会改革者)トマス・ペインの生誕二百年にあたってこの言葉を引用し、次のように述べた。〕


本日は、かつて霊力に満たされて、抑圧され虐(しいた)げられていた人々の立場を向上させるために戦った一人の偉大な人間に賛辞を捧げる日です。彼は生前、社会から理解されることはありませんでした。彼は、悲惨な環境の中で力を失い、落胆している人々を引き上げるために苦闘しました。あらゆる不正と戦い、人間が本来、享受すべき恩恵について人々に教えようとしました。

当時の上流階級の人々は、彼(トマス・ペイン)を敵視しました。しかし彼は、霊力に突き動かされていたため、さまざまな困難に勝利しました。彼は人々から軽蔑され、拒絶され、迫害されましたが、その仕事は今も生き続けています。

どうか、そうした彼の生き方から教訓を学んでください。今、皆さんがしていることは、彼の仕事とつながっています。皆さんも人々から妨害され、敵意や反感を受けていますが、今皆さんが伝えようとしている真理は、当時、彼が人々に教えようとしていた真理と同じものなのです。あなた方もペインと同じように、霊的な、そして物質的な自由を獲得するための戦いにおいて、最大の味方であるはずの人間から反対されるようになるかもしれません。しかしあなた方の仕事は、今後も生き続けます。なぜならその仕事には、「大霊の認証」というシールが貼られているからです。

その神聖な仕事を進めるためには、善意を持った地上の人間が必要です。私たちは、現在の地上界のリーダーには期待していません。私たちは、階級や民族、人種や宗教を問題にしてはおりません。携わっている仕事が真の奉仕であるかどうか、人々の魂を引き上げ手助けをするものであるかどうかだけを見ているのです。

今日は、霊力に鼓舞されていた一人の社会改革者に、あなた方と私たちの世界から賛辞を捧げ、重要な教訓を学ぶ時です。地上人は、彼の仕事を単なる過去のものと考えていますが、私たちは、奉仕に対して情熱を抱いていた彼の魂を評価しています。彼は私たちの世界へ来てからも、奉仕を続けています。今も、大勢の大霊の子供たちの生活を改善するために全力で戦い続けているのです。

地上世界は奇妙な所です。昨日の悪者が、今日のヒーローになります。そして今日のヒーローが、しばしば明日の悪者になります。今の時代において軽蔑されている人間は、やがて訪れる時代には賞賛されることになるでしょう。

宗教家を自認する人間の視野は、何と狭いことでしょうか。彼らは、自分たちの宗教のまわりに教義の分厚い壁を築き上げています。そして自分たちの教義に同意し、壁に囲まれた狭い世界(教会)にやって来る人間以外は皆、拒絶します。彼らは、「壁の外には無神論者がおり、壁の内側には神によって選ばれた宗教的な人間がいる」と言います。

しかし、本当に宗教的な人間とは、人々を向上させるために戦い、悪を正し、障壁を打ち砕き、無知を追放し、飢えを駆逐し、スラムを根絶しなければならないと考える人のことです。そうした人こそが、真に宗教的な人間なのです。人類への奉仕(サービス)のために人生を捧げることだけが、宗教的な生き方と言えるからです。

私は今日まで、皆さんが知っておくべき霊的真理をシンプルな言葉で説いてきました。霊的真理に新たに付け加えるものは何もありません。今、地上人に必要とされているのは、霊性を発揮して、霊力をもっと容易に受け入れられるようにすることです。現在の地上人類は、あまりにも霊力を否定しています。


訳注――トマス・ペインは、英国生まれの思想家・著作家で、一七七四年に渡米。一七七六年に『コモン・センス』を著して、アメリカ独立の気運を高めた。フランス革命を擁護した『人間の権利』も、よく知られている。
霊とは何か


〔霊魂とは何か。科学者は霊魂の存在を認めないし、正統派を主張するキリスト教会はそれについて何も知らない。シルバーバーチは、霊魂とは大霊の分霊であると明言し、私たち人間と大霊は、その分霊によって常に結ばれていると言う。〕


――人間の物的身体は何によってコントロールされているのでしょうか。また、それはどこに位置しているのでしょうか。


私はそれがどこにあるのか知りませんし、見つけ出すこともできません。科学者たちは、肉体を解剖すれば隅に隠れている霊魂を見つけることができると思っています。あるいは霊魂は血管の中を流れていたり、どこかの臓器に隠れていると考えています。しかし霊魂は、肉体のどの部分にも存在してはいません。


――でも霊魂は、肉体の内部にあるのではないでしょうか。


霊魂は、内部にあるとか外部にあるとか言えるようなものではありません。霊魂はすべての場に充満しています。霊魂とは意識のことであり、肉体によって制約されるものではありません。それは無限の広がりを持つと同時に、進化の頂点にまで至ることができます。そして一瞬のうちに地上をめぐることができるものなのです。あなた方が霊的身体で遠い所に赴くとき、霊魂はどこにあるのでしょうか。こう言うと、あなた方は地上の距離感覚で想像するでしょうが、私たちにはそうした感覚はありません。霊魂によって制限される空間はないのです。


――「魂(ソウル)」と「霊(スピリット)」の違いは何でしょうか。


私は、それらをどう呼ぶかにはこだわりません。あなた方の辞書は私がつくったわけではありません。私の言う魂とは、内在する大霊のことです。霊とは、魂が顕現するための身体です。しかし他の人は、私とは違う意味でそれらの言葉を用いています。(シルバーバーチ自身も逆の使い方をしていることがある。シルバーバーチはここで「分霊」を「魂」と表現し、「霊体」を「霊」と表現している――訳注)


