Wednesday, August 31, 2022

シアトルの夏 霊的交信の目的はただ単に地上の人間に慰めをもたらすことではない。The purpose of spiritual communication is not simply to bring comfort to humans on earth.

 



 スピリチュアリズムの前途には大きな仕事が待ち受けている。霊的交信の目的はただ単に地上の人間に慰めをもたらすことではない。

ある日の交霊会でシルバーバーチは〝生命の法則について精神的側面、道徳的側面、物的側面、ならびに霊的側面から理解を深めるように指導し、身体的に不健全な人が少なくなると同時に霊的に未熟な人も少なくしていくことが我々の使命の一端です〟と述べて、スピリチュアリズムの目指すべき方向を暗示した。それを別の日の交霊会で次のように敷衍(フエン)した。

 「私どもは自己中心主義、物質万能主義、無知、暗黒等々、人生の楽しさ、明るさ、安らぎを奪う勢力のすべてを一掃すべく努力しております。地上のため───それだけを望んでおります。それなのに、つまり地上のためになることをのみ望み、何一つ邪なものを持ち合わせず、人間性の中に下品なもの、あるいは低俗なものには決して訴えることがないのに、なぜ人間は私たち霊の働きかけを毛嫌いするのでしょうか。

 より次元の高い真理、より深い悟りの道をお教えしようとしているのです。人生の基盤とすべき霊的原理を理解していただこうと努力しているのです。人間の内部に宿る霊的可能性を認識し、真の自我とその内奥に存在する神性を見出していただきたいと願っているのです。

私たちは人間の理性───人間として最高の判断力に訴えております。一段と次元の高い生命の世界を支配する摂理をお教えし、宇宙の物的側面だけで無く、もっと大きな部分を占めているところの永遠不滅の霊的側面を理解していただこうと願っているのです。

 私たちの努力目標は人類が幻を追い求め影を崇めることのないように、霊的真理の実在を得心させることによって人生観を誤った信仰でなく確実な知識の上に確立し、大自然の法則に基づいた本当の宗教心を持ち、たとえ逆境の嵐が吹き荒れ、環境が酷しく、いずこに向かうべきかが分らなくなった時でも〝事実〟に裏打ちされた信仰心によってあらゆる試練、あらゆる苦難に耐えていけるようにしてあげることです。私たちの使命は霊的使命なのです。

人間が内奥に神すなわち実在の生命を宿していることをお教えし、従って人間は動物ではなく一人ひとりが神であることを自覚し、同じ神性が宇宙の他のすべての生命にも宿っていることを知っていただくことを使命としているのです。

 その認識が行きわたれば地上は一変します。理解が広まるにつれて新しい光が射し込み、永遠の大機構の中での人間の位置を悟ることになります。私たちが訴えるのはややこしい神学ではありません。時代遅れの教説ではありません。

素朴な理性───あらゆる真理、あらゆる知識、あらゆる叡知の真偽を判断する手段に訴えております。

もしも私の述べることにあなた方の知性を侮辱し理性を反撥させるようなものがあれば、それを無理して受け入れることは要求しません。最高の判断基準に訴えることによって人間が真の自分を見出し、真の自分を見出すことによって神を見出してくださることを望んでいるのです。

 真理は決して傷つけられることはありません。決して破壊されることはありません。後退させられることはあります。抑えつけられることもあります。しかし永久に埋もれてしまうことはありません。

真なるものが損なわれることはあり得ません。嘘言を持っていかに深くいかに固く埋め尽くされても、いつかは必ず表に出てきます。真理を永遠に抑えつけることはできません。

いま私たちが旗印としている真理は地上にとって重大な役割を担っております。人間というものは煩悶の時代になると永いあいだしがみついていた教説を改めて検討し、それが果たして苦難と困難のときに慰めとなり力となってくれるであろうかと思いはじめるものです。

 霊的実在についての真理を片隅に押しやることはできません。人間がひとりの例外もなく神の子であり成就すべき霊的宿命を背負った存在であるとの証は、宇宙における人類の本当の位置を認識し無限にして永遠の創造の大業の一翼を担う上で絶対必要なことです。

私たちの存在自体を疑う人がいることでしょう。存在は認めても影響力を疑う人がいることでしょう。もとより私たちは万能を主張するつもりはありません。私たちも常に数々の限界とさまざまな制約に直面していることは、これまでたびたび述べてきたことです。しかし私たちがあなた方を援助することができるという事実に疑う余地はないでしょう。

 私たちには霊力というパワーがあります。これは宇宙の全生命を生み、それに形態を与えている力です。正しい環境と条件さえ整えてくれれば、私たちはそのパワーを活用してあなた方を導き、保護し、援助することができます。

それも決してあなた方だけという限られた目標のためでなく、あなた方を通じて顕現した霊力がさらに他の人へも波及して、その人たちも霊的なパワーを感得できるようになるのです。

前途に横たわる道は決して容易ではありません。しかし協調精神をもって臨み、平和的解決を希求し、慈悲心に裏打ちされた公正を求め、憎しみと復讐心に根ざした観念を完全に排除して臨めば、明るい未来をすぐ近くまで招来することができることでしょう」

シルバーバーチ

 これは一九三九年に第二次大戦が勃発して間もない頃の交霊会での霊言で、最後の部分はその大戦のことを指している(本書の出版は一九四一年──訳者)

Tuesday, August 30, 2022

シアトルの夏 大収穫者すなわち神は、          The Great Harvester, God,

 



 「大収穫者すなわち神は、十分な実りを達成した者を次々と穫り入れ、死後にたどる道をより明るく飾ることをなさいます。

 肉眼の視野から消えると、あなた方は悲しみの涙を流されますが、私たちの世界ではまた一人物質の束縛から解放されて、言葉で言い表せない生命のよろこびを味わいはじめる魂を迎えて、うれし涙を流します。

私はいつも〝死〟は自由をもたらすものであること、人間の世界では哀悼の意を表していても、本人は新しい自由、新しいよろこび、そして地上で発揮せずに終わった内部の霊性を発揮する機会(チャンス)に満ちた世界での生活を始めたことを知って喜んでいることを説いております。

ここにおいでの方々は、他界した者が決してこの宇宙からいなくなったのではないとの知識を獲得された幸せな方たちですが、それに加えてもう一つ知っていただきたいのは、こちらへ来て霊力が強化されると必ず地上のことを思いやり、こうして真理普及のために奮闘している吾々を援助してくれているということです。

 その戦いは地上のいたるところで日夜続けられております───霊の勢力と醜い物的利己主義の勢力との戦いです。たとえ一時は後退のやむなきにいたり、一見すると霊の勢力が敗北したかに思えても、背後に控える強大な組織のおかげで勝利は必ず我がものとなることを確信して、その勝利へ向けて前進しつづけます。

