Monday, October 9, 2023

シアトルの秋 私は今地球が必要としているのは基本的な霊的知識であるとみています。

 I believe that what the earth needs now is basic spiritual knowledge.

晴れた秋の白樺の森 | プレミアム写真 さん

   「私は実用志向のタイプです。

今日の地上世界が置かれている窮状を救う上で何の役にも立たないと思われる方向へ議論が流れかけた時はいつもお断りしております。

私は今地球が必要としているのは基本的な霊的知識であるとみています。

人間社会の全組織を改め、そこに巣くっている汚毒、汚物、スラム、不平等、不正を一掃する上で役立つ知識です。

そうした環境が人間の霊性の発現を妨げているからです。

 

 地上世界を見回すと、素晴らしい花園であるべきところに醜い雑草が生い繁り、花がその美しさを発揮する場所がなくなっています。そこで私はこう言うのです───まずそうした基本的な問題と取り組みなさい──戦場で戦ういかなる敵よりもはるかに強力なその敵に宣戦布告なさい、と。

 人間の霊性を踏みにじっている敵と戦うのです。人間の霊性を抑圧し、魂を束縛する敵と戦うのです。

霊的存在としての基本的権利──神の直射日光を浴び、自由の喜びを味わう権利を奪う、あらゆる敵と戦うのです。

 人間はまずそうした問題に関心を向けるべきです。

そしてもしあなたとの縁によって霊的知識に何らかの価値を見出した人々がその普及に意欲を燃やしてくれた時は、その方たちにこう忠告してあげてください──基本的な目的は難解なスペキュレーションを満足させることにあるのではなく、この地上生活において霊的教訓を学べるような環境にすること、言いかえると、現在のように大勢の者が悲しむべき哀れな姿で霊界へ来るような事態を改めることにあるのです、と」

シルバーバーチ

Sunday, October 8, 2023

シアトルの秋 無知は未知なるものへの恐怖心を生みます。

Ignorance breeds fear of the unknown.

受注制作します 水彩画原画 白樺林10 #524 | アート・インテリア絵画の通販・販売サイト | thisisgallery - ディスイズギャラリー さん

 知識こそすべての者が所有すべき宝です。

無知は未知なるものへの恐怖心を生みます。

この恐怖心こそ人間の最大の敵なのです。

判断力を曇らせ、理性を奪い、いい加減な出来心で行動する人間にしてしまいます。

これでは人生から喜びと美しさと豊かさを見出すことはできません。

シルバーバーチ

Saturday, October 7, 2023

シアトルの秋 今なぜスピリチュアリズムか

Why spiritualism now?

白樺 水彩画 秋のイラスト素材 [43126600] - PIXTA さん

 

 シルバーバーチの交霊会には時おりレギュラーメンバーのほかに新参者が招かれる。その日も一人の招待客が出席していた。その客の質問に対するシルバーバーチの答えは、さながらスピリチュアリズムの要約の観があるので紹介しよう。

 「私たち霊団の仕事の一つは、地上へ霊的真理をもたらすことです。これは大変な使命です。霊界から見る地上は無知の程度がひどすぎます。その無知が生みだす悪弊は見るに耐えかねるものがあります。それが地上の悲劇に反映しておりますが、実はそれがひいては霊界の悲劇にも反映しているのです。

地上の宗教家は、死の関門をくぐった信者は魔法のように突如として言葉では尽くせない程の喜悦に満ちた輝ける存在となって、一切の悩みと心配と不安から解放されるかに説いていますが、それは間違いです。真相とはほど遠い話です。

 死んで霊界へ来た人は───初期の段階においては───地上にいた時と少しも変わりません。肉体を棄てた───ただそれだけのことです。個性は少しも変わりません。性格は全く一緒です。習性も特性も性癖も個性も地上時代そのままです。利己的な人は相変わらず利己的です。

貪欲な人は相変わらず貪欲です。無知な人は相変わらず無知のままです。悩みを抱いていた人は相変わらず悩んでいます。少なくとも霊的覚醒が起きるまではそうです。

 こうしたことが余りに多すぎることから、霊的実在についてある程度の知識を地上に普及させるべしとの決断が下されたのです。そこで私のような者が永年にわたって霊的生命についての真理を説く仕事にたずさわってきたわけです。

霊的というと、これまではどこか神秘的な受けとられ方をされてきましたが、そういう曖昧なものでなしに、実在としての霊の真相を説くということです。そのためには何世紀にもわたって受け継がれてきた誤解、無知、偏見、虚偽、偽瞞、迷信───要するに人類を暗闇の中に閉じ込めてきた勢力のすべてと闘わねばなりませんでした。

 私たちはそうした囚れの状態に置かれ続けている人類に霊的解放をもたらすという目的を持って一大軍団を組織しました。お伝えする真理はいたって単純なものですが、それにはまず証拠になるものをお見せすることから始めなければなりません。

 すなわち偏見を棄てて真摯な目的、真実を知ろうとする欲求を持って臨む者なら誰にでも得心がいくものであることを明らかにしなければなりません。あなた方の愛する人々はそちら側からそのチャンスを与えてくれさえすれば、然るべき通路(霊媒)を用意してくれさえすれば、死後もなお生き続けていることを証明してくれます。