――顕現するための身体という表現はともかく、霊(スピリット)とは何なのでしょうか。


霊とは、あなた方の言う神、すなわち大霊の一部であり、媒体を通して自己を顕現しつつ、より高みを目指してどこまでも向上していくものです。霊は、媒体を通して顕現することで初めて知ることができるものであり、顕現していない霊について知ることは不可能です。


訳注――「霊」という言葉には、いろいろな意味がある。例えば、人間の本質である「分霊」を「霊」と言う一方、死後の人間(他界者)のことを広く「霊」と呼んでいる。日本人は圧倒的にこの使い方が多い。また意味不明のまま「霊魂」という言葉を用いることもある。

ここでは質問者が、人間の霊的要素についての認識が乏しいところから質問しているため、シルバーバーチの答えも、それに合わせようとして矛盾が生じている。質問者と、それに答えるシルバーバーチとの間に用語の使用の点で混乱が見られ、錯綜した質疑応答となっている。さらに編者のオースティンが魂(霊魂)という言葉を用いて解説しており、いっそう理解しづらい内容となっている。


――良心(コンシャンス)とは何でしょうか。


良心は魂の一部であり、正しいことと間違ったことを区別します。良心はハカリのようなもので、あなた方はそれによって善と悪を判断することができるのです。良心とは、魂の指針なのです。


訳注――別のところでシルバーバーチは次のように述べている――「地上においても霊界においても、道徳的・精神的・霊的問題に関連してある決断を迫られる事態に直面したとき、正常な人間であれば“良心”が進むべき道について的確な指示を与えるというのが私の考えです。大霊によって植えつけられた霊性の一部である良心が瞬間的に前面に出て、進むべきコースを指示します。問題はその指示が出たあとから、それとは別の側面が出しゃばり始めることです。偏見がそれであり、欲望がそれです。良心の命令を気に食わなく思う人間性がアレコレと理屈を言い始め、何か他に良い解決策があるはずだと言い訳をして、しばしばそれを正当化してしまいます。しかし、いかに知らぬふりをしてみても、良心の声が最初に最も正しい道を指示しています。」
オーラとは


――オーラとは何ですか。


オーラは、身体が発するバイブレーションによって構成されています。一口にオーラと言っても多くの種類がありますが、地上世界で知られているのは肉体のオーラと霊体のオーラです。すべてのものがオーラを放射しており、意識のない物体でさえオーラを放っています。人間のオーラは身体が発するバイブレーションによって成り立っており、身体の状態を反映しています。オーラが見え、その意味を読み取れる霊能者は、オーラを放射している人の秘密のすべてが分かります。健康状態も分かりますし、魂と精神の状態や魂の進化の程度も分かります。オーラは開かれた本のように、さまざまな情報を示しています。

オーラには、あなたがこれまでに言ったこと、思ったこと、行ったことのすべてが刻み込まれています。それを読み取れる人には、上辺(うわべ)のあなたではなくて、本当のあなたが分かるのです。この意味でオーラは、永遠の判事と言えます。


――あなたの説明には、霊体のオーラも含まれているわけですね。


はい、そうです。肉体のオーラには、健康状態とか気質とか習性など、肉体に関連した情報が示されています。肉体の状態によってオーラの色彩は、さまざまに変化します。
幽霊とは


――修道院の回廊を、かつてそこで生活していた修道僧が歩き回っていたという幽霊話をよく耳にしますが、その正体は何でしょうか。


幽霊の出没は霊の仕業によるものもありますが、今おっしゃったようなケースは、地上に残されているエーテル質の像(幽質の外皮)が、強い思念を受けて一人歩きをしているものです。しかし一般に「幽霊が出た!」と騒がれる場合は、いわゆる地縛霊の仕業です。


訳注――マイヤースの『永遠の大道』の一節に〈遺像〉または〈殻〉という項目があって、幽霊話について次のように説明している。

「遺像というのは地上の旅人が死とともに捨てる殻のことで、マントに譬えられないこともない。その遺像を再び活性化するのは(地上時代の)憎しみや感情である。背後にその種の怨念や観念があって、それがその遺像と結びつくからこそ意味もなく動き回るのである。つまり宇宙の遠い彼方に、地上時代に惨い死に方をした者、殉教した敬虔な修道士や修道女などの霊がいて、ふと当時のことを思い出したときなどに、その強烈な念が遺像に感応して一時的に生気を与えるというわけである。

その“ふと思い出す”のは、活発な霊的生活の中で一呼吸入れて休息しているときなどである。過去世の因縁の糸がたぐり寄せられて古い情景が浮かぶのであるが、あくまでも“ふと思い出す”程度のことであって、その当時の無念の思いはすっかり消えている。が、その一片の思念が地上に残した殻を動かし、かつての建物や土地をノソノソと歩かせるということが、現実に起こり得るのである。」
時間は実在するか


――時間は実在するのでしょうか。それとも人間がつくり出したものでしょうか。


時間は、人間がつくり出したものではありません。時間にはいくつもの次元があります。時計で計る時間は人間がつくったものですが、時間そのものは実在します。空間も実在します。ただ、あなた方の視点は限られているため、計測する時間と空間は正確ではありません。あなた方が他の視点からの知識を持つようになれば、その見方はより真実に近づきます。
精神障害と魂の進化の関係