いずれあなた方もその戦いにおいて果たされたご自分の役割───大ぜいの人々の慰めと知識を与えてあげている事実を知って大いなるよろこびに浸ることになりましょう。

今はそれがお分かりにならない。私たちと共に推進してきた仕事によって生きるよろこびを得た人が世界各地に無数にいることを今はご存じでありません。

 実際はあなた方はこうした霊的真理の普及に大切な役割を果たしておられるのです。その知識は、なるほどと得心がいき心の傷と精神の疑問と魂の憧憬の全てに応えてくれる真実を求めている飢えた魂にとって、何ものにも替えがたい宝となっております。

太古の人間が天を仰いで福音を祈ったごとくに、古びた決まり文句にうんざりしている現代の人間は、新たなしるしを求めて天を仰いできました。

そこで私たちがあなた方の協力を得て真実の知識をお持ちしたのです。それは正しく用いさえすれば必ずや神の子すべてに自由を───魂の自由と精神の自由だけでなく身体の自由までももたらしてくれます。

 私たちの目的は魂を解放することだけが目的ではありません。見るも気の毒な状態に置かれている身体を救ってあげることにも努力しております。

つまり私達の仕事には三重の目的があります───精神の解放と魂の解放と身体の解放です。そのことを世間へ向けて公言すると、あなた方はきっと取越苦労性の人たちから、そう何もかもうまく行くものでないでしょうといった反論に会うであろうことは私もよく承知しております。

しかし、事実、私たちの説いている真理は人生のあらゆる面に応用が利くのものです。宇宙のどこを探しても、神の摂理の届かないところがないように、地上生活のどこを探しても私たちの説く霊的真理の適用できない側面はありません。

 挫折した人を元気づけ、弱き者、寄るべなき者に手を差しのべ、日常の最小限の必需品にも事欠く人々に神の恩寵を分け与え、不正を無くし、不平等を改め、飢餓に苦しむ人々に食を与え、雨露をしのぐほどの家とてない人々に住居を提供するという、

こうした物質界ならではの問題にあなた方が心を砕いている時、それは実は私たち霊の世界からやって来る者の仕事の一部でもあることを知っていただきたいのです。

その種の俗世的問題から超然とさせるために霊的真理を説いているのではありません。霊的な真理を知れば知るほど、自分より恵まれない人々への思いやりの気持ちを抱くようでなければなりません。その真理にいかなる名称(ラベル)を付けようと構いません。

政治的ラベル、経済的ラベル、宗教的ラベル、哲学的ラベル───どれでもお好きなものを貼られるのがよろしい。それ自体なんの意味もありません。大切なのはその真理が地上から不正を駆逐し、当然受けるべきものを受けていない人々に生得の権利を行使させてあげる上で役立たせることです」


 そして最後に〝死〟にまつわる陰湿な古い観念の打破を説いて、こう述べた。

 「その身体があなたではありません。あなたは本来、永遠の霊的存在なのです。私たちはこうした形で週に一度お会いして僅かな時を過ごすだけですが、そのことがお互いの絆を強化し接触を深めていく上で役に立っております。毎週毎週あなた方の霊そのものが霊的影響力を受けて、それが表面へ出ております。

その霊妙な関係は物的身体では意識されませんが、より大きな自我は実感しております。また、こうしたサークル活動はあなた方が霊的存在であって物的存在でないことを忘れさせないようにする上でも役立っております。人間にはこうしたものが是非とも必要です。

なぜなら人間は毎日毎日、毎時間毎時間、毎分毎分、物的生活に必要なものを追い求めてあくせくしているうちに、つい、その物的なものが殻に過ぎないことを忘れてしまいがちだからです。それは実在ではないのです。

 鏡に映るあなたは本当のあなたではありません。真のあなたの外形を見ているに過ぎません。身体が人間がまとう衣服であり、物質の世界で自分を表現するための道具に過ぎません。

その身体はあなたではありません。あなたは永遠の霊的存在であり、全宇宙を支えている生命力、全天体を創造し、潮の干満を支配し、四季の永遠のめぐりを規制し、全生命の生長と進化を統制し、太陽を輝かせ星をきらめかせている大霊の一部なのです。

その大霊と同じ神性をあなたも宿しているという意味において、あなたも神なのです。本質において同じなのです。

程度において異なるのみで、基本的には同じなのです。それはあらゆる物的概念を超越した存在です。すべての物的限界を超えております。あなた方の想像されるいかなるものよりも偉大なる存在です。

あなたはまさに一個の巨大な原子───無限の可能性を秘めながらも今は限りある形態で自我を表現している原子のような存在です。

身体の内部に、いつの日かすべての束縛を押し破り、真実のあなたにより相応しい身体を通して表現せずにはいられない力を宿しておられるのです。そうなることをあなた方は死と呼び、そうなった人のことを悼み悲しんで涙を流されます。

それは相も変わらず肉体がその人であるという考えが存在し、死が愛する人を奪い去ったと思い込んでいる証拠です。

 しかし死は生命に対して何の力も及ぼしえません。死は生命に対して何の手出しもできません。死は生命を滅ぼすことはできません。物的なものは所詮、霊的なものには敵わないのです。

もしあなたが霊眼をもって眺めることができたら、もし霊耳をもって聞くことができたら、もしも肉体の奥にある魂が霊界の霊妙なバイブレーションを感じ取ることができたら、肉体という牢獄からの解放をよろこんでいる、自由で意気揚々として、うれしさいっぱいの蘇った霊をご覧になることができるでしょう。

 その自由を満喫している霊のことを悲しんではいけません。毛虫が美しい蝶になったことを嘆いてはいけません。カゴの鳥が空へ放たれたことに涙を流してはいけません。

よろこんであげるべきです。そしてその魂が真の自由を見出したこと、いま地上にいるあなた方も神より授かった魂の潜在力を開発すれば同じ自由、同じよろこびを味わうことができることを知ってください。

死の意味がお分かりになるはずです。そして死とは飛び石の一つ、ないしは大きな自由を味わえる霊の世界への関門に過ぎないことを得心なさるはずです。

 他界してその自由を味わったのちに開発される霊力を今すぐあなた方に身を持って実感していただけないことは私は実に残念に思います。しかしあなた方には知識があります。それをご一緒に広めているところです。それによってきっと地上に光をもたらし、暗闇を無くすることができます。

人類はもう、何世紀も迷わされ続けてきた古い教義は信じません。教会の権威は失墜の一途を辿っております。霊的真理の受け入れを拒んできた報いとして、霊力を失いつつあるのです」

シルバーバーチ

Sunday, August 28, 2022

シアトルの夏 一つひとつの体験があなたの人生模様を織りなしています。Each experience weaves the pattern of your life.