 これは空想の産物ではありません。何千回も何万回も繰り返し証明されてきている事実を有りのままに述べているまでです。もはや議論や論争のワクを超えた問題です。もっとも、見ようとしない盲目者、事実を目の前にしてもなお認めることができなくなってしまった、歪んだ心の持ち主は論外ですが。

 以上が第一の目的です。〝事実ならばその証拠を見せていただこう。われわれはもはや信じるというだけでは済まされなくなっている。あまりに永い間気まぐれな不合理きわまる教義を信じ込まされてきて、われわれは今そうしたものにほとほと愛想をつかしてしまった。

われわれが欲しいのはわれわれ自身で評価し、判断し、測定し、考察し、分析し、調査できるものだ〟───そうおっしゃる物質界からの挑戦にお応えして、霊的事実の証拠を提供するということです。

 それはもう十分に提供されているのです。すでに地上にもたらされております。欲しい人は自分で手にすることができます。それこそが私がこれまであらゆる攻撃を耐え忍び、これからもその砦となってくれる〝確定的事実〟というスピリチュアリズムの基礎なのです。もはや、〝私は信じます。私には信仰というのがあります。

私には希望があります〟といったことでは済まされる問題ではなくなったのです。〝事実なのだからどうしようもありません。立証されたのです〟と断言できる人が数え切れないほどいる時代です。

 人類史上初めて宗教が実証的事実を基礎とすることになりました。神学上のドグマは証明しようのないものであり、当然、議論や論争がありましょう。が、死後の存続という事実はまともな理性を持つ者なら必ず得心するだけの証拠が揃っております。

しかし、証明された時点から本当の仕事がはじまるのです。それでおしまいとなるのではありません。まだその事実を知らない人が無数にいます。その人たちのために証拠を見せてあげなくてはなりません。少なくとも死後にも生命があるという基本的真理は間違いないのだという確証を植え付けてあげる必要があります。

 墓の向こうにも生活があるのです。あなた方が〝死んだ〟と思っている人たちは今もずっと生き続けているのです。しかも、地上へ戻ってくることもできるのです。げんに戻ってきているのです。しかし、それだけで終わってはいけません。

死後にも生活があるということはどういうことを意味するのか。どういう具合に生き続けるのか。その死後の生活は地上生活によってどういう影響を受けるか。二つの世界の間にはいかなる因果関係があるのか。

 死の関門を通過したあと、どういう体験をしているのか。地上時代に口にしたり、行ったり心に思ったりしたことが役に立っているのか、それとも障害となっているのか。こうしたことを知らなくてはいけません。

 また、死後、地上に伝えるべき教訓としていかなることを学んでいるのか。物的所有物のすべてを残していった後に一体何が残っているのか。死後の存続という事実は宗教に、科学に、政治に、経済に、芸術に、国際関係に、はては人種差別問題にいかなる影響を及ぼすのか、といったことも考えなくてはいけません。

そうなのです。そうした分野のすべてに影響を及ぼすことなのです。なぜなら、新しい知識は永い間人類を悩ませてきた古い問題に新たな照明を当ててくれるからです。
 いかがです?大ざっぱに申し上げた以上の私の話がお役にたちましたでしょうか」

 「お話を聞いて、すっきりと理解がいったように思います」

 「もう一つ申し上げたいことがあります。そうした問題と取り組んでいく上において私達は暗黒の勢力と反抗勢力、そして、そうした勢力に加担することで利益を確保している者たちに対して間断なき闘いを続けていかねばなりませんが、同時に、不安、取越苦労といった〝恐怖心〟との闘いも強いられているということです。

 地上の人間と霊界の人間との間にはその関係を容易にする条件と、反対に難しくする条件とがあります。誤解、敵意、無知、こうした障害はお互いの努力によって克服していけるものです。そのために私たちが存分に力を発揮する上で人間側に要求したい心の姿勢というものがあります。あなた方は肉体を携えた霊であり、私たちは肉体のない霊です。そこに共通したものがあります。〝霊〟というつながりです。

 あなたも今この時点において立派に霊的存在なのです。死んでから霊的存在となるのではありません。死んでから霊体をさずかるのではありません。死はただ単に肉体という牢獄から解放するだけです。小鳥が鳥カゴを開けてもらって大空へ飛び立つように、死によってあなた方は自由の身となるのです。

 基本的にはあなた方人間も〝霊〟としてのあらゆる才能、あらゆる属性、あらゆる資質が具わっております。今はそれが未発達の形で潜在しているわけです。もっとも、わずかながらすでに発現しているものもあります。

その未発達のものをこれからいかにして発現していくか、本当のあなたを表現していくにはどうしたらよいか、より大きな自我を悟り、神からの素晴らしい遺産を真に我がものとするにはどうすればよいかを私たちがお教えすることができるのです。

 しかし、いかなる形にせよ、そうした使命を帯びて地上へ戻ってくる霊は、必然的にある種の犠牲を強いられることになります。なぜならば、そのためには波長を地上の低い波長に合わさなければならない───言いかえれば、人間と接触するために霊的な波長を物的な波長へと転換しなければならないからです。