――身体的障害のために、肉体が霊的自我の欲求とは正反対の行動を取ることがありますか。


はい、あります。精神障害者の場合がそうです。しかし、この場合は魂の進化に影響を及ぼすことはありません。物質界での表現が阻害されるだけです。魂の進化と、地上的制約の中での魂の表現は別であることを考慮しないといけません。
憑依の原因


――邪悪な地上人生を送った者が、死後にもまったく良心の呵責を感じないということはあるのでしょうか。


よくあります。何百年、時には何千年もの間、良心呵責を感じないままいることがあります。


――そうした霊が地上の人間に取り憑くということがありますか。


もし、両者の間に親和性(因縁)があれば、それは起こります。憑依現象というと一方的に霊の側に責任があると考えがちですが、実際は地上の人間に原因があることを知らないといけません。憑依されるような条件を用意しているのは人間の方なのです。調和のとれた生活、正しい心がけと奉仕の精神にあふれた生活、我を張らず、欲張らず、独りよがりにならない生活を心がけていれば、憑依現象は絶対に起きません。
植物に意識はあるか


――花などの植物にも意識があるのでしょうか。


ありますが、あなた方が考えているような意識とは違います。植物は、地上ではまだ知られていない種類のバイブレーションに反応する感覚を備えています。そうしたバイブレーションを偶然発見して、花や野菜などの植物を上手に育てることができる人がたくさんいます。


訳注――そうした発見から霊的次元にまで踏み込んでいる人としては「フラワー・レメディ」のエドワード・バッチ博士が筆頭であろう。花々の特殊な癒しの成分を霊感でキャッチし、その抽出に成功している。それがシルバーバーチ霊の出現時期と重なることも意義があるように思える。バッチ博士の思想の根幹を次の一文から読み取っていただきたい。(要約)

「現代医学の失敗の主な原因は、原因ではなく結果にばかり目を向けてきた点です。何世紀もの間、病気の本質が物質主義という仮面で隠され、病気の根源と闘わなかったために、その荒廃がどんどん広がっていきました。現在の物質主義的な方法では、病気を治したり根絶させたりすることはできません。病気の根源にあるものは物質ではないからです。

病気は本質的に魂と意思が争った結果ですから、霊的な面と精神的な面の努力なしでは、根絶されることは決してありません。身体だけにどれほど努力を重ねてみても、表面的に癒すことしかできません。原因がそこに存在しているわけですから、また違った形でぶり返してきて、その存在を見せつけます。

病気はたいへん残酷ですが、反面、恩恵を得るところや役に立つところがあります。病気が正しく解釈されれば、それによって自分自身の重大な欠点を知ることができます。的確に治療をすればその欠点をも取り除くことになり、前にもまして健康で素晴らしい人間になることができます。苦しむことによって他の方法では知ることのできなかった改めるべき点が分かり、それを治すことができます。そうしていかなければ、決して原因を根絶することはできません。」

(『バッチ博士の遺産』バッチフラワー友の会刊)
神智学の間違いについて


――神智学では、人間は死ぬと神聖なる根源的なもの(Divine Principle)が肉体とアストラル体とメンタル体から抜け出ると言います。そしてそれが抜け出たあとの肉体やアストラル体やメンタル体は、空っぽの貝殻のようになって地上の大気中をうろつくことになると教えています。神智学では、地上の霊媒を通しての通信はこうした貝殻のようなものからもたらされるとし、死者の人格を真似た自然霊によって発生する現象であると説明しています。これについて、あなたはどのように答えますか。(神智学の創始者であるブラヴァッキーは、こうした論法でスピリチュアリズムの霊界通信を否定しようとした――訳注)


人間の肉体から大霊の一部(分霊)が分離し退くと、肉体の役目は終了し、分解して大地に戻ることになります。肉体から離れた分霊は霊界に入りますが、霊界では進化にともなって次の段階に進んでいくようになります。大霊の分霊がアストラル体(幽体)から抜け出ると、アストラル体の役目はそこで終わり、幽質素に分解されます。
占星術は当てになるか


――占星術というのは当てになるのでしょうか。


宇宙のあらゆる存在物は振動しており、すべてのバイブレーションは外部へ向けて絶え間なく放射物を放っています。その放射物は、宇宙間に何らかの影響を及ぼしています。そうしたバイブレーションの背後には大霊の法則がありますから、それを知ることは少しは役に立つでしょう。


――霊界から送られてくるメッセージと、占星術による予言との間には共通するものがありますが、何か関係があるのでしょうか。


真理の顕現の仕方は無限です。真理とは大霊のことだからです。しかし真理は人間を通して顕現するものであるため、人間の進化の程度によって顕現の仕方が異なります。真理というものは、純真な気持ちでなければ修得できません。長たらしい言葉や目新しい言葉で解説しなくてはならないものは真理ではありません。言葉を飾ることは、しばしば無知を隠すための仮面になります。
シルバーバーチの祈り


〔シルバーバーチの霊言集が祈りの言葉を欠いていては、完全なものとは言えないであろう。毎週金曜日の夜に開かれる交霊会は、まずインボケーション(会の成功を願う祈り)で始まり、ベネディクション(励ましの言葉)で閉会となる。ここではその典型的なものを紹介しておく。〕
インボケーション


願わくば、本日もこの交霊会において、霊的世界に属する摂理の働きについて明らかにすることができますように……。大霊について、大霊とあらゆる生命現象との関係について、また宇宙に存在するすべての大霊の子供たちとの関係についての理解を、より明確にすることができるように祈ります。