 


さらに別の交霊会で───


 「一つひとつの体験があなたの人生模様を織りなしています。あなた方はとかく一時の出来ごとでもって永遠を裁こうとされます。つまり目先の矛盾撞着にとらわれ、人生全体を通して神の叡知の糸が織りなされていることを理解しません。

 調和を基調とするこの大宇宙の中であなた方一人ひとりが神の計画の推進に貢献しております。人生での出来ごと───時には辛く絶望的であり、時には苦しく悲劇的であったりしますが───その一つひとつがこれから辿りゆく道のために魂を鍛える役割を果たしているのです。

 光と闇、日向と陰、こうしたものは唯一絶対の実在の反映にすぎません。陰なくして光はなく、光なくして陰はありません。人生の困難は魂が向上していくための階段です。

 困難、障害、不利な条件───これらみな魂の試練なのです。それを一つ克服した時、魂はいっそう充実し向上して、一段と強くそして純粋になってまいります。

 いったい無限の可能性を秘めた魂の潜在力が困難も苦痛も無く、影もなく悲しみも無く、苦難も悲劇も体験せずに発揮されると思われますか。もちろん思われないでしょう。

 人生のよろこび、楽しい笑いの味は、人生の辛酸をなめつくして始めて分かります。なぜなら、深く沈んだだけ、それだけ高く上がれるからです。地上生活の蔭を体験するほど、それだけ日向の喜びを味わうことができます。

 体験の全てが霊的進化の肥やしです。そのうちあなた方も肉体の束縛から解放されて曇りのない目で地上生活を振り返る時がまいります。そうすれば紆余曲折した一見とりとめのない出来ごとの絡み合いの中で、一つひとつがちゃんとした意味を持ち、あなたの魂を目覚めさせ、その可能性を引き出す上で意義があったことを、つぶさに理解されるはずです。

 地上のいかなる体験も、それに正しく対処し正しく理解すれば、人間の魂にとって必ずやプラスになるものを持っております。いったい何の困難も、何の試練も、何のトラブルも、何の苦痛も、何の悩みもない世界を想像できるでしょうか。

そこにはもはや向上進化の可能性がないことになります。克服すべきものが何もないことになります。ただ朽ち果てるのみです」


 こうして一方では厳しい生き方を説きながらも、他方では慰めの教説も忘れない。最近ご主人を失ったばかりの婦人にこう語って聞かせた。

 「あなたもそのうち物的なつながりよりも霊的なつながりの方が大きいことを理解し始めることでしょう。ご主人はこの世にいた時よりもはるかにあなたにとって身近な存在となっておられます。

 地上人類が肉体的存在の消滅を大変な不幸として受け止めるのは、地上世界の進化が物的バイブレーションの段階を超えていないからです。その段階を超えて進化すれば、物質というものがただの殻にすぎないことを理解するようになります。それを実在であるかに思い込むのは地上が影の世界だからです。

 霊的に向上して行くと、光とその光によって生じる影との区別ができるようになります。地上的縁には拘束力はありません。霊的な縁こそ永遠に続くものです。

 ぜひ銘記していただきたいのは、あなた自身にとって大変な悲しい出来ごとのように思えることも、実は他の大勢の人たちのためにあなたを役立てようとする計画の一端であることがある、ということです。あなただけの個人的(パーソナル)な見地からのみ眺めてはいけません。

その体験を通じてもし大ぜいの人々の魂が鼓舞されることになれば、それがひいてはあなた自身の魂の成長を促すことになります。そして、あなた自身がこちらへおいでになりご主人と再会された時にも、それが大きな拠りどころとなります。

 〝死んだ人〟たちはあなたのもとから去ってしまうのではありません。死という名のドアを通り抜けて新しい生活へ入っていくだけです。その人たちにとって死は大きな解放です。決して苦しいものではありません。彼らにとって唯一の辛さは、地上に残した人々が自分のことで嘆き悲しんでいることです。

 いくら順調に進化していても、地上にいる限りは相変わらず霊的なバイブレーションよりは物的なバイブレーションの方が感応しやすいものです。縁故のあるスピリットがすぐ身のまわりにいます。肉体に宿っていた時よりも一段と親近感を増しているのですが、人間の方は鈍重なバイブレーションにしか反応しないために、すぐ近くにいても、その高いバイブレーションに感応しないだけです。

あなた方は今この時点において立派に霊魂(スピリット)なのです。物的世界での教訓を身につけるために地上にやって来ているところです。時としてそれが辛い教訓となることがありますが、それはそれなりに価値あることではないでしょうか。

 皆さんはなぜ物的な出来ごとを持って永遠を判断しようとなさるのでしょう。皆さんは空の広さは計れません。地球の大きさすら測れません。なのに、僅かな地上生活で持って永遠を計ろうとなさいます」


 同じく主人を失い、失意の余り自殺まで考えた婦人が次のような質問を寄せ、それがシルバーバーチに読んで聞かされた。


───みずからの行為によってそちらの世界へ行くことは許されることでしょうか。例えば最愛の伴侶を奪われた人の場合です。

 「許されません。あくまでも摂理に従って寿命を完うしなければなりません。神の摂理はつねにその働きが完璧だからです。

完全な愛によって、つまり全存在に宿り全存在を通じて働いている神の意志によって支配されているからです。その摂理の働きに干渉する権利は誰にもありません。もし干渉して与えられた寿命をみずからの手で切り上げるようなことをすれば、それに対する代償を支払わせられます。

 たとえばリンゴを熟さないうちにもぎ取れば、リンゴの美味しさは味わえません。それと同じで、霊的に熟さないうちに無理やりに次の世界へ行くようなことをすると、(地上での悲しく苦しい期間よりも)永い期間にわたって辛い体験を支払わされることになります。

おまけに、せっかく一緒になりたいと思った愛する人にも会えないことにもなります。その摂理に背いた行為が一種のミゾをこしらえるからです」

 このシルバーバーチの回答がサイキック・ニューズ誌に掲載されたのを読んだその夫人が次のような礼状を寄せてきた。

 「質問にお答え下さったことへの私の感謝の気持ちをシルバーバーチ霊にお伝えいただけるものかどうか存じませんが、もしお伝えいただけるものでしたら、〝後に残された者〟の質問にこんなに明快にそしてこんなに早く回答して下さったことに対する私の感謝の気持ちをお伝え下さい。

そして、こうもお伝え下さい───お言葉に大変失望いたしましたが、お訓えを信じ神からのお呼びの声が掛るまで、力のかぎり〝生き続ける〟覚悟を決めました、と」

シルバーバーチ


Friday, August 26, 2022

シアトルの夏 苦〟の哲学  Philosophy of Suffering

  



 シルバーバーチが神の摂理を説くとき、その絶対性への確信が余りに深く、その述べ方が余りにあっさりとしているために、われわれ地上の人間には冷淡な印象すら与えることがある。

たとえば次のように述べる───

 「摂理であるが故に摂理であるところのもの─── 永遠の心すなわち神の働きであるがゆえにこれまで絶え間なく機能し、これからも絶え間なく機能し続けるところの摂理の存在を指摘しているのです。

