Saturday, April 4, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

Silver Birch Speaks
Edited by Sylvia Barbanell




七章 霊媒が入神している時

 入神中の霊媒をコントロールしているとき支配霊はどんな苦労をしているのだろうか。これから紹介するのは時おり催される〝質疑応答だけの交霊会〟の席でシルバーバーチが語ったことである。

 最初の質問は、出席者からの質問を聞いてそれに答えるときは霊媒の耳と口を使用しているのかということだった。


 「そうです。この霊媒に憑っているときは全ての点でこの霊媒自身になり切っております。潜在意識を活用して必要な部分を全部コントロールしております」


 「ということは、この霊媒に憑っている間は霊界との連絡は絶たれているということでしょうか」

 「そうではありません。うまくコントロールするコツ───やはりコツがあるのです───は霊媒を操りながら同時に霊界との連絡をいかにして維持するかという点にあります。一方で通信網を保ちながら、他方で情報の供給源との接触を維持しなければなりません。

 戦時中はその通信線が一、二本に制限されてしまったという話をしたことがあります。その意味は、この霊媒のコントロールに関する限り状態が非常に良くなかったので、通信網を一本また一本と断念しなければならなかったのです」

 「時おり〝また一本切れました〟とおっしゃってましたね」 

 「そうなのです。コントロールしている最中に邪魔が入ったのです。故意にやられる場合もあれば意図的でない場合もありますが、とにかく私は生命線の一本を失ったようなもので、修理班を派遣しておいてコントロールだけは維持しなければなりませんでした。

実に入り組んだ原理で行われており、電話で話をするのとは比べものにならないほど複雑です。電話の場合は少なくとも対話する人は同じ次元におります。私たちはまったく異なる次元で通信しなければならないのです。

 そういうわけで霊格の高い支配霊はある程度その本来の個性を犠牲にすることになります。と言いますのは、その本来の質の高い個性のままでは鈍重な地上界とは感応しませんので、調整のために波長を下げなければならないのです」


 次の質問は「入神中の霊媒は何か特殊な感じを覚えているのでしょうか」ということだった。
 「入神中は何の感覚もありません。入神の前と後にはありますが、入神中はありません。そのわけは、そもそも入神するということは周囲の出来ごとに無感覚になることを意味するからです。もちろん入神にも浅いもの、意識がぼんやりとする程度のものから完全に無意識になってしまうものまであります。

その完全な状態まで入神したら、まったく感覚が無くなります。そこまで至る初期の段階では住々にして何らかの感覚を覚えます。それは霊媒の意識が身体と連動して機能していないことによります。

 その時の感覚もさまざまです。外界の明るさを感じる人がいます。遠くまで行く、というよりは、行ったような気がする人もいます。自分の口で語られていることを遠くで聞いているような感じがする人もいます。実にいろいろです」


 別の交霊会ではこうも語っている。

 「私たちの仕事には二つの段階があります。第一は、これは非常に難しいことですが、私たちの仕事を地上に根づかせることです。これがいかに難しいか、皆さんにはお判りいただけないと思います。

物質の世界との直接の接触なしに影響力を行使する───純粋に精神のみの働きかけ、意念の集中、思念の投射を地上の一人の人間に向けて行います。本人はそれを無意識で受け、自分の考えのつもりで交霊会の行われている場所へ足を運びます。

 これは実に難しく、何年も何年も要します。私の場合はこの霊媒が生まれる前から準備を開始したほどです。その段階が終わると、第二の段階はさほど困難は伴いません。

すでに道具、霊媒、チャンネルが出来ているのですから、あとはそれを通じて言いたいことを述べるだけです。伝わり具合の問題がありますが、少なくとも磁気的なつながりができたわけで、それは容易に切れるものではありません。

 それをきっかけに霊的影響力をいくらでも増すことができます。言わば霊力の通風孔をどんどん大きくしていくことが出来るわけですが、唯一の限界は霊媒の受容力にあります。それが私たちの協力関係における制約となっております。とかく問題が生じても、全てその要因は私たちの方にあるのでなく、私たちが使用する道具にあります。

なぜ霊はこうしてくれないのか、ああしてくれないのか、とよく言われますが、それに対する答えは、霊媒という道具がそれを可能にしたり不可能にしたりしているということです。

 それはともかくとして、磁気的なつながりが出来あがってしまってからは、事がずっと簡単になります。私たちの世界を通して高い界からの霊力が地上へ届くようになるからです。人間の方から進んで内的自我を開発する意識に目覚めてくれれば、死の関門を通過するまで待たなくても、今すぐからその真の自我を発揮することになります。

 そうなると、時の経過とともに霊的な交わりがいっそう緊密に、豊かに、そして効果的になってまいります。そうなってからは、前もって計画されているさまざまな人たちを一堂に呼び集めることは、さほど難しくはありません。

こう申し上げるのは、今日ここにお集まりの方々が、一人の例外もなく、霊力を受けやすいこの場に導かれて来ていることを知っていただきたいからです。それを受けられたあなた方は、自分がそうしてもらったように他の人々へそれを伝達する手段となることができます。

 こうして、結局は最初に申し上げた話に戻ってきました───私に礼を述べないで下さいということです。皆さんが明日を思い煩うことなく人生を歩めるのは、皆さん自身がみずからの自由意志で、霊力の働きの範囲内に連れて来られる段階を踏んできたからこそなのです。

 皆さんの生活の中に霊的知識がもたらされたことを常によろこばなくてはいけません。それがさらに、地上世界の恩恵だけでなく、その背後にある、より大きな恩恵まで思いのままに受けさせてくれる霊的知覚の存在を認識させてくれます。

 あなた方は地上だけでなく私たちの世界からも愛を受けていること、血縁とは別の縁で結ばれている霊がいて、血縁同様にあなた方を愛し、能力の限り指導に当たってくれていることを喜ばなくてはいけません」

 そう述べてもなお古くからのメンバーが繰り返し感謝の言葉をシルバーバーチに向けると───

 「いえ、私への礼は無用です。このことは極力みなさまに判っていただきたいと願っていることです。私がそう申し上げるとき、決して口先だけの挨拶として言っているのではありません。皆さんは私を実際に見たことがありません。

この霊媒の身体を通して語る声としてしかご存知ないわけです。ですが私も実在の人間です。感じる能力、知る能力、愛する能力をもった実在の人間です。

 この仕事に携わる者の特権として私には幾つもの段階をへて送られてくる莫大な霊力を使用する手段が授けられております。必要とする人々へ分け与えるために使用することが私に許されているのです。私たちの世界こそ実在であり、あなた方の世界は実在ではありません。そのことは地上という惑星を離れるまでは理解できないことでしょう。

 あなた方は幻影の中で生きておられます。全て〝影〟なのです。光源はこちらの世界にあります。実質の世界です。こちらへ来て始めて生命とは何かということがお分かりになります。その真実味があまりに強烈であるために、かえってお伝えすることができないのです。

どうか、私のことをあなた方の兄貴だと思ってください。あなたを愛し、いつも側にいて、精一杯あなたを守り導きたいという願望をもって腐心している兄貴と思ってください。

 私はあなた方が気づいておられる以上にしばしばそれぞれのお家を訪れております。私に敬愛を覚えてくださっている家庭を私の地上での家庭であると思っているのです。状態がどうも良くないとき───地上での仕事にはよくそういう時があるのです───そんな時に敬愛に満ちたあなた方の光輝で温めてもらいに来ることができるということは大いなる慰安の源泉です。

 私たちは、やっていただいたことに対しては必ずそれなりの支払いを致します。いつもこう申し上げているのです───施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており、差引勘定をすればいつも戴いたものの方が多くなっていると。施す者が施しを受けるというのが摂理なのです。

なぜなら、施しをしようとすることは魂の窓を開き、精神を広げ、心を大きくすることであり、その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです。ですから、私に礼をおっしゃることはないのです。私がしていることは実に些細なことに過ぎないのですから」


 ここでメンバーの一人が第二次世界大戦中にシルバーバーチへの信頼心が大きな支えになったことを告げると、シルバーバーチは、

 「私のことを私の背後に控える大きな存在の表象、代弁者、代理人と思って下さい。その大きな力があなた方を包み、支え、その力があなた方を導いているのです。どこにいてもその知識を携え霊の世界との協力関係を確立した人は、イザという時にその豊かな力を呼び寄せることができます。

 皆さんのような方が怖れたり、取越苦労をしたり心配したり狼狽したりする必要はまったくありません。完璧な信仰は完璧な愛と同じく全ての恐怖心を追い払うものだからです。人間が恐れを抱くとまわりの大気を乱す波長を出し、それが援助しようとする霊を近づき難くします。

霊的な力が地上において本来の働きをするためには、静かで穏やかな確信───全ての恐怖心が消え、より大きな生命力と調和した光輝が漂い、何が起きようと必ず切り抜けられることを信じ切った、そういう確信が無ければなりません」

 「ですから、これまで成就出来たことは全てあなたのお蔭だと申し上げているのです」とメンバーの一人が言うと、心霊治療で救われた別の一人が、

 「ほんとに大きなお蔭をいただいたと感謝しております」と述べた。するとシルバーバーチが述べた。

 「確かにあなたの場合は格別に霊力の見事さを見せつけられた生き証人ということが出来るでしょう。といって私たちは盲目的な信仰、理性が同意できない信仰、不可能なことを要求し奇跡を期待するような信仰をお持ちなさいと言うつもりはありません。

現段階での人類は全ての知識を手に入れることは期待できません。一人一人の受容力と、能力と、霊的発達程度に応じただけの知識が授けられております。

 さて、その知識を人生哲学の基礎とすれば、これまでに受けた恩恵の大きさに艦みて、これからも背後に控える力があなた方を見離すはずはないとの〝信仰〟をもつことができます。

 ある程度は〝信じる〟ということがどうしても必要です。なぜなら全てを物的な言葉や尺度で表現することは出来ないからです。霊の世界の真相の全てを次元の異なる物質界に還元することは出来ないのです。

しかし、ある程度は出来ます。それを表現する能力を具えた道具(霊媒・霊覚者)が揃った分だけは出来ます。それを基礎として、他の部分は自分で合理的と判断したものを受け入れて行けばよいわけです。

 いつも申し上げているように、もしも私の言っていることが変だと思われたら、もしもそれがあなたの常識に反発を覚えさせたり、あなたの知性を侮辱するものであれば、どうか信じないでいただきたい。私がいかなる存在であるかについては、これまでにも必要なときに、そしてそれを可能にする条件が許す範囲で、明らかにしてきたつもりです。

それ以上のことは、あなたの得心がいくかぎりにおいて、あなたの私への信任にお任せします。ですが、これだけはぜひ申し上げておかなければなりません。

これまでを振り返ってご覧になれば、あなた方の生活の中に単なる偶然では説明のつかないものが数々あること、私ども霊団とのつながりができてからというものは、援助の確証が次々と得られていることを示す具体的例証を発見されるはずだということです。

 私は本日ここに集まっておられる方々の背後で活躍しているスピリットのあなた方への心遣いについて、いちいち申し上げようとは思いません。とても短い時間ではお話しできないでしょう。ですから、せめて次のことを素直に受け入れていただきたい。

すなわち背後霊はみなこうした機会を通じて皆さん方が愛の不滅性───こうして志を同じくする者が集まった時に心に湧き出る大いなる愛の情感は、墓場を最後に消えてしまうものではないということを改めて認識してほしいということです」

 そして最後に出席者全員にこう挨拶を述べた───「本日こうして皆さんとの交わりを通じて、私がいつも皆さんの身近にいることを改めて認識していただくことができたことを深く感謝いたします」

 すると一番古くからのメンバーが「私たち一同、とても大きな慰めをいただきました」と言うと、すかさずシルバーバーチは次のように述べて会を閉じた。

 「あなた方こそ私たち霊団にとって大いなる慰めです。どうかこれまでと変わらぬ堅固な意志をもって歩んでください。皆さんはすでに数々の困難を切り抜けて来られました。試練の炎が猛り狂ったこともありました。しかし一つの傷を負うこともなく、その中をくぐり抜けて来られました。

恐怖心を抱いてはいけません。これは私が繰り返し繰り返し述べているメッセージです。あなた方を支援する力はこれから先も決して見棄てることはありません。

無限の力が何時もご自分の身のまわりにあり、愛によって導かれ、必要な時はいつでも無限の叡知に与(あずか)ることができるとの認識をもって、恐れることなく、不安に思うことなく、まっすぐに突き進んでください。

皆さんも私たちも、世界を愛と美と寛容心と同情心と正義と慈悲の心で満たしたいとの願いの元に手をつなぎ合っている神の僕です。その神の御力を少しでも遠く広く及ぼすことができるよう、心を大きく開こうではありませんか。その御力の感動、その確証、その温かさを自覚できる人は大勢いるのです。

 こうして神の使者として、みずからの生きざまを通して、私たちこそ神の御心に適った存在であり、その御心が私たちの行為の全てに反映していることを示す機会を与えていただいたことを素直によろこぼうではありませんか」

シルバーバーチの霊訓(二)

 Silver Birch Speaks

Edited by Sylvia Barbanell


六章 霊媒現象の原理

 ある日シルバーバーチのファンから寄せられた手紙に幾つかの質問が列記してあった。その質問とシルバーバーチの回答を紹介する。


質問 ㈠ ──霊媒というのは心霊能力のバッテリーを所有している人で、それが現象を起こさせるのでしょうか。

 「バッテリーと呼ぶのはどうかと思います。霊媒とは霊の世界を感識する能力を具えた人で、地上にあって霊的身体の能力を使用し、その結果として霊界のバイブレーションに合わせることが出来る人です。

 文字からも分かるように霊媒は一つの媒体であり道具であり中継者です。その機能が果たせるのは心霊的能力が発達しているからです。すぐ表面近くに存在するために作用するのが容易なのです。

 そこで当然、では心霊能力とは何か、霊の力とは何かという問題が出てきます。しかしこれはとても説明が困難です。霊的実在を表現する用語を見つけるのが容易でないからです。

 大ざっぱに言えば霊力とは生命力であると言えます。本質的にはありとあらゆる意識的活動を生み出すところのものと同じです。宇宙を支えている創造的エネルギーと同じものです。程度こそ違え、質においては同類に属します」


質問㈡ ──心霊能力はどうすれば身につけることができるのでしょうか。

 「心霊能力は何か持ち物を手に入れるような具合に自分の所有物とするのではありません。心霊能力が働くその通路となるということです。心霊能力は例外なく(潜在的に)全ての人間に宿されております。それは肉体を去ったのちの生活で自我を表現するための手段です。それを未発達の状態で所有しているのです。ふだん一般の人は使用していませんが、霊媒が使用して見せているわけです。

 と言っても、各自の能力がみな一様に同じ発達段階にあるわけではありません。潜在意識の表面まで来ている人は霊媒になろうと思えばなれます。霊視能力というのは霊体の目で見ることであり、霊聴能力というのは霊体の耳で聞くことです」


質問㈢ ──治病能力は心霊的エネルギーとは別のものでしょうか。

 「使用されるものは全て心霊的エネルギーですから、治病能力だけ別のものということはありませんが、数ある特質の一つであることは確かです。生命の根源はいかなる物的探求によっても捉えることは出来ません。地上の科学者の誰一人として、その根源、意識の起源を突き止めた人はいません。最高の頭脳をもってしても尚突き止められない神秘なのです。

 実を言えば霊こそ生命であり、又生命こそ霊なのです。地上界、霊界、宇宙のあらゆる世界におけるエネルギー、原動力、駆動力はその〝霊〟なのです。生命のあるところには必ず霊があり、霊のあるところには必ず生命があります。

 皆さんが地上生活を営めるのは霊的存在だからです。もし肉体から霊的本質が撤退してしまったら、物質界はまったく感識できなくなります。人間は毎晩死んでいるようなものだと言われますが、再びその身体に戻って来れるのは〝生命の糸〟(※)によって繋がっているからです。

睡眠中に万一切れるようなことがあったら、生命力は二度とその身体に活力を与えることができなくなります。(※日本では古くから〝霊の緒(たまのお)〟〝魂の緒〟〝玉の緒〟という字を当てて生命そのものの代名詞としても用いている。霊視すると銀色に輝いてみえるところから西洋では〝銀色の紐〟(シルバーコード)と呼ぶこともあるー訳者)

 肉体は霊の力によって動かされている機械です。あなたは肉体ではありません。地上にいる間だけその肉体に宿って自我を表現している〝霊〟なのです。肉体の用事が終われば霊は去っていきます。

 霊は無限の可能性を秘めていますから、その表現形態もまた無限です。これでおしまいという限界が無いのです。霊そのものに限界が無いからです。肉体器官を通して表現しているものの中で人間が馴染んでいるものとしては、考える、推理する、判断する、決断する、反省する、考察する、調査する、熟考するといった知的能力と、見たり聞いたり感じたり動いたり触れたりする感覚的能力があげられます。これらは肉体を通して自我を表現している霊の属性の一部です。

 肉体という制約から解き放たれると、霊はさらに広範囲の表現形態を通じて自我を表現することが可能になります。霊媒、すなわち霊界からの影響力を感識してそれを地上で再現することの出来る人をみれば、それがどの程度のものであるかが、ある程度まで判るでしょう。 

 どれほど多くのものを再現できるか、その質、その高さがどの程度のものになるかは、その霊媒の感受性一つに掛かっており、その感受性は他の要素すなわち心霊能力のその時の状態、霊的進化の程度、健康状態、天候、それに列席者の協力いかんに掛かっています。

 霊媒を通して霊的威力をさまざまな形で地上にもたらすことが出来ます。その時、物理法則とは別個の法則に従います。一見すると物理法則と矛盾しているかに思えますが、本質的には矛盾していません。

 治病能力というのはその霊的エネルギーの一つなのです。生命力の一部であるそのエネルギーを地上に作用させるのです。これにもいくつかの種類があります。そういうわけで、ご質問に対する答えは、簡単に言えば、治病力も霊の一部、一つの側面ということになります」

質問㈣ ──心霊能力は進化のある一定の段階まで到達すると自然に発揮されるのでしょうか。言いかえれば、人間はみな進化のある段階まで来ると超能力者になっていくのでしょうか。

 「答は〝イエス〟です。なぜならば人類の進化は潜在している資質を高めることに他ならないからです。ヒトは身体的進化はすでに頂点にまで達しております。次は精神的進化と霊的進化です。長い年月をかけて徐々に全人類が自己の心霊能力にますます目覚めていくことでしょう。

 しかし、ここで〝ただし書き〟が必要です。心霊能力を発揮するようになることが必ずしも霊的進化の程度の指標とはならないということです。霊的身体の持つ能力を全部発揮しても、魂そのものは少しも進化していないということも有り得ます。

本当の意味で霊的に進化し始めるのは、人のために役立つ仕事を目的として、霊界のスピリットの協力を得ながら心霊能力を開発した時です」

    ※         ※         ※

 別の日の交霊会にある有能な女性霊媒がご主人とともに出席した。この人は病気のために霊媒としての仕事をしばらく休んでおり、一日も早く再開したいと望んでいる。この方へのシルバーバーチのアドバイスには霊能者はもとより、これから霊能を開発したいと望んでいる人にとっても為になることが多いので紹介しておこう。まずシルバーバーチがこう挨拶した。

 「何年たっても霊的真理への忠誠心が少しも曇ることのない古い同志をお迎えすることは嬉しい限りです」

 「病気をしてからというもの、私は何だか背後霊との連絡が〝遮断〟されたみたいなのです。私の唯一の望みは人のお役に立つことなのですが・・・」

 「そのうち道が開けます。あなたにとって霊界の存在は他の多くの人々よりはるかに実感があります。霊界の驚異、よろこび、美しさ、光輝を数多く見てこられているので、もはやその実在は人には説明できないほどのものとなっております」