あなたは幾世紀もの間、誤解され、曲解され、限りある存在とされてきました。そこで今、私たちは、あなたを完璧な摂理として説き明かそうとしております。あなたは、生命のあらゆる顕現をつかさどっておられます。宇宙に存在するすべてのものは、あなたの霊力の働きかけがあればこそ、維持されているのでございます。あらゆる創造物が、あなたの摂理に賛辞を捧げております。最も力を持つ者も力なき者も、強者も弱者も、小鳥も花も樹木も、風も海も山も丘も、日光も雨も嵐も稲妻も、一つの例外もなく、すべてに生命の大霊であるあなたが顕現しておられます。

私たちは、あらゆる存在があなたのイメージの中で創造されていることを示そうと努めております。あなたは、すべての被造物を通して顕現しておられます。あなたが内在すればこそ万物は動き、呼吸し、生きているのであり、すべてがあなたの中に存在しているのでございます。

いかなるものも、あなたとあなたの子供たちとの間を引き裂く力は持っておりません。なぜなら、すべてのインスピレーション、すべての真理、すべての叡智、すべての啓示、すべての知識が蓄えられている無限の貯蔵庫は、大霊の子供たち一人ひとりに開かれているからでございます。向上心と謙虚さと奉仕精神にあふれ、強大な霊力(霊団)の道具になることを願う子供たちは、その貯蔵庫を自由に活用することができるのです。

私たちは、すべての人間の魂に秘められた潜在能力を明かそうとしております。私たちは、地上の子供たちが、無知から閉じ込めてしまっている潜在能力に気づき、物質の障壁を突き破って霊的高みを目指す日々の努力の中で、その能力を自由に発揮できるようになるのを待っているのです。

私たちは、あなたのすべての子供たちが地上に生を享けた目的を理解し、満ち足りた素晴らしい人生を送ることができるように願っております。それによって子供たちは、あなたが用意してくださった豊かさと美しさと喜びを自由に求め、自分のものにしていくことができるのでございます。

私たちは、あなたが子供たちに近づき、子供たちがあなたに近づくことができるように、立ちはだかる障害を取り除き、あらゆる制約と束縛を払いのけようと努めております。地上の子供たちが、親なるあなたの存在を知り、奉仕に励む中であなたを顕現していくことができるように働きかけているところでございます。

ここに、あなたの僕インディアンの祈りを捧げます。
ベネディクション


皆さんはこれまで、私たち霊団の者の姿を見たり、直接声を聞いたりしたことはありませんが、とても身近な存在であることを知っていただきたいと思います。

私たちは皆さんのすぐ傍(そば)におります。私たちと皆さんとの間には、愛の絆があるからです。愛があればこそ、私たちは皆さんのために奉仕しています。援助を必要としている人々――身体的に弱っている人、生きる気力を失っている人、挫折している人、人生の意義を見失っている人、これまでの宗教では満足を得られず、真理を渇望している人、魂は自由を求めながらも、教義と信条に縛られ、それに対抗する他の宗派との狭間(はざま)で息も絶え絶えになっている人――そうした人々のために、皆さんを通して献身しているのです。

私たちが説く教えは、大霊の無限の真理であり、何ものにも制約されることはありません。真理はすべての人々のためのものであり、それを独り占めできる人間はいません。大霊の真理は、全人類を愛で包もうとするものなのです。

願わくば、皆さんが自分を取り巻いている強大な霊力、絶え間なく地上界に注がれている偉大な愛、皆さんを通して顕現しようとしているインスピレーション、明らかにされることを待ち望んでいる真理、地上を明るく照らそうとしている叡智の存在に気づくことができるように祈ります。

そして奉仕の仕事を通して宇宙の強大な霊力を理解し、すべての存在の背後に控えている偉大なる力である大霊と一体となることができますように。大霊の摂理に調和し、大霊の叡智に満たされて働くことができますように。皆さんが大霊の僕である私たち霊団の道具となり、全人類のために奉仕されることを祈ります。

大霊の祝福のあらんことを……。




シルバーバーチの教え(新版・下)

Treasury of SpiritualWisdom
Teachings of Silver Birch
A.W.オースチン(編) 近藤千雄(訳)


22章 シルバーバーチ、子供と語る

〔本章では、今まで見たことのないシルバーバーチの意外な一面を紹介しよう。読者にとってこれまでのシルバーバーチは、教えを説く霊、慰めと励ましを与えてくれる霊、そして人工のドグマに対して容赦のない批判を浴びせる霊といった印象が強いであろう。だがこの章では、シルバーバーチは二人の子供に対して優しさと素朴さを持って語りかけている。交霊会はまず、開会の祈り(インボケーション)から始まった。例の大審議会が催されるクリスマスも間近い頃のことであった。〕


「あゝ、大霊よ。どうか私たちが幼子のような素直な心であなたに近づき、霊的真理を学ぶことができますように。その霊的真理は、愛と叡智にあふれた親なるあなたを信頼する者にのみ啓示されるものでございます。あなたが完全なる愛と叡智と優しさの方であることを知り、何ひとつ恐れることなく近づくことができますように……」

そう祈ってから、八歳になる姉のルースと、六歳になる弟のポールを左右の膝の上(もちろん見た目にはバーバネルの膝の上)に座らせて、二人の顔に自分の顔をすり寄せながら、こう語った。