その摂理に則って生きれば内にも外にも調和と安らぎが得られます。

逆らって生きれば内にも外にも不和と混沌が生じます。あなた方人間は霊的存在です。

これは、誰もがいつの日か直面することになる厳粛な事実です。

が、いつの日かではなく今すぐに認めて、これから先の何十年ものムダな困難を省いた方がどれだけ賢明でしょうか」

 そう言われれば、われわれには反論の余地がなくなる。それが冷淡さと受け取られかねないのである。

霊的に未熟な者、あるいは悲しみの涙で視野を雲らされている者が苦しみと悲しみの必要性を説かれると、いっそうその感じを強く抱くことであろう。

しかし、シルバーバーチはさらにこう説くのである。

「神は無限なる愛です。

そしてこの全宇宙のいかなる出来ごとも神の認知なしに生じることはありません。


全ての苦はそれが魂の琴線に触れることによって自動的に報いをもたらし、それが宇宙のより高い、より深い実相について、より大きな悟りを得させることになるのです」

 別の交霊会でもこう述べている。

 「地上の人類はまだ痛みと苦しみ、困難と苦難の意義を理解しておりません。が、そうしたもの全てが霊的進化の道程で大切な役割を果たしているのです。

過去を振り返ってごらんなさい。往々にして最大の危機に直面した時、最大の難問に遭遇した時、人生で最も暗かった時期がより大きな悟りへの踏み台になっていることを発見されるはずです。

いつも日向で暮らし、不幸も心配も悩みも無く、困難が生じても自動的に解決されてあなたに何の影響も及ぼさず、通る道に石ころ一つ転がっておらず、征服すべきものが何一つないようでは、あなたは少しも進歩しません。

向上進化は困難と正面から取り組み、それを一つひとつ克服していく中にこそ得られるのです」

シルバーバーチ

Thursday, August 25, 2022

シアトルの夏 いえ、私への礼は無用です。     No, you don't need to thank me.



 そう述べてもなお古くからのメンバーが繰り返し感謝の言葉をシルバーバーチに向けると───

 「いえ、私への礼は無用です。

このことは極力みなさまに判っていただきたいと願っていることです。

私がそう申し上げるとき、決して口先だけの挨拶として言っているのではありません。

皆さんは私を実際に見たことがありません。

この霊媒の身体を通して語る声としてしかご存知ないわけです。

ですが私も実在の人間です。

感じる能力、知る能力、愛する能力をもった実在の人間です。

 この仕事に携わる者の特権として私には幾つもの段階をへて送られてくる莫大な霊力を使用する手段が授けられております。

必要とする人々へ分け与えるために使用することが私に許されているのです。

私たちの世界こそ実在であり、あなた方の世界は実在ではありません。

そのことは地上という惑星を離れるまでは理解できないことでしょう。

 あなた方は幻影の中で生きておられます。全て〝影〟なのです。

光源はこちらの世界にあります。

実質の世界です。

こちらへ来て始めて生命とは何かということがお分かりになります。

その真実味があまりに強烈であるために、かえってお伝えすることができないのです。

どうか、私のことをあなた方の兄貴だと思ってください。

あなたを愛し、いつも側にいて、精一杯あなたを守り導きたいという願望をもって腐心している兄貴と思ってください。

 私はあなた方が気づいておられる以上にしばしばそれぞれのお家を訪れております。

私に敬愛を覚えてくださっている家庭を私の地上での家庭であると思っているのです。

状態がどうも良くないとき───地上での仕事にはよくそういう時があるのです───そんな時に敬愛に満ちたあなた方の光輝で温めてもらいに来ることができるということは大いなる慰安の源泉です。

 私たちは、やっていただいたことに対しては必ずそれなりの支払いを致します。

いつもこう申し上げているのです───施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており、差引勘定をすればいつも戴いたものの方が多くなっていると。

施す者が施しを受けるというのが摂理なのです。

なぜなら、施しをしようとすることは魂の窓を開き、精神を広げ、心を大きくすることであり、その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです。

ですから、私に礼をおっしゃることはないのです。

私がしていることは実に些細なことに過ぎないのですから」

シルバーバーチ

Tuesday, August 23, 2022

シアトルの夏 私たちにとっての偉人は魂の偉大さ、霊の偉大さ人のためを思う気持ちの大きさです。      For us, greatness is the greatness of the soul, the greatness of the spirit, and the greatness of our feelings for others.



普遍的な同胞精神の必要性を説いて───

 「私たちは一人の例外もなく神の一部です。赤い肌をした者(銅色人種)もいれば黒い肌をした者もおり、黄色い肌をした者もいれば白い肌をした者もいます。が、その一つひとつが全体の組織の一部を構成しているのです。

 そのうち神の摂理が地上全体で理解され、あらゆる肌色をした人種が混り合い、お互いに愛念を抱いて生活する調和のとれた地上天国が実現する日が来ます。

今のあなた方にはそうした肌の色の違いが何を意味しているかは理解できません。が、その一つひとつに目的があり、それなりに生命の法則に貢献しているのです。

 そのすべてが融合し合うまでは地上にいかなる平和も訪れません。言いかえれば表面の肌色でなく、その奥の魂を見つめるようになるまでは真の平和は訪れません。

 このサークル───レギュラー・メンバーとシルバーバーチ霊団───がほぼ世界中の民族から構成されていることに気づかれたことがおありでしょうか。そのことにも地上人類への教訓が意図されているのです。

 私たちはどの民族にも他の民族にない特有の要素があって全体の為に寄与していることを学んだのです。各民族が全体にとって最善のものを持ち寄るのです。今までのところ地上人類は黄色人種は黄色人種なりに、白色人種は白色人種なりに、他の人種にない存在価値があることを理解しておりません。

 あなた方一人ひとりが神の構成分子であることを忘れてはなりません。お一人お一人が神の仕事、神の力、神の愛、神の知識に寄与することができるということです。自分より力の劣る人に手を貸すという、それだけの行為が、あなたを通じて神が顕現しようとする行為でもあるということになります。

 いかなる方法でもよいのです。相手が誰であってもよいのです。どこであってもよいのです。倒れた人に手を貸して起き上がらせ、衰弱した人に力を与え、暗闇に迷う人に光明をもたらし、飢えに苦しむ人に食べ物を与え、寝る場所とて見出せない人に安眠の場を提供してあげるという、その行為が大切です。

 そうした行為の一つひとつが神の仕事なのです。人間がそう努力するとき、そこには必ず霊界から支え、鼓舞し、援助せんとする力が加わり、予期した以上の成果が得られます。

 神が働きかけるのは教会や大聖堂や寺院の中だけではありません。霊力に反応する人であればいつでもどこでも神の道具となります。神の力によって魂を鼓舞された人、高き天上界からの熱誠に感動して崇高なる憧憬に燃える人はみな神の道具です。

 地上界はいまだに神の力を特殊なものに限定し、聖霊の働きかける通路はかくかくしかじかの人でなければならないと勝手に決めてかかっておりますが、神はインスピレーションに感応する人、神の御心に適った生き方をしている人、神の摂理に従順な人であれば、どこの誰であろうと道具として使用します。

