Thursday, January 8, 2026

ベールの彼方の生活(三)

 The Life Beyond the Veil Vol.Ⅲ The Ministry of Heaven By G. V. Owen

三章 天界の経綸



5 宇宙の全てが知れる仕組み  
一九一七年十二月三日 月曜日

 こうして地上へ降りてくる時、吾々は道中でこんなことを語り合ったりします──これから向かう国は霧と黄昏(たそがれ)の世界だ。その奥地に入り込んだら吾々自身の光と熱をかなり放出することになるかもしれない、と。

高き界層にいる時からそれが判ります。貴殿はそれにはいかなる化学、もしくは理法が働いているのかと不思議に思うでしょうが、その詳しい原理は到底地上の言語では説明できません。

が、もし貴殿に興味がおありならば、これを後で読まれる方々のためにも、その概略だけでも何とか説明してみましょう。

──どうも。ぜひ説明していただきたいです。

 では、できるだけ簡略に説明してみます。そもそもこうした霊的交信の必要性の中でも第一に大切なものは貴殿にはもう容易に知れるでしょう。地上の人間と天界の吾々とを一つの海、同じ大海の中に浸(ひた)らせる普遍的原理としての効用です。

私が言っているのは霊的生命、霊力、霊的エネルギーのことです。霊的生命は貴殿に取っても吾々にとっても、そして少なくとも吾々の推理と想像の翼の及ぶかぎりにおいて、吾々よりさらに上層界の神霊にとっても同じものを意味します。

霊的生命こそ地上の生命現象の拠って来たる根源であることは貴殿も容易に納得してくれるであろう。この原因と結果の相関関係は界が上がるにつれて緊密の度を増して行く。

それは当然、延々と最高界までも続くという理屈になります。その最高界は完全なる調和の世界であろう。が、その完全なる世界においてこそ、吾々が洞察するかぎり、その因果律が最も顕著に働いているであろうことが予想される。

 こういう次第であるから、吾々が一個の霊的エネルギーの大海という時、それは単なる空想的観念を述べているのではなく、現実に吾々自身の手によって操作できる具体的な事実について述べている。このことをまず第一に認識していただきたい。

 次に認識すべきことは、地上から上層界へ向けて進むときに界と界との間に完全な断絶は無いということです。聖書には深い裂け目の話があることは承知しています。が、そこに何も無いのではない。その淵にも底がある。それも地上と次の界との間にあるのではない。遠く脇へそれた位置にあり、向上して行く道には存在しません。

 各界の中間には一種の境界域があり、そこで融合し合ってひと続きになっている。従ってそこを通過する者は何の不安もない。しかし、互いに接する二つの界にはそれぞれ明確な特徴がある。そしてその境界域はどっちつかずの中間地帯というわけではなく、両界の特質が渾然と融合し合っている。

従って何も無いというところはどこにもなく、下から上へ段階的に実質的つながりが出来ているのである。以上の二つの事実を前提として推論すれば、吾々と地上の人間は潜在的に直接の交信関係があるという結論が極めて自然に出て来るであろう。

次に、ではこうした条件を吾々がどのように活用しているかを説明せねばなりますまい。

 これには数多くの方法がありますが、そのうちでもよく使用されるものを三つだけ紹介しておきましょう。この家(*)には窓が数多くあっても、よく使用する窓は幾つかに限られているのと同じことです。(*オーエン氏の自宅──訳者)

 第一の方法は、地上に関する情報や報告が地上と接した界層の者によって、ひっきりなしに上層界へ送られ、その情報処理に最も適した界まで来る。

これが極めて迅速に行われる。が、その素早い動きの中にあっても、通過する界ごとにふるいにかけられ、目ざす界に届けられた時はエキスだけとなっている。

地上の人間の願望も祈りも同じようにふるいにかけられた上で高級界へ届けられる。そうしないと地上特有のアクのためにその奥にある崇高な要素が、届けられるべき界層まで届かないのである。この方法についてはこれ位にしておきます。まったくの概略であるが、先を急がねばならないので已むを得ません。