「今日は二人のために本物の妖精を何人か連れてきました。今夜は二人が寝ている間ずっと、その妖精たちが見守ることになっています。今夜はあなた方にもその姿が見えるようにしてあげましょう。絵本に描かれている妖精ではありません。妖精の国からやって来た本物の妖精です。今夜は大人たち(サークルのメンバー)とは話をしないことにします。この部屋には二人以外は誰もいないことにして会を進めるつもりです。私はよく二人と遊ぶために、そばに来ているのですよ。ウィグワムまで持って……」

ポール「ウィグワムって何ですか。」


「テントのことです。私がインディアンとして地上で生活していたときには、ウィグワムの中で暮らしていました。」

ルース「シルバーバーチさんはきれいな声をしていますね。とてもはっきり聞こえます。」


「これは私自身の声で、この霊媒の声ではありませんよ。特別に(声帯を)つくっているのです。」

ルース「霊界ではどのようにして話をするのですか。」


「こちらでは話すということはしません。お互いが思ったことを翼に乗せて送るのです。それは、あっという間に空間を飛んでいきます。返事も同じようにして届けられますから、言葉は要らないのです。心の中に美しい絵を描いて、それを瞬時に送ることもできます。こちらにはあなたが住んでいる世界より、もっと多くの美しいものがあります。樹木や花や鳥、小川もあります。美しい絵が欲しいと思うだけで、すぐにそれをつくることもできます。必要なものは何でもつくれるのです。」

続いてルースは、普通だったら苦しみながら死んでいくはずだった隣の人が、シルバーバーチとその霊団のお蔭で安らかに息を引き取った話を持ち出した。そして霊界でも面倒をみてあげてほしいと頼み、あとに遺された二人の子供のことも大霊が世話をしてくれたら嬉しいと言った。するとシルバーバーチは、亡くなった人のことはすでに面倒をみており、二人の子供についてもちゃんと世話をします、と答えた。

ポール「(亡くなった)あの人は、シルバーバーチさんのような立派な霊になれるでしょうか。」


「はい、なれますよ。けれど、時間がかかります。二、三百年くらいでしょうか。」

ルース「ずいぶんかかるんですね。」


「そんなに長く感じますか。慣れれば長く感じなくなりますよ。」

ルース「シルバーバーチさんは生まれて何年になりますか。」


「そろそろ三千年になります。でも、まだまだ若いですよ。」

ルース「三千年では若いとは言えないですね。死んだらみんな霊になるのですか。」


「人間は皆、大きな霊に成長しつつある小さな霊なのです。」

ポール「でも、僕たちはシルバーバーチさんと同じではないでしょう?」


「私もあなた方も皆、大霊の子供であるという点では同じです。それぞれが大霊の小さな一部なのです。その一人ひとりがつながっていますから、私たちは一つの霊的家族ということになります。」

ポール「そうすると、神というのはすごく大きいでしょうね?」


「この広い世界と同じくらい大きいですよ。目には見えませんが……」

ポール「神が大霊をつくったのですか。」


「そうではありません。神というのは大霊のことです。大霊は、いつどこにでも存在しています。」

ルース「大霊は、この地球を訪れることもあるのですか。」


「ありますとも。赤ちゃんが生まれるたびに訪れています。大霊はご自分の一部を、その赤ちゃんに宿すのです。」

続けて子供たちが「霊の存在を信じてよかった」と言うと、シルバーバーチは「二人はとても幸せです。死んでこちらの世界へ来た人たちに守られているのですから」と答えた。

ルース「そちらの世界は地球よりも広いのですか。」


「ええ、広いですとも。ずっと、ずっと広くて、しかも、そちらにないものがたくさんあります。美しい色、素晴らしい音楽、大きな樹木、花、鳥、動物、何でもあります。」

ポール「動物もいるのですか。」


「いますとも。でも怖くはありませんよ。」

ポール「シルバーバーチさんは、地上にいたときのように動物を殺したりしないでしょう?」


「どんな生き物も決して殺したりなんかしません。」

ポール「お腹(なか)はすかないのですか。」


「はい、お腹はすきません。私たちのまわりには生命のエネルギーがあふれていて、疲れを感じたらそれを吸い込めばいいのです。ポールくんは夜、ベッドの横に立って深呼吸をしますね。そのときポールくんは生命のエネルギーも吸い込んでいるのです。」

このあと二人は、自分たちは霊界での生活を思い出せないけれど、それは今回が初めての地上生活だからではないかとの考えを口にした。それからルースが尋ねた。

ルース「人間は何回くらい生まれ変わるのですか。」


「ネコと同じくらいですよ。ネコは九回生まれ変わると言われているのを知っているでしょう?」

ポール「ネコはそのあと何か他のものに生まれ変わるのですか。」


「いいえ、ネコはネコのままです。ですが、もっときれいなネコになります。ポールくんのような人間の子供も、霊界での生活が長くなるほどきれいになっていきます。霊界というところは、醜さも、残酷さも、暗闇も、恐怖もない世界です。いつも太陽の光に包まれている世界なのです。」