 その力は一切の地上的差別を無視します。地位や肩書、社会的階層の上下、肌の色、人種、国家、階級の別は構いません。場所がどこであろうと、誰であろうと、その力に反応する人に働きかけ、真理の大根源からの霊力を注ぎ、心を啓発し、魂を鼓舞し、宇宙という名の神の大農園の働き手として雇います。

 どうか皆さんもこの教訓を会得され、神の為に、人生の暗闇と重圧と嵐の中で難渋している神の子等を救う決意を固められ、彼らの重荷を軽くしてあげ、新たな希望と知識と光と力をもたらしてあげていただきたいのです。

それによって彼らの身体に新たなエネルギーが湧き、精神は勇気に満ち、霊は新たな意気に燃えて、神の恩恵を噛みしめることになるでしょう。同時にあなた方も人のために自分を役立てることの喜び───自分のためには何も求めず、ひたすら他人の心を高揚してあげる仕事の真の喜びを味わうことになるでしょう」

 霊的摂理の存在を知った者の責任の重大性を説いて───

 「地上の同胞の心身の糧となる霊的事実の中継役をする人たちには大変な責任が担わされています。その態度いかんが地上生活において、あるいは霊の世界へ来てから、その責任を問われることになります。

 霊界からの情報をしきりに求めながら、それを同胞の為に活用することをまるでしようとしない人に、私は時折うんざりさせられることがあります。

そういう人は霊の述べたことなら何でも〝高等な訓え〟として有難がるのですが、各自が霊性の成長とともに神の摂理の働きをより多く理解していくのですから、訓えそのものに高級も低級もありません。

 もし彼らが自分の得た知識を活用して地上をより良い生活の場、つまり食に飢える人も喉を乾かしている人もなく、神の陽光がふんだんに降り注ぐ家に住むことが出来るような世の中にするために何かを為せば、それこそ最高の訓えを実践をしていることになりましょう」


 続いて自由意志との関連について───

 「人間は戦争が起きると〝なぜ神は戦争を中止させないのか〟 〝なぜ神は戦争が起きないようにしてくれないのか〟と言って私たちを批難します。しかし神の摂理をみずから無視しているかぎり、その責任は人間自身にあります。

 自分の行為による結果だけは避けようとする、そういうムシのいい考えは許されません。神の摂理は私たちも変えることはできません。蒔いたタネは自分で刈り取らねばなりません。

高慢、嫉妬、怨恨、貪欲、悪意、不信、猜疑心───こうしたものが実れば当然のことながら戦争、衝突、仲違いとなります。

 神の摂理を説こうとしている私たちは、こうして地上へ戻ってくる真の目的を理解していない人たちから(先ほど述べたように)よく批難されます。しかし私たちの目的は摂理を説くことでしかないのです。

この世には大自然の摂理しか存在しないからです。それをあなた方が宗教と呼ぼうと科学と呼ぼうと、あるいは哲学と呼ぼうと、それはどうでもよいことです。

 誰であろうと───一個人であろうと、大勢であろうと、民族全体であろうと国民全体であろうと───摂理に反したことをすれば必ずそれなりのツケが回ってきます。いつも申しておりますように、その摂理の働きは完璧です。

時としてそれがあなた方人間には見きわめられないことがありますが、因果律は間違いなく働きます。法則だからです。このことはこれまで何度も説いてまいりました。ここでも改めて申しあげます───宇宙には大自然の法則、神の摂理しか存在しない、と。

 ですから、その摂理に順応して生きることが何よりも大切であることを人類が悟るまでは、地上に混乱と挫折と災害と破滅が絶えないことでしょう。

私たちに出来るのは永遠の霊的原理をお教えすることだけです。物的なものがすべて朽ち果て灰燼(かいじん)に帰した後もなお残るのはそれだけだからです。

物的なものしか目に映じない人間は、幻影を追い求め永遠を忘れるために大きな過ちを犯すのです。いたって単純な真理ばかりです。が、地上人類はいまだにそれを悟れずにいます。

 霊界からいかなる手段を講じてもなお悟れないとすれば、苦痛と涙、流血と悲劇を通じて悟るほかはありません。私としてはこうした形で、つまり愛と協調の精神の中で悟って頂きたいのです。

ですが、それが叶えられない───つまり霊的手段ではだめということになれば、摂理に背いた生き方をしてその間違いを思い知らされるほかはありません。地上で偉人とされている人が必ずしも私たちの世界で偉人であるとは限りません。

私たちにとっての偉人は魂の偉大さ、霊の偉大さ、人のためを思う気持ちの大きさです。こうしたものは物的世界のケバケバしさが消えたあとも末永く残ります。

 自由意志は神からの授かりものです。ですが、その使い方を誤ればそれなりの償いをしなくてはなりません。地上世界が神の摂理に適った生き方をすれば、その恩恵がもたらさせます。

摂理に背いた生き方をすれば、良からぬ結果がもたらされます。前者は平和と幸福と豊かさをもたらし、後者は悲劇と戦争と流血と混乱をもたらします。

 私たちは今、神の子の指導者であるべき人たちから軽蔑されております。神とその愛の旗印のもとに訪れるのですから歓迎されてよいはずなのに、彼らは私たちを受け入れようとしません。

地上の人たちに何とかしてあげたいという願望に駆られて、みずからの力でみずからを救うための霊的理法と霊力の存在を明かそうと努力しているのですが・・・。

 ですが、霊的盲目による無知の中に浸り切り、祭礼や儀式に取り囲まれ、しかも今の時代に聖霊による地上への働きかけがあることを認めようとしない聖職者は、いずれその代償を払わされることになります。

私たちは人のためになることをしようとする人なら、いかなる分野の人でも味方として歓迎します。私たちにとっての敵は破壊的態度に出る人たちだけです。

私たちは愛と奉仕の翼に乗って、援助の手を差し伸べられるところならどこへでも参ります。それが私たちに課せられた大切な使命なのです。

 むろんその過程において数々の困難や障害に遭遇することは承知しております。それを何とか克服していかねばなりません。汐は満ちたり引いたりします。が、確実に勝利に向かっております。私たちだけでは仕事らしい仕事はできません。あなた方地上の同志と手を握り合えばいくばくかの仕事はできます。

たった一個の魂でも目覚めさせれば、たった一人でも暗闇から光明へ導くことができれば、たった一人でも弱った人に元気を与え、悩める人に慰めを与えることができれば、それだけで私たちは立派な仕事を成し遂げたことになります」

 個々の人生に宿命的な流れがあるという意味において自由意志にも限度があるということにならないかとの質問に答えて───

 「人生にある種の傾向、つまり波動の流れがあることは事実ですが、どうしようもないものではありません。人間は常に各種の放射物や影響力によって囲まれており、その多くが個々の運動を左右する可能性を持っていることは事実です。

しかし神は全ての人間に自分の一部、大霊の分霊を賦与しています。それには、各自の進化の程度に応じて自由意志を正しく行使しさえすれば、その発現の障害となるものすべてを克服する力が秘められております。なぜなら一人ひとりが即ち神であり、神は即ちあなたがた一人ひとりだからです。