 「確かに実感をもって認識しているのですが、何かひとこと、背後霊からの導きの言葉が欲しくて仕方がないのです」

 「どの霊媒の場合も同じですが、霊能の行使が身体に害を及ぼすとみた場合は遮断せざるを得ないのです。それはあなたも理解出来るでしょう。本来の健康状態でない時は霊力が一時的に引っ込められることがあることを予期しなければなりません。でも、あなたはすでに苦難の時期を脱しておられます。

 これまで永い間あなたは霊界と交わって来られましたが、その間一度たりとも霊の影響範囲から迷い出られたことはありません。実はこれには非常に難しい問題が含まれております──例の自由意志の問題です。霊によるインスピレーションと指導とが、常にあなたの自由を犯しているのです。と言っても、すべては相対的な問題にすぎませんが・・・・・・

 あなたが今日あるのはその霊界との交わりの結果です。あなたはまさに協調の人生を送っておられます。あなたには自分一人の生活というものが無い。それは霊の方も同じです。その協調の仕事が始まった時から、厳密な意味での自由意志というものは存在していません。

なぜならば二つの世界の影響力が混じり合い、融合し、協調し合って、言わば互いに侵し合っているのです。そういう次第ですから、あなた一人が心配なさることはないのです。たとえ直接のメッセージは届かなくても、これまでに身につけられた知識を逸脱するようなことは決して生じないとの信念で、着実に歩まれることです」

 「よく判ります。冷静さを保ち、メッセージがないことを気にせず、ひたすら前向きに進めとおっしゃるのでしょうけど、私はいつも何か確証を求めるのです。いけないことかも知れませんが、用心の上にも用心をするに越したことはないと思うのです」

 「でも、今のあなたには心配なさることは何一つありませんよ。結婚なさってからというもの、お二人はずっと霊の世界から導かれています。これまでたどってきた道を振り返ってご覧になれば、常に導きを受けておられることがお判りになるでしょう。

 霊界からの導きによって全ての悩みが消えてしまうとか、足元の石ころがぜんぶ取り除かれると言っているのではありません。霊界の援助を得て事にのぞめば、あなた方お二人にとって大きすぎて解決できないような問題は決して生じないと言っているのです。

 振り返ってごらんになれば、霊の指先が道を指示してくれていることがお判りになるはずです。それが歴然としているものもあれば、あまりはっきりと認識できないものもありますが、常に進むべき道を指し示しております。難問で四方を取り囲まれていた時でも、結局は無キズのまま平然と切り抜けて来られ、一度も挫折したことはありません。

 これまでの長い年月を霊界で過ごして来た私は、地上の同胞を導く仕事に携わるスピリットが採用するさまざまな手段を知るところとなりました。それで判ったことは、それには一つの型(パターン)があり、私どもに協力してくださるスピリットの全てがそれに当てはめられているということです。そのパターンは仕事を開始するに先立って、きちんと取り決められます。

 手を差しのべてよい範囲があり、出しゃばってはならない限界があり、しゃべってはならない時があり、今こそしゃべる時があり、それに加えて必ず、その時どきの環境条件による制約があります。しかしそのパターンは厳然としており、指導に当たるスピリットはすべからくそのパターンに従わなくてはなりません。

前もってそういう取り決めがしてあるからです。私も、私よりはるかに霊格の高い霊団によって計画されたワクの外に出ることは許されません。そもそも地上で成就すべきものと判断を下した、もしくは計画したのは、その高級霊団だからです」

 「それはどういう霊ですか」とご主人が尋ねた。

 「光り輝く存在、高等審議会、神庁、天使団───どう呼ばれても結構です。要するに私どものする全仕事に対して責任をもつ、進化せる高級霊の集団です。私にはもうすぐその方たちとお会いする喜びが待ちうけております。

その時まず私の方からそれまでの成果をご報告申し上げ、同時に、私がどの程度まで成功しどの点において失敗しているかについて言い渡され、それによってこれから先の私の為すべきことを判断することになるのです。

 その霊団の上にはさらに高級な霊団が控え、その上にも又さらに高級な霊団が控えており、連綿として事実上無限に繋がっているのです。

 さて、(先ほどの説明に戻って)こうした指導体制は私たちに協力して下さる人々すべてに当てはまります。断言しますが、この仕事に携わるに至るまでの厳しい試練を潜り抜けた人が生活に困ったり、見捨てられたり裏切られたり、スピリットに対して抱いていた信頼心が挫けたり確信を失ったりすることは決してありません。

 それは絶対に有り得ないことです。そうした地上の協力者を通じて働いているスピリットを背後から指揮している力は、人間を悩ませる程度の試練や困難を乗り越えさせるくらいのことは何でもないことだからです。

ただし、そうした際に最も大切なのは〝確信〟です。背後の力に対する不動の確信───日常生活にとって必要なものは必ず授けてくださるという静かな確信です」

 ここでその女性霊媒から出た最初の質問に戻ってシルバーバーチが「あなたは、霊界からのインスピレーションではなくて自分の考えを述べているに過ぎないかも知れないと心配なさっておられるわけですか」と聞くと

 「それに、もっとお役に立てないものかと思って・・・」

 「あなたの使命はまだまだ終わってませんよ。授かっている能力がこれからも人のために、援助と指導と勇気を与えるために使用され続けることでしょう。まだまだお仕事は残っております。終わってはいません。

 許されるものなら、あなたの支配霊について、その方が霊界でいかに大きな存在であるか、これまでの体験でいかに崇高な資質を身につけておられるかをお伝えしたいと思うのですが、残念ながら許されておりません。

ただし、これだけは言えます。地上へ戻ってくる霊の中であなたの支配霊ほどの高級な霊はそう多くはいないということです。その霊格、その功績に対して私たちは崇高の念を禁じ得ません。

 実に偉大なる霊です。それほどの霊の愛と信頼を得たことをあなたは誇りに思わなくてはいけません。もうしばらく待たれれば再び霊媒能力を使用することができるでしょう。その時、前よりも一段と強力なものとなっていることを知られるはずです」

 この日の交霊界はクリスマスシーズンに入る直前のもので、毎年このあとしばらく交霊会は休会となる。シルバーバーチは最後にメンバー全員にこう挨拶した。


 「大きな困難の時に当たって私に示された敬愛の念に対して深く感謝いたします。あなた方の不断の忠誠心が常に私に誇りを持たせ、それに応えるべく私に為し得るかぎりのことをさせていただいたつもりです。

 これまでの協調の仕事ぶりは実に見事でありました。お互いがお互いに対して抱いている信頼感を損なうようなことは誰一人として行わなかったことが、その何よりの証です。

私は、私に向けて下さる敬愛の念をいつも嬉しく思っております。それが仕事をやり易くしてくれました。自分の携わっている仕事によって心の支えを得られた人たちが情愛を向けてくださっているのだと思えば自然とそうなるのです

 どうか私たちが誇りに思っている霊的知識は、それを知らずにいる人々にも分け与えてあげなければならないものであることを忘れないように致しましょう。私たちが手を伸ばすべき分野がまだまだあること、人生に疲れ果て、生きる希望も頼りとすべきものもなく、慰めと光を求めている人が無数にいることを忘れないように致しましょう。

 そういう人々のうちの幾人かは私たちが心の支えとなってあげ、日々の生活の中に確信を───人生を生き甲斐あるものにする確信をもたらしてあげることができます。

 人生を嘆き、慰めとなるものを未だに見出し得ず、心は悲しみに溢れ、目に涙を溜めている無数の人々のことを忘れないように致しましょう。

 病を得ている人がいること、その多くは霊の力によって治してあげることができることを忘れず、神の子が一人でも多く父なる神の愛と叡知に目覚めるように、こうした霊的知識の普及に努力いたしましょう。

 では、またお会いする日まで。私はいつも愛の心を携えて訪れ、愛の心を携えて帰ってまいります」
                    
 
        
   七章 霊媒が入神している時

 入神中の霊媒をコントロールしているとき支配霊はどんな苦労をしているのだろうか。これから紹介するのは時おり催される〝質疑応答だけの交霊会〟の席でシルバーバーチが語ったことである。

 最初の質問は、出席者からの質問を聞いてそれに答えるときは霊媒の耳と口を使用しているのかということだった。


 「そうです。この霊媒に憑っているときは全ての点でこの霊媒自身になり切っております。潜在意識を活用して必要な部分を全部コントロールしております」


 「ということは、この霊媒に憑っている間は霊界との連絡は絶たれているということでしょうか」

 「そうではありません。うまくコントロールするコツ───やはりコツがあるのです───は霊媒を操りながら同時に霊界との連絡をいかにして維持するかという点にあります。一方で通信網を保ちながら、他方で情報の供給源との接触を維持しなければなりません。

 戦時中はその通信線が一、二本に制限されてしまったという話をしたことがあります。その意味は、この霊媒のコントロールに関する限り状態が非常に良くなかったので、通信網を一本また一本と断念しなければならなかったのです」

 「時おり〝また一本切れました〟とおっしゃってましたね」 

 「そうなのです。コントロールしている最中に邪魔が入ったのです。故意にやられる場合もあれば意図的でない場合もありますが、とにかく私は生命線の一本を失ったようなもので、修理班を派遣しておいてコントロールだけは維持しなければなりませんでした。

実に入り組んだ原理で行われており、電話で話をするのとは比べものにならないほど複雑です。電話の場合は少なくとも対話する人は同じ次元におります。私たちはまったく異なる次元で通信しなければならないのです。

 そういうわけで霊格の高い支配霊はある程度その本来の個性を犠牲にすることになります。と言いますのは、その本来の質の高い個性のままでは鈍重な地上界とは感応しませんので、調整のために波長を下げなければならないのです」


 次の質問は「入神中の霊媒は何か特殊な感じを覚えているのでしょうか」ということだった。
 「入神中は何の感覚もありません。入神の前と後にはありますが、入神中はありません。そのわけは、そもそも入神するということは周囲の出来ごとに無感覚になることを意味するからです。もちろん入神にも浅いもの、意識がぼんやりとする程度のものから完全に無意識になってしまうものまであります。

その完全な状態まで入神したら、まったく感覚が無くなります。そこまで至る初期の段階では住々にして何らかの感覚を覚えます。それは霊媒の意識が身体と連動して機能していないことによります。

 その時の感覚もさまざまです。外界の明るさを感じる人がいます。遠くまで行く、というよりは、行ったような気がする人もいます。自分の口で語られていることを遠くで聞いているような感じがする人もいます。実にいろいろです」


 別の交霊会ではこうも語っている。

 「私たちの仕事には二つの段階があります。第一は、これは非常に難しいことですが、私たちの仕事を地上に根づかせることです。これがいかに難しいか、皆さんにはお判りいただけないと思います。

物質の世界との直接の接触なしに影響力を行使する───純粋に精神のみの働きかけ、意念の集中、思念の投射を地上の一人の人間に向けて行います。本人はそれを無意識で受け、自分の考えのつもりで交霊会の行われている場所へ足を運びます。

 これは実に難しく、何年も何年も要します。私の場合はこの霊媒が生まれる前から準備を開始したほどです。その段階が終わると、第二の段階はさほど困難は伴いません。

すでに道具、霊媒、チャンネルが出来ているのですから、あとはそれを通じて言いたいことを述べるだけです。伝わり具合の問題がありますが、少なくとも磁気的なつながりができたわけで、それは容易に切れるものではありません。

 それをきっかけに霊的影響力をいくらでも増すことができます。言わば霊力の通風孔をどんどん大きくしていくことが出来るわけですが、唯一の限界は霊媒の受容力にあります。それが私たちの協力関係における制約となっております。とかく問題が生じても、全てその要因は私たちの方にあるのでなく、私たちが使用する道具にあります。

なぜ霊はこうしてくれないのか、ああしてくれないのか、とよく言われますが、それに対する答えは、霊媒という道具がそれを可能にしたり不可能にしたりしているということです。

 それはともかくとして、磁気的なつながりが出来あがってしまってからは、事がずっと簡単になります。私たちの世界を通して高い界からの霊力が地上へ届くようになるからです。人間の方から進んで内的自我を開発する意識に目覚めてくれれば、死の関門を通過するまで待たなくても、今すぐからその真の自我を発揮することになります。

 そうなると、時の経過とともに霊的な交わりがいっそう緊密に、豊かに、そして効果的になってまいります。そうなってからは、前もって計画されているさまざまな人たちを一堂に呼び集めることは、さほど難しくはありません。

こう申し上げるのは、今日ここにお集まりの方々が、一人の例外もなく、霊力を受けやすいこの場に導かれて来ていることを知っていただきたいからです。それを受けられたあなた方は、自分がそうしてもらったように他の人々へそれを伝達する手段となることができます。

 こうして、結局は最初に申し上げた話に戻ってきました───私に礼を述べないで下さいということです。皆さんが明日を思い煩うことなく人生を歩めるのは、皆さん自身がみずからの自由意志で、霊力の働きの範囲内に連れて来られる段階を踏んできたからこそなのです。

 皆さんの生活の中に霊的知識がもたらされたことを常によろこばなくてはいけません。それがさらに、地上世界の恩恵だけでなく、その背後にある、より大きな恩恵まで思いのままに受けさせてくれる霊的知覚の存在を認識させてくれます。

 あなた方は地上だけでなく私たちの世界からも愛を受けていること、血縁とは別の縁で結ばれている霊がいて、血縁同様にあなた方を愛し、能力の限り指導に当たってくれていることを喜ばなくてはいけません」

 そう述べてもなお古くからのメンバーが繰り返し感謝の言葉をシルバーバーチに向けると───

 「いえ、私への礼は無用です。このことは極力みなさまに判っていただきたいと願っていることです。私がそう申し上げるとき、決して口先だけの挨拶として言っているのではありません。皆さんは私を実際に見たことがありません。

この霊媒の身体を通して語る声としてしかご存知ないわけです。ですが私も実在の人間です。感じる能力、知る能力、愛する能力をもった実在の人間です。

 この仕事に携わる者の特権として私には幾つもの段階をへて送られてくる莫大な霊力を使用する手段が授けられております。必要とする人々へ分け与えるために使用することが私に許されているのです。私たちの世界こそ実在であり、あなた方の世界は実在ではありません。そのことは地上という惑星を離れるまでは理解できないことでしょう。

 あなた方は幻影の中で生きておられます。全て〝影〟なのです。光源はこちらの世界にあります。実質の世界です。こちらへ来て始めて生命とは何かということがお分かりになります。その真実味があまりに強烈であるために、かえってお伝えすることができないのです。

どうか、私のことをあなた方の兄貴だと思ってください。あなたを愛し、いつも側にいて、精一杯あなたを守り導きたいという願望をもって腐心している兄貴と思ってください。

 私はあなた方が気づいておられる以上にしばしばそれぞれのお家を訪れております。私に敬愛を覚えてくださっている家庭を私の地上での家庭であると思っているのです。状態がどうも良くないとき───地上での仕事にはよくそういう時があるのです───そんな時に敬愛に満ちたあなた方の光輝で温めてもらいに来ることができるということは大いなる慰安の源泉です。

 私たちは、やっていただいたことに対しては必ずそれなりの支払いを致します。いつもこう申し上げているのです───施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており、差引勘定をすればいつも戴いたものの方が多くなっていると。施す者が施しを受けるというのが摂理なのです。

なぜなら、施しをしようとすることは魂の窓を開き、精神を広げ、心を大きくすることであり、その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです。ですから、私に礼をおっしゃることはないのです。私がしていることは実に些細なことに過ぎないのですから」


 ここでメンバーの一人が第二次世界大戦中にシルバーバーチへの信頼心が大きな支えになったことを告げると、シルバーバーチは、

 「私のことを私の背後に控える大きな存在の表象、代弁者、代理人と思って下さい。その大きな力があなた方を包み、支え、その力があなた方を導いているのです。どこにいてもその知識を携え霊の世界との協力関係を確立した人は、イザという時にその豊かな力を呼び寄せることができます。

 皆さんのような方が怖れたり、取越苦労をしたり心配したり狼狽したりする必要はまったくありません。完璧な信仰は完璧な愛と同じく全ての恐怖心を追い払うものだからです。人間が恐れを抱くとまわりの大気を乱す波長を出し、それが援助しようとする霊を近づき難くします。

霊的な力が地上において本来の働きをするためには、静かで穏やかな確信───全ての恐怖心が消え、より大きな生命力と調和した光輝が漂い、何が起きようと必ず切り抜けられることを信じ切った、そういう確信が無ければなりません」

 「ですから、これまで成就出来たことは全てあなたのお蔭だと申し上げているのです」とメンバーの一人が言うと、心霊治療で救われた別の一人が、

 「ほんとに大きなお蔭をいただいたと感謝しております」と述べた。するとシルバーバーチが述べた。

 「確かにあなたの場合は格別に霊力の見事さを見せつけられた生き証人ということが出来るでしょう。といって私たちは盲目的な信仰、理性が同意できない信仰、不可能なことを要求し奇跡を期待するような信仰をお持ちなさいと言うつもりはありません。

現段階での人類は全ての知識を手に入れることは期待できません。一人一人の受容力と、能力と、霊的発達程度に応じただけの知識が授けられております。

 さて、その知識を人生哲学の基礎とすれば、これまでに受けた恩恵の大きさに艦みて、これからも背後に控える力があなた方を見離すはずはないとの〝信仰〟をもつことができます。

 ある程度は〝信じる〟ということがどうしても必要です。なぜなら全てを物的な言葉や尺度で表現することは出来ないからです。霊の世界の真相の全てを次元の異なる物質界に還元することは出来ないのです。

しかし、ある程度は出来ます。それを表現する能力を具えた道具(霊媒・霊覚者)が揃った分だけは出来ます。それを基礎として、他の部分は自分で合理的と判断したものを受け入れて行けばよいわけです。

 いつも申し上げているように、もしも私の言っていることが変だと思われたら、もしもそれがあなたの常識に反発を覚えさせたり、あなたの知性を侮辱するものであれば、どうか信じないでいただきたい。私がいかなる存在であるかについては、これまでにも必要なときに、そしてそれを可能にする条件が許す範囲で、明らかにしてきたつもりです。

それ以上のことは、あなたの得心がいくかぎりにおいて、あなたの私への信任にお任せします。ですが、これだけはぜひ申し上げておかなければなりません。

これまでを振り返ってご覧になれば、あなた方の生活の中に単なる偶然では説明のつかないものが数々あること、私ども霊団とのつながりができてからというものは、援助の確証が次々と得られていることを示す具体的例証を発見されるはずだということです。

 私は本日ここに集まっておられる方々の背後で活躍しているスピリットのあなた方への心遣いについて、いちいち申し上げようとは思いません。とても短い時間ではお話しできないでしょう。ですから、せめて次のことを素直に受け入れていただきたい。

すなわち背後霊はみなこうした機会を通じて皆さん方が愛の不滅性───こうして志を同じくする者が集まった時に心に湧き出る大いなる愛の情感は、墓場を最後に消えてしまうものではないということを改めて認識してほしいということです」

 そして最後に出席者全員にこう挨拶を述べた───「本日こうして皆さんとの交わりを通じて、私がいつも皆さんの身近にいることを改めて認識していただくことができたことを深く感謝いたします」

 すると一番古くからのメンバーが「私たち一同、とても大きな慰めをいただきました」と言うと、すかさずシルバーバーチは次のように述べて会を閉じた。

 「あなた方こそ私たち霊団にとって大いなる慰めです。どうかこれまでと変わらぬ堅固な意志をもって歩んでください。皆さんはすでに数々の困難を切り抜けて来られました。試練の炎が猛り狂ったこともありました。しかし一つの傷を負うこともなく、その中をくぐり抜けて来られました。

恐怖心を抱いてはいけません。これは私が繰り返し繰り返し述べているメッセージです。あなた方を支援する力はこれから先も決して見棄てることはありません。

無限の力が何時もご自分の身のまわりにあり、愛によって導かれ、必要な時はいつでも無限の叡知に与(あずか)ることができるとの認識をもって、恐れることなく、不安に思うことなく、まっすぐに突き進んでください。

皆さんも私たちも、世界を愛と美と寛容心と同情心と正義と慈悲の心で満たしたいとの願いの元に手をつなぎ合っている神の僕です。その神の御力を少しでも遠く広く及ぼすことができるよう、心を大きく開こうではありませんか。その御力の感動、その確証、その温かさを自覚できる人は大勢いるのです。

 こうして神の使者として、みずからの生きざまを通して、私たちこそ神の御心に適った存在であり、その御心が私たちの行為の全てに反映していることを示す機会を与えていただいたことを素直によろこぼうではありませんか」

Friday, April 3, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

 Silver Birch Speaks

Edited by Sylvia Barbanell


五章 映画女優と語る

 シルバーバーチの交霊会を訪れる著名人の顔ぶれは実に多彩であるが、本章で紹介するのはその中でも特異な人物の部類に入るであろう。招待されたのは無声映画時代に〝世界の恋人〟と呼ばれて人気を博した米国の女優メアリ・ピックフォードで、司会のハンネン・スワッハー氏もそれを記事に書いて心霊紙に発表した。それをそのまま転載する。

 ※         ※        ※

 映画でも演劇でも芸術作品でも、それが真実を表現し、大勢の人々の心に触れるものをもっておれば、霊界からみれば実に大きな存在価値を持つものであることは、これまでシルバーバーチが各界で活躍している人々を招待した時にたびたび強調していることであるが、このたびも又、そのことを改めて確認することになった。
 以下は先日の交霊会の速記録からの興味深い箇所の抜粋である。


シルバーバーチ「さて、海を渡って(米国から)お出でくださったお客さんに申し上げましょう。今日ここに出席しておられる方々があなたの大ファンであること、またいわゆる死の彼方にいる人たちからも守られていることを、あなたはずっと感じとってこられたことはご存知と思いますが、いかがですか」

 ピッグフォード「よく存じております」

 シ「その愛、その導きがあなたの人生において厳然たる事実であったことを、あなたは何度も何度も体験しておられます。窮地におちいり、どちらへ向かうべきかが判らずに迷っていた時、はっきりとした形で霊の導きがあり、あなたは迷うことなくそれに従われました。お判りでしょうか」

 ピ「おっしゃる通りです」

 シ「ですが、実際には情愛によって結ばれた大勢の人々の愛を、これまで意識された以上に、もっともっと受けておられるのです。もしその全てが認識が出来たら、あなたのこれまでの生涯が勿体ないほどの導きを受けていることが判るでしょう。

もしもこの地上生活であなたに託された使命の全てを一度に見せられていたら、とても成就出来ないと思われたことでしょう。それほどのものが、右足を一歩、左足を一歩と、着実に歩んで来られたからこそ今日まで維持できたのです。

 ある程度はご存知でもまだ全てはご存知ないと思いますが、私たちの世界───あなた方の世界から移住してくる霊の住む世界から見ると、真実の宗教は人のために役立つこと、これしかないことが判ります。無私の善行は霊の通貨なのです。

 すなわち人のために精一杯の努力をする人は、その誠意によって引きつけられる別の人によってそのお返しを受けるのです。これまでの人生であなたは大勢の人々の生活に幸せと理解力と知識とをもたらしましたが、その分だけあなたは地上の人だけでなく、はるか昔に地上を去り、その後の生活で身につけた叡智をあなたを通じて地上にもたらさんと願う光り輝く霊も引き寄せております。私の言っていることがお判りでしょうか」

 ピ「はい、よく判ります」

 シ「こちらの世界ではあなたの存在を大使(アンバサダー)の一人と考えております。つまり一個の仲介者、大勢の人間との間を取り持つ手段というわけです。目に見えない世界の実在という素朴な福音をあなたは熱心に説いてこられました。これまで物的障害が再三にわたって取り除かれ首尾よく前進できたのも、あなたのそうした心掛けがあったからです。

 そこで、私から良いことをお教えしましょう。あなたは遠からず、これまでのそうしたご苦労に有終の美を飾られる───栄誉を給わり、人生の絶頂期を迎えられるということです。あなたの望まれたことが、これからいよいよその結実をみることになります」

ここで、私(スワッハー)が出席する会には必ず出現するノースクリッフ卿(※)がシルバーバーチと入れ替わってピックフォードに挨拶を述べた。

私は直接は知らないが、ピックフォードが夫君のフェアバンクスと連れだって初めてロンドンを訪れた時、フアンの群れでどこへ行ってももみくちゃにされるので、ノースクリッフがひそかに二人を私邸に泊めたという経緯があるのである。

(※英国の有名な新聞経営者で、デイリーメール紙の創刊者、死後スワッハーがよく出席したデニス・ブラッドレーの交霊会に出現し、スワッハーがその記録を『ノースクリッフの帰還』と題して出版、大反響を呼んだ──訳者)

 そのあと、かつての夫君フェアバンクスが出現して二人の結婚生活の不幸な結末を残念に思っていることを述べた。が、その件についてはそれ以上深入りしないでおこう。とにかくそれを聞いてピックフオードがシルバーバーチにこう述べた。

 ピ「私はかつて地上の人間にも他界した方にも恨みを抱いたことは一度もありません。恨みに思ったのは過ちを犯した時の自分に対してだけです」
 シ「ご自分のことをそうダメな人間のようにお考えになってはいけません。今もしあなたの人生の〝元帳〟を整理することが出来たら、いわゆる〝過ち〟といえるほどのものは、無私の行いや善行に比べて至って少ないことがお分かりになるはずです。多くの人々のどれほど良いことをしてこられたかは、こちらへお出になるまではお判りにならないでしょう。

 あなたは数え切れないほどの人々に愉しみを与えて来られました。しばしの間でも悲しみを忘れさせ、心の悩みや痛みを忘れさせ、トラブルやストレスを忘れさせ、人生のあらしを忘れさせてあげました。あなた自身の願望から、あなたなりの方法で人のために役立ってこられました。人のために役立つことが一番大事なのです。

 他の全てのものが忘れ去られ、あるいは剥ぎ取られ、財産が失われ権力が朽ち、地位も生まれも効力を失い、宗教的教義が灰燼に帰したあとも、無私の人生によって培われた性格だけはいつまでも残り続けます。私の目に映るのは身体を通して光り輝くその性格です。

私は幾許かの善行を重ねた魂にお会いできることを大きな喜びとしております。以上があなたがみずから〝過ち〟とおっしゃったのを聞いて私が思ったことです。あなたは何一つ恐れるには及びません。真一文字に進まれればよろしい。あなたも素直なところをお聞きになりたいでしょう?」


 ピ「ええ」

 シ「あなたは大金を稼ぐのは趣味ではなさそうですね。あなたの願望は出来る限りの善行を施すことのようです。違いますか」

 ピ「おっしゃる通りです」

 シ「その奇特な心がけがそれなりの報酬をもたらすのです。自動的にです。その目的はとどのつまりはあなたに確信を与えるということにあります。何一つ恐れるものはないということです。心に恐怖心を宿してはいけません。恐怖心はバイブレーションを乱します。バイブレーションのことはご存知でしょう?」

 ピ「ええ、少しは存じております」

 シ「恐怖心は霊気を乱します。あなたの心が限りない、そして弛むことのない確信に満ちていれば、霊的真理を手にしたがゆえの不屈の決意に燃えていれば、この無常の地上においてその心だけは決して失意を味わう事はありません。

 物質界に起きるいかなる出来ごとも真のあなた、不滅で無限で永遠のあなたに致命的な影響を及ぼすことはできません。あなたは、背後にあってあなたを導き支えている力が宇宙最大の力であること、あなたを神の計画の推進のための道具として使用し、その愛と叡智と真理と知識を何も知らずにいる人々に教えてあげようとしている愛の力であるとの、万全の知識を携えて前進することが出来ます。

 あなたはこれまで幾度か自分が間違ったことをしたと思ってひそかに涙を流されたことがあります。しかし、あなたは間違ってはおりません。あなたの前途には栄光への道がまっすぐに伸びております。目的はきっと成就されます。私の申し上げたことがお役に立てば幸いです」

 ピ「本当にありがとうございました」

 シ「いえ、私への礼は無用です。礼は神に捧げるべきものです。私どもはその僕に過ぎないのですから。私はこの仕事の完遂に努力しておりますが、いつも喜びと快さを抱きながら携わっております。もしも私の申し上げたことが少しでもお役に立ったとすれば、それは私が神の御心に副(そ)った仕事をしているからにほかなりません。あなたとはまたいつかお会いするかも知れませんが、その時はもっとお役に立てることでしょう。 

 その時までどうか上を向いて歩んでください。下を向いてはいけません。無限の宝庫のある無限の源泉から光と愛がふんだんに流れこんでいることを忘れてはいけません。その豊かな宝庫から存分に吸収なさることです。求めさえすれば与えられるのです。著述の方もお続け下さい」


 最後にサークル全員に向かって次のような祈りのメッセージを述べた。

 「どうか皆さんを鼓舞するものとして霊の力が常に皆さんとともにあり、先天的に賦与されている霊的能力をますます意識され、それに磨きをかけることによって幸せの乏しい人々のために役立て、そうすることによって皆さんの人生が真に生き甲斐あるものとなることを切に祈ります」

 そう述べて、いよいよ霊媒(バーバネル)の身体から離れる直前にピックフォードにこう述べた。

 シ「ご母堂が、あなたに対する愛情が不滅であることをあなたが得心してくれるまで私を行かせないと言っておられます。ご母堂はあなたから受けた恩は決して忘れていらっしゃいません。今その恩返しのつもりであなたのために働いておられます。どうしても行かせてくれないのですが・・・・」

 ピ「でも私こそ母に感謝しております。十回生まれ変わってもお返しできないほどです」

 シ「あなたはすでに十回以上生まれ変わっておられますよ」
 ピ「猫より多いのでしょうか。十八回でも生まれ変わるのでしょうね。今度こそこの英国に生まれることでしょうよ」

 シ「いえ、いえ、あなたはすでに英国での前生がおありです。が、これは別の話ですね」

 ピ「あと一つだけ・・・・・・私のその英国での前生について何かひとことだけでも・・・」
 シ「二世紀以上も前にさかのぼります。それ以上のことは又の機会にしなくてはなりません。私はもう行かなければなりません。これ以上霊媒を維持できません」

 どうやらピックフォードはその二世紀あまり前に少女として英国で生活した前生のことをずっと前から信じていたらしいふしがある。その理由(わけ)については私の記憶にない。とにかくグラディス・スミスという名でトロントに生を受けた彼女は、血統が英国人であることを誇りに思っていることは確かである。
                ハンネン・スワッハー

霊の書(2部) アラン・カルデック(編)

 The Spirits' Book

第2部 霊の世界
アラン・カルデック(編) 近藤千雄(訳)


4章 再生

このページの目次〈再生の必要性〉
〈地球外天体への生まれ変わり〉
〈創造的輪廻転生〉
〈幼児の死後の運命〉
〈霊の性別〉
〈家族関係〉
〈容貌と性格の類似〉
〈生得観念〉


〈再生の必要性〉

――物質界での生活で完全性を達成できなかった魂は、その後、浄化のための試練をどのような方法で行うのでしょうか。


「新たな生活での試練を体験することによって行います」


――その新たな生活をどう生かすのでしょうか。霊として何らかの変身を遂げるのでしょうか。


「浄化するにはもちろん変身が伴います。しかしそれには物的生活での試練が必要です」


――となると魂は多くの物的生活を体験するということでしょうか。


「その通りです。あなた方も私も皆、それぞれに何回かの物的生活の経験があります」


――その説から推理しますと、魂は一つの身体を離れたあと別の身体をまとう――つまり新しい身体で再生するということになりますが、そう理解してよろしいでしょうか。


「まさにその通りです」


――再生の目的は何でしょうか。


「罪障消滅、人類の進歩・向上です。これなくしてどこに神の公正がありましょう」


――再生の回数には限りがあるのでしょうか、それとも永遠に再生を繰り返すのでしょうか。


「一回の再生ごとに霊は一歩向上します。それを重ねて不純なものを浄化しきれば、もう物的生活による試練は必要でなくなります」


――再生の回数はどの霊も同じなのでしょうか。


「一人一人違います。進歩の速い者は試練は少なくて済みます。とは言え、再生の回数は多いのが常です。進化の道は無限といっても良いほどですから」


――最後の物的生活を終えたあと、霊はどうなるのでしょうか。


「浄化され尽くした霊として、至福の境涯へと入ります」


――再生説の哲学的根拠は何でしょうか。


「神の公正、そして新たな真理の啓示です。前にも述べたことですが、我が子がいかなる過ちを犯そうと、愛情ある父親は、いつでも帰ってくるのを扉を開けて待つものです。そういう我が子に過ちの償いをする機会を与えずに、永遠に悦びを奪い続けることが公正でないことくらい、少し理性を働かせれば分かることではないでしょうか。人間は全て神の子ではなかったでしょうか。不公正、容赦ない憎悪、無慈悲な刑罰が横行しているのは、利己主義のはびこる人間界だけです」
〈地球外天体への生まれ変わり〉


――物的生活の体験は全てこの地球上で行うのでしょうか。


「全てというわけではありません。他の天体で行うことも少なくありません。今のあなたの地上生活は最初でもなく最後でもなく、最も物質的で、完全性から最も遠くかけ離れた世界での体験の一つです」


――魂は物的生活を、毎回、新しい天体で行うのでしょうか、それとも同じ天体で何回か体験するのでしょうか。


「十分な進歩が得られない場合は何度でも同じ天体で生活することになります」


――では、私たちは何度かこの地上へ生まれてくるかも知れないわけですか。


「もちろんです」


――その前に他の天体で生活して、それから再びこの地球へやってくることもできるのでしょうか。


「もちろんできます。あなたはすでに地球以外の天体で生活していらっしゃいます」


――再びこの地上へ戻ってくる必要があるでしょうか。


「ありません。ですが、もしも進歩がなければ、この地球と同等か、もっと低い天体へ行くことになるかも知れません」


――地上生活は(私にとって)もう一度戻ってくるほどのメリットがあるでしょうか。


「とくにメリットというほどのものはありません。もっとも、使命が十分に果たせていない場合に、その仕上げに戻ってくることはあるかも知れません。その場合は霊的な向上も得られます。それは地球だけに限りません。他のどの天体でも同じことです」


――いっそのこと再生せずに霊のままでいた方が良いのではないでしょうか。


「とんでもない! そんなことでは進歩が止まってしまいます。霊はひたすら進化向上を求めるのです」


――他の天体をいくつか体験したあと初めてこの地球へやってくることもあるのでしょうか。


「あります。今地上で生活している人でも次は別の天体へ行くかも知れません。宇宙の全ての天体は連帯関係によって結ばれています。一つの天体で成就できなかったことを他の天体で成就することができるようになっています」


――では今地上にいる人間の中には今回初めて地球へやってきた人もいるわけですね?


「大勢います。しかも、霊性の進化の程度もまちまちです」


――この人は今回が初めてだと分かる特徴がありますか。


「そんなことを知っても何の役にも立ちません」


――人類の究極の目的である完全性と至福の境涯に到達するためには宇宙に存在する天体の全ての生活を体験しなくてはならないのでしょうか。


「そんなことはありません。その天体の中には発達程度の同じものが沢山あって、そこでは新しい体験が得られないからです」


――ではなぜ同じ天体に何度も再生しなくてはならないのでしょうか。


「訪れる度に新たな環境に置かれ、新しい経験を見出すことになります」


――前回よりも発達程度の低い天体へ再生することもありますか。


「あります。進化を促進する意味も含めて一つの使命を持たされる場合があります。そういう場合は使命に伴う酷しい苦難を喜んで受け止めるものです。霊性の進化を促進してくれることを理解しているからです」


――それが罪滅ぼしの場合もあるのではないのでしょうか。また、言うことを聞かない霊が程度の低い天体へ送られることもあるのではないのでしょうか。


「霊は進化が止まることはあっても決して退化することはありません。言うことを聞かない霊は進化を止められるという形で罰を受けることがあり、また無駄に終わらせた物的生活を、その本性に合った条件のもとで、もう一度やり直しをさせられることがあります」


――もう一度やり直しをさせられるのはどういう霊の場合ですか。


「与えられた使命を怠った者、あるいは用意された試練に耐え切れずに安易な道を選んだ者などです」


訳注――ここでカルデックは何のコメントもしていないが、世間を見ても自分の心の中をのぞいてみても、こういうことは思い当たることが多いのではなかろうか。単純な例では自殺や一家心中が挙げられるが、宗教家や霊能者の中には功名心や金銭欲から良心がマヒし、取り巻き連中に担がれてとんでもない方向へ歩んでいる者が多いことは、ご存じであろう。要するに霊的真理、峻厳な摂理の理解が本物でないことに帰するようである。


――この地球から別の天体へ再生する場合、地上時代と同じ知性を携えて行くのでしょうか。


「当然です。知性は決して失われません。ただ問題は、別の天体へ再生した時のその知性の表現手段が同じでないかも知れないことです。それはその霊の進歩の程度と身にまとう身体の性質によって違ってきます」


――地球外の天体に住む者も我々と同じ身体を持っているのでしょうか。


「身体はあります。物質に働きかけるためには物質で身をくるまないといけないからです。しかし、その外衣は霊が成就した純粋さに応じて物質性の度合いが異なります。その度合いが再生していく天体の程度を決定づける要素となるのです。“我が父の家には住処(すみか)多し”とイエスが述べておりますが、それだけ霊格の差があるということでもあります。そのことを地上生活中から直観している人がいますが、まったく感じていない人もいます」


――地球外の天体の地質的および精神状態(霊性の程度)について細かい知識を得ることは許されるでしょうか。


「我々霊団としては人類の到達したレベルに応じた対応をするしかありません。言い変えれば、そうした知識をむやみに啓示することは許されていないということです。それが理解できるレベルに達していない者がいて、そういう者にとってはただ混乱させるだけだからです」


――一つの天体から別の天体へ再生するに際しては、霊はやはり幼児期を通過しなくてはならないのでしょうか。


「いかなる天体にあっても、幼児期は必然の通過過程です。ただし、同じ幼児期でも分別の程度にそれぞれの差があります。地球での幼児期ほど分別心の芽生えの遅い天体はそう多くはありません」


――再生する新しい天体は自分で選べるのでしょうか。


「必ずしも選べるとは限りません。要望を出すことはできますし、それが叶えられることもありますが、それはその霊にとって相応しい場合に限られます。その霊の霊性の発達の程度によっては相応しくない天体がいろいろとあるからです」


――本人から要望を出さない場合は、どの天体にするかを決める基準は何なのでしょうか。


「霊性の発達程度です」


――各天体上の生活者はいつの時代にも、身体的にも霊的にも一定のレベルの者ばかりなのでしょうか。


「そうではありません。そこに居住する者と同じく天体そのものも進化の法則に従っております。どの天体も最初は地球と同じ粗悪な状態から始まりました。地球もこれから先輩の天体と同じ変質を遂げることになっています。そしていつの日か居住者の全てが善性の強い霊性を身につけるようになれば、いわゆる地上天国が出現します」


――物的身体が浄化しきってペリスピリットだけになっている天体があるのでしょうか。


「あります。しかもそのペリスピリットもさらに精妙となって、人間の目には映じない、つまり存在しないかに思えるほどになります。完全に浄化しきった霊の状態です」


――今のお説から判断しますと、その程度の霊になると物的天体に降誕している霊と霊界の純粋霊との間に明確な境界線はないように思えますが……


「そういう境界線は存在しません。その差異は徐々に無くなっていき、ちょうど夜が次第に明けて昼になるように、一つにつながってしまいます」


――ペリスピリットの成分は全ての天体において同じでしょうか。


「同じではありません。精妙化の度合いが異なります。一つの天体から別の天体へと移動する時、霊は電光の速さで外衣(ペリスピリット)を更え、その天体に相応しい成分で身をくるみます」


――純粋霊は特別の天体に集まっているのでしょうか、それとも、どの天体ということなく、普遍的宇宙空間に存在するのでしょうか。


「純粋霊にも所属する天体はありますが、人間が地球にしばりつけられているような意味でその天体に所属しているのではありません。神速自在の動きを身につけていますから、事実上は遍在と同じです」
〈創造的輪廻転生〉


――霊は個的存在として創造された当初から霊的属性を存分に発揮できるのでしょうか。


「そういうものではありません。霊も人間と同じく幼児期というものがあります。その期間は本能による存在だけで、ほとんど自我意識も意識的行為もありません。知性の発達は実にわずかずつです」


――初めて物質界へ誕生した時の魂はどんな状態でしょうか。


「人間の人生でいう幼児期と同じです。知性はやっと目覚めはじめたばかりで、言うなれば“生活しようとし始めた”ばかりです」


――地上の未開人の魂はその幼児期の状態にあるのでしょうか。


「相対的な意味で幼児期にあると言えるでしょう。が、彼らはすでにある程度の発達を遂げております。その証拠に、彼らには感情があります」


――すると感情は発達のしるしなのでしょうか。


「発達のしるしです。ただし完成のしるしではありません。活動をしていることのしるしであり、“自分”というものを意識しているしるしです。ただ、他面においては原始的な魂です。知性と霊力は萌芽の状態で存在しているのみです」


――現在の地上生活を完ぺきに送ることによって途中の階梯を飛び越えて純粋霊の境涯に到達することは可能でしょうか。


「それはとても不可能なことです。あなた方が“完ぺき”という用語から想像しておられる概念は、真実の完ぺき性からは程遠いものだからです。人間には全く知られていない要素があるのです」


――少なくとも来世(次の地上生活)を現世よりは苦難の少ないものにすることは可能でしょうか。


「それは可能です。苦難の道を短くそして軽くすることはできます。いつまでも苦難から逃れられないのは向上の意志のない者に限られます」


――現世で到達した位置から低い位置に下がるということはありますか。


「社会的地位ならあるでしょう。霊としての進化の程度のことであれば、そういうことはありません」


――善性の高かった魂が悪党になって再生するということはありますか。


「ありません。善性は決して退化しません」


――逆に悪人が善人に生まれ変わることはありますか。


「それはあります。ただし、死後によほど改心した場合のことです。その悔恨の報いとして新しい再生生活が与えられます」


――いけないことと知りつつ悪の道を歩んでいる者が再生の事実を知って、どうせいつかは真っ当な人間になってみせるさと自己弁解することも有り得るのではないでしょうか。


「そんな狡(ずる)い計算のできるほどの人間になると、もはや何事も信じるということができなくなっています。かりに永遠の刑罰の話を聞かされても悪事は止めないでしょう。

確かに地上にはその種の人間がいます。が、そういう人間もイザ死んでみると考えが変わるものです。自分の計算の狡さに気づき、その反省が次の再生生活に反映して真っ当な人生を送ろうと心掛けるものです。こうして進歩が得られるのです。またこうして地上には進歩的な人とそうでない人とが出てくるのです。その原因は前世での体験にあります。が、誰しもいつかは体験します。進歩を促進するのも阻害するのも、みな“自分”です」


――物的生活の苦難を体験することによってのみ進化向上が得られるとなると、物的生活というのは一種の篩(ふるい)ないしは濾過器のようなもので、霊界の存在が完全の域に到達するためには必ず通過しなければならないものということになりますが……


「その通りです。物的生活の試練の中にありながら悪を忌(い)み善を志向することによって向上して行きます。しかし、それも一度や二度ではなく、幾回もの再生を繰り返すことによって可能なことであり、それに要する時の長さは、完全のゴールへ向けての努力の量によって長くもなれば短くもなります」
〈幼児の死後の運命〉


――幼くして他界した子供の霊でも大人の霊と同じくらい進化していることがあるのでしょうか。


「時には大人よりずっと進化していることがあります。前世が多く、それだけ経験も豊富な場合で、その間の進歩が著しい場合は特にそうです」


――すると父親よりも霊性の高い子供もいるわけですね?


「しばしばそういうケースがあります。世間を見ていてそういうケースをよく見かけませんか」


――幼くして他界して悪事を働くこともなかった霊は霊界の高い界層に所属するのでしょうか。


「悪事を働かなかったということは善行もしていないということです。神が、経験すべき試練を免除することは決してありません。霊が高い界層に所属するのは純真無垢な子供のまま霊界へ来たからではありません。幾つもの前世の体験でそれ相当の進化を遂げたからです」


――なぜ幼児の段階で人生に終止符を打たれることが多いのでしょうか。


「子供の観点からすれば、前世で中途で終わった人生をその短い期間で補完をするためである場合があります。親の観点からすれば我が子を失うことによる試練または罪滅ぼしである場合がよくあります」


――幼児期に他界した霊はどうなるのでしょうか。


「新しい生活を始めます」
〈霊の性別〉


――霊にも性別があるのでしょうか。


「人間の概念でいう性別はありません。人間の場合は肉体器官の違いを言います。霊の場合は愛と親和性で引かれ合いますが、その基盤として高尚な情緒が存在します」


――今生(こんじょう)では男性の身体に宿っていた霊が来世は女性として再生するということはありますか。


「あります。同じ霊が男性にもなり女性にもなります」


――これから再生していく霊としては男性と女性のどちらに生まれたいと思うのでしょうか。


「そういう選り好みは霊は無関心です。どちらになるかは、これから始まる新しい物的生活での試練に視点を置いて決められることです」
〈家族関係〉


――親は子に魂の一部を分け与えるのでしょうか、それとも動物的生命を与えるのみで、それに別の霊が宿るのでしょうか。


「両親から貰うのは動物的生命だけです。魂は分割できません。愚かな父親に賢い子が生まれ、その逆もあるのではありませんか」


――お互いに幾つかの前世があるとなると、家族関係は今生を超えたものも存在するわけですね?


「当然そうなります。物的生活が繰り返されていくうちに霊と霊との関係が複雑になり、初めて会った間柄のはずなのに、それが仲の良い関係や仲の悪い関係を生むことにもなります」


――再生説は霊どうしの関係を今生以前にまでさかのぼらせるから、折角の家族の絆をぶち壊すことになると受け取る人がいますが……。


「家族の絆をさかのぼらせることはあっても、ぶち壊すことにはなりません。むしろ今生の家族の家族関係は前世での縁の上に成り立っているのだという自覚が危機を救うことにすらなるのではないでしょうか。互いに愛し合うべきとの義務感を強くさせるはずです。なぜかと言えば、前世で愛し合った間柄、あるいは親子の間柄だった者が、今生では隣の家族の一人になっているかも知れない、あるいは自分の家のお手伝いさんとして働いているかも知れないからです」


――そうはおっしゃっても、やはり多くの人間が抱いている自分の先祖への誇りを減じることは否めないのではないでしょうか。純粋と思っていた血統の中に、かつては全く別の人種に属していた者や、あまり誇れない社会的地位にあった者がいたことになるからです。


「おっしゃることはよく分かります。ですが、今“誇り”とおっしゃったものは大体において“高慢”に根ざしているものです。その証拠に、誇りに思っているのは爵位であったり、身分階級であったり、財産であったりします。父親が謹厳篤実な靴職人であることを口にするのを憚る人が、得てして、放蕩者の貴族の末裔(まつえい)であることを自慢にするものです。しかし人間が何と言おうと、また何をしようと、全ては神の摂理にのっとって進行しているのです。人間の見栄から出た欲求に従って神が摂理を変えるわけにはいかないのです」


――同じ家系の子孫に次々と生まれてくる霊どうしの間に必ずしも家族関係はないとなると、立派な先祖がいたことを誇りに思うのは愚かということになるのでしょうか。


「とんでもない。高級霊が降誕したことのある家系に属することになったことを誇りに思うべきです。もちろん霊は順序よく再生してくるわけではありませんが、家族の絆で結ばれた霊どうしの愛は、離れていても同じです。そしてそうした愛の親和力によって、あるいは幾つかの前世で培われた人間関係による親和力によって、どこそこの家族に、と申し合わせて再生してくることもあります。

念のために申し添えますが、先祖の霊たちは、自分たちのことを自慢のタネにして誇ってくれても少しも嬉しくは思いません。かつて彼らがいかに立派な功績を残したとしても、その功績自体は子孫にとっては徳行への励みとなる以上の意義はないのです。と言うよりは、それを見習うことによってこそ先祖の霊を喜ばせ、徳行に意義を持たせることになるのです」
〈容貌と性格の類似〉


――子供が親にそっくりということがよくありますが、性格上でも似るということがあるのでしょうか。


「そういうことはありません。それぞれに魂ないし霊が異なるからです。身体は親の身体から受けますが、霊は他のいかなる霊からも受けません。一つの人種の子孫のつながりは血縁関係しかありません」


――性格的にもそっくりという親子を時おり見かけますが、その原因は何でしょうか。


「霊的親和力の影響で似たような情緒や性向をもった者が同じ家族として一緒になることがあります」


――では、誕生後の親の霊的影響はないということでしょうか。


「大いにあります。すでに申し上げた通り霊は互いの進化向上のために影響し合うようになっています。その目的で親の霊に子の霊の成長を委託することがあります。この場合はそれが親としての使命であり、それが達成されないと罪悪となることさえあります」


――善良で徳の高い親に歪んだ性格の子供ができることがありますが、さきほどおっしゃったように親和力で善良な霊が引き寄せられそうなものですが、なぜそうならないのでしょうか。


「邪悪な霊が、徳の高い親のもとで更生したいという希望が受け入れられて誕生してくることがあります。その親の愛と心遣いによって良い影響を受けさせるために、神が徳の高い親にあずけることがよくあります」


――親は、心掛けと祈願によって、善良な子を授かることができるでしょうか。


「それはできません。しかし、授かった子の霊性を高めることはできます。それが親としての義務なのです。が、同時に親自身の試練のために霊性の低い子を授かることもあります」


――子供どうし、とくに双子の性格がそっくりの場合があるのは何が原因でしょうか。


「性格の類似性から生まれる親和力によって同じ家に生まれ合わせたのです。そういう場合はいっしょに再生できてうれしいはずです」


――身体の一部がつながっている双子、しかも器官のどれかを共有し合っている双子の場合でも二人の霊なのでしょうか。


「そうです。あまりによく似ているので一人の霊しか宿っていないように思えるでしょうけど……」


――親和力で引かれ合って生まれてくるのであれば、双子の中には憎み合いをするほどのものがあるのはなぜでしょうか。


「双子として生まれてくるのは親和力の強い者だけという法則があるわけではありません。邪悪な霊どうしが物質界を舞台として争いをしたいという欲求から生まれてくる者もいます」


――母胎の子宮の中にいる時からケンカをしているという話は本当でしょうか。


「憎しみの深さ、しつこさを象徴的に表現しているまでです。あなた方は象徴的ないし詩的な表現の理解が少し足りませんね」


――一つの民族に見られる明確な特徴はどこから出るのでしょうか。


「霊には、性向の類似性によって形成された霊的家族(類魂)があります。それにも霊性の浄化の程度によって上下の差がありますが、民族というのはそうした親和力で結ばれた家族の集合体であると思えばよろしい。それらの家族が一体となろうとする傾向が、各民族の明確な特徴を生み出すのです。善良で慈悲に富んだ霊が粗野で野蛮な民族に再生したいと思うでしょうか。思わないはずです。個人どうしで働く親和力は民族という集合体でも働きます。霊も、地上の人類の中でも最も霊的に調和する地域へ赴くものです」


――再生してくる霊は前世での性格の面影を残しているものでしょうか。


「残していることがあるかも知れませんが、成長するにつれて変化します。幾つも再生すれば社会的地位もいろいろと体験していることでしょう。たとえば大邸宅の主人だったこともあれば召し使いだったこともあるでしょう。するとその好みも大いに異なっていて、かりに両者を一度に見たら同一人物とは思えないほどでしょう。もちろん霊そのものは同一人物ですから、何度再生してもどこかに類似点は残っているかも知れません。しかしそれも、再生した国や家柄その他の諸条件の影響を受けてどんどん変わっていきます。そして遂には性格的にすっかり別人になっていきます。たとえば高慢で残忍だった者が悔恨と努力によって謙虚で人間味のある性格の持ち主になっていきます」


――前世での身体上の特徴の痕跡はどうでしょうか。


「身体は滅びます。従って新しい身体は前世での身体とは何の関係もないはずです。ところが霊性がその身体に反映します。そして身体は物質にすぎないとはいえ、霊性の特徴が身体に反映し、それが顔、とくに目に出ます。目は心の窓とは至言です。つまり目を中心とした人相が、身体の他のどの部分よりも霊性を強烈に反映します。形の上のハンサムとか美形とかの意味ではありません。かりに形は悪くても、それに善良で賢明で人間味のある霊が宿れば、見る人に好感を与えます。逆にいくら美形でも宿っている霊しだいでは不快感、時には反発心すら起こさせる人もいます。

一見すると五体満足の身体には円満な霊が宿っているかに思われがちですが、障害のある身体をした人で高潔で徳の高い人なら毎日のように見かけるはずです。そんなわけですから、かりに形の上では前世と今生とでは少しも似たところはなくても、同じ霊が何回も再生するうちに俗に言う“親族間の似寄り”を身体に与えるものです」
〈生得観念〉


――再生した霊は前世で知覚したことや入手した知識の記憶を留めているものでしょうか。


「うっすらとした記憶の形で残っています。それが俗にいう“生得観念”です」


――すると生得観念と呼ばれているものは実際にあるもので、幻想ではないのですね?


「幻想ではありません。物的生活で獲得した知識は決して失われません。物的生活を終えて物質から解放されると、それまでの何回かの生活の記憶が蘇ります。物的身体に宿っている間は具体的には回想されませんが、潜在的な直観力がそのエキスを感識して、霊的進歩を促進します。もしその直観力が無ければ、物質界へ誕生するたびに一から教育をやり直さなくてはなりません。その直観力のお蔭で霊は、次の物的生活を、前世が終わった時点で到達していた発達段階から開始するのです」


――そうなると、前世と現世との間には密接な関係があることになりますね?


「あなたが想像しているような意味での密接な関係はありません。というのは、二つの物的生活の間には生活環境の条件に大きな違いがあり、さらに忘れてならないのは、再生するまでの霊界での期間で大きく進歩することがあるからでもあります」


――予備的な学習もしないのに、たとえば言語とか数学、音楽などで驚異的な才能を見せる人がいますが、何が原因でしょうか。


「今言った過去世の記憶です。かつてそういう才能を磨いていたもので、現在は意識的な記憶がないだけです。もしそうでなかったら一体どこからそういう才覚が出ますか。身体は代わっても霊は同一人物ということです。衣服を着更えただけです」


――その衣替えの時に知的才能、たとえば芸術的センスなどを失うことがありますか。


「あります。その才能に泥を塗るようなことをする――つまり邪(よこしま)なことに使ってしまったりした場合です。これは罰ですが、それとは別に、才能を失うのではなく、今生では別の才能を伸ばすためにそれをしばらく潜在的に眠らせておく場合があります。この場合はまたいつか使用することができます」


――人類に共通して見られるもので原始的生活を送っている者にも見られる、神への信仰心と死後の存続の直観も、やはり遡及的回想の反応でしょうか。


「そうです。再生する前の霊としての知識の回想です。ですが、人間は往々にして自惚れによってその直観をもみ消しております」


――スピリチュアリズムで説かれている霊的真理と同じものが、いずこの民族にも見られますが、これも前世の回想でしょうか。


「こうした霊的真理は地球の歴史と同じくらい古くからあったもので、それが世界中のいたるところで発見されるのは当然のことです。いわゆる遍在で、真理であることの証拠です。再生してきた霊は、霊としての存在の時の直観力を保持していて、見えざる世界の存在を直観的に意識しているのです。ただその直観力が往々にして偏見によって歪められ、無知から生じた迷信とごっちゃになって質を落として行くのです」

Thursday, April 2, 2026

シルバーバーチの霊訓(二)

 Silver Birch Speaks

Edited by Sylvia Barbanell


四章 政治家とジャーナリストを招待して

 シルバーバーチの交霊会にはありとあらゆる階層の人々が〝叡知の言葉〟を聞きに訪れる。ある日の交霊会に英国労働党の下院議員が招待された。まずシルバーバーチがこう語る。

 「私が地上へ戻ってきたのは基本的な霊的真理をほんのわずかだけ述べるためです。私から見れば──地上の年令で言えば私は大変な年寄りです──あなた方の世界が必要としているのは、神学という名の仰々しい抽象的な教義の寄せ集めではなくて、霊の力に動かされた古の賢聖によって説かれた、宗教の根幹であるところの二、三の単純な真理、すなわち人類はお互いがお互いの一部であること、そして肌の色の違いの内側にはすべてを結びつける共通の霊的な絆があるということ、これだけです。

 お互いの血管を同じ血液が流れている────つまり同じ霊が各自の本性に潜んでいるということです。宇宙の大霊が私たちを一つの家族にしたのです。子供である人間が互いに差別をつけ、潜在する一体性に気づかず、かくして私どもが戻って来て、地上のいかなる組織・団体もそこに霊的実在の認識がないかぎり真の進歩は得られないことを教えてあげなければならないことになるのです。

 四海同胞、協調、奉仕、寛容───こうした精神こそ人生の基本であり、これを基礎としない限り真の平和はあり得ません。持てる者が持たざる者に分け与えることによって互いに奉仕しあい、睦みあい、援助しあうこと───この単純な真理は繰り返し繰り返し強調しなければなりません。

これを個人としての日常生活において、民族としての生活において、そして国家としての在り方の中において実践する者こそ、人間としての本来の生き方をしていることになる───これだけは断言できます。」

 ここでその議員が公僕としての選ぶべき道を尋ねると───

 「要求されたことが正しいと思われればおやりになればよろしい。いけないことだと思われれば、私が述べたことにはお構いなく、おやりにならないことです。ただし、間口は広いものです。辿って行けば、さらに大きなものへと導かれて行くことでしょう」

 この議員は開会頭初に「私は今、にっちもさっちもいかない板ばさみの状態なのです」と述べて、政治上の問題での決断を迫られていることを告白していた。そこでシルバーバーチはこう続けた。

 「人間は無言のうちに苦しみ、悲哀と苦痛も味わわなければなりません。これは人類の永年の伴侶なのです。遠い遠い昔、どうみても何一つ苦労はなかったであろうと思われる昔からです。

 あなたはそれに勇敢に対処して来られました。いつも正面から取り組み〝これでいいのだろうか〟という単純素朴な問いかけを忘れませんでした。そして、正しいと信じたら、ためらうことなくその方向へ突き進まれました。そうした中で一つだけあなたの人生で最大の悲しい出来ごとがありましたが、それはここで触れるのは適当でないでしょう。

 あなたがこの地上に生をうけたのは、果たすべき宿命があるからです。地上を去るまでに成就すべきことがあるからです。あなたは実に大きな貢献をなす立場におられます。

多くの恵まれない人々が光明を見出す───つまり理解力を身につける一助となり、より大きな自由を獲得させてくれる霊的エネルギーの存在に目覚めさせてあげる仲立ちとなることができるからです。その役目に徹することです。そうすれば他のすべてのことも自然にうまく行きます。

 あなたは何一つ心配なさることはありません。あなたを包み、あなたを導いてくれる愛が鉄壁の守りを固めており、あなた自身のわがままから間違った方向へ進まないかぎり、あなたほどの知識と理解力があれば決して道に迷われることはないでしょう。

 いかがですか、自分を包みこむ大きな愛の力を意識されることがありますか」

 「いつも忝く思っております」

 「あなたは私どもの世界から大いなる愛を受けておられます。かつて偉大なる奉仕の生活を送った霊で、私たちが〝光り輝く存在〟と呼んでいる人たちによって守られております。

 私が時おり思うことは、地上の人間───その中でもせめてこうした霊的知識を手にされた方々にその〝光り輝く存在〟をひと目ご覧に入れてあげられたら、ということです。人間の進歩をわがことのように喜び、挫折をわがことのように嘆き悲しみながらも、人間の霊的進化とその豊かな実りの時期(とき)の到来を確信して、日夜守護し支援しております。

 あなたもコツコツとよく頑張ってこられました。いろいろと苦労されました。涙を流されたこともありました。悩み苦しまれたこともありました。すべてに見放され、誰からも顧みられず、絶望の状態に置かれた時の魂の孤独がいかなるものであるかも知っておられます。

また一方、滅多に味わう人のない高い魂の高揚も味わってこられました。絶望の底ものぞかれました。魂と言うものは〝ゲッセマネの園〟を耐え忍ぶまでは〝変容の丘〟にのぼり着くことはできないのです」

 そう述べてから、かつての労働党創設者の一人キア・ハーディからのメッセージをこう伝えた。

 「あなたのことをとても誇りに思っているとおっしゃっていますよ。正しいと信じた大義───人間にとって物的にも精神的にも霊的にも最善と信じたことのためには絶対に世間に阿(おも)ねずに身を捧げる人すべてを誇りに思っておられます。

彼は物的水準を高めるためだけでなく、霊性の発達を促し、精神の持つ芸術性を培うために、人間のすべての願望を叶えさせてあげたいという一念に徹している人を尊敬しておられます。それがあなたの唱道しておられる福音でもあるとおっしゃっていますが、そうなのでしょうね?」

 「そうありたいものと願っております」

 このあとシルバーバーチは司会者のハンネン・スワッハーに向かってこう語った。

 「いま地上世界では物的身体をもつ人類としての基本的人権が次々と認められつつあります。しかし、目に見える形にこそなっておりませんが、霊的人間としての人権も徐々に認められつつあります。今あなた方は画期的な新しい時代───一人でも多くの人間がより大きな自由を享受する新しい時代の夜明けに立っておられます。

 死の境界を通過して私どもの霊の世界へ来られた方は、ある種のエネルギー、莫大なエネルギーを発揮するようになります。そのエネルギーが不幸に泣いている人々、物的生活の喜びを味わえずにいる人々のために役立ちたいと願う人々の活性剤となります。

 人間はその本来の霊的属性を発揮しようとする行為が妨げられることはありません。妨げとなるのは自分自身の貪欲であり、強欲であり、利己心です。それが霊の本来の権利であるところの自由を求めようとする怒涛のような魂のうねりを妨げるのです。が、今や霊力の莫大な威力の援助を得て、その霊的本性が地上界において発揮されつつあります。

 それは物的分野、政治的分野、経済的分野といった、人間がとりわけ関心の強い分野でのみ発揮されつつあるのではありません。その霊力の奔流の影響を受けて、私たちスピリットの道具となる新しい人材が次々と輩出されることでしょう。

 こうした人たちの手によって悲しみの底に沈んでいる人が慰められ、病人が癒されるだけでなく、いわゆる霊的啓示(インスピレーション)が大規模にもたらされることでしょう。スピリチュアリズムに関心を向ける人が増え、この訓えこそが悩みの時に導きを、困難にあっては慰めを、取越苦労と煩わしさの中にあっては安らぎと確信を与えてくれるものであることを知ることでしょう」

 そして次の言葉をもってその日の交霊会を閉じた。

 「そういう次第ですから、みなさんとともにホンの僅かな時だけでも精神の活動を止め、まわりに霊力の存在を意識し、より大きな仕事を成就せんとして私たちを援助し鼓舞してくださっている偉大なる存在を認識いたしましょう。

そうした偉大なる存在にとって、神に仕えることは神の子のために働くことにほかならず、しかもその多くが、いずこへ向かうべきかも知らずにさ迷っているのです。

 願わくばあなた方と私たちとが一致協力して迷える人々を導き、苦難のさ中にある人々を勇気づけ、背負える重荷を重荷として感じないよう、ものの観方を啓発してあげることができますように。そして又、私たちがなるほど神の使者であることを行為によって顕示し、神の一部としてその名に恥じない存在であらしめ給わんことを」


 別の日の交霊会に、さる大手の新聞社の編集長が招かれた。それが二度目だった。その編集長に対しシルバーバーチは終息したばかりの第二次世界大戦に言及して次のように述べた。

 「恐ろしい戦争による苦悩と災禍と悲劇と窮乏、目をおおう流血と混沌と動乱が終わっても、今度はそれを体験してこちらへ来た犠牲者たちにそれとまったく同じ精神的ならびに霊的騒乱が生じるものです。

 そうして、その激変のさ中で実は、真理の光に照らして思考することを知らない者によって幾世紀ものあいだ金科玉条とされてきた思想・信仰───宗教的打算からしか物を考えない者によって形づくられ、いじくりまわされてきた教説がすべて粉砕されることにもなりました。

 唯物主義の根幹が破壊され、致命傷を負っております。もっとも、いかにも仰々しい教説を説きながらも、その実、自己の打算によってのみ動き、人間の福祉など眼中にない小さなグループがそこかしこに存在しております。

 その中には唯物主義的体制───地上特有の機構───を牛耳り戦時の苦悩と圧迫の中で培ったところの、より明るく、より幸せで、より良い世界を実現していく可能性の発現を妨げんとする派もいくつか見受けられます。

 しかし新しい世界、より良い世界───数知れぬ人間が霊的自由、精神的自由、そして身体的自由を見出すであろう世界の建設に携わる者は、同じ目的のために活躍している無数の死者(と、あなた方が呼んでおられる人たち)を呼び寄せます。

 同時に、はるか上層の世界から同じく人類の霊的覚醒の為に心を砕き、地上生活から得られる生き甲斐と豊かさと美を存分に得させようと活躍している数多くの高級霊をも呼び寄せます。

 かくして人類の福祉のために働く人々は、予期した以上の成果を得ることになるのです。人類の福祉がかつて真の意味での成果を克ち得たことは一度もありません。いつも裏切られ、好機を奪われ、邪魔が入り、その神聖なる使命の達成を阻止されて来ました。その使命とは、人類の全てに一人の例外もなく宿されているところの神性を最大限に発揮させることです。

 少し大げさに響くかも知れませんが、私の言わんとするところはお判りでしょう?」

 「判ります。よく判ります」

 「本当に必要なのは単純で素朴な真理なのです。新しい大真理ではなく、驚異的な啓示でもなく、新しい神勅でもありません。その素朴な真理はいつの時代にも、いかなる国においても、必要性と理解力の程度に応じたものが授けられてきております。

かならず霊覚を具えた男性及び女性がいて、その人たちを通じて霊力が地上に注がれ、先見の明をもって人々を導き、癒やし、慰めてきました。これからもそうでありましょう。

 それと同じ霊力があなた方の今の時代にさらに一段と強化されて注がれております。キリスト教で〝聖霊〟と呼ばれているスピリットの降下に伴って生じる各種の心霊現象を繰り返し演出して、古くから説かれている同じ真理、すなわち生命に死はないこと、霊は不滅であることを説き、人間の霊性、その根源、宿命、存在の目的、宇宙の大霊とのつながり、隣人とのつながり、そうして、そこから派生する驚異的な意味を力説しているのです。

 その霊力が今まさに奔流となって注がれ、そうした真理が改めて説かれております。確かに古くから説かれてきた真理なのですが、地上人類は今新しい進化の周期を迎えて、その古い真理を改めて必要としているのです。

一宗一派に片寄った古い、勿体ぶった、因習的教義へはもはや何の敬意も払う必要はありません。権威に対して盲目的に従う必要はありません。ドグマを崇拝する必要はもうなくなりました。

 そうした類のものは全て無力であることが証明され、人間は成長せんとする精神と進化せんとする魂の欲求を満たしてくれるものを求めてまいりました。こうした霊力の顕現に伴ってかならず人生の純粋に物的な分野においてもより大きな覚醒が生まれ、同時に、正義と同胞精神が世界のすみずみにまで行きわたってほしいとの願いが生じるのは、そのためなのです。

 それは一か月や一年はおろか、十年や百年でも達成されないでしょう。しかし、人類はみずから目覚め、真の自我を見出していかねばならないという宿命的法則があります。従って、重責を担う立場の人、人類に道標を残して行くべき使命を負う者は、それを忠実にそして立派に果たすべき重大な任務があることになります。

 いつの日かあなたも、あなたご自身の〝事務報告〟を提出しなければならない時がまいります。あなただけではありません。すべての人間が自分自身の事務報告の提出を要請されます。その際、あたら好機を逸したことに対する後悔を味わうこともありましょうし、為すべきことを成し遂げたとの自覚に喜びを味わうこともありましょう。

 相変わらず絶望感が支配し暗黒の多い地上世界にあっては、光明と真理のために闘う人々が不安や疑念を抱くようなことがあってはなりません。強力な霊力、宇宙最大のエネルギーがその献身的な仕事を通して守護し援助してくれているからです。正しい道を歩んでいる限り勝利はきっとあなたのものとなります」

 このあと、その編集長の同僚で最近他界したばかりの霊からのメッセージを伝えてから、再び本題に戻ってこう語った。

 「私があなた方の世界での仕事を始めてからずいぶん長い年月になります。あれやこれやと煩わしい問題が生じることにもすっかり慣れました。そして、あなたのようなお仕事をしておられる方が来て下さり私が少しでもお役に立つこともうれしく思っております。

それが私を通じて霊の力が働いていることの証であるからこそうれしいのです。これまでの全体験によって私は、霊の力はその忠実な通路さえあればきっと事を成就していくことを学んでおります。

 いかなる反抗勢力、いかなる敵対行為、いかなる中傷、いかなる迫害をもってしても、悲しみに満ちた人々の魂の琴線に触れ、病める身体を治し、迷える人々に光明を見出す道を教え、人生に疲れた人々を元気づけることのできる献身的な通路がある限り、その仕事が挫折することは決してありません。

 本来なら、こうしたことが逸(と)うの昔に教会という権威を担った人々によって成就されていなければならないところです。それが現実には成就されていません。というよりは、その肝心なものが置き去りにされているのです。そして今や霊的にも物的にも、その担い手は教会とは何の縁もない普通一般の人たちとなっております。

もし教会関係の人々が自分たちの本来の存在意義を自覚すれば、もし自分たちの本質がその神性にあることを理解すれば、そしてもし自分の身のまわりに存在する莫大な知識の宝庫、霊力、エネルギーを自覚すれば、それを活用して新しい世界をわけなく建設することができるところなのですが・・・。

 しかし、それは是が非でも成就していただかねばならないのです。なぜならば私たち霊界の実情を言わせていただけば、毎日毎日ひきも切らず地上から送り込まれてくる不適応者、落伍者、放蕩者、社会のクズともいうべき人達───要するに何の備えも無い、何の用意も無い、何の予備知識も持たなくて一から教えなければならない人間の群れには、もううんざりしているのです。

本当はこちらへ来てすぐからでも次の仕事に取り掛かれるよう、地上での準備をしておくべきなのですが、現実にはまるで生キズの絶えない子供を扱うように看護し、手当てをしてやらねばならない者ばかりなのです。

 そういう次第で、あらゆる形での霊的知識の普及がぜひとも必要です。人類が霊的事実を理解してくれないと困るのです。真理に導かれる者は決してしくじることはありません。

真理は理解力をもたらし、理解力は平和と愛をもたらし、心に愛を秘めた者には解決できない問題は何一つありません。人類の指導者が直面するいかなる難題も、霊的真理と霊的叡知と霊的愛があればきっと消滅していくものです。私の見解に賛同してくれますか?」

 「ええ、もちろんですとも」

 「その目的のために、あなたはあなたなりの方法で、私は私なりの方法で、そのほか真理を幾らかでも普及できる立場にある人すべてが、その人なりの方法で努力しなければなりません。そうすることが世界を、あるいは少なくとも自分の住む地域を豊かにすることになるのです」

 このあと編集長と交霊会の常連との間で、その他界したジャーナリストの人物評に花が咲いた。するとシルバーバーチがこう述べた。

 「皆さんは人間が他界して私たちの世界へ来ると、その人の評価の焦点がまったく異なったところに置かれることをご存知ないようですね。皆さんはすぐに地上時代の地位、社会的立場、影響力、身分、肩書といったものを考えますが、そうしたものはこちらでは何の意味もありません。

そんなものが全てはぎ取られて魂が素っ裸にされたあと、身をまとってくれるのは地上で為した功績だけです。

 しかしこの方は地上で本当に人類のために貢献されました。多くの人から愛されました。その愛こそが死後の救いとなり、永遠の財産となっております。金銭はすべて地上に置き去りにしなければなりません。

地上的財産はもはや自分のものでなくなり、愛、情愛、無私の行為だけが永遠の資質となるのです。魂が携えて行くのはそれだけであり、それによって魂の存在価値が知れるのです。

 したがって同胞からの愛と尊敬と情愛を受ければ、それが魂を大きくし、進化を促すことになります。真の判断基準によって評価される界層においては、そうした要素が最も重要視されます。肝心なのはいかなる人間であるかであり、何を為してきたかです」

 このあと新聞とジャーナリストのあり方について長い議論があり、その中で編集長がシルバーバーチに尋ねた。

 「他界したジャーナリストたちはその後も我々のことを心配してくれているでしょうか」

 「心配しておられます」
 
 「でも資金の面についてではないでしょう」と言ってから、他界したばかりの同僚はその生涯を捧げた新聞社のことを案じてくれているかどうかを尋ねると、シルバーバーチは、まだ他界して間がないので地上のことをあれこれと案じているだろうけど、そのうち霊界の事情に順応して行くでしょうと語って、最後にこうしめくくった。

 「地上で学ぶべきことは人のために役立つということ、これに尽きます。それはさまざまな能力によって実践できます。光明を授けることもそうですし、生活に彩りを添えてあげるのもそうですし、しょげかえっている人を元気づけてあげるのもそうですし、真理を見出す道案内をしてあげるのもそうです。人のために役立つ手段はいくらでもあります」

       

霊の書(2部) アラン・カルデック(編)

 The Spirits' Book

第2部 霊の世界
アラン・カルデック(編) 近藤千雄(訳)



3章 霊界への帰還

このページの目次〈死後の魂〉
〈魂と肉体の分離〉
〈死後の意識の混乱〉



〈死後の魂〉

――死の瞬間、魂はどうなるのでしょうか。


「再び霊に戻ります。つまり霊の世界へ帰るわけです。ホンの少しの間だけ留守にしていたのです」


――その魂は死後も個性をそなえているのでしょうか。


「もちろんです。個性は決して失われません。もし個性を失ったら魂はどうなりますか」


――物的身体がないのに、なぜ個的存在としての意識が残っているのでしょうか。


「その霊特有の流動体(※霊体)が残っています。その天体の大気中から摂取したものです。それに、それまでの物的生活での魂の特徴が全て刻み込まれています。あなたのおっしゃるペリスピリットです」


――魂はそれ以外には地上生活から何も持っていかないのですか。


「地上生活の記憶と、より良い世界への憧れのみです。その記憶には地上生活をどう生きたかによって、楽しさか辛さのどちらかがいっぱい詰まっています」


――魂は、死後、普遍的な魂の集合体の中に戻っていくという説はどう理解すればよいでしょうか。


「個々の霊が集まって全体を構成するわけですから、集合体に戻ると表現してもよいのではないでしょうか。あなたも集合体に戻ればその不可欠の一部となるわけです。ただ、個性は維持しています」


――死後の個性存続の証拠はどうすれば得られるのでしょうか。


「今こうして交信している事実が何よりの証拠ではないでしょうか。あなたにもし霊視力があれば霊の姿が見えるはずです。霊聴力があれば霊の声が聞こえるはずです。一日のうち何度もあなたと別個の人格があなたに話しかけているのですよ」


――永遠の生命というものをどう理解すべきでしょうか。


「永遠なるものは霊の生命だけです。肉体は束の間の儚(はかない)い存在です。肉体が死滅することによって魂は再び永遠の生命に戻るわけです」


――私が思うに、永遠の生命という用語は浄化しきった霊、つまり相対的な意味での完全の段階にまで到達して、もはや苦難による試練を必要としなくなった霊に当てはめるべきではないでしょうか。


「その段階の生命はむしろ“永遠の至福”の境涯と呼ぶ方が良いでしょう。ですがそれはあくまでも用語の問題です。あなた方の間で意味の解釈で合意ができていれば、何と呼ばれても結構です」
〈魂と肉体の分離〉


――魂が肉体から分離する時は苦痛を伴いますか。


「苦痛はありません。死の瞬間よりも、むしろ死に至るまでの人生の方が遥かに苦痛を伴います。死に際して魂自身は肉体に生じている変化を意識しないものです。それどころか、言うなれば“国外追放の刑期”を終える時がいよいよ近づいたことを自覚して、魂自身は嬉しさでわくわくしていることがよくあります」


――分離の現象はどのようにして行われるのでしょうか。


「魂をつなぎ止めていた絆(玉の緒(シルバーコード))が切れ、肉体から離れて行きます」


訳注――ここに掲げた写真はカルデックが一八五〇年に創刊した『心霊評論』La Review Spirite紙上で紹介されたもので、それが訳者が購読中だった米国の心霊月刊誌CHIMES(チャイムズ)に掲載された(現在は廃刊)。解説文によるとフランス北東部のアルザスに住む老婦人が他界して納棺される直前に、娘が写真を撮りたいと言うので、弔問に訪れていた高等学校の校長が代わりに撮ってあげた。十二枚のフィルムのうち四枚だけ残っていたので四枚撮った。最初の一枚は露光は一秒だったが、部屋の明かりが弱すぎるので、二枚目は十二秒、三枚目は十五秒、四枚目は二十秒にした。焼き付けてみると一枚目は老婦人の普通の写真が写っていたが、残り三枚には見事なシルバーコードの映像が写っていた。玉の緒(通夜における写真)
(露光12秒)(露光15秒)(露光20秒)


――それは突然、そして一瞬の間に行われるのでしょうか。生と死とを分ける明確な線があるのでしょうか。


「いえ、魂は少しずつ分離します。カゴが開けられて小鳥がぱっと飛んで出て行くような調子で、霊が肉体から急に去って行くのではありません。生と死との境を行ったり来たりしながら、霊は少しずつ肉体との絆を緩めていきます。一気に切断するのではありません」


――有機体としての生命が停止するより先に霊と肉体とが完全に分離することも有り得ますか。


「肉体の断末魔が始まる前に霊が去っているということが時おりあります。断末魔は有機体としての生命の終末の反応にすぎません。本人にはもはや意識はないのですが、わずかながら生命力が残っています。しょせん肉体は心臓の働きによって動く機械です。血液が巡っているから生き続けているだけで、魂はもう存在する必要はありません」


――死の現象の最中に霊がこれから帰って行く霊の世界を垣間見ることはありますか。


「霊は、肉体につなぎ止められてきた絆が緩んでいくのを感じると、その分離現象を促進して一刻も早く完了させようとするものです。その際、すでに物的束縛から幾分か脱していますから、これから入って行く霊的世界が眼前に広がり、それを楽しく眺めていることがあります」


――いよいよ分離して霊界での意識を取り戻した時の感じはどんなものでしょうか。


「各自の事情によって異なります。悪いことばかりしてきた者は、その悪事の場面を見せつけられて恥じ入るでしょうし、善行に励んできた者は肩の荷を下ろしたような、晴れやかな気分がすることでしょう。どんなに厳しい目で見られても恥じ入るところは何一つ無いのですから」


――地上時代の知り合いで先に他界した人たちと再会できるでしょうか。


「できます。ただ、愛情関係の度合いによって直ぐに会える人と、なかなか会えない人とがいます。霊界への帰還を察知して出迎えてくれ、物質との絆を解くのを手伝ってくれる人もいます。前世で知り合いだったのに、あなたが地上へ行ってしまったのでその間会えなかった人が出迎えてくれることもあります。霊界に帰りながら今なお迷っている者にも会えますし、地上に残した者のところへ行ってみることもあります」
〈死後の意識の混乱〉


――事故死のように、老齢や病気による衰弱が伴わない死の場合、魂の分離は肉体的生命の死と同時に発生するのでしょうか。


「大体においてそうです。そうでないケースも無きにしもあらずですが、いずれにしても肉体の死から魂の分離までの時間はそう長くはありません」


――例えば斬首された場合、意識はそのまま残っているのでしょうか。


「少しの間残っているケースがしばしばあります。が、それよりも、死の恐怖のために刑の執行直前に意識を失っているケースがよくあります」


編者注――ここでいう“意識”は肉体器官を通じての意識のことである。その意識の途絶えは必ずしも肉体からの魂の分離を意味しない。肉体が元気なうちの突然の死においてはペリスピリットがしっかりしているために、魂の分離に時間が掛かるようである。


――肉体から分離した魂は直ちに霊としての自我意識を持つのでしょうか。


「直ちにではありません。しばらくの間意識が混乱し、感覚が鈍い状態が続きます」


――それはどんな霊でも同じですか。


「いえ、霊性の発達程度によって違います。霊的浄化がある一定レベルまで達している霊は、すでに地上生活中に物的束縛から脱していますから、直ちに意識を取り戻します。一方、物的波動にどっぷりと浸っていた者や道義心が鈍い者は、いつまでも物的波動から抜け出られません」


――霊的真理を知っているということは死後の目覚めに影響がありますか。


「大いにあります。これから置かれる自分の新しい環境についてあらかじめ理解ができていることになるからです。しかし、やはり何よりも大切なのは実直な日常生活と道義への忠実さです」

シルバーバーチの霊訓(二)

Silver Birch Speaks

Edited by Sylvia Barbanell


三章 一教師の悩みに答える

 ある日の交霊会に学校の教師が招かれた。スピリチュアリズムを信じ、それを若い学生に教えたいと思いながら、思うに任せない悩みを抱えている。ふつうなら招待客の質問を聞いてシルバーバーチが答えるのがパターンであるが、その日は意外な展開となった。開会早々まずシルバーバーチから語り出したのである。

 「あなたの質問をお受けする前に二、三私の方から述べさせていただきたいことがあります。あなたはこれまで数々の難問に直面し、悩みを抱え、あれこれと心の中で反問し、胸を焦がし、思想上の葛藤を繰り返して来られましたが、それはあなたが自分の理性の指図による判断に基いて自分なりに得心した道を歩む上で是非とも必要なことでした。

 それは安易な道ではありませんでした。あなたがいい加減なことでは済まされない性格であり、何事も全身全霊を打ち込むタイプであり、他人も同じであってくれることを望まれる方だからです。私の言わんとすることがお判りですか」

 「全くおっしゃる通りです」とその教師が答えると、シルバーバーチはさらに続けた。

 「私が ぜひとも指摘しておきたいことは、霊的知識の恩恵を受けた者はあくまでも理性の光に従わねばならないということです。他界した霊がこうして再び戻って来るそもそもの目的は、父なる神が子等に授けた全才能を発揮するように地上人類を促すことです。知識の探求、叡知と真理の追及において理性を無視したり、道義の鏡を曇らせたり、良識を踏みにじるようなことがあってはなりません。

 私たち霊もあなた方人間とよく似た存在です。まだまだ人間的なところがあり、過ちも犯せば失敗もします。絶対的不謬性も完璧性も主張しません。人生の道において少し先を歩み、少しばかり多くの真理を学び、どういう地上生活を送ればこちらへ来てからどういうことになるかを、この目で見てきたというだけです。

 そこで私たちは人類のために何とかしてあげたい──霊的真理を教えることによって、これまで同胞が犯してきた過ちを二度と犯さないですむようにしてあげたい。私たち先輩の叡知を学び、宿された神性を活用することによって地上をより良い、より自由な、そしてより豊かな生活の場としてあげたい。それがひいては霊界が地上から送られてくる未熟で準備不足で不用意な不適格者によって悩まされることがなくなることにもなります。

 しかし、私たちに協力して下さる人々も自分なりの理性、自分なりの判断、自分なりの自由意志を放棄してはなりません。私たちはあくまでも協調による仕事に携わっております。専制君主のような態度はとりたくありません。あなた方をロボットのようには扱いたくありません。

死の淵を挟んだそちらとこちらの関係において、〝同志〟として手を握り合い、霊的知識の普及という共通の目的のために共に働き、何も知らない無数の地上の人々へ身体と精神と魂の自由をもたらしてあげたいと望んでおります。

 いかに立派な霊であっても、いかに高級な霊であっても、いかに博学な霊であっても、その説くところがあなたの性分に合わない時、不合理あるいは不条理と思える時は、遠慮なく拒否するがよろしい。あなたには自由意志があり、自分で自分の生活を律していく責務があるのです。

私たちがあなた方の人生を代わりに生きてあげるわけにはまいりません。手助けはできます。指導もできます。心の支えになってあげることも出来ます。ですが、あなた方自身が背負うべき責務を私たちが背負ってあげるわけにはいかないのです。

 私たちの願いはあなた方に生き甲斐ある人生を送っていただくこと、つまり内在する才覚と能力と資質とを存分に発揮していただくことです。そうなることが現在の地上生活の目的に適うことであると同時に、やがて死を迎えた暁に次の段階の生活への備えもできていることになるからです。

これが私の基本的人生観です。そして、これまで永い間私の訓えに耳を傾けて下さった方なら認めてくださると思いますが、そうした人生を最終的に判断を下すのは、あなた自身の〝理性〟であるというのが私の一貫した考えです」

 ここで教師はシルバーバーチの助言と勇気づけの言葉に礼を言い、ここ数年のあいだ悩み続けてきたので身に沁みて有難く感じると述べ、さらに、スピリチュアリズムの普及にどうすれば貢献できるかと尋ねた。すると───

 「地上世界はいま他人のためになる行為なら何でも必要としております。何でもよろしい。自分でこれならできると思われることをやり始めることです。すると道が開け、進むにつれてどんどん広がって行くものです。他の大勢の人たちがそういう体験をしております。未来は過去から生まれます。これまでに起きたことは、その中から将来に役立つものを見出しさえすれば、すべて価値があったことになります。」

 そこで教師が自分の考えをこう述べた。

 「私の過去は霊的知識を幾らかでも獲得したことで有益だったと思います。イザという時に役立つもの、そして現在の意識の段階に辿りつくために経なければならなかった貴重な体験を得させてくれました。それがいわば私の人生の第一章で、これから第二章へ進みたい。つまり、ささやかながらこれまでに得た知識と、これから得られるであろう知識を実生活で役立てたいと思っております」

 「立派なお考えです。霊的知識の普及という仕事で私たちに協力してくださるお気持ちが無為に終わることは絶対ないと思ってください。それが私たちの仕事だからです。霊的知識によって地上人類を啓発し、無知の暗闇を照らし、明るい真理の光をもたらすことです。あなた方人類を救わんと志す霊団の導きに身を委ねてくだされば、あなたにできる仕事はいくらでもあります」

 「許されることなら、小さな霊団と仕事をしたいと思っております。いま霊界には、他界するまで私の心霊仲間だった者が二人おります。三人で一つのチームを結成できると思うのです。」

 「それは可能な範囲に限るのであれば結構なことです。二人ともよろこんで協力するでしょう。あなた方を結びつけているのは愛と親交だからです。その点に関しては何のご心配もいりません。ただ、あなたも自由意志を持った一個の霊であり、簡単に自分の考えを譲るようなことをしてはいけません。能力の限りを尽くす心の準備を整えたうえで、何を目標として進むのかを明確に確認し合わなくてはいけません。

それから、計画がうまく運ぶのは結構ですが、急いては事を仕損じる、ということがあります。顕幽にまたがるこの種の仕事の難しさは、お互いの持ち場がきちんと定まらない微妙な状態で協力し合っているために、地上の人間の勝手な行動によって計画全体が台無しになることがあることです。お分かりですか」

 「なるほど。すべてがいかに細かく配慮されているかが判ってきました。挫折の法則について私が抱いていた疑問もこれで解けました」

 「私たちの全てが従わなければならない計画があり、それに向かっての照合と再照合があります。それは法則によって支配されており、大枠において一人一人に割り当てられております。地上においてはその計画達成に二つの方法があります。一つは近道とでもいうべきもので、大勢の人を目を見張らせる方法で手っ取り早く魅了してしまうやり方です。

これにも利点はあります。が、結果として及ぼす影響力に永続性がありません。容易に得られるものは余り価値はないものです。手に入れても、価値が無ければ高い評価は与えられません。

 もう一つの方法は個々の魂が辛苦と闘争と困難、悲しみと悩み、病いと悲哀を通してみずから学ぶことです。自我に目覚めて神に必死に助けを求めます。その時こそ、すなわち魂が培われ土壌が耕やされた時こそ、真理のタネが芽を出す時です。こうして得られたものはそう易々と失われるものではありません」

 「私は教師としての職業柄、青少年に大いに関心があります。あなたの霊訓のようなものを教えることができたらと思います。私の手がけた若者の助けになることをしたいのです。すでに(第一次)大戦で死んだ者もおり、援助を必要としております。

また戦争のために社会復帰がうまく行っていない者もおります。そうした私の教え子の多くに何かしっかりした人生思想と宗教を教える仲介役になれるのではないかと思うのです。また、書くことによって更に広い範囲の人々に思想を広め、同時に語り伝えることができればと思っております」

 「そうした奇特な望みは大いに叶えられるべきです。ただ、最初にお述べになったことは慎重におやりにならないといけません。教師という立場上、難しい問題があるからです。一般論としては若人にこうして霊的知識を教え込むことは可能です。が、あなたの場合は特殊なラベルは用いない方がよいでしょう。

 しばしば申している通り、あなた方はスピリチュアリズムという言い方をされますが、これは地上でのラベルであって、私にとっては自然の法則そのものなのです。スピリチュアリズムという用語を用いると人によっては、とくにその真意を知らない人にとっては、何やら無気味な感じを与えます。

それよりも、大自然の法則──宇宙の物理的・精神的・霊的法則、まだまだ未開拓のままである人間の潜在的能力、表面下に存在する活動の世界、すなわち超自然界、人間の持つより繊細な能力──こうした広大な分野は〝スピリチュアリズム〟とか〝霊媒現象〟といった、誤解されやすい用語を用いなくても教えることができます。

 詭弁を弄しなさいと言っているのではありません。真理には多くの側面があり、従って特別なラベルを貼らなくても表現できることを言っているのです。すでに他界した人にも、地上で幻滅を感じている人にも──そういう人が実に多いのです──霊的知識を普及するチャンスを与えてあげることによって大いに助けになってあげられます。

今夜のこうした集会は私たち霊界での真理普及のためにもよく利用されています。(別のところで〝本日の交霊会には五千人もの霊が集まっている〟と述べている──訳者)

 そうした集会に集まる人々にあなた自身の体験──どのようにして死んだはずの人々と交信できたか、どんなことを聞かされたかを話してあげることができます。そして、あなたの想像以上の多くの方々が聞く耳をもっていることを知ることでしょう。

もちろん聞く耳をもたない人もいます。会をやめざるを得ないことになるかも知れません。あなたを変人と思う人もいることでしょう」

 「耳を傾けた人は、あとになってそれが芽を出すことになるでしょう」

 「必ず役に立ちます。魂に備えができるまでは側から手の施しようがありません。魂みずからが自分を発見しなければならないものだからです。が、実際にはちゃんと備えが出来ている場合が多いものです。そういう人が啓発を求めてあなたのもとに連れて来られます」

 ここで別の列席者が発言した。「確かに若者というのは何かを耳にすれば、遅かれ早かれ、必ず何らかの反応が生じるものです」

 「おっしゃる通りです。たとえその時は反発を覚えても、それが潜在意識に印象づけられ、ずっと存在し続け、本当にそれを必要とする時期が到来した時に呼び醒まされて活動を開始します」

 そこで教師が質問した。「私の場合はスピリチュアリスト教会との関係になるのでしょうか。それとも他の分野での仕事になるでしょうか」

 「私のみたかぎりで判断した意見を申し上げれば、あなたの場合は特定の組織内での仕事よりは、もっと広い範囲に向けるべきでしょう。教会とか協会とか団体との関係をもってはいけないと言っているのではありません。機会があれば時にはそうした組織のために活躍して別に悪いとは申しませんが、私のみるかぎりでは、そこはあなたの本来の舞台ではないということです。

 あなたの場合はその種の教会に近づくことのない人々へ手を伸ばすことが可能です。その範囲内においてあなた自身も影響を受け、あなたの方から影響を与えることもできます。その世界は教会関係とは縁がなさそうですね」

 「まったくありません」

 「あなたは今日、私が(霊界から)ここへ来る前に他の出席者に話しておられましたね──あなたの家で催される交霊会の支配霊はアフィニティ(※)とだけ仕事をしたがる、と」(※同じ霊系に属する類魂で、霊的血縁関係とでもいうべきもの──訳者)

 「実は私が今日まっ先に書き留めておいた質問はそのことでした」
 「あなたのアフィニティは教会関係ではないと思います。アフィニティというものは、それ以外に結びつける要素のない関係においては強力な縁となりますが、縁というものは他にもさまざまな形態をとりますし、私たちはその全てを利用するようにしています」

 このあと、それに関連して教師から出された質問に対してシルバーバーチは「すべての出来ごとは因果律の絡み合いです」と述べてから、さらにこう続けた。

 「人生にはその二つの力が作用しております。原因に対し、寸分の狂いもない正確さをもって、それ相当の結果が生じます。結果は原因に従うほかはないのです。その原因もまたそれ以前の原因の結果であり、その関係が人生のありとあらゆる側面に途切れることなく無限に続いております。しかし、あなたにとって何一つ無駄というものはありません。真理は真理です。

どうけなしても、真実なものは真実です。ニセモノは早晩消えていきます。が、真理はどうケチをつけてもその真実性が損なわれることはありません。それが真理というものなのです。

 真理というものは一度手に入れたら二度と失うことはありません。他のあらゆるものを失ない、取り逃がし、人生が底なし沼のように思われる時でも、真理だけは必ずあなたの味方になってくれます。不動の決意をもって泰然としていられる堅固な土台を提供してくれます」

 ここで教師が一つの疑問を提示した。いつも良い証拠を提供してくれる霊媒が、金銭問題のような俗世的問題になると頼りにならないということだった。すかさず他の出席者が「それはその霊媒がそうした問題には不得手なのですよ」と言うと。シルバーバーチは霊媒を通じて霊にアドバイスを求める際の重大な問題点を指摘した。

 「それにもう一つ、交霊関係における法則の一つに、霊の側から自発的に述べる情報の方が、人間の側からの質問に応じて述べるアドバイスよりも霊的要素が大きい、ということがあります。今のあなたにとって重大と思える純粋に俗世的な問題───五十年後には何でもなかったと思えるでしょうが───を霊に持ちかけるということは、その霊媒にとってはいわば不意打ちを食らわされるようなもので、霊媒能力が慌てます」

 「潜在意識にある能力でしょうか」
 「そうです。霊媒現象は全て霊媒の潜在意識を使用していますから」

 「私は仕事のことでいろんな霊媒に質問したことがあります。すると、動物問題に興味を持っている霊媒は動物愛護のための仕事をしろと言います」

 「そんな場合でも、意識的にせよ無意識的にせよ、霊媒自身にはごまかそうという意図はまったくありません。あなた方から質問する。それが大気中に放射される。内容が地上レベルですから、それが(支配霊でなく)霊媒自身の潜在意識を刺戟するわけです。

 霊の方から自発的に俗世的な問題に関するメッセージを送ってきた場合は、それはその時のあなたの霊的発達程度がそうさせたのです。霊からの自発的なアドバイスと、人間側からの質問に対する返答とを区別しなさいと私が言ったのはそういう理由からです。

 そういうわけで、日常的な悩みについて質問することは感心しませんが、霊の方から日常的な問題についてアドバイスしてきた時は素直に受け取って結構です。もっとも私の場合はそれとはまったく別の要素がありますが。

 いずれにしても、霊媒の言ったことがその通りにならなかったからといって、すぐにそれを〝ごまかし〟と決めつけてはいけません。支配霊が憑っている時は霊媒の潜在意識が活発に働いています。

そこへ世俗的な質問をすると、たちまち意識の焦点が地上次元へと下がり、その次元での回答が出されます。もっとも、そうやって低次元の考えを吐き出させた方が思念の通路が掃除されてサッパリすることがよくあります。

 それがウヤムヤに終わると、動揺した潜在意識がその状態のまま最後まで続くことになりかねません。このように二つの世界の交信の過程は実に複雑で入り組んでいることを知っておく必要があります」


 話題が一転して教育問題になった。
 「現代の教育に欠けているものは何でしょうか」

 「人間それ自身について真理を教える用意が為されていないことです。人間が霊的な宿命を背負っている霊的存在であるという事実へ指向された教育が無いことです。根本的にはどの教育も人間は本来が霊的存在で、それに精神───そしてたぶん魂とおぼしきもの───が宿っていると教えています。

本来が霊的存在で、それが肉体に宿っていること、今この地上においてすでに〝霊〟なのであり、それが自我を発揮し霊性に磨きをかけていること、日々が霊性を豊かにするための教訓を学ぶ好機であり、死後に待ち構えているより大きな生活への準備をしているという事実を教えておりません。

子供の潜在的能力についての理解、宗教についての理解───これが欠けております。そして、大して必要でもない知識を教え込むことに関心が向けられすぎております」

 「肝に銘ずべきことだと思います」と、教育一筋に生きて来たその教師は真剣な面持ちで述べた。「大半の教師は異論の多い問題を敬遠します。味気ない、ただの歴史的叙述でお茶を濁しています。教師として卑怯な態度だと思うのです」

 「学校においてこうした霊的真理が教えられることは大いに望ましいことです。ですが、教師自らがそれを真理であることを確信しないことには、学校で教えられるようになることは期待できないでしょう。まだまだ先の長い仕事です。しかし、長くても着実です。そしてそれは、必要とするところに真理のタネを植えることのできる指導者にまず私たちが働きかけることによって成就されることです」

 「時間の掛かる仕事なのですね」と、別の出席者が言うと、
 「宇宙の創造自体がそう短い時間で終わったわけではありません。生命は永遠です。今あなたを悩ませている問題の多くは百年後にはすっかり忘れられていることでしょう」

 「私たちも少しは進歩していると思うのですが・・・」と教師が言うと、
 「少しではありません。大いに進歩しておられます。夜の帳が上がり、明るさが増していくのが見えます」

 「スワッフハー氏はこの運動(スピリチュアリズム)は一般庶民から始まって上の階層へ進まねばならないと言ったことがあります。私は上層から始めるべきだと思い違いをしておりました」

 「真理というものは一人一人が納得することによって広がっていくものです。一度に大勢の者を目覚めさせる方法はありません。またそれは〝知的探求〟によって成就されるものでもありません。無私の行いと、訓えを語って聞かせることによって人の心を捉える───それしかありません」 
 
 その後の交霊会で女性の出席者が「私はこれまで困難から逃げよう逃げようとしてきたことが分かりました。これからは正面から取り組み、決して逃げないようにしようと思っています」と述べ、続けてこう尋ねた。

 「お聞きしたいのは、私がすぐにパニック状態になったり塞ぎ込んだりするのは、その逃げ腰の心の姿勢のせいでしょうか、それとも私の知らない原因が別にあるのでしょうか」

 「私から見れば、あなたが心に画いておられるほど事態は深刻ではありません。あなたの性格はご自分で築いてこられたまま───そっくりそのままです。

私から見たあなたは、困難を克服し、ふつうの人なら挫けたかも知れない事態でも勇気を出し、難問にも正直さと最善を尽くそうとする意欲で対処してこられた方とお見受けします。確かに過去においては、独力ですべきところを依頼心が強すぎたことがあったことは事実のようです。あなたがおっしゃるのはそのことですか」

 「そうです。ですが、これからは自分の足でしっかりと踏ん張る拠りどころができました。それを決して失うことのないようにしたいと思います」

 「逃げ腰になるとおっしゃったのはそのことですか」
 「そうです。そう思われませんか」

 「思いません。それに、次のことを忘れてはいけません。他のすべての人と同じように、あなたの人生も、あなたの個性をあなた自身で発達させるための手段だということです。あなたの代わりにそれをやってくれる人はいないということです。魂の成長は個人的な問題です。

 いかなる人間にも必ず試練と困難、すなわち人生の悩みが訪れます。いつも日向ばかりを歩いて蔭を知らないという人は一人もいません。その人生の難問がどの程度まであなたに影響を及ぼすかは、あなたの霊的進化の程度に掛かっています。ある人には何でもないことのように思えることが、あなたには大変なことである場合があります。

反対に、ある人には大変な問題に思えることが、あなたには些細なことに思えることもあります。各自が自分なりの運命を築いていくのです。

  あなたに一個の荷が背負わされる。それをどう扱うかはあなた次第です。〝よし、担ぎ通して見せるぞ。これは自分の荷物なのだから〟という気持ちになれば軽く感じられるものです。

それだけ魂が成長するからであり、その成長の過程において内部のある力が魂を癒してくれます。困難に際して真っ正直さと勇気とをもって臨んで、霊的に損をする人は絶対にいません。何一つ怖がるものはないのです。

 「物的なことに関してはそういうことが言えると思いますけど・・・・」

 「私は物的なことを述べているのではありません。魂と霊と精神について述べているのです。私は物的なことに言及したことを述べたことはありません。この点があなた方を指導する上での私の泣きどころなのです。魂を照らす光明へ向けて順調に頑張っておられるのに、自分では精神的に暗闇にいるように思っておられる。それで私が、怖がらずに突き進みなさい、とハッパをかけるのです」

 すると別の出席者がこう弁明した。「私たち人間は自分の物的な立場からしか自分が見えないのです。自分はやるべきことをやっていないのではないか、と思い始めたら、もう、現実にやっていないということになってしまうのです。

あなたからみれば私たちは立派にやっていて、素晴らしい、純心な、光り輝く存在であっても、私たち自身はそうは意識していません。欠点ばかりが目につくのです」

 「そんなことはありません。あなた方はご自分で意識しておられる以上に立派な方ばかりです。高い知識を身に付けた方はとかく自分をみじめに思いがちなものです。その知識が謙虚さ、真の意味での謙虚さを生むからです。

 人間は困難のさなかにある時は、自分の置かれた情況について必ずしも明確な判断が出来ません。また、これで良かったかという動機づけについても、穏やかな精神状態の時ほどの明確な自信が持てないものです。

興奮と衝突と不協和音の中にあっては、冷静な反省は容易に得られるものではありません。その上、あなた方は全体像がつかめないという宿命的な立場に置かれております。あなた方に見えるのはホンの一部だけです」

 「人間が自由意志が行使できるといっても、獲得した知識に相当した範囲においてだけということになります」と教師が述べると、

 「おっしゃる通りです。でも私はいつもこう申し上げております───自分の良心の命ずるままに行動しなさい、と」

 「そう言われると私は困るのです。良心がある事を命じて、もしそれに従わないとペナルティ(報い・罰・罰金)を受けるということですね?」

 「そういうことです。結局はじめの問題に戻ってきたわけです」
 「それが私の悩みのタネなのです」

 「人生は螺旋階段のようなものです。単純であって、しかも複雑です。一つのプランのもとに展開しております。難題の一つ一つにはちゃんとそれを解く合カギがあるのです。が、必ずしもその合カギが手に入るとはかぎりません。それで、ドアがいつまでも開かないということになります。

だからこそ、人生の闘いの中にあっては理解力や真理の探究心といったものが要請されるわけです。それが私どもの世界から見守っているスピリットからの援助を呼び寄せることになるからです。それがあなた方自身の内部に宿されている資質と相まって困難を克服する十分な力を発揮させます」

 すると未亡人が「失敗を失敗として自覚する限り、その失敗は大して苦にする必要はないということになるように思います」と述べると、

 「あなた方には全体像が見えないのです。こちらへ来て霊眼をもって見れば、全てが明らかとなります。ある人が成功と思っていることが実は失敗であることがあり、失敗したと思っていることが実は成功だったりするものです」

 そこで教師が本当に成功だったか失敗だったかは自分で分かるものであることを述べると、

 「その通りです。いわゆる〝良心の声〟に従えるほど冷静になればわかります。良心はいつも見つめております。それで私は、問題に対する回答は必ず自分で得ることができます、と申し上げるのです」

 「私もそう思います」と未亡人が相づちを打つと、シルバーバーチは続けて、

 「でも、それは容易にできることではありません。地上の人間の大きな問題点は、自我を鎮め、内部に安らぎを見出し、波長を整えて調和を取り戻す方法を知らないことです。ほんのわずかの間でもよろしい。

〝この世〟から(物的な意味ではなく)精神的・霊的に身を引き、代わって、とかく抑えられている内的自我を表面に出すようにすれば、人生の悩みに対する回答を見出します。

時には毎日の型にはまった生活を崩して田園なり海岸なりに足を運んでみるのもよいでしょう。精神状態が変わって、ふと良い解決方法を思いつくことにもなることでしょう。しかし本来は、コツさえ身につければ、そんな遠くまで〝旅行〟しなくてもできるものです」

 「でも、それは大変な努力を要することです」と教師が言うと、

 「むろん、とても難しいことです。しかし霊的な宝は容易に得られるものではありません。もっとも望ましいことは、もっとも成就しにくいものです。努力せずして手に入るものは大して価値はありません。

 あなたに申し上げます。迷わず前進なさい。これまでのあなたの人生で今日ほど魂が生き生きと目覚めておられる日はありません。その魂に手綱を預けてしまうのです。その魂に煩悶を鎮めさせるのです。

すべては佳(よ)きに計らわれていることを知ってください。その安堵感の中にあってこそ、あなたの求めておられる魂の安らぎと静寂とを見出されることでしょう。魂の中でも時に嵐が吹きすさぶことがあることを自覚している人はわずかしかいません。あなたはその数少ないお一人です。私にはあなたの気持がよく理解できます。

 私からも手をお貸ししましょう。私達の世界からの愛をもってすれば、けっして挫けることはありません。信じて頑張るのです。頑張り抜くのです。真実であると信じるものにしがみつき通すのです。神は、あなた方の方から見捨てない限り、絶対にあなたをお見捨てになりません」

Wednesday, April 1, 2026

霊の書(2部) アラン・カルデック(編)

The Spirits' Book
第2部 霊の世界
アラン・カルデック(編) 近藤千雄(訳)


2章 霊の物質界への降誕

このページの目次〈降誕の目的〉
〈魂〉
〈唯物思想〉

〈降誕の目的〉


――霊が物質界へ誕生してくる目的は何でしょうか。


「それは、完全性を成就するための手段として神が課した必要性の一つです。ある者にとっては罪の償いであり、ある者にとっては使命である場合もあります。完全性を成就するためには物的身体に宿ってのありとあらゆる体験を重ねる必要があります。個霊としての存在価値を発揮させるのは、浄化のための辛苦の体験です。

降誕にはもう一つの目的があります。すなわち造化の仕事に携わるに相応しい力を付けることです。その目的をもって、派遣された天体の物的環境に調和した物的身体を授かります。それを手段として、神によって割り当てられた各自の仕事を成就することができます。かくして一方で各自の霊性を磨きつつ、その世界の福祉のための役割をも果たすようになっているのです」


――個霊としての存在を得た当初から摂理にかなった道を歩んできた者にとっても必須なのでしょうか。


「全ての霊は無垢と無知の状態で創造されています。そして物的生活における苦闘と辛苦から教訓を得るために物質界へ降誕するのです。公正なる神は、ある者だけに苦難も努力も必要としないラクな人生を与えるようなことはしません。そんな人生では結局は何の価値もありません」


――もしそうだとすると、摂理にかなった道を歩んでも物的生活の困苦から免れないことになり、一体何のために正しい道を歩むのかという疑問が生じます。


「そういう霊は他の霊よりも速やかにゴールに到達するということです。そして、それとは別に、人生の苦労は、得てして霊としての不完全さの結果である場合が多いのです。ですから、そういう欠陥が少ないほど苦労も少ないことになります。妬むことも羨むことも知らず、貪欲も野心もない人は、そういう欠点をもつ者が遭遇する苦悶を味わう必要はありません」
〈魂〉


――魂(ソウル)とは何でしょうか。


「物的身体に宿っている霊(スピリット)のことです」


――物的身体に宿る前の魂は何だったのでしょうか。


「霊(スピリット)です」


――すると魂も霊も同一物ということでしょうか。


「そうです。魂も霊です。物的身体と結合する前の魂は見えざる世界で生活する知的存在で、それが浄化と啓発を得るために一時的に肉体に宿るということです」


――人間にはその魂と肉体のほかにまだ何かあるのでしょうか。


「その魂と肉体とを結びつけるものがあります」


――その結びつけるものというのはどういう性質をしているのでしょうか。


「半物質体、つまり魂と肉体との中間的性質をしたものです。異質の両者を結びつけるために必要なものです。霊が物質に働きかけ、物質が霊に働きかけるのは、この半物質体を通してです」


――魂は生命体(肉体)とは別個の存在なのでしょうか。


「繰り返し申し上げている通り、肉体は魂の媒体です」


――肉体は魂がいなくても(離脱しても)存在できますか。


「できます。ただし、魂が去ってしまえば生きていられません。誕生前の(母胎内での)魂と肉体との関係は完全ではありません。が、無事に誕生して両者の結合が確定的となれば、両者のつながりを断ち切ることができるのは肉体の“死”のみです。それを限りに魂は肉体から引き上げます。有機的生命は魂が抜けた身体を生かしめることはできますが、魂は有機的生命のない身体には宿れません」


――もし魂がなかったら肉体はどうなりますか。


「知性のない、ただの肉の塊です。何と呼んでもかまいません。人間でないことだけは確かです」


――同じ霊が同時に二つの肉体に宿って生まれることはできますか。


「できません。霊は分割できません。それゆえ二つの肉体を同時に生かしめることはできません」(『霊媒の書』第七章参照


――魂は筋肉の数だけ細分化されて、それが肉体の機能を支配しているという説がありますが、いかがでしょうか。


「魂という用語の意味が問題です。生命の流動体のことであれば、その説は正しいと言えます。宿っている霊のことであれば、それは間違いです。霊が分割できないことはすでに述べました。流動体を通して肉体器官を動かしているのであって、各器官に分散しているのではありません」


――でも、そういう説を唱える霊がいます。


「無知な霊はよく原因と結果とを取り違えます」


――魂は肉体の外部にあって肉体をくるんでいるという説は正しいでしょうか。


「魂が肉体に宿ると言う時、小鳥がカゴの中に閉じ込められているような図を想像してはいけません。魂のもつ霊的影響力がちょうど電球の光があたり一面を照らすように、あるいは音が四方へ鳴り響くように肉体全体に行きわたり、さらに肉体の外部にまで及んでいます。その意味では肉体の外部にあると言えますが、だからと言って魂は肉体をくるんでいるということにはなりません。

魂には二種類の媒体があります。第一の、ないしは、いちばん奥にあるのが、あなたのおっしゃるペリスピリット(※霊体)で、軽妙で繊細です。もう一つが肉体で、粗野で鈍重です。魂はこの二種類の媒体の中心で、ちょうど果実のタネの胚のようなものと思えばよろしい」


――魂は子供から大人になるまでの一生をかけて成長して完成されるという説はいかがでしょうか。


「霊というのは個霊として一単位であり、子供の時でも大人と同じく全ての属性をそなえた統一体です。一生をかけて成長するのは魂の表現機能としての肉体器官です。その説もまた原因と結果を取り違えています」


――なぜ全ての霊が魂について同じ定義が述べられないのでしょうか。


「この種の問題に関して全ての霊が同じ程度に啓発されているとは限らないからです。知的な発達が遅れていて、抽象的な概念が理解できない者がいます。地上の子供といっしょと思ってください。また、間違った知識ばかりを詰め込まれている者もいます。そういう霊は聞く者に権威をふりかざそうとして、やたらに難しい用語を並べ立てます。これ又、地上によく見かける例です。

それとは別に、正しく啓発されていながら、一見すると全く異なった用語を用いる霊がいます。基本的には同じことを言っているのですが、特に地上の言語では明確に表現できない問題についてはそうなりがちです。それを比喩や象徴的表現を用いて説明するのですが、それが文字通りに受け取られてしまうということもあります。魂という用語はとても曖昧で、各自が勝手な想像を加えて解釈しています」


――魂は身体のどこかに、周りを取り囲まれた存在場所をもっているのでしょうか。


「そういうものはありません。ただ、天才や思考を仕事とする人は主として頭部に、情緒に富んだ人や人道主義的な仕事に携わっている人は主として心臓部にあるということは言えるかも知れません」


――身体の中央部にあるという説もありますが……


「さまざまな思いはどうしても中心部に集中する傾向がありますから、そこに霊が位置していると言えるかも知れませんが、そういう説を立てる人は、霊の働きを生命力の流れと混同しているようです。それはそれとして、魂は知的ならびに道徳的な性格の表現を受け持つ器官に存在することが多いということは言えるかも知れません」
〈唯物思想〉


――解剖学者や生理学者、その他、一般的に自然科学に携わる人は唯物思想に陥りがちなのはなぜでしょうか。


「生理学者は、当然、何もかも五感を基準にしてものを考えます。科学者は全てを知り尽くしたと自惚れ、それまでの知識で理解できないものは、その存在自体を認めようとしません。科学そのものが人間を生意気にしてしまい、大自然で人間に知られていないものはないかに思い込んでいます」


――本来なら大自然を支配する大いなる知性の優位性を証明すべき科学的研究の結果が唯物思想を生むというのは嘆かわしいことではないでしょうか。


「唯物思想が科学的研究の結果、というのは正しくありません。科学的研究の成果から誤った結論を出す、人間の不完全性の結果です。人間はとかくそのようにして最高の宝を台なしにしてしまいます。さらに言えば、死は全ての終わりという概念は、実は、それを口にしている当人の方がジレンマを感じているのです。彼らは自信をもってそれを公言しているのではありません。偉そうな態度を取っているだけなのです。

いわゆる唯物主義者の大半はそう確信しているのではなく、死後の生命に合理的証明が得られないから取りあえず唯物論をぶっているだけです。こうして生きている生命が死とともに無に帰するという、あくびの出るような面白くない人生観しか抱けない学者が、ふとしたことで死後の生命に確かな拠り所を見つけてごらんなさい。とたんに、まるで溺れかかった人間のようにその証拠にしがみつくでしょう」

シルバーバーチの霊訓(二)

Silver Birch Speaks

Edited by Sylvia Barbanell




二章  宿命と自由意志

 ある日の交霊会にシルバーバーチのファンが訪れた。その人の悩みについていろいろと相談に乗った後、人間と背後霊との結びつきについてこう語った。

 「どうか私のファンの方々、ますます大きくなった私の家族ともいうべき方々によろしくお伝え下さい。そして目にこそ見えませんが私がその家族の一員として常に目を離さずにいると伝えて下さい。ただの挨拶お言葉として述べているのではありません。

実際の事実を述べているのです。決して見棄てるようなことは致しません。援助を必要とする時は精神を統一して私の名を唱えて下さるだけでよろしい。その瞬間に私はその方の側に来ております。私は精一杯のことを致しております。これ以上はムリというぎりぎりのところまで力になっているつもりです。

 困難に遭遇しないようにしてあげるわけにはまいりません。躓かないようにと、石ころを全部取り除いてあげるわけにはいきません。ただ、たとえ躓いても、転ばないように手を取って支えてあげることはできます。肩の荷をいっしょに担いであげることによって苦しみを和らげてあげることはできます。同時に喜びも共に味わって一増大きくしてあげることも出来ます。

 いかなる困難も、解決できないほど大きいものは決してありません。取り除けないほど大きい障害物もありません。私たち霊界の者からの援助があるからです。人間の力だけではムリとみた時は別の援助の手があります。人間としての精一杯の努力をした上での話ですが・・・」


 続いてシルバーバーチは若いゴードン・アダムズ夫妻に結婚生活の意義について語った。アダムズ夫人は著名な霊媒であるリリアン・ベイリー夫人の令嬢である(アダムズ氏は後にサイキック・ニューズ社の事務長になっている──訳者)二人は最近結婚したばかりで、シルバーバーチは以前からこのカップルと語り合う機会を持つ約束をしていた。まずアダムズ氏に向かってこう語る。


 「ようこそお出でになりました。どうか気楽になさってください。こうご挨拶できる機会を得て本当にうれしく思います。私があなたを蔭ながら援助しはじめてずいぶんになります。霊的知識獲得の道を歩まれるよう導いてまいりました。苦難に遭遇された時は必ず援助の手を差しのべてきました。その全てが成功したとは言えません。思うようにならなかった時は周りの条件が整わなかった時でした」

 ここで出席者全員に「今日は本当にうれしい日です」と述べてから、今度はこの若いカップルに向かってこう語った。

 「人間生活には三つの側面があります。まず人間は霊であり、次に精神であり、そして肉体です。人間として個性を存分に発揮するようになるのは、この三つの面の存在を認識し、うまく調和させるようになった時です。

 物質世界にのみ意識を奪われ、物的感覚にしか反応を示さぬ人間は、精神的ならびに霊的な面においてのみ獲得される、より大きい、より深い、より美しい喜びを味わうことはできません。反対に、精神的なもの、霊的なものばかりの冥想的生活から生まれる内的満足のみを求め、この世の人間としての責務を疎かにする人間は、一種の利己主義者です。

 肉体と精神と霊──この三つは一つの生命が持つ側面です。神が賦与して下さった才能の全てをその三つの側面を通じて発揮するための正しい知識を授けることが、こうして霊界から地上へ戻ってくる霊の仕事なのです。男性と女性は互いに補い合うべき存在です。

お互いが相手の足らざるものを具えております。両者が完全に調和して半分どうしが一体となった時こそ、神の意図が成就されたことになるのです。

 残念ながら二つの魂の一体を求めて地上へ誕生してくる霊の中には、それが成就されないケースが多すぎます。二つの魂を永遠の絆で結びつける唯一の原動力である〝愛〟に動かされていないためです。

 私の知る限り愛は宇宙最大の力です。他のいかなる力にも為し得ない驚異を働きます。愛は己れを知り尽くしております。それ故、愛する人だけでなく他のいかなる人に対しても邪なものが降りかかることを望みません。

お二人が愛によって結ばれ、この世だけでなく地上での巡礼が終わったのちにも互いを認め合い睦み合うことを許されたことを幸せと思わなくてはいけません。

 お二人は終わりのない旅へ向けて出発されました。しかし、手に手を取り合い、心と心、魂と魂を結び合って永遠に歩み続け、永遠に共に暮らすことでしょう。こうしてお二人が愛の力によって祝福され、尊ばれ、聖別された以上、もはや私の世界にも地上にも、改めて祝福を述べてくれる人を求める必要はありません。

 ですから私も〝この二人に祝福あれ〟などと申し上げる必要がないわけです。祝福はお二人を結びつけた愛の力によって既に成就され、お二人の前に続く未来永劫にわたる人生を堅固に、そして調和あるものとしてくれます。お二人を結びつけた霊的知識に感謝すべきです。

真の結婚、永続的な結びつきは、二つの魂が調和し、その当然の成り行きとして進化の法則の成就のために奉仕の道で共に援助し合うことであることを、肝に銘じて下さい。

 力と導き、霊感と叡知が常にあなた方の周りにあること、霊の力がいつもあなた方と共にあって手助けし、援助し、鼓舞してくれること、お二人に忠誠心と愛着さえあれば、それがいかに身近なものであるかをいつでも証明してみせることが出来ることを銘記して、前向きに生きることです。

 まさしくあなた方お二人は一体です。前途に横たわる人生には祝福に満ちております。問題も困難もトラブルも起きないと言っているのではありません。それは人間としてどうしても遭遇することになっているのです。地上生活を送る魂は有為転変の全てを体験しなければなりません。

が、お二人はきっとそれらに堂々と対処し、そして克服して行かれることでしょう。魂まで傷つくようなことはないでしょう。なぜなら、一人では苦しいことも、二人で対処すれば半分ずつとなり、結局少しも苦にならないことになるからです。

 こういう言い方をすると多分あなた方は、これから大変な苦労があるのだと勘ぐり始めておられるに相違ありません。が、私はそんな意味で言っているのではありません。苦労を通じて霊力の働き、地上への働きかけの原理を理解した者だけが、その霊力との交わりから生まれる内的な喜びを味わうことができることを述べんとしているまでです。

 それは地上の言語ではなかなか表現しにくいことです。が、その霊力の恩恵に浴した者は、人生には魂まで傷つけ挫けさせ宿命の成就を妨げるほどのものは絶対に生じないことを知り、自信を持って堂々と生きることができるということです。

霊的淵源に発し、神性を宿したその素晴らしい富──神の宝庫の一部であるところの、無限の価値を秘めたその宝は、受け入れる用意さえ整えれば永久に自分のものとすることができます。

 若くして(地上の年令で言えばのことですが)真理に目を開かせていただいた恵みに感謝しなければなりません。煩悩の霧が晴れ、その霊的真理があなた方の心に居場所を得たことを喜び、それがあなた方に真の自由をもたらしたように、こんどは他の人々へもその自由をもたらしてあげなくてはならないことを自覚してください」


 同じ交霊会にもう一つのカップルがいた。そして、ちょうどその日が二人の結婚記念日だった。そのカップルにシルバーバーチがこう語りかける。

 「私もあなた方の喜びにぜひあやかりたいものです。二つの魂が互いに相手を見出し、一体化を成就するのは、いつ見てもうれしいものです。そう度々あるものでないだけに、それをこうして地上において成就されたのを拝見するのが大変うれしいのです。

 お二人に愛が宿り、温かく包み、しかもそれがこれまでの永い年月の間に少しも曇ることがなく、光輝を失わなかったこと、その素晴らしさ、その美しさ、その魅力がいまお二人を包み、時の経過と共にますます強力となっていくことを喜ばなくてはいけません。

 地上のすべての人がそうした完全な一体化による幸せを味わうことができれば、と願うこと切なるものがあります。そうなれば人生がどんなにかラクに、そして意義あるものとなることでしょう。


 すると奥さんの方がこう述べた。

 「私どもはこれまで他の人々には得られない援助をあなたからたくさん頂いてきました」

 「それはお互いさまです。あなたが人のために尽くされ、私があなたを援助する。そうすることによって直接お目に掛かったことのない人々へ慰めをもたらすことが出来ました。それがどの程度まで成功したか、どこまで成就したかは知りません。

これまでたびたび述べてきたことなので皆さんは直ぐに引用できるほどではないかと思いますが、暗闇にいる人に光を見出させてあげることが出来れば、それがたった一人であっても、それだけでその人の人生は価値があったことになります。ここに集まった私達は、その〝たった一人であっても〟を〝大勢の人々〟に置きかえることができます。

 どうか皆さんはこの同志の集いを超えた広い視野を持ち、世の中には素朴な霊訓の一言が啓示となり次々と自由をたぐり寄せるきっかけとなる人が大勢いることを知っていただきたいのです」


 別の交霊会で、夫を事故で失くした婦人が招待された。夫婦ともスピリチュアリストでシルバーバーチの古い同志でもあった。婦人はもとはローマ・カトリックの信者であったが、他界した娘からの通信で死後の存続を信じるようになり、古い信仰を棄てることになった。

しかし夫を失った今は息子と二人きりの生活となった。夫の事故死は宿命だったのか、偶発事故だったのかについてシルバーバーチに鋭い質問をするが、それは後で紹介することにして、順序としてまずシルバーバーチの慰めと勇気づけの言葉から紹介しよう。


 「この度のご不幸はあなたにとっては忍ばねばならない重い十字架ですが、死後の存続の事実を知らずに色褪せた古い信仰をもって対処するよりは、あなたのように知識と理解とを持って対処できる方はどれだけ幸せでしょう。もはやあなたの人生は処理できないほど大きな問題も困難もありません。

そうしたものが地平線上に姿を現わしても、すぐに消えていくことに気づかれるでしょう。そこに霊の力が働いているからです。空虚な信仰ではなく確固とした知識の上に築かれた信仰から生まれる平静さと信頼感のあるところには、私たち霊界からの力も注ぎやすいということです。

 弱気になってはなりません。毎朝をこれから先の使命達成の前触れとして明るく迎えることです。これからも引き続き自信に満ちた生活の規範を垂れ、あなたより不如意な境遇のもとで迷い、恐れ、疑い、たぶん大きな不安の中で生きている人々が、あなたの生活ぶりの中に聖域、憩いの場、あるいは避難所を見出すことができるようにしてあげて下さい。

 あなたみずからが魂の灯台となって明るく照らせば、あなたはふんだんに霊の力の恩恵に浴し、それはひいては霊力の伝達者が同時に霊力の受信者でもあること、そのおかげで多くの仕事を為しとげることが出来ることの証となるのです。

 私は決してご主人がいま何の悔いも感じておられない──幸せいっぱいで満足しておられるなどというセリフは申しません。そんなことを言えばウソになります。幸せいっぱいではありません。埋め合わせをしなければならないことが山ほどあり、収支相償うところまで行っておりません。まだ今しばらく辛抱がいります。新しい生活に適応する努力をしなければなりません。
 
 でも感情的なストレスの多くが消えました。頭初のことを思えばずっと良くなられました。もうそろそろ、あなたへの影響を着実に行使することができるでしょう。これまでは思い出したように気まぐれにやっておりました。ご主人はもともとそういう方ではありません。

何ごともキチンとしたがるタイプで、これまでほっちらかしていたものを少しずつ整理していきたいと考えておられるところです」


 「私に何か力になってあげられることがあるでしょうか」と婦人が尋ねた。

 「愛の念を送ってあげて下さい。ご主人はいま何よりも愛を必要としておられます。こんなことを言うと妙な気持になられるかも知れませんが、地上でのご主人はあなたに頼りきりでした。ですから今になって自分でやるべきだったことが沢山あることを知って後悔しておられます。ご主人みずからこうおっしゃっています──自分は〝祈禱書〟の中にある〝為すべきことを為さずに終わった〟人間である、と。

 でもご主人はこれからそれを為しとげて行くだけのものをお持ちです。あなたはいささかも明日のことを思い煩う必要はありません。私は、心がけ次第でご自分のものとなる安心感──地上的な意味での安心感ではありません。

この世的なものは一時的で永続きしませんから──霊的な実在の上に築かれる安心感を何とかして伝達することができれば、どんなにか素晴らしいことだと思っております。

つまりあなたの行く道は面倒な悩み続きの道ではなく、次第に開けゆく道、すべてがいっそう明確に、光明が一段と明るく照らす道であることをお伝えできれば、と思う気持ちでいっぱいです」

 「そのお言葉は有難く、とても慰めになります」と婦人がうれしそうに言うと、
 「そうでしょうとも、そうでしょうとも」とシルバーバーチが元気づけるように言い、さらにこう続ける。

 「取越苦労ばかりしている人間が多すぎます。その心配の念が霧のようにその人を包み、障害物となって霊の接近を妨げます。心配すればするほど──あなたのことを言っているのではありません。人間一般についての話です──あなたに愛着を感じている霊の接近を困難にします」

 そこで列席者の一人が「ほとんどの人間がそのことに確信が持てないのです。何も分からず、それが取越苦労の原因となっているのです」と言うと、

 「おっしゃることは判ります」しかし、その知識を具えた人までが取越苦労をされている。それが私には理解できないのです。私は自信を持って皆さんに申し上げますが、この世の中には心配することなど何一つありません。

 人間にとって最大の恐怖は死でしょう。それが少しも怖いものではないことを知り、生命が永遠であり、自分も永遠の存在であり、あらゆる霊的武器を備えていることを知っていながら、なぜ将来のことを心配なさるのでしょう。

 するとさっきの婦人が「でも私達には不幸が訪れます。それも、往々にして予想できることがあります」と言うと、

 「不幸の訪れの心配は不幸そのものよりも大きいものです。その心配の念が現実の不幸より害を及ぼしています」

 ここで列席者の一人がこう意見を述べる。

 「あなたは進化された霊だからそうおっしゃるのであって、私たち凡人は進化が十分でないために神の摂理の完璧な働きが判らないのです」

 「私は私の知り得た限りのことを有りのまま述べております。そうしないと私の使命に背きます。私は決してあなた方が〝凡人〟と呼ぶ程度の人々と接触出来ないほど進化してはおりません。あなた方の悩みはすべて私にも判っております。ずいぶん永い間、地上生活に馴染んでまいりました。

あなた方お一人お一人の身近にいて、人生の困難さのすべてに通じております。しかし振り返ってご覧になれば、何一つとして克服できなかったものがないことが判るでしょう。

心配してはいけません。摂理を超えた出来ごとは決して起きません。霊の力も自然を無視したことは起こし得ないのです。不思議なことが起きるのは、それなりの必要条件が整った時だけです。

 私は地上の存在ではありません。霊の世界にいるのですから、地上での仕事を成就させるためにはあなた方がそのための手段を提供してくれなければなりません。あなた方は私たちスピリットの腕であり身体です。

あなた方が道具を提供し、その道具を使って私たちが仕事をするということです。忠実に、誠意を持ってこの仕事に携わる者が、後で後悔することは絶対にありません」


 こう述べてから「なんとかして他界されたお嬢さんをお目にかけることが出来ればと思うんですけどね・・・・・・」と言うと、婦人も、
 「私もほんとにそう思います」と感きわまった言い方で答えた。

 「お嬢さんはもうあなたと同じくらいの背丈になられました。今ではお父さんと一緒に仲良く暮らしておられます。いかがでしょう。私の話は少しはお役に立ったでしょうか。あなたとはあまりお話していませんね」

 「いえ、とても勇気づけられました」

 「あなたも私たちの仲間のお一人です。必要とあればいつでもお側に参ります。私には大勢の仲間がおり、その一人一人に援助の手を差しのべようと心掛けております。今夜この会が終わった後、あなたは決して〝手ぶら〟でお帰りになるのではありません。霊力の一部、宇宙で最も貴重なエネルギーがあなたとともに参ります。さらに必要とあらば私がお持ちしましょう」

 「先ほど主人に愛の念をとおっしゃいましたが、心に思うことはすべて力になるのでしょうか。知識も力になるのでしょうか」

 「なります。ご主人は頼りになるものをあなたに求めておられるからです。ご主人はまだ地上の雰囲気の中にいること、これからも当分今の状態が続くこと、したがって私たち霊よりもあなたの方が近づきやすいという事実を理解しなければなりません。ご主人はあなたが動揺したり躊躇したり疑ったりしない人間であってほしいのです。

ですから、あなたが岩のように堅固であれば、そのことがご主人に安心感を与えます。愛と援助の念を送ってあげれば、それがご主人を〝安心〟の衣で包んであげることになり、それが何よりの援助となりましょう」

 この未亡人との話がもう少し続いた後、一人の列席者の質問から話題が〝因果律〟と〝偶発事故〟の問題へと発展していった。
 

問 「もし摂理に反したことをして病気になった場合、それ相当の代価を払うことなく治ったとしたら、おかしいと思うのですが」


答 「代価は必ず払わされます」

 「でも心霊治療の手で苦しみを味わうことなく治ったら、それは卑怯だと思います」
 「悪事の報いから逃れる者はいません」

 「摂理を犯したために病気になり、その病気が心霊治療家の手で治ったとしたら、それは当然報いを逃れたことになりませんか」

 「なりません」
 「どうしてでしょう」

 「いかなる法則をもってしても、自分が犯した罪の結果として病気になることは阻止できないからです。心霊治療が為し得ることはその病気の期間を縮めるか、治してしまうか、あるいは、もっと大切なこととして、真理に目覚める用意の出来た魂に感動的な体験を与えることです。悪事と懲罰の問題を超えたものがそこにあります。魂そのものの成長に関わる問題です。

魂が目覚めるまでは往々にして悲しみや病気がお伴をすることになります。絶望のどん底に落ちて初めて目覚めることもあります。物の世界には真の慰めとなるもの、希望を与えてくれるもの、魂を鼓舞してくれるものが無いことを悟った時に魂が目を覚まします。長いあいだ眠っていた霊性が目を覚ますのです。

心霊治療家がその感動と刺激を与え、新たな理解が芽を出しはじめることがあります。人生は精神と身体と霊の相互作用から成り立っています。残念ながら霊の活動が抑えつけられ、本来の属性や才覚や能力がほんの僅かしか顕現されていないケースが余りに多すぎます」

 「でも、やはり心霊治療によって、たとえば一か月患うべき者が一週間で済むということになるように思います」

 「期間の問題ではありません。霊そのものの問題です。霊は、何日も何週間もかかって体験するものを僅か二、三秒で体験することもできます。霊的なものを物的な尺度で判断することは出来ません。

霊的なものは霊的に判断しなければなりません。霊的なことが原因となって発生した現象を物的な期間を尺度として価値判断することは出来ません。さらに、理屈はどうであれ、治療家が痛みを軽減したり、ラクにさせたり、治癒させたりすることができるという現実は、そこに何らかの法則が伴っているという証拠であり、同時にそれは、その患者の魂がその救いを得る段階まで来ていたことを意味します。偶然とかまぐれとかで起きているのではありません」

 ここで先ほどの未亡人が尋ねる。

 「絶対にですか」
 「絶対に起きません。あなたが今何を考えておられるか、私には判っています。でも、全ては法則の働きによります。原因と結果の法則です。法則の内側にも更に別の次元の法則があります」

 「主人が亡くなったとき私は、これも宿命だったのだと信じる用意は出来ていたので、そのことをある方を通じてあなたに伝えてもらいました。するとあなたは、これは事故(アクシデント)だとおっしゃったのです。私は、アクシデントと法則とが同居できるはずはないと思いました」

 「私がアクシデントだと言ったのは、神が過ちを犯したという意味ではありません。法則の内側にも更に別の次元の法則が絡んでおります。その事実を、これから可能な限り判り易く説明してみましょう。私が申し上げたかったのは、ご主人はあの日に死ぬ運命ではなかったということです」

 「では私たちは何日に死ぬということまで決まっているわけではないということでしょうか」

 「ひじょうに難しい問題です。というのは、それが決まっている人もいるからです」
 「もし主人が私以外の女性と結婚していれば因果律もまったく別の形をとったはずです。もしかしたら、あの日のあの時刻に死ぬという結果を生む原因も起きなかったかも知れない──この考え方は考えすぎでしょうか」

 「いえ、私は考えすぎだとは思いません。人生はすべて法則によって支配されております。天命、宿命、運命───こうした問題は何世紀にもわたって思想家の頭を悩ませてきました。では真相はといえば、法則の内側にも別の次元の法則が働いているということです。

宇宙には何人(なんぴと)にも動かしがたい基本的な法則がまず存在します。そして、それとは別に、自由意志を行使できる法則もあります。ただし自由意志による行為が原因となってそれ相当の結果が生じます。それは絶対に避けることは出来ないということです。お判りですか」

 「判ります」
 「さて、ご主人はあの日地上を去って私どもの世界へ来る必要はなかったという意味においては、あれは偶発的な事故でした。しかし、それでもなおかつ、因果律の働きによるものでした」

 「原因の中にすでにあの事故が発生していたということでしょうか」
 「その通りです。私が言っているのは、あの日に他界するように運命づけられていたという意味ではないということです」

 「自由意志の行使範囲は広いけど無条件の自由ではないということですか」

 「その通りです。範囲は広いのです。さらにもう一つ別の次元の範囲もあります。霊格の程度による範囲です。その時点において到達した進化の程度によっても違ってきます。さっきも言った通り、これは難しい問題です。問題は法則の絶対性という基本原理に必ず帰着します。

でも、あなた方も神です。つまりあなた方一人一人が神の計画に参画しているということです。生命はすなわち霊であり、霊はすなわち生命です。あなたもその霊なのです。つまりあなたにも神の計画の発展に寄与する力があるということです。宇宙の無限の創造活動の一翼を担う事ができるということです。

一方にはどうしても従わざるを得ない法則があり、他方には従うべきでありながら自由意志で勝手な行為に出てもよい法則もあります。ただし、その行為の中にはそれ相当の結果を生むタネが宿されているということです」

 「その結果を意識的に、あるいは意図的に避けることも出来ないことはないということですか」

 「それは、その時点における魂の進化の程度が問題となります」
 「たとえば、自分なりに最高のものを求めて生きてきた人はかならず良い結果を生む原因をこしらえつつあることになるのでしょうか」

 「必ずしもそうとは言えません。もう一つ大切な要素として〝知識〟の問題があるからです。霊的知識の問題です。いくら善人でも無知から霊的な罪を犯すことがあり得ます。たとえば、ここに一人の子供、とても気立ての良い子がいて、その子が炉の中に手を突っ込んだとします。

炉の火はその子が良い子であるか悪い子であるかにお構いなく、その手に火傷を負わせます。もしもその子に、火に手を入れたら火傷をするという〝知識〟があったら手を突っ込むことはしなかったでしょう。ですから、この場合、火傷をするしないは知識の問題です。

私がこうした因果律の問題は魂の進化の程度によって決まるといういい方をするのは、そういう要素があるからです。因果律はかならず働きます。信仰とか願望とかにはお構いなく働きます」

 「倫理・道徳にも関係ないと思いますが」
 「倫理・道徳にも関係ありません。万が一にも結果が原因と切り離されるようなことがあったら、宇宙は不可解な存在となり、公正も叡知も存在しないことになります。コルクを海に投げれば浮きます。石を投げれば沈みます。コルクが沈むことはないし、石が浮くこともありません。

法則に従うほかはありません。あなたが善人であるか悪人であるか、それは関係ありません。あなたのすることはそれ相当の結果が生じます。ですから、知識を増やすことです。霊格を高めることです。そうすれば霊的法則の働きについて一層の理解がいき、それによって人生を規制していくことができます」

 「要するに私達は地上で出来るだけ多くの知識を学ぶべきだということですね」
 「その通りです。ここで先ほどの質問に戻ってきました。知識を獲得した者は、それを他人の為に使用する義務があるということです。霊的能力を開発した人は、それを他人への奉仕の為に使用する義務があります。それが取りも直さず自分の魂の向上につながるのです。

他人への無関心、無頓着、無神経をなくし、優しさと慈悲と同情と奉仕の精神を広めなくてはいけません。魂が目覚めた人は他人の苦しみに無関心ではいられないはずです。同胞の痛みを自分の痛みとして感じ、同胞の悲しみを自分の悲しみとして感じるものです」

 「ナザレ人イエスが天国の宝を貯えておきなさいと言ったのは、人生を支配している霊的法則のことを言ったのですね」
 「その通りです。宝というのは霊の宝のことです。掛けがいのない宝石であり、魂の霊的属性の表現としての徳行です。霊性を自分で身につけ、自分で鍛え、自分で進化させるのです」今のあなたの高さ、霊的な高さが、死後の永遠の宝となります。

私はこれまで私が知り得た限りの摂理を披露しているだけです。私にできるのは、この霊的な人生哲学の基本の基本を力説するだけです。そして、敢えて断言しますが、いま私が述べたことは、不変・絶対の真理です。

 人間がその基本的霊的真理に則って生活すれば、地上で享受できるかぎりの生き甲斐ある豊かさを手にすることができます。反対にそれを無視した生活を送れば、その生活は内的な面に関する限り空虚で無意味なものとなります。魂、霊、それがあなたの永遠の所有物です。それがあなたの本来の実像であり、肉体を捨てたあとに残るのはそれだけです」