この言葉にポールは当惑し、「雨がまったく降らないなら、地上だったら生き物はみんな死んでしまう」と言った。するとシルバーバーチが答えた。


「地球は小さな世界で、生命の出発点にすぎません。他にも大霊の子供たちが生活している星はたくさんあります。」

これを聞いてルースが「サイキック・ニューズ紙には『すべての世界は一つ』と書いてあります」と言い、八歳にしては博学なところを見せて大人たちを驚かせた。


「その通りです。宇宙には数えきれないほどの世界があり、そこには大勢の子供たちが住んでいます。皆、大霊の子供です。すべての子供たちに大霊が宿っているのです。」

ルース「こんなに話をして、シルバーバーチさんは疲れませんか。」


「いいえ、私はもっと話ができますよ。」

ルース「私にも霊の目があるなら、いつからその目が見えるようになるのでしょうか。」


「あなたには、霊の目もありますし、霊の耳も、霊の手も指も足もあります。あなた方は肉体だけでなく、霊の身体も持っています。本当は今でも、霊の目で見ることができるのです。ただ、肉体を持っている間は、霊の目で見たものを覚えていることはできません。でも少しずつ、見たり触れたりしたものを覚えていることができるようになります。」

ルース「私の霊の目は大きくなっていきますか。」


「そういうことではありません。霊の目の大きさは変わりませんが、ずっと遠くまで見ることができます。」

ポール「地球の果てまで見えるのですか。」


「望遠鏡みたいなものです。遠くにあるものが、すぐ近くに見えるのです。」

ポールが急に話題を変えて、「また戦争が起きるのですか」と尋ねた。


「小さい戦争は、いつもどこかで起きています。でも、ポールくんはそんなことを心配する必要はありません。平和のことだけを考え、その思いをポールくんの小さな胸の中から広い世界へと送り出すのです。そうすれば、世界中の人々がその思いに触れて平和への願いをふくらませるようになり、戦争を遠ざけるための力になるのです。」

ルース「シルバーバーチさんとちゃんと会えるようになるのはいつですか。」


「もう少し時間がかかります。今でもよく会っているのですが、覚えていないだけです。二人が寝入ると、私はあなた方の霊の手を取って霊界へ連れていくことがあります。あなた方はベッドで眠っている肉体を離れて、私と一緒に霊界で素敵な冒険をします。しかし肉体に戻ると、そのことを忘れてしまうのです。“変な夢を見た”と思うだけです。」

ルース「私はどこへ行っていたのか覚えていません。」

ポール「僕はまったく夢を見ないときがあります。」


「本当は夢を見ているのですが、思い出せないのです。」

ルース「シルバーバーチさんも霊界へ帰ると、地上の体験を忘れてしまうのですか。」


「忘れることもあります。あなた方も霊界での生活が長くなると、地上のことを思い出すのが難しくなります。」

ポールが突然、話題を変えて尋ねた。

ポール「人間はなぜ動物を殺すのか分かりません。」


「それは、動物を殺すのは悪いことだということが、まだ分からないからです。」

ルース「殺して食べるために動物を飼っている人もいます。」


「あなた方は、動物を食べないような生活をしてください。」

ポール「動物を殺して食べるのは残酷です。」


「どんな生き物でも殺すことは間違いです。決して殺してはいけません。」

ルース「霊界というのは素敵なところなのでしょうね。」


「それはそれは素敵なところです。醜さや暗さや惨めさが、まったくない世界です。美しいもの、輝くようなものばかりです。」

ここでルースが改めてシルバーバーチの声が素敵だと言うと、ポールも相づちを打って、ちょっと珍しい声だと言った。そして二人が、みんな声が違うのはいいことで、もし同じだったら面白くない、などと語り合っていると、シルバーバーチが割って入って、「みんな違うようでいて、大霊の子供という点では同じです。ただ、小さな身体に大きな霊を宿している人もいれば、大きな身体に小さな霊を宿している人もいます」と言った。

それを聞いて、すかさずポールが尋ねた。

ポール「霊界にも小人がいますか。」


「地上で小人だった人も、霊界では普通の大きさになります。」

ルース「指導霊というのは皆、シルバーバーチさんと同じような人ばかりですか。」

するとシルバーバーチが二人に「少し離れた所から見ていなさい」と言った。二人が離れた所でシルバーバーチの顔(入神状態のバーバネルの顔)を見ていると、その顔がしだいに変形して、それまでとは全く違う容貌になった。面長で、あごが尖った顔になっていた。その間、ルースの目にはバーバネルの顔が輝いているのが見えた。

その現象が終わると、二人は再びシルバーバーチの膝に座った。そしてポールは恥ずかしそうにシルバーバーチに頬をすり寄せ、「私はあなたが大好きです」と言った。するとシルバーバーチはしみじみと、「大霊というのは、今のポールくんと私との間にあるような愛に満ちた方なのです」と言った。ルースが、「私は一生、霊がいることを信じていたいと思います」と言うと、シルバーバーチは「きっと信じ続けることができるでしょう」と答えた。

ここでポールが、最初に話題にのぼった妖精について尋ねた。

ポール「今日、シルバーバーチさんが連れてきた妖精はみんな同じ色をしているのですか。」


「いいえ、緑色をした妖精もいれば、黄色や青色の妖精もいます。二人が見たこともない色の妖精もいますよ。今夜ベッドに入ってから、妖精が見えるかどうか試してごらんなさい。今夜は二人が寝ている間、ずっと一緒にいてくれます。あなた方を見守るように言ってありますから……」

そう言ってから、シルバーバーチは続けた。


「お別れする前に言っておきたいことがあります。もうすぐ私はこの地球を離れて、クリスマスの時に高級霊界で開かれる大きな集会に出席します。そこには世界中で私と同じような仕事をしている指導霊が大勢集まります。そして子供たちが大好きな、あの“イエス”と呼ばれている方から、一人ひとりお言葉を賜るのです。」