 神性を宿した種子は一人の例外もなくすべての人間に植えられております。その小さな種子は畑に蒔かれた種子と同じく正常な生長を促す養分さえ与えれば、やがて芽を出し、花を咲かせ、そして美事な実をつけます。

 その種子は神があなた方の魂に植えて下さっているのです。が、その手入れをするのは自分自身です。いつ花を咲かせるか、あるいは、果たして首尾よく花を咲かせるかどうかは、ひとえに各自の努力に掛っております。各自には自由意志があります。

もしもその種子を暗闇の中に閉じ込めて霊的成長のための光、慈善の光、善行の光を与えずにおけば、神の属性はいつになっても発揮されることはありません」

シルバーバーチ

Monday, August 22, 2022

シアトルの夏 前世・現世・来世  previous life, present life, next life



前世・現世・来世
しるばーばーちの霊訓



 ある日の交霊会に米国人ジャーナリストが招かれた。そして最初に出した質問が「霊界というところはどんなところでしょうか」という、きわめて基本的な質問だった。

その時レギラーメンバーの一人が「この方は心霊研究家とお呼びしてもよいほどの方ですよ」と言ったことが、次のようなユーモラスな答えを誘い出すことになった。

(訳者注────ここでは心霊学に詳しい方という程度の意味で言ったのであるが、その心霊学が〝心霊現象の科学的研究〟を目的としているだけで、霊魂の存在も幾つかの学説の中の一つとして扱われているだけである。

その点を念頭に置いてシルバーバーチがその〝学説〟を並べ立てて皮肉っぽく答えているところがユーモラスである)

 「私は地上の人たちから〝死んだ〟と思われている者の一人です。存在しないことになっているのです。私は本日ここにお集まりの方々による集団的幻影に過ぎません。

私は霊媒の潜在意識の産物です。私は霊媒の第二人格であり、二重人格であり、多重人格であり、分離人格です。これらの心霊用語のどれをお使いになっても結構ですが、私もあなたと同じ一個の人間です。

ただ私は今あなたが使っておられる肉体をずいぶん前に棄ててしまいました。

あなたと私の根本的な違いはそれだけです。あなたは物的身体を通して自分を表現しているスピリットであり、私は霊的身体を通して表現しているスピリットであるということです。         

 私はほぼ三千年前に霊の世界へ来ました。つまり三千年前に〝死んだ〟のです。三千年というとあなたには大変な年数のように思われるかも知れませんが、永遠の時の流れを考えると僅かなものです。その間に私も少しばかり勉強しました。

霊の世界へ来て神からの授かりものである資質を発揮していくと、地上と同じ進化の法則に従って進歩していきます。つまり霊的な界層を一段また一段と向上していきます。界層という言い方をしましたが、一つ一つが仕切られているわけではありません。

霊的な程度の差があり、それぞれの段階にはその環境条件にふさわしい者が存在するということです。霊的に向上進化すると、それまでの界層を後にして次の一段と高い界層へ融け込んでいきます。それは階段が限りなく続く長い長い一本の梯子のようなものです。

 そう考えていけば、何百年、あるいは何千年か後には物質界から遠く離れていき、二度と接触する気持ちが起きなくなる段階に至ることは、あなたにも理解出来るでしょう。所詮、地上というところはたいして魅力ある世界ではないのです。

地上の住民から発せられる思念が充満している大気にはおよそ崇高なものは見られません。腐敗と堕落の雰囲気が大半を占めております。人間生活全体を暗い影がおおい、霊の光が届くのはほんの少数の人に限られております。

一度あなたも私と同じように、経済問題の生じない世界、お金が何の価値も無い世界、物的財産が何の役にも立たない世界、各自が有るがままの姿をさらされる世界、唯一の富が霊的な豊かさである世界、唯一の所有物が個性の強さである世界、生存競争も略奪も既得権力も無く、弱者が窮地に追いやられることもなく、内在する霊的能力がそれまでいかに居眠りをしていても存分に発揮されるようになる世界に一度住まわれたら、地上という世界がいかにむさ苦しく、いかに魅力に乏しい世界であるかがお判りになると思います。

その地上世界を何とかしなければならない───私のようにまだ地上圏へ戻ることのできる程度のスピリットが援助し、これまで身に付けた霊的法則についての知識を幾らかでも教えてあげる必要があることを、私は他の幾人かの仲間とともに聞かされたのです。

人生に迷い、生きることに疲れ果てている人類に進むべき方向を示唆し、魂を鼓舞し、悪戦苦闘している難問への解決策を見出させるにはそれしかないということを聞かされたのです。

 同時に私たちは、そのために必要とする力、人間の魂を鼓舞するための霊力を授けてくださることも聞かされました。しかし又、それが大変な難事業であること、この仕事を快(よ)く思わぬ連中、それも宗教的組織の、そのまた高い地位にある者による反抗に遭遇するであろうことも言い聞かされました。

悪魔の密使とみなされ、人類を邪悪の道へ誘い、迷い込ませんとする悪霊であると決めつけられるであろうとの警告も受けました。

要するに私たちの仕事は容易ならざる大事業であること、そして(ついでに付け加えさせていただけば)その成就のためには、それまでの永い年月の中で体験してきた霊界生活での喜びも美しさも、すべてお預けにされることになるということでした。

しかし、そう言い聞かされた私たちのうちの誰一人としてそれを断わった者はいませんでした。かくして私は他の仲間と共に地上へ戻ってまいりました。地上へ再生するのではありません。地上世界の圏内で仕事をするためです。

 地上圏へ来てまず第一にやらねばならなかったのは霊媒を探すことでした。これはどの霊団にとっても一ばん骨の折れる仕事です。次に、あなた方の言語(英語)を勉強し、生活習慣も知らねばなりませんでした。あなた方の文明も理解する必要がありました。

 次の段階ではこの霊媒の使用法を練習しなければなりませんでした。この霊媒の口を借りて幾つかの訓え───誰にでも分る簡単なもので、従ってみんなが理解してくれれば地上が一変するはずの真理を説くためです。

同時に私は、そうやって地上圏で働きながらも常に私を派遣した高級霊たちとの連絡を保ち、より立派な叡智、より立派な知識、より立派な情報を私が代弁してあげなければなりませんでした。初めのころは大いに苦労しました。今でも決してラクではありませんが・・・。

そのうち私の働きかけに同調してくれる者が次第に増えてまいりました。すべての人が同調してくれたわけではありません。居眠りしたままの方を好む者も大勢いました。自分で築いた小さな牢獄にいる方を好む者もいました。

その方が安全だったわけです。自由に解放されたあとのことを恐れたのです、が、そうした中にも、そこここで分かってくれる人も見出しました。私からの御利益は何もありません。

ただ真理と理性と常識と素朴さ、それに、近づいてくれる人のためをのみ考える、かなり年季の入った先輩霊としての真心をお持ちしただけです。

 それ以来私たちの仕事は順調に運び、多くの人々の魂に感動を与えてまいりました。無知の暗闇から抜け出た人が大勢います。迷信の霧の中からみずからの力で這い出た人が大勢います。