 次は〝直接法〟とでも呼ぶべきものです。地上には特殊な使命を帯びて高級界からの直接の指導を受けている者がいます。中には非常に高級な光り輝く天使もいて、地上よりはるかに掛け離れた界層に所属している。そういう霊になると直接地上界まで降りて来られないことがある。

というのは、霊格は高級であっても必ずしも万能というわけではない。地上界まで降りるためには途中の界層の一つ一つにおいて、それぞれの環境条件に順応させる必要があり、それには莫大なエネルギーがいる。

安全が十分に保障されている時は敢えてそれを行うことがあるし、それも決して珍しいことでもありませんが、無駄な浪費は避けたい。霊的エネルギーがいくら無限だといっても無益なことには使いたくない。そういう時には原則としてこの直接法を使用するわけです。

 そのためには、地上的な言い方をすれば電話または電信に似た装置を架設する。振動または波動による一本の線で地上界とつなぐのです。その敷設には指導に当たる霊と指導される人間の生命力の融合したものが使用される。

〝敷設〟だの〝生命力〟だのと、あまり感心しない用語を使っていますが、貴殿の脳の中に他に良い言葉が見当たらないので、已むを得ません。ともかく、こうした方法によって交感度の高い通信が維持されるのです。(守護霊と人間との関係が原則的にこれに当てはまる──訳者)

 これは言ってみれば脳と身体との関係を結ぶ神経組織のようなものです。意識しない時でも常に連絡が取られており、必要に応じて機能する。地上の人間の思念や願望が発せられると瞬間的に届けられて、最も適切な処置が為される。

 以上の二つの方法によりさらに入り組んだ三つ目の方法があります。〝普遍的方法〟とでも言えるかもしれません。どうもしっくりしませんが、已むをえません。

第一の方法では地上から上層界へと流れる思念が各界で必要な処置を施される。それはちょうど大陸を横断して郵便馬車が配達していくようなもので、途中で馬を交代させたり休憩したりしないだけと思っていただければよろしい。

第二の方法では通信網はいつでも使えるように入力されている。電話にいつも電気が通っているようなものです。それが地上の人間と指導霊とを直接結びつけています。

 この第三の方法では過程(プロセス)がそれとは全く異なる。地上界の人間のあらゆる思念、あらゆる行為が、天界へ向けて放送され録音され記録されている。能力を有する者なら誰でもそれを読み、聞くことが出来ます。生(なま)のままであり、しかも消えてしまうことがない。が、その装置は言語では説明できません。

前の二つの方法の説明でも不便な思いをさせられたが、この方法の説明では全くお手上げです。が、せいぜい言えることは、一人ひとりの人間の一つ一つの思念が宇宙全体に知れ渡り響き渡っているというだけである。

宇宙に瀰漫(びまん)する流動体──何と呼ばれようと結構である(オリバー・ロッジの言うエーテル質のことであろう──訳者)──の性質は極めて鋭敏であり緻密(ちみつ)であり連続性に富んでいるので、かりに貴殿が宇宙の一方の端をそっと触れただけでも他の端まで響くであろう。

いや、その〝端〟と言う言葉がまたいけません。地上での意味で想像していただいては、こちらの事情に合わなくなります。

貴殿にその驚異を少しでも判っていただくために私が伝えようとしているのは、救世主イエスがとくに名称を用いずに次のようにただその機能(はたらき)だけを表現したものと同じである。

曰く〝汝の髪の毛一本が傷つくも、一羽のひなが巣から落ちるのも、父なる神は決してお見逃がしにはならない〟と。

(イエスがこういう譬えをよく用いたことは事実だが、この通りの文句は私が調べたかぎりでは見当たらない。オックスフォード引用句辞典にも載っていない。たぶん霊界の記録からの引用であろう。そのことは次章の最初の通信からも窺(うかが)える。訳者)

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