そこまで語ったときポールが尋ねた。

ポール「天国というのは空の高い所にあるのですか。」


「いいえ、そうではありません。天国はポールくんのまわりにあるのです。ただし、望遠鏡や肉眼では見えません。」

そう答えてからシルバーバーチは先ほどの話に戻り、次のように続けた。


「私はクリスマスの直前に地球を離れ、イエスさまにお会いします。そのとき私はイエスさまに、地球にはルースという女の子とポールという男の子がいることを告げ、二人の愛の心を伝えるつもりです。霊媒を地上に残して集会に出席した指導霊たちは、一段と霊格の高い霊たちから仕事の進展状況についての報告を受け、助言をいただきます。そうして私たちは、新たな計画とさらなる叡智、そして大きな愛と信念を携えて、それぞれの仕事を続けるために地上へ戻ってまいります。」

そこでポールが「叡智って何ですか」と尋ねると、シルバーバーチはその質問を予期していたかのように、「それはポールくんが知っているようなことです」と答えた。

偉大なる霊と二人の幼い子供との、自由で親密で微笑ましい対話に大人たちが聞き入っているうちに、その日の交霊会も終わりが近づいてきた。そこでシルバーバーチが二人の子供の頭に手を置いて、閉会の祈り(ベネディクション)を述べた。


「愛と叡智と美と真実なる大霊の名において、子供たちを祝福いたします。願わくば、今、純真さゆえに天国にいるこの子供たちが、人生の最後までその心を失うことがないように祈ります。二人を包んでいる霊力にこれからも素直に反応し、大霊の良き道具となることができますように……」

これを聞いてルースが尋ねた。

ルース「天国は、どこにあるのですか。」


「天国は、人間が幸せな気持ちでいるときに、その人の心の中にあるのです。」

ルース「悲しんでいるときは、心の中に天国はないのですね。」


「悲しむ必要なんかないでしょう。あなた方が望むなら、いつでも天国にいることができるのです。私はいつも二人の傍(そば)にいて、力になってあげます。もし悲しくなったら、私を呼びなさい。すぐに来てあなた方の涙を拭き、笑顔を取り戻させてあげましょう。」

ルース「シルバーバーチさんは、本当に優しい方ですね。」

このルースの言葉に、シルバーバーチからの返事はなかった。すでに霊媒の身体を離れていたからである。

Monday, February 2, 2026

ベールの彼方の生活(四)

The Life Beyond the Veil Vol. IV The Battalions of Heaven by G. V. Owen
六章 創造界の深奥



6 下層界の浄化活動    

 一九一九年三月三日  月曜日

 大事業への参加を求められたあと私が最初に手がけたのは下層界の浄化活動でした。太古においては下層の三界(※)が地球と密接に関係しており、また指導もしておりました。その逆も言えます。すなわち地球のもつ影響力を下層界が摂り入れていったことも事実です。

これは当然のことです。なぜなら、そこの住民は地球からの渡来者であり、地球に近い界ほど直接的な影響力を受けていたわけです。(※いわゆる〝四界説〟に従えば、〝幽界〟に相当すると考えてよいであろう──訳者)


 死の港から上陸すると、ご承知のとおり、指導霊に手引きされて人生についてより明確な視野をもつように指導されます。そうすることによって地上時代の誤った考えが正され、新しい光が受け入れられ吸収されていきます。

しかしこの問題で貴殿にぜひ心に留めておいていただきたいのは、地上生活にせよ天界の生活にせよ、強圧的な規制によって縛ることは決してないということです。

自由意志の原則は神聖にして犯すべからざるものであり、間断なく、そして普遍的に作用しております。実はこの要素、この絶対的な要素が存在していることによる一つの結果として、霊界入りした者の浄化の過程において、それに携わる者にもいつしかある程度の誤った認識が蔓延するようになったのです。

霊界へ持ち込まれる誤った考えの大半は変質の過程をへて有益で価値ある要素に転換されていましたが、全部とはいきませんでした。

論理を寄せ付けず、あらゆる束縛を拒否するその自由意志の原理が、地上的な気まぐれな粒子の下層界への侵入を許し、それが大気中に漂うようになったのです。永い年月のうちにそれが蓄積しました。

それは深刻な割合にまでは増えませんでした。そしてそのまま自然の成り行きにまかせてもよい程度のものでした。が、その当時においては、それはまずいことだったのです。その理由はこうです。

 当時の人類の発達の流れは下流へ、外部へ、物質へ、と向かっていました。それが神の意志でした。

すなわち神はご自身を物的形態の中に細かく顕現していくことを意図されたのです。ところがその方向が下へ向かっていたために勢いが加速され、地上から侵入してくる誤謬の要素が、それを受け入れ変質させていく霊的要素をしのぐほどになったのです。

そこで吾々が地上へ下降していくためには下層界を浄化する必要が生じました。地上への働きかけをさらに強化するための準備としてそれを行ったのです。


──なぜ〝さらに強化する〟のですか。

 地球はそれらの界層からの働きかけを常に受けているのですが、それはその働きかけを強めるために行なった───つまり、輪をうまく転がして谷をぶじに下りきり、こんどは峰へ向けて勢いよく上昇させるに足るだけの弾みをつけることが目的でした。それはうまく行き、今その上昇過程が勢いよく始まっております。

 結局吾々には樽の中のワインにゼラチン状の化合物の膜が果たすような役割を果たしたのです。知識欲にあふれ、一瞬の油断もなくがっちりと手を取り合った雲なす大軍がゆっくりと下降していくと、そうした不純な要素をことごとく圧倒して、地球へ向けて追い返しました。

