Sunday, January 18, 2026

シアトルの冬 ベールの彼方の生活(三)

 The Life Beyond the Veil Vol.Ⅲ The Ministry of Heaven By G. V. Owen
八章 暗黒街の探訪



1 光のかけ橋                  
 一九一七年 大晦日

 ここまでの吾々の下降の様子はいたって大まかに述べたにすぎません。が、これから吾々はいよいよ光輝が次第に薄れゆく境涯へ入っていくことになります。

これまでに地上へ降りて死後の世界について語った霊は、生命躍如たる世界については多くを語っても、その反対の境涯についてはあまり多くを語っておりません。いきおい吾々の叙述は理性的正確さを要します。

と言うのも、光明界と暗黒界について偏りのない知識を期待しつつも、性格的に弱く、従って喜びと美しさによる刺戟を必要とする者は、その境界の〝裂け目〟を吾々と共に渡る勇気がなく、怖気づいて背を向け、吾々が暗黒界の知識を携えて光明界へ戻ってくるのを待つことになるからです。

  さて、地上を去った者が必ず通過する(すでにお話した)地域を通りすぎて、吾々はいよいよ暗さを増す境涯へと足を踏み入れた。すると強靭な精神力と用心ぶかい足取りを要する一種異様な魂の圧迫感が急速に増していくのを感じた。

それというのも、この度の吾々は一般に高級霊が採用する方法、つまり身は遠く高き界に置いて通信網だけで接触する方法は取らないことにしていたからです。

これまでと同じように、つまりみずからの身体を平常より低い界の条件に合わせてきたのを、そこから更に一段と低い界の条件に合わせ、その界層の者と全く同じではないがほぼ同じ状態、つまり見ようと思えば見え、触れようと思えば触れられ、吾々の方からも彼らに触れることの出来る程度の鈍重さを身にまとっていました。

そしてゆっくりと歩み、その間もずっと右に述べた状態を保つために辺りに充満する雰囲気を摂取していました。そうすることによって同時に吾々はこれより身を置くことになっている暗黒界の住民の心情をある程度まで察することができました。

 その土地にも光の照っている地域があることはあります。が、その範囲は知れており、すぐに急斜面となってその底は暗闇の中にある。

そのささやかな光の土地に立って深い谷底へ目をやると、一帯をおおう暗闇の濃さは物すごく、吾々の視力では見通すことができなかった。

その不気味な黒い霧の上を薄ぼんやりとした光が射しているが、暗闇を突き通すことはできない。それほど濃厚なのです。その暗黒の世界へ吾々は下って行かねばならないのです。

 貴殿のご母堂が話された例の〝光の橋〟はその暗黒の谷を越えて、その彼方のさらに低い位置にある小高い丘に掛かっています。その低い端まで(暗黒界から)辿り着いた者はいったんそこで休息し、それからこちらの端まで広い道(光の橋)を渡って来ます。

途中には幾つかの休憩所が設けてあり、ある場所まで来ては疲れ果てた身体を休め、元気を回復してから再び歩み始めます。

と言うのも、橋の両側には今抜け出て来たばかりの暗闇と陰気が漂い、しかも今なお暗黒界に残っているかつての仲間の叫び声が、死と絶望の深い谷底から聞こえてくるために、やっと橋までたどり着いても、その橋を通過する時の苦痛は並大抵のことではないのです。

 吾々の目的はその橋を渡ることではありません。その下の暗黒の土地へ下って行くことです。


──今おっしゃった〝小高い丘〟、つまり光の橋が掛かっている向こうの端のその向こうはどうなっているのでしょうか。

 光の橋の向こう側はこちらの端つまり光明界へつながる〝休息地〟ほどは高くない尾根に掛かっています。さほど長い尾根ではなく、こちら側の端が掛かっている断崖と平行に延びています。その尾根も山のごとく聳えており、形は楕円形をしており、すぐ下も、〝休息地〟との間も、谷になっています。

そのずっと向こうは谷の底と同じ地続きの広大な平地で、表面はでこぼこしており、あちらこちらに大きなくぼみや小さな谷があり、その先は一段と低くなり暗さの度が増していきます。暗黒界を目指す者は光の橋にたどり着くまでにその斜面を登って来なければならない。