自由の旗印のもとに喜んで馳せ参じた人が大勢います。死の目的と生の意味を理解することによって二度と涙を流さなくなった人が大勢います。」


───魂は母体に宿った時から存在が始まるのでしょうか。それともそれ以前にも存在(前世)があるのでしょうか。

 「これは又、ややこしい問題に触れる質問をしてくださいました。私は自分はこう思うということしか述べるわけにはまいりません。私は常に理性と思慮分別に訴えております。

いつも申し上げていることですが、もしも私の述べることがあなたの理性を反発させ、知性を侮辱し、そんなことは認められないとおっしゃるのであれば、どうぞ捨て去っていただきたい。拒絶していただいて結構です。

拒絶されたからといって私は少しも気を悪くすることはありません。腹も立ちません。愛の気持ちは変わりません。ここにおいでのスワッハーも相変わらず考えを変えようとしない者の一人です。

他の者はみな私の口車にのって前生の存在を信じるようになった(と思っている)のですが・・・・・・私の知るかぎりを言えば、前世はあります。つまり生まれ変わりはあるということで、その多くは、はっきりとした目的をもった自発的なものです」

 これを聞いたスワッハーが「私は再生の事実を否定したことはありませんよ。私はただ魂の成長にとって再生が必須であるという意見に反対しているだけです」と不服そうに言うと、

 「それは嬉しいことを聞きました。あなたも私の味方というわけですな、全面的ではなくても」と皮肉っぽく言う。

 するとスワッハーは「あなたは私も今生(こんじょう)に再生してきているとおっしゃったことがあるじゃないですか。私はただ再生に法則は無いと言っているだけです」と言う。するとシルバーバーチが穏やかにそれを否定して言う。

 「何かが発生するとき、それは必ず法則に従っております。自発的な再生であっても法則があるからこそ可能なのです。ここに言う法則とは地上への再生を支配する法則のことです。この全大宇宙に存在するものは、いかに小さなものでも、いかに大きなものでも、すべて法則によって支配されているというのが私の持論です」

 ここで米人ジャーナリストが関連質問をした───「人間にとって〝時間〟が理解しにくいということが再生問題を理解しにくくしているというのは事実でしょうか」

 「例によって私なりの観点からご説明しましょう。実はあなたはあなたご自身を御存じないのです。あなたには物質界へ一度も顔を出したことのない側面があるのですが、それをあなたはお気づきになりません。

物的身体を通して知覚したごくごく小さな一部分しか意識しておられませんが、本当のあなたはその身体を通して顕現しているものよりはるかに大きいのです。ご存知の通りあなたはその身体そのものではない。

あなたは身体を具えた霊であって、霊を具えた身体ではない。その証拠に、あなたの意識はその身体を離れて存在することが出来ます。たとえば睡眠中がそうです。しかし、その間の記憶は物的脳髄の眼界のために感識されません。

 結局あなたに感識出来る自我は物質界に顕現している部分だけということになります。他の、より大きい部分は、それなりの開発の過程をへて意識できるようにならない限りごく稀に、特殊な体験の際に瞬間的に顔をのぞかせるだけです。しかし一般的に言えば大部分の人間は死のベールをくぐり抜けて始めて真の自分を知ることになります。

以上があなたのご質問に対する私なりの回答です。今あなたが物的脳髄を通して表現しておられる意識は、それなりの開発法を講ずるか、それともその身体を棄て去るかのいずれかがないかぎり、より真実に近いあなたを認識することはできません」


───この地上にはあなたの世界に存在しない邪悪なものがあふれているとおっしゃいますが、なぜ地上にはそうした邪と悪とが存在するのでしょうか。

 「権力の座にある者の我がままが原因となって生じる悪───私は無明という言葉の方が好きですが───そして邪、それと、人類の進化の未熟さゆえに生じる悪と邪とは、はっきり区別する必要があります。

地上の邪と悪には貧民街(スラム)が出来るような社会体制の方が得をする者たち、儲けることしか考えない者たち、私腹を肥やすためには同胞がどうなろうと構わない者たち、こうした現体制下の受益者層の存在が原因となって発生しているものが実に多いことを知らなければなりません。

悪の原因にはそうした卑劣な人種がのめり込んでしまった薄汚い社会環境があるのです。

 しかし一方において忘れてならないことは、人間は無限の可能性を秘めていること、人生は常に暗黒から光明へ、下層から上層へ、弱小から強大へ向けての闘争であり、進化の道程を人間の霊は絶え間なく向上していくものであるということです。

もし闘争もなく、困難もなければ、霊にとって征服すべきものが何もないことになります。人間には神の無限の属性が宿されてはいますが、それが発揮されるのは努力による開発を通してしかありません。その開発の過程は黄金の採取と同じです。粉砕し、精錬し、磨き上げなければなりません。

地上もいつかは邪悪の要素が大幅に取り除かれる時が来るでしょう。しかし、改善の可能性が無くなる段階は決して来ません。なぜなら人間は内的神性を自覚すればするほど昨日の水準では満足できなくなり、明日の水準を一段高いところにセットするようになるものだからです」

───隣人を愛すべしとの黄金律(※)と適者生存の法則とは時として矛盾することがあるように思えるのですが・・・・・・(※ The Golden Rule キリストの山上の垂訓の一つで、自分が人からしてもらいたいと思う通りを人にもしてあげなさいということ。マタイ7・12-訳者)

 「私は進化の法則を、無慈悲な者ほど生き残るという意味での適者生存と解釈することには賛成できません。適者生存の本当の意味は生き残るための適応性をもつ者が存続していくということです。言いかえれば存続するための適性を発揮した者が存続するということです。

そして注目していただきたいことは生き残っている動物を観察してみると、それが生き残れたのは残虐性のせいでもなく、適者だったからでもなく、進化の法則に順応したからであることが明らかなことです。もし適者のみが生き残ったとすると、なぜ有史以前の動物は死滅したかという疑問が生じます。

その当時は最も強い生物だったはずですが、生き残りませんでした。進化の法則とは生長の法則の一つです。ひたすらに発展していくという法則です。他の生命との協調、互助の法則です。つまるところ黄金律に帰着します」


 続いて〝偶然〟の要素について質問されて───

 「世の中が偶然によって動かされることはありません。どちらを向いても───天体望遠鏡で広大な星雲の世界を覗いても、顕微鏡で極小の生物を検査しても、そこには必ず不変不滅の自然法則が存在します。あなたも偶然に生れてきたのではありません。

原因と結果の法則が途切れることなく繰り返されている整然とした宇宙には、偶然の入る余地はありません。全生命を創造した力はその支配のために規制ないし法則を用意したのです。その背景としての叡知においても機構においても完璧です。その法則は霊的なものです。

すべての生命は霊だからです。生命が維持されるのはその本質が物質でなく霊だからです。霊は生命であり生命は霊です。生命が意識を持った形態をとる時、そこには個としての霊が存在します。そこが下等動物と異なるところです。人間は個別化された霊、つまり大霊の一部なのです。

 人生には個人としての生活、家族としての生活、国民としての生活、世界の一員としての生活があり、摂理に順応したり逆らったりしながら生きております。逆らえば暗黒と病気と困難と混乱と破産と悲劇と流血が生じます。順応した生活を送れば叡知と知識と理解力と真実と正義と公正と平和がもたらされます。それが黄金律の真意です。

 人間はロボットではありません。一定の枠組みの中での自由意志が与えられているのです。しかし決断は自分で下さなければなりません。個人の場合でも国家の場合でも同じです。摂理に叶った生き方をしている人、黄金律を生活の規範として生きている人は、大自然から、そして宇宙から、良い報いを受けます」

 続いて〝汝の敵〟に対する態度のあり方をこう説く。

 「私にとってはどの人間もみな〝肉体を具えた霊魂(スピリット)〟です。私の目にはドイツ人もイギリス人もアメリカ人もありません。みなスピリットであり、大霊の一部であり、神の子供です。時にはやむを得ず対症療法として罰を与えねばならないこともあるかも知れませんが、すでに述べた通り、新しい世界は憎しみや復讐心からは生まれません。

すべての人類のためを思う願望からしか生まれません。復讐を叫ぶ者───目には目を、歯には歯をの考えをもつ者は、将来の戦争のタネを蒔いていることになります。すべての人間に生きる場が与えられております。理性と常識によって問題を解決していけば、すべての者に必要なものが行きわたるはずです。

こういう説明よりほかに分かりやすい説明が見当たりません。あなたの国(米国)はなぜあの短い期間にあれだけの進歩を為し遂げたのか。それは一語に尽きます───寛容心です。英国が永い歴史の中で発展してきたのも寛容心があったからこそです。

米国は人種の問題、国籍の問題、宗教の問題を解決してきました。黒人問題もほぼ解決しました。その歴史を通じて全ての人種にそれぞれの存在価値があること、人種が増えるということは、いずれは優れた国民を生むことになることを学んできました。

 今あなた方の国が体験していることは、やがて世界全体が体験することになります。米国は世界問題解決のミニチュア版のようなものです。例えばあなたの存在を分析してみても遺伝的要素の一つ一つは確認できないでしょう。

それと同じで、米国は雑多な人種から構成されておりますが、その一つ一つがみな存在意識をもっており、雑多であるがゆえに粗末になるということはありません。逆に豊かさを増すのです。成長の途上においては新しい要素の付加と蓄積がひっきりなしに行われ、その結果として最良のものが出来あがります。

それは、自然というものが新しい力、新しい要素の絶え間ない付加によって繁栄しているものだからです。限りない変化が最高の性質を生むのです。大自然の営みは一ときの休む間もない行進です」


 その日のもう一人の招待客にポーランドの役人がいた。そしてまず最初に次のような質問をした。


 ───霊界の美を味わうことが出来るのは地上界で美を味わうことが出来た者だけというのは本当でしょうか。

 「そんなことはありません。それでは不公平でしょう。地上では真の美的観賞力を養成する教育施設がないのですから、数知れぬ人々が美を味わえないことになります。霊の世界は償いの世界であると同時に埋め合わせの世界でもあります。地上世界では得られなかったものが補われてバランスを取り戻すのです」

 これを聞いて別のメンバーが「今の質問の背景には人間が死ぬ時はこの世で培った資質を携えていくという事実があるように思うのですが」と述べると、シルバーバーチは───

 「地上の人間は無限の精神のほんの一部を表現しているにすぎないことを銘記しないといけません。精神には僅かに五つの窓があるだけです。それも至ってお粗末です。肉体から解放されると一段と表現の範囲が大きくなります。

精神が本領を発揮し始めます。自我の表現機関の性能がよくなるからです。霊界にはあらゆる美が存在しますが、それを味わう能力は霊性の発達の程度いかんに掛かっています。

たとえば二人の人間に同じ光景を見せても、一人はその中に豊かさと驚異を発見し、もう一人は何も発見しないということも有りえます。

それにもう一つ別の種類の美───魂の美、精神の美、霊の美があり、そこから永遠不滅のものの有する喜びを味わうことができます。充実した精神───思考力に富み、内省的で、人生の奥義を理解できる精神には一種の気高さと美しさがあります。

それは、その種のものとは縁遠い人、従って説明しようにも説明できない者には見られないものです」


───美の観賞力を養う最良の方法は何でしょうか。

 「大体において個人の霊的発達の問題です。適切な教育施設がすべての人に利用できることを前提として言えば、美を求める心は魂の発達とともに自然に芽生えてくるものです。価値観が高まれば高まるほど、精神が成長すればするほど、醜い卑劣な環境に不満を覚えるようになります。波長が合わなくなるからです。

自分の置かれた環境を美しくしたいと思い始めたら、それが進化と成長の最初の兆しと思ってよろしい。地上界をより美しくしようとする人間の努力は、魂が成長していく無意識の表われです。

それは同時に無限の宇宙の創造活動へ寄与していることでもあります。神は人間にあらゆる材料を提供しています。その多くは未完の状態のままです。そして地上のすみずみにまで美をもたらすには、魂、精神、理性、知性、成長度のすべてを注ぎ込まなければなりません。

 最後は必ず個人単位の問題であり、その成長度に帰着します。開発すればするほど、進化すればするほど、それだけ内部の神性を発揮させることになり、それだけいっそう美を求めることになります。

私がいつも霊的知識のもつ道徳的ないし倫理的価値を強調するのはそのためです。スラム街があってはならないのは、神性を宿す者がそんな不潔な環境に住まうべきではないからです。飢餓がいけないのは、神性を宿す肉体が飢えに苦しむようであってはならないからです。

すべての悪がいけないのは、それが内部の神性の発現を妨げるからです。真の美は物質的、精神的、そして霊的のすべての面において真の調和が行きわたることを意味します」


───美的観念を人々の心に植えつけるにはどうしたらよいでしょうか。

 「個々の魂が成長しようとすることが必須条件です。外部からありとあらゆる条件を整えてやっても、本人の魂が成長を望まなければ、あなたには為す術がありません。ですから、あなたにできることは霊的知識を広めること、これだけです。

正しい知識を広めることによって無知を無くし、頑迷な信仰を無くし、偏見を無くしていくことです。とにかく知識のタネを蒔くのです。時にはそれが石ころだらけの土地に落ちることもあるでしょう。が、根づき易い土地も方々にあるものです。蒔いたタネはきっと芽を出します。われわれの仕事は真理の光を可能な限り広く行きわたらせることです。

その光は徐々に世界中を広く照らし、人間が自分たちの環境を大霊の分子すなわち神の子が住まうに相応しいものにしようと望めば、迷信という名の暗闇に属するものすべて、醜さと卑劣さを生み出すものすべてが改善されていくことでしょう」


シルバーバーチ