それが過去幾代にもわたって続けられたのです(この場合の〝代〟は三分の一世紀──訳者)。間断なくそして刃向かう者なしの吾々の働きによって遠き天界と地上との間隔が縮まるにつれて、その不純要素が濃縮されていきました。

そしてそれが次第に地球を濃霧のごとく包みました。圧縮されていくその成分は場所を求めて狂乱状態となって押し合うのでした。

 騒乱状態は吾々の軍勢がさらに地球圏へ接近するにつれて一段と激しくそして大きく広がり、次第に地上生活の中に混入し、ついにはエーテルの壁を突き破って激流のごとく侵入し、人間世界の組織の一部となっていきました。

 見上げれば、その長期にわたって上昇し続けていた霧状の不純要素をきれいに取り除かれた天界が、その分だけ一段と明るさを増し美しくなっているのが分かりました。

 下へ目をやればその取り除かれた不純なる霧が──いかがでしょう、この問題をまだ続ける必要がありましょうか。地上の人間でも見る目をもつ者ならば、吾々の働きかけが過去二、三世紀の間にとくに顕著になっているのを見て取ることができるでしょう。

今日もし当時の変動の中に吾々の働きを見抜けないという人がいれば、それはよほど血のめぐりの悪い人でしょう。

 実はその恐ろしい勢力が大気層──地上の科学用語を拝借します──を突き破って侵入した時、吾々もまたすぐそのあとについてなだれ込んだのでした。そして今こうして地上という最前線にいたり、ついに占領したという次第です。

 しかし、ああ、その戦いの長くかつ凄まじかったことといったらありませんでした。そうです。長く、そして凄まじく、時として恐ろしくさえありました。しかし人類の男性をよき戦友として、吾々は首尾よく勝利を得ました──女性もよき戦友であり、吾々はその気概を見て、よろこびの中にも驚嘆の念を禁じ得ませんでした。

そうでした。そうでした。地上の人類も大いに苦しい思いをされました。それだけにいっそう人類のことを愛(いとお)しく思うのです。しかし忘れないでいただきたい。

その戦いにおいて吾々が敵に深い痛手を負わせたからには、味方の方も少なからず、そして決して軽くない痛手を受けたのです。人類とともに吾々も大いなる苦しみを味わったということです。

そして人類の苦しむ姿を近くで目のあたりにするにつけ、吾々がともに苦しんだことをむしろ嬉しく思ったのです。吾々が地上の人々を助けたということが吾々のためにもなったということです。人類の窮状を見たことが吾々のために大いに役立ったのです。


──(第一次)世界大戦のことを言っておられるのですか。

 そのクライマックスとしての大戦についてです。すでに述べた通り、吾々の戦いは過去何代にもわたって続けられ、次第にその勢いを募らせておりました。そのために多くの人が尊い犠牲となり、さまざまな局面が展開しました。

今そのすべてを細かく述べれば恐らく貴殿はそんなことまで・・・・・・と意外に思われることでしょう。少しだけ挙げれば、宗教的ならびに神学的分野、芸術分野、政治的ならびに民主主義の分野、科学の分野──戦争は過去一千年の間に大変な勢いで蔓延し、ほとんど全てのエネルギーを奪い取ってしまいました。

 しかし吾々は勝利を収めました。そして今や太陽をいっぱいに受けた峰へ向けて天界の道を揃って歩んでおります。かの谷間は眼下に暗く横たわっております。

そこで吾々は杖をしっかりと手にして、顔を峰へ向けます。するとその遠い峰から微(かす)かな光が射し、それが戦争の傷跡も生々しい手足に当たると、その傷が花輪となって吾々の胸を飾り、腕輪となって手首を飾り、破れ汚れた衣服が美しい透かし細工のレースとなります。

何となれば吾々の傷は名誉の負傷であり、衣服がその武勲を物語っているからです。そして吾々の共通の偉大なるキャプテンが、その戦いの何たるかを理解し傷の何たるかもむろん理解しておられる、キリストにほかならないのです。

 では私より祝福を。今夜の私はいささかの悲しみの情も感じませんが、私にとってその戦いはまだ沈黙の記憶とはなっておりません。

私の内部には今なお天界の鬨(かちどき)の声が上がることがあり、また当時の戦いを思い出して吾々の為にしたこと、またそれ以上に、吾々が目にしたこと、そして地上の人々のために流した涙のことを思い起こすと、思わず手を握りしめることすらあるのです。

もちろん吾々とて涙を流したのです。一度ならず流しました。何度も流しました。と言うのも、吾々には陣頭に立って指揮されるキリストのお姿が鮮明に見えても、人間の粗末な視力は霧が重くかかり、たとえ見えても、ほんの薄ぼんやりとしか見えませんでした。それがかえって吾々の哀れみの情を誘ったのでした。

 しかしながら、自然にあふれ出る涙を通して、貴殿らの天晴れな戦いぶりを驚きと少なからぬ畏敬の念をもって眺めたものでした。よくぞ戦われました。

美事な戦いぶりでした。吾々は驚きのあまり立ちつくし、互いにこう言い合ったものでした──吾々と同じく地上の人たちも同じ王、同じキャプテンの兵士だったのだと。

そこですべての得心がいき、なおも涙を流しつつ喜び、それからキリストの方へ目をやりました。キリストは雄々しく指揮しておられました。そのお姿に吾々は貴殿らに代って讃仰の祈りを捧げたのでした。 
                               アーネル ±