 人類の大半を占める人たちがまだ霊的なものを求める段階まで達していません。言いかえれば、霊的波長を感受する能力を発揮しておりません。ごく少数の人たちを除いて、大部分の人々はそのデリケートな波長、繊細な波長、高感度の波長を感じ取ることが出来ないのです。

 そこで私たちの方から言わば階段を下りなければならないのです。そのためには当然、それまで身につけた霊的なものの多くをしばらくのあいだ置き去りにしなければなりません。

 本当ならば人間側にも階段を上がってもらって、お互いが歩み寄るという形になれば有難いのですが、それはちょっと望めそうにありません。

 しかし、人間が霊的存在であることに変わりはありません。霊的資質を発揮し、霊的な光輝を発揮することが出来れば、不安や疑いの念などはすべて消滅してしまいます。霊は安心立命の境地において本来の力を発揮するものです。

 私たちが闘わねばならない本当の敵は無用の心配です。それが余りに多くの人間の心に巣くっているのです。単なる観念上の産物、本当は実在しない心配ごとで悩んでいる人が多すぎるのです。そこで私は、取越苦労はおやめなさいと、繰り返し申し上げることになるのです。

自分の力で解決できないほどの問題に直面させられることは決してありません。克服できない困難というものは絶対に生じません。重すぎて背負えないほどの荷物というものは決して与えられません。しかも、あふれんばかりの自信に満ちた雰囲気の中で生きていれば、霊界から援助し、導き、支えてくれるあらゆる力を引き寄せることになるのです。

 このように、霊的な問題は実に広大な範囲にまたがる大きな問題なのです。人生のあらゆる側面にかかわりを持っているのです。ということは、これからという段階にいらっしゃるあなたには、探検旅行にも似た楽しみ、新しい霊的冒険の世界へ踏み込む楽しさがあるということでもあるのです。どうか頑張ってください」


 「死後どのくらいたってから地上へ戻って来るのでしょうか」

 「それは個々の事情によって異なります。こちらへ来て何世紀にもなるのに自分の身の上に何が起きたかが分からずにいる人もいます」

 「自分が死んだことに気づかないのです」 とレギュラーメンバーの一人が口添えをするとシルバーバーチが───

 「一方にはちゃんとした霊的知識を携えた人もいます。そういう人は、適当な霊媒さえ見つかれば、死んですぐにでもメッセージを送ることはできます。そのコツを心得ているのです。このように、この問題は霊的知識があるか否かといった条件によって答えが異なる問題であり、単純にこうですとはお答えできません。

 私たちが手を焼くのは、多くの人が死後について誤った概念を抱いたままこちらへ来ることです。自分の想像していた世界だけが絶対と思い、それ以外ではあり得ないと思い込んでいます。一心にそう思い込んでいますから、それが彼らにとって現実の世界となるのです。私たちの世界は精神と霊の世界であることを忘れないでください。思ったことがそのまま現実となるのです」


 ここでシルバーバーチはレギュラーメンバーの中で心霊治療能力を持っている人にひとこと助言してから、再びその新参者に───

 「この心霊治療というのも私たちの大切な仕事の一つなのです。治療家を通路として霊界の治癒エネルギーが地上の病的身体に注がれるのです。このように私たちの仕事は、いろんな側面、いろんな分野を持った、ひじょうに巾の広い仕事です。初心者の方は面食らうこともあると思いますが、間違い無く真理であり、その真実性を悟られた時にあなたの生活に革命が起こります。

 宗教の世界では〝帰依〟ということを言います。おきまりの宣誓文句を受け入れ、信仰を告白する──それでその宗教へ帰依したことになるというのですが、本当の帰依というのは霊的真理に得心がいって、それがあなたという存在の中にしっくりと納まることをいうのです。

 その時からその人は新しい眼を通して、新しい確信と新しい理解とをもって人生を見つめます。生きる目的が具体的に分かるようになります。神が全存在のために用意された計画の一端がわかりはじめるからです。

 ある人は政治の分野において生活の苦しい人々、社会の犠牲となっている人々、社会に裏切られた人々、よるべなき人々のためにその霊的知識を生かそうと奮い立ちます。ある人は宗教の世界へ足を踏み入れて、死に瀕している古い教義に新しい生命を吹き込もうとします。

ある者は科学の実験室に入り、残念ながらすっかり迷路にはまってしまった科学者の頭脳に霊的なアイディアを吹き込もうと意気込みます。また芸術の世界へ入っていく者もいることでしょう。

 要するに霊的真理は人生のすべての分野に関わるものだということです。それは当然のことです。なぜなら生命とは霊であり、霊がすなわち生命だからです。霊が目を覚まして真の自分を知った時、すなわち霊的意識が目覚めたとき、その時こそ自分とは何者なのか、いかなる存在なのか、なぜ存在しているのかということに得心がいきます。

それからの人生はその後に宿命的に待ち受ける、より豊かでより大きな生命の世界への身支度のために〝人のために自分を役立てる〟ことをモットーとして生きるべきです。

 どうぞこれからも真理探求の旅をお続けください。求め続けるのです。きっと与えられます。要求が拒絶されることは決してありません。ただし、解答は必ずしもあなたが期待した通りのものであるとはかぎりません。あなたの成長にとって最善のものが与えられます」


 最後に出席者全員に向かって次のような別れの言葉を述べた。

 「われわれは大いなる神の計画の中に組み込まれていること、一人ひとりが何らかの存在価値を持ち、小さすぎて用の無い者というのは一人もいないこと、忘れ去られたりすることは決してないことを忘れないようにしましょう。

そういうことは断じてありません。宇宙の大霊の大事業に誰しも何らかの貢献ができるのです。霊的知識の普及において、苦しみと悲しみの荷を軽くしてあげることにおいて、病を癒してあげることにおいて、同情の手を差し伸べることにおいて、寛容心と包容力において、われわれのすべてが何らかの役に立つことができるのです。

 かくして各自がそれぞれの道において温かき愛と悠然たる自信と確固たる信念を持って生き、道を失った人々があなた方を見て、光明への道はきっとあるのだと、感じ取ってくれるような、そういった生き方をなさってください。それも人のために役立つということです。では、神の祝福の多からんことを」


 その日の交霊会はそれで終わり、続いて次の交霊会に出たシルバーバーチは、その間に帰っていた本来の上層界での話に言及してこう述べた。

 「いつものことながら、いよいよ物質の世界に戻ることになった時の気分はあまり楽しいものではありません。課せられた仕事の大変さばかりが心にあります。しかし皆さん方の愛による援助を受けて、ささやかながら私の援助を必要としている人たち、そしてそれを受け止めてくださる人たちのために、こうして戻ってくるのです。

 これまでのしばしの間、私は本来の住処において私の僚友とともに過ごしてまいりましたが、どうやら私たちのこれまでの努力によって何とか成就できた仕事についての僚友たちの評価は、私が確かめたかぎりにおいては満足すべきものであったようです。これからも忠誠心と誠実さと協調精神さえ失わなければ、ますます発展していく神の計画の推進に挫折が生じる気遣いは毛頭ありません。

 その原動力である霊の力が果たしてどこまで広がり行くのか、その際限を推し量ることは私にもできません。たずさわっている仕事の当面の成果と自分の受け持ちの範囲の事情についての情報は得られても、その努力の成果が果たして当初の計画どおりに行っているのかどうかについては知りませんし、知るべき立場にもないのです。

私たちの力がどこまで役立っただろうか───多くの人が救われているだろうか、それとも僅かしかいなかっただろうか───そんな思いを抱きながらも私たちはひたすら努力を重ねるだけなのです。しかし上層界にはすべての情報網を通じて情報を集めている霊団が控えています。必要に応じて大集会を催し、地上界の全域における反応をあらゆる手段を通じてキャッチして、計画の進捗具合を査定し評価を下しているのです。

 かくして私たちにすら知り得ない領域において、ある種の変化がゆっくりと進行しつつあるのです。暗闇が刻一刻と明るさを増しつつあります。霧が少しずつ晴れていきつつあります。モヤが後退しつつあります。無知と迷信とドグマによる束縛と足枷から解放される人がますます増えております。

自由の空気の味を噛みしめております。心配も恐怖もない雰囲気の中で、精神的に、霊的に自由に生きることのすばらしさに目覚めつつあります。自分がこの広い宇宙において決して一人ぼっちでないこと、見捨てられ忘れ去られた存在でないこと、無限なる愛の手が常に差しのべられており、今まさに自分がその愛に触れたのだということを自覚し、そして理解します。

人生は生き甲斐のあるものだということを今一度あらためて確信します。そう断言できるようになった人が、今日、世界の各地に広がっております。かつてはそれが断言できなかったのです。

 こうしたことが私たちの仕事の進捗具合を測るものさしとなります。束縛から解放された人々、二度と涙を流さなくなった人々がその証人だということです。これから流す涙はうれし涙だけです。

心身ともに健全となった人々、懊悩することがなくなった人々、間違った教義や信仰が作り出した奴隷状態から逃れることが出来た人々、自由の中に生き、霊としての尊厳を意識するようになった人々、こうした人達はみな私たちの努力、人類解放という気高い大事業に携わる人たち全ての努力の成果なのです。

 これからもまだまだ手を差し伸べるべき人が無数にいます。願わくは私たちの手の届く限りにおいて、その無数の人々のうちの幾人かでも真の自我に目覚め、それまで欠けていた確信を見出し、全人類にとって等しく心の拠りどころとなるべき永遠の霊的真理への覚醒をもたらしてあげられるように───更生力に富み活性力と慰安力にあふれ、

気高い目標のために働きかける霊の力の存在を意識し、代わって彼らもまたいずれはその霊力の道具となって同じ光明をますます広く世界中に行きわたらせる一助となってくれるよう、皆さんとともに希望し、祈り、決意を新たにしようではありませんか。

 真理はたった一人の人間を通じてもたらされるものではありません。地球上の無数の人々を通じて滲透していくものです。霊力の働きかけがある限り人類は着実に進歩するものであることを忘れないでください。今まさに人類は霊的遺産を見出し始め、霊的自由をわがものとし始めました。

そこから湧き出る思い、駆り立てられるような衝動、鼓舞されるような気持ちは強烈にして抑え難く、とうてい抑え通せるものではありません。霊の自由、精神の自由、身体の自由にあこがれ、主張し、希求してきた地球上の無数の人々を、今、その思いが奮い立たせております。

 こうして、やがて新しい世界が生まれるのです。王位は転覆され、権力的支配者は失脚し、独裁者は姿を消していきます。人類はその本来の存在価値を見出し、内部の霊の光が世界中に燦然と輝きわたることでしょう。

 それは抑え難い霊的衝動の湧出(ゆうしゅつ)によってもたらされます。今まさにそれが更生の大事業を推進しているのです。私がけっして失望しない理由はそこにあります。私の目に人類の霊的解放というゴールへ向けての大行進が見えるからです」


 ここでメンバーの一人が 「歴史を見ても人類の努力すべき方向はすでに多くの模範が示してくれております」 と言うと、

 「そうなのです。訓えは十分に揃っております。いま必要なのはその実行者です」と述べ、最後にこう締めくくった。

 「そこで、その実行者たるべきわれわれは、悲しみに打ちひしがれた人々、重苦しい無常感の中にあって真実を希求している無数の人々の身の上に思いを馳せましょう。われわれの影響力の行使範囲まで来た人々に精一杯の援助を施し、慰めを与え、その悲しみを希望に変え孤独感を打ち消して、人生はまだお終いではないとの確信を持たせてあげましょう。

 無限の宝を秘めた神の貯蔵庫から霊力を引き出しましょう。われわれに存在を与え給い、みずからのイメージに似せて創造し給い、神性を賦与してくださった大霊の生きた道具となるべく、日常生活においてわれわれ自身を律してまいりましょう。

われわれがその大霊の計画の推進者であることを片時も忘れず、謙虚さと奉仕の精神と、託されたその信託への忠誠心を持って臨む限り何一つ恐れるものはないこと、いかなる障害物も太陽の輝きの前に影のごとく消滅していくとの確信のもとに邁進いたしましょう」
                


     

シアトルの秋 みんな永遠の旅の仲間

Everyone is an eternal traveling companion

新鮮な朝の白樺の森イラスト背景イラストデザイン, 手描き, 新鮮な, 早朝背景画像素材無料ダウンロード - Pngtree さん

ある日の交霊会で、開会を前にして出席者の間で〝実存主義〟についての議論が戦わされたことがあった。(訳者注───霊媒のバーバネルが入神しシルバーバーチが憑ってくると開会となるが、霊団はその前から準備しているので、シルバーバーチはその議論のようすを全部知っている)

  出現したシルバーバーチがこう述べた。
 「ただ今の議論と真理の本質に関するご意見をとても興味ぶかく拝聴いたしました」

───私たちの意見に賛成なさいますか。それとも的外れでしょうか。

 「いえ、ちゃんと的を射ておられます。みなさんには道しるべとなる知識の用意があるからです。ですが、みなさんも人間である以上各自に歩調というものがあります。進化とは絶え間ない成長過程です。成長は永遠に続くものであり、しかもみんなが同時に同じ段階に到達するとはかぎりません。各自が自分の魂の宿命を自分で成就しなければなりません。

それまでに手にした光明(悟り・理解力)と、直面する困難を媒体として、その人独自の教訓を学んでいかねばなりません。それを自分でやらねばならないのです。他人からいくら知恵の援助を受けることができても、魂の成長と開発と発達はあくまで当人が自分の力で成就しなければならない個人的問題なのです。

 真理は永遠不滅です。しかも無限の側面があります。なのに人間は自分が手にした一側面をもって真理の全体であると思い込みます。そこから誤りが始まります。全体などではありません。進化するにつれて理解力が増し、他の側面を受け入れる用意ができるのです。生命活動とは断え間なく広がり行く永遠の開発過程のことです。真理の探究は無限に続きます。

あなた方はそちらの地上において、私はこちらの世界において、真理の公道(ハイウェー)を旅する巡礼の仲間であり、他の者より少し先を歩んでいる者もいますが、究極のゴールにたどり着いた者は一人もいません。

 不完全さが減少するにつれて霊的資質が増し、当然の結果として、それまで手にすることの出来なかった高度の真理を受け入れることができるようになります。人類のすべてが一様に従うべき一個のパターンというものはありません。神の顕現が無限であるからには神の真理に近づく道にも又無限のバリエーションがあることになります。お分かりでしょうか」

 「分かります。その道にも直接的に近づく道と迂回する道とがあるのではないでしょうか」

 「その通りです。直接的なものと迂回的なものとがあります。が、それはその道を歩む本人の発達程度によって決まることです。直接的な道が歩めるようになるまでは、それが直接的な道であることが読み取れません。環境は当人の魂の本性によって条件づけられています。全生命は自然法則によって規制されています。その法則のワクを超えた条件というものは望めませんし、あなた自身そのワクの外に出ることも出来ません。

 かくして、いかなる体験も、これがあなたの住む地上であろうと私の住む霊界であろうと、ことごとく自然法則によって位置付けられていることになります。偶然にそうなっているのではありません。奇跡でもありません。あなたの進化の本質的核心の一部を構成するものです。そうでないといけないでしょう。常に原因と結果の法則によって織りなされているのです」

 「環境条件が自分の進化と無関係のものによってこしらえられることがありますか」



 「それは一体どういう意味でしょうか」

 「もしかしたら私は明日誰かの行為によって災難に遭うかも知れません」

 「そうかも知れません。が、それによって苦しい思いをするか否かはあなたの進化の程度の問題です」

 「でも、その他人がその様な行為に出なかったら私は災難に遭わずに済みます」

 「あなたは永遠の霊的規範を物的尺度で測り、魂の視点からでなく肉体の視点、言いかえれば今物質を通して顕現している精神だけの視点から眺めておられます」

 「それを災難と受け取るのも進化のある一定段階までのことだとおっしゃるのでしょうか」

 「そうです。それを災難と受け取る段階を超えて進化すれば苦しい思いをしなくなります。苦は進化と相関関係にあります。楽しみと苦しみは両極です。同じ棒の両端です。愛と憎しみも同じ力の二つの表現です。

愛する力が憎しみとなり得ますし、その逆もあり得ます。同じく、苦しいと思わせる力が楽しいと思わせることもできます。あなたの体験の〝質〟を決定づけるのはあなたの進化の〝程度〟です。ある段階以上に進化すると憎しみを抱かなくなります。

愛のみを抱くようになります。苦を感じず幸せばかりを感じるようになります。難しいことですが、しかし真実です。苦しみを何とも思わない段階まで到達すると、いかなる環境にも影響されなくなります」


 ここで別のメンバーが 「同じ環境に二人の人間を置いても、一方は愛を持って反応し、他方は憎しみを持って反応します」 と言うと、もう一人のメンバーが 「他人のために災難に遭うということもありませんか。例えばイエスは他人のために災難を受けました」と言う。するとシルバーバーチが質問の意味が分からないと述べるので、改めてこう質問した。

 「あなたは先ほど他人の行為によって自分が災難に遭うこともあり得ることを認められました。他人の苦しみを知ることによって自分が苦しむという意味での苦しみもあるのではないでしょうか。それは無視してもよいのでしょうか。そしてそれは良いことなのでしょうか」

 「少しずつ深みに入ってきましたね。でも思い切って足を踏み入れてみましょう。円熟した魂とは人生の有為転変のすべてを体験しつくした魂のことです。苦しみの淵を味わわずして魂の修練は得られません。

底まで下りずして頂上へはあがれません。それ以外に霊的修練の道はないのです。あなた自ら苦しみ、あなたみずから艱難辛苦を味わい、人生の暗黒面に属することのすべてに通じて初めて進化が得られるのです。進化とは低いものから高いものへの成長過程にほかならないからです。

 さて、苦しみとは一体なんでしょうか。苦しみとは自分自身または他人が受けた打撃または邪悪なことが原因で精神又は魂が苦痛を覚えた時の状態を言います。が、もしその人が宇宙の摂理に通じ、その摂理には神の絶対的公正が宿っていることを理解していれば、少しも苦しみは覚えません。

なぜなら各人が置かれる環境はその時点において関係している人々の進化の程度が生み出す結果であると得心しているからです。進化した魂は同情、思いやり、慈悲心、哀れみを覚えますが、苦痛は覚えません」


 「そうだと思います。私もそういう意味で申し上げたのですが、用語が適切でありませんでした」

 「要するに理解が行き届かないから苦しい思いをするのです。十分な理解がいけば苦しい思いをしなくなります。また、すべきではありません」


 別のメンバー「バイブルにはイエスはわれわれのために苦しみを受けたとあります」

 「バイブルには事実でない事が沢山述べられています。いかなる人間も自分以外の者の為に代って苦しみを受けることはできません。自分の成長を管理するのは自分一人しかいない───他人の成長は管理できないというのが摂理だからです。

贖罪説は神学者が時代の要請にしたがってでっち上げた教説の一つです。自分が過ちを犯したら、その荷は自分で背負ってそれ相当の苦しみを味わわなくてはなりません。そうやって教訓を学ぶのです。もしも誰か他の者が背負ってあげることが出来るとしたら、過ちを犯した本人は何の教訓も学べないことになります。

 苦と楽、悲しみと喜び、平静さと怒り、嵐と晴天、こうしたものがみな魂の成長の糧となるのです。そうしたものを体験し教訓を学んで初めて成長するのです。その時はじめて宇宙が無限なる愛によって支配され、その愛から生み出された摂理に間違いはないとの自覚を得ることができるのです。

〝まず神の国と義を求めよ。さらばそれらのものもすべて汝のものとならん〟(マタイ6・33)というのは真実です。

その心掛けになり切れば、つまり宇宙の摂理に不動の、そして全幅の信頼を置くことができるようになれば、人生で挫折することはありません。なぜならばその信念が内部の霊力を湧き出させ、何ごとも成就させずにはおかないからです。

 その霊力を枯渇させマヒさせる最たるものは〝心配〟の念です。全幅の信頼心───盲目的な信仰ではなく知識を土台とした完全なる信念は、人生のあらゆる体験に心配も迷いも不安もなく立ち向かわせます。

神の子である以上は自分の魂にも至聖所があり、そこに憩うことを忘れないかぎり、自分を焼き尽くす火も吹き倒す嵐も絶対にないとの確信があるからです」


 「すばらしいことです」

 「本当にそうなのです。本当にそうなのです。物質に包まれた人間にはその理解はとても困難です。魂そのものは知っていても、その物質による束縛がどうしても押し破れないのです。しかし、それを押し破っていくところに進化があるのです。

人生問題を霊の目で眺めれば、その一つ一つに落着くべき場がちゃんと用意されているのです。地上的な目で眺めるから混乱と困難と誤解が生じるのです。そこで私たちの出番が必要となります。すなわち霊的真理の光をお見せするのです。

 ナザレのイエスが〝神の御国は汝自身の中にある〟と述べたのは寓話ではなく真実を述べたのです。神は全生命の中心です。宇宙は神が内在するがゆえに存在しているのです。地上のあらゆる存在物も神が内在するからこそ存在しているのです。あなた方もミニチュアの神なのです。

あなた方の心掛け次第でその内部の力が成長し、発展し、開花するのです。その成長の度合を決定づけるのはあなた方自身です。他の誰も代わってあげることはできません。それが地上生活の目的なのです。

 自分も神であることを自覚なさることです。そうすれば神の御国(摂理)は他ならぬ自分の魂の中にあることを悟られるはずです。それは絶対に裏切ることがありません。無限の補給源である神の摂理に調和した生き方をしているかぎり、何一つ不自由な思いも空腹も渇きも感じなくなります。といって必要以上のものはいただけません。

魂の成長の度合にふさわしいだけのものが与えられ、それより多くも、それより少なくも、それより程度の高いものも低いものも受けません。それ以外にありようがないのです」

シルバーバーチ

Thursday, October 5, 2023

シアトルの秋 利己主義とは、利他主義が方角を間違えたにすぎません。

Egoism is simply altruism taken in the wrong direction. 

651,192件の「白樺」の画像、写真素材、ベクター画像 | Shutterstock さん

 

 ここで別のメンバーが、たとえば悪を憎むためには当人が憎しみという要素を持っていることが必要となるのではないか、われわれは憎むということを学ぶべきだということにならないかといった趣旨のことを述べた。すると───

 「私はそのような考え方はしません。私は悪とは同じエネルギーの用途を誤っていることだから許すべきではないという考え方をとります。あなたが悪い奴らと思っている人間は未熟な人間ということです。その人たちが表現しているエネルギーは成長と改善のためにも使用できるのです。
 
 自分から〝悪人になってやろう〟〝利己主義者になってやろう〟と思って悪人や利己主義者になる人間はめったにいるものではありません。悪い人間というのは霊的成長における幼児なのです。聞き分けのない子供みたいなものです。

目に見え手に触れるものだけがすべてだと考え、従って物的世界が提供するものをすべて所有することによってしか自分の存在を主張できない人間なのです。

利己主義とは、利他主義が方角を間違えたにすぎません。善なるもの、聖なるもの、美なるもの、愛、叡智、そのほか人生の明るい側面だけに神が宿っているかに考える旧式の思想は棄てなければいけません。
   
 神の表現をそのように限定すれば、もはや絶対神が絶対でなくなります。それは条件つきの神、限定された霊となります。絶対神の本質は無限、全智、全能、不可変、不易であり、それが法則となって絶え間なく機能しているのです。

 神を、右手にナザレのイエスを従えて玉座に坐している立派な王様のように想像するのはそろそろやめなければなりません。それはもはや過去の幼稚な概念です。宇宙全体───雄大な千変万化の諸相の一つひとつに至るまで絶対的な法則が支配しているのです。神とは法則のことです」


 この問答がサイキックニューズ紙に掲載されるとすぐに反響があった。(交霊会はいつも週末に催され、その記事はすぐに翌週に掲載された───訳者)

 読者からの批判的な手紙が読み上げられるのを聞き終わったシルバーバーチはこう答えた。

 「困りました。そうした方たちは永いあいだ神とは善なるものにのみ存在すると教え込まれてきているからです。神とは一個の人間、誇張された立派な人間であるかに想像し、人間から見て良くないもの、親切とはいえないもの、賢明でないものは所有してほしくないというにすぎません。

しかし神は人間的存在ではありません。法則なのです。それが全生命を支配しているのです。法則なくしては生命は存在しません。法則がすなわち霊であり、霊がすなわち法則なのです。それは変えようにも変えられません。

そこのところが理解できない人にとってはいろいろと疑問が生じるでしょうけど、成長と共に理解力も芽生えてきます。神が善なるものを与え悪魔が邪なるものを与えるという論法ではラチがあきません。ではその悪魔は誰がこしらえたかという、古くからのジレンマにまたぞろ陥ってしまいます」

シルバーバーチ


Tuesday, October 3, 2023

シアトルの秋 私たちは人間一人ひとりは果たすべき責任を持って生まれていると説いております。

 "We preach that each human being is born with a responsibility to fulfill.

秋 動物 白樺のイラスト素材 [43126703] - PIXTA さん

 「私たちは人間一人ひとりは果たすべき責任を持って生まれていると説いております。

たとえ今は世界が混沌と心配と喧騒に満ち、敵意と反抗心と憎しみに満ちていても、そうした苦闘と悲劇を耐え忍ぶことの中から新しい世界の誕生が待ち受けております。

そのためにはその旗手となるべき人々がいなくてはなりません。

その人たちの先導によって真一文字に突き進まねばなりません。

霊は苦闘の中で、困難の中で、刻苦の中でみずからを磨かねばなりません。

平坦な道でなく、困難を克服しつつ前進し、そして勝利を手にしなくてはなりません。

恐怖心がいちばんの敵です。

無知という名の暗黒から生まれるものだからです」

シルバーバーチ

Monday, October 2, 2023

シアトルの秋 そして最後に〝死〟にまつわる陰湿な古い観念の打破を説いて、こう述べた。

Finally, he talked about breaking down the insidious old ideas surrounding ``death'' and said:

清水晶一・秋の白樺林 油絵 絵画 裏書有 インテリア 置物 オブジェ 掛軸 | kingsvillelawyer.com さん

「その身体があなたではありません。あなたは本来、永遠の霊的存在なのです。私たちはこうした形で週に一度お会いして僅かな時を過ごすだけですが、そのことがお互いの絆を強化し接触を深めていく上で役に立っております。毎週毎週あなた方の霊そのものが霊的影響力を受けて、それが表面へ出ております。

その霊妙な関係は物的身体では意識されませんが、より大きな自我は実感しております。また、こうしたサークル活動はあなた方が霊的存在であって物的存在でないことを忘れさせないようにする上でも役立っております。人間にはこうしたものが是非とも必要です。

なぜなら人間は毎日毎日、毎時間毎時間、毎分毎分、物的生活に必要なものを追い求めてあくせくしているうちに、つい、その物的なものが殻に過ぎないことを忘れてしまいがちだからです。それは実在ではないのです。

 鏡に映るあなたは本当のあなたではありません。真のあなたの外形を見ているに過ぎません。身体が人間がまとう衣服であり、物質の世界で自分を表現するための道具に過ぎません。

その身体はあなたではありません。あなたは永遠の霊的存在であり、全宇宙を支えている生命力、全天体を創造し、潮の干満を支配し、四季の永遠のめぐりを規制し、全生命の生長と進化を統制し、太陽を輝かせ星をきらめかせている大霊の一部なのです。

その大霊と同じ神性をあなたも宿しているという意味において、あなたも神なのです。本質において同じなのです。

程度において異なるのみで、基本的には同じなのです。それはあらゆる物的概念を超越した存在です。すべての物的限界を超えております。あなた方の想像されるいかなるものよりも偉大なる存在です。

あなたはまさに一個の巨大な原子───無限の可能性を秘めながらも今は限りある形態で自我を表現している原子のような存在です。

身体の内部に、いつの日かすべての束縛を押し破り、真実のあなたにより相応しい身体を通して表現せずにはいられない力を宿しておられるのです。そうなることをあなた方は死と呼び、そうなった人のことを悼み悲しんで涙を流されます。

それは相も変わらず肉体がその人であるという考えが存在し、死が愛する人を奪い去ったと思い込んでいる証拠です。

 しかし死は生命に対して何の力も及ぼしえません。死は生命に対して何の手出しもできません。死は生命を滅ぼすことはできません。物的なものは所詮、霊的なものには敵わないのです。

もしあなたが霊眼をもって眺めることができたら、もし霊耳をもって聞くことができたら、もしも肉体の奥にある魂が霊界の霊妙なバイブレーションを感じ取ることができたら、肉体という牢獄からの解放をよろこんでいる、自由で意気揚々として、うれしさいっぱいの蘇った霊をご覧になることができるでしょう。

 その自由を満喫している霊のことを悲しんではいけません。毛虫が美しい蝶になったことを嘆いてはいけません。カゴの鳥が空へ放たれたことに涙を流してはいけません。

よろこんであげるべきです。そしてその魂が真の自由を見出したこと、いま地上にいるあなた方も神より授かった魂の潜在力を開発すれば同じ自由、同じよろこびを味わうことができることを知ってください。

死の意味がお分かりになるはずです。そして死とは飛び石の一つ、ないしは大きな自由を味わえる霊の世界への関門に過ぎないことを得心なさるはずです。

 他界してその自由を味わったのちに開発される霊力を今すぐあなた方に身を持って実感していただけないことは私は実に残念に思います。しかしあなた方には知識があります。それをご一緒に広めているところです。それによってきっと地上に光をもたらし、暗闇を無くすることができます。

人類はもう、何世紀も迷わされ続けてきた古い教義は信じません。教会の権威は失墜の一途を辿っております。霊的真理の受け入れを拒んできた報いとして、霊力を失いつつあるのです」

 

シルバーバーチ