昨夏からフランス人の夫の、米国インターンシップに同伴して帰国していた娘が、新年早々フランスに帰ることになりそうです。
我々の時代の日本は、随分と西欧志向でした少なくとも私と私の周辺は。
私達はフランスをとても洗練された先進国だと思っていましたので、何かにつけてフランス的な名前の食べ物とかレストランとか多いですよね。それがとても、お洒落だと思ってさえいましたし。
そしてこの憧れの国は、家族を含めて人間関係の煩わしさを厭う、とても個人主義の国だとも思っていましたし、更には、彼らは彼らの文化を誇るがゆえに外国に出たがらないし、英語を知っていても知らない振りをするとか、サーヴィス業に従事する人の態度が冷たい。etc. etc.
どこまでが本当かでっち上げかは知りませんけれど、そんな噂をしばしば聞いてきましたし、おせっかい焼きの親戚や近所に煩わされないですむ、逃れの地みたいな憧れもありました。
ところが昨今、フランス社会は随分と変わってきたらしいですよ。
我が婿さんの家庭は子供の数が多くて、男6人女一人の兄弟姉妹。政府の ”生めよ増やせよ” 政策の賜物で、子供達は政府からの沢山の保護があり、学生は鉛筆から消しゴムまで支給されるそうです。
私なぞはフランス政府を気の毒に思ったりし、「政府がそんなによくしてくれるなら、学校を卒業して、他所の国に移住したり出来ないわよね」なんて婿さんに言ったりしたのですけれど、「働き出せば沢山の税金を払わなければならないので、うんざりするよ」と我が家の親爺さんが言っています。
兎に角、婿さん家庭は25歳の長男を筆頭に、多少の出入りはあるとしても、家族は揃って一つ屋根の下に住んでおります。
働いている息子達にしても、親には食費も家賃も払っていないそうです。
その様なわけで、私はこの家庭は噂に聞いた、伝統的フランス家庭ではないと思っていましたが、聞くところによると昨今はそうでもないらしいですね。
色々な事情で、出戻りしてきた娘息子と同居している家庭もかなりあるそうです。
英語にしても、昔のように知らない振りもしていられないほどに、世界の情報網が発展してきたので、いやいやながらもお家芸の、知らない振りは余り出来なくなってきたらしいです。
あのフランスがねー。と思いますし、そのフランスらしさ(?)は永遠に変わることは無いように思ってきましたけれど、世界は少しずつ変わっていくのですね。
良いほうに変わって欲しいですね。
In last summer , my daughter and her french husband who stayed with us because of his internship in America. Her husband went back to France already. Now my daughter is going back to France.
In my yang age in Japan. It was long time ago. Around me and myself were very much Western-oriented .
We thought it's very sophisticated developed country France. We loved French name. restaurant, food and fashion etc. this longing of the country, including the family , human relations, we were thought very individualistic country, even within family.
We hard. They are proud of their culture therefore they pretend do not know English even they know. etc. etc. I do not know it is true or not. Anyway we has been heard often such a rumor.
However in recent years, French society is seems to have been pretty changing.
Family of my son-in-law's they are six brothers and one sister.
Eldest son is 25-year-old, the family has lived under one roof all together.
Even whoever working they are not paying food nor rent. I thought this family is not traditional French family.
But now In a variety of circumstances of society that many families, parents living with daughters or sons .
Also Even speaking English . because the world of network has been developed cannot pretend no speaking English like in old days.
the world it will change little by little.
We like to change the world good way.
新年おめでとうございます。
良いニュースを、沢山聞くことが出来る2015年でありますように。
平和の輪を広げてまいりましょう。
私の年末年始は ウイーン フィルハーモニー のコンサートと共にあります。
恒例の、ニューイヤ コンサートは最も知られたものですね。
クリスマスの夜、聖歌を探していたら Three Tenors Christmas Concert Vienna 1999 に出っくわしました。
3大テノール とは言わずと知れた、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスですね。
このコンサートの映像は圧巻でした。
今はドミンゴひとりとなってしまいましたけれど、 ポスト3大テノールは誰かと議論があるけれど、私にとっては今だ代わることなくこの3人様です。
Merry Christmas
イエス キリストの誕生日を祝って、キリスト教会では平和のための祈りが世界を包むことでしょう。
今年もまた物騒な、危機を抱えて送り迎える時となりました。
此処かしこの小さな祈りが、大きな実りをもたらすことを期待します。
祈
12月7日は真珠湾攻撃の日でしたね。
第二次大戦時、兵士であった若者達で今現在この世にある人の数はどれ程なのでしょうか?
私の父はニューギニアで戦死し。 我が家には夫の父がヴェテランとして多少健在です。
齢92歳。大戦時はオクラハマのボーイング社で、B29の技師として参戦して居ましたそうです。
今年もどこからとも無く、明日がパールハーバーの日だとメッセージが入りました。
息子が 「お父さん未だ怒っている?」と冗談を飛ばしたのですけれど、92歳は何の話かキャッチできなかったようでした。
そのことと関連していたわけではありませんけれど、”フューリー” という映画を昨日家族でみました。
”第2次世界大戦下、たった一台の戦車で300人のドイツ軍部隊と渡り合った5人の兵士たちの姿を描いた戦争アクションドラマ。”というのですけれど、”ああよかった” というハッピー エンドではなかったので、滅入ってしまいました。その後沸々と沸き起こってきた感情は、”戦争と平和” 私達が今おかれている現状についての思いでした。第二次大戦以降、人々の戦争の回避の努力はかなりの実りを得てきたと思いますが、それも実際には、克っての枢軸国の間では、だけの話であって、実は私達は戦争と戦争の噂に取り巻かれている実情ですね。
それで私が何が出来、何をすべきなのか?
Happy Thanksgiving Day!
今年もまた、ピルグリム ファーザーズの苦労の日を、偲びながら過ごす一日といたします。
”中間選挙” と言えば、その昔から日本は大騒ぎしたものでした。
秋たけなわの頃のこの選挙。
小学校時代からこの言葉を記憶していますよ。
私の小学校時代は ”パン アメリカ” でしたから。
少なくとも、私の身の回りにおいては。
我が家では息子が、大騒ぎをし92歳のお爺さんと論争しています。
その昔、お爺さんの時代は、共和党も民主党も基本路線にそれほどの違いがありませんでしたから。夫々のお家の伝統で、民主党とか共和党とかと決めていたようでした。
今に至っては、その昔の如く単純ではなくなり、二つの政党の違いも色濃くなってきたけれど、お爺さんは今も昔も変わりない身贔屓を譲らず、孫を怒らせております。