尾根はさほど長くないと言いましたが、それは荒涼たる平地全体の中での話であって、実際にはかなりの規模で広がっており、途中で道を見失って何度も谷に戻ってきてしまう者が大ぜいいます。

いつ脱出できるかは要は各自の視覚の程度の問題であり、それはさらに改悛の情の深さの問題であり、より高い生活を求める意志の問題です。

 さて吾々はそこで暫し立ち止まり考えを廻らしたあと、仲間の者に向かって私がこう述べた。

 「諸君、いよいよ陰湿な土地にやってまいりました。これからはあまり楽しい気分にはさせてくれませんが、吾々の進むべき道はこの先であり、せいぜい足をしっかりと踏みしめられたい」

 すると一人が言った。

 「憎しみと絶望の冷気が谷底から伝わってくるのが感じられます。あの苦悶の海の中ではロクな仕事はできそうにありませんが、たとえわずかでも、一刻の猶予も許せません。その間も彼らは苦しんでいるのですから・・・・・・」

 「その通り。それが吾々に与えられた使命です」──そう答えて私はさらにこう言葉を継いだ。「しかも、ほかならぬ主の霊もそこまで下りられたのです。

吾々はこれまで光明を求めて主のあとに続いてきました。これからは暗黒の世界へ足を踏み入れようではありませんか。なぜなら暗黒界も主の世界であり、それを主みずから実行してみせられたからです」(暗黒界へ落ちた裏切り者のユダを探し求めて下りたこと。訳者)
 
 かくして吾々は谷を下って行った。行くほどに暗闇が増し、冷気に恐怖感さえ漂いはじめた。しかし吾々は救済に赴く身である。酔狂に怖いものを見に行くのではない。そう自覚している吾々は躊躇することなく、しかし慎重に、正しい方角を確かめながら進んだ。

吾々が予定している最初の逗留地は少し右にそれた位置にあり、光の橋の真下ではなかったので見分けにくかったのです。そこに小さな集落がある。

住民はその暗黒界での生活にうんざりしながら、ではその絶望的な境涯を後にして光明界へ向かうかというと、それだけの力も無ければ方角も判らぬ者ばかりである。

行くほどに吾々の目は次第に暗闇に慣れてきた。そして、ちょうど闇夜に遠い僻地の赤い灯を見届けるように、あたりの様子がどうにか見分けがつくようになってきた。あたりには朽ち果てた建物が数多く立ち並んでいる。

幾つかがひとかたまりになっているところもあれば、一つだけぽつんと建っているのもある。いずこを見てもただ荒廃あるのみである。

吾々が見た感じではその建物の建築に当たった者は、どこかがちょっとでも破損するとすぐにその建物を放置したように思える。あるいは、せっかく仕上げても、少しでも朽ちかかるとすぐに別のところに別の建物を建てたり、建築の途中で嫌になると放置したりしたようである。

やる気の無さと忍耐力の欠如があたり一面に充満している。絶望からくる投げやりの心であり、猜疑心からくるやる気のなさである。ともに身から出た錆であると同時に、同類の者によってそう仕向けられているのである。

 樹木もあることはある。中には大きなものもあるが、その大半に葉が見られない。葉があっても形に愛らしさがない。煤けた緑色と黄色ばかりで、あたかもその周辺に住む者の敵意を象徴するかのように、ヤリのようなギザギザが付いている。幾つか小川を渡ったが、石ころだらけで水が少なく、その水もヘドロだらけで悪臭を放っていた。

 そうこうしているうちに、ようやく目指す集落が見えてきた。市街地というよりは大小さまざまな家屋の集まりといった感じである。それも、てんでんばらばらに散らばっていて秩序が見られない。通りと言えるものは見当たらない。

建物の多くは粘土だけで出来ていたり、平たい石材でどうにか住居の体裁を整えたにすぎないものばかりである。外は明かり用にあちらこちらで焚き火がたかれている。

そのまわりに大勢が集まり、黙って炎を見つめている者もいれば、口ゲンカをしている者もおり、取っ組み合いをしている者もいるといった具合である。

 吾々はその中でも静かにしているグループを見つけて側まで近づき、彼らの例の絶望感に満ちた精神を大いなる哀れみの情をもって見つめた。そして彼らを目の前にして吾々仲間どうしで手を握り合って、この仕事をお与えくださった父なる神に感謝の念を捧